「う、ん……はぁ……」
彩那が目を覚ましたのはアインハルトに意識を刈り取られて5時間ちょっと経過した頃だった。
気怠さを押し殺して起き上がり、どうして救護室で眠っているのか思い出す。
「増血剤を打った直後に無理やり絞め落として意識を奪うなんて、無茶してくれるわね、あの子達……」
右目から額を手で覆って息を吐く。
かなり可能性は低いが増える血液の流れに異常が起きて、首の血管が破裂する可能性があった。
今のところそうした異常は無さそうだが、さて。
両手を開いたり閉じたりしてから腕を回し、ベッドから脚を降ろして伸ばしたり曲げたりしながら状態を確認する。
精密検査をしないと判断出来ないが、大丈夫だろうと思う事にした。
「とにかく、状況の確認を……」
ベッドから降りて部屋の外へ出る。
「ほらほら! こっちだよーっ!」
「こらー! まちなさーい!」
同じ顔をした金色と水色が廊下を走ってるのが見えた。
水色の能天気な大声に頭がズキズキと痛む。
だから────。
「うわぁあああっ!?」
すれ違いざまに水色の足を引っ掛けてやった自分は悪くないと彩那は思った。
「中々に面倒な状況ね……」
モニター付きの広間で自分が寝ている間に起こった出来事を聞いて彩那ため息と共に前髪を掻き上げる。
システムU-Dが覚醒し、現在は捜索中ときた。
リインフォースから聞いた闇の書の始まりからして頭が痛い。
「それで? なんでこれらを拾ってきたまでは良いとして、好き勝手させてるのかしら?」
クイッと親指でマテリアル3人を指差す。
さっき足を引っ掛けたせいか、シュテルの後ろでレヴィがうーうー、と唸りながら彩那を威嚇している。
シュテルはそんなレヴィの頭を撫でてなだめていた。
ディアーチェは脚を組んで座り、ふん、と鼻を鳴らす。
「我らとて不本意なのだ。今頃は砕け得ぬ闇を手に入れ、貴様らを叩き潰してやったものを」
尊大な態度を見せるディアーチェ。
それを無視して彩那は話が通じやすそうなシュテルに話しかける。
「それで? 何か対応策は有ると思って良いのかしら?」
しかしその質問に答えたのはディアーチェの方。
「当然だ。我らは砕け得ぬ闇であるあやつを必ず手中に収める」
「そーだそーだぁ!!」
レヴィも同調するが、具体的な案は1つも出てない。
引っ叩いてやろうかと本気で考えていると、シュテルの方から話しかけてくる。
「わたし達も、彼女に対して現状有効な解決策は持っていません」
「シュテル貴様!?」
「王よ。ここで意地を張っても事態は好転しません。砕け得ぬ闇を手に入れるなら、彼女たちの協力が不可欠かと」
ディアーチェを宥めるシュテル。
しかし彩那の方は、まぁそうよね、と打開策が無い現状に息を吐く。
そして先程から────正確には彩那が部屋に入って来てからずっとそわそわと挙動不審な態度を露わにしている5人を見る。
「なんでそんなによそよそしいんですか?」
「いや……だって……」
目を泳がせながらスバルがどう答えるべきか悩んでいる。
その態度に思い当たる節がある彩那は小さく首を横に振って言う。
「あの時のことは気にしなくていいですよ。あのまま戦闘を続けても、役に立たなかった可能性もありますし」
あれだけ負傷した後なのだ。
まともに戦えたかは分からない。
そこでフェイトが僅かに眉間にしわを寄せて咎める。
「いくらなんでも無茶し過ぎだよ、アヤナ。今回も大きな怪我したって聞いたよ」
つい先日も失血死しかけたのだ。そんな事を繰り返していたら、本当に取り返しのつかない事になる。
「そうね。でも、早くこの事件を終わらせたくて」
「なんや焦ってる? 彩那ちゃん」
片目を手で覆って疲れた息を吐く彩那。
「少し。今回の事件、私の記憶が闇の欠片としてばら撒かれてるでしょう。私の経験や思い出がみんなを危険な目に遭わせてると思うと……正直ちょっと堪えてる」
いつもより弱々しく笑う彩那。
自分の過去が現在の仲間を襲い、傷つけている。
また彩那も闇の欠片として現れたかつての仲間や強敵を討たなければならない事に多大なストレスを感じていた。
そんな彩那になのはが慌てた様子でフォローする。
「そんなことは……そ、それに! すごく強い人達と戦えて魔導師として色々と経験出来るし!」
「命が懸かってなければ、素直に受け取れるんだけどね」
敗北は即ち死を意味する。
それに、彩那の記憶で再現された闇の欠片との戦闘と本来彼女らが行なうべき戦闘は性質が違い過ぎると思う。
だから早くこの事件を片付けたかった。
そこでクロノがリインフォースに質問する。
「それで。君の記憶の中にあの少女────システムU-Dを止める手段はあるか?」
「すまない。彼女が夜天の書に封じられた過程は思い出せても対処法までは……」
「こんな事態そのものが想定されてませんからね」
申し訳無さそうにしているリインフォースにシャマルがフォローを入れる。
魔導の保存と研究の為に創られた夜天の書。
故に初めての事態に対処法が簡単に出てくる筈もない。
しかし、だからと言って手を打たない訳にもいかない。
「だが、私なりに出来る事は考えるつもりだ。永遠結晶とシステムU-D。それらを沈黙させる手段を考えてみようと思う。そうすれば、あの少女も無力化させ、捕える事も可能だろう。そこからは管理局に本格的な治療、と言って良いのかは不明だが、状態を安定させる方法を探るべきだ」
先ずは暴走してるシステムを停止させるところから始めなければならない。
やや熱の入った物言いにはやてが首を傾げる。
「リインフォース……?」
「我が主。夜天の書の全てが砕け得ぬ闇に染まらなかったのは、おそらくあの少女のおかげだと思います。そうでなければ、主はやてが闇の書に選ばれる前に私達は呑み込まれていた可能性があります。それに、彼女も被害者と言えます。だから出来るなら────」
助けたいと呟くリインフォース。
自分がこうして救われたのだから、あの子も夜天の書と闇の書の連鎖から救われてほしいと願う。
「そうですね。海の上でのあの子、すごく苦しそうだった。自分だけじゃどうにも出来ないなら、誰かが手を差し出してあげないと」
リインフォースが闇の書のバグで自らが救われるのを諦めていた。
しかしそれらはいくつかの奇跡が重なった事で最善の形で救われた。
ならばあの少女にも救いを得られる価値はある筈。
そこでティアナが小さく手を挙げる。
「あのリインフォースさんの言いたい事は分かりますけど、具体的にはどうすれば……」
誰かを助けたいという気持ちは尊く、素敵な事だが、それだけでは誰も救えない。
過程が無ければ結果は出ないのだ。
せめて小さな手がかりでもなければ動きようもない。
いや、今はやらなければならない事が目白押しなのだが。
すると今まで考え事をしていたアミティエが発言する。
「妹のキリエを捕まえましょう。あの子は、私達の知らない情報を持っている筈です。先ずはそれを聞き出してから対策を立てるべきかと」
「そうだな。僕も賛成だ。彼女もシステムU-Dを追っているようだから、接触する前に確保したい。幸い地の利はこっちにある」
管轄内の至る所に配置されているサーチャー。
キリエとシステムU-D。発見するのにそう時間はかからないだろう。
「わたしと王は、紫天の書を調べようと思います」
「紫天の書?」
シュテルの提案にはやてが首を傾げる。
「王が所持している本型のデバイスです。もしかしたら、コレを調べる事で彼女を止める手立てが見つかるかもしれません。その為に、ここの機材をいくつかの貸し出しを進言します」
「それは構わないが、これまでがこれまでだからな。監視は付けさせてもらうぞ」
「当然ですね。それで構いませんか? 王よ」
「仕方あるまい……」
不承不承という感じでそっぽを向きつつも承諾するディアーチェ。
そこで指示を出されていないレヴィがはいはーい、と手を挙げる。
「シュテるん、ボクはー?」
「レヴィは管理局と協力して闇の欠片の対処をお願いします」
「わかったよ! ボクがぜ〜んぶまとめて片付けてあげる!」
張り切るレヴィ。
「なら。その調査に私も参加させてほしい。手伝える事はそれくらいだからな」
「分かった。それじゃあリインフォースは紫天の書の調査。監視役は医療班と兼任でシャマル────それに彩那、君に頼みたい」
クロノの提案に彩那は瞬きする。
「私? 構いませんけど、理由をお聞きしても?」
「君はまだ傷が治りきってないだろう。シャマルから治療を受けつつ、彼女達の監視をしてくれ。もちろん手の空いた者から交代させる」
要するにさっさと傷を治せ、という事らしい。
マテリアル達がもしも暴れても、彩那なら対処出来るだろう、という信頼も込みで適任だとクロノは判断した。
本調子でないのは本当だし、特に反対する理由も今のところはなかったので、分かりましたと了承する。
「キミ、まだ治ってなかったのかい? 軟弱だなー」
「魔力で適当に造られて、傷がパッと治る貴女達の身体と違って、人間の身体は繊細なのよ」
「彩那ちゃーん。それ、うちの子らにも当て嵌まるからやめてな?」
レヴィの発言に彩那が皮肉を交えて返し、それにはやてがクレームを出す。
「あぁ。そうだったわね。でも私、正直シグナム達を人間だと思って接した事はないのよね」
はやてを含めた他のメンツは騎士達を人間と同じ感覚で接している。
しかし彩那はあくまでも魔力
それを確定付けたのが、あのクリスマスの夜。
蒐集され、消えた筈の騎士達が夜天の書と共に再生された。
死んだ者は生き返らない。
その摂理から外れた騎士達を人間として見るには彩那自身が人の死に触れ過ぎている。
今更過去の敵対関係を引きずるつもりはないし、はやての騎士である限りは味方であり、仲間とは思っている。
彩那なりに、信じてもいるつもりだ。
だだ、人間とは思えない。それだけなのだ。
しかし、そんな細かな機微などはやてや他の子供らに理解る訳もなく、不満そうに彩那を見ている。
それを誤魔化すように彩那は話題を変える。
「映像記録と観測データを見る限り、首を斬り落とすだけならどうとでも出来そうだけど……今回は悪手になりそうね」
「なに恐いこと言ってるですか!?」
突然の物騒な発言にツヴァイがギョッと驚いて声を上げる。
少し前に見た彩那の戦闘。
アレを見る限り、冗談には決して聞こえない。
「やりよう次第って話。でも、前回の闇の欠片事件から半年と経たずに今回の事件が起きたから。今回はシステムU-Dを排除しても、またすぐに今回みたいな事件が再発しないとは誰にも言えないのよ」
「つまり、完全にこの事件を終わらせないと、また同じ事が起きると君はかんがえているのか?」
「最悪、転生機能のシステムが向こうにあるなら、別の世界で同じ事件が起きる可能性もありますよ」
「考えたくもないな……そうなったらもう完全に手に負えないぞ」
遠い目をするクロノ。
闇の書事件の二の舞いになるかもしれないのだ。
その可能性に身震いする。
「なら。どうにかしてあの子とお話しして、みんなが助かる方法を考えないとね!」
「そうね。その通りだわ」
なのはが両の手の平を握って自身を奮い立たせる。
見ようによってはなのはの言葉は子供らしい綺麗事に聞こえるかもしれない。
しかし、殺して排除など、結局はその場その時の場当たり的な対応に過ぎない。
今回必要なのは、もっと根本的な解決なのだ。
どれだけ危険な賭けだったとしても。
それから交代で生み出される闇の欠片に対処するローテーションやキリエの捜索するメンバーを決めて一旦休憩を挟む形となった。
まだ体力が戻りきってない彩那は目を閉じて背もたれに体重を預けている。
「あの……」
声をかけられた彩那は目を開けた。
そこにはアインハルトと少し後ろの位置にヴィヴィオが立っている。
「どうかした?」
「いえ、その……やっぱりちゃんと謝ろうと思って。あの時に先生の意識を無理やり奪ったことを……」
頭を深々と下げるアインハルトに律儀な娘だな、と思いつつ彩那は小さく手を振る。
「本当に気にする必要はないから。無理を重ねて戦っても、良い結果になるとは限らないし。一旦仕切り直しをする意味でもあそこで現場を離れた方が良かったのよ、きっと」
もしもシステムU-Dが覚醒した現場に彩那が居たとして。
少しだけ良い結果になった可能性が有ったとしても所詮は仮定の話。
悪く転んだ可能性も有り、リンディも彩那に戦線から下がるように言っていた。
その指示に従っただけなのだから、これ以上の謝罪も罪悪感を抱く必要ないのだ。
納得したのかは不明だが、アインハルトもそれに分かりましたと返す。
だが、用は済んだ筈なのに、立ち去ろうとする様子がない。
「まだ……なにか?」
「アインハルトさん」
ヴィヴィオが心配そうにアインハルトの名を呼ぶ。
それに勇気づけられた様子でアインハルトは背筋を伸ばした。
「先生……厚かましいと思いますが、1つ、お願いを聞いてもらえませんか?」
「なにかしら?」
「私と、1度手合わせをお願いします」