ソードアート・オンライン ~より良き未来を目指して~ 作:KXkxy
年度も変わり、仮想空間で1日を過ごす日常にもすっかり慣れた頃。とうとうテストの終了が近いと連絡が来た。
「うぅ·········。せっかくトリアちゃんと仲良くなれたのに············」
心底寂しそうに言う藍子。木綿季という妹がいるのに······いやだからこそ、僕達の中でも一番トリアと積極的に仲良くしていたからこそ、寂しさも
「姉ちゃん、気持ちは分かるけど······」
「トリアはMHCP······SAOに実装予定のAIの1つなんだから仕方がないよ。友達と離れるのが寂しいのは分かるというか、僕も同じだけどさ」
あの事件以来、年の近い友達は僕とトリアしかいなくなっちゃったから気持ちは痛いほど理解できる。けどこればかりはどうしようもない。いくら何でも、実装予定のAI、しかも時間をかけてかなりの完成度となったAIを欲しいというのは子供の我が儘にしても度を越している。流石の茅場さんでも許容範囲外だろう。
「大丈夫············。3人がログインしたら、すぐ、会いに行く············」
「トリア············!」
「「トリアちゃん············!」」
口角をやや上げてそう言うトリアに感動する。こう言ってくれるほど慕ってくれる嬉しさと同時に、どこか子供の成長を実感した親のような気持ちも感じる。
「(本当に、感情豊かになったなぁ······)」
2人に左右から抱きしめられるトリアを見つめながら、初めて顔を合わせた時から今までの彼女の変化を思う。
初めて会った時は、表情は能面みたいに無表情で、声にも感情らしいものは感じられなかった。
今ではそんな事は無い。相変わらず表情の変化は乏しいけれど、それでも注意してみればハッキリ分かるくらいにはちゃんと変わるし、声だって感情豊かになった。何も知らない人が今の彼女を見たとしても、一目でAIだと分かる人はいないだろう。表情があんまり変わらない人って結構いるし。
「まあ、今すぐって訳じゃないからさ。スキルのテストだってまだ残ってるし」
昨日までのテストで8割方終わったとはいえ、逆に言えばあと2割くらいは残っている。僕達の仕事はその2割で終わりという事だったから、それが終わるまではまだトリアと一緒に居られる。今までのペースからして、後1週間か2週間くらいだと思うけど。
「ソウの、言う通り······。さ、今日の分、やろう······?」
トリアに促される形で、今日のノルマをこなす。今週のノルマは、熟練度800から900で覚えるスキルのテスト。序盤に比べると習得するスキルが少ない分、テストする数自体は多くない一方で、連撃数や威力が大きい分隙が大きいスキルが多く、硬直時間や
「う~ん······。なかなか上手くいかないね······」
「そうだね······。私やユウじゃ、ソウのお手伝いは出来ないし······」
「いや、これに関しては僕がお願いされた仕事だからさ。一応、茅場さんの教え子って立場になるんだし、このくらいはやれないと。茅場さんの顔に泥は塗れないよ」
一生かけても返しきれない恩がある彼の顔に泥を塗るような真似はできない。メールや本を介してとはいえ、彼から直接教えてもらうというプログラマー垂涎の立場にいたんだから、このくらいの仕事は
「······よし。これでどうかな?」
目に付いた修正点は大体直した。これでまだ変な挙動が出るようなら、僕にはもうお手上げだ。茅場さんにお願いするか、一からプログラムを作り直すしかない。
「ちょっと待って······。ハッ!」
気合いと共に剣を振るう木綿季。右手に握られた剣に橙色の光が宿り、突きをと斬撃の中間のような一撃が放たれた。片手直剣の上位単発
「そう考えると、ゲームバランスおかしくないかな······?」
芽生えた微かな違和感。とはいえ、今となっては誰もが知る名作タイトルも最初期の作品は1対1の戦闘しかなかった事を考えると、フルダイブ型RPGの先駆けとしてはこれでもいいのかもしれない。
―――後になって、この時の考えを後悔することになる。この疑問を放置していなければ、『あの事件』の犠牲者を多少は減らせたのかもしれない。
「······うん、大丈夫そうだね」
スキルの立ち上がりから剣の軌道、硬直時間の長さ、再使用可能になるまでの
「よかったぁ······。ソウ、お疲れ様」
「ありがと、藍子。木綿季もお疲れ様」
今日の作業はここまで。このペースだと、来週か再来週にはテストも終わりそうだった。
時間切れまではあっという間だった。テスト最終日の前にテストも開発作業も全て終わらせていたお陰で、最終日は思う存分トリアと遊ぶ事ができた。
「ありがとう天野君。協力に感謝するよ」
「いえ、お礼を言うのはこっちの方です。おかげさまで2人も元気になりましたし、トリアとも仲良くなれました」
「いや、私はあくまでも切っ掛けを与えたに過ぎない。その結果は君達自身が掴み取ったものだ」
日曜の午後。僕はいつかに茅場さんと話をした、家の近くの喫茶店で彼と話していた。
「それで、報酬の件なのだが······、何か希望はあるかな?」
「そうですね······。出来れば、今使ってるプロトタイプ·ナーヴギアを頂けないでしょうか?」
「む······。こちらとしては、試作機をそのまま社外に出すというのは避けたいところではあるのだが······、まあ君達の貢献度を考えれば、その程度はどうにかなるだろう。ただ、手続きの時間を考慮すると、一度機体を回収させてもらう必要があるが、構わないかね?」
「無理を言っている自覚はありますし、全然問題ないです。ありがとうございます」
本来は社内で処理されるであろうプロトタイプを貰うというのは相当な無理を言っている自覚はある。だけど、少なくない間使い続けて愛着の湧いた機体が破棄されてしまうのは嫌だった。今はいない2人も同じ意見だ。
「だが、君達の働きを考えると報酬がそれだけというのは不足しているな······」
「そうですか?2人はともかく、僕はそこまで力になれたとは思えないんですが······」
茅場さんの方から変更されたとはいえ、最初に依頼された内容は結局ほぼ出来なかったし、最初の1週間くらいを除けば茅場さんからの指示に従ってただけだ。確かに開発作業にも触れてはいたけど、茅場さんにかかる負担はあまり変わらなかったんじゃないかと思う。
「いや、君の方でスキルの不具合を修正してくれたのは本当に助かった。社内の他のテスターにはプログラミングに関しては全くの門外漢もいてね。少なくない修正依頼が私の所にまで来た。付け加えると、修正内容を逐次私に報告してくれたのも非常に有難かった。仕様書とどのように異なっていたか、その原因とどのように修正したか、修正した結果どうなったかを詳細に纏めてくれていた」
他の人たちはそうはいかなかったらしい。修正したという事だけを報告して、修正後の挙動については殆ど情報がなかったり、修正に関しては完全に茅場さんに丸投げだったんだとか。修正報告なんて、『修正の結果、仕様書通りの結果が得られた』くらいが関の山だったらしい。酷い時にはそれすら無かったとか。それでいいのかアーガス社······。
「それに、トリア君に大量の感情データを蓄積してくれたのも大きい。正直、あそこまでの完成度になるとは私も思っていなかった」
「それらを踏まえると、プロトタイプ·ナーヴギアだけというのは報酬として少々不足しているのではないかと思ってね。······そうだな。今すぐというわけにはいかないが、開発が終了し次第、『ソードアート·オンライン』正式パッケージを3つほど送らせてもらおう。報酬としてはそれでも足りないくらいだが······」
「いやいや、十分過ぎますって!?むしろこれ以上貰ったらこっちこそ釣り合わないです!!」
プロトタイプとはいえ、ナーヴギアだけでも金額にして10万近くする上に、全ゲーマー待望の······つまり間違いなく倍率が高くなる『ソードアート·オンライン』正式パッケージが人数分。これ以上を望むのはもう罰当たりの領域だ。期間を考えれば妥当?いや、僕達なんて半分くらい遊び感覚でいられるくらい自由にやらせてもらってたし······。
「そうかね?君が望むならば、報酬は以上とさせてもらおう。ただ、それだけでは私の気が済まないのも確かでね······。
そう言って彼が手渡してきたのは、1枚のカード。名刺大のそれには『LoginID:Guest Rank"S"』と記され、その下にパスワードと思しき複雑な英数字の羅列が並んでいた。
「管理者アカウントとしてゲームシステムに介入する事ができるIDとパスワードだ。アクセス権限は私の持つ物に次いで高く設定してある。ログイン時間の合計が30分を超えると自動的に完全削除される使い捨てのアカウントだがね。それを使うか使わないかは君の自由だ。言ってしまえば、私の自己満足だからね」
「······そう言う事なら、有難く頂いておきます。なるべく使いたくはないですけど」
ゲームシステムへの介入というのはチート······ズルだと思う。1人用のゲームならそういうズルをして遊んでみるのも面白いけど、オンラインゲームでそれをやるのはどうにも気が引ける。
「それでも構わない。······ところで、今日は紺野くん達は一緒ではないのかな?一応、彼女達の分もアカウントを用意してはいるのだが······」
「2人は引っ越しの準備中です。いい物件がやっと見つかったみたいで。それと、2人は多分受け取らないと思いますよ」
木綿季は「貰っても使わなさそうだし、ソウにあげる!」と言うのが目に見えてるし、藍子は真面目な性格だから受け取らないと思う。仮に受け取ったとしても、多分木綿季と同じで僕に回ってくるんじゃないかな。
「そうか······。少々残念ではあるが、無理強いする訳にもいかないな。この2つのアカウントは破棄しておくことにしよう。君の事は信頼しているが、帰り道で落とさないとも限らない」
「そうですね。使い捨てとはいえ、管理者アカウントを利用されるリスクは無くした方がいいですし」
むしろ、僕に渡された1つですら、ハッキングとかで第三者に利用されるリスクがある以上、アカウントの作成自体避けるべきだろう。それが分からないわけないのに用意してくれたのは、それだけ茅場さんが僕らの協力を有難く思ってくれたのか、ハッキングされない自信があるのか。恐らくどっちもあるんだろうけど、やや後者寄りなんだろうなぁ。
「では、正式サービスが始まるまでお別れだな。君達も色々と忙しくなるのだろう?」
「そうですね······。引っ越し作業がこれから本格化してきますし、それが終わっても2人の家庭教師がありますから」
紺野家·天野家合同の家族会議では別の小学校に転校するという案も出たものの、いざ手続きをしようと向かったところ、校舎を見た途端に木綿季と藍子が動けなくなってしまった。2人にとって、学校という場所そのものが完全にトラウマとなってしまったらしい。······あんな体験をした後じゃ、無理もないと思うけど。
「······やはり、克服は難しそうかね?」
「ええ······。倉橋先生······主治医の人曰く、時間が癒してくれるのを祈るしかないそうです」
身体の傷とは違い、心の傷は時間によって癒すしかない。心には包帯も巻けないし、絆創膏を貼る事もできないから。
「そうか······。私からも、回復を祈らせてもらうよ」
「ありがとうございます」
2人の回復を祈ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、相も変らぬ無表情で言われても説得力がイマイチというのは言わぬが花······だね。
「ただいま~」
茅場さんと別れ、家に戻る。引っ越しの準備で荷物の取捨選択をしなくちゃいけないし、持って行く荷物の箱詰め作業もある。引っ越し業者の人との日程調整も母さんがしてしまっているから、あまりノンビリはしていられない。
「おかえり
「了解。他に手伝う事はある?」
「そうね······。私の方は今のところないわ。終わったら自分の荷物を整理してて」
「分かった」
猫の手も借りたいくらい忙しい今、呑気に休憩している余裕なんてない。母さんの指示通りに本を箱詰めした後、一応父さんにも手伝う事が無いか声をかけてから自分の荷物整理をする。······あ、校外学習で撮った集合写真が出てきた。2人が写ってる所だけ切り取って後は捨てとこ。
ナチュラルに集合写真から自分も切り捨てる
それと、読み返してみたら木綿季ちゃんの成績ってトップクラスだったんですね······。勉強嫌い的な描写をしてしまいましたが、個人的に木綿季ちゃんは口では文句を言いつつも真面目に勉強するタイプだと思っているので、成績もそれに応じて高いと考えて頂ければと思います。