「ようやくだ」
男は歓喜に震えていた。
夜天の魔導書の頁が全て埋まり、完成しようとしている。
「最後に、この子のリンカーコアを蒐集すれば……」
そうすれば、彼の願いは達成される。
「守護騎士達のデータを参考に、新しい守護者を創った。君を守る君だけの騎士を」
そうして男は夜天の魔導書を開く。
「君は、いつか夜天の魔導書を喰らい、誰にも脅かされない、永遠の存在となるんだ……!」
マテリアルと未来からの来訪者である4人は海上を適当な高さで浮かび、何かの作業をしていた。
「本当にこの辺りで合っているのだろうな?」
「もちろんよ〜。魔力反応と闇の書の管制人格ちゃんから得た情報を照らし合わせればここら辺しかありえないわ」
端末を操作しながら答えるキリエ。
そう。永遠結晶さえ手に入れば全て上手くいく。
死に向かう故郷を救い、父を救う────少なくとも、父の研究を意味ある物には出来る筈だ。
やらない理由はない。
(だから────)
そう思考し、未だに動き出さない砕け得ぬ闇の起動に尽力する。
すると。
「キリエッ!」
「げっ……」
この場に現れた姉のアミティエに顔を引き攣らせるキリエ。
手にしている銃を向けてアミティエはキリエに警告する。
「キリエ。今すぐ作業を止めなさい。これ以上この時代の方々を私達の事情に巻き込むことは許しません!」
「……それより、どうやって出てきたの?」
「猫の手も借りたい状況です。協力を申し出て、外に出してもらいました」
「うっそ。マジ?」
キリエとしては事が済むまでそのまま管理局に保護されていた方が都合が良かったのだが。
作業を止めないキリエにアミティエは1発威嚇射撃をする。
「危なっ!?」
威嚇とはいえ姉が自分を攻撃した事に動揺するキリエ。
戦闘ならともかく、こんな無防備な状態でアミティエが撃ってくるとは思わなかったのだ。
「キリエ。これが最後の警告です。作業を止めて、私達の世界に帰りますよ。従わないなら、力で強制してでも連れて帰ります」
静かな。しかし姉の確かな怒りを感じてキリエは身体を強張らせる。
「キリエ。貴女は永遠結晶を手に入れて、その後にどうするつもりですか?」
今更にどうしてそんな質問をするのか。
「決まってるでしょ。エルトリアに帰って、私達の故郷とパパを────」
「自分のした行為に何1つ責任を取らずに、ですか?」
逃げるのか、とその瞳が質問してくる。
アミティエは綾瀬彩那に言われた事をずっと考えていた。
不安を押し殺して過去の世界に跳ぶ。
その行為を覚悟と呼んでいいかもしれない。
だが、この世界の住民を傷つけ、リインフォースを拐った件は違う。
エルトリアが死に瀕しているから。
父の助けになりたいから。
そんなものは、この世界の人達には何の関係も無い話だ。
言ってしまえば、空腹で死にそうなのだから、食べ物を盗んで良いという考えと何も変わらない。
「キリエ。今ならまだ間に合います。帰りましょう、エルトリアに」
そう言って、向けていた銃を下ろして手を差し出す。
管理局は妹に何かしらの制裁を下すかもしれないが、その時は姉として一緒に妹の罪を償うつもりだ。
しかし、姉の態度にキリエは唇を噛んだ。
「そうやっていつまでも子供扱いして────」
姉の説得に不満をぶち撒けそうになるキリエ。
だがそこで、それまで静観していたマテリアルが動く。
「でりゃあああぁああっ!!」
レヴィが、自身のデバイスであるバルニフィカスを振り下ろす。
アミティエも自身の銃でその攻撃を防ぐが、同時にシュテルのルシフェリオンから炎に変換された射撃魔法が放たれる。
「くっ!」
レヴィの腹を蹴って無理やり距離を取るアミティエ。
「なんだかよく分からないけど、ボクたちの目的を邪魔するなら、容赦しないぞ!」
「砕け得ぬ闇を手に入れる為の絶好の機会を見過ごす訳にはいきません」
レヴィとシュテルがデバイスをアミティエに向ける。
ディアーチェも、キリエに発破をかける。
「此奴は我らが引き受ける。お主は砕け得ぬ闇を目覚めさせればよい。急げ」
「分かってる……」
作業を再開するキリエ。
「キリエ!」
「邪魔、するなぁっ!!」
突進してきたレヴィのバルニフィカスを双剣で受け止める。
その衝撃に治りきってない傷口から痛みが走る。
「つっ!?」
歯を食いしばって堪えるが、どうしても動きが鈍くなってしまう。
アミティエも距離を取りつつ銃で牽制するが、精細さの欠いた射撃を楽々と掻い潜ってくる。
「そんな攻撃に当たるもんかっ!」
バルニフィカスの斧が大鎌へと変形し、魔力の刃がアミティエを捉える。
大剣に変形させて遠心力で対抗しようとするアミティエ。
だが、そこで桜色の魔力がレヴィを捉えていた。
「わっ!?」
急降下で砲撃魔法を回避するレヴィ。
「アミタさん!」
「無事ですか?」
「皆さん!」
この状況を察知した管理局からの増援だった。
クロノが前に出る。
「時空管理局、クロノ・ハラオウン執務官だ。抵抗を止め、速やかに投降しろ!」
投降を呼びかけるクロノに、マテリアル達が取った行動は武器をこちらに向ける事だった。
当然だが、大人しく投降する気は無いらしい。
予想通りの展開にクロノ達も戦闘態勢を取る。
「数はこちらが多いんだ。とにかく今はあのキリエという女性を取り押さえるぞ。事情は後で聞けばいい!」
「うん!」
「分かった」
「あいよ!」
なのは、フェイト、アルフの3人がそれぞれ返事をする。
「チッ。有象無象の塵芥が……!」
忌々しい様子でディアーチェが舌打ちする。
「来るぞ!」
クロノが告げると同時にレヴィと、一拍遅れてシュテルが距離を詰めてくる。
また大火力を撃たれては堪らないとシュテルとレヴィは3人に任せ、クロノはディアーチェの捕縛に入る。
「投降するんだ! 今ならまだ、そう重い罪にはならない!」
「たわけが! ようやく砕け得ぬ闇を手に入る目前なのだ! そのような戯言に耳を貸すなどあり得ぬわ!」
そして、なのは達も戦闘に入りつつも説得を行なう。
「話を聞いて! どうしてあなたたちはそれが欲しいの!」
もしも切実な理由があるのなら、協力したい。もちろん、自分の生まれ育った町や誰かに迷惑をかけない事が大前提だが。
「砕け得ぬ闇を手に入れる事が私達の存在意義です。邪魔はさせません」
「そんな……!」
シュテルの言い分が、闇の書を完成させようと躍起になっていたヴォルケンリッターと重なって見えた。
また、フェイトもレヴィに問いかける。
「それは、本当に君たちに必要なモノなの! 闇の欠片をばら撒いたりして、たくさんの人に迷惑をかけて傷つけて!」
「闇の欠片は勝手に現れるだけでボクたちのせいじゃないぞ!」
「それってどういう……」
それぞれが戦闘に没頭する中で、アミティエはキリエを止めようと動く。
(仕方ありません! あの子を傷付けてでも……!)
本当に嫌だったが、これ以上状況を悪化させる訳にはいかないとアミティエはキリエに向けて引き金を引こうとする。
しかし、シュテルが射撃魔法でアミティエを狙う。
「させません。邪魔な貴女もここで排除させていただきます」
「くっ! 邪魔をしないでください!」
クロノを牽制するディアーチェがキリエに向けて叫ぶ。
「桃色ぉ! 砕け得ぬ闇の起動はまだか!」
「準備出来たわよー。強制起動システム正常。リンクユニットフル稼働」
「さぁ、蘇るぞ! 無限の力"砕け得ぬ闇"が! 我の記憶が確かなら、その姿は大いなる翼! 名前からして強力な戦船か、あるいは体外強化装備か!」
キリエが何らかのシステムを起動させたらしく、周辺の魔力に変化が生じ始める。
魔力が集まり、黒い球体となって膨らんでいく。
「ともあれ! この偉大な力を手にする我らに敵はない! あの忌々しい勇者とて、無力だと思い知らせてくれる!」
限界まで膨らんだ風船が割れるように魔力の球体が破裂する。
「さぁ蘇れ! そして我が手に収まれぇ! 忌まわしき無限連環機構! システムU-D────砕け得ぬ闇よ!」
そして、破裂した魔力の中から出てきたのは────。
「夜天の書が闇の書へと少しずつ変異していった原因は、過去に夜天の書の主となったベルカの技術者でした」
辛そうな表情で話し始める。
今、はやて達はリインフォースを抱えて支部に向かっていた。
「永遠結晶と呼ばれる無限に魔力を生みだし続けるシステム。それを開発し、夜天の書に無理に組み込んだ事がそもそもの発端なのです」
夜天の魔導書は転生を続けながら魔力と共に魔法を蒐集し、保管するのが目的の研究書だ。
故に無限に魔力を生み出す機能など本来必要がない。
「どうしてその人は、その永遠結晶を夜天の書に組み込んだん?」
「彼には1人の娘が居ました。ですがその子は病で余命幾ばくもない命だったのです。彼女は生まれつきリンカーコアに異常があり、その影響で神経系が弱くなってゆき、徐々に身体を動かせなくなっていきました」
「それって……」
似ている、と思った。はやてが受けていた闇の書の呪いと。
「だからこそ彼は夜天の書に目を付けたのです」
「どういうこと?」
シャマルの問いにリインフォースが眉を中央に寄せた。
「蒐集機能を改良して利用し、娘の情報全てを夜天の書に書き込ませたのだ。そして守護騎士システムの魔力生命体として存在の再構築を図ろうとした」
「プロジェクトF……」
その説明にはやては友人の生み出された技術を連想する。
しかしはやての呟きをリインフォースは否定した。
「いえ。似て非なる物です。プロジェクトFは記憶をコピーしてクローンなどに転写する技術ですが、彼は娘の存在そのものを夜天の書に保存させ、再生を目論んだのですから」
プロジェクトFは記憶がまっさらな肉体があるなら何度でも記憶を転写出来るが、闇の書に保存されていたのはその娘の全てと言ってもいい。
「問題はここからです。娘の死を回避する為に存在を夜天の書に保存させても、中から出られないのでは意味がありません。そこで永遠結晶の中に組み込まれた砕け得ぬ闇────システムU-Dなのです」
「それはいったい……」
「夜天の書の奥底で封じられていたそれは、夜天の書が破壊による転生で修復を始める度に少しずつ侵食していきました。それが徐々に広がり、やがて夜天の書は闇の書と呼ばれるようになっていったのです。それはシステムU-Dの侵食が夜天の書を呑み込んだ時に、その全てが彼女に渡るように」
リインフォースの説明にはやては唾を呑み込んだ。
「もしそうなってたら、リインフォースたちはどうなってたん?」
「分かりません。ですがそうなる前に夜天の書から永遠結晶を切り離した結果、アレが消える事なく存在を残してしまったのは事実です。本当ならば、あの夜で私と共に────」
「アカンよ」
後ろ向きな考えに移行してゆくリインフォースの思考にはやてがストップをかけた。
視線をはやてに向けると、そこには怒ったような表情をしていた。
「わたしは嫌や。今回の事件が起きない代わりにみんながわたしの前から居なくなるなんて。ううん。リインフォースだけやなくて、誰か1人でも欠けたらわたしは悲しい。だからそんなこと言わんといてな」
「主……」
「大丈夫や。まだなんにも決まってない。きっとなんとかして見せるよ。わたしらみんなで」
そう言って笑って見せるはやて。
孤独に苛まれていた主君が強くなった事にリインフォースは目を閉じて頷く。
「はい。我が主」
「ユニット起動。無限連環機構動作開始。システム"アンブレイカブル・ダーク"システム正常作動」
現れたそれは、見た目7、8歳くらいの女の子だった。
彼女はまるで機械の状態を確認するかのような呟きを見せる。
「アレが、闇の書の管制人格の記録にあった……」
「む? おかしいな。我の記憶では人の姿を取っていたなどと。それを言うなら我らも元々人の姿などしておらんだ訳で……」
ブツブツと思考に耽るディアーチェ。
そんな中で、クロノ達はシステムU-Dから発せられる魔力に戦慄していた。
(魔力量が桁違いだ。闇の書の暴走体と同じか、それ以上だ!)
人間が許容出来る魔力量じゃないと警戒を高める。
そんな砕け得ぬ闇、らしきシステムにマテリアル達は近づく。
「ディアーチェ? ……ディアーチェですか?」
「そうだ。我は
「シュテルやレヴィも……」
「ここに」
「ボクもいるよー!」
そんな4人をクロノ達が場を見守っている。
これ以上の戦闘を回避出来ないか考えつつ、システムU-Dがこちらと敵対した事態を想定する。
(最悪、この場はなにもせずに撤退も視野に入れるか?)
一旦退き、戦力を整えてから接触する事も考えていた。
「クロノくん」
「……突然現れたあの子の動き次第ではこの場から逃げる事も考えてくれ」
後ろでなのはとフェイトが納得してない様子だが、人命が最優先だ。
勝てない勝負をして無駄な犠牲を出すつもりはない。
不服だろうと、この場では従ってもらう。
「会えて嬉しい……本当は、そう言いたいです。でも駄目なんです。私を起動させちゃ」
憂いと哀しみを宿した瞳でそう告げるシステムU-D。
その言葉に彼女を呼び起こしたマテリアル達も困惑している様子だ。
「蒐集によって封じられた私は、永遠結晶が夜天の書への侵食を少しでも遅らせる為に深く深く沈むことを選びました。私に繋がるシステムを遮断し、別のプログラムを上書きして。夜天の魔導書から私の存在に関わる全ての情報を抹消して。夜天の主も管制人格も知り得ない。闇の書が抱える本当の闇。それが────」
次の瞬間に見た光景は、その場に居た誰もが想像し難い事態だった。
「な……っ? ゴフッ!?」
「私なんです……」
3人のマテリアル達の体にそれぞれシステムU-Dから生み出された魔力の刃が突き刺さっている。
システムU-Dが自分達を攻撃するなど微塵も考えて無かったのだろう。マテリアル達は防御すらまともにせずにやられていた。
「沈むこと無き黒き太陽。影落とす月。故に、決して砕かれぬ闇。私が目覚めたら、後には破壊の爪痕しか残らない」
「やめなさい!」
マテリアルの3人が攻撃を受けると同時に動いていたなのはとフェイト。そしてアミティエが赤黒い魔力の刃を破壊し、マテリアル達を引き離す。
「貴様ら……!」
「喋らないで下さい! 傷口が広がります!」
ディアーチェの声をアミティエが遮る。
はっきり言って彼女達を抱えて戦う余裕は無いが、放っておく訳にもいかない。
武器を向けながら距離を取り、撤退の隙を窺う。
しかし、それはあっさりと訪れた。
「ごめんなさい……さようなら、みんな……」
それだけ告げてシステムU-Dは転移魔法でその場を去る。
消えた少女を追ってキリエが動く。
「待ちなさいっ! 私は貴女に用があるの!」
「待ちなさいキリエッ!!」
アミティエが止める間もなく後を追うキリエ。人を抱えている以上、追う訳にはいかなかった。
「エイミィッ!」
『うん! 2人共に海鳴からは出てないよ! このまま追跡と監視を続けるね!』
「頼む」
最悪の事態は避けられた事に、クロノは安堵する。
この場に残った全員を見回して指示を出した。
「……支部へ戻ろう。戦力を整える必要があるし、その子達の治療と情報提供を求める必要がある」
クロノの意見に反対する者はこの場には居なかった。