綾瀬彩那という個がゆっくりと溶けていく。
肉体と精神が人間としてのカタチを失い、交ざる混ざる雑ざる。
この世界と同化していく感覚。
神剣を使う時以上の全能感が溢れてくる。
いや、もしかしたら喪失感かもしれない。
なのに恐怖は感じない。
溶けていく事が、まるで本編在るべきカタチだったかのように思えてくる。
綾瀬彩那という存在が少しずつ世界に取り込まれていった。
八神はやては自分の声を拡張器のように遠くへ届ける為の魔法を使う。
『突然すみません。綾瀬彩那ちゃんの友達の八神はやてです』
突然の乱入者にこの場にいる兵隊達が困惑と警戒を向けてくる。
『これよりわたし達は、ここの遺跡の核にされようとしている彩那ちゃんの返して貰おうと思ってます。皆さんもあの子を想うなら、どうか邪魔せんといてください。もしもこちらを妨害するなら力尽くで押し通ります』
静かな。しかし強い口調で言い切るはやて。
言い分がまるっきりテロリストのそれである。
向こうがこれで引いてくれるとは思ってないが、1人でも戦意喪失してくれればめっけ物くらいの気持ちでの警告。
はやては眼下に視線を向けたまま指示を出す。
「それじゃあ、ここはわたしら八神家とヴォルケンリッターが引き受けるよ。なのはちゃんとフェイトちゃん。エリザ王女。それと、ヴィータは遺跡の中をお願いな」
「あん? あたしも中に入んのか?」
家族の中で自分だけを外す事に不満は無いが疑問はある。
「うん。お願い」
そう告げながらヴィータにだけ念話を送る。
『一応、エリザ王女を見張って欲しいんよ……』
ここまで連れてきて貰っておいて疑い過ぎだとは思うのだが、どうしても疑念が抜けない。
ヴィータも念話で了解とだけ返す。
そうして話している間に向こう側が迎撃に動いた。
「ごめんな……」
なのは達の進路を切り開く為にはやては砲撃魔法を複数地上に叩き込む。
高威力の砲撃を撃たれてこちらに向かって来ていた兵士や地上の爆撃された者達が吹き飛ぶ。
「行って! 時間無いよ!」
「ありがとう、はやてちゃん!」
「ついて来てください! 場所はわたくしが案内します!」
エリザ王女の案内でなのは達はさっきの攻撃で固まっている兵士達を無視して空を駆けた。
「シグナムとザフィーラはなのはちゃん達を援護しつつ、数を減らして! シャマルは大きな怪我をした人が出たら治してあげてな。言うまでもないと思うけど、殺しはあかんよ!」
その為の非殺傷設定。
自分達はここで殺し合いをしに来たのではない。
友達を運命から取り返す為に来たのだ。
「リイン、今回はちょい大変やけど、サポートよろしくな」
『はいです! お任せください! マイスターはやて!』
ユニゾンしているリインフォース・ツヴァイも力強く返事を返した。
(彩那ちゃんをお願いな、みんな!)
「これでしばらくは見つからない筈だよ。まぁ、はやて達が大暴れしてるから、こっちに目を向けてる余裕も無いと思うし」
なんとか着陸された飛行機を結界で隠しながらユーノが肩の力を抜く。
外の戦闘をモニターで見ながら、アリサは息を呑んだ。
「……彩那が自分の過去を話してくれた時に、凄い才能を持った魔法使いの前じゃ、数はあまり意味が無いって聞いてたけど、その理由が分かったわ」
数百、もしくは千に届きそうな数を前に、はやて達はたったの4人で拮抗している。
はやてとユニゾンしているツヴァイを入れたとしても5人。
なのは達も前に進みながら戦っているにしても、信じ難い光景だった。
向こうはこっちを殺しに来てる筈なのに、それをモノともせずに薙ぎ払っていく。
「この光景を見たら、ホーランドの人達が勇者を召喚した理由も分かるね。納得は出来ないけど……」
すずかも複雑そうな顔でモニターを観ていた。
はやて達が危険な目に遭って欲しい訳ではないが、たった数名で数百倍の兵力差を埋めている。
長期戦になれば別かもしれないが、とんでもない事態だ。
アインスは何やらせっせと準備をしているヴォイスを見る。
「どうした?」
「申し訳ありませんが、ここから私は別行動をさせていただきます」
「え? どうしてですか?」
外は危険だ。はやて達が暴れているとはいえ、もしも捕まったら彼女らは攻撃出来ないだろう。
「私もここでやることがありまして。では」
それだけ告げると止める間もなく飛行機から降り、おそらくは身体強化の魔法を使っているのだろう、かなりの速度で雪の上を駆けて行った。
アインスがユーノに問う。
「追うか?」
もしかしたら、エリザ王女からなにかの企みを指示されているのかもしれないと警戒して。
「駄目だよ。アインスを含めて結界の外へ出るのは危険過ぎる。追いかけてる余裕はないよ」
「それはそうだけど……」
ユーノの正論にアリサが不満そうに唇を噛んだ。
この旅であの老人には世話になったのだ。
なにが目的かは知らないが、死地に飛び込むのを止めたかった。
自分達が戦えないからユーノは動けない事に歯痒さを感じる。
しかしユーノは気にしないで、とでも言うように笑う。
「この地の結界を破壊する前に話した通り、僕の役目は君達を守ること。3人の役目は彩那に友達の遺骨を返すこと、でしょ?」
すずかが抱えている遺骨を指差す。
これを彩那自身がご家族らの手に返させるのだ。
言われてすずかは強く頷いた。
「オラァッ!!」
閉められた扉をヴィータがカートリッジを威力を上げた攻撃で破壊する。
「わたくしはお父様と鍵として使われている勇者の剣を探します。アレを取り外せば、アヤナお姉様の封印化も止まる筈です」
別行動をしようとするエリザにヴィータが提案する。
「んじゃ、二手に分かれようぜ。あたしは王女様についてくわ」
はやてに頼まれてるしな、と心の中で付け足す。
「分かった。それじゃあ私となのははアヤナの捜索に専念する! 良いよね?」
「もっちろん!」
フェイトの提案になのはが力強く頷いた。
そこにはもう迷っていた彼女の姿はない。
「じゃ、後でな! またウジウジすんなよなのは!」
「もうヴィータちゃん!」
からかってくるヴィータになのはは頰を膨らませた。
「行こうなのは! 彩那を助けに!」
「あの馬鹿娘が……」
旧帝国領にやって来た愛娘の姿にホーランド王は顰めてる顔を手で覆って隠す。
まさかここまで堂々と姿を現すとは思わなかった。
今は、闇の書の騎士の1人と施設内を捜索している。
他国の王が問いかける。
「ホーランドよ! どうするつもりだ」
「兵士達に侵入者を少しでも長く足留めさせろ。技術者達にはアヤナの封印を急がせるのだ。それさえ終わればアレらの暴走の止まる!」
「しかし、彼奴らが怒りに任せて攻撃を続ける可能性も────!」
「だとしても、犠牲は我々だけで済む! ここで喰い止めねば、世界が終わるのだぞ!」
この場に居る各国の代表に激を飛ばす。
非殺傷設定という概念が無い彼らには外で戦っている兵士達が一方的に
アヤセアヤナの封印に失敗すれば冗談抜きで世界が崩壊する。
国どころの話ではないのだ。
ホーランド王は集まっている部屋から出ようとする。
「ホーランドよ、何処へゆく!」
「あの馬鹿娘の頭を叩きに行くに決まっておろう。これでも父親なのでな。自国の非戦闘員は下がらせておけよ」
エリザが迷いなく施設内を移動する事にヴィータは疑問に思い始めた。
まるで内部構造を知ってるかのような迷いの無さだ。
いや、そもそも侵入した扉の位置も彼女は正確に把握していた。
「なぁあんた、もしかしてこの施設の道を知ってるのか?」
「えぇ。皆さんとホーランドを出る前に、報告に上がっていた施設の内部構造の地図を盗み見ていましたので」
そう言われれば納得するしかないのだが、手元に無い地図など覚えられる物だろうかという疑問が生じる。
それともこれもはやてに言われたから疑っているだけなのだろうか?
「次を右に回ると広めの空間に出ます。そこを抜ければ勇者の剣のある部屋まで目と鼻の先です」
だが今は従うしかないのも事実だ。
ヴィータは今それ以上考えるのをやめて目的地まで急いだ。
エリザの言うように、広めの空間に出る。
という事は────。
その空間に1歩踏み出すと同時にヴィータが防御魔法を展開した。
「あっぶね! まぁ、待ち伏せするよな普通」
数十人の敵兵が待ち構えていた。
この場の隊長と思しき中年の男が前に出る。
「エリザ王女……貴女様は自分がなにをしているのか、理解しておられるのですか!」
ホーランドの兵なのだろう。
叱責する男にエリザは余裕そうな笑みを浮かべた。
いや、その笑みには嘲笑が含まれていた。
「貴方達こそ、1人の女性に世界の安否全てを背負わせて恥ずかしくないのかしら? いつまで"勇者"に甘えているおつもりで?」
あの戦争でも今回も勇者に全てを押し付けて、その成果だけで平和になったと喜ぶのかと。
「わたくしは、もうあの
「……その結果がどうなってもですか」
「それを考えずにここに居ると思う程、わたくしは愚かだと思われていたのね」
毅然とした態度で立つエリザにやはりはやての不安は杞憂だったとヴィータは思う。
ホーランド兵の隊長は苦い表情で部下達に告げる。
「……施設内にいる賊を無力化しろ。抵抗が激しいのなら、この場で殺しても構わん」
「隊長っ!?」
自国の王女を殺して良いと許可を出す隊長に部下が信じられないと訴える。
「ここで止めなければ全てが無駄になる! 責任は全て私が追う!! ゆくぞっ!!」
隊長の言葉に兵士達はそれぞれの武器を構えた。
「ヴィータ様、わたくしをあの通路に通し、その後は足留めをお願いしても?」
「わかった。あたしが必ず死守してやる。綾瀬のバカを頼んだぞ」
ホーランド兵が向かってくると、ヴィータは左手の指に挟んだパチンコ玉を少し上に放り投げると、アイゼンで叩き飛ばす。
鉄球の大きさとなったそれが兵らを押し倒した。
「行くぞっ!」
「はい!」
飛行魔法で一直線に加速し、兵達が塞いでいる通路をこじ開ける為にアイゼンを振るう。
「邪魔だ!」
文字通り弾き飛ばされるホーランド兵。
ヴィータに意識が向いている間にエリザは通路を抜けた。
今度は逆にヴィータがその狭い通路に立ち塞がる。
向かってくる兵士にヴィータは容赦なく鉄槌を振るった。
「忘れたんなら思い出させてやるよ。あたしらヴォルケンリッターがあの戦争でどれだけテメェらを痛めつけたの、かっ!?」
口を動かしている最中に兵の1人がヴィータに襲いかかった。
その攻撃を受け止めるとヴィータの顔に一瞬だけ躊躇いが生じる。
「お前……!」
あの戦争でヴィータは彼の仲間を大勢奪った。
この世界に再びやって来て、怒りと憎しみを向けてきた青年。
彼は一旦距離を取るとギリッと奥歯を鳴らした。
「なんでお前達は、いつもいつもいつもっ!」
ロイドは再び向かって来た。
同じ頃、なのはとフェイトも施設内に居た兵士に囲まれていた。
その指揮を取っている人物に、2人は見覚えがあった。
「レオルドさん……」
顔を合わせたのは1度だけ。
彩那の親友である宮代冬美の恋人だったという青年。
「彩那ちゃんはこの奥ですか?」
「答える義理はない。ホーランドで大人しくしていれば良かったものを。馬鹿な真似をする」
レオルドの言葉になのはが反論しようとするが、フェイトがその前に制した。
「フェイトちゃん?」
「なのはは先に行って。ここは私が抑えるから」
時間がない。
1人でも突破出来れば後はなんとかなる筈。
「それに、彩那に1番会いたいのはなのはだから」
彩那が自分達から去って1番落ち込んだのはなのはだ。
だからこそ彼女に会うに行くべだと思う。
少し考えてなのはは頷く。
「ありがとう。じゃあお願い」
「任された」
冗談めかして笑うフェイト。
そこで
『マスター。綾瀬彩那の魔力を感知しました。案内出来ます』
「ありがとう、レイジングハート」
レイジングハートが指し示す方向にある扉に向かって射撃魔法を連続で叩き込んで道を作る。
フェイトとはアイコンタクトだけで意思疎通をし、そのまま通路を突っ切った。
レオルドがなのはを追うように指示を出すが、フェイトがそれを阻んだ。
「ここは通しません。私達の人生を返して貰います」
レイジングハートの案内のまま、なのは施設内を移動する。
もしも自分達がやって来たと知ったら、彩那はどう思うだろう?
怒ったり、罵声が飛んでくるのか。
今度は強く拒絶されるかもしれない。
でも、いい。
今はただ会って、ある意味全てを諦めてしまった友達に、伝えたい。
わたし達がどれだけ貴女を想っているのかを。
閉じられた扉の前で止まり、魔法で破壊する。
おそらくは遺跡を動かす為の技術者や使用人のような人達が怯えた表情でなのはを見る。
それを無視して中央にあるポッドまで進む。
どうか手遅れではありませんようにと祈りながら。
そのポッドの中は────。
勇者の剣が接続されている部屋。
そこに配置されていた技術者達はエリザの手によって生命を絶たれていた。
「ち。やっぱりアヤナお姉様からわたしに所有権を移すのは無理か」
データを閲覧しながら確信する。
綾瀬彩那の顔に刻まれた魔法陣の問題ではない。
下手に所有権を弄ったり、綾瀬彩那を殺してしまえば、その瞬間に剣に封じられたリンカーコアも消失する。
ホーランド王家の血筋である以上、エリザが武器として使うには問題無いだろうが。
綾瀬彩那はもはやその存在自体がリンカーコアを現世に留める為の楔だと思っていい。
「なら、わたしがここから取るべき行動は……」
頭の中に有るいくつかの
それを決めた後に、エリザは接続されている聖剣の柄に触れた。
ポタッと床に雫が落ちる。
「ようやく貴女を取り返せた……ティファナお姉様……」
実はなのはの名前を呼んで別れた時に彩那のデレフラグ1が立ってます。
ここで間に合ったらデレフラグ2が立つ。
おまけの小話で読みたいのは?
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