雛見沢大災害なんて起こさせない   作:アンケート

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好感度システムも導入しようと思いました。
アンケート結果によって上下するようにしてみようと思います。


第一話

「はぁ、はぁ、はぁ——!」

 

 息を荒げながら走る。夕焼けに燃える山間を駆け抜ければ、その先に古手神社が広がった。

 膝に手を置く暇なんてない。今自身の置かれている状況を確認するためにも、俺は必死に唾を飲み込んで古手神社を見上げた。

 

 目に入ってきたのは、半ば倒壊している古びた神社……ではなかった。古びてはいるものの、まだ神社としての機能は十分に備えた建物である。懐かしさに浸りそうになる気持ちを、ぐっと抑え、俺は賽銭箱が置いてある石段を少し登った。

 

 近づけば近づくほどよく分かる。

 俺が大石さんや赤坂さんと出会う前、ここに立ち寄った時に見た賽銭箱とは全く違う。苔は生えていないし、虫に食われた形跡も見当たらない。中身をマジマジと見てみれば、小銭やら、時折お札なんかが顔をのぞかせている。

 

 一瞬、自分の正気を疑った俺は、普段より柔らかくなった頬をつねった。

 

 ——普通に痛い。

 

 やはりこれは夢でなく、現実であるらしい。

 

「何をしてますの」

 

 賽銭箱を凝視したまま固まっていた俺に、後ろから声がかけられた。

 振り返ってみれば、どこか見覚えのありそうな金髪の少女が立っている。決して世に言う遊び人らしき容姿ではない。少女の瞳は、しっかりと芯のある眼差しで俺を射抜いていた。

 

「見ない顔ですけど、もしかしてお賽銭泥棒かしら?」

 

「君は……」

 

「あら、泥棒に名乗る名前なんて持ち合わせていませんわ」

 

 少女はそう言って高笑いをすると、さも「かかってこい」と言わんばかりに目を細めた。

 

 訳がわからない。

 

 不思議と少女に懐かしさを抱いたのも束の間、俺が抱いた感想がそれだ。

 

「ねぇ、君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 

「罪を認めるのですの?」

 

「いや、そもそも賽銭泥棒じゃないんだけどな……」

 

 俺はため息をひとつ溢す。

 精神年齢が違いすぎているせいなのか、少し話が噛み合わない気がした。

 わざとらしく赤と闇が混じる空を見上げれば、途端に心が冷える。

 

「今年って西暦何年かな?」

 

 俺の問いかけに、少女は馬鹿を見るような目で応えた。

 

「お賽銭泥棒の次は、馬鹿の振りですの?」

 

 うぐっ。その言葉が俺の胸に深く突き刺さる。

 頬をつねった時より、年下の女の子から真剣に「バカ」と言われる方が辛かった。

 

「……ごめん。でも真剣に聞いてるんだ」

 

「だから、わたくしも本気で呆れたのですわ」

 

「あ、そっすか……」

 

 ダメだ。 取り付く島も無い。小学生くらいの女の子から、一方的に説き伏せられているというのはどうなのだろうか。30代の男とは思えない体たらくである。陸自の同僚や後輩に見られたら笑い声も上がらないだろう。

 

「それじゃあ、不審者さんは警察に西暦でも、お悩み相談でも、なんでもするといいですわ」

 

「待て待て、通報するのはやめてくれ!」

 

「だったら出頭してくださいな」

 

「俺は本当に何もしてないんだよ!?」

 

 頭をガリガリと掻いて、大きく息を吐き出す。

 さっきまでの緊張感がまるで嘘のように霧散してしまった。

 

「もういいや……他の人を探すから」

 

「なっ、なんですの、その反応!? まるでわたくしの方が可笑しいみたいな反応は!」

 

「はいはい。なんでもいいから、人がいそうなところ教えてくれないか」

 

「むきー! ここまでコケにされたのは生まれて初めてですわ!」

 

 少女はそう言って地団駄した。

 

「ならば勝負ですわ! わたくしとあなた、どちらが先に麓に着くか!」

 

「いいけど、絶対に勝つよ?」

 

「絶ッ対、その余裕な表情を泣きべそに変えてやりますの!」

 

 勝手に意気込みをする少女であるが、陸上自衛官の 俺としては負ける気がしない。

 確かに体の線自体は細くなり、筋肉量・体力ともに衰えている自覚はある。しかし、それでも小学生程度に遅れは取らないと思えたのだ。それこそ、麓までのルートに落とし穴でもない限り、圧倒的差をつけてゴールする自信がある。

 流石に子供相手に大人気ない真似はしたくない、と思う反面、さっさと人がいそうな所に行きたいな、と思う気持ちが拮抗した。

 

「それじゃ行きますわよ……よーいっ」

 

 少女がクラウチングスタートの姿勢に入る。

 側から見ればガチだ……。

 

「ドン! 「あ、ちょっと待って」 ですわ——って、えぇ……?」

 

 スタート合図と同時に声をかけてしまったせいで、少女の毒気が抜ける。

 俺はそんな少女のところまで歩み寄れば、解けていた靴紐を結んでやった。

 流石に紐が出ている状態で階段を駆け降りるのは危ない。隣で走ってくれるなら助けてやる自信はあるが、多分本気のレースを御所望だろうし。

 

「よし、できた」

 

 俺は綺麗に結んだ蝶々結びを見せてやる。自衛官とは常に服装を整えねばならんのだ。

 我ながら、他人の靴でよくここまで端正に結べたものだ、と感心する。

 靴をよく見てみると、たんの部分に小さな文字で「さとこ」と記されていた。多分、この少女の名前なのだろう。小学生時代は俺も自分の物に名前を書いてたなーと、思い出す。

 

「……お礼は言いませんわよ」

 

「えっ、別にいいよ。してもらうためにやった訳じゃなく、してあげたいからやったことだし」

 

 顎を逸らすサトコちゃんにそう言えば、軽い舌打ちのようなものが返ってきた気がした。

 

「フン、どうせ油断させようって魂胆なのは見え見えですわ! あいにくながら、わたくしはその程度で絆されたりしませんから!」

 

「魂胆とか、絆されるとか、小学生なのによくそんな難しい言葉知ってるね」

 

「っ、話を逸らさないでくださいな!」

 

 がるる、と獣のような唸り声を上げられても、少女特有の可愛らしさは健在だ。俺が慄くはずもない。

 

 とりあえず、サトコちゃんの言う通り、話を逸らすのも無駄なことだ。もうすぐ夜も近いし、俺にだってやるべきことがある。さっさと勝負とやらを終わらせたいというのは同感だった。

 

「じゃあ、始めよっか」

 

 俺が告げれば、サトコちゃんも頷いてかけっこのスタート準備をする。さっきとは違いクラウチングスタートの姿勢ではない。

 まあ、俺が本気でやるのは可哀想なため、とりあえず自然体で立った。

 

「よーい」「ドンですわ!」

 

 合図と同時に駆け出す俺とサトコちゃん。予想通り俺が前を走り、彼女はその後ろをついてくる形となった。

 

 走り出してすぐに気がついたことがある。

 それは、思ったよりも自分が疲労しているということだ。見知らぬ社から、この古手神社まで駆けてきたハンデがあるようだ。少し走ったあたりで、俺の心臓がバクバクと鳴り始めた。

 

 ふっと息を漏らす。汗もかいているし、足がだるい。体は鉛とまでは言わないまでも、普段より重く感じた。

 

 前で走るサトコちゃんを見てみる。彼女の走行速度から、かなり序盤から飛ばしていることが窺えた。並の小学生では太刀打ちできなさそうな速さだ。これが田舎育ちの力なのか、はたまた彼女自身の運動神経の賜物なのかは分からない。

 

 かといって、このまま負けていいものか、と逡巡する。

 子供に勝ちを譲ること自体なんら難しいことではない。別に俺だって子供を虐めたいという性癖があるわけでもないのだ。ゴール直前で転び、そのままサトコちゃんを勝たせる、というのは悪いシナリオでもないと思えた。

 

 けれど今のサトコちゃんを見ると、それも気が引けた。あそこまで全力で走っている相手に、手を抜いて負けてあげるのは大人としてでなく、人間としてまずい気がする。

 それに、サトコちゃんに勝てれば、彼女は俺のお願いを聞いてくれる気がした。

 ちょっと捻くれているところはあるが、根は優しそうな子だし、きっと人がいそうな所に連れて行ってくれるだろう。できれば、新聞とか見せて欲しいところだけど。

 

 そんな風に考えていると、いつの間にやら麓と思わしき所が見えた。少しひらけた場所だ。サトコちゃんも最後の力を振り絞っているのか、一心不乱に腕を振り抜いて走っている。

 

 やはり、負けてあげるべきか。

 俺の歩調が少し乱れた時、足に何か違和感を感じた。

 

「へ?」

 

 素っ頓狂な声をあげる俺。足に感じた違和感を振り解こうとするも、時すでに遅し。地球の中心へ引っ張られるのが当然のように、俺は自身で踏み抜いた小さい落とし穴によって転んでしまう。

 

「お先に失礼しますわ!」

 

 転んだ俺を踏み越え宣言したサトコちゃんの顔には、「してやったり」という表情が浮かんでいた。

 

 ああ、そういうことか……やられたな。

 

 思わず深い嘆息をしそうになった。

 身体的に不利な勝負を仕掛けてきたのには、きちんとした理由があったのだ。今更ながら、その狡猾さに脱帽してしまう。小学生だからと侮っていた自分に、ほとほと呆れてならない。

 

 意図せずして、俺はサトコちゃんに勝利を譲ることとなった。

 かけっこで女の子に負けたと知られたら、きっとみんなに笑われることだろう。

 

 それでも俺の前で笑顔を振り撒く少女を見ていれば、自然と悪い気はしなかった。

 

 

 

 

-!-

 

 

 

 

「おーほっほっ! どうですの? 絶対に勝つと言っていたくせに、無様に敗北した気分は?」

 

「そうだなぁ……思ったより悪い気はしないかな」

 

「むっ、そのスッキリした顔を見ると腹が立ちますわね」

 

 俺が、足一つ分くらいは入りそうな穴から抜け出すと、サトコちゃんがプイッと顔を逸らした。

 

「ごめん、でも嘘じゃないからさ」

 

「あなた……実は女の子にいじめられて喜ぶ変態さん?」

 

「おい、ガチトーンで言われると心にくるぞ」

 

 膝についた土を払い落とし、俺は咳払いをひとつ落とす。

 決して誤魔化しているわけではない。やましい気持ちもない。俺はろりこんでもなければ、Mでもない。

 だから、そんなジト目で見られても喜ばないからな。

 

「とにかく、負けは負けだ。勝者にはきちんと従うさ」

 

「あら殊勝な心構えですわね」

 

「できれば、警察沙汰になるもの以外で頼むよ」

 

 俺はそう言って近場の木陰に腰掛けた。

 ゴールしてからというもの、多量の汗が滲み出している。Tシャツはぐっしょりと濡れ、パンツは大惨事間違いなしという状態だ。そろそろ水分を摂らなければ、脱水症になるのではないかとすら思う。

 

 そんな俺を尻目にサトコちゃんは、下顎に手を当て思い悩んだように告げた。

 

「名前——名前を聞いても?」

 

 これは意外だった。

 まさか名前を聞かれるなんて。

 てっきり俺は、『自分の犯行を認めてくださいまし』とか、『土下座100回していただいても?』とか、『あら、犬が勝手に喋ってはいけないんですのよ』とか言ってくると思った。

 後半に関しては、完璧に肥大した妄想であるが。

 

「え、そんなのでいいの? てっきり、『自分の犯行を認めろ!』とか言われると思ったけど」

 

「失礼ですわね! あなたが不審者であることくらい、聞かなくても分かりますわ!」

 

「あ、もうそこは確定なんすね」

 

 俺は「とほほ」と肩を落とす。

 まさか30代にもなって、子供にここまで言われるとは……。

 

「それより、早く名前を言いなさい!」

 

 お嬢様口調も忘れて、サトコちゃんがそう言った。

 何をそんなに声を荒げるのかは分からないが、まぁ俺は敗者である。勝者の言葉に逆らうなんてできるはずもない。ここは大人しくしておこう。

 

「俺は翠川幸嗣。好きに呼んでくれ」

 

「みどり、かわ?」

 

「ああ。ありふれた名前だろ?」

 

 俺が乾いた笑みを浮かべれば、サトコちゃんが「うーん」と唸る。

 えー、そんなに変な名前じゃないと思うのだが……。

 

 少しだけショックを受けていると、どこからか「おーい」と声が響いた。

 

 懐かしい嗄れた声だ。

 俺は咄嗟に声のした方向を探すべく、立ち上がり周囲を確認する。すると、その人は田園風景の向こう側から歩いてきていた。

 

「じーちゃん……?」

 

 それは、幽霊だと見間違うには、あまりにもはっきりとした姿形をしている老人だった。

 

 既に祖父は、俺が高校に上がると同時に亡くなっている。

 原因は事故死。浴槽内での不慮の溺死が原因だった。

 

 そんな祖父が目の前を歩いている。元気良く足を動かし、体を揺らしている。

 

 ここまでくれば、もう信じる他ならなかった。

 唐突に訪れた夕方、線が細くなった体、綺麗に建っている古手神社に、死んだはずの祖父。何もかも嘘だと思ってしまうことが目の前で起きている。

 

「知り合いですの?」

 

 隣でサトコちゃんが心配そうに話しかけてくれた。

 俺はそに対し力なく頷いてみせる。

 

 ああ、知り合いだとも。昔から孫思いの優しい祖父だった。

 

 そんな祖父が俺の前に立って、訝しむような目で見てくる。そりゃ、目の前で泣きそうな顔されたら、そういう反応をするだろうな。

 

「なんじゃ、儂のことをさも幽霊でも見たように」

 

「そんなんじゃ、ないよ」

 

 つい泣き出してしまいそうな声を必死に我慢し、俺は息を呑んだ。ここで発散してはいけないと思ったのだ。ここで吐き出してしまえば、止まることなど一生ないと思えたから。

 

「変な孫じゃな。さっさと帰るぞ。新しく出てきた母さんの遺品整理が、まだ残っとる」

 

「ひいばーちゃんの?」

 

「ああ。昨日も言ったろう?」

 

 祖父が俺に尋ねるが、残念なことに、俺がここに至るまでの経緯は記憶されていない。

 

 曽祖母は雛見沢に住んでいた人だった。かなりの高齢で、曾祖父も俺が小学生に上がると同時期くらいに亡くなっている。

 それを契機に俺たち家族は雛見沢から離れたのだ。雛見沢に滞在していた理由も、曽祖母の死期を悟った祖父が、家族みんなで過ごそうと提案したのが始まりだった。曽祖母が死んで、俺たち家族が雛見沢にいる理由も無くなったのである。

 

「ごめん、覚えてないや」

 

 とりあえず、記憶がない訳だし、ここは素直に謝ろう。

 俺が申し訳なさそうに謝罪すれば、祖父は顔をしかめた。

 

「……お前、本当に大丈夫か? 少し変わったかのう? 朝っぱらから探検したいと言って出ていきおったが、車にでもはねられたか?」

 

 車にはねられてはいないが、どうやらそれ以上に大変なことが起きてしまったらしい。

 タイムスリップ。現在から過去へ飛ぶ、非科学的な現象。

 俺の思いが何者かに届いたのか、はたまた超常的事象を起こせる力を、俺が持っていたのか。理由はどうだってよかった。

 

 なんにしろ、俺はここで誰かを助けられるかもしれない。

 それだけで心が奮い立つ。

 

 と、そこで1人の少女が、こちらをジーと見つめていることを思い出した。

 

「あ、ごめんサトコちゃん。会話を置いてきぼりにして」

 

「べっつに〜、いいですわ〜。幸嗣さんの泣きそうな顔も見れましたし〜」

 

 にやにやと笑う彼女に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 本来であればこういう時、ムキになったりするのだろうが、残念なことに心がおっさんすぎて何も思えない。まるで涅槃する仏のような精神だ。

 

「じゃあ、俺は帰るから、また機会があったら会おう」

 

「わたくしは会いたくありませんわ」

 

「そう言わず、ね?」

 

 俺が視線の高さをサトコちゃんに合わせて、軽く笑みを浮かべてやる。

 存外、少女と遊ぶのは楽しかった。暇があればまたやりたいくらいだ。

 

 サトコちゃんはそんな俺を見て、ふんと鼻を鳴らす。

 

「まぁ、本当に本当の本当な暇があれば、遊んでやってもいいですわよ」

 

「うん。じゃあ頼むよ」

 

「……仕方ありませんわね」

 

 サトコちゃんはそれだけを言い捨てると、神社の方へと戻っていった。

 

 彼女の家は神社のほうにあるのだろうか?

 

 まぁ、何はともあれ住民の1人と仲良くなれたのだ。悪いことではない。それに、彼女からは何故か懐かしい感覚を覚えた。もしかしたら、俺が雛見沢にいた時、会ったことがあるのかもしれないな……。

 

「そういえばじーちゃん。今って何年何月か分かる?」

 

「あ? そりゃーお前、今は昭和58年6月だろうが」

 

「昭和58年6月、か」

 

 俺は目を伏せて思い出す。雛見沢大災害の概略を。

 大災害が起こるのは、確か6月の最後のあたりだ。もう時間は残されていないのかもしれない。

 

 それでも必ず、俺は……

 

「雛見沢大災害なんて起こさせない」

 

 そう心に固く誓うのだった。




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明日はどこに行こう?

  • 雛見沢分校か、サトコちゃんいるのかな?
  • ダム建設跡地か。ここも大変だったんだな。
  • もう一回、古手神社に行っておこう。
  • 御三家ってのには、挨拶した方がいいよな
  • 隣町に言って情報収集だ!
  • ちょっと頑張りすぎたかも、熱が……
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