ソードアート・オンライン ~より良き未来を目指して~ 作:KXkxy
茅場さんとの話し合いに気を取られていたけど、先週から新学年としての生活がスタートした。
と言っても、小学生なんて進級したところで生活が大きく変わったりはしない。精々が教室の場所が変わったりクラスメイトが変わったり、後は担任の先生が変わる程度だ。ついでに言うなら、僕としては今年も変わらず木綿季と藍子と一緒のクラスということもあって全く変わった気がしない。2人以外に友達いないし。
そんな代わり映えのしない日々を過ごして半月。新しいクラスにも違和感を感じなくなり始めた頃、僕の生活にも大きな変化が起こった。
「それじゃ、おやすみ~」
「うん、おやすみ」
「また明日ね~!」
いつからか恒例となった、窓越しの2人との会話。毎日一緒に登下校したり遊んだりしているのに、話すネタが尽きないんだから不思議だ。
「ふぅ······。ちょっと遅くまで話しすぎちゃったかな」
時計は10時半を指している。普段は9時半か、遅くても10時までで切り上げているのを考えると大分遅くなってしまった。普通に暮らせているとはいえ病人の2人に申し訳なく思いつつ、速やかに電気を消して床に就く。
「(はぁ······。予知夢じみた夢で警告してくれるのは有難いけど、こう毎日毎日続くと参っちゃうよ······。この件で今の僕が出来ることは全部やったって言うのに······)」
夢に思いをはせる。別に警告がいらないってワケじゃない。けど、毎日夢を見せるのは勘弁してほしかった。寝ること自体が憂鬱に思えてしまう。
「(まあ······夢自体は······悪く、ない······んだけどさ······)」
無念に満ちた夢だし、正直に言ってしまうと見るのが辛い夢だ。けど、あくまでも僕は
目を開ける。と言っても、実際の僕は目を閉じて眠りの世界だ。正確には『意識を開く』と言えばいいんだろうか。
「(これは······いつもの夢じゃ、ない?)」
場所は学校。これまでの夢で学校が出てきたことは無かった。時間帯は······赤く染まる教室から夕方だと推測できた。
「ねえ聞いた?あの噂······」
「聞いた聞いた。けどビックリだよねぇ。まさかこの学校にビョーニンが通ってたなんて······」
「ビョーニンが来るんじゃねぇよ。ビョーキが感染るだろ」
気づけば、教室の中には僕以外にも多くの人影があった。何かを囲むように円を形作っている。聞こえてきた、というよりは頭に響き渡るような声には覚えがある。2人と仲良くしていた同級生のものだ。
「まさかあの2人が、ねぇ······?」
「ねぇ。私も初めて知ったわ」
「学校にも何も言わないなんて、一体何を考えてるんだ。非常識にもほどがあるだろう!」
今度は先生方の声。同時に、人影が作っている円の外周に一回り大きな人影が現れる。
「ビョーニン、ビョーニン、ビョーニン家族~!」
「ビョーニンは家から出てくんじゃねーよ~!」
近所の悪ガキ達の声。他にも様々な人の声が聞こえ、その度に『何か』を囲む円は大きく、人の密度は高くなっていく。そしてその渦中で罵声を浴びているのは······
「ッ!?」
後ろ姿しか見えないけど、見間違えるハズがない。見慣れた後ろ姿は間違いなく木綿季と藍子だった。
「(これ、は······)」
何だ?考えるまでもない。2人がHIVキャリアであることが不特定多数の人に広まった場合に起こることだ。学校中からつま弾きにされ、家に帰っても近所の人からの白い目線に晒される。2人の背中は震えていた。表情が見えなくても、ロクに声が出せなくても、彼女達が深く傷ついていることは疑いようがなかった。
「オマエら、セービョーなんだってな~!」
「『ふしだら』なんだって母ちゃんが言ってたぞ!や~い、ふしだら女~!」
地獄のような光景は続く。そして流れ込んでくる『天野蒼』の感情。嫌悪、怒り、悲しみ、虚しさ······。その全てが今までの夢で感じたモノよりもはるかに大きかった。特に怒りなんて、もはや『殺意』と形容してもいいかもしれない。
「······ッ!」
堪え難かった。『コレ』が僕の前で、実際に起こっていることなら幾らでも干渉できる。勝手なことを言う奴らを殴ってやれるし、2人を庇うくらいはできる。けどコレは『夢』でしかない。どんなに手を伸ばそうと、どんなに口を開こうと、僕はこの光景に対して何一つ干渉できない。目の前で苦しんでいる2人の女の子を、庇うことも守ることもできやしなかった。
「······ッッ!」
唇を嚙む。お腹の底から湧き上がってくる無力感が僕のモノなのか、それともこの光景を見ていた『天野蒼』のモノなのか。答えは出なかった。
「アァァァァァァァァァ!!!!」
叫び声を上げて飛び起きる。真っ暗な部屋に響くぜぇぜぇという音が自分の呼吸音だということに気づくまで数分を要した。
「今の······夢、は······?」
いつもの夢とはかけ離れた夢。いつもの夢よりも遙かに地獄のような光景だった。
「ッッ!」
このまま寝直す気にもなれず、電気を点けてパソコンでメールを起動させて茅場さんへの新規メールを作る。深夜だから迷惑だとは思ったけれど、とてもじゃないけどじっとしてなんかいられなかった。
「え~っと、『夢の内容が変わりました。内容は······」
たっぷり2時間ほどかけて、出来る限り詳しく『夢』の内容をまとめる。今まで見ていた夢が生ぬるく思えるほどの悪夢。アレと同じようなことが起きかねないとか、考えただけでため息が出てきた。
「とりあえずはこんな感じかなぁ······」
メールを書き上げ、茅場さんに送信する。気づけば気分も少し落ち着いていた。夜中だから迷惑かと思わないわけじゃなかったけど、電話と違ってメールはいつ見てもいいんだし、何より本人が「何かあればすぐに連絡してくれたまえ。夜中だろうと気にする必要はない」って言ってくれたし。
「あ、返信きた。こんな時間でも起きてるのかあの人······」
文字通りあっという間に返信がきてビックリする。時計を見ると3時半。あの人、まともに寝てるのかな······?
「ま、僕が気にしてもしょうがないだけどさ······。え~っと、『了解した。とはいえ、1度だけではただの夢という可能性も否定しきれない。また何度か同じ夢を見るようであれば改めて連絡して欲しい。私も近いうちに予定を空けておく。詳しい話はその時に』か。『否定しきれない』って言う割には予定を空ける気マンマンな辺り、最初から否定する気無いなあの人······」
矛盾したような文脈にクスリと笑う。気分も落ち着き、心情的にも寝てもいいんだけど、時計が示す時間は朝の4時ちょっと前。寝るにはちょっと中途半端な時間だった。
「何やろうかなぁ······。宿題···は、もう終わってるし、ゲーム···は2人と一緒の時の方が楽しいし······」
寝坊覚悟で寝直すしかないかと思った時、ふと机の上に置かれた1冊の本が目に入った。茅場さんが「どうしても寝られない時に読むと良い。君にとってはいい睡眠導入剤になるだろう」と言って渡してくれた本だった。
「試しに読んでみようかな······。ベッドの中じゃなければ寝坊はしないだろうし」
机に向かい、本を開く。タイトルは「プログラミングの全て」······。茅場さんの著作らしい。資金稼ぎの一環で書いたんだろうなぁ。
「まあいいや。え~っと何々······」
タイトルで察しはついていたけど、プログラミングに関する専門書だった。プログラミング言語の種類に始まり、本の半ば程度で簡単なプログラミングが、最終的には単純なゲームが作れるようになることを目標ということになっていた。
「なるほどねぇ。コレは確かに、小学生にとっては睡眠導入剤だ」
僕にとっては逆効果だったみたいだけど。元々好奇心の塊みたいな性格してるからね、僕。ここ何年かは『夢』で知ってる事ばかりなせいで満たしきれなかった好奇心がチクチクと刺激される。
「··················」
「
「······ハッ!?」
扉越しに聞こえる母さんの声で現実に戻ってくる。完全に熱中してしまっていた。時計の針は7時半を指している。たっぷり3時間以上も読みふけっていたみたいだ。
「お、起きてるよ。今から着替える」
「良かった。降りてくるのが遅いから寝坊でもしてるのかと心配しちゃったわ。朝ご飯、出来てるからね」
そう言い残して階下へ降りていく母さんの気配。危ない危ない。声をかけられなかったら一日中夢中になって読んでたかもしれない。知らないことを知る楽しさに耽りすぎた。
「全然睡眠導入剤じゃないよ茅場さん······。いや、あの人ならこのパターンも予想くらいはしてそうだけどさ」
あの人は間違いなく天才だ。天才故に他の人とはちょっとズレている所があるけど、頭の回転は決して悪くない。というか理論的、論理的な思考であの人に勝る人は『夢』の中でさえ見たことがない。そんな人がこの程度すら予想してないとは考えられなかった。
「まあいっか。学校の勉強だけじゃあ退屈過ぎだったし、ありがたいや」
ぶつくさ言いながらも着替え、身支度を整えてリビングに向かう。あの『夢』と同じようなことが本当に起こるのか、起こるとしてもいつなのかは全然見当もつかないけど、それまでは今まで通り、何も考えずに遊ぶ事にしよう。