リインフォースの意識は過去を遡っていた。
つい最近────現在の主である八神はやての下に転生するまでの時間は比較的緩やかに巻き戻っていた過去が、それ以前になると少しずつ遡る早さが増している。
いや、飛び越えていると言った方が正確か。
記憶も記録ももう穴だらけで、蒐集した魔法だけが夜天の魔導書に残されている。
何百年分の記憶を越えて、ある場所へと辿り着く。
「ここは……」
見覚えがあるのかないのか。
ただ、ここが小さな研究室だというのは判る。
そこには研究資料などのレポートや本が積まれた机で男が画面と向き合いながらデータを打ち込んでいる。
「私は運がいい。夜天の魔導書に選ばれたことで希望を繋ぐ事が出来る」
机に置かれた夜天の魔導書を撫でながら男は呟く。
男が振り返り、リインフォースと向き合う形となるが、向こうはこちらに気付いていない。
立ち上がるとリインフォースを通り抜け、ベッドに眠る少女の頬に触れた。
「これで、君を救う事が出来るよ。ユ○○……」
「いけぇっ!! 僕のかわゆいレド君! その子供を捕らえろぉおおっ!!」
テンション高く自分の作品に命令を下す科学者風の男。
フェイトが戦っているのはコートで身体を隠したワニの頭と太い手足。そして大きな翼を生やした二足歩行の生物。
おそらくは使い魔に近い魔法生物。
(確かに強い。けど!)
相手はフェイトの動きについてこれていない。
はっきり言って親友達に比べると大した事のない敵だった。
「ハァっ!!」
バルディッシュを大鎌形態にして斬りかかる。
敵との立ち位置が交差して入れ替わると、ワニ頭が着ているコートが破れた。
ここで、フェイトはミスを犯す。
本来なら砲撃魔法で相手を吹き飛ばすか、速攻で首を落として勝負を決めるべきだった。
目の前のワニ頭の正体を知る前に決着をつけるべきだったのだ。
敵がこちらに振り向き、フェイトは固まって思わずバルディッシュを握る手に力を込めた。
「ヒッ!?」
吸おうとした酸素を自分の意志ではなく驚きから止める。
コートの下に隠れていた身体。
その胸には人────それも子供の頭が埋め込まれていた。
フェイトの動揺をチャンスと思ったのか、敵は急接近して両肩を掴んできた。
「しまっ!?」
そして、そのワニの口でフェイトに齧り付こうと大きく開かれた。
口の中の歯が、フェイトを噛もうとすると、アルフが救援に入る。
「フェイトに、触んなぁっ!!」
ワニの頭に踵落としを喰らわせてからフェイトを引き剥がさせる。
「フェイト! 大丈夫かい!」
「う、うん。ありがとう、アルフ……」
フェイトを抱きかかえたまま敵の魔法生物を見る。
「それにしてもなんだいあの気持ちわるいのは。自然のモノには見えないけど……」
訝しむアルフに後ろにいる科学者が不気味な笑いのまま反論する。
「気味悪いなんてヒドイな〜。僕のかわゆい息子に対して〜!」
息子、という単語にフェイトは唖然とした表情をする。
「息子……?」
それには、聞き間違いであってほしいという願望が込められていた。
「そうだよ〜。レド君は少し前に僕の力になる為にもっと強くなりたいってお願いしてきてね〜。それに感動して僕はレド君に力を与えたのさ! もっとも、魔法生物と脳を繋げる過程で念話以外の意思疎通が出来なくなったのは予想外だったけどね〜?」
自分に酔うように頬に手を当てて説明する科学者にフェイトは頭を逆上させる。
「貴方は、自分の子供を……っ!!」
その出生から生命に対して誰よりも潔癖だからこその怒りだった。
しかし、その怒りは目の前の男には理解されない。
「な〜にを怒ってるのかな〜? 魔法生物の強靭な肉体と人間の頭脳を融合させた強力な生物ぅ! さぁレド君! 僕と帝国の未来の為にぃ!! 新しい材料を調達しておくれぇっ!!」
「コイツッ!!」
敵の研究者の叫びにアルフが不快感を表して唸る。
ワニ頭の生物が突進してくる。
フェイトのバルディッシュを握る手は震えていた。
「だぁりゃぁっ!!」
「ヴィータちゃん!」
「気安く、呼ぶんじゃねぇっ!!」
闇の欠片によって生まれた過去のヴィータになのはは押されていた。
(わたしが知ってるヴィータちゃんより強い?)
いや、違うと考え直す。
最初に戦った時はあくまでも闇の書の蒐集を優先し、なによりもはやての未来を血で染めない為に殺人を自ら禁じていた。
しかし、このヴィータはそうした遠慮というか、手心がない。
ただ敵である自分を叩き潰す為にデバイスを振るっている。
なのはが今のヴィータより強いと思うのはおそらくその所為だろう。
アイゼンにシールド越しに打たれて弾き飛ばされたなのははそのままヴィータにレイジングハートを向ける。
「エクセリオン……バスターッ!!」
「甘ぇっ!」
砲撃魔法を撃ち、撃墜を試みるが、急降下して避けられる。
そこから直角な軌道でなのはに迫る。
射撃魔法で弾幕を張るが、回避されるか、シールドで防がれて決定打にならない。
「オラァアアアアアアアアッ!!」
(マズイッ!?)
身体の負担を無視した速度での急接近になのはの砲撃もシールドも間に合わない。
闇の書事件の二の舞いを予感してレイジングハートの長柄での防御を試みる。
そこでなのはとヴィータの間に誰かが割って入る。
「ヤァアアアアッ!!」
割って入ってきた人物────高町ヴィヴィオの拳がヴィータのアイゼンが当たる前に頬を打ち抜いた。
「ぐっ!?」
カウンターが決まったヴィータは大きく後退する。
殴られた頬を撫でようとする前に、ヴィータの四肢がバインドで拘束された。
「こんなチャチなバインドで!」
カウンターと共に仕込んだバインド。しかし、魔力と実力の違いから拘束出来る時間は僅か3秒。
「なのはママッ!」
「っ! ありがとう、ヴィヴィオちゃん! エクセリオン────」
カートリッジの弾丸を1つ消費し、ヴィータに狙いを定める
「バスターッ!!」
ヴィヴィオの横から突き出したレイジングハートの先端から砲撃魔法が発射された。
同時にヴィータはバインドを力づくで解除するが、回避行動が間に合わない。
なのはの砲撃魔法がヴィータを呑み込んで建物を貫いた。
ふぅ、と息を吐くなのはだがすぐにヴィヴィオと向き合う。
「ありがとう。でもどうして……」
ヴィヴィオとアインハルトは手伝いを拒否したと聞いていた。
だから助けてくれた時は本当に驚いたのだ。
なのはの質問にヴィヴィオは少し照れ臭そうに頬を掻く。
「やっぱり、見ているだけなんてイヤで。今のママたちもわたしと同い年だし……なにか、わたしにも出来ることがあるかもしれないって」
だから駆けつけたと話すヴィヴィオ。
その行動になのはは胸が温かくなるのを感じた。
恐い思いをしたのに、それでも目の前の少女は勇気を出して助けてくれたのだ。
その事実になのはも嬉しさと照れ臭さから少し不格好な笑みになる。
「もう……ママはやめてって────」
その瞬間、ヴィヴィオの体が吹き飛ばされた。
高速で向かってきた鉄球がヴィヴィオの横腹に直撃し、近くの家の屋根に激突する。
「ヴィヴィオちゃんっ!?」
ヴィヴィオの心配をしつつ、なのはは鉄球が飛んできた方向に視線を移す。
そこには、鎧が一部欠けたヴィータが小さく息を乱し、付かず離れずの距離に居る。
敵を倒した事を確認せず、談笑してしまった迂闊さになのはは奥歯を噛む。
髪に付いた汚れを払うように首を振るヴィータ。
「ナメんな……! あんな殺意もない攻撃でこのアタシがっ!!」
ヴィータがグラーフアイゼンを掲げると、巨大なハンマーへと変化する。
「轟天爆砕っ! ギガント・シュラークッ!!」
巨大な槌がなのはに向かって振り下ろされた。
兵隊と戦っている未来組の4人は、段々と窮地に立たされていた。
自分達の動きに慣れてきたのか、敵は数を活かして少しずつ消耗させる作戦に移行し、ジリジリと追い詰めてくる。
純魔力攻撃やバインドが効きにくいのも影響して
「ティアッ! 綾瀬副部隊長の援護射撃が完全になくなっちゃったよ!?」
「分かってるわよ! でも仕方ないでしょ! 口より体を動かしなさいスバル!」
ついさっきまで何やかんやと彩那が適度に援護してくれていたから保たれていた天秤が少しずつ悪い方に傾いていくのにティアナは苦い表情になる。
援護射撃を止めた彩那に対する憤り────では当然なく、この状況を打開できない自分の力不足にだ。
一瞬だけ空で戦う2人に視線を移す。
鉄と鉄がぶつかり合う音が1つ消える間に3つ以上の音が響いてくる。
胃を重くするような魔力の波に捉えきれない剣戟。
あれは、災害レベルの台風だ。
無策で近づけば戦いの余波でこちらが斬り捨てられる。
(綾瀬副部隊長……こいつらと戦ったことがある感じだったけど、いったいどこで……)
射撃魔法を撃ちながら湧いてきた疑問をティアナはすぐに振り払った。
空で戦う2人。綾瀬彩那とバーン・イドロ将軍の戦闘は一見互角のように見えるが、圧倒的に彩那が不利な状況だった。
(1手読み間違えたら死ぬわね)
冷静にそう考えつつシールドでバーンの斧を防ぐ。
かつては彩那が盾役。渚が攻撃。冬美が遠距離支援という役割に徹してなんとか討ち取った相手。
いくら過去より彩那個人の実力が上がったとはいえ、その役割全てを同時に行なうのは無理だ。
今は瞬間最大魔力で作ったシールドでやっと防げる攻撃を連続して叩き込まれている状況。
とても攻撃に転じて居る余裕がない。
(相変わらずのバケモノめ!)
通常攻撃の全てが必殺。
重く、速く、鋭い攻撃の数々。
距離を取ろうにも、その巨体からとんでもない速度で詰めてくる。
彩那からすれば、戦車が人間の器用さとF1カー並みの速度で突っ込んでくるイメージなのだ。
10以上の防御に成功させてようやく掴んだ隙に首を狙って突きを繰り出す。
しかし、兜の頬の部分で防がれてダメージを与え損ねた。
「温いわっ!」
振るわれた斧をシールドでガードし、態と弾き飛ばされる事で距離を取ろうとするが、姿勢を正す前に近づかれてしまう。
振り下ろされる斧を蹴って無理やり方向を変えて難を逃れた。
ペッと口の中に溜まっていた唾液を吐き、呼吸を調える。
(さて。どうしようかしら?)
現状手詰まりである。
剣を2本使うと魔力のソリースが分割されて中途半端になる。
聖剣1本での全力で防御に徹しているからバーンの斧を防げているが、2本以上使うと使える手は増えるがあまり意味がない。
魔剣と王剣はあの鎧相手だと分が悪い。
雑兵と違ってバーンの鎧は性能が上だし、それを突破するのは至難だ。
なら、霊剣で身体能力を底上げし、近づいて斬るのが確実だが、それをする為には敵の攻撃を全て回避しなければならない。
体力勝負になったら間違いなくこちらが敗ける。
「惜しいな。その力、ここで摘み取るのは実に惜しい……だが、孫娘の涙を止める為! ここで散れいっ!! ホーランドの勇者ぁ!!」
────人殺しっ!! お父さまとお爺さまを返してっ!!
余計なことが、頭を過った。
「つっ!?」
一瞬の隙。しかしそれは彩那に斧を叩き込むには充分な時間だった。
バリアジャケットの鎧が叩き込まれた斧に破壊される音が響く。
彩那がバーンから吹き飛ばされるとジェットコースターさながらの速度で地面へと向かう。
地面に直撃した彩那は路面を削りながら何度もバウンドしてゴロゴロと転がるとキャロの足下でピタリと止まった。
「あ……」
「うそ……」
両手に剣を持った彩那の身体から少しずつ血溜まりが広がっていく。
未来から来た4人の少年少女の視線がボロボロになった彩那に向く。
「き────」
次の瞬間、キャロの悲鳴が戦場に響いた。