海鳴市に建てられているとある老人ホーム。
そこでは私は自室でテレビを見ていた。
ニュースキャスターが海鳴にあるキャンプ場で起きた小学生女子の失踪事件について話している。
『先日◯◯山のキャンプ場で行方が判らなくなった小学生4名は未だ発見出来ず、警察は誘拐の可能性も視野に入れて────』
「……」
ニュースに流れている行方不明の女子4名は私にとって曾孫に当たる。
しかし私は慌てずに肺に溜め込んだ空気は吐き出した。
「そう……このタイミングなのね……」
行方不明になった曾孫達が何処へ行ったのか知っている。
むしろ私ならこの事件自体を起こさせない事も出来た筈。
が、今日に至るまで敢えて何もしてこなかったのだ。
曾孫を見殺しにした自分への嫌悪感から目頭が熱くなり、眼鏡を外して眉間を揉む。
全てを忘れて生きてきた。
古い記憶は世界大戦が終わった直後にこの地の病院で目を覚ました事。
酷い怪我を負い、倒れていた私を後に夫となる男性が病院まで運んでくれたらしい。
記憶もなく、当然行くアテもなかった私をその男性が面倒を見てくれ、やがて結婚してたくさんの子を産み、曾孫が見れるまで生きてこれた。
自分の犯した罪を全て忘れて。
その記憶を思い出したのは正月のある日、曾孫の1人を見たからだ。
綾瀬彩那。
あの子を見た瞬間、封をしていた記憶が決壊したダムのように流れ込んできた。
あの人と出会う前の私。
そして忘れていた私の罪を。
何度も話すべきか、行動すべきか悩んだが、結局は沈黙を貫いてしまった。
自分が語る真実がどのように過去と未来に左右するか予測出来なかったが故に。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
壊れたように曾孫達への謝罪を繰り返す。
残り短い人生を私はきっと曾孫達を見殺しにした罪悪感に苛まれて生きて行くのだろう。
「ようやく
ユーノとアインスが旅立って数日が経った。
出来る限り早く帰って来ると言っていたが、往復4日もかかる旅だ。
張られている結界で固定電話か手紙でしか情報の共有手段がない。
それを歯痒く思いながら過ごす。
なのはは日課になっている自主練をしていた。
とは言ってあまり派手な訓練は出来ず、誘導弾の制御など、比較的地味なのが主だが。
訓練を終えるとちょうどはやてとシャマルに鉢合わせた。
「お。こんな時でも自主練か? 真面目やなぁ……」
「うん。的外れなことしてる自覚はあるんだけど、じっとしてられなくて」
本当はもっと別の事をするべきなのに、なにをするべきなのかが具体的に思い浮かばない。
はやても分かるけど、と苦笑する。
シャマルが質問する。
「なのはちゃん、お昼、食べたい物とかありますか?」
「最近、ようやくこっちの食材やら調味料やらに慣れてきたんよ」
海が近いだけあり、魚介類が美味しいのだが、知らない魚ばかりで捌くのに本を読み漁ったり、マーサに教わったりした。
河豚のような毒のある魚に当たったら洒落にならないから。
野菜なども似ているようで微妙に違っており、料理本を片手に四苦八苦した。
ホーランド語は読めないので彩那に翻訳や説明をしてもらってなんとか覚えた。
はやての料理経験がまったく通用しない訳でもないので、それなりの物は作れるようになったつもりだ。
彼女も料理などで自身の不安を抑え込んでるところがある。
「最初は食材の違いにホンマ苦労したわぁ。皮がスイカみたいなキュウリやら大根並に大きなナスやら。やけに色が濃いキャベツやと思ったらほうれん草やったり、みかんっぽい果物の皮が卵の殻みたいやったり……」
この世界に食材に慣れる為の試行錯誤を思い出して乾いた笑いをする。
今のところ知識と実物が一致したのが小麦粉とじゃがいもと乳製品などか。
「別世界に来てる感はあって面白かったけど……なぁ?」
慣れればそういう物かと納得出来るが、その慣れるまでに時間がかかった。
「それでなにか食べたい物あるか?」
「う〜ん……」
なのはは少し考える。
こういう場合なんでもいいは失礼なので、パッと思いついたのを答える。
「冷たいパスタは?」
「あぁ、いいですね。この国の気候は暖かいですし」
ホーランドの季節は春と夏が往復する感じで、気温が下がっても秋の半ばくらいで涼しい季節はすぐに過ぎ去っていくという。
戦争中に極寒の北側諸国に行った際にはあまりの気温差に身体の不調を訴える者や、最悪凍死した者も居たと言う。
宿で泊まる時以外は常時バリアジャケットで過ごしていたらしい。
閑話休題。
なのはの意見から献立を考えるはやて。
「またみんなで遊びに行きたいなぁ。映画とか面白かったし……彩那ちゃんが」
ホーランドの勇者を題材にした映画が公開されており、ここに来たばかりの頃にみんなで観に行った。
友達の実話が題材なだけあり、はやてらは楽しめたのだが、御本人は終始なんとも言えない表情をしていた。
「いやー。あんな顔の彩那ちゃんとか滅多に見れんからなぁ。向こうじゃ包帯巻いてるのもあるけど」
ちなみにその映画は3部作の1作目にあたるらしい。
勇者も実在した人物よりもホーランドにとって都合の良い勇者象で改変されており、本人曰く、パチモン臭がヤバいとの事。
勇者の話になって、若干不機嫌そうになのはの眉が動いた。
それに気付いたはやてが首をかしげる。
「なのはちゃん?」
「……2人に聞いて欲しいことがあるの」
「なんですか?」
なのはの方からこういう話の切り出し方をするのは珍しいと2人は瞬きする。
一拍置いてから、自分の感情を認める為にそれを口にする。
「わたし……わたしね。たぶん、彩那ちゃんの昔の友達に嫉妬してる……」
恥ずかしさからなのはは呼吸を一瞬止めた。
過去の勇者の戦闘記録で見た、かつての勇者達の連携。
そして、かつての友達と一緒に居る時の彩那の表情。
それを見ていると胸の奥がざわざわと不快な感情が沸き上がってくる。
認めたくなかったが、ようやくなのはは自分の中の負の感情を認めるに至った。
それを聞いたはやてとシャマルは────。
『え? いまさら?』
「ハモった!?」
示し合わせた訳でもなく、素でハモらせた2人になのはは声を上げた。
「あ〜ごめんごめん。たぶん、彩那ちゃん以外はみんな気付いとったんやけど、悪ふざけでせっつくようなことでもない思て敢えてスルーしてたんよ。話してくれるの待ってたのもある」
「う〜……」
まさか筒抜けというか、周囲の方が自分の感情を察していたとは。
羞恥から壁に額をくっつける。
「まぁ、できればそういう相談はフェイトちゃんかアリサちゃん。それとヴィータにしてあげてな? 3人ともなのはちゃんが心配でちょっとした負の連鎖になっとったから」
3人が特になのはを心配していたが、本人が話さず抱え込んでいるので微妙に苛立っていた。
言われるまで全然気付かなかった事にも胃のあたりが小さくなる思いだった。
「……はやてちゃんは、どうなの? その……彩那ちゃんのこと……」
未だに昔の友達を想っている事について遠回しに訊く。
困ったように頬を掻きながら答える。
「わたしはみんなとは顔見知りやから。あんな仲のえぇの見せられたらなぁ」
かつてのクラスメイトだった彩那を除く3人。
その仲の良さはまだ記憶に残っている。
簡単に消せる記憶でも、新しい関係で塗り替えられる記憶でもないだろう。
「生き残った彩那ちゃんのぽっかり空いた心の穴がわたしらで塞げたらとは思ってるよ。でもそれには長い時間が必要やろなとも」
時間というのは残酷だが優しい。
どんなに大切な記憶も忘れる事はなくとも時間と共に薄くなる。
逆に心の傷だって消える事はなくとも時間と共に小さくなっていく。
楽しい想い出や嬉しい想い出で少しずつ心の穴を埋めてあげたいと思った。
「まさかこんな事態になるとは思わんかったわ……」
余計な事を、とホーランドに対して毒づくはやて。
もっと時間が有れば、彩那が自らを蔑ろにするような思考を改めさせられたかもしれないのに。
そういう意味でははやては彩那に苛立っている。
「今はリインフォースとユーノ君からの情報待ち……歯痒いなぁ……」
「はやてちゃん……」
どこか遠くを見つめるはやてをシャマルは心配そうに見つめる。
この世界に来てから時折なにかを考え込む姿が増えた。
「どうにかして別の方法を見つけよな。彩那ちゃん1人に全部押し付けて良かった良かったなんて、絶対にさせたらアカン。そんでわたしらの世界に戻ったら、たくさん困らせたろな」
「うん……」
おどけた様子でそう言うはやてになのはは頷いた。
「それじゃあ、私が居なくなった後のこの屋敷の処分は以下の通りでお願いします」
「承りました。アヤナ様」
今まで疎かにしていた自分が居なくなった事後処理をマーサに頼む。
封印された後は彩那がここに戻って来る事はないだろうから。
「それと」
手に持っていた細長い箱をマーサに渡す。
「私がここを離れた後にこれを」
「これは……」
それが何かを知っているマーサは驚きから目を大きく開ける。
「戦争に勝ったら、ティファナ王女を含めて5人で飲む約束だったお酒です。高かったから楽しみにしてたんですけどね」
ホーランドでは飲酒の法で年齢制限は特に設けられていない。
流石に幼い子供が飲むのは良い顔されないが、大体14か15で
飲めるようになるのが一般的だ。
「私からはきっと受け取ってくれないでしょうから。この世界が助かった後に皆に渡してください」
あの子らはこの酒を形見だと思うだろう。
実際にそうなるかもしれないが。
「日本なら大体700万くらいかな。戦争も終わりが見えてきたと思って奮発したんですよね。皆でお金出しあって」
元から在った酒蔵に保管していたのを思い出し、引っ張り出してきた。
楽しみにしていたが、もう彩那には必要ない。
捨てるのももったいないので今の仲間にあげる事にしたのだ。
「アヤナ様、貴女は……」
マーサが何かを言おうとしたが、口にすべきではないと閉ざした。
「分かりました。必ずお渡しします」
「お願いします」
他にも幾つかの事後処理を決めて別れると、なのはと鉢合わせる。
「彩那ちゃん……」
なのはは彩那の昔の友達に嫉妬している自分に気付いて、恥ずかしさから視線を下に向けてしまう。
もしもその事を本人に話したらどんな顔をされるだろうと。
向き合ったまま間が空くと、彩那の方から口を開く。
「ねぇ高町さん」
名前を呼ばれて顔を上げる。
「散歩がてらに、少しお話しましょうか」
屋敷の周辺を歩いていると前を歩いている彩那から話しかける。
「初めて会った時のことを覚えてる?」
忘れる筈はない。
なのははまだ魔導師として新米も良いところで魔法の事1つ1つが驚きの連続だった。
「地球に魔導師が居るのも驚いたけど、襲われそうになってるのに高町さんオロオロしてるんだもの。肝が冷えて、急いで割って入ったわ」
当時ド素人もいいところだったのだ。
いくら魔法の才に優れていても、訓練無しに動けるものではない。
「うん。覚えてるよ。わたしと同い年の子があんなにすごい動きをするんだもん」
実際には同い年ではなかったのだが、その勘違いは仕方ない。
あれ以来、彩那は魔導師としてなのはの目標でもある。
それからジュエルシードが起こす次元をユーノを含めた3人で解決し、フェイトと出会い、時空管理局との接触。
「もしも私がユーノ君と出会わなくても、彩那ちゃんがあの事件を解決してくれたのかな?」
彩那なら、どこかでジュエルシードの問題に関わっていた筈。
つまり自分が関わらなくてもあの事件は似たような結末を辿っていたのではないかとなのはは思う。
「それは違うでしょう」
しかしそれを彩那は否定する。
「たとえ私だけでジュエルシードを対処したとしても、きっと今のような結果にはならなかった筈よ」
ジュエルシード事件はなのは達が居なければ、彩那はフェイトとアルフを捕まえ、暴力を行使してその目的を吐かせ、プレシアの排除に動いただろう。
フェイトの心と身体にどんな傷が残るのか考えもせずに。
「闇の書事件も同じ。私は騎士達の排除を優先して、八神さんを闇の書の呪いで殺していたと思う」
グレアムが監視していたので、彼とその使い魔が蒐集を引き継ぎ、闇の書は完成していたかもしれないが、それでも八神はやての封印は免れなかった。
砕け得ぬ闇の件もそう。
事態を早く早くに解決しようとするあまり、その過程に居る者達の気持ちを踏み躙っていた可能性が高い。
そういう解決方法しか知らないが故に。
「今日までのこの結果は、誰が欠けても辿り着けなかった。そうでしょう?」
彩那はその経験と力で。
なのは達は自らの優しさと諦め悪くより良い未来を手に入れようと足掻く事で、最善の結果を手にしてきた。
だからこそ。
「なら……これからもそうしようよ」
だからこそ、自分1人を犠牲にしようとする彩那が納得出来ない。
「今、ユーノ君とリインフォースさんが他に方法は無いか探してくれてる。わたし達も頑張るから! だから……!」
まだ諦めないでと眼で訴える。
教えて欲しい事がたくさんある。
これからも皆一緒に色んな事を乗り越えて行きたい。
「無いわよ」
しかしその願いに彩那は首を横に振って返した。
「今回ばかりは無いと思う。私が逃げれば、王達はすぐにエリザを遺跡のコアとして封印する可能性が高い。そうなれば貴女達を元の
本当なら彩那のリンカーコアを聖剣に封じる為に死ぬ筈だったのを、代わりになったのがティファナ王女。
あの子から姉を奪う形となったのだ。
その上未来まで奪う訳にはいかない。
「冬美ちゃんも璃里ちゃんも。ティファナ王女も渚ちゃんも。皆この世界で生命を懸けて戦い、散っていった。私の番が回ってきただけ。それに生贄と言っても何も死ぬ訳じゃない。少しだけ永い孤独の時間を過ごすだけ。そう……大したことじゃないわ」
小さな子供に言い聞かせるような声音で話す。
もう彩那は覚悟を決めてしまった。その事が悲しい。
思い留まらせる為に何か言いたいのに、なのはにはどう言葉にすればいいのか分からなくて。
代わりに涙が溢れてきた。
その涙を拭うと彩那はなのはを抱き締める。
「高町さん達に会えて良かった。貴女達と一緒に居られたから、私は今の気持ちで挑むことが出来る」
もしもなのは達と出会わず、一緒に過ごした時間が無ければ、無感情に封印を受け入れていただろう。
自分の事なんてどうでもいいから。ただ楽になる為に封印されていた。
だけど今は、皆と一緒の時間を過ごせない事に寂しさを感じる自分が居る。
その
些細な違いかもしれないが、その事が彩那には嬉しかった。
「あやな、ちゃん……」
それは違うと言わなければいけないのに、もうどう返せばいいのか分からなくて。
膝から崩れ落ちそうなのを堪えるのが精一杯だった。
そこで空から軍人が5人が2人の周囲に下り、その場に膝をつく。
そして前に会ったアリアが告げる。
「お迎えにあがりました。勇者アヤナ。北の遺跡で王達がお待ちです」
「え?」
アリアがなにを言ってるのか分からない。
1ヶ月まで後10日近くある筈。
約束が違う。
なのはから身体を離してアリアに視線を向けた。
「思った以上に早く準備とやらが整ったのですね」
「はい。ここから北の遺跡まで最短でも半月かかりますが故。どうかお早く」
アリアの言葉に彩那は仕方ないな、と息を吐いてついて行こうとした。
それを止めようとなのはは動く。
「ま、待ってくださ────」
だが、彩那が指をなのはに向けるとバインドによって拘束される。
「彩那ちゃん、どうしてっ!?」
バインドの解除を試みながら叫ぶが、彩那はなのはの方を見ずにアリア以外の軍人を見た。
「彼女を屋敷の中にお連れしなさい。丁重によ。もしも傷1つでも付けたら許さない」
圧のある声で軍人達に告げると身震いした。
「勇者アヤナ、お手を」
差し出された手を取り、転移魔法でこの場を去ろうとする。
「っ!!」
行かせない、と力ずくでバインドを解除しようとすると、彩那が振り返ると。
「さようなら、なのは。数百年後の遠い未来で、この世界を見つけたらまた会いましょう」
初めて、名前を呼んでくれた。
「あ────っ」
呼び返す前に、彩那はアリアと共に転移魔法で消えて行った。
それを理解したなのはは、その場で絶叫した。