雛見沢大災害なんて起こさせない 作:アンケート
アンケート結果によって上下するようにしてみようと思います。
「はぁ、はぁ、はぁ——!」
息を荒げながら走る。夕焼けに燃える山間を駆け抜ければ、その先に古手神社が広がった。
膝に手を置く暇なんてない。今自身の置かれている状況を確認するためにも、俺は必死に唾を飲み込んで古手神社を見上げた。
目に入ってきたのは、半ば倒壊している古びた神社……ではなかった。古びてはいるものの、まだ神社としての機能は十分に備えた建物である。懐かしさに浸りそうになる気持ちを、ぐっと抑え、俺は賽銭箱が置いてある石段を少し登った。
近づけば近づくほどよく分かる。
俺が大石さんや赤坂さんと出会う前、ここに立ち寄った時に見た賽銭箱とは全く違う。苔は生えていないし、虫に食われた形跡も見当たらない。中身をマジマジと見てみれば、小銭やら、時折お札なんかが顔をのぞかせている。
一瞬、自分の正気を疑った俺は、普段より柔らかくなった頬をつねった。
——普通に痛い。
やはりこれは夢でなく、現実であるらしい。
「何をしてますの」
賽銭箱を凝視したまま固まっていた俺に、後ろから声がかけられた。
振り返ってみれば、どこか見覚えのありそうな金髪の少女が立っている。決して世に言う遊び人らしき容姿ではない。少女の瞳は、しっかりと芯のある眼差しで俺を射抜いていた。
「見ない顔ですけど、もしかしてお賽銭泥棒かしら?」
「君は……」
「あら、泥棒に名乗る名前なんて持ち合わせていませんわ」
少女はそう言って高笑いをすると、さも「かかってこい」と言わんばかりに目を細めた。
訳がわからない。
不思議と少女に懐かしさを抱いたのも束の間、俺が抱いた感想がそれだ。
「ねぇ、君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「罪を認めるのですの?」
「いや、そもそも賽銭泥棒じゃないんだけどな……」
俺はため息をひとつ溢す。
精神年齢が違いすぎているせいなのか、少し話が噛み合わない気がした。
わざとらしく赤と闇が混じる空を見上げれば、途端に心が冷える。
「今年って西暦何年かな?」
俺の問いかけに、少女は馬鹿を見るような目で応えた。
「お賽銭泥棒の次は、馬鹿の振りですの?」
うぐっ。その言葉が俺の胸に深く突き刺さる。
頬をつねった時より、年下の女の子から真剣に「バカ」と言われる方が辛かった。
「……ごめん。でも真剣に聞いてるんだ」
「だから、わたくしも本気で呆れたのですわ」
「あ、そっすか……」
ダメだ。 取り付く島も無い。小学生くらいの女の子から、一方的に説き伏せられているというのはどうなのだろうか。30代の男とは思えない体たらくである。陸自の同僚や後輩に見られたら笑い声も上がらないだろう。
「それじゃあ、不審者さんは警察に西暦でも、お悩み相談でも、なんでもするといいですわ」
「待て待て、通報するのはやめてくれ!」
「だったら出頭してくださいな」
「俺は本当に何もしてないんだよ!?」
頭をガリガリと掻いて、大きく息を吐き出す。
さっきまでの緊張感がまるで嘘のように霧散してしまった。
「もういいや……他の人を探すから」
「なっ、なんですの、その反応!? まるでわたくしの方が可笑しいみたいな反応は!」
「はいはい。なんでもいいから、人がいそうなところ教えてくれないか」
「むきー! ここまでコケにされたのは生まれて初めてですわ!」
少女はそう言って地団駄した。
「ならば勝負ですわ! わたくしとあなた、どちらが先に麓に着くか!」
「いいけど、絶対に勝つよ?」
「絶ッ対、その余裕な表情を泣きべそに変えてやりますの!」
勝手に意気込みをする少女であるが、陸上自衛官の 俺としては負ける気がしない。
確かに体の線自体は細くなり、筋肉量・体力ともに衰えている自覚はある。しかし、それでも小学生程度に遅れは取らないと思えたのだ。それこそ、麓までのルートに落とし穴でもない限り、圧倒的差をつけてゴールする自信がある。
流石に子供相手に大人気ない真似はしたくない、と思う反面、さっさと人がいそうな所に行きたいな、と思う気持ちが拮抗した。
「それじゃ行きますわよ……よーいっ」
少女がクラウチングスタートの姿勢に入る。
側から見ればガチだ……。
「ドン! 「あ、ちょっと待って」 ですわ——って、えぇ……?」
スタート合図と同時に声をかけてしまったせいで、少女の毒気が抜ける。
俺はそんな少女のところまで歩み寄れば、解けていた靴紐を結んでやった。
流石に紐が出ている状態で階段を駆け降りるのは危ない。隣で走ってくれるなら助けてやる自信はあるが、多分本気のレースを御所望だろうし。
「よし、できた」
俺は綺麗に結んだ蝶々結びを見せてやる。自衛官とは常に服装を整えねばならんのだ。
我ながら、他人の靴でよくここまで端正に結べたものだ、と感心する。
靴をよく見てみると、たんの部分に小さな文字で「さとこ」と記されていた。多分、この少女の名前なのだろう。小学生時代は俺も自分の物に名前を書いてたなーと、思い出す。
「……お礼は言いませんわよ」
「えっ、別にいいよ。してもらうためにやった訳じゃなく、してあげたいからやったことだし」
顎を逸らすサトコちゃんにそう言えば、軽い舌打ちのようなものが返ってきた気がした。
「フン、どうせ油断させようって魂胆なのは見え見えですわ! あいにくながら、わたくしはその程度で絆されたりしませんから!」
「魂胆とか、絆されるとか、小学生なのによくそんな難しい言葉知ってるね」
「っ、話を逸らさないでくださいな!」
がるる、と獣のような唸り声を上げられても、少女特有の可愛らしさは健在だ。俺が慄くはずもない。
とりあえず、サトコちゃんの言う通り、話を逸らすのも無駄なことだ。もうすぐ夜も近いし、俺にだってやるべきことがある。さっさと勝負とやらを終わらせたいというのは同感だった。
「じゃあ、始めよっか」
俺が告げれば、サトコちゃんも頷いてかけっこのスタート準備をする。さっきとは違いクラウチングスタートの姿勢ではない。
まあ、俺が本気でやるのは可哀想なため、とりあえず自然体で立った。
「よーい」「ドンですわ!」
合図と同時に駆け出す俺とサトコちゃん。予想通り俺が前を走り、彼女はその後ろをついてくる形となった。
走り出してすぐに気がついたことがある。
それは、思ったよりも自分が疲労しているということだ。見知らぬ社から、この古手神社まで駆けてきたハンデがあるようだ。少し走ったあたりで、俺の心臓がバクバクと鳴り始めた。
ふっと息を漏らす。汗もかいているし、足がだるい。体は鉛とまでは言わないまでも、普段より重く感じた。
前で走るサトコちゃんを見てみる。彼女の走行速度から、かなり序盤から飛ばしていることが窺えた。並の小学生では太刀打ちできなさそうな速さだ。これが田舎育ちの力なのか、はたまた彼女自身の運動神経の賜物なのかは分からない。
かといって、このまま負けていいものか、と逡巡する。
子供に勝ちを譲ること自体なんら難しいことではない。別に俺だって子供を虐めたいという性癖があるわけでもないのだ。ゴール直前で転び、そのままサトコちゃんを勝たせる、というのは悪いシナリオでもないと思えた。
けれど今のサトコちゃんを見ると、それも気が引けた。あそこまで全力で走っている相手に、手を抜いて負けてあげるのは大人としてでなく、人間としてまずい気がする。
それに、サトコちゃんに勝てれば、彼女は俺のお願いを聞いてくれる気がした。
ちょっと捻くれているところはあるが、根は優しそうな子だし、きっと人がいそうな所に連れて行ってくれるだろう。できれば、新聞とか見せて欲しいところだけど。
そんな風に考えていると、いつの間にやら麓と思わしき所が見えた。少しひらけた場所だ。サトコちゃんも最後の力を振り絞っているのか、一心不乱に腕を振り抜いて走っている。
やはり、負けてあげるべきか。
俺の歩調が少し乱れた時、足に何か違和感を感じた。
「へ?」
素っ頓狂な声をあげる俺。足に感じた違和感を振り解こうとするも、時すでに遅し。地球の中心へ引っ張られるのが当然のように、俺は自身で踏み抜いた小さい落とし穴によって転んでしまう。
「お先に失礼しますわ!」
転んだ俺を踏み越え宣言したサトコちゃんの顔には、「してやったり」という表情が浮かんでいた。
ああ、そういうことか……やられたな。
思わず深い嘆息をしそうになった。
身体的に不利な勝負を仕掛けてきたのには、きちんとした理由があったのだ。今更ながら、その狡猾さに脱帽してしまう。小学生だからと侮っていた自分に、ほとほと呆れてならない。
意図せずして、俺はサトコちゃんに勝利を譲ることとなった。
かけっこで女の子に負けたと知られたら、きっとみんなに笑われることだろう。
それでも俺の前で笑顔を振り撒く少女を見ていれば、自然と悪い気はしなかった。
-!-
「おーほっほっ! どうですの? 絶対に勝つと言っていたくせに、無様に敗北した気分は?」
「そうだなぁ……思ったより悪い気はしないかな」
「むっ、そのスッキリした顔を見ると腹が立ちますわね」
俺が、足一つ分くらいは入りそうな穴から抜け出すと、サトコちゃんがプイッと顔を逸らした。
「ごめん、でも嘘じゃないからさ」
「あなた……実は女の子にいじめられて喜ぶ変態さん?」
「おい、ガチトーンで言われると心にくるぞ」
膝についた土を払い落とし、俺は咳払いをひとつ落とす。
決して誤魔化しているわけではない。やましい気持ちもない。俺はろりこんでもなければ、Mでもない。
だから、そんなジト目で見られても喜ばないからな。
「とにかく、負けは負けだ。勝者にはきちんと従うさ」
「あら殊勝な心構えですわね」
「できれば、警察沙汰になるもの以外で頼むよ」
俺はそう言って近場の木陰に腰掛けた。
ゴールしてからというもの、多量の汗が滲み出している。Tシャツはぐっしょりと濡れ、パンツは大惨事間違いなしという状態だ。そろそろ水分を摂らなければ、脱水症になるのではないかとすら思う。
そんな俺を尻目にサトコちゃんは、下顎に手を当て思い悩んだように告げた。
「名前——名前を聞いても?」
これは意外だった。
まさか名前を聞かれるなんて。
てっきり俺は、『自分の犯行を認めてくださいまし』とか、『土下座100回していただいても?』とか、『あら、犬が勝手に喋ってはいけないんですのよ』とか言ってくると思った。
後半に関しては、完璧に肥大した妄想であるが。
「え、そんなのでいいの? てっきり、『自分の犯行を認めろ!』とか言われると思ったけど」
「失礼ですわね! あなたが不審者であることくらい、聞かなくても分かりますわ!」
「あ、もうそこは確定なんすね」
俺は「とほほ」と肩を落とす。
まさか30代にもなって、子供にここまで言われるとは……。
「それより、早く名前を言いなさい!」
お嬢様口調も忘れて、サトコちゃんがそう言った。
何をそんなに声を荒げるのかは分からないが、まぁ俺は敗者である。勝者の言葉に逆らうなんてできるはずもない。ここは大人しくしておこう。
「俺は翠川幸嗣。好きに呼んでくれ」
「みどり、かわ?」
「ああ。ありふれた名前だろ?」
俺が乾いた笑みを浮かべれば、サトコちゃんが「うーん」と唸る。
えー、そんなに変な名前じゃないと思うのだが……。
少しだけショックを受けていると、どこからか「おーい」と声が響いた。
懐かしい嗄れた声だ。
俺は咄嗟に声のした方向を探すべく、立ち上がり周囲を確認する。すると、その人は田園風景の向こう側から歩いてきていた。
「じーちゃん……?」
それは、幽霊だと見間違うには、あまりにもはっきりとした姿形をしている老人だった。
既に祖父は、俺が高校に上がると同時に亡くなっている。
原因は事故死。浴槽内での不慮の溺死が原因だった。
そんな祖父が目の前を歩いている。元気良く足を動かし、体を揺らしている。
ここまでくれば、もう信じる他ならなかった。
唐突に訪れた夕方、線が細くなった体、綺麗に建っている古手神社に、死んだはずの祖父。何もかも嘘だと思ってしまうことが目の前で起きている。
「知り合いですの?」
隣でサトコちゃんが心配そうに話しかけてくれた。
俺はそに対し力なく頷いてみせる。
ああ、知り合いだとも。昔から孫思いの優しい祖父だった。
そんな祖父が俺の前に立って、訝しむような目で見てくる。そりゃ、目の前で泣きそうな顔されたら、そういう反応をするだろうな。
「なんじゃ、儂のことをさも幽霊でも見たように」
「そんなんじゃ、ないよ」
つい泣き出してしまいそうな声を必死に我慢し、俺は息を呑んだ。ここで発散してはいけないと思ったのだ。ここで吐き出してしまえば、止まることなど一生ないと思えたから。
「変な孫じゃな。さっさと帰るぞ。新しく出てきた母さんの遺品整理が、まだ残っとる」
「ひいばーちゃんの?」
「ああ。昨日も言ったろう?」
祖父が俺に尋ねるが、残念なことに、俺がここに至るまでの経緯は記憶されていない。
曽祖母は雛見沢に住んでいた人だった。かなりの高齢で、曾祖父も俺が小学生に上がると同時期くらいに亡くなっている。
それを契機に俺たち家族は雛見沢から離れたのだ。雛見沢に滞在していた理由も、曽祖母の死期を悟った祖父が、家族みんなで過ごそうと提案したのが始まりだった。曽祖母が死んで、俺たち家族が雛見沢にいる理由も無くなったのである。
「ごめん、覚えてないや」
とりあえず、記憶がない訳だし、ここは素直に謝ろう。
俺が申し訳なさそうに謝罪すれば、祖父は顔をしかめた。
「……お前、本当に大丈夫か? 少し変わったかのう? 朝っぱらから探検したいと言って出ていきおったが、車にでもはねられたか?」
車にはねられてはいないが、どうやらそれ以上に大変なことが起きてしまったらしい。
タイムスリップ。現在から過去へ飛ぶ、非科学的な現象。
俺の思いが何者かに届いたのか、はたまた超常的事象を起こせる力を、俺が持っていたのか。理由はどうだってよかった。
なんにしろ、俺はここで誰かを助けられるかもしれない。
それだけで心が奮い立つ。
と、そこで1人の少女が、こちらをジーと見つめていることを思い出した。
「あ、ごめんサトコちゃん。会話を置いてきぼりにして」
「べっつに〜、いいですわ〜。幸嗣さんの泣きそうな顔も見れましたし〜」
にやにやと笑う彼女に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
本来であればこういう時、ムキになったりするのだろうが、残念なことに心がおっさんすぎて何も思えない。まるで涅槃する仏のような精神だ。
「じゃあ、俺は帰るから、また機会があったら会おう」
「わたくしは会いたくありませんわ」
「そう言わず、ね?」
俺が視線の高さをサトコちゃんに合わせて、軽く笑みを浮かべてやる。
存外、少女と遊ぶのは楽しかった。暇があればまたやりたいくらいだ。
サトコちゃんはそんな俺を見て、ふんと鼻を鳴らす。
「まぁ、本当に本当の本当な暇があれば、遊んでやってもいいですわよ」
「うん。じゃあ頼むよ」
「……仕方ありませんわね」
サトコちゃんはそれだけを言い捨てると、神社の方へと戻っていった。
彼女の家は神社のほうにあるのだろうか?
まぁ、何はともあれ住民の1人と仲良くなれたのだ。悪いことではない。それに、彼女からは何故か懐かしい感覚を覚えた。もしかしたら、俺が雛見沢にいた時、会ったことがあるのかもしれないな……。
「そういえばじーちゃん。今って何年何月か分かる?」
「あ? そりゃーお前、今は昭和58年6月だろうが」
「昭和58年6月、か」
俺は目を伏せて思い出す。雛見沢大災害の概略を。
大災害が起こるのは、確か6月の最後のあたりだ。もう時間は残されていないのかもしれない。
それでも必ず、俺は……
「雛見沢大災害なんて起こさせない」
そう心に固く誓うのだった。
沙都子の好感度0 → 2
明日はどこに行こう?
-
雛見沢分校か、サトコちゃんいるのかな?
-
ダム建設跡地か。ここも大変だったんだな。
-
もう一回、古手神社に行っておこう。
-
御三家ってのには、挨拶した方がいいよな
-
隣町に言って情報収集だ!
-
ちょっと頑張りすぎたかも、熱が……