エリザ・イム・ホーランドの手によって屋敷から脱出した一行は飛行機の中でドリンクの入った箱を差し出された。
「お好きなのをどうぞ。本当はお茶を淹れたいのですが、この飛行機は少し揺れますので」
溢してしまうかもしれないからとボトルに入った飲み物を選ばせる。
確かに飛行機の中は揺れており、いつそれが大きい揺れになるのかは分からない。
取り敢えず飲み物の入ったボトルを手にする。
「飛び乗った後でアレなんですが、エリザ王女。彩那ちゃんを助けるとは……」
正直、どう接すればいいのか分からない相手だが、話をしなければ進まない。
はやての問いにエリザはニッコリと笑って答える。
「えぇ。アヤナお姉様を遺跡のコアにする件はわたくしは最初から反対の立場ですから」
飲んでいたボトルに蓋をして話し始める。
「皆様とマリアルイズ様からのこの世界の危機とその対応を聞いた日から父にわたくしをアヤナお姉様の代わりにコアとするように説得していたのです。馬鹿なことを言うなと一蹴されましたが」
それは父親として真っ当な対応だろう。
誰が娘にそんな役目負わせたいと思うのか。
だからと言って彩那にそれを負わされても困るが。
そこで今まで空虚な眼だったなのはが問いかける。
「……彩那ちゃんは、貴女を遺跡のコアにしたくないって北へ向かったんだよ?」
怒りからなのか、なのはの声が震えていた。
彩那が遺跡のコアになる1番の理由はおそらくエリザを犠牲にしたくないからだ。
況して、この世界ごと死んでほしくない。
亡き友達の妹。
血は繋がらなくとも大切な存在だから、彩那の決意を後押しした。
なのに、本人がそれをひっくり返すような真似をするのか。
エリザを見つめるなのは。
そこで操縦していたヴォイスから船内放送が入る。
『皆様。コレより結界を強制破壊して王都の外へ出ます。大変揺れますのでシートベルトを着用してください』
放送を聞いたシャマルが声を上げる。
「待ってください! 王都の結界を破壊!? 大丈夫なんですかそれ!?」
必要だから張ってある筈の結界を破壊すれば、なにかしら影響が出る筈だ。
エリザはニコニコとしたまま答える。
「戦時中は敵に攻め込まれない為。今は強力な魔法生物などの侵入を防ぐ為の結界。破壊と言っても一部に穴を開けるだけです。復旧まで凡そ3時間。ホーランドは優秀な兵士が多いのでそれくらいならなんとでもなるでしょう」
無茶苦茶である。
被害はたぶん出ないからちょっと結界壊しても構わないとか王女がする判断じゃない。
そうしないとホーランドから出られないのはそうなのだが。
戸惑っている間に結界と衝突したのか、小型の飛行機に大きな揺れが襲う。
慌ててシートベルトをした。
5分くらい続いた揺れは最初の微振動に戻った。
『結界を抜けました。しばらくは大丈夫かと思われます』
一息つくとエリザが話を戻す。
「アヤナお姉様について言えば、あの方はわたくしにとっても大切な人です。出来ることならこんな形で利用されて良い気分はしません。それに────」
エリザが自分の胸に手を当てる。
「わたくしもホーランドの王族で幸い王位継承権第一位は弟ですし、亡くなったティファナお姉様がそうだったように、わたくしも王族としての責務を全うする覚悟はあるつもりです」
ホーランドが始めた計画なら、王族が最後まで責任を持つべきだと言う。
その言葉になのははなにも言えなくなった。
肯定すべきか否定すべきか分からない。
「多少強引にでもアヤナお姉様を父から離してわたくしがコアになるしかない状況を作るしかありません。わたくしはアヤナお姉様を勇者から解放してあげたいのです。ティファナお姉様もきっとそれを望んでいる」
エリザの言葉に皆がどう返すべきか迷っていると、ユーノが別の話を持ち出す。
「一応だけど、ノティスで集めた情報を共有したいんだけど、いいかな?」
屋敷ではなんやかんやでそれを話す暇が無かった。
ユーノは纏めたノートを大き目の机で開く。
「先ず言うと、ホーランド式はこの世界で唯一の現住魔法なんだ」
この世界にあるベルカやミッドなどの他数々の魔法体系は元々別の世界から何らかの理由で移住してきた者達が大陸で国を興した。
だがホーランドだけはこの世界で生まれた術式と技術。
「元々はホーランドの王族は帝国が在ったっていう最北の地で高度な技術を持ってひっそりと暮らしていた。理由までは調べ切れなかったけど、最南の今の国まで移住し、当時圧政を敷いていた国を奪い取る形で新しくホーランド王国を建国した。だから、北の遺跡やそこに在る技術は元々ホーランドの物なんだ」
簡単なユーノの説明にエリザは驚いた様子で口元を押さえる。
「驚きました。その資料はホーランドでは王族にしか閲覧が許されない初代国王の日記です。ノティスにも写本が保管されているとは聞きましたが、それを1日読むだけでも厳重な審査と多額のお金が必要な筈です。それも、読むには専用の部屋で監視も付くと聞きますし」
「そこまでやんのかよ!」
エリザの説明にヴィータが信じられないと声を出す。
流石、本は人の命より重いと言われる都市だ。厳重さが半端じゃない。
「ユーノ……あんたよくその日記を読めたわね」
アリサが感心半分呆れ半分で讃える。
しかし、当の本人は冷や汗を流しながら視線を泳がせている。
「どうしましたか? アインス」
「いや、なんでもない……あぁ、問題はない、筈だ……」
ツヴァイの心配に対してユーノと同じように視線を逸らすアインス。
なにか、法に触れる事でもしたのだろうか?
その話題を避けるように態とらしくユーノが続きを話す。
「と、とにかく! 北と南。2つの遺跡の機能は元々1つで、今回みたいな世界が外側から滅びる災害から逃れる為に開発されたんじゃないかなって! あくまでもこれまで得た情報からの推測だけどね」
南の遺跡は外側から必要な物を引っ張ってくる為。
北の遺跡はそれを使って災害を回避する為。
コアを封印する機能が北に在るのは、先に製造されたからではないかとユーノは述べる。
「僕が調べられたのはこれくらい。ごめん、やっぱり彩那を助けられる決定的な情報は見つからなかった。せめてもう少し時間があれば……」
「この短期間でここまで調べられただけでも凄いよ。私達ならこのきっかけだって調べられなかったと思う」
落ち込むユーノにフェイトがフォローする。
ここで再び放送が流れる。
『申し訳ありません、皆様。前方に鳥型の魔法生物が複数確認されました。心苦しいのですが、護衛と迎撃をお願いします』
この世界の空路は魔法生物が幅を利かせている。
何度か色んな国で航空会社が起業されたが、航空機の4割が撃墜される結果となり倒産するのが常だ。
空戦魔導師の実力と数が足りないのも理由。
そんな訳で、大陸では陸路が移動の基本だった。
陸路なら対応出来る兵士も増えるし、魔法生物の行動範囲と時間を割り出して接触する可能性を下げられるからだ。
「こんな時に! 主はやて、私とヴィータ。それとテスタロッサが討って出ます!」
「分かった。お願いな、みんな」
これは、迎撃するローテーションを考える必要があるとはやては考える。
なのはも出撃しようと立ち上がると、ヴィータが止めに入る。
「オメーは座ってろ! 邪魔だ!」
「でも!」
「頭ん中ぐちゃぐちゃな奴が出ても背中預けらんねーんだよ! 出てーならもうちっとマシな精神状態なってからにしろ!」
ヴィータの叱責になのはは言い返せずにいる。
今の自分が出ても足を引っ張るのは本人も自覚しているから。
『接触まで、凡そ7分です。後部ハッチ開きます』
今居る場所と後部のハッチ間にある扉を通る。
フェイトは安心させるようになのはに告げる。
「行ってくるね。なのははちょっと休んでて」
扉を閉じた後にハッチが開き、3人が迎撃に出た。
なのはは再び座り、待機状態のレイジングハートを握る。
そんななのはにすずかが話しかけてきた。
「これをね。一応持ってきてるの」
手提げ鞄の中には亡くなった勇者3人の遺骨が入った箱だった。
「彩那ちゃんはもしかしたらわたし達に地球へ持って帰らせようとしてたのかもしれないけど、やっぱりこの御遺骨は彩那ちゃんが直接ご家族に届けるべきだと思うから」
もしくは全てが終わった後に地球へ戻って遺骨を自分の手でご家族に返すつもりだったのか。
手紙に触れられていなかったのを見るに、後者が濃厚かもしれない。
アリサがなのはの背中をバンと叩く。
「いつまでもショボくれた顔してんじゃないわよ! らしくない! なのはだって彩那の奴のやろうとしてること、納得してないんでしょ!」
「それは、そうどけど……」
納得なんて出来る筈もない。
それでも彩那が本心からそうしたいと思うなら────。
そこでエリザが話に割って入る。
「大切に想われてるのですね、アヤナお姉様は」
エリザがなのはの手を握る。
「アヤナお姉様は、貴女にだけはお別れを告げたのでしょう? なそんな貴女なら、アヤナお姉様のお心を変えられるかもしれませんわ」
「そんなこと、は……」
エリザの言葉になのははただ、視線を逸らしてしまった。
襲ってきた魔法生物を迎撃し、戻ってきた3人。
その頃にはもう休まなければいけない時間になってしまったので、今日はもう休む事にした。
ベッドに寝転がっているエリザはまだ眠らずに上機嫌で天井を見つめている。
「ふふ……アヤナお姉様は、あの人達をきっと宝物でも扱うように接していたのでしょうね」
その姿がありありと想像出来て微笑ましい気持ちになる。
「特にあの、タカマチナノハ……」
もしかしたら本当にあの少女が綾瀬彩那の心に変化を与えられる程に大きな存在ならば────。
「か弱いわたくしは精々上手く彼女達に取り入るとしましょう。そして最後には……」
その時の彩那の顔を思い浮かべてエリザは目を閉じた。
おまけ:EXCEEDS設立について。
小学校6年に学年が上がったばかりの頃、八神はやてはある企画書を綾瀬彩那に見せていた。
「どやろか?」
見終わった企画書をテーブルに置くと眉間を揉む。
「取り敢えず冗談なら笑い話で済ませるけど、本気なら脳味噌の代わりにお花畑を詰め込んだのか疑うレベルね」
「ひどい……」
がっくりと項垂れるはやて。
気分直しにお茶を一口飲み間にどう言おうか考える。
「管理局の理念からこういう部隊が必要なのはそうだけど、今やることじゃないでしょう。本気でこの部隊を設立するつもりなら、もう学校に行ってる余裕なんて完全に無くなるわよ? 私はいいけど、貴女も含めて高町さんとテスタロッサさんの青春を捨てさせるつもり?」
「う……」
視線を泳がせる。
1から新たな部隊を作るのだ。
発注をかけたら勝手に商品が届くネット通販でもあるまいに、かなり忙しくなる。
学生身分の今で新しい部隊の設立は現実的じゃない。
「
EXCEEDSは地球で起きたジュエルシード事件や闇の書事件のような世界を崩壊させる危機の事件をそうなる前の段階で解決する為の部隊だ。
事件の危険度が低いという事は、その段階に達してる世界もそれだけ多いという事だ。
1つ1つの事件の危険度は下がっても、広範囲をカバーしなければならないし、その段階だからこそ調査や対応に時間を有する可能性もある。
その為の部隊を10代前半の子供が設立と運営をするなど正気の沙汰ではない。
「そもそも根回しをする為に変身魔法で年齢を偽るってなに?」
「ほ、ほら……そんな大きな部隊にわたしみたいな子供がトップやと信用されへんやろ。だから……」
「駄目に決まってるでしょう。1番あり得ないから」
目元を手で覆った後に、テレビを点ける。
ちょうど良く野球が中継されていた。
「例えだけど、世界的な記録を残したスポーツ選手が実は薬に手を染めていたおかげの記録だと知って、貴女はその選手を応援できる?」
「そ、それとこれとは違うんやないかなぁ?」
「同じことよ。アイドルの実年齢とかと一緒でね。嘘をつくのは、そこに疚しいことがあるからだもの。最初に偽ったそれを隠し通す為に新しい嘘と秘密が生まれて、またそれを隠す為に次のまやかしが生まれる。組織が大きくなるほどに雁字搦めになって、初志を守る為に嘘を守るのか、今の立場を守る為に真実を隠すのかが交ざって判らなくなる。八神さんの行動で不利益を被る人間が秘密を暴くならまだしも、ただの興味本位の愉快犯に暴かれたら対処し切れない」
そもそも体制側の1組織のトップの経歴なんて必ず調べる人間が出るに決まっている。絶対にバレるだろう。
バレないと思ってるのなら、それは人間の好奇心と悪意を甘く見過ぎている。
真剣な顔で忠告する彩那にはやては姿勢を正す。
「嘘をつく人間に世間は攻撃的よ。こいつは自分達を騙そうとしているのかもしれないと疑われたら世論はあっさりと敵に回る。たとえ貴女がどれだけ善意で行動し、どれだけの功績を挙げてもね」
「そういうモンか?」
「えぇ。結局こういうのって、騙さず騙されず。そして誠実に積み上げていくのが1番良いのよ。嘘も隠し事も本当に必要な時だけ。ま、これも理想論だけどね。八神さんも嘘つきとして後ろ指差されたい訳じゃないでしょう?」
もちろん、誠実に生きていれば全てが上手くいく訳でもない。
予想外の失敗や快く思わない誰かの策略で潰される可能性もある。
だが、初動から爆弾を抱えるのは勘弁してほしい。
「在りのままの八神さんで信頼関係が構築出来ないのなら、時期じゃないと思うのだけれど? どうしてもこの部隊を設立させたいの?」
かなり優しく言ってくれているのは理解している。
だからはやても本心を話す。
「管理局で仕事をしてな。色々なことを知って、地球やミッドチルダだけじゃなくて。他の色んな世界で問題は山積みやろ?」
次元世界ではロストロギアなどを含めた数多くの危険。
それは他所の世界にまで及ぶ可能性がある。
「だから問題が大きくなる前に解決出来たらなって思ったんやけど」
なまじ、彼女の周りには優秀な人間が揃っていたから出来ると思ったのだろう。
だがもしも今EXCEEDSなる組織が設立出来てもそれはそれで大問題だろう。
まだ小さな子供に世界の命運の責任を背負わせるような物だ。
自分の気持ちを吐き出したはやてが、あーっと天井に向かって息を吐く。
「ごめんなぁ。ちょっと焦り過ぎてたみたいや。わたしらが動いて助けられる人やなにもせんで助けられない人が居るのかもとか難しく考えてたみたいで」
「そういうのは御縁が無かったと思いなさい。全部が全部抱え込める訳じゃないもの。それに前もって相談してくれて良かったわ。知らない間に話が進んでて、いつの間にか歯車にされてたら笑えないもの」
「いや、わたしそこまで酷うないよ?」
どーだか、と彩那は肩をすくめる。
「まぁ、貴女なら10年もあれば似たような組織は作れるでしょう。その時を楽しみにこの企画書は取っておきなさい」
「10年かー……長いなぁ……」
はやては苦笑して空になったカップにお茶を注いだ。