ソードアート・オンライン ~より良き未来を目指して~ 作:KXkxy
一夜明けて、日曜日。夕飯後に子供チーム(僕、木綿季、藍子) vs 大人チーム(父さん、母さん)で『カタン』をやって父さんに10ポイント取られて負けたり、木綿季が「一緒にお風呂行こう♪」と言い出して顔を真っ赤にした藍子に引き摺られていったり、
「それじゃ、また明日ね!」
「ちゃんと宿題やるんだよ?ユウだってちゃんと宿題とかやってるんだからね!」
「分かってるって······。行ってらっしゃい」
朝8時頃。ミサのために教会へ向かう紺野家を、家族総出で見送る。これもいつも通り。毎回のように飛んでくる微笑ましげに、同時に痛ましいものを見る目で見ている保護者4名の視線もいつも通りだった。
「(まあ学校の宿題なんて30分もあれば十分終わるんだけど······それより厄介な大きい宿題があるからなぁ······)」
調べて見ると、既に茅場晶彦氏は東都工業大学を卒業しており、大学院に進学こそしているものの、今年で卒業するらしい。流石に就職されてしまうと接触が一気に難しくなるし、接触は今年の内にしておきたい。
「さて······、僕もちょっと出かけてくるね」
紺野家の車が見えなくなるまで見送った後、父さんと母さんに出かける旨を伝える。
「宿題は大丈夫なの?」
「藍子にはあんな風に言われちゃったけど、実は昨日のうちに終わっちゃってるんだよね。まあそのせいで約束の時間に遅れちゃったんだけど」
「······まあ、やるべき事が終わっているのなら父さん達が言う事は何も無いな。ただ、十分に気をつけるんだよ」
「分かってるって。大丈夫だよ」
心配そうにする(精神面は兎も角、肉体面はまだ小学校低学年だから当然だけど)2人を安心させるためにニカッと笑い、手を振って家を出る。まあ実際には宿題は終わるどころか手を付けてすらいないんだけどね。噓をついたことへの罪悪感はあるけれど、早いうちに接触しないと取り返しのつかないことになる。今年に入ってから僕を急かすように『夢』を見る頻度が多くなっている事から察するに、早く動かないと手遅れになりそうだ。
東都工業大学重村研究室。重村教授を筆頭に、天才的な頭脳を持った学生達が山ほどいる魔境。その中でも群を抜いた天才が茅場晶彦氏だ。当然、天才の感覚というものは僕のような凡人には到底理解できない。交渉は至難を極めるだろう。
「······まあ、それ以前の問題だったんだけどさ」
無人の大学構内で立ち尽くす僕。完全に迷ってしまっていた。この大学のだだっ広さをナメていた。入口で地図を確認したにも関わらず、現在地を完全に見失ってしまった。
「あ······」
「む······?」
とにかく出口を探そうと手近な階段を降りようとした時、丁度下から上がってきた茅場氏に遭遇した。
「············」
目が合った瞬間こそ僅かな驚きが顔に出ていた茅場氏だったけど、一瞬後には再び無表情に戻ってしまった。そのまま通り過ぎようとする。
「あ、あの!」
緊張を押し殺して声をかける。無視されてそのまま行ってしまう事も想定していたけど、幸いなことに足を止めてくれた。
「何か?もし道に迷っているのであれば、この階段を降りれば······」
「いえ、そうではなくてですね······。えっと、茅場さん」
一度深呼吸をして呼吸を整える。無機質さすら覚える彼の目を見て話すと嫌が応でも神経を削られてしまう。こうして一呼吸挟まないと、舌が絡まってまともに話せなくなってしまいそうだった。
「
僕の問いかけに対し、目の前にいる男性は目を見開いた。
「······フム。確かに、君が通常ではあり得ない体験をしたことは事実のようだ。だが、それを聞いて私に何をしてほしいのかね?」
場所は変わって、重村研究室。流石に日曜日にまで大学に来ている人は少ないのか、室内には僕達以外の人影は無かった。茅場氏が淹れてくれたコーヒー(大分濃いめのブラックだった。小学生に出す物じゃないと思う)を飲みながら『夢』の事を話した。
「単刀直入に言います。『彼』の研究結果を発表するために助力を頂きたい。対価として、僕が見た『夢』の内容を可能な限り詳しくお教えします。正真正銘の
「······君は、私の研究を知っているのかね?」
「詳しいことは何も。ただ、貴方が『完全な仮想世界』を実現することは知っています。後は、僕の推測でしかありませんがその動機は『別世界』への興味、或いは執着なのかな、というくらいですね」
そう答えた直後、茅場氏の顔に浮かんだのは······落胆?安堵?そういった様々な感情が入り乱れた、複雑としか言えない表情だった。
「だが、君の話が正しいのであれば、私は自力でも目標を達成するのだろう?」
「それはそうですね。ですが、貴方はそれで満足するんですか?完成度を求めるのであれば、参考になるかもしれない知識は値千金だと思いますが」
「············」
顎に手を当てて考え込む茅場氏。値踏みするような視線からは、僕に協力する事で得られる対価と協力する労力とを天秤にかけていることが読み取れた。
「······いいだろう。君の言う通り、私の求める世界は完成度が高ければ高いほど良い。具体的な方針はあるかね?」
永遠にも思えた数秒の
「一応、多少は考えていますが······長くなるので後ほどメールでお送りさせて頂いてもいいでしょうか?」
時計の針は午後3時を指していた。帰る時間を考えるとそろそろ帰らないと、暗くなるまでに家に帰り着かない。流石にそれは避けたかった。
「おっと······。もうこんな時間だったか。確かに、見るからに小学生の君は早く帰るべきだな」
「ええ。僕が迷子になんてならなければ、もう少し時間もあったんですが······」
「いや、初めて来たのであれば、迷うのは仕方のないことだろう。斯く言う私も、迷わずに目的地まで行けるようになるまでは少々時間がかかった」
茅場氏もやっぱり迷った事があったのか。ただの慰めかもしれないけど、少しだけ気が楽になった。
「ありがとうございます。遅くても今晩にはお送りしますね」
「ああ。それと、君さえ構わないのであれば、出来れば対価は対面で受け取りたいのだが」
対面で?······ああ、メールとか電話じゃなくて、直接顔を合わせて話を聞きたいってことか。
「日曜日なら僕は問題ないですが······茅場さんは大丈夫なんですか?お邪魔だったりは······」
「卒業できる程度の博士論文であれば既に纏めてある。卒業までは『完全な仮想世界』についての研究を進めようと思っていた。君の話を聞くことは私の研究にも大きく関わってくるのだ。遠慮する必要はない」
この人マジか。博士論文って1つ書くだけでもかなり大変な筈なのに、もう完成してる上にさらに別の研究までやるとか······。口ぶりからして、いま出来ているのはあくまでも予備で、メインはこれから進める『完全な仮想世界』に関してみたいだし。控えめに言って化け物かな?
「と、取り敢えず、これが僕のメールアドレスです。茅場さんのは······」
「ああ。研究関連の連絡はこのアドレスに設定している。このアドレス宛にメールを送ってもらえれば、一両日中には確認しよう」
連絡先ゲット。一応これからの行動案は複数個作ってあるから、帰り次第速攻で送信することにしよう。
「ありがとうございます。それじゃ、失礼しますね」
「ああ。······そうだ。おおまかではあるが、ここから入口までの地図を渡しておこう。また迷子になっても困るだろう?」
「アハハ······。確かに。有難く頂きます」
意外と面倒見いいなこの人。『夢』だと自分の研究以外全く興味がない、言ってしまえば冷徹な人に見えたけど。
「ふぅ······」
研究室を出た瞬間、安心感からついため息が漏れた。第一段階は無事に突破できた。後は治療が間に合うかどうかだけだ。
「倉橋先生にでもコッソリ頼もうかなぁ······」
茅場氏······いつまでもこの呼び方は堅苦しいから茅場さんでいっか。茅場さんから貰った地図を頼りに歩きながら呟く。臨床検査として一刻も早く投与できないものかな。効果は保証するし、深刻な副作用だって勿論ない。数十人分の人生を丸ごと捧げて作り上げた薬を甘く見ないでもらいたい。まあ未知の物を患者さんに使うわけにもいかないから机上で有効性を検討するのは当たり前だし、理解できるけど。
「っと、出口だ。ホント、だだっ広かったなぁ······」
流石は数年間日常的に通ってるだけあって、茅場さんの描いてくれた地図は正確で分かりやすかった。
「時間は······3時半か。早めに帰って宿題片付けなきゃ」
帰りはどこかで迷うようなこともなく、無事日が暮れる前に帰り着く事が出来た。
「······蒼、宿題は終わったと言わなかったか?」
噓がばれて父さんに怒られたけど。他のことなら兎も角、嘘に関してだけは厳しいからなぁ、父さん······。