世界を救った勇者は俯きながら生きている。   作:赤いUFO

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闇の欠片、再び。

「つぅ……あっ、やぁっ!?」

 

「もう少し、広げてみましょうか」

 

「やっ……も、ムリぃ……!」

 

 彩那の提案をなのはは涙声でイヤイヤと首を振る。

 これ以上むりやりされたら裂けてしまう。

 なのに、彩那は力をまったく緩めてくれない。

 苦痛から唾液を飲むのを忘れて口から床に垂れる。

 

「彩、なちゃ……ほんとに、痛いの……っ! これ以上されたらわたしぃ……!」

 

 ついには涙目で許しを乞う。

 ジュエルシード事件ではフェイト。

 闇の書事件では守護騎士のヴィータや闇の書の管制人格(リインフォース)と闘った高町なのはも、今は年相応に弱音を吐いている。

 早くこの苦痛から逃れたいのに、彩那はそれを許してくれないのだ。

 

「もう少しだけ頑張りなさい」

 

 冷たく言い放たれて、なのはは息を止める。

 同時に下半身からミチッという音と痛みが伝わってきた。

 

「ひぐっ!?」

 

 与えられる感触が自分の身体を変えてゆくようで怖かった。

 そんななのはを見兼ねてか、彩那の声色が変わる。

 

「今は少しずつ身体を慣らしているのよ。必要な事だし、絶対に後悔させないから。もう少しだけ我慢して。ね?」

 

 優しい声だった。

 心の底からなのはを案じる声。

 それが、苦痛を和らげる薬のように。

 または、思考を鈍らせる毒のように。

 なのはに抵抗という選択肢を削り取っていく。

 そうして高町なのはは綾瀬彩那に身を委ねて──―。

 

 

 

 

 

 

 

「イタタタタタッ!? 彩那ちゃん! 彩那ちゃーんっ!? これ以上は手脚が外れちゃうからぁあああっ!!」

 

「体が硬すぎる高町さんが悪いのよ」

 

 ストレッチと治癒魔法を交互に受けているなのはの悲鳴が高町家の道場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは運動があまり得意ではない。

 空間把握能力はずば抜けて優れているが、純粋な運動神経は同学年の子と比べても下の方だろう。

 今までは魔法による身体能力の強化とレイジングハートの優秀なサポート。基本的に戦闘方法が中距離から遠距離な事。

 その他の要因により、これまでは大きな問題にはならなかったが、これからはそうはいかない。

 2人を見ていた美由希が苦笑交じりに忠告する。

 

「そんなに体が硬いと、すぐ体を痛めちゃうよ、なのは」

 

「うう……は〜い……」

 

 将来、時空管理局の局員として働くのなら、当然なのはは戦闘関連の役職に就くだろう。

 ならば、壊れにくい肉体は当然必要なのだ。

 出来れば早急に。

 幸い、なのははまだ子供なので、肉体が柔らかくなるのも早いだろう。

 

「わぁ。彩那ちゃん、柔らかいねぇ」

 

「どうも」

 

 座った体勢で脚を広げ、胸を道場の床に付ける彩那に美由希が感嘆する。

 

「フェイトちゃんも柔らかいんだよね」

 

 彩那がストレッチを終えると、今まで稽古をしていた士郎と恭也が動きを止める。

 

「それじゃあ、始めようか。彩那ちゃんは普通の長さの木刀でいいかい?」

 

「はい」

 

 士郎から木刀を受け取り、道場の真ん中で美由希と向かい合う。

 

「ルールの確認だ。生身への攻撃は寸止め。美由希は飛針や鋼糸を。彩那ちゃんも魔法は使用禁止。いいな?」

 

「分かってるよ、恭ちゃん」

 

「問題ありません」

 

 ルールを了承し、互いに少し距離を取ってから構えを取る。

 恭也が腕を上げて真っ直ぐに振り下ろした。

 

「始め!」

 

 合図をするが、双方構えを取ったまま、すり足で相手との距離を測る。

 姉と友達の試合を緊張しながら見学するなのはに士郎が解説する。

 

「美由希の方が背丈があるが、彩那ちゃんの方が得物が長いからな。普段俺達としか稽古をしない美由希には距離感が掴みづらいだろうな」

 

 小太刀サイズの木刀を使う二刀の美由希と通常サイズの一刀を使う彩那。

 純粋な運動能力では美由希が上だろうが、小柄な彩那の相手をするのはそれなりに面倒だろう。

 

「美由希は自分より小さな相手と対戦した事は殆どないからな。慣れない相手にどう攻めるか考えあぐねているんだろうさ」

 

 同じ流派の身内ばかりが相手だった美由希。

 それも相手は全員胸を借りられる先達ばかり。

 自分より年下の子との打ち合いは経験的にも精神的にも負担になるだろう。

 大きく動かない2人だったが、先に動いたの彩那の方だった。

 横に振るわれる木刀を美由希が防御する。

 彩那が攻めて美由希が捌く。

 しかしその流れは少しずつ変わってきていた。

 

「あれ?」

 

「どうした? なのは」

 

「えっと。いつの間にか彩那ちゃんの方が後に下がってるなって。最初はお姉ちゃんが後ろへ下がってたのに」

 

「御神流は元々速さを得意とする剣術だからな。美由希の方が手数が多い事もあって段々と攻守が逆転した。でも彩那ちゃんも美由希の攻撃を上手く防いでる。彩那ちゃんは攻撃よりも防御の方が得意みたいだ」

 

 守護の勇者と呼ばれていただけあり、彩那の本領は防御である。

 それは魔法だけではなく剣術に於いても同様だ。

 振るわれる2本の木刀を全て防いでいる。

 決着がついたのは、それからすぐの事だった。

 美由希の剣速に合わせて防ぐと同時に二刀目がくる前に下に押さえ込む。

 バランスを崩した一瞬に木刀を斬り上げた。

 それが美由希の首筋で止まる。

 

「それまで!」

 

 恭也の終了宣言と共に2人が距離を離す。

 

「あ〜っ! 負けちゃった!」

 

「ギリギリでしたよ。あと何回か打ち合ったら、捌くのが難しかったです」

 

 手の痺れを感じながら彩那は手首を揉む。

 今の試合はどっちが勝ってもおかしくなかった。

 

「そうだね。見た感じ、剣の基礎だけ教えられて、後はひたすら経験を積んだみたいだ」

 

 流派のような型がある動きには見えなかったと言う。

 その疑問に対して彩那は曖昧な笑みを浮かべて誤魔化す。

 

「だが、だからこそ矯正すべき点は幾つかある。例えば──―」

 

 恭也があの時はこう動いた方が良かった。

 もしくはその動きでは筋を痛めてしまうなどのアドバイスを口にする。

 元々今日は、少し前に高町家の面々が、管理局の見学に来た時に彩那となのは&フェイトの模擬戦を見た際に、彩那の剣に興味を持ったのが切っ掛けだ。

 なのはへのストレッチはそのついで。

 これを機に、彩那は高町家の道場に不定期的に顔を出し、御神流の技の幾つかを模倣する事に成功するのだが、それはまだ当分先の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、この頃の彩那さんの様子はどうかしら?」

 

 現在、ハラオウン家では全員が揃った状態で午後のおやつタイムである。

 リンディが振った話題に1番最初に返したのはフェイトだ。

 

「前より明るくなったと思いますよ。話してくれることも増えましたし」

 

「そうだね。最近は彩那も一緒に遊びに行くことが増えたんだろ?」

 

「うん。学校が違うから、集まれない日もあるけど」

 

 アルフの質問にフェイトが頷く。

 クロノがコーヒーを飲みつつ自分の意見を述べる。

 

「僕は、明るくなったというより、柔らかくなった印象だ。以前は僕達に対しても少し距離を取って接してた距離が大分近くなった気がします。あくまでも、僕達にはであって、時空管理局に、ではないですが」

 

「そう言えば艦長。彩那ちゃんの過去の話についての報告書に対して本局から反応があったんですよね?」

 

 エイミィの質問にリンディは肩を竦めて自分の緑茶に砂糖を入れて掻き混ぜる。

 

「簡単に言えば、子供の作り話を本気にするなってところかしら。遠回しに馬鹿にされてしまったわ」

 

「そんな……」

 

「あ〜。やっぱりそうなりましたか。まぁ、直接的な証拠は何にも出て来ませんでしたしね」

 

 彩那の過去を話した録音データは提出する際に、彩那達がこの世界で消えたキャンプ場に足を運んで魔力の痕跡などを調べたが、それらしい情報(データ)は得られなかった。

 勿論耳を傾けてくれる者も居たが、大多数の声に掻き消されてしまう。

 不満そうにしているフェイトに、クロノが情報を加える。

 

「信じられない、というのもあるだろうが、時間を越えるなんていつ起こるかも分からない案件を抱え込みたくないのが本音だろう。そういう意味では、管理世界でもない地球の東京によく臨時とはいえ支局を置く許可が下りたな、と思う」

 

 提案をしたリンディを見ると、本人は心外だと言うように笑う。

 

「あら。その管理外世界で最大級のロストロギア関連の事件が立て続けに起こったのよ? アフターケアの為に目を光らせておくのは当然じゃない。また事件が起こっても私達が関われる保証もないのだし」

 

 彩那の過去話と違ってこちらは予算を割き、人員を置いても損は無い。

 そのついでに彩那の件も調べられるかもしれない。

 尤も、リンディの1番の目的は、フェイトを出来る限りこの世界で年相応の生活をさせたい、というのが本音だろう。

 なのはとはやても共に義務教育を終えて本格的に管理局の仕事に関わるまで友人達と楽しい青春を謳歌させたいのだ。

 そこでリンディが話を彩那の事に戻す。

 

「実は上からね、彩那さんを管理局に引き入れるように言われてるのよ」

 

「え!?」

 

「フェイトさんやなのはさん。それにはやてさんと夜天の守護騎士。みんな管理局に入局する事に前向きでしょう? でも彩那さんから明確な返事は貰ってないけど、2つの事件で彼女の優秀さは充分に示された。管理局としては、高ランク魔導師で即戦力になるというだけで手元に置いておきたい人材なのよ」

 

 罪を犯したフェイトや、家族と贖罪の道を選んだはやてと違い、彩那個人が管理局に就く理由は薄い。

 優秀な人材を1人でも多く取り込みたい管理局だが、引き入れる材料の少なさに焦っているのだろう。

 今は嘱託魔導師として東京臨時支局に協力してくれているが、アースラ組が撤退すれば、関係が切れてしまう。

 

「加えて、彩那さんの使うホーランド式を調べてたいという理由もあるわね。過去の魔法技術の確保と保存も管理局の明確な業務だもの」

 

「分からなくはないですが……」

 

 上の貪欲さにクロノが呆れた声を出す。

 クロノ自身も無関係で、彼女の功績だけを見たならば、上と同じ思いを抱かなかったとは言えない。

 かと言って無理やり時空管理局に入れようとは思わないが。

 

「リンディさんは、アヤナを管理局に入れたいんですか?」

 

「局員としては、入ってくれれば心強いと考えているわ。でも、あの話を聞いた後だとね。個人としては、彼女の心の傷が少しでも和らげばそれで良いと思っているの」

 

「そうですか……」

 

 リンディの答えに自分と同じ考えだった事をフェイトは安堵した。

 そしてリンディは、それがフェイトにも当て嵌まると思っている。

 母をあのような形で亡くしてまだ1年経ったかどうかだ。まだ傷が癒えるには早過ぎる。

 偶然だが、話が一段落するのを見計らったかのようにクロノの携帯が鳴る。

 

「はい」

 

 席を立つと窓の近くまで移動して会話する。

 応対する声が段々と険しい物に変化していく。

 携帯を切ると、アルフが疑問を口にした。

 

「何かあったのかい?」

 

「あぁ。海鳴を中心に不可解な魔力反応が確認された。今はまだ、特に大きな動きはないが、その魔力のパターンが闇の書に酷似しているそうだ」

 

「それって」

 

「年末での件もある。反応がとにかく多い。フェイト、アルフ。手伝ってくれ。それからなのは達にも連絡を!」

 

「分かった!」

 

「はやてちゃんにはあたしから連絡するね!」

 

 リンディは忙しなく動く周囲を見ながら自分も準備を始める。

 そんな中でふと、もう桜が散ってしまった事を思い出す。

 ミッドには無い、とても鮮やかに舞い散る花。

 この間の花見は楽しかった。

 来年もまた同じ花見を同じ気持ちで迎えられたらいい、とリンディは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「闇の書の魔力!?」

 

「アレは本当に人に迷惑をかける事しかしないわね……」

 

 フェイトから連絡を貰ってなのはは慌て、彩那は面倒そうに息を吐く。

 

『今、シグナム達が本局の方に出てて、2人にも、手伝って欲しいってクロノが』

 

 現在、八神家ははやてとリインフォースの2人を除いて研修中らしく、海鳴に居ない。

 すぐに戻ってくるように呼びかけているが、少し時間がかかる模様。

 

「もちろん! すぐに準備するから!」

 

「放っておく訳にもいかないでしょう。前回は役に立たなかった分、今回は働かせてもらうわ。えぇ……存分に、ねぇ?」

 

「彩那ちゃん?」

 

 うふふふふ、と怖いくらい良い笑顔で答える彩那に、なのはは背筋が寒くなった。

 連絡を切ると、管理局から預かっている端末にデータが送信される。

 

「思った以上に魔力反応の数が多いわね。これは二手に分かれた方が得策かしら?」

 

「うん! 結界を張ってあるって言っても、早く解決するに越したことはないもんね」

 

 2人の会話を聞いていた恭也が問う。

 

「行くのか、2人とも?」

 

「うん。これは今、わたし達にしか出来ないことだから」

 

「頑張るのは良いが、気を付けてな」

 

「すみません、途中で抜ける形になってしまって」

 

「もう。そんなの気にしないでいいんだよ。でも、これからもたまに剣の稽古に付き合ってくれると嬉しいな」

 

「はい」

 

 美由希の申し出に彩那は頷く。

 

「それじゃあ、行こう! 彩那ちゃん!」

 

「そうしましょうか」

 

 なのはと彩那はそれぞれ戦闘準備に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇえええっ!? なんで海鳴に居るかなぁ!」

 

「落ち着いてください。この世界はヴィヴィオさんのお母様の故郷で間違いないんですね?」

 

「はい。でもどうしてここに跳ばされたかまでは……」

 

 2人の少女は状況が理解出来ず、その場で考え込む。

 碧銀の髪を持つ少女がとにかく別の提案を出そうとする。

 すると、キンッと小さいが、金属がぶつかり合う。音が聴こえた。

 

「行ってみましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が辿り着くと、そこでは2人の剣士が空中で剣をぶつけ合って戦っていた。

 1人は、八神はやての騎士である烈火の将シグナム。

 しかし、そのバリアジャケットは彼女達の知る服型ではなく、重たい鎧を着ていた。

 もう片方も、同じくらい重装の鎧を着た金髪の少女と同じくらいの年齢の少女。

 しかし、その頭部は包帯によって首から上が隠されている。

 それでもその戦闘を見ている2人は、その少女が誰か知っている。

 碧銀髪の少女が包帯で顔を隠した少女を見て、小刻みに身体を震わせた。

 

 ──―さて。人の休暇を台無しにしてくれた責任を取る覚悟は、当然あるのよね? お嬢さん。

 

 少し前の事を思い出し、頭の中が真っ白になって思わず叫んだ。

 

「先生っ!?」

 

 包帯の少女がこちらへと振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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