世界を救った勇者は俯きながら生きている。   作:赤いUFO

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綾瀬彩那の学校生活

「綾瀬彩那は……てまた欠席か」

 

 廊下側の前の席に本来座っている筈の女子は空席だった。

 綾瀬彩那。

 この海鳴第二中学校に在籍する出席番号2番の女子学生。

 眺めていた隣の席から視線を外してあたしこと、茅野眞子は自分が呼ばれるのを待つ。

 綾瀬さんが朝から居ないのはいつもの事だった。

 中学校も2学期となるが、綾瀬さんが朝から放課後まで学校に居る事は殆どない。

 今日も3時限目の終わり頃。

 

「遅れました……」

 

 頭のてっぺんから首まで巻かれた包帯。

 わたしは中学から綾瀬さんと同じ学校に通ってるけど、未だに彼女が包帯を取っているのを見た事がない。

 教師ももう慣れた様子で最初は綾瀬さんの遅刻を叱っていたが、今ではそれも無くなり、早く座りなさいと言うだけ。

 学校に来ても眠いのか、うとうとと目が漕いでいる。

 15分経って2時限目が終わり、小休憩になると、綾瀬さんは鞄から高そうなエナドリを取り出して一気飲みし始めた。

 飲み終えると、蓋を閉めて鞄に捨てるように入れる。

 

「あ、綾瀬さん……?」

 

 思わずそのくたびれたOLみたいな動きに話しかける。

 

「あ、ごめんなさい。気になった?」

 

「いや、その……大丈夫?」

 

「大丈夫。小マメにカフェイン摂取しないと起きてられないだけだから……」

 

「えぇ〜……」

 

 いったいどういう生活してるんだろう? と気になったが、触らぬ神に祟りなし。

 これ以外訊くのはやめておいた。

 あたしの隣の席である綾瀬彩那さん。

 遅刻早退の常習犯な生徒。

 その上、黒い噂にも事欠かない。

 曰く。

 危ない薬物の売買をしていて、本人も服用している。

 ヤクザか半グレと喧嘩して顔に大きな傷がある。

 小学校時代にある生徒を皆の前で私刑にして不登校に追い込んだ。

 少年院に入っていた事がある。

 これすら噂のほんの一部だ。

 だからあたしは綾瀬さんが登校しているとちょっと怖い。

 ふとした事で暴力を振るわれないかとビクビクしてる。

 次の授業。

 英語の授業で綾瀬さんはやはり眠そうに目が漕いでいる。

 普段からの授業態度で目を付けられいる綾瀬さんを先生が呼ぶ。

 

「綾瀬寝るな! ちっ。ここを英文に訳してみろ」

 

「はい……」

 

 怠そうに立ち上がると綾瀬さんはチョークを1本手にして出された問題を黒板に書き込む。

 

「終わりました」

 

「正解だ……」

 

 先生が面白くなさそうに席に戻るように促す。

 中途半端にしか学校には来ないのに、意外にも綾瀬さんの成績自体は悪くないのだ。

 

(本当に、どんな生活してるんだろ?)

 

 疑問に思いつつもあたしはシャーペンをノートに走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、珍しく綾瀬さんが朝から学校に来ていた。

 気怠そうに頬杖をついて仮眠を取っている。

 あたしも自分の席に座ると、クラスメイトの日比野桂花が話しかけてくる。

 

「ねぇ茅野さん。ちょっとちょっと」

 

 手招きする彼女にあたしは嫌な予感がした。

 日比野さんとあたしは決して仲の良い間柄じゃない。

 険悪な仲でもないが、あたしは彼女が少し苦手だった。

 クラスの女子グループの中心と言えば聞こえは良いが、自分の欲望に従って周りにお願いと称してあれこれ命令する時がある。

 断ったら、クラス内でどんな扱いをされるか判らない。

 

「な、に?」

 

 日比野さんとその取り巻きがクスクスと笑いながら頬杖をついている綾瀬さんを指差す。

 

「綾瀬のさぁ。包帯外してきてよ」

 

 どうしてそんな事を言うのか分からず狼狽えていると、日比野さんが続ける。

 

「だってさ〜。あの包帯の下がどうなってるのか気になるじゃん。どんなひっどい顔なのかさぁ。隣の席だし、お願い!」

 

 周りの子達も同調するようにクスクスと笑って頷く。

 確かに気になるけど、あんなに包帯巻いてるんだから、見られたくないのだろうし。

 それを無理やり外すのは……。

 日比野さんが肩に手を置いて耳打ちしてくる。

 

「ね? お願い。成功したら後でなんか奢ってあげるから。無視したらどうなるか、わかるよね?」

 

 断ったらどうなるのか。

 考えたくない想像だ。

 この時にあたしは、自分がクラスで孤立する想像に耐えられなかった。

 それなら綾瀬さんの包帯を取った方がマシ、という気持ちだった。

 

「わかった……」

 

 本当は嫌だけど、クラスでいじめられる可能性が恐い。

 日比野さんが満足そうにあたしの背中を軽く押す。

 席に戻ったあたしは恐る恐る綾瀬さんの包帯の結び目に手を伸ばす。

 しかし、肩に触れるかどうかのところまで伸びた手は頬杖をついていた手に阻まれる。

 

「なに?」

 

 睨んでくる綾瀬さんに、あたしはなんとか言い訳を搾り出す。

 

「そ、その……制服にゴミが、ね?」

 

「そう」

 

 短い返事と共に、綾瀬さんは鞄からまたエナドリを取り出して飲む。

 日比野のさんの方を見ると、そこには期待外れとでも言わんばかりの失望した表情があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、あたしの日常が少しだけ悪い方向に変わった。

 本当に些細な嫌がらせを受けるようになった。

 日比野さんとその友達から遠巻きからヒソヒソ話されたり、無視されたり。

 必要なプリントが回されなかったり。

 幸いあたしにも日比野さんとは関係のない友達が居たからそれ程大きな問題にはならなかったけど。

 

「無い……どこに行って」

 

 あたしは机の中に今日提出する予定のノートを探していた。

 最近、物が無くなる事が増えた。

 また、隠されたのだろう。

 横目に見ると、日比野さんのグループがクスクスしてる。

 最初は直前で返されたりしたけど、今では盗られたら帰ってこない。

 

「数学の前田先生恐いのに……」

 

 だからこその嫌がらせだろう。

 昼休みが終わるまでまだ時間があり、探しに行こうと教室を出た。

 

「あーもう! どこにあるのよ!」

 

 苛々しながら学校内でノートを探す。

 そう遠くへは持ち出せてない筈だ。

 完全に処分されてなければ、だけど。

 昼休みギリギリまで探しても見つからず、どうしようか途方に暮れていると、綾瀬さんが近付いて来て、持ってるノートを差し出す。

 

「コレ、貴女のよね?」

 

 それは、隠されたあたしのノートだった。

 受け取ると、ところどころ汚れている。

 

「空き缶を捨てるゴミ箱の中にあったから」

 

「うわ……」

 

 各階に置かれている自販機横のゴミ箱だろう。

 つまり、この汚れはジュースとかを吸ったのが原因らしい。

 見つからないよりはマシだと安堵していると、綾瀬さんが言う。

 

「こういう嫌がらせをされたら、教師とかに相談した方がいいわよ。ああいうのはどんどん調子に乗るから」

 

 その言葉にあたしは思わずカッとなった。

 

「誰のせいで────」

 

 だけどそれを直前で呑み込む。

 ノートを回収してくれた人に当たり散らすような真似はしたくなかったから。

 

「ノート、ありがとう」

 

 あたしは逃げるように綾瀬さんから離れた。

 

 

 

 

 

 海鳴第二中学校には体育で剣道の科目がある。

 それは、この中学校自体がそれなりに剣道の強い学校である事や、防具などを装着して行う競技である為、真面目にやっていれば事故や怪我が起きにくいのが理由だ。

 当然だが、小さい頃から剣道をやっていた子が有利になる。

 日比野さんは小さい頃から剣術道場に通っていたらしく、剣道部にも所属している。

 1年のエースで、大会にも出場したらしい。

 彼女がクラスの中心に居る理由の1つでもある。

 

「ねぇ、茅野さん。わたしと試合しよ」

 

「え? その……」

 

「いいじゃん。教えてあげるから!」

 

 授業中、1回は試合をするのが義務化されている。

 もっとも、教師が見てない時はやり過ごしてサボる子もいるが。

 殆ど強制で試合をさせられる。

 剣道なんて中学に入ってから初めて竹刀を握ったあたしがどうこう出来る訳もない。

 試合が始まると、日比野さんが向かってくる。

 

「ほら! 止まらない!」

 

「つっ……!?」

 

 指導しているように見えて小手とか痛い攻撃を繰り返してくる。

 それも、あたしが竹刀を振るうカウンター的に。

 恐くなって後ろに退こうとすると、日比野さんの足が一瞬だけあたしの袴を踏んだ。

 

「あ……っ」

 

 体勢を崩して転ぼうとすると、防具の奥で日比野さんが笑っているのが見えた。

 竹刀の突きが向かってくる。

 

(これヤバッ!?)

 

 背筋が寒くなってくると、視界が何かに遮られる。

 パンッと竹刀が当たる音がした。

 だけど、当たったのはあたしじゃなかった。

 

「危な……」

 

 間に入った綾瀬さんが甲手の部分で日比野のさんの突きから守ってくれた。

 尻もちをついているあたしに綾瀬さんが手を差し出す。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん。ありが、とう……」

 

 まさか綾瀬さんが助けてくれるとは思わず、ぎこちない返しでその手を取って立ち上がった。

 

「ごめんね〜。ちょっと熱くなっちゃった」

 

 本気で謝っている訳ではない。形式だけの謝罪。

 証拠に日比野さんは焦った様子もなくヘラヘラしている。

 むしろ、突きが決まらず不満そうにさえ見える。

 それでも謝罪はした以上、責める訳にもいかない。

 日比野のさんのターゲットがあたしから綾瀬さんに移る。

 

「そうだ綾瀬さん。まだ試合してないよね! わたしやろうよ!」

 

 人懐っこい笑みで提案する。

 しかし、その眼は恥を掻かせてやるという魂胆が透けて見えた。

 綾瀬さんはたぶん剣道とか得意じゃない。

 この間も相手の子に一方的に打たれてたし。

 それを理解(わかっ)ていて試合を申し込んでいるのだ。

 日比野さんが更に条件を付け加えてくる。

 

「それでさぁ。わたしが勝ったらその見苦しい包帯外して見せてくれない?」

 

 それが目的か。

 日比野さんの取り巻きがそれいいわね、と同調する。

 本来なら騒いでいたら先生が止めに入るが、経験者である日比野さんの事は周りに教える事が多く、信頼していてあまり見ない。

 今もこちらを見ずに初心者の子に教えている。

 断るだろうと思っていると、意外にも綾瀬さんは了承した。

 

「いいわ。その代わり────」

 

 そう言って綾瀬さんは日比野さんに近付いて何かを耳打ちする。

 綾瀬さんの条件に日比野さんが笑いを堪えるように了承した。

 

「えぇいいわよそれくらい」

 

 お互いの合意が成され、綾瀬さんが面を装着する。

 堪らずあたしは綾瀬さんに話しかける。

 

「ね、ねぇ。大丈夫? 日比野さん、小さい頃からの経験者で剣道部だよ?」

 

 普通に考えたら勝てる理由がない。

 綾瀬さんも包帯の中を見られるの嫌だろうに。あんな安請け合いするなんて。

 しかし当の本人は気楽そうに竹刀を軽く素振りする。

 

「まぁなんとか? 竹刀()授業でしか使ったことないけど」

 

「それ大丈夫じゃないよ……」

 

 なんでそんなに楽観的なのか。

 困惑していると、面を装着した綾瀬さんがあたしの肩に手を置いた。

 

「このつまらない嫌がらせ、終わらせてくるから」

 

 そう言うと、日比野さんと向き合い、互いに構える。

 すぐに綾瀬さんの負けだと思われていた試合。

 しかしお互いに中々動かない。

 むしろ、摺り足で綾瀬さんが近づくと日比野がさんが後退る。

 見間違いかもしれないが、何処か震えてるように見えた。

 日比野さんが仕掛ける。

 それは何処か、やぶれかぶれに見えた。

 面に振り下ろされる竹刀。

 だが一瞬、守りに入る筈の綾瀬さんが振るうと、日比野さんの手から竹刀が弾き飛んだ。

 

「え?」

 

 手から竹刀が無くなって動き完全に止まる。

 そこに綾瀬さんが無言で竹刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一件以来、あたしの生活は変わった。

 いや、戻ったと言うべきか。

 前に日比野さん達にされていた小さな嫌がらせがピタリと止んだのだ。

 もしかしたら、剣道の時間で綾瀬さんがあの試合に勝ったら嫌がらせをやめるように言ってくれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾瀬さん!」

 

 校門を出た辺りだあたしは綾瀬さんに話しかける。

 歩きながらお礼を言った。

 

「あの、ありがとう。日比野さんにいやがらせやめるように言ってくれたんだよね」

 

「私にも責任が無い訳じゃなかったし」

 

 そう言って自分の頬。いや、包帯を撫でる。

 もしかして、あたしが綾瀬さんの包帯を外すのを失敗して嫌がらせを受けていたのを気にしていたのかな? 

 それを訊こうとすると、誰かが後ろから近付いてきた。

 

「あ〜や〜な〜ちゃ〜んっ! ぐへぇっ!?」

 

 背後から抱きつこうとしたその子を綾瀬さんが避けた事をでバランスを崩し、転んで地面にダイブする。

 見ると、他校の制服を着た女子だ。

 その子は直ぐ様立ち上がった。

 

「ちょ! なんで避けるん!?」

 

「邪気を感じたからよ」

 

「失礼な! ちーっとばかしスキンシップにそのお胸を揉もうとしただけや!」

 

「やっぱり邪気じゃない」

 

 呆れた様子で息を吐く綾瀬さん。

 凄く自然で、彼女のこんな姿を見るのは初めてかもしれない。

 現れた子があたしに気付く。

 

「あれ? そっちの子ぉは?」

 

「クラスメイトよ。名前は……ごめんなさいなんだっけ?」

 

「……茅野です。茅野眞子」

 

 どうやら名前すら認識されてなかったらしい。

 ちょっと哀しくなった。

 

「彩那ちゃん。流石にそれはひどい思うよ?」

 

「クラスで話す相手も居ないから名前覚えないのよ」

 

 綾瀬さんの言葉に相手の子は態とらしく溜息を吐く。

 

「ごめんなぁ。彩那ちゃん、こんな感じやけど、実はものすごい優しくてえぇ子やから。怒らんといてな」

 

「どの立場で言ってるの、それ?」

 

「だって彩那ちゃん、学校全然上手く行ってる様子やないやん。彩那ちゃんのご両親も心配してるんよ? あ、わたし、八神はやて言います。彩那ちゃんとは小学校からの友達や」

 

 よろしくなぁ、と柔らかい笑みで握手を求められる。

 思わず握り返す。

 

「それで、どうしたの? こんなところまで」

 

「うん、ちょっと相談が……」

 

 あたしの方を見て言いづらそうにしている。

 

「じゃ、じゃああたしこっちだから!」

 

 本当は違うが、あたしが居たら話しづらい内容なのだと察して遠回りの道を選ぶ。

 あ、そうだ、と向こうが去る前に言う。

 

「綾瀬さん、また明日ね」

 

 あたしの言葉に綾瀬さんは驚いた表情を一瞬。

 しかしすぐに小さく笑った。

 

「えぇ。また明日」

 

 そう手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、綾瀬さんは昼から学校に登校してきた。

 そして女子剣道部の部長に話しかけられている。

 

「綾瀬君! 是非剣道部に入部してくれ!」

 

「お断りします」

 

 こんなやり取りがしばらく続く事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




彩那は地球での学校生活を7割くらい捨ててます。
一応彩那が中学での勉強が出来るのは、実年齢のおかげ、ではなく、アリサを始めとした友人達の協力のおかげです。
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