闇の欠片として現れた森渚。
名前を呼ばれて彩那は顔の包帯を外す。
「顔、隠してるのによく私だって分かったね」
「ボクがみんなのこと、分からないわけないじゃん。なんだったら、全身隠したって分かるよ」
ムッと口を尖らせる渚に彩那は苦笑する。
渚は戸惑うように首を傾げる。
「っていうか、なんか彩那小さくなってる? それに、変だよ。彩那に斬りかからないといけない感じがする」
おそらくは闇の欠片でによって生み出された者は周囲に襲いかかるよう感情が向けられているのだろう。
それを除けば、本当に生前のままで。
(剣を落としてしまいそう……)
武器を捨てて、泣いて渚に縋りついてしまいそうだ。
もっと話したい。
触れ合って、あの大切な時間を取り戻したい。
だけど。
「渚ちゃん。これは夢だよ。もう取り戻せない幸せな夢……だから」
彩那は霊剣から聖剣に武器を取り替える。
「終わらせよう。この悪夢を」
(強い……!)
宮代冬美を模した闇の欠片と対峙して、なのはは相手の力量に舌を巻く。
高町なのはと宮代冬美は似たタイプの魔導師だ。
リンカーコアの出力もそう変わらない。
(だけど、やりにくい!)
出力に差がないからこそ、経験の差が少しずつ見えるようになってくる。
射撃魔法や誘導弾の連射速度。砲撃への繋ぎ、こちらの攻撃への対応力。
一瞬でも気を抜けば一気に呑み込まれてしまう。
互いの砲撃魔法がぶつかり、一瞬だけ視界が塞がる。
『マスター、左です』
レイジングハートの警告になのはは反射的に柄で防御する。
しかし、瞬きする間に背後に回られ、次は振り下ろし。
「っ!?」
ギリギリのところでレイジングハートが自動でシールドを張って弾いてくれた。
(彩那ちゃんの嘘つき! この人、接近戦もすごく強いよ!)
ここ数ヶ月、彩那と同じ勇者で親友だった彼女らの事を時折話してくれていた。
宮代冬美は遠距離攻撃が得意で、接近戦はどちらかと言えば不得意だったと。
情報の違いに珍しく悪態をつくなのはだが、それは解釈の違いである。
例えば東大生が自分は英語が苦手、と発言したとする。
しかしそれはそれは他の教科と比べての話であり、テストをやらせれば人並み以上の点数は取れるという話。
そして現状、接近戦で戦うのは論外。遠距離戦では少しずつ追い詰められている状況なのだ。
全身にシールドを展開し、亀のように守りに徹するなのは。
中々攻撃が通らない事に近接攻撃を無駄と判断したのか、冬美は距離を取る。
「その年齢で大した物ね。デバイスとの連携は理想的と言えるわ」
「あ、ありがとうございます!」
突然褒められて、なのはも思わずそう返した。
冬美が剣の構えを変える。それは、フェンシングの構えに似ていた。
(イヤな感じがする……)
初めて見た構えだからなのか。
それとも、なのはの少ない経験からか。
警戒しなければならないと勘が告げていた。
なのははシールドを維持したまま相手の出方を待つ。
「シッ!」
剣が届く筈のない距離からの突き。
なのはは何かが通り過ぎるのを感じた。
「え? ……あぐっ!?」
一拍遅れて横腹に痛みが走る。
(シールドを貫かれた! それに速すぎる!!)
突きからなのはに当たるまでほぼノータイムの攻撃。
なのはのバリアジャケットの横腹の部分が斬られる。炎の魔力変換により、熱と斬られた痛みが同時に襲ってきた。
痛みに片目を閉じて手で横腹を押さえる。
「大した防御性能ね。もっと深く斬れると思ったけど」
(油断した……!)
心の何処かでこれをいつもと同じ魔法戦と勘違いしていた。
非殺傷設定を持たない敵、という存在を本当の意味で理解していなかったのだ。
「リミットコンサート・デュオストライク」
炎の刃を無数に作り出し、なのはに襲いかかる。
高速で接近する炎の刃をなのはは逃げ回りつつ射撃魔法で撃墜する。
前後左右上下。あらゆる方向から追撃してくる炎の刃。
その迎撃に追われる中、炎の砲撃魔法を撃ってきた。
直撃コースの砲撃に対してシールドを展開し、防御するが、大きく吹き飛ばされるなのは。
「きゃあぁああっ!?」
空中で姿勢が取れなくなり、慣性のままビルに衝突する。
「くうっ!?」
頭を振って意識を保とうとしたが、そこで冬美に頭部を掴まれる。
「さようなら」
「……っ!?」
頭部を掴まれた手から零距離砲撃が発射されようとした。
しかし、発射直前で冬美に射撃魔法が飛んできた。
それを察知してシールドを展開して防ぐ。
同時に、青髪の少女が冬美に突っ込む。
「なのはさんを、放せぇえええっ!?」
手甲型のデバイスが装備された拳が冬美のシールドと衝突し、僅かに弾いてなのはを掴んでいる手を放させる。
そのままなのはを抱きかかえて距離を取らせた。
「空中に魔力の足場を引いてローラーで移動? 初めて見る魔法だわ」
驚く冬美だが、自分の周辺に無数の誘導弾がバラ撒かれている事に気付く。
「いっけぇ!」
引かれたレールを足場にしたオレンジ髪の少女がそう叫ぶと一斉に囲った誘導弾が冬美を襲った。
冬美に当たる前に爆発し、煙幕となって視界を封じる。
青髪の少女が抱えたなのはに話しかける。
「大丈夫ですか!」
「は、はい! ありがとうございます! えっと……」
「スバルです! スバル・ナカジマ! 向こうはパートナーのティア!」
簡潔な自己紹介をするスバルにどうして自分の名前を知っているのか訊こうとするが、その前に念話が届いた。
『スバル! 一旦仕切り直したいから、指定の場所まで来て』
『分かった!』
冬美の視界から隠れられる位置に移動した3人。
「あの、お2人は管理局からの増援の方ですか?」
「えっと……」
話は聞いてないが、もしかしたら、と思って疑問を口にする。
しかし、2人からの困った様子で言葉を出せないでいる
なのはが質問を重ねようとした時、周囲の変化に気付く。
戦闘によってバラ撒かれた魔力が集められている。
それはなのはがよく知る魔力の動きだった。
「
闇の欠片によって生み出された綾瀬彩那との戦闘も苛烈を極めていた。
「サンダースマッシャー!」
手の平から放たれた雷の砲撃魔法。
しかしそれは彩那の防御魔法によって容易く防がれる。
速射とはいえ、通常の攻撃では彩那の防御を突破するのは不可能だと判断した。
「なら!」
カートリッジの弾丸を1つ使う。
「ミッド式が、カートリッジシステムをっ!?」
ミッド式であるフェイトのバルディッシュがカートリッジシステムを使っている事に驚いていた。
(そういえば、アヤナがホーランドではカートリッジシステムを実装出来なかったって言ってたっけ)
無理やり付け足す事は出来ても、実戦投入できる完成度には到達しなかった、と。
「ハーケンセイバー!」
不規則に動く斬撃を飛ばす。
防御せずに回避したところでフェイトはザンバーフォームに切り替え、彩那に急接近した。
魔力の大剣を振り下ろすフェイト。
彩那は手にした聖剣を咥えて、手の平に防御魔法を展開する。
かつての模擬戦のように、フェイトの魔力の剣を白刃取りした。
(予測通り!)
ここまでは前回と同じ。
しかし、今のフェイトは1人で戦っている訳ではない。
「そいつは、もう見てんだよぉっ!!」
背後からアルフが拳を握って接近する。
殴りかかろうとするより早く、彩那の周りに浮いていた自動防御型のシールドがアルフの動きを制限する。
「こいつ! 邪魔だよ!」
足止めしてくるシールドを拳で打ち、蹴りを入れて破壊する。
フェイトも1度魔力の刃を消して距離を取る。
2人が攻めあぐねていると、別方向から赤い髪の少年がブーストの付いた槍で突進してくる。
「ヤァアッ!!」
「……っ!?」
シールドで防ごうとするが、その前に鎖型のバインドが彩那を絡め取ろうとする。
「甘いよ」
しかし、バインドが彩那を縛る前に聖剣で切断し、赤い髪の少年の槍を躱して背負い投げをする。
「エリオ君、怪我はない!?」
竜に乗った桃色の髪の少女が落ちる前に自分の竜の口でキャッチする。
「ありがとうキャロ!」
「うん!」
地面に下りた彩那は手にしている聖剣を肩に置くと、不思議そうに4人を見る。
「カートリッジシステムを積んだミッド式に私が知っているベルカ式とは少し違う騎士。それに召喚師……どういう構成なのかしら?」
どうやらこの彩那はフェイトと2人が仲間だと思っているらしい。
まぁ、成り行きで協力しているとは想像し難いだろう。
警戒していると、アルフが念話を送ってくる。
『なんか、アタシらが知ってるアヤナと性格がちょっと違くないかい?』
『うん。記憶を失ってた時のアヤナが近いかな? たぶんこっちがアヤナの素なんだと思う』
もしくはだった、か。
親友達を失った事で、どれだけ彩那の心に影を落としたのか。
『でも、彩那が持っているのが聖剣ならまだなんとかなると思う。クリスマスの時に使ったあの白い剣だったら、もっと苦しい戦いになってた』
神剣の力がどれだけ闇の欠片で再現されるのかは分からないが、最悪全滅もあり得る。
そこで聖剣を構え直した彩那。
「ごめんね」
その謝罪と共に彩那はエリオと呼ばれていた少年に斬りかかる。
「わっ!?」
「エリオ君!?」
エリオも応戦するが、手にしているデバイスを弾き飛ばされる。
「その年齢で大したモノだけど、
武器を失ったエリオの胸を突こうとする彩那に、フェイトが突っ込む。
「アヤナ! 駄目だっ!!」
エリオを突き飛ばして庇ったフェイトの腕に聖剣の刃が突き刺さった。
はやては小さな融合騎であるリインフォース・ツヴァイと
「まさか、またユニゾン出来るとは思わんかったなぁ」
相手と一定の距離を保ちつつ、はやては呑気な声で言う。
クリスマスの時にリインフォースと行なったユニゾンの感覚を思い出して嬉しくなる。
しかし、リインフォースとは似ていてもユニゾンの感覚が異なっているのを感じた。
リインフォースとのユニゾンでは一種の全能感を感じたが、このツヴァイと名乗った方の小さなリインフォースはそこまでの感覚はない。
頼りなさを感じていると、その感情がツヴァイの方にも伝わったのか、申し訳無さそうに謝罪してくる。
『ごめんなさいです。リインは未熟だから、まだちょっとしたお手伝いくらいしかできませんです』
「あはは。まぁ、未熟者なんはわたしも一緒やから。だから未熟者同士、頑張って協力しよか」
『はいです!』
ツヴァイの返事にえぇ子やな、と笑みを浮かべる。
「おっと!?」
呑気に会話している場合ではなく、璃里の攻撃をなんとか回避しながらはやても魔法を撃って戦えないリインフォースから距離を取らせる。
そこではやてを攻撃している璃里の様子がおかしい事に気付く。
「帰るの……わたし達は、海鳴に……!」
鬼気迫る表情で故郷に帰るのだと繰り返す璃里。
(彩那ちゃんが言うとったな。1番帰りたがってたんは羽根井さんやて)
なのに、ここが海鳴であることすら気付けない。その事にはやては苦い表情をする。
ただ、故郷に帰りたいと願っていただけなのに、それすら叶わなかった哀しい人。
はやてが声をかけようと手を伸ばすと、ジャリ、と鉄に触れる感触がした。
『はやてちゃんっ!?』
ツヴァイの声と同時にはやての周辺が変化する。
空間が歪み、鳥籠のように鎖がはやてを閉じ込めていた。
「なっ!?」
『幻術魔法です! 鎖を隠しながら少しずつこっちを囲んで……っ!!』
ツヴァイの説明に、はやては焦りを見せる。
(アカンッ!)
ここ数ヶ月で何度か見た魔法。
「チェーンボム」
はやてを囲っている鳥籠が一斉に爆発した。
空に鉄と鉄が激しくぶつかり合う音がする。
青と緑の剣閃が何度も交差し、残光となって煌めく光景は美しいと言えるかもしれない。
しかし、その1つ1つの光が人の命を刈り取る輝きと知って、恐怖を感じない者がどれだけ居るのか。
綾瀬彩那と森渚。
2人の勇者は瞬きすら許さぬ剣戟を続けていた。
「っ!?」
彩那の剣を、手の平で受け止め、強引に引き寄せる。
同時に迫る刃を彩那は片手を離す事で回避し、逆に射撃魔法を脇に撃ち込んで聖剣を離させる。
そのまま回転して渚に斬りかかるが、受け流され、蹴り飛ばされた。
「くっ!?」
路面を削りつつ体勢を整える彩那に渚は次の攻撃を放つ。
「勇者レーザーッ!!」
10を越える射撃魔法の雨が彩那に迫る。
「オォオオオオッ!」
聖剣から暴風のような魔力が吹き荒れ、それを横薙ぎに振るう事で盾代わりにし、渚の射撃魔法を防ぐ。
だがまだ安心はしない。
背後に回った渚が彩那に斬りかかるのを受け流しつつも反撃に転ずる。
「こわいこわい!」
「流石……!」
どちらも決定打にならず、戦闘は続いている。
その激しい戦闘を見ていた2人の少女は息を呑む。
(入り込めない……!)
あの中に入っていけば、一瞬でズタズタに斬り捨てられる自分の未来しか想像出来ない。
攻撃の全てが文字通り必殺の応酬。
1撃でも喰らえば忽ち体を斬り刻まれる。
試合のように、耐えれば良いなどという理屈は通用しない。
アインハルト・ストラトスは少し前に迷っていた自分に綾瀬彩那が稽古をつけてくれた事がある。
かつての王達のように命を懸けた戦いでなければ自分の望む強さに辿り着けないと思っていた。
だけど自分の中の世界が広がって、少しずつ公式魔法戦への興味に移っていった。
それでも迷っていた自分に綾瀬彩那は稽古とアドバイスをくれた。
剣を手にして綾瀬彩那と向かい合う。
その瞬間、ぞわりと恐怖が支配した。
初めて向けられる殺気と殺意。
非殺傷設定が有るはずなのに、首を斬り落とされる未来を幻視した。
その様子を見て、綾瀬彩那は剣を下ろす。
『恐いと思ったのなら、貴女はヴィヴィオ達と同じ競技者としての道に進んだ方がいい』
安心した声はこれまで聞いた中で1番優しかった。
『貴女が過去の王のどんな記憶を受け継いでいるのかは知らないけど、王達がどんな想いで戦争をしたにせよ、彼らは後の世の平和と、生まれてくる子供達の幸福を願っていた筈よ』
諭すように語りかけてくる。
『自分が戦いに命を懸けるのなら、相手にも命を懸けさせる事になる。そうなったらいつか取り返しのつかない事態になりかねないしね』
1つ1つ言葉を選んで話してくれた。
『最初、ヴィヴィオと試合した時に、相手を不必要に傷付けないよう闘ったでしょう? だから貴女はこっち側に来るべきじゃない』
その道を選ぶのなら、強い弱いに関わらず、敵を徹底的に叩くべきだったと言う。
格闘技者の師弟とは違う。
アインハルト・ストラトスが道を踏み外さないように接してくれた人。
『先祖とはいえ、他人の記憶をそこまで大事に出来る優しい貴女だからこそ、必要以上に囚われるべきじゃない。その記憶に拘り続ければ、覇王と自分の境界が曖昧になってしまうから』
だから、アインハルトにとって、綾瀬彩那は教え導いてくれる“先生”なのだ。
その彼女が今、自分の前で殺し合いを演じている。
かつての王達もこのような恐怖を何度も経験したのかと、アインハルトは自分の拳を握った。