大陸の7割まで進んだところで列車での旅も終わりを告げた。
長い列車旅で固くなった筋肉を軽いストレッチをしてほぐす。
北に入って気温が低いので身体を温める理由もある。
「お疲れ様です、勇者アヤナ様」
「いえ、こちらこそ護衛と世話係に大変だったでしょう」
「そんなことは……貴女にはもっとお世話を焼かせて欲しかったくらいです。アヤナ様は昔から特に手のかからない方でしたでしょう?」
「そうですかね?」
あまり自覚はないのだが、渚はトラブルメイカーだったし、冬美は主張が強過ぎて貴族連中と揉める事もしばしば。
璃里は受け身過ぎて主体性がなかった。
そこそこに自分の意見を言いつつ周囲との衝突を避ける彩那はさぞ手のかからない子供だったろう。
最低限の荷物を持って列車から降り、町の外へ出ると、彼女が現れた。
『マリアルイズ様』
『待たせたな』
『いえ、こちらも着いたばかりすので』
まるでデートの定番なやり取りみたいだなと彩那は苦笑する。
最低限の荷物を詰め込んだ鞄を肩に掛けた。
『それにしても、あなたの背中に乗るならホーランドから移動した方が早かったのでは?』
『ホーランドから北の地に着くまで我の翼でも7日はかかるぞ。その間ずっと我の背中で過ごしたかったか?』
『……いいえ』
流石にそんな長い時間ドラゴンの背中で過ごすのは無理だ。
快適な列車旅万歳である。
『ここからなら1日半……まぁ、2日はかかるまい。それに我も貴様らの王を始め、人間共を北に入れる為に結界を中和したりと忙しかったのでな』
そういえば、各国の人間が北に集まっているのだったか。
「それじゃあ、アリアさん。お世話になりました」
アリアとはここで今生の別れだ。
どんな結果になっても再び会う事はないだろう。
「はい。どうかこの世界をお願いします。勇者様」
軽く抱擁を交わして離れる。
それから何人かの護衛とも順番に抱擁をする。
この旅の途中で3回魔法生物と遭遇し、戦闘となった。
ここに兵士達は命懸けで彩那を含む戦えない者達を守ってくれたのだ。
最後にまだ若い、今の彩那と同じくらいの少女が抱擁を交わすのを躊躇っている。
「嫌だったかしら?」
顔馴染みでもない守られてただけの自分にこんな事をされても嬉しくないかもしれないと思い直す。
しかし少女の兵士は慌てて首を横に振った。
「いえ! とても光栄なのですが! その……私なんかが勇者様に触れて良いのかと……イテ!」
「失礼なことを言うな! お前みたいな下っ端がこの方に話しかけられる機会などもう無いのだぞ」
「は、はい! それじゃあ優しくお願いします……」
緊張からか変な事を口走る若い女兵士。
これは後でイジられるな、と思いながら彩那はその少女も短い抱擁を交わした。
そしてアリアに向かって敬礼をした。
「それでは、どうかお元気で」
飛行魔法でマリアルイズの背に乗る。
するとマリアルイズはそのまま飛んだ。
彩那が落ちないように魔力の
同時に気温も大分マシになった。
『やっぱり空を移動するならマリアルイズ様のような強大な力を持つ方の背に乗るのが1番ですね』
『人間が使う鉄の鳥は我らには格好の餌だからな』
食料などを積んでいる飛行機は空を駆ける野良の魔法生物の格好の餌だ。高確率で狙われて撃墜される。
逆にマリアルイズのような強力な個体に喧嘩を吹っかける馬鹿は居ない。
生存の為に勝てない生物へ喧嘩を売る真似はしないのだ。
『なるべく早く移動するぞ』
そう言ってマリアルイズは更に更にと速度を上げて行った。
「さっむ〜いっ! 雪が降ってないのが不思議なくらいだわ!」
厚手のコートを着ていてもガチガチと歯が鳴りそうな地でアリサは白い息を吐く。
ようやく半分より少し先まで移動した所で飛行機に魔力を補充してる最中、興味本位から外へ出てみたが、とにかく寒い。
ホーランドとは気温が違い過ぎて、温度差に体調を崩しそうだ。
ヴォイスが一応警告する。
「あまり遠くには行かないでください。ここら辺は人は少ないですが、その代わりに治安が悪く、人攫いも珍しくないので」
ヴォイスの警告にフェイトが険しい顔をする。
「人身売買、ですか?」
先ず考えられる理由だ。
人手が無い土地では仕方ないと分かっていても気持ちの良い話ではない。
北に行けば行くほどに戦争の傷痕が深く、国の再建や新しい国を興したりしている土地もあるが、未だ国と呼べる程の規模に達して居ない。
そしてヴォイスの答えには含みがあった。
「まぁ8割くらいは」
「他にも理由があるんですか?」
なのはが首を傾げるとヴォイスが少し言いづらそうに答える。
「凶暴な害獣に対する生き餌ですね。襲われた際に病や怪我で動けない者や、私のような年寄りは手足を縛られたまま、真っ先に捨てられます。それと、もっと北東に移動すると、数十人が住む食人文化のある村もありますので。あ〜、その近くは停まらずに一気に通過する予定ですのでご安心を」
「食、人……っ!?」
あんまりにも理解不能な文化に少女達が顔を引き攣らせたり口元を押さえたりする。
「おそらくは、この世界にやって来て定住したは良いですが、食糧難から仲間に手を出して、そこから食い扶持が無い時の手段としたのでしょうね。そのせいでその住人は病気になりやすく、後数世代で絶滅するでしょうが」
北の地は作物を育てるのに適した土地は南側に比べて少ない。
栄養失調で死ぬ例は後を絶たないのだ。
「く、詳しいんです、ね……?」
フェイトがなんとかそう返す。
「何年か前に南へ南へと職を求めて旅をしていた頃に彼らに捕まったことがありまして。命からがら逃げ延びました」
ハッハッハ! と笑って言うが全然笑えない。
そこで中からエリザが出てきた。
「あまり、この方達に刺激的な話題はやめなさい。全然笑えないわ」
エリザが睨みつけると申し訳ありませんと頭を下げた。
そこで空から2体の鳥型魔法生物が一直線に襲撃をかけてくる。
「……」
ほぼ条件反射でなのはが砲撃を抜き撃ちし、2体の魔法生物を撃退した。
ヴォイスがお見事ですと称賛する。
50m先に落ちた鳥型の魔法生物は近くに居たのだろう蜥蜴に似た獣に死肉を漁られている。
この旅ではもう見慣れた光景だった。
空の旅で分かった事だが、ただ飛んでいるだけで飛行型の魔法生物から襲撃を受ける。それも場合によってはなのは達でも手こずる個体も存在した。
飛行機には魔力の防護壁が装備されているが、そんな物を展開し続けてたらすぐに
魔力を補充しながら防護壁を展開する事も可能だが、そうすると劣化が物凄く早くなるらしい。
こちらが強いと見せれば生存を優先して退いてくれるのが幸いだが、並の空戦魔導師では迎撃するのも難しい。
つまりこの世界に存在する魔法生物は平均的に強いのだ。
特に空は。
況してや貴重な空戦魔導師を割く余裕が無い。
これなら陸路を開拓して移動した方がコストとリスクが良いのだろう。
そこで魔力の充電を担ってたはやてがやって来る。
「みんなー、飛行機に
おどけた口調で報告するはやて。
外に居た面々が中に入ると、今後の事を説明される。
「ここからは先の戦争で殆どの国が滅び、人が住んでいるのは壊れた町などを手直ししながら再建を続けてる方々です。物資の調達は難しいと思います。逆に略奪される可能性があるので、人の住む場所には近づかない方がよろしいかと」
「あ、それで前の町で食糧とか色々買い込んだんですね。特に水」
「はい。多少無茶をすれば5日程で旧帝国領に着く筈です」
「……彩那ちゃんがコアとして封印されるまでに間に合いますか?」
大事なのはそこだ。
辿り着いたら手遅れでしたでは意味が無い。
「アヤナお姉様が先に着いていても、すぐに封印とはならない筈です。失敗は許されませんからね。慎重なお父様のことです。数日は直接調整に動くと思われます」
そこでヴォイスが話を引き継ぐ。
「それと、今回の件を知って各国の要人……特に軍関係者が北の地に訪れていると聞きます。そんな中で勝手に勇者様を封印するような真似はしないでしょうな。数日は要人への挨拶回りの時間を設けるでしょう」
2人の予想にユーノが意見する。
「なんか、悠長ですね」
世界が滅びようとしてるのに、そんな余裕があるのかと思っての疑問だ。
「次元断層も今日明日の話ではないですから。全てが終わった後にくだらない揉め事はお父様も避けたいでしょう。それだけ勇者のネームバリューが凄まじいのでしょうが」
困ったような呆れるような笑みで肩を竦めるエリザ。
はやてが顎に指を当てて考える。
「でも、わたしらには好都合ですよね?」
時間をかけてくれるならこっちが着くまでのんびりしてくれれば良い。
後5日。皆に緊張が走る。
「わたくしはお父様の説得に動こうと思います。今更お父様だけを説得して事態の収集を図れるかは不明ですが」
各国の要人が集まっている以上、もはやホーランド王国だけの納得させれば良いという話ではない。
ではないのだが、大元であるホーランドを説き伏せれば時間を稼げる。
「それに、こっちが彩那を捕まえれば向こうもおいそれと手出しは出来ない」
先ずは今回の中心である彩那を確保してから話し合いに持ち込む。
その後に迂闊に手出し出来ないように守りつつ交渉と別の案を考える。
今出来る事はそれだけ。
「北の結界の中に入ったら、戦えないリインフォース達は僕が守るよ」
リインフォースとアリサとすずかは戦闘に参加出来ない。
万が一人質にされたらマズイので、ユーノが護衛役として守ると言う。
「ハァ……こういう時になんにも出来ないのは肩身が狭いわね」
半分本気半分冗談としてアリサがそう言う。
「私達は彩那ちゃんの友達の御遺骨を守って待ってるね。ちゃんと渡してあげないと」
すずかの言葉にアリサが頭をポンポンとする。
もうすぐ彩那に会える。
その時に、どんな言葉をかけようか。
なのはは首に下げたレイジングハートに触れた。
『ホーランド王国が旧帝国の領土に居て、わざわざ最南のホーランドに移住したなんて話は初めて知りました』
『うむ。最早このことを知っているのは王族と死んだアーツの小僧だけだろう。ホーランドの王族とはその頃からの付き合いではある。尤も、その頃は王族などとは名乗っていなかったがな』
マリアルイズの背に乗りながら今更どうでもいい雑談をしている。
どうでもいいが、退屈な話という訳ではない。
『特に勇者の剣にマリアルイズの鱗が使われてるなんて……』
『正確には
それはマリアルイズと同じ、念話で意思疎通可能な魔法生物達だ。
頂いた肉体の一部を北の地で採れる鉱石に混ぜ、1本の刀身が完成させたという。
『それが神剣……』
『そうだ。あの剣がホーランド王族にしか扱えないのは、剣を鍛え、手にした者が権威として自らの血縁関係のみに絞ったからだ』
だとすると、ますます彩那達が勇者になれた理由が分からない。
『後に産まれた4人の子供達に譲り渡す為に剣の形状と機能を4分割して継がせた』
それが聖剣、魔剣、霊剣、王剣という訳だ。
おそらくはその子供達の才能に合わせて調整されていたのだろう。
何故、マリアルイズ達が肉体の一部を授ける事になったのか訊こうとしたが、どうやら時間切れらしい。
『見えてきたな。しっかりと掴まっていろ』
『はい』
更に近付くと一旦止まり、マリアルイズが大きく口を開けて魔力による振動波を放つ。
その振動により、結界の一部分に穴が空き、旧帝国領土への進入を果たす。
(もうこの地を踏みたくはなかったけど……)
嫌な思い出しかない土地だ。
こうしてやって来ても懐かしさよりも前に警戒をしてしまう。
だが空から見ると見覚えのない急造の建物と各国の国旗がチラホラと掲げられていた。
(本当にわざわざ集まってるのね)
世界の危機なのだから当然と言えば当然か。
『お前らの王が居る場所の近くに下りるぞ』
しばらく飛行すると、ホーランドの国旗が見えた。
マリアルイズがそれを目印に大地を踏む。
側近に守られていた王が前に出る。
『連れて来たぞ』
『えぇ。貴女に深く感謝を。マリアルイズ殿』
出迎えた王が恭しく頭を下げた。
彩那が飛行魔法を使って降りるとマリアルイズに頭を下げた。
『ここまでありがとうございます』
『うむ。最後の務め、成功を願っておるぞ』
それだけ告げるとマリアルイズは忙しなくその場を飛び立って行った。
彩那と王が向かい合う。
「ではゆくぞ。説明せねばならないことが多いのでな」
「分かりました。嫌なことや面倒な手早く済ませましょう」
そう言って綾瀬彩那は帝国が使っていた施設の中に入っていった。
次の話から色々とストーリーが進む!……筈。