串に刺さった何だか分からない物をもっきゅもっきゅと独特の擬音を立てて噛む(感触と味的にはイカに近いかな…)
「…リーファちゃん良く食べるわねぇ…リアルでもそうだったり…?」
リアルの事を聞くのはマナー違反、になってるのが暗黙の了解だ。とは言え…元々は単にネットにおけるリアルでの身バレを防ぐ為のルールでしか無かった(いや実際にバレたらそれはそれで色々面倒な事にはなるだろうけど)だけど、今はもう帰れないリアルを思い出して悲観してしまう…と言うもっと重い意味を持つ様になった。
アルゴさんによると、私たちがこの世界に閉じ込められて最初の頃は…ただ何の気無しに本来なら身バレだってしない程度のリアルの事を聞かれただけでいきなり発狂し、そのまま自殺したプレイヤーも少なからず居るとか…
それはそうと…私は食べていた物を飲み込んでから答える。
「…ふぅ。あの、アスナさん…もしかして私が腹ペコキャラか何かだと思ってたりしません…?」
「違うの?」
きょとんとした顔で首まで傾げられたら…心外に思うよりも本当にそう見えるのか、と感じてしまい寧ろ落ち込みたくなる…
「…ごめんなさい、気にしてたなら謝るわ…」
「…そこまで気にしてないんで良いですよ。私は向こうでは運動部だったんで同年代の女子より食べる方だったのは認めますけど…別に、そこまで食に飢えてた訳じゃないですよ。」
実際問題、間食するにしても余計な脂肪があまり着くと竹刀を我武者羅に振ったくらいじゃ中々増えた体重落ちなくて大変だから食べる物については気も使ってるし、量もちゃんとセーブしてた。家での食事だって…普段両親が居ない事が多かったから私が自分で作っていたしね…
「とてもそうは見えないけどね…」
「今この場で私がたくさん食べてるのは……この世界に来てからろくに食事を楽しんだ事が無かったからだと思います…」
キリト君を最優先に考えた時、削るのは必然的に睡眠時間と食事だった…初めの内はテスターだったキリト君が私を引っ張る側で…穴場の宿に泊まれたり、食事に至っても決して見た目が良いとは言えないゲテモノを食べた事も有ったけど…実際、味はそう悪くなかったなんて事も有った…でも、月夜の黒猫団の一件が有ってからは完全に自分の事は二の次になった…寝るのだって本当に仮眠レベルだし、食事だって削った。
……そうでもしないと、私は…キリト君…ううん…カズ君を守るなんて出来無かった。
「寧ろ久しぶりに会ったら、攻略の鬼なんて言われて…攻略に邁進していたアスナさんがだんだん丸くなって行ったのが私には不思議なんですけどね…」
「……ふぅ。だって…貴女の弟のキリト君がいつの間にか攻略に出て来なくなって、その事をいくら問い詰めても貴女何も言わないし…挙句の果てに『私がキリト君の穴を埋めます。それで…何も問題は無いでしょう?』…なんて、どう見ても最初の頃の私以上に思い詰めた顔で言うんだもの…心配するじゃない…」
「…えと…つまり、私の事を気にして…攻略を急がなくなったんですか…?」
「…貴女たちに…私たちが無理をさせ過ぎたのかなって…思ったのよ。だから、私だけでもせめて…少しでも支えて上げられないかなって思って。」
「…何で、そんなにしてくれるんですか…?」
「…貴女たちに私は助けられたから。あの日、貴女たちが声をかけてくれなかったから…きっと私、一人で走り続けて…いつか擦り切れて死んでたと思うから。」
「私とキリト君があの日貴女に声をかけたのは…たまたまですよ…?」
「分かってるわ。それでも、よ。」
「……」
「最も、結果的に話が拗れただけだったけどね…私が声をかければかけるほど貴女意固地になって…キリト君以上にヒールでいようとするし…」
「キリト君の代わりをするって決めてましたから…誰かがヘイトを請け負わないと攻略がまともに進まないじゃないですか…」
「キリト君が貴女に望んだのは…そんな事じゃないでしょう?」
「私に出来る事はそれしか有りませんでしたから。」
キリト君の背負った「ビーター」の汚名を背負う事が…あの日キリト君を置いて…見捨ててしまった私の罪滅ぼし…私があの時あの場にいれば…もしかしたら状況は違ったのかも知れない…
そう、本当は分かってる…サチさんだけを責めるのはお門違いで…あの日の事は間違い無く私にも責任が有る…少なくても黒猫団の内に有った問題に私だけは気付いていた…あの時の不和を少しでも取り除いていれば、それだけで違った展開になっていたのかも知れない…
決して攻略組にはなれなくても月夜の黒猫団と言う、絆によって結ばれたあの暖かいギルドは…今も存続していたのかも知れない…
ifの話をしても意味なんて無いし、傲慢な事を考えてるのは分かってる…でも、そう思わずにはいられないのだ…
「アスナさん…悲劇の引き金を引いたのは…誰だと思いますか…?」
「何を言ってるの…?」
「月夜の黒猫団の崩壊の原因は…誰にあったと思いますか?」
私がそう聞くとアスナさんは胸の前で腕を組んで考え込む……しばらく待っていると口を開いた。
「……あくまでも第三者としての意見よ。私は…結局誰が悪かったとかじゃないと思う。」
「……どう言う意味ですか…?」
「リアルでもここでも…元々別に珍しい話じゃないのよ…恋愛感情が元で仲が良かったグループが崩壊するのは…」
「死人まで出してて、有り触れた話だって言うんですか…?」
「気を悪くしたなら謝るわ。でも、リアルなら死人が出る程話が拗れる方が本当は稀なの…仮にこの事件が起きたのが"ここ"じゃなかったら…状況は大きく変わっていた筈よ。」
「それで納得しろって言うんですか…?」
「するしか無いのよ、死んだ人に構うのはリアルに帰れてから…今は気にしていてもどうにもならないのよ。」
「…それじゃあ残された私たちは…帰れるかも分からないリアルで、贖罪を求めるしかないんですか?」
「そうよ、少なくても貴女以外の当事者はきっとそう結論を出してる……だからアルゴさんに会ったからとは言え、サチさんもキリト君に向き合う為に会いに来たし…キリト君も攻略に復帰しようとしたんでしょ?」
「…何ですか、それ…じゃあ私だけだって言うんですか…?前を向いて無いのは…」
「そうよ。私たちは、死人を踏み越えてでも今は生きてリアルに帰るしか無いの…最も、無理は禁物だけどね…背負うのは…生きてないと出来無いもの。」
言葉は冷たく突き放す様で、それでいてアスナさんは私を真っ直ぐ慈愛のこもった目で見ていた。
「やっぱり…強いですね、アスナさんは…」
「貴女やキリト君が教えてくれたのよ?心の棘の痛みに苦しんでるだけじゃ結局何も変えられない…もっと痛いとしても引き抜かなきゃ…前には、進めないもの。」
「その先が…もっと深い茨の道だとしてもですか?」
「何回刺さっても引き抜いて進むわ…苦しくても一人じゃなきゃ、進み続けられるの。」
「……私には出来無いですね「何言ってるの」え?」
「一人じゃないって言ったでしょ。貴女一人で進む必要なんて初めから無いのよ。」
「……私を…導いてくれますか、アスナさんは…」
「貴女がもし…私と同じ物を見てくれているなら…いくらでもその手を引いてあげるわ。その代わり、リーファちゃん…私が潰れたら、貴女も私の手を引いてくれる?」
「……じゃあ、私も貴女に付き合います…最後まで。」
そこでアスナさんが悪戯気な笑みを浮かべる。
「死が二人を分かつまで?」
「…プロポーズですか、それ?」
「どうかしら?私、このままだと相手見つからなさそうな気がするのよね…せっかく、信用出来る人が見つかりそうな世界に居るのに…」
死が身近なこの世界…確かにここで知り合った異性が最後の最期まで裏切らなかったら…それはリアルでも良好な関係を築いて行けるかも知れない…
「こんな世界で婚活してるのは…貴女くらいじゃないですかね…」
「だって…歳の離れた人との見合い話が多いのよ、私みたいな家の生まれだと…」
最初に会った時から何処か浮世離れしてるな、とは感じてたけど…どうもこの人は良い所のお嬢様だったらしい…さて、それは置いといて…私の返事はもちろん…
「それは遠慮します。申し訳無いんですけど、同性の趣味は無いんで。」
「いや…私も無いけどね。」
「大丈夫ですよ、アスナさんならすぐに良い人見つかりますから。」
「……簡単に言わないで。この世界で私に寄って来るのって…正直リアルで見合いをした人の方がまだマシかな、って思うくらいろくでもない人しか居ないんだから…」
「そうなんですか?」
「リーファちゃん、倫理コードって知ってる?」
……要するにあからさまに身体目的の男しか寄って来ないって意味なのは伝わった…まぁ私はそれ以上に思い出した事は有るから…自然と歯切れは悪くなる…
「あー…まぁ…はい…」
「……相手は、レコン君?」
「……分かります?」
「リーファちゃん、他に候補居るとしたら正直キリト君くらいじゃない…それとも、もしかしてキリト君とも?」
「……キリト君が求めて来たら、そうしたかも知れませんね。多分、お互い恋愛関係には…ならないでしょうけど。」
「…ちなみにレコン君の事…好きなの?」
「…正直、まだ良く分からないです…しちゃった時も私から自棄になって誘っただけなんで…いざしたら色々、少しは吹っ切れた様な気はしましたけど。」
「……」
「そんな顔しないで下さい、リアルでは処女なんでノーカンですよ。」
「いや、この状況で貴女の事を心配なんてしないわよ…レコン君が不憫だな…って、思ったの。」
「やっぱりそう思います?」
「そりゃあねぇ…だってレコン君、本気でしょ?」
「でしょうね…結構前からアプローチかけられてますし…」
あれだけしつこく、それもストレートに言われ続けたらどんな鈍感でも分かると思う…
「応えてあげる気が無いなら、そう言うのは不誠実だと思わない?」
「だから…保留ですって。リアルでは処女なんですから…私も本気になったらあげますよ、もちろん。」
「そんな簡単に捨てられる物なの?」
「…う~ん…別に処女である事に誇りを感じたりとかはしませんし、避妊くらいは気にしますけど…まだ学生の私たちには出来ても育てられませんし…あ…」
自然と、流れで将来の事を思い浮かべた所で思い出した事が有った。
「どうしたの?」
「そう言えば私たちの学歴って…どうなるんでしょう…?」
「……言わないでよ、忘れようとしてたのに…」
「アスナさん、確か17って言ってましたから…二年前ならまだ中学生ですよね、もしかして私立入ってました?」
何処と無く育ちも良く、頭も良さそうなアスナさん…多分そうじゃないかと思って聞いてみた。
「言わないでって言ってるのに…ええ、オマケに卒業間近で…受験勉強中だったわ。」
「ずっと聞こうと思ってたんですけど…アスナさん、正直ゲームに興味無さそうに見えるんですけど…何でここに?」
「貴女も人の事言えないじゃない…私の兄がね、ナーヴギアと一緒にソフトを買ってたんだけど、サービス開始日に予定が出来ちゃって行けなくなったの…それで私は…何となく兄が好きな世界を見てみたくなって…その、勝手に借りたの…少し見たらすぐ戻れば良いと思って…まさか、帰れなくなるなんて思わなかったから。」
「そうだったんですか…」
「ちなみに貴女は?」
「私ですか?私は…キリト君に誘われたんですよ…最近弟との時間が取れなくなってたから…たまには良いかなって…私も…帰れなくなるなんて思っても見ませんでしたし…」
「…私たち二人とも、自分の兄弟が切っ掛けだったのね…」
「アスナさんは…お兄さんと仲は良かったんですか?」
「う~ん…昔はともかく、あの頃はあんまり…歳も離れてたし…でも、だからこそ…同じ世界を見たくなったんだと思う…」
「そうですか…」
私はキリト君と仲はかなり良い方と言えるから、それについてアスナさんに言える事は特に無い…
「その点、貴女たちは仲が良いわよね。」
「……色々、有りましたから…ここに来る前に既に色々…」
時々家に遊びに来るだけの男の子が突然弟として一緒に住む事になった…その事に戸惑いが無かった訳じゃ無い…でも、最初の頃はあくまで一緒に居る時間が増えただけで対応はきっと変わらない筈だった…キリト君が傷を抱えて居なければ…"姉"として支えて行こうなんて…子供だった私が決意するなんて事は先ず無かったと思う…
「…さて、と。そろそろキリト君と団長の試合の時間だけどもう良い?お腹一杯になった?」
「ええ、大丈夫です。」
「そう。それじゃ、行きましょうか。」
勝てないとは思うけど…最愛の弟の晴れ舞台…高揚しない訳が無い…あ…
「どうしたの?急がないと始まっちゃうわよ?」
「レコン、どうしてるのかと思いまして…」
キリト君の事を考えていて、彼の兄の様に振る舞う奴の事を今思い出した…
「……私と出て来る時連絡しなかったの?」
「……実を言うと…はい、そうです…」
「……移動しながら連絡しましょう…どうせ行き先は同じになるでしょうし、探してもこの人混みだと多分見つからないから…向こうで合流しましょう。」
「はい…」