どうしたいのか。
そうリゼリータ妃に問われて視線をカップに注がれている液体を見ていた彩那は数秒の間を置いてから答える。
「狡い質問をなさいますね。私に選択肢はないでしょう?」
彩那がやらなければこの世界が次元断層に呑み込まれて消滅する。
そして巻き込まれた友人達を元の世界に帰すのも難しいだろう。
彩那自身が遺跡に封印される。それが最もベターな結末だ。
「15年前にこの世界に喚ばれて私にとって失ったものは大き過ぎました。ですが、この世界で得た物が無い訳ではないのです」
エリザの方に一瞬だけ視線を移した。
亡くなったアリーシャ王妃にまだ赤子だったエリザを抱っこさせて貰った時の事を覚えている。
あの時の温もりが勇者達の戦う理由にもなった。
「この世界は私達にとって第2の故郷です。その世界を救うのに、未練はあっても迷いはないつもりです」
駆け抜けた10年は情が移るには充分な時間だった。
そして今もこの世界には
理由はそれだけで充分だった。
彩那の話を聞いて、リゼリータ妃は静かに目を閉じた。
「……まだわたくしが見習いとして城に勤めていた頃、リリィ様にお声がけして貰ったことがあります」
昔から頭の良かったリゼリータは12の頃には城で働いていた。
「仕事でミスをしてしまいまして。今思うと大しことはないのですが、当時のわたくしには大きな失敗をしたと怖くて仕方がなかった。そんな時にあの方が声をかけてくれたのです。その時にこれをいただきました」
忍ばせてあった押花のしおりを見せる。
羽根井璃里は花やハーブを育てたり、育てた花で押花などを作るのを趣味にしていた。
「わたくしと同世代で勇者様方に憧れなかった同性は居ません。これは今でもわたくしの宝物です」
そう言ってから息子の頭を撫でる。
不思議そうに母を見上げるザード。
「本音を言えば、わたくしはこの子の未来を守りたい。身勝手な頼みだと理解しています。どうかもう1度、この世界をお救いください」
「……」
「僕とアインスはノティスって都市に行ってみる」
話し合いが続く中でユーノがそう発言する。
「これまでの情報から、僕達を召喚したホーランドの装置と北の遺跡はなんらかの関係がある筈なんだ。でもこの国に居たままじゃ、まともな情報は得られないと思う」
だから1番情報を得られる可能性があるノティスに行くとユーノは言う。
無限書庫が無い以上、頼れるのはそこしかなかった。
アインスも続く。
「北の遺跡にある装置が闇の書のような不具合を抱えてないとも限りません。世界の危機に関わる問題です。万全でないと判れば、一旦は先送りになると思われます」
まだ予測上数年の時間があるにも関わらず、遺跡の起動を急いでいるのは、既に影響を受け始めているから。
はやてが2人の真意を察して言葉にする。
「そうすれば、時間が稼げるってことやな」
「はい。綾瀬自身もそんな計画に乗るほど愚かではないでしょう」
計画の鍵を握っているのは綾瀬彩那だ。
彼女の意思を無視した計画遂行は難しい。
なのはが慌てて立ち上がる。
「ならわたし達も!」
その提案をユーノが断る。
「いや、僕達だけで行くよ。大勢で移動したらホーランドの方が怪しむだろうし、皆は彩那の方を見ててあげて」
警戒心を上げて今より行動に制限される方が不味い。
申し訳無さそうにユーノがアリサとすずかを見る。
「その代わり、帰るのは遅くなると思う」
大丈夫? と問いかける。
なのは達は最悪管理局に身を寄せればいいが、アリサとすずかは違う。
年単位で時間がズレれば地球での生活に支障が出るだろう。
成長期なら尚更だ。
ユーノの質問にアリサは不機嫌そうに返す。
「小さなこと言ってんじゃないわよユーノ! 今はそんなこと考えてる場合じゃないでしょ!」
「こっちのことは気にしないで。私達も彩那ちゃんのことが気になるもん」
「ま、そん時はそん時よ。戻った後に考えるわ」
強がりを見せる2人に全員がそれぞれ笑みを浮かべる。
いや、もしかしたら強がりではなく本心からそう思ってるのかもしれない。
「母さんやクロノが居れば、もう少し話し合いで状況が良くなったのかな?」
特に大人のリンディが居れば交渉事でもう少しスムーズに話が出来たかもしれないと考えるフェイト。
しかしはやての考えは別だった。
「どうやろ? 言いたくないけど、やっぱり管理局の後ろ盾が無いとリンディさんでも難しかった思うよ?」
これはリンディの交渉する能力が低い、という意味ではなく、この世界の現状に対して交渉材料が少な過ぎるのだ。
管理局がバックアップがあれば、極端だがこの世界の住人を違う世界に移住させる、と言った提案が出来たかもしれない。
今この世界は戦力を必要としている訳ではないので、優秀な戦闘魔導師も交渉材料の価値は低い。
むしろ今は相手の警戒心を強めるだけだろう
「話を戻すけど、僕とリインフォースはノティスで情報を集める。なにかあればこっちに連絡する。その時にこっちの連絡先を教えるね」
こっちは主に固定電話や手紙のやり取りが主流であり、携帯電話のような通信機は軍属か国の要人。もしくは金持ちくらいしか持たないらしい
「結局は情報待ち。それしかない訳やな……」
もどかしい。
この世界に来て時空管理局がどれだけ自分達を優遇してくれてたか思い知る。
「じゃあユーノ君、手伝って欲しいことがあったらなんでも言ってね。それと無理はしないで」
「うん。ありがとう」
「アインスも頑張ってくださいです」
「あぁ。
「はいです!」
敬礼するツヴァイ。
残りはこれまで通りに過ごす。それが歯痒かった。
彩那はその頃、エリザとリゼリータの息子であるザードと話していた。
リゼリータは呼ばれて席を外している。
勇者時代のあれこれをかなりオブラートに包んだり、ザードにされた質問に答えたりしていた。
エリザはそんなザードの世話を焼いている。
口の周りに付いたケーキの食べカスや、テーブルに溢した分を拭いてあげたりと。
それを不思議そうに懐かしそうに眺める。
「どうかしましたか? アヤナお姉様」
「いえ、昔はよくティファナ王女が貴女の世話を似たようにしていたと思い出して。やっぱり姉妹ね。叱り方がよく似てるわ」
「そうでしょうか?」
本人はそう思ってないのか、首を傾げる。
「ぼくは今日エリザ姉さまともこうしてお話ができて嬉しいです。さいきんはあまりかまってくれなかったから!」
「そうなの?」
「えぇ。わたくしも色々と覚えなければいけないことが多過ぎて。お姉様がどれだけ優秀だったのか身に沁みます」
ティファナが亡くなった事で彼女が受けていた教育が全て次女のエリザに回ってくる事となった。
それからザードにちょっとした魔力制御を教える。
と言っても、念話のやり方やリンカーコアから生成された魔力を身体中に巡らせる感覚など。
魔導師にとっては当たり前の本当に簡単な技術。
しばらく付き合っていると疲れて眠り始めた。
「すみません、アヤナお姉様。この子は貴女と話せて興奮したみたいで。その分、疲れが出たのでしょうね」
「構わないわ。私もこのこの子と話せて楽しいから」
どちらかと言うと和んでいたが正確。
エリザが彩那の顔に描かれたホーランドの術式に触れる。
「エリザ?」
「……お父様にお願いして、わたくしも神剣の制御に使うこの術式を刻むつもりでした。わたくしが北の遺跡のコアとなる為に」
衝撃の事実に彩那は目を大きく開いて息を呑む。
「反対されて叱られてしまいましたけどね。わたくしがそんなことをする必要はないと」
王からすれば長女を失い、次女まで遺跡のコアとして封印するつもりはないのだろう。
彩那も少し掠れた声で訊く。
「……魔力資質の問題もあるでしょう?」
「その点だけはティファナお姉様より優秀でした。わたくしが唯一お姉様に優っていた点です」
少しだけ誇らしげに温くなったお茶を飲む。
しかしそれもすぐに引っ込んで質問する。
「アヤナお姉様はどうお考えですか?」
「そうならなくて良かったと思うわ」
エリザがそうなっていたら、ティファナに合わせる顔がない。
「不思議な気分……あの小さかった貴女とこうして同じ目線でお茶をしてることが、とても……」
「アヤナお姉様は肉体が若返ったのでしょう? わたくしからすれば、そっちの方が驚きです」
「そうね」
おかしな過程を辿ったのは彩那の方。
エリザが彩那の手に触れる。
「貴女はもっと
なのは達の事だ。
彩那が北の遺跡に封印される事を彼女らは頑なに認めないだろう。
良い友人を持ったと思う。
彩那には勿体無い程の。
でも。
「私はティファナ王女の妹弟であるあなた達の未来を残したいのよ」
この世界でどれだけ酷い目に遭っても、大切なあるモノが1つでも在るのなら守るべき価値はある筈だ。
自分を懸けるのはそれだけで充分。
彩那がエリザの手に触れる。
その手は小さく震えていた。
「結果的にとはいえ、ティファナ王女の命が失われることになって、本当にごめんなさい」
ずっと謝りたかった。
過去、エリザに問い詰められた時も自責と自暴自棄から自分が殺したなどと言ってしまった。
幼いエリザの気持ちをなに1つ考えずにただ突き放した。
エリザが触れられてるのとは反対の手を重ねる。
「気にしないでください。アヤナお姉様が限界だったのは今だから
まさかそんな風に言われるとは思わなかった。
エリザの成長。
そしてそれをティファナに見せてあげられなかったのが申し訳無い。
泣いてしまいそうだった。
「ありがとう、エリザ」
屋敷に戻った彩那はなのは達でも判るくらいに上機嫌で帰ってきた。
エリザと接したり、その弟であるザードとの時間が心地良かったから。
忘れない内にユーノとアインスにノティスへの紹介状を渡す。
「明日の昼に出る列車便での2日旅になるわ。行き方の細かなことはこっちの紙に書いておいた。急だったから宿泊先の確保は自分達でお願い。カードで支払えるから」
「うん。ありがとう」
「何から何まですまないな」
2人がお礼を言う。
この世界で航空機は存在しない。
正確には在ったが、空で活動する魔法生物の餌食となり、採算が取れずに廃れていった。
故に基本移動は陸路か海路となる。
どっちにも強力な魔法生物が存在するが、空路と違って魔導師の護衛がしやすいのだ。
「なにかあったら連絡するから、彩那も早まらないで」
ユーノの言葉に彩那はやっぱりかと2人がノティスに向かう理由を察する。
答えず曖昧に返す。
汗を流す為に浴場に向かうとそこには先客がいた。
シグナムとヴィータだった。
「2人とも入ってたのね」
「あぁ……」
「おう」
短く返事する。
特に会話する事もなく黙々と体を洗っていると珍しくヴィータの方から話しかけてきた。
「なんか、機嫌いいな」
「そうかしら……そうかもしれないわね」
抱え込んでいた重たい荷がようやく降ろせた感じだ。
少しくらい気分も良くなるというもの。
「お前、本当にこのままでいいと思ってんのかよ」
この国の言いなりになって道具にされて満足なのかと暗に問う。
ヴィータからすればはやてが悲しむような選択は認められないし、彩那に対して少なからず恩義や仲間意識も芽生えている。
「そうは言ってもねぇ……この件に関する愚痴でも聞いてくれるの?」
「なんだよ愚痴って」
突然女々しい事を言ってくる彩那に2人は意外な表情をする。
「たとえばぁ……なんで色んな世界で暴れてた
シャワーで頭についたシャンプーを流す。
シグナムが呆れた顔をする。
「……それは私達に対する嫌がらせだろう」
「冗談よ。流石に私も本気でこんなこと言うほど性格腐ってないわ」
冗談でもこんな事を口にする辺り、本当に浮ついてるらしい。
同時にかつては殺し合った騎士達とこんな会話をする仲になるとは思わなかった。
「そっちは八神さんのことを優先して考えていればいいのよ。私は大丈夫だから」
その、安らかな顔が死期を悟った病人のようだと思った。
まるで現し世に未練はないとでもいうような、そんな顔で笑った。
エリザはシャワーを浴びながら彩那に触れた手を念入りに洗っていた。
何度も何度も。
皮が向けるのではないかと思う程。
まるで穢れを祓うように。
シャワーを止めて両手を見つめると感情の無い表情で呟く。
「きもちわるい……」
今ではちょっと違いますが、最終章の話を考えてた最初期の頃にエリザの性格を参考にしていたのがるろうに剣心の雪代縁だったりします。
初期の構想ではもっとヒステリックな行動が目立つキャラだった。
次回から話が動きます。