列車生活2日目。
彩那は昼食を摂っていた。
おそらくはホーランドから持ち込まれたのだろう海鮮を贅沢に使ったメインのグラタン。
こっちでは名前が違うのだがそんな事はどうでもいい。
それとサラダとスープ。
その他にも少量に盛り付けられてはいるが、どう見ても1人分ではない多くの料理がテーブルに並んでいる。
焼き立てのパンを食べながら彩那は考えていた。
(ざる蕎麦食べたい……)
こっちでは食べらないからこそ無性に和食が恋しくなる。
目の前の食事は美味しいのは間違いないのだが。
腹八分目で食事を終えるとアリアが今後のスケジュールを話す。
「3日かけてこのまま南部諸国の半分まで移動するつもりです。ただ、野生の魔法生物などの危険もある為、予定より遅れるかもしれませんが」
「そうでしょうね」
この世界に生きる人間以外の生物。
特に魔法生物に対しては人間側もかなり気を遣っている。
増え過ぎて人間の生活圏を脅かす場合を除いて無闇な殺生は禁じられているし、狩猟や漁業などで数を管理し、生物自体が滅びないようにする職業も存在する。
列車の線路も、魔法生物などが干渉し難いルートで製造されている。
そのせいでやや遠回りになってはいるが。
「次の駅で気晴らしに観光はどうでしょう? 短い間ですが時間は取れます。部屋に居るだけでは退屈でしょう?」
列車だってずっと移動してる訳じゃない。
エネルギーである魔力や物資の補充は行う為に停車くらいはする。
「いえ、やめておきます。部屋で本でも読んで時間を潰しますよ」
今更観光しようとは思わないし、彩那が外へ出れば当然監視兼護衛で人を回さなければならない。
そんな息苦しい観光はごめんだ。
提案を却下されてアリアが次の言葉に間を置く。
「やはり、御友人方も同伴させるべきでしたか?」
「やめてくださいよ。決心が鈍ります」
あの子達と居ると、居心地が良過ぎて心が揺らぐ。
何か、別の解決策が在るのではと希望を持ってしまう。
だからあの時、なのはにバインドをかけたのだ。
「それより、王様達は先に準備を進めている筈ですよね? 兵はどれくらい動かしているのですか?」
「凡そ300名の兵士が王と共に北へ向かっています。この列車にも貴女の護衛として50名。だだ……」
「ただ?」
言葉を濁すような溜めに彩那は首を傾げる。
「今回の件を知った各国。特に軍関係者が動いて北へと向かっています。予測ですが、最終的に各国から合計千を超える兵士が集まるかと……」
「……
戦争時代、それなりに各国を守って戦ったつもりだったが、逃げると思われているらしい。
そんな彩那の反応にアリアが苦笑して首を横に振る。
「逆ですよ。皆様、勇者に大恩が有るからこそ、今回駆け付けてお礼を申し上げたいのだと思います。そうでなければ、こんな豪華な旅にはなりません」
拘束して無理やり北へ送り届けるだろうと言う。
「なら、尚更各国に変に顔を出さない方がいいですね。目立つのは苦手なので」
行く先々で歓待を受ける羽目になりそうだと思った。
それは時間の無駄だし面倒だ。
「観光はいいので、停車したら何か良さそうな本を見繕ってきてください。お金は私の口座から出して構いませんので」
「それくらいは経費で落ちますが?」
こうして緩やかな彩那の旅は続いた。
「なのは! 皆、無事!!」
「ユーノ君、リインフォース……!」
「ただいま戻りました、我が主」
はやて達が屋敷から出る事を禁じられて3日。ノティスに行っていたユーノとリインフォースが帰ってきた。
いや、連れ戻されたと言うべきか。
「ビックリしたよ。いきなりホーランドの人達に囲まれて強制的にこっちへ連れ戻されちゃった」
はは、と軽い調子で言うユーノ。
リインフォースが問う。
「それで、私達が連れ戻されたということは、綾瀬は……」
「うん。北へ向かったらしい。なのはちゃん以外には内緒でな」
はやてが苛立たしげに答えた後に、1度深呼吸してから皆を見回して自分の考えを口にする。
「わたしは彩那ちゃんが封印されて遺跡とやらのコアにされるのを防ぎたいと思う」
「はやてちゃん……」
「わたしな。わたしが今こうして生きて居られるんは皆のおかげやと思うとる。本当ならあのクリスマスの夜に、グレアムおじさんの計画通りに封印されとるか歴代の闇の書の主と同じように死んでるんが本来の結末やったんやと思う」
あのクリスマス。多くの奇跡が重なった結果、誰も失う事もなくこうして生き続けている。
何か1つでも欠けたりズレたりしていたら、八神はやての人生は終わっていた。
「だからな。わたしが助かったのに彩那ちゃんがこのまま封印されるなんて結末は納得が出来ん」
これはただの我儘だ。
他所の世界の他人事だから言える綺麗事かもしれない。
だけど、そもそもその他人事に巻き込んできたのはこの世界の人間の方だ。
「これ以上、この世界の人達に彩那ちゃんの人生をめちゃくちゃにされるんは、我慢ならんわ……!」
拳を強く握ってそう気持ちを吐露するはやて。
それを聞いてフェイトも頷く。
「そうだね。それに彩那には借りを作ってばかりだから。少しくらい恩返しもしないと」
以前のストーカーの件や、母を止めてくれた事。
他にも沢山して貰った恩がある。
それを何1つ返せずにお別れなんて納得が出来ない。
ヴィータがおどけるように言う。
「ま、なんにせよあたしらはこの世界じゃ鼻つまみモンだしな。誰かに遠慮する必要はねーんじゃねぇの?」
ヴィータからすればはやての意向に従うだけ。
綾瀬彩那に対しても仲間意識のような物も芽生えているし、暴れるというなら異存はない。
それは他の騎士達も同意見だった。
理由はどうあれ、主を助けて貰い、闇の書の呪いの連鎖を断ち切るのに力を貸してくれた。
そしてこの世界でも、かつての主の墓参りをさせてくれた。
何1つ返せずに彼女だけ運命に呑まれて行くのを黙って見てる程、騎士達も不義理な性格はしていない。
アリサも軽く挙手をして話す。
「あいつを連れ戻すのはあたしも賛成よ。というか、あたしらに黙って勝手に行くなんて、これキレて良い案件よね? 文句の1つも言ってやらないと気が済まないわ」
「アリサちゃん。でも私も同じ気持ちかな。ちょっと今回は流石に酷いもん」
すずかも文句を言ってやりたい気持ちだ。
こっちがこれだけ心配してるのに、袖に振るような真似をされてかなりご立腹なのだ。
そんな会話の中、上の空で聞いているなのはにユーノが声をかける。
「なのは、大丈夫?」
呼ばれてなのはの視点がユーノに定まる。
「あ……うん……」
こんな時、真っ先にやる気を出しそうななのはが本当にらしくない。
彩那との別れを思い出すようにぽつりぽつりと話し始める。
「彩那ちゃん、初めてなのはって名前を呼んでくれたの……」
彩那は基本相手を姓の方で呼ぶ。
騎士達のように出会った頃に姓名が無かったり、ハラオウン親子のように被る場合はともかく、基本下の名前で呼ぶ事はない。
「でも……だから、彩那ちゃんはここでやることを決めちゃったんだって……」
最後の別れのつもりで、名前を呼んでくれたのだと理解してしまったからこそ、引き止める言葉が出なかった。
「もう彩那ちゃんに、どんな言葉をかければいいのか分からないの……」
彩那の気持ちも覚悟も全て無視して連れ戻すのが正しいのか。
本当に、彩那にとって数百年後の世界でこの世界を見つけるしかないのか。
ずっと考えてるのに纏まらず、沼に嵌まったように思考が重い。
「なのは」
フェイトが何か言おうとしたところで皆が集まっている部屋にノックがした。
「少し、よろしいでしょうか?」
扉の向こうからマーサの声がして近くにいたシャマルが開けた。
「どうかしましたか?」
思えばこの屋敷は彩那の持ち物で、主が居なくなった以上、自分らを住まわせるつもりは無いのはないか。
そんな疑問が頭を過ぎっていると、マーサが手にしている細長い木箱を渡してきた。
「アヤナ様よりこれを。自分がこの屋敷を発った後に皆様に渡して欲しいと」
はやては受け取った木箱を開ける。
中に入っていたのは酒と小さな手紙だった。
「戦争後期に勇者様方とティファナ王女が購入した酒でございます。終戦になった時に皆様で飲まれるつもりで取って置いたのです。もう自分が口にすることは無いだろうから、皆様に受け取って欲しいと」
その5人で買ったのなら相当値段の高い酒なのだろう。
皆で買ったのなら大事な酒だろうに、それを託された事に喜べばいいのか。
それともポンとこんな重い物を自分ではなくマーサを使って渡してきたことに怒るべきなのか。
それよりも今は手紙の方を読む。
彩那が遺跡のコアとなった後、絶対に皆を元の時代の世界に帰す旨。自分がこの屋敷を発った後に時間差で北へ向かうように手配するとの事。
まるで業務連絡のような内容の後に、こう締められていた。
"こんな形でのお別れになってごめんなさい"と。
「あ────んの子はぁっ!?」
思わず手紙を破り捨てそうになるのを必死で抑える。
ここまで軽く見られていると、悲しいより憤怒の方が大きくなった。
深呼吸した後にはやては全員を見回す。
「みんな! 行くよ!」
「お待ち下さい!」
出て行こうとするはやてをマーサが止める。
「……退いてください。わたしらは行かなアカンのです」
ここで言われた通りに引き下がったら、もう2度と彩那を"友達"と呼ぶ資格を失うような気がしてはやては待機状態のデバイスを握り締める。
その騒ぎを聞きつけて、待機していたホーランド兵達も集まってきた。
騎士達が真っ先に戦闘態勢に入る。
「失礼だが、そちらの戦力で我々を止められるとお思いか?」
シグナムの質問にマーサは首を横に振った。
「まさか。しかし、ここに居るのは戦える者ばかりではないでしょう?」
マーサの視線がアリサとすずかに向く。
戦闘になれば真っ先に2人を狙うと案に示す。
それに今はなのはも戦える精神状態じゃない。
膠着状態の中でどうするか思考を張り巡らせていると、窓の外から大きな音が響いた。
「なんだぁ!?」
ヴィータが驚きの声を上げると窓の外には小さな飛行機が空中で停止している。
飛行機の振動で屋敷の窓ガラスが割れた。
横にあるハッチが開くと意外な人物が姿を現す。
「エリザ王女!?」
マーサが悲鳴のような声でその人物を呼ぶ。
「皆さん、アヤナお姉様のところへ行くのならこちらへ!」
手招きしてくるエリザ王女。
はやての中にはエリザに対する理由の分からない不信感がある。
そもそも何故この場でエリザが現れたのかがまったく分からない。
どうするか躊躇っていると、フェイトが動いた。
「行こう、みんな! ここに居たら、どの道彩那には会えない!」
壊れた窓からなのは抱えたまま飛び、飛行機へ移る。
「あ〜もう! ザフィーラはアリサちゃん! シャマルはすずかちゃんを抱えて飛んで! ユーノ君はアインスをお願いや! シグナムとヴィータは警戒しながら最後に乗って! リインはわたしとユニゾン! 行くよ!」
『はい!』
はやての指示に彼女の騎士達が言われた通りに動く。
飛行魔法で順番に飛び乗り、最後にヴィータが中に入る。
マーサが叫ぶ。
「エリザ王女、貴女はっ!?」
「ごめんなさいね。わたくしにはわたくしの考えがあるの。出して、ヴォイス!」
「了解しました、王女殿下」
阿吽の呼吸で小型の飛行機が屋敷を離れていく。
まだ事態に困惑しているはやて達にエリザはニッコリと笑った。
「それではアヤナお姉様を助けるお話を始めましょう」
おまけ:苦手な理由。
「ねぇ彩那」
「なに? スクライア君」
「ちょっと気になってたんだけど……あのマリアルイズって人っていうか
苦手と言っていたわりには全然物怖じしないので気になった。
むしろ、フランクに接してたようにも見える。
「もしかして何か嫌なことでもされたの?」
ユーノの質問にちょっと困った顔で口元を手で覆う。
少し間を置いてから答える。
「あの方と初めて会ったのは11か12くらいの時だったかな。あの鱗、綺麗だったでしょう?」
ちょっと話題がズレた返答に戸惑いつつも頷く。
「うん。宝石とは違うけど、すごく綺麗だった」
青銀に輝く鱗。
生体でありながら鉱石に似た輝きを放つそれは、誰もが目を奪われるだろう。
叶うなら、触れてみたいなと思ってしまった。
「あの方の鱗は綺麗なだけじゃなくて、とんでもない魔力量を内包していてね。アレ1枚でカートリッジの弾丸10発分以上の魔力があるわ。そういう意味では魔導の素材として1級品なのよ」
彩那の説明にへぇ、と驚きと共に感心するユーノ。
しかしやはり話題がズレていた。
そこから本題に入る。
「でね。初めて会った時に渚ちゃんがあの鱗を勝手に引っ剥がそうとしたのよ。その時にこう、パクッと食べられて……」
「えぇ〜?」
いったいなにを考えてそんな暴挙に及んだのか。
ユーノの口から戸惑いの声が漏れる。
「口の中でモゴモゴされた後にペッて吐き出されただけなんだけど。あの方と会うとあの時のことを思い出して、ちょっと身構えてしまうのよね」
苦笑いを浮かべて肩を竦める彩那。
誰が悪いかと言われればそんな馬鹿な行動をした森渚が悪いのだが、親友が食べられるところを見れば軽いトラウマにもなるだろう。
「その他にもある薬草を入手する為に雲より高い山頂に連れてかれて、2時間しか咲かない薬に使う花を咲いてるうちに摘まなきゃいけないってミッションで5日費やしたり、かなり危険度の高い洞窟に入って厄介な魔法生物と戦わされる羽目になったりね。嫌ってる訳じゃないんだけど、アーツのジジイと一緒で色々と無茶振りされたのよね」
思い出して彩那は疲れた息を吐く。
「た、大変だったんだ、ね……?」
「他の意思疎通が出来る魔法生物に比べると大分話が通じる方だけど、やっぱり根本的に価値観が違う面はあるから。マリアルイズ様は距離感さえ間違えなければかなり付き合い易い相手よ。苦手なのは否定しないけどね」
彩那曰く、他の意思疎通が可能な魔法生物は基本人間を嫌悪しており、縄張りに入って警告で済めば御の字。大抵は即殺そうと襲いかかってきて餌にされるらしい。しかもめちゃくちゃ強い。
念話で意思疎通可能な意味は? とユーノは首を傾げる。
「ま、両手の指で数えられるくらいしか存在しないから他の念話が使える魔法生物と会うこともないでしょうけど」
「そうなんだ。他の念話が使える魔法生物ってどんなのが居るの?」
「えぇ。他には────」
後年、ユーノ・スクライアが魔法生物と人間の念話による意思疎通の可能性というテーマの論文を発表するのだが、それはまた別の話。