貴女の手を覚えている。
大切なモノに触れるようにいつも撫でてくれた手を。
たくさんの事を教えてくれて、悪いことをすれば叱ってくれた尊い人。
貴女こそが、わたしの世界の全て。
空路を移動していたなのは達は開かれた草原に飛行機を着陸させて機体に魔力を充電させていた。
現在はなのはとユーノ。そしてエリザがその担当をしている。
二時間程の充電を終えるとエリザが一息つく。
「充電終わりました。30分後に飛びましょう」
「はい!」
エリザの指示になのはが元気に返事をする。
心を持ち直したなのはは以前の明るさで周囲と接せるようになった。
今ではこの飛行機についてあれこれと質問している。
「この飛行機っていつ頃に造られたんですか? その、少し古そうに見えるんですけど」
「設計と製造は凡そ30年前ですね。一応それでも我が国の最新鋭機ですが……」
「それって30年飛行機の発展がストップしてるってことですか!?」
エリザの答えにユーノが驚きの声を出す。
「えぇ、はい。大陸では空路は襲われる危険性が高いので、あまり新しい機体は開発されないんですよ。これもホーランドに危機が訪れた場合に王族を逃がす為の機体なので整備や備蓄の交換は怠ってませんが、近年は専門の技術を持つ整備士が減っていて、部品の確保も年々難しくなっていて、維持が大変みたいです」
「そう、なんですか……」
「この飛行機はこれが最初で最後の旅になるかもしれません」
今、自分達が運んでくれている飛行機がもしかしたら廃棄されるのかもしれないと思うと少し淋しい。
飛行機好きのなのはからすれば尚更に。
そこでエリザの付き人であるヴォイスが近付いてくる。
「エリザ王女。ここから先は気温が一気に下がりますがどうしますか?」
「この近くで防寒具を買える場所はあるかしら?」
「もう少し北へ進んだ方が良い防寒具が買えますよ。北へ移動するとどんどん気温が下がって行きますから。多少は我慢してでも上質の防寒具を揃えた方が結果的に良いかと……」
「そこら辺は皆様と話し合って決めましょう。体調の問題もありますし」
「そうですね」
今後の事を話し合う2人にユーノが興味本位で質問する。
「ヴォイス、さん。この辺について詳しいんですね」
旧帝国領まで今のところ1/3まで移動している。
今もホーランドに比べて少し肌寒くなってきていた。
ユーノはノティスへの旅で少しだけ知っているが目の前の老人は実体験として語っている。
ヴォイスはににこやかな表情で答える。
「えぇ。私は元々北側出身でして。あの戦争で国と職を失ってホーランドまで流れ着いたのですよ。ですがやはりこの年齢ですからね。再就職も難しく、職に困っていたところ4年前にエリザ様に拾って貰ったのです」
終戦して労働力が欲しいと言っても雇う側が求めているのは若く将来性のある人材だ。
中年ならまだしも、既に還暦近い年齢の者を雇い入れる者はそうは居ないだろう。
「いやはや。あの時にエリザ様に雇っていただかなければ餓死していましたよ」
ハッハッハ! と笑うヴォイス。
エリザが肩を竦める。
「それは貴方が優秀だったからよ。そもそもわたくしが拾ったのではなく貴方から売り込んで来たが正確でしょう? 記憶を捏造しないで」
「おや? そうでしたかな?」
確かにヴォイスは優秀だ。
この飛行機も実質彼が操縦しているし。他にも執事らしい気配りをこの旅で見せていた。
「よく側に雇い入れようと思いましたね。その……王族の執事なんてもっと厳正な物だと思うんですけど」
それに王族の側に居るならそれなりの信頼が必要な筈。
何処の馬の骨とも判らない男を雇い入れるのは意外だ。
「当時、わたくしの世話役だった女性が年齢を理由に退職間近だったので、後任を探していたのです。当時はうちもゴタゴタしていたので、ね?」
捩じ込む形で採用したと言う。
そこで周囲を警戒探索していたヴィータとザフィーラが戻って来た。
「おー。戻ったぞ。取り敢えず、周囲に危ねーモンはねーな」
暇だったので念の為にやっていた警戒だったが、やはり危険は見つからない。
良い事である。
はやてがキッチンから出てくる。
「2人ともお疲れさんなぁ。軽食を用意したから手洗って食べてな」
「うん。ありがと」
「ありがたく頂きます」
2人は洗面台に向かっていく。
それを意外そうに眺めるエリザ。
「どうしました?」
「あぁ、はい。彼女達がかの有名な闇の書の騎士と聞いてから、戦争時に勇者様達に聞かされていた印象と大分違うので」
「はぁ、それは……」
当時の勇者と騎士は互いに敵同士。
それはもう悪辣に言われてたのかもしれない。
はやての後ろに立っているシャマルの表情が僅かに曇った。
ツヴァイが気になって質問する。
「え、と……どういう風に聞いていたのですか?」
「はい。味方でも邪魔になれば敵ごと葬ろうとする血も涙もない厄介な方々とか。場合によっては一般市民の犠牲も無視してくるなど、ですかね」
「……まぁ、そのことについては後で色々と問い詰めるとして、今は闇の書の騎士じゃなく、わたしの家族で夜天の騎士です」
だから闇の書の騎士と呼ばないで欲しいと言う。
この時代ではまだ闇の書は現存しているし、はやての言っている事は子供っぽい拘りかもしれない。
それでも今の彼女達を闇の書の騎士とは呼んでほしくなかった。
もしかしたら、エリザに対する警戒から無意識に攻撃的な言葉を言ってしまったのかもしれない。
「分かりました。申し訳ありません」
「あーいえ。こっちこそすみません」
互いに軽く謝罪し合う。
そこで少し気になって質問する。
「そう言えば、ベルカのヒンメル国は今はどうなっとるんです?」
はやての質問にエリザは思い出すように少し考える。
「敗戦後に近隣の国が土地を分割した筈です。国民もその時に散り散りになったと。ホーランドもとある鉱山区の権利を持ってましたが、距離的な理由で管理出来ないとすぐに売り払ったと習いました。王族の血筋は残っている筈ですが、民衆からの報復を恐れて隠れて暮らしていると聞きます」
ヒンメル王国は敗戦直後は各国が流通に制限をかけたせいで色々な物資が不足した。
国の防衛の為にと政府や軍がほぼ独占状態だったので、民衆からの恨みは凄まじかったと聞く。
直系ではない遠縁で王族の血がただ流れる者でさえ迫害の対象とされる程に。
ヴォイスが提案する。
「気になるのでしたら近くに降りますか?」
提案されたはやてはシャマルを見る。
しかし彼女は首を横に振った。
「やめておきましょう。私達を覚えている人が居た場合、不必要なトラブルになるだけですので」
「えぇんか?」
「はい。今は旧帝国領に急ぐべきです」
それに下手をするとはやて達にも迷惑がかかる可能性が高い。
気にならないと言えば嘘になるが、今の主とその友人達を危険に晒してまで立ち寄るべきではないと判断した。
「では今後の事ですが、北へ移動するにあたって防寒着の購入を────」
綾瀬彩那はその日、とある国の病院に知人を訪ねに来ていた。
一応顔の魔法陣を消し、サングラスをかけて最低限身バレしない格好をしていた。
待合室で20分程待った後に案内される。
部屋の前に立つとアリアを含めた護衛達にお願いする。
「あの人とは2人っきりで話したいので、ここで待っていてくれませんか? なんなら先に列車に戻っても構いませんので」
「いえ、我々は……」
「お願いします」
頭を下げて頼むと、アリアは仕方ないと納得し切れない様子だが了承してくれた。
「分かりました。ですが、なにかありましたらご自分で対処せずに必ず我々をお頼りください。今の貴女は丸腰なのですから」
「えぇ。もちろんです」
そんな事は万が一も無いと思うがと心の中で付け足す。
ドアを開けて面会を希望した相手に挨拶する。
「お久しぶりです。エヴァ先生」
中で待っていた30前後の女性は柔らかな笑顔で彩那を迎えた。
「えぇ。また会えて嬉しいわアヤナちゃん」
そう言ってお茶と焼き菓子を勧めてくれた。
席に着いてサングラスを外す。
エヴァ・ホークミン。
ホーランド所属では無いが、元軍医であり、彼女には彩那達勇者も戦争時代に散々世話になった。
魔法医師として大陸でも5本の指に入る腕の持ち主。
特に魔法による治療や純粋な外科手術の腕ならシャマルより上だと思っている。
彩那にとっては数少ない無条件に自分の体を預けられる医者である。
「ここで研究職に就いていると聞いて驚きました。貴女は生涯現場で働く方だと思ってましたから」
戦時中の彼女は1人でも多くの負傷者を救う為に身を粉にして働いていた。
彩那を含めた勇者達も彼女には何度も命を救われている。
腕が良く、献身的に患者に寄り添うエヴァに当時はどんな荒くれの兵士達も彼女には敬意を払っていた。
戦争終盤には結婚を理由に軍医として前線まで赴く事は無くなったが、後方で負傷した兵士を救ったと聞く。
「終戦後に軍医を正式に辞めてこの病院に移ったの。軍医をやっていたのも、1人でも多く怪我や病気で苦しむ人を助けるなら軍医として戦地へ赴くのが1番だと思ってたから。それに当時はそれが医師として腕を上げるのに最適だと思ってたの」
しかし終戦となれば今度は兵士だけでなく戦争に巻き込まれた人達を診なければと思ったという。
「今は3人目の子供がまだ小さいから、時間に融通を利かせてくれるって理由で研究の手伝いをしてるの。上の子達には仕事が忙しくてあまり構ってあげられなかったから」
そこでエヴァが家族揃った写真を見せてくれた。
「可愛い子達ですね。旦那さんはなにを?」
「この国の外交官よ。戦争中はこの国の兵隊だったんだけど、戦後に転職したの」
軍属から政治家に転職する者は多くはないが驚く程に珍しいと言う程ではない。
今度はエヴァの方から話しかけてくる。
「またアヤナちゃんに会えて嬉しいわ。あの戦争で死んだと聞かされていたから」
きっと
そういう人だからこそ後方勤務になったと知った時は安堵したのだ。
そこから想い出話に花を咲かせたり、今の事を話したりとしていると不意に外からノック音が鳴る。
「勇者アヤナ様。そろそろお時間です」
「もうですか。楽しい時間は一瞬ですね」
そう言って立ち上がる。
「今回はお時間をいただきありがとございました、エヴァ先生」
「……また会いに来てくれるかしら? 次は私の家族とも食事にでも────」
「すみません。国から無理難題を押し付けられてまして。たぶん、先生と会えるのは今回が最後になるかと」
結末がどうなろうとエヴァと会えるのは今回が最後になる筈だ。
だから会っておきたかった。
彩那の言葉になにか不穏な物を感じ取ったのか、エヴァの顔が曇ると慌ててフォローに入る。
「そんな顔しないでください。今向かっている場所から動けなくなりそうというだけです。死ぬとかそういう話ではないのですよ」
「……それは、私には話せない内容なのね?」
彼女も元軍属だ。
機密保持について言及する程愚かではない。
頷く彩那にエヴァはその手を取る。
「アヤナちゃん。亡くなったあの子達の分まで、精一杯生きる権利と義務が貴女にはある。だから安易に自分を軽く扱うのはやめなさい」
それは、優しくも厳しい言葉だった。
────精一杯生きるのは
かつてそう言った彼女には彩那が死期を悟った患者のように見えているのかもしれない。
エヴァはそんな彩那に対して祈るように。
「だからどうか……どうか幸せになって……!」
何の打算もなくそう言ってくれた。
「……分かってます……分かっている、つもりです……」
なんとかそう言って掴まれた手を離してもらう。
「それじゃあ先生、さようなら」
列車の自分の部屋に戻った後に彩那は読みかけの本を開く。
ページを捲るが内容はまったく入ってこない。
「あの子達にも、エヴァ先生に会わせたかったわね」
きっとウマが合った事だろうと思う。
その他にも案内出来る場所や会わせてみたい人が居た。
「今思うと、この世界は楽なのよね。私にとって」
8から18という年齢をこの世界で過ごした彩那にとって過ごしやすい世界なのだ。
地球で家族で過ごしても、彩那本来の年齢と地球での戸籍との年齢差による肩肘張る時がある。
無意識に大人と思っている彩那と子供として扱う両親との意識の差というべきか。
そのズレを合わせるのが時折面倒だと感じる事がある。
時空管理局での仕事にもやりがいを感じ始めていたが、勇者として暴力装置として在り続けた彩那には管理局の方針はまどろっこしく感じる時がある。
「なにより……」
あの純粋で優しい子達が自分と接していく中で、血に塗れたこの手の価値観に染まっていく事が恐い。
あの子達にはこれからも真っ直ぐな道を歩んで欲しいと押し付けがましく思ってしまう。
「そろそろ、寒い地域になるわね……」
彩那は読みかけの本を閉じた。
おまけ:映画観賞後。
「面白かったぁ!」
「はい! 最後まで観れないのが残念だったです!」
「いやー。こっちの世界の映画も凄いモンやったなぁ」
本日はなのは、フェイト、はやて、すずか、アリサ、ツヴァイ、ヴィータと彩那の8人で映画を観に来ていた。
作品はホーランドの勇者・第一章である。
観に来た面々は概ね満足していた。
1人を除いて。
「おーい。大丈夫かー、綾瀬ー」
「えぇ。ちょっと羞恥心が限界突破しただけよ。だから来たくなかったのに」
事の始まりははやてとすずかがこの映画を観たいと言い始めたのが発端だ。
それに他のメンツも便乗し、彩那は辞退したが、アリサに引きずられる形で連れてこられた。
「私、行く意味あった?」
「だって歴史の生き証人が居るのよ? 感想を聞いてみたいじゃない」
「それだけかよ……」
映画館ホールのベンチに背中を預けてぐったりしている彩那。
ヴィータが買ってきてくれた飲み物を口にして休む。
「当たり前だけど、勇者の顔立ちって日本人のモノじゃなかったわね」
「役者が
手っ取り早くこの話題を終わらせてしまおうと場所を移してから話す。
個室のあるちょっと高めのカフェに入るとフェイトから質問してきた。
「最初の方の召喚されて間もない頃なんだけど、この世界救うのに凄く積極的に見えたけど……」
「そんな訳ないでしょう。元の世界に戻る為に仕方なくよ。あんな、任せてくださいみたいなこと言った覚えないわ」
「そうよね、やっぱり……」
記憶ではあっさり話は纏まったが、あくまでも地球に帰る為。
この世界を救ってみせます! みたいな事は言ってない筈だ。
そもそも当時はこの世界に喚ばれたばかりでそんな思い入れもないのだから。
次にすずかが質問する。
「国同士が手を取り合う場面で彩那ちゃんのお友達が各国に一喝するシーンがあったよね?」
「アレはあんな格好良いシーンじゃないわよ。同盟締結だけは決まってたけど、細かな条件が纏まらなくて渚ちゃんが癇癪起こしただけ」
「いや、そっちの方がヤバくねーか?」
「ヤバいわね。当時は私達も周辺諸国から子供って理由でなめられてたし」
あーなつかし、と頼んだ大盛りパフェのヤケ食いし始める。
次はツヴァイが質問だ。
「彩那さん。この国でクーデターが起きた時に相手側を説得したんですよね?」
「したと言えばしたけど……アレは上が用意した今投降するなら身の安全は保証するって条件の台本を読み上げただけよ。私が説得してクーデター派の兵が涙を流して投降したとかそんなことはなかったから」
なんて言うか、結果は史実通りでもその過程がやけにヒロイック的な台詞と演出を取り入れてるのだ。
それを3時間も見せられればメンタルが0にもなろう。
なのは達の質問に答えていく彩那。
「でも彩那ちゃん。自分が映画になるってそんなに恥ずかしい?」
「……お金が貯まったらいつか、ジュエルシード事件や闇の書事件を題材にした映画制作を持ちかけてみましょう。もちろん貴女達が主役のね。嫌でも今の私の気持ちが解るわ」
「でもそれ、彩那も
「毒を喰らわば皿までってね。一緒に堕ちていきましょう?」
「道連れかよっ! たちわりぃな!」
不貞腐れた様子の彩那にヴィータがツッコんだ。
城内のエリザとのお茶会で彼女の異母弟であるザードと遊びつつ受け答えをしている。
「そういえばアヤナお姉様。もう皆様の活躍を作品にした映画は御覧になられましたか?」
「……えぇ、まぁ……友人達に誘われて」
「とても良かったでしょう! あの映画にはわたくしも取材を受けたんですよ」
「え? なんで?」
第一章ではエリザはまだ産まれてないか、まだ物心もつかない頃の筈だ。
話せる内容なんて────。
「昔よくティファナお姉様も含めて色々とお話ししてくださったでしょう? 当時はそれが楽しみで。取材に来られた方々にその時に聞いた話をお教えしたんです」
エリザの言葉で彩那の額に冷たい汗が伝う。
エリザが物心ついた頃から少しずつ自分達の活躍を話していたのを思い出す。
まだ幼い子供に惨たらしい事実は話せず、ちょっと……いや、大分脚色して話したのだ。
エリザが聞き上手と言うか、目をキラキラさせて続きをせがんでくるのが嬉しく、彩那達も調子に乗って事実よりかなり盛って話してたような気がする。
つまり、あの映画があんな
(私達の自業自得かぁああぁああああっ!?)
顔を両手で覆って羞恥心から蹲る。
「どうしましたかお姉様!? どこか御具合でも……っ!」
「なんでもない……なんでもないのよ……ちょっと昔の自分を斬り捨てたくなっただけ……」
「?」
口は災いの元という言葉を噛み締めて彩那は項垂れた。