ソードアート・オンライン ~より良き未来を目指して~   作:KXkxy

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 夢の内容が変わってから1週間。案の定と言うべきか、毎晩のように同じ内容の夢を見続けていた。堪え切れずに飛び起きて、内容を茅場さんにメールで送って、プログラミングの本を読んで自分を落ち着かせる。そんな日々が続いていた。

 

「ソウ、大丈夫?」

 

 いつも通り、2人と一緒の登校。お隣から出てきた藍子が開口一番にそう訊いてきた。

 

「大丈夫って?」

「ソウ、最近あんまり寝てないでしょ?気づいてないのかもしれないけど、目の下に隈あるし」

「えぇ!?そーなのソウ!!?」

 

 木綿季は気づいていなかったのか、びっくりした顔でこちらを見てくる。······参ったなぁ。結構気をつけてたつもりだったんだけど、藍子の目は誤魔化せなかったらしい。

 

「まあ、ね。最近ちょっと夢見が悪くってさ。寝てはいるんだけど、途中で飛び起きちゃうんだ」

 

 ヘタに誤魔化すと後が怖い。幼馴染としての直感でそう感じ取り、観念して話すことにした。流石に夢の内容までは言えないけど、上手く寝れていないことくらいは伝えておく。

 

「夢見が悪いって······悪い夢?」

「悪夢だね。しかも、これ以上ないってくらいのヤツ」

 

 それは大変だね、と苦笑いする藍子。何年にもわたって肝心なところを誤魔化し続けていることに罪悪感がチクチクと刺激されるけど、こればっかりはおいそれとは言えないことだ。少なくとも、2人の方から秘密を打ち明けてくれるまでは。

 

「(とは言っても、あの『夢』みたいなコトがこれから起こるって考えるといつまでもこうしてはいられないんだろうけど······)」

 

 それでも、まだ暫くはこの居心地のいい距離感を続けたかった。

 



 

「さて、君からのメールで確認してはいるが、改めて話を聞かせてもらっても構わないかね?」

 

 時は流れて日曜日。僕は漸く時間が取れたらしい茅場さんと顔を合わせて話し合っていた。

 

「ええ。夢の内容はメールで書いていた通りなんですが······」

 

 誰にも相談できなかった分、後から後から言葉が湧いてくる。夢の内容だけではなく、それに対して感じた感情や、どうすればあの光景を見ずに済むのかという愚痴、そして、コレを相談できない、2人に隠し事をしなければならない事への罪悪感まで。洗いざらい全てをぶちまけてしまった。

 

「ふむ······。どうすればその光景から逃れられるか、か。確かに、回避手段は幾つか考えられるな」

 

 指を1つずつ立てながら、その『回避手段』を挙げる茅場さん。

 

「1つは『学校に行かない事』だな。少なくとも、同級生や教師陣からの被害は抑えられるだろう。また、速やかに引っ越しを行う事で近隣住民からの被害も回避できる」

 

 サラリと言ってくれるけど、どちらも一朝一夕で出来る代物じゃない。僕は兎も角、2人共特に何の理由も無く登校拒否ができる性格じゃないし、引っ越しなんてそれこそ簡単にできることじゃない。

 

「2つ目は『君が守る』事か。もちろん、同級生や教師陣、近隣住民からの被害そのものが減るわけではないが、理解者がいるというだけでもまだマシだろう?付け加えるなら、君が対象に含まれればその分被害が分散し、1人当たりの被害が小さくなる可能性もある」

 

 さっきの案に比べるとかなり現実的な話だ。確かに、味方がいると思えるのと思えないのとでは雲泥の差があるし、茅場さんの考え通りに被害が分散してくれるなら願ったりかなったりだ。2人が『ソウにまで迷惑かけるなんて······』ってなりかねないのが懸念といえば懸念だけど。その辺り気を遣う性質(たち)だからなぁ2人とも。

 

「後は······教師陣に話を通しておく、というのも1つの手ではある。特に養護教諭や保健体育担当の教師であれば、ある程度の理解が得られる可能性は高いだろう」

 

 先に先生方に話しておく、というのは盲点だった。正直なところ、あの『夢』を見た後だとイマイチ信用できないけど······。

 

「まあ今挙げたのはあくまで私の意見だ。参考程度の認識で構わない」

「いえ。ありがとうございます茅場さん。特に3つ目の考えなんて完全に盲点でしたし、良い刺激になりました」

 

 お礼を言うけど、茅場さんの表情に目に見えた変化はない。せいぜい口元が若干緩んだ程度か。ポーカーフェイスにも程があるでしょこの人。

 

「僕の話はこのくらい······あ、そうだ。茅場さん、この間貰った本のことなんですけど」

「本?······ああ。私が書いたプログラミングの書籍かね?」

「はい。一言お礼が言いたくて。あんなに面白いものをありがとうございます」

「面白······。君はアレを理解できたのか?」

 

 隠し切れない驚きの感情が茅場さんの瞳の奥に見える。本当に睡眠導入剤のつもりで渡してきてたのかこの人。

 

「まだ途中までしか読んでないので全部理解できるとはまだ言えないですけど、読んでいる範囲は理解していると思います。『夢』のせいで新鮮味が足りてなかったので良い刺激になってます」

 

 2人と過ごす日々は楽しいけど、こと『学び』に関してはもう全て知っている内容ばかりで退屈していた。それを救ってくれたのが茅場さん謹製の本だったんだ。

 

「······どうやら私は君の『夢』のことを少々侮っていたようだ。せいぜいが平均的な中学生か高校生程度かと思っていたのだが······」

「一部抜粋とはいえ、数十人、もしかすると百人規模の人生を視てるんですよ?学力だけなら今すぐにでもその辺の大学に入れるくらいはあります」

 

 冗談抜きで。ヘタすると天才(ひしめ)く重村ラボクラスの場所でもやっていけるんじゃないかってレベルだし。専門分野が違うから重村ラボそのものでは無理だと思うけど。

 

「君には驚かされてばかりだな······。それと、本については気にしなくても良い。資金集めの一環として出版しようとした試作品に過ぎない」

「試作品って······。かなり立派に製本してありましたよ?」

「ああ、一度出版社に持って行ってね。見本刷りとして手元に送られてきたものの、その時には既に資金面の不安が無くなっていたため出版そのものをキャンセルしてもらったものだ。故に気にするほどの物でもない」

 

 いやサラッと何言ってんだこの人。振り回される形になった出版社の人たちが不憫でならない。っていうか見本刷りまでしたのに出版キャンセルなんて出来るの?いや出来たとしても余りにも酷い。自己中とかそういうレベル超えてるよこの人。これだから天才は······。

 

「まあ貰えるものは有難く貰っておきますけど······茅場さん、もう少し常識を学ばれた方がいいのでは?」

 

 チクリと刺してみる。流石に今の話を聞いて黙っていることは出来なかった。どう考えても関係各所に迷惑かけまくってるし。

 

「······検討しておこう」

 

 あ、ダメだこの人。検討はするけど改善するつもりはないって目が語ってる。この傍若無人な天才を制御するのは人類には早すぎたんだろう、きっと。

 

「それより、1つ君に提案があるのだが」

「提案?」

 

 この人がわざわざ提案してくれるなんて珍しい。相談すればある程度は聞いてくれるし質問にも答えてはくれるけど、向こうから何かを提案してくれたことはほぼ無い。というか、最初に協力条件を決めた時くらいだったと思う。

 

「君も知っての通り、私の目標は完全なる仮想世界を創り出す事だ。いわばVRMMOの実現、といったところか」

「仮想現実のオンラインゲーム、ですよね。世界観の構想は······あるんでしょうね、多分」

「勿論だとも。空に浮かぶ鋼鉄の城。私が幼い頃より思い描いていた世界だ。その世界の実現のために生きてきた、と言っても過言ではない」

 

 やっぱりと言うべきか、世界観は必要以上に練られているようだ。茅場さんが小さい頃から、ということは少なく見積もっても十数年。それだけの時間をたった1つの世界に充てれば、世界観は相当クオリティの高い所まで到達しているだろう。

 

「既にハード本体であるナーヴギアの開発において、私が関わる段階は終わっている。私の目標を達するための時間は十分に確保できるのだが、社内全体としてはナーヴギアの方にリソースが取られていてね。君に協力を要請したい。勿論、適切な対価は払わせてもらおう」

「協力、といっても具体的にどういった内容ですか?僕に出来ることなら可能な限りお手伝いしますけど、流石に僕が出来ないことをやれと言われても無理ですよ?」

「そこまで無理を言うつもりはない。そもそも君の社会的立場は未だ小学生。開発までの時間を考慮しても中学生になるかならないか、といったところだろう。社会的に責任能力が無い以上表立っての依頼は難しいが、人手は多いに越したことは無い。プログラマーの1人として、主にプレイヤーが使用する『スキル』関連の開発と調整を依頼したい」

 

 スキル、か······。ある意味ではゲームにおいて最もプレイヤーに近しい存在だ。モンスターと戦うにもスキルは使うし、場合によってはアイテムを作ったりするのにも使う。RPGにしろアクションにしろ、スキルが無いゲームというのはそうそう無いだろう。アドベンチャーゲームとかは例外だけど。

 

「僕個人としては受けさせてもらいたいですけど······いいんですか?ゲームの中で1,2を争うくらいの重要な要素をこんな子供に任せても」

「そこまで不安に思うことは無い。君の思考能力は既にそこらの大人と同等かそれ以上に至っている。それに、ある程度の指針はこちらで用意する。君はそれに従って細部を考え、実装し、テストと調整を繰り返してもらえばいい」

 

 判断材料の1つとして、茅場さんは自分の中にあるというイメージを語ってくれた。普段のポーカーフェイスは変わらなかったけど、その声はいつにも増して熱を帯びており、相当な思い入れがあることを否応なく教えてくれた。

 

「······ここまで言われて、熱く語ってもらって、断ったら男が廃るってヤツですね。分かりました。引き受けさせてもらいます。けど、学校とか家族にはどう説明すればいいですかね?」

「ご家族には折を見て私から連絡しよう。学校だが······君の『夢』から察するに、近いうちに厄介なことになるのだろう?その後にも登校するというのであればそれも君達の自由だ。しかし、事前に逃げられる場所を作っておく、というのも1つの手ではないかね?」

 

 2人くらいならテスト要員として幾らでも誤魔化せるだろう、と言う茅場さん。この人も何だかんだ悪い人じゃないんだと思う。致命的に不器用で、天才故に人とは少しズレた思考回路を持っているだけで。

 



 

「それじゃ、今日はありがとうございました、茅場さん」

「ああ。私としても中々に有意義な時間だったよ。色よい返事も貰えたことだ。今後はより一層開発に励み、君達の協力を得られる段階まで早急に進めることにしよう」

 

 茅場さんからの依頼は正式に受けることにした。契約は未成年にはできないから親に説明しに行く際にしてもらうか、或いは手伝いという扱いにするつもりらしい。後者の場合はお金は貰えないものの、現物支給という形で報酬を用意すると言っていた。

 

「さて······、依頼も受けたことだし、より一層プログラミングを身につけないとね」

 

 決意を新たに家路を辿る。茅場さんに相談する前の不安は大分小さくなっていた。依然として頭の痛い問題ではあるけれど、茅場さんから行動指針のアイデアも貰ったし、仮に『夢』の通りとなってしまっても逃げ場所まで用意してもらえた。後はその時の状況に応じて臨機応変に動くしかない。一度腹をくくってしまえば、不安に思っているヒマなんて無かった。

 




至らぬ箇所の指摘・感想などお待ちしています。
至らぬ点があっても指摘されないと気づけないことが多いので···

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