IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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まずは一言。

この作品は原作のISとはストーリーや世界観的に乖離しています。原作のような雰囲気を楽しみたいお方はお控えになった方がよろしいと思われます。



それでもよろしいという方は、こちらからお楽しみください。


プロローグ

平和、今の世を表す言葉の一つ。誰もが納得し、誰もがそうだと断言するもの。

 

 

 

それが表す意味は、争いもなく、差別もなく、誰も死なないというもの。それはきっと、とても素晴らしいものなのだろう。

 

 

だが、人それぞれの意味がある。誰かが語る平和は、その人から見た平和だ。その裏側でどれだけの悲劇と絶望があっとしても、何も知らない彼等は今日も平和と謳うのだ。

 

 

 

その平和の為に成り立った犠牲を、許せぬ者の前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────世界中の諸君。私の話が聞こえてるのであれば、耳を傾けて欲しい』

 

 

 

ある日の昼間。

世界中のネットワークが一斉にハッキングされた。テレビ中継もいつの間にか乗っ取られ、たった一人の放送を映し出す。

 

 

『私は八神宗二、この名を知る者は少なくないだろう。自分で言うのも何だが、私は世界的に多くの兵器の開発に携わった科学者だ。知らぬ者はいないかもしれない』

 

 

それは、壮年の男性であった。垂れ下がった黒髪の一部が白く染まって、年老いているようにも見えるが、中年というには何処か若々しくも見える不思議な特徴の人物だ。

 

 

 

そして、彼は八神宗二と名乗った。

当然だ。この世界で彼の名を知らぬ者はいない。いるのならば、それはまだ幼い子供や小学生くらいだ。

 

 

八神宗二博士、彼は国連に所属する兵器を開発する科学者であった。最早神の才能とも呼ぶべき頭脳と技術で、彼は無数の兵器を生産してきた。それはかつての国々の戦力とは明らかに差のある、圧倒的なものであった。

 

 

核ミサイル発射施設を占拠したテロリストの無力化や外国各地での扮装を犠牲者ゼロで終わらせた実績からしても、彼は英雄と称されて良い程の働きをしたのだ。

 

 

『さて、君達は疑問に思っている筈だ。何故この私がこんな放送をしているのかと。理由は単純だとも、これから私の行う事を世界中の皆に、何の差別もない事を、ちゃんと知って貰う為だ』

 

 

だが、今の彼は前とは違う。

そう思える人間は何人いただろうか。少なくとも、彼を最も知る者ならば分かっただろう。言い替えれば多くの人間が、博士の異変に気付かなかった。

 

 

 

だからこそ、八神博士は狂ったのだ。世界が、一部の人間が隠した一つの凄惨な事件によって。彼は、凄まじい破滅願望に飲まれてしまった。

 

 

 

 

それは最早、誰にも止められない。

狂ってしまった以上、確実に殺すまでは止まることはないだろう。

 

 

『私は、世界を滅ぼそうと思う。うむ、一人残らず滅ぼそうと思っている。老若男女、あらゆる人間を絶滅させようと考えている。これはその為の前座、初演に過ぎない。君達は私の言う事が嘘だと言うかもしれない。だからこそ、ちゃんとした情報として教えてあげよう』

 

 

その上で、博士は冷徹に、或いは残酷に告げる。

 

 

『百発以上のミサイル。私の開発したミサイル全てがただ今、発射された。────狙いは日本。島国一つを焼け野原にする程の数と威力だ。まずは初演だとも、君達が生き残る事を幸に祈る。

 

 

 

 

 

 

だがこれから、私は破壊と暴虐の限りを尽くす。そして世界を滅ぼす。初演が終わり次第、私の計画は確実に実行されていく。君達は終わりゆく世界を前に祈るか、私を止めに来るがいい。私も邪魔者は抹殺してでも破滅を遂行する。宣戦布告というヤツだ、よく分かるだろう?』

 

 

それが、嘘ではないことは即座に判明した。後に映される映像は日本に向けて飛来するミサイルの映像だ。まるで一つの塊のように一斉に空を覆っているのだ。

 

 

それだけではない。

博士の凶行は世界中を飲み込み、混沌を引き起こさんとしていた。

 

 

 

 

 

『………何故、と思うだろう。私が、何故このような事をするのかと』

 

 

 

『君達は、私を一度失望させた。君達人類の怠慢と傲慢が、私をこうさせた。絶望のあまり、私は君達を許すことが出来なかった。だが、私の教え子たちがいる以上、私はまだ希望を抱いている。もし、君達が。数年後、その本質が変わることがなかったのならば──────』

 

 

 

─────君達の愚かさが、世界を滅ぼす。他ならぬ、君達が生み出した憎悪と私の残す呪いによって。

 

 

 

 

 

 

数日の出来事は様々だった。

八神博士の操る兵器群────新世代の兵器は圧倒的であった。無人機であったそれらはかつて博士の普及させた現代兵器を駆逐し、防衛の為に戦う軍人達を容易く無力化し、大国を陥落させていった。

 

 

博士の指揮下にある兵器は並大抵の通常兵器では諸ともしない。世界は圧倒的な兵器群の前に、全滅を余儀なくされていた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ある時。

世界に、一つの可能性が見出だされた。

 

 

 

 

 

 

それは博士が初演として起こした事件、日本に向けて放たれた百発のミサイルによる爆撃であった。本来は首都や多くの街を焼き払う筈であったが、現実はそうならなかった。

 

 

 

突如現れた謎の白い騎士。

レールガンなどの装備を軽々と扱う強化鎧。日本すら認知しない謎の兵器は、いとも簡単にミサイル群を撃墜して見せた。

 

 

その兵器は、IS。

 

八神博士の弟子であった篠ノ之束が開発した代物。博士が引き起こした戦争を止める、それだけの為に篠ノ之束はISという技術を世界へと伝播させた。

 

 

 

それが、己の夢を踏みにじることになると知りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………愚かだな、人間は」

 

 

ポツリと、平行線しか映さない海原を見渡した八神宗二が呟く。太平洋の中心に差す場所に存在する海平、そこには天にも届くであろう建造物が存在していた。

 

 

 

名を、『ユグドラシル』。

巨大な大樹に見えるような造形とその名は、八神博士の作った、特別なネットワークを全世界に広めるためのアンテナだ。彼は宣戦布告と同時に、この場所を占拠し世界中の無人兵器を操っていたのだ。

 

 

彼は無人兵器を通して常に世界を観察していた。彼等が自身の教え子の作った装備を、どのように使っているのか、どのように感じているのか。

 

 

 

その姿を見て、博士は呟いたのだ。先程の独り言を。

 

 

 

 

────違う、断じて違う。

それはそんなものではない。私の可愛い教え子の作ったそれは、本来そんな用途ではないのだ。そう使わせているのは、あの子が私を止めたかったからだ。私の間違いを、止めようとしたからだ─────

 

 

なのに、彼等は嬉しそうに宣っていた。これは最強の兵器だと。これならば、八神博士という巨大な悪を打ち倒し、平和な世界が望まれると。

 

 

────平和な世界?

それはお前達の都合の良い世界だ。自分達が得をする為なら戦争すら起こす醜い豚どもが。気安く平和を語るな。私を悪と決めるな。あの子の作ったISを、兵器などと一緒にするな。あの子の願いの結晶を、私達が造ってきた殺戮の代物なんぞと─────!!

 

 

 

 

 

激情に身を焼かれていた八神博士だが、すぐに何かに気付いたように大人しくなった。凄まじい程の憎悪と殺意が緩和していき、鳴りを潜める。

 

 

 

 

その理由は簡単だ。

この場に誰かが訪れようとしているからだ。並大抵の軍隊ならば難なく滅ぼせる絶対的な防衛システムを突破し、大規模な戦火を引き起こした自分を倒そうとする英雄が。

 

 

 

 

 

「────博士。いや、先生」

 

 

その領域に踏み入ってきたのは、白き騎士。中世の騎士のような姿をしたもの、それこそが勝利を確信していた八神博士を敗北まで追い込んだ新兵器 IS、そしてその中でも最強である『白騎士』であった。

 

 

凛とした少女の声に、八神博士は両腕を広げて軽く笑う。

 

 

 

「適任だな。私の最後を見届けてくれるのが君で良かった。君は私の教え子の中で最も強い子だからね…………だからこそ、私の我が儘に付き合わせることは避けたかったが、束やアイザックでなくて良かったと思うよ。………………こんな役回りを任せてしまった君には、申し訳が立たんがね」

 

 

ISを纏う少女は、八神博士の言葉を黙って聞いていた。それから聞き終えて、静かに問い掛けた。

 

 

「何故、こんな事をしたんですか」

 

「意地悪だな、君も分かっているだろう?」

 

「………………えぇ、それは何より」

 

 

フッ、と軽く笑い、博士はゆっくりと振り返った。広がった海原を見つめながら、彼女に向かって言う。

 

 

「さて、君にはこの世界がどう見える?」

 

「…………」

 

「私の視界は前とは変わらない。他のものに興味が湧かなかった。ただそれが、見えるもの全てが憎くなった。あらゆるものが不愉快になったのさ。私から全てを奪ったのに、平和であるこの世界がどうしても許せなかった。だからこんな事をした。

 

 

 

 

 

私から家族を奪った奴等を、国々を、この世界を、私はどうしても許せない。それは今でも変わらない────私には、変えられなかったんだ」

 

 

自嘲するようにそう言い、八神博士は懐に手を伸ばした。握られていたのは、一丁の拳銃であった。

 

それを白騎士に向けることはなく、黙って見下ろす博士。しかし、ポツリと、悲しそうな声で漏らした。

 

 

 

「こんなつもりでは無かったんだがなぁ……」

 

 

『IS』の本来の用途を、在り方を知っている。

だからこそ、この銃と同じく『武器』へと成り立てたISに、八神宗二は酷く悲しんでいた。

 

これではもう、『彼女』の夢すら奪われる、と。

 

 

 

「私はせめて、あの子の夢を叶えてやりたかった。だが、こんな風になるとは…………いや、思わなかったではないな。私は別の可能性を信じてた。が、無意味だった。あの子の理想とは全く相反する現実にしてしまった。私は二度も、信じた世界に裏切られた」

 

 

人類を一度破滅へと追い込む。そうすれば彼等は考えを改めると信じていた。だからこそ、こんな大きな戦争を引き起こしたのだ。

 

 

なのに、彼等は変わらなかった。

一度善意を裏切られた博士は、もう一度信じてみたのだ。人の可能性を。

 

 

それが所詮は幻想であっと知らされる。人々の様子を見据え、八神博士は再び絶望したのだ。

 

 

どうしようもない、屈託した笑みを浮かべる博士。そして自身の頭部に拳銃を強く押し当てる。驚きを隠せない『白騎士』を片手で制しながら、博士は引き金に力を入れる。

 

 

 

 

「─────すまない、千冬。すまない、束。すまない、ザック。不甲斐ない先生を、一生許さないでくれ。私はもう、この世界では笑えなくなってしまったんだ」

 

 

 

 

言い終わった瞬間、一発の銃声が鳴り響いた。そして、人が崩れ落ちる音が続く。

 

 

 

 

そして、ISを纏った少女───『白騎士』が元凶たる博士の死を告げた事で、世界を中心とした大規模テロは幕を下ろした。

 

 

八神宗二。

テロリストとなり世界を滅ぼそうとした凶悪な学者。破滅を望んでいた彼の死によって、この戦争『第三次世界大戦』は幕を下ろし、世界はISを中心とした新しい時代へと変わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、刻は進み。

 

 

ISという最強の兵器が君臨してから、世界は大規模な変化を示した。実質的に言えば、価値観が変わったのだ。

 

 

ISを扱えるのは女性のみ。それによって女性全体が自然と立場が上になり、女尊男卑が現実的になってしまったのだ。それが原因で様々な影響を与え、世界は大きく変わっていった。

 

 

ISの力を求めた国々はISの開発者である篠ノ之 束に更なるISを求めた。しかし彼女は何を思ったのか、何百のISのコアを残して、姿を消した。

 

 

彼女の痕跡を探り続ける国々を余所に、一つの国の統治者はある程度を悟っていた。きっと失望したのだろう、今の我々の姿を、と。

 

 

 

 

更に刻が進んだある日。

ISが当たり前になった世界で、ある例外が起きた。

 

 

 

ある一人の青年が、ISを扱えたのだ。

本来女性しか使えないISを、男が。

 

 

織斑一夏。

ISとの接触の経緯は偶然ではあるものの、彼こそが男でありながら、世界で初めてISを操縦できた青年であった。

 

 

 

 

世界は驚愕すると共に、すぐさま動き出した。男がISを扱えたのなら、同じ存在が他にもいる筈だと。世界規模で捜索を始め、IS操縦者を探し出すことに一心となった。

 

 

 

その結果、もう一人見つかった。よりによって、最初の一人と同じく、日本にて。

 

 

 

 

 

 

 

名を、蒼青龍夜。

 

彼こそが世界で二人目の男性IS操縦者。この世界に大きな影響をもたらす、もう一人の人物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────数日前、アメリカ所属のIS部隊が演習中、指名手配されている危険テロリスト集団 「アナグラム」の襲撃を受け、二名のIS操縦者が死亡しました』

 

 

病院の中央ホール。

通院を待つ人々が不安そうにテレビに流れる映像を見詰める。そこに映るのはISという兵器を纏い、何かと交戦する女性の姿。しかし、すぐさま彼女の近くにミサイルが飛来し、爆音と共に中継された映像が途切れる。

 

 

そして、画面中央になんらかのマークが浮かび出す。交差する剣と銃、その中心に『ANAGRAM』と刻み込まれた瞳が。

 

 

『テロリスト集団「アナグラム」。一年前に誕生したその組織はISに類似した兵器を操り、世界に宣戦布告しました。

 

 

 

彼等は「腐敗した世界に粛清を、我等の手で真の平和を取り戻す」、と。滑稽無糖と思われる彼等の宣言ですが、それに賛同する者達が世界中から集まっています。国連が予想した人員は既に五千人を越えているとの事です』

 

 

 

『………正直言って、単なるテロリストですよ?共感する人の気持ちが理解できませんよ。だって今はどの国も戦争しない、平和な時代なのに、わざわざ戦場を作ったりして、彼等は時代に取り残された野蛮人に過ぎませんよ』

 

 

上品そうに眼鏡を押し上げる女性の言葉に、進行役と思わしき男性がそうですよねと苦笑いをしながら同調していた。

 

 

本気でそう思っているというよりも、そうしておいた方がいいというような顔だ。無理もない。このご時世であれば、彼の形振りは強ち間違いではないのだ。

 

 

 

………嫌な世界だと、青年は思う。

自分の名前が呼ばれる前に、彼は座っていた座席から立ち上がり受付の看護師に単刀直入に言う。

 

 

「……………6A04室の蒼青零の面会に来ました」

 

「あぁ、蒼青さんの………………え、もしかして貴方」

 

「すみません。内密にお願いします」

 

 

短く言うと、スタスタと離れていく。エレベーターは避け、階段を上っていき、ついに目的の部屋へと辿り着く。

 

 

扉を開ける前に、彼は自身の髪を手入れし始めた。しかしすぐに変わるくらいのものだ。目頭を揉み、深く息を整えると、扉を開け放った。

 

 

 

「────来たよ、姉さん。病院生活、大変だった?」

 

「…………あら?もう来たの、リューヤ。貴方も用事があったんじゃないの?」

 

「まぁ、色々と。姉さんも大変なのは同じでしょ?」

 

 

部屋の中心、真っ白なベットの中で、一人の女性がいた。光に照らされて輝きが見える黒い長髪。病服越しにでも分かる豊満な胸。おっとりとした優しい表情。

 

 

彼女こそが、蒼青零。

この青年、蒼青龍夜の家族であり、姉である人だ。昔は態度の悪かった龍夜を窘めることが多く、彼からしても頭が上がらない女性だ。

 

 

そこから世間話が続いた。

楽しそうに談笑する姉に、龍夜は何かを覚悟するようであった。

 

そして、意を決したように、告げる。

 

 

「ねぇ、姉さん。俺さ、ISを動かせたんだ」

「…………え?」

 

 

ポカンと、呆然とする姉に、龍夜は詳しく話し始めた。

 

「つい最近、男性操縦者が見つかって。全国の検査で、俺もそうだって発覚したんだ…………世界では他にいないらしくて、前の人と俺で二人だけなんだって」

「あらぁ………」

 

 

龍夜の手を握っていた零は、嬉しいのか優しく笑う。その様子に、龍夜が悲しい顔をしているのも知らず、彼女は彼の手に両手を重ね合わせた。

 

 

「それは良かったじゃない。貴方がISに乗れるなんて、昔から好きだって言ってたわよね?なら、夢が叶うわ。それなら、()()()()()()()()()()()()()も喜んでくれるわ」

「………姉さん」

「あぁ、そうだ。なら早く連絡してあげないと………きっと喜ぶ筈よ。だって貴方が頑張ってくれたんだもの、きっと帰ってきてくれるわ。その後は、百合姉さんや義兄さん、親戚の叔母様もお呼びして、皆で──────」

「姉さん」

 

 

強めの言葉に、零は思わず振り返った。戸惑いを見せる彼女に、龍夜は宥めるように話す。

 

 

「───父さんと母さん、義兄さん達にも話した。凄く喜んでくれた。けど、やっぱり大事な仕事が終わらないんだって。まだ帰ってくるのが分からないってさ」

「………あら、そうなの?」

「仕方ない。俺達も分まで働いてくれてるんだから、仕方ないんだ………」

「残念だわ、今度こそ皆でいられると思ったのに」

 

 

目に見えて落ち込む姉に、龍夜は元気づける。少しだが、元の様子に戻った姉の姿に、安堵しながら龍夜は立ち上がった。

 

 

「ごめんね、姉さん。もう行くよ」

 

 

ゆっくりと、手を離す龍夜に、零は少し寂しそうであった。彼女は自身の目元─────そこにある何枚にも巻かれた布に手を当てる。

 

 

「悲しいわ。()()()()()()()()()、貴方の事を助けてあげられるのに」

「俺はもう、助けてもらった。今度は俺が姉さんの為に頑張る…………応援して、ほしい」

「えぇ、分かってるわ……………リューヤ、頑張ってね」

 

 

 

 

部屋から出た後、青年は髪をかきわける。温和そうだった目つきも鋭さを増し、姉の前で振る舞っていた優しい弟とは全く違う─────冷徹な仮面(ペルソナ)へと切り替える。

 

先程と同じ人間とは思えない、そんな印象を感じさせる程の変化だった。

 

 

病院から出ていった彼は、誰もいない路地を進む中、ポツリと漏らした。

 

 

 

「────正しい平和には、抑止力が必要だ。どんなに強い力を抑える、バランスがいる。それが無いから、今の世界は歪んでしまった。平和と謳われた影で、様々な悲劇が生み出される」

 

 

それを変える者は、この世にはいない。力を有していたとしても、そのチャンスすら与えられない。だが、自分は違う。

 

 

「凡人どもは何も変えようとしない。才能のある奴は変えられるまで至れない。だから世界は変わらない。ならば」

 

 

この世で二人しかいない、男性操縦者の一人に選ばれた。変革を為す事が出来る人間として、猶予を与えられたのだ。

 

ならば、やることは決まっている。

 

 

 

「────俺が、この世界を変える。世界や無能どもの為ではなく、他ならぬ俺自身の為に」

 

 

これは使命だ。

誰かがやらないなら、俺がやらなければならない。誰にも出来ないなら、俺がしなければならない。

 

 

 

それが、蒼青龍夜という人間に与えられた義務なのだ。他の人々とは違う才能、全能を有していた自分が産まれたのは、この時の為だったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────余韻に浸ってる所悪いけどさ、少し問題があるよー。リュウヤ君』

 

 

 

ふと、鼓膜を叩く高い声が響いた。

しかしこの場に龍夜に話しかける者は誰一人としていない。この路地を歩いているのは、蒼青龍夜────一つの例外を除けば、彼だけしかいない。

 

 

 

当然だ。声の主はこの場に、この世界にはいない。より正確には、この()()()()には。

 

 

 

 

 

ポケットから取り出したスマホを起動させる。すると、画面一杯に妖精のような少女が浮かび出す。

 

 

 

白い神秘的な服に包まれ、背中から円を描く紋様の翼。鮮やかに輝く、翡翠の瞳に神々しい金色の長髪をなびかせる天真爛漫そうな笑顔を浮かべる少女。彼女はスマホ内部で短く欠伸をしながら、ふよふよと漂っていた。

 

 

 

「どうした?ラミリア」

 

 

ラミリア、それが彼女の名前だ。

彼女が何者か説明するには、決まって一つの言葉で十分だ。

 

 

彼女は、蒼青龍夜が自分をサポートをする為に設計し、開発した自己学習型のAIなのだ。ネットワークに接続される事で、ネットワークのあらゆる情報を学び、人格面で成長しながら、蒼青龍夜の不足した知識や経験を補う役割にいる。

 

 

『この先の十字路の右側、ワゴン車が待機してる。ナンバープレートが外されてるから、リュウヤ君を拐おうとしてるのかもしれないよ』

 

「………………」

 

 

当然ながら、ラミリアの言うことに嘘はない。むしろ信憑性しかない。

 

彼女は電子上を移動出来る人工知能だ。今も近くのカメラや位置情報から、その情報を確認したのだろう。

 

 

今時の自分を狙う者など予想できる。

ISを操縦できる男性は、モルモットに相応しい。判明した当日も、何人もの正装の人が自分の身体を「解剖」をしたいと迫ってきたが、当然ながら断らせて貰った。

 

 

最初は何処の研究機関も煩かったが、最近は音沙汰もなく自然消滅したと思っていた。が、まさか密かに誘拐までしようとは思わなかった。…………厳密には、そこまでデメリットしかない事を仕出かすとは思いにもよらなかったのだ。

 

 

放っておくが一番だが、見逃しておくのも癪だ。

 

 

 

「ラミリア。近くの監視カメラの映像から撮れたか?」

 

『バッチグー!オマケにワゴン車の人のスマホにハッキングして命令した研究機関も見つけたよー。わーお、大手企業もバックにいるねー。これがバレたら株価が大暴落だよー!』

 

「匿名でその映像と証拠を送れ。奴等もバレてると分かったら下手な真似は出来ないはずだ。ついでにマスコミにでも言い値で売りつけろ。情報料は小遣いにしていい」

 

 

 

うわーいっ!やったぁ! と喜ぶ電脳少女の横に、龍夜はすぐさまUターンして別の道を進んでいく事にする。

 

 

 

「仕方ない。回り道をするか、取り敢えず自宅から一番離れた通路のマッピングを」

 

『あー、自宅も止めといた方がいいよー。さっきから記者が凄い群がってるんだよねー。うん、もう凄い。ここら辺付近も探しに来るかもしんないよ』

 

「…………情報もちゃんとしてるホテルの表示を。今日は泊まって明日から入学の準備をしよう」

 

『りょーかいっ!ラミリアちゃん全力で頑張りまーすっ!』

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

明かりが少ない研究室。

一人の女性がキーボードを叩きながら、他の作業に明け暮れていた。

 

 

「ふーん♪ふふん、ふんふーん♪」

 

他人から見れば忙しいとしか言えない作業。それをほぼ同時に行いながらも、彼女は楽しそうに鼻唄を歌っている。淡々と、いや素早い動きで何かを行う女性だが、現時点でミスは存在しない。

 

 

 

知らない者からすれば有り得ない事であるが、知っている者ならば当然の話である。

 

 

 

何故なら、彼女こそがISを作り出した天災────篠ノ之束(しのののたばね)だからだ。

 

 

そんな彼女だが、ピタリと動きを止める。彼女の動きに連動するように、少女の声が一人だけの部屋に響いてきた。

 

 

『束様。此方に秘匿回線からの連絡が入っています』

 

「ちーちゃんか、ザックのどっちかだったよね………チーちゃんが好きで掛けてくる訳もないし─────繋げていいよ、クーちゃん!」

 

 

少女が応じた瞬間、束の近くに立て掛けられた大型モニターが起動する。画面に砂嵐が浮かんでいたが、少しずつ映像が投影され始めた。

 

 

 

 

『────何のつもりだ、クソ兎』

 

 

唐突に、そんな言葉が投げ掛けられた。そして画面に映るのは、ボサボサと尖った金髪の男性。黒いスーツを着崩した、目つきが鋭い人物。

 

男は豪華な机の上に脚を乗せながら、画面越しにいるであろう束を睨んでいた。

 

 

「およ?何のつもりって何?束さん語彙力無い言葉は分からないよー?ほら、もう少しまともな言葉でさ」

『二人目の男性IS適合者。何故わざわざ奴を庇うような真似をした』

 

 

束の煽りに対して、男は気にした素振りすらない。それどころか、ワインの入ったグラスを揺らしながら、語気を強めた口調で問い質してくる。

 

 

男の言うことは明白であった。

二人目のIS適合者、蒼青龍夜。彼の存在を認知した政府は一時彼を拘束した。理由は簡単、彼に後ろ楯がなかったからだ。一人目のIS適合者である織斑一夏は最強のIS操縦者が身内にいる以上、好き勝手は出来ない。

 

 

だが、何の庇い立てもない蒼青龍夜は違った。だからこそ、政府は彼を何処かの研究機関へとモルモットとして送ろうと考え、男は己の会社へと引き込もうと画策していた。

 

 

 

 

しかし、何よりも先に、篠ノ之束は政府へと干渉した。突如回線をハッキングした彼女の要求は単純なものであった。

 

 

 

 

───彼をIS学園に入学させろ、と。

 

 

それだけの通告であった。

最早モルモットとかの話ではない。政府のお偉いさんは顔を青ざめさせながらもすぐさま動き出した。

 

 

 

 

「あぁ、そういうことね。そりゃあそうだよねぇ?二人目のIS操縦者は一般人、後ろ楯がない人間。つまり勝手に拉致して解剖しても代替えはあるから問題ない。けど、後ろ楯になって影響を与えることも出来る。そうすれば他の国ともタメ張れるようになるから、喉から手が出るほど味方につけたい訳だよねぇ?

 

 

 

 

 

 

アメリカ大企業 エレクトロニクス機社現社長 アレックス・エレクトロニクス。いや、前の名前で呼んだ方がいいかな?アイザッ────」

 

 

『黙れ』

 

 

通話越しの男性の声が低くなった。同時にガシャン! と砕ける音が響き渡る。

 

 

男────アレックスが手に持っていたグラスを砕いたのだ。ビタビタ、と足元にワインが溢れ落ちる。紫色の液体の中に混じった赤が、アレックスの手の中から流れ出していた。

 

 

遠くから足音と慌てたような声が響いてくる。扉開け放たれた音が聞こえると、アレックスは『気にするな、下がれ』と言い切る。

 

 

机から手当用品を取り出し、自身の手に消毒液を掛けるアレックス。痛さなど感じないという淡々としながら、彼は強く睨みつける。

 

 

『貴様の嫌がらせは慣れている。だが改めて言っておく。その名は棄てた、愚かな弱さと共にな。わざわざそれに干渉する気であれば此方も手段を選ばんぞ』

 

「ふーん、まぁいいよ。束さんはあんまり興味なんてないしねー」

 

 

軽く笑う束に、アレックスは眼を細める。

 

 

『貴様の性根は変わらんな、先生の元にいた時………先生が貴様を連れてきた時の方よりかはマシか』

 

 

『故に、貴様の人柄は先生やオレも知っている。己の妹と親友の千冬、その弟である織斑一夏────例外で先生、対応も悪いがオレ以外の人間はゴミと見下している数知らぬ天災。貴様にとって蒼青龍夜も、単なる有象無象の一つではないか。世界中に脅しかけてまで庇う価値がアレにあるのか?』

 

 

 

彼からしても、かつての彼女は酷かった。

自分が認めた以外の者を劣等種として侮蔑し、その辺の石ころのように扱う。

 

アレックスも同じ先生の元にいた際、彼女に自分の研究をとことん貶され、欠陥だらけと嘲笑われた。思えば自分と彼女は犬猿に等しい仲であった。

 

 

 

だからこそ、だ。

あの天災が、自分以外の人間に失望し姿を消した筈の彼女が、何故二人目のIS適合者を庇うのか。

 

 

男でありながらISに適合したから、などという陳腐な理由ではないだろう。そんな事なら適当に無視するか、拉致してモルモットにでもするだろう。

 

 

脳ミソから人間関係というものを除去したようなこの女が、一体あの青年に何故手を出すのか。

 

 

 

僅かな沈黙と共に、天災はあっさりと答えた。

 

 

「まぁあるよ?ちゃんとした理由が、ね」

 

『…………ならばいい、一々詮索してやる気もない。だが、これで奴を此方に引き入れる理由を失ったか』

 

 

隠すなら探りようはあったが、こうも簡単に言われてしまえば引き下がるしかない。さほど気にも止めてないアレックスの言葉に束は不思議そうに首をかしげた。

 

 

「引き入れる?………そんな事考えてたの?」

 

『まぁな。別に可笑しい話でもないだろ』

 

「いやぁ、普通過ぎてねぇ。他の連中と思考回路が同じだったからさ」

 

『………チッ、とことんコケにしてくれる』

 

 

不機嫌そうに唸るアレックスだが、目付きから鋭さを消すことなく束を睨み付ける。しかし憎い相手に向けるような敵意ではなく、自分の心を圧し殺したような冷たさを見せつけながら。

 

 

『───警告しておくぞ、束。もしお前もオレの敵になるのならば、例え同じ兄弟弟子でも容赦をするつもりはない。

 

 

 

 

 

オレの無限がお前の無限インフィニットを越える。その時を座して待っていろ、天災。貴様を宇宙ソラから引きずり下ろすその時を』

 

 

そう言いきると、アレックスの姿は画面と共に消え去った。常に敵愾心剥き出しの男の姿がなくなり、ようやく彼女は笑顔を溶かした。

 

 

 

代わりに、諦めたような小さな笑みを溢す。

 

 

「………………変わったよね、ちーちゃんもザックも」

 

 

自分が、いや自分達が変えた世界から逃げ出したかつての少女は思う。

 

 

かつての友は本気で世界を変えようと、今も表舞台で必死に動いている。そして、かつての悪友は胸に秘める憎悪を押し殺し、たった一つの目的の為に表舞台で暗躍している。

 

 

未来を信じて進もうとする者と、過去に囚われて破滅を望む者。なら、自分は一体どちらを優先させるべきなのか。

 

 

 

 

天災は、分からない。

何がこの世界にとって正しい事なのか。たとえ彼女が世界に類を見ない─────たった一人、例外を除く────全ての人類を越えた天才だとしても、その答えだけは思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

──────だが、やるべき事は分かっていた。

 

 

 

 

『────「彼女」を、君に託す』

 

 

数年前に送られた未知のシステム。

それは正直、天災である束にもお手上げというべきの代物だった。正体不明のブラックボックスそのもの。

 

誰が届けたものか、そう思った彼女だが、同じように届けられていたボイスレターの音声に、耳を疑った。

 

 

『「彼女達」は鍵だ。世界を滅ぼしもするし、生かすことも出来る。担い手により、「彼女達」はその使命を優先する』

 

 

死んでいる筈の恩師。

かつての大戦で大罪人として歴史に残された哀れで愚かな、彼女が未だ尊敬している人。

 

 

その人の声が、数年先に届いた録音機に残っていた。

 

 

『心配しなくていい、担い手は「彼女」が選ぶ。だが、最後にして最初の一人は自ずと理解できるさ。()()()、彼こそが────世界を変える者だ』

 

 

数年前から託された約束。

それを果たすべく、篠ノ之束は今も密かに動く。

 

 

 

 

世界を左右する『鍵』を、担い手に託すべく。




解説




八神博士

無数の兵器を操り、世界を破滅に導く第三次大戦を引き起こした凶悪犯罪者。現時点で死亡しているが、彼の悪行と悪辣さは十年を過ぎても途絶えることはない。


アナグラム

ISや国連に対して不満を持つ国際テロリスト集団。差程危険視してない世界各国に対し、国連は彼等に強い警戒を示し、殲滅行為を繰り返してきた。

最近、ISを撃退する快挙を実現したことでその規模を強めている。



天災

原作のような黒い兎ではなく、ちゃんと綺麗な白い兎さん。最近年下の子に興味があるとか。




主人公の解説は次にさせていただきます。それでは
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