「アナグラム………だと?」
名乗り上げた青年の言葉に、龍夜は冷静に聞いていた。開こうとしないゲートの前に群がる人だかりから混乱に包まれた悲鳴が聞こえるが、龍夜は気にせずアリーナの方を睨みながら思考に暮れていた。
多国籍連合革命軍 アナグラム。
国連や多くの国からはテロリストとして警戒されている一方で、一部の世間や小国からは革命の英雄として応援されている組織。
かつて国連による掃討作戦を行われたと聞くが────もしその噂が本当ならば、彼等は国連の軍勢を打ち破った事になる。博士しか製造できない筈の兵器を持つならば、それも有り得る。
あの兵器、龍夜が知る大戦のものとは欠け離れている。機体も性能も、あの大戦で運用された個体よりも強化されたものだ。旧式のISで圧倒できたとはいえ、当時の戦力では手も足も出なかった兵器の改良型。その脅威は甘く見積もるべきではないのは周知の事実だ。
(だが…………それだけで学園に攻め込めるか?)
にも関わらず。
鼻面に皺を寄せ、龍夜は自身の考えをまとめていた。何か、嫌な予感がするのだ。あの青年、ゼヴォドとやらの余裕。ISの恐ろしさを理解していながらも、対処できるという自信が見え透いている。
(確かに、あの兵器やアリーナの遮断シールドを破壊したあの兵器は強力だが、それでもISの方が兵器としての価値は上だ。そのISが多く集まるこの学園に襲撃をしてくるってのに、あれだけの戦力で良いのか?)
ISに存在する絶対防御。
シールドエネルギーがゼロになった際、発動する無敵の防御。それがある時点でIS操縦者に死の恐れは無いに等しい。絶対に安全、確実に死なないという事ではないのだが、今までIS操縦者が死亡したという経歴はなかった。
──────アナグラムの戦闘で起こった、唯一無二の例外がなければ。
少し前のニュースでもアナグラムとの戦闘でIS操縦者が死亡したと話は聞く。ニュースの補足では、ISのエネルギーが失くなった状態で奇襲され、ISを纏えずに死んだと言われていたが、実際にそうかは分からない。情報統制されている可能性もかる。
────何があるのか。
奴等がISに対抗できる切り札を、まだ隠し持っているのか。それがアナグラムという組織が滅ぼされることなく、現存し続けられている理由なのか。
そんな風に思考を働かせていると、龍夜に声を掛ける女子達がいた。龍夜と比較的に仲の良い部類に入るクラスメイト達だ、まぁ積極的に話し掛けてくれるぐらいだが。
「ちょっと龍夜くん!何してるの!?」
「早く離れないと!私達も巻き込まれるから!」
「………いや、無理だな」
心配して連れていこうと促すクラスメイト達に、龍夜は冷静に言う。この状況は大方理解できているらしく、壁に配備されたコンソールを何度か触れる。そして観客席を真上から示すマップを見せながら言う。
「全てのゲートがロックされてる。大方、奴等の仕業だろう。教師達に手を出させないようにする人質というべきか」
「ひ、人質……?私達が?」
「織斑千冬を足止めするための手立てだな。これならば確実にあの人は動けない。無理矢理にでも動けば生徒を殺す、実際にその気はなくても抑止力にはなる。逆に言い返せば、俺達に手を出すのは相手も避けたい筈だ」
人質を取るという戦術は確かに有効だが、いつまでも使えない。それは彼等は分かっている筈だろう。実際に人質を始末して牽制するなんて、アナグラムの立場を失墜させる要因にもなり得る。
故に、龍夜はアナグラムが自分達を攻撃しないと踏んでいた。アナグラムという組織が、世間一般から正義の組織と見られている事実を考慮したものだ。
だがそれでも、万が一ということもある。
「壁際に寄れ、今の人混みの数だと返って巻き込まれる。今現在は奴等の動き方を見るしかない」
自分に声をかけてくれた彼女達にそう言い、後ろへと促す龍夜。最初は戸惑っていた二人だが、一緒について来ていたのほほんとした少女────名を布仏本音────がすぐに言う通りに動いたのを見て、彼女達も従っていた。
だが、龍夜としては言いたいことが一つ。
「………何で寄り掛かる?」
「んー?ダメだった~?」
「別に」
そう言っていると、動きがあった。
観客席の壁に取り付けられたスピーカーが、ブツッと反応する。それから、マイク越しに響く声が聞こえてきた。
『────あー、えー、観客席の皆さん。お静かに、お気持ちは分かりますが、今は大人しくいただければ幸いです』
アリーナに侵入してきたゼヴォドなる男の声だ。どうやら耳元のインカムをアリーナのスピーカーに接続したらしく、他の観客席にも響いているらしい。
しかし、観客席の落ち着きは消えることはなく、大声で叫ぶ声が何度も響いていた。それは次第に苛立ちや怒りの声にもなり、ゼヴォドに対する怒りが溢れていた。
何時まで経っても喧騒が静まらない様子に、言っても無駄と判断したゼヴォドが呆れたように、深い息を吐く。倦怠感に包まれたそれは、面倒だという彼の心情を表現していた。
だが、次の瞬間。
パァン! と、銃声が鳴り響く。空砲ではない、実弾だ。
インカムは相当高性能なのか、銃の音は当然ながら、薬莢が地面に落ちる音まで捉えていた。
先程までの騒がしさから一転、驚くほど沈黙に包まれた観客席。全員の視線が、アリーナのゼヴォドへと集中する。
機械に包まれた左手に銃を持ち、空に向けて実弾を撃ち放ったゼヴォドは銃をゆっくりと下ろし、右手を前へと伸ばす。
人差し指を口の前に出し、静寂を求めるように小声で告げる。
『────シーッ、静かに。演目が始まる際は、静かにしていただきたい』
誰もが、何も言わなかった。
人を殺せる武器を持ち、それを確かめるような男に、女子達は恐怖を覚えていた。学園生活という生優しい環境で、命の危険にすらあった事もないからこそ、反論する勇気なんてない。
龍夜の意見通り、彼等が人質を殺さない。そういった希望よりも、殺されるかもしれない恐怖の方が現在大きかったのだ。
数秒の間、何事も聞こえなくなった周囲の様子に、ゼヴォドは優しい笑顔を浮かべる。他人を安堵させるような落ち着いたものだが、武器を持っている以上、その意味も矛盾しているものとなる。
『えぇ、物分かりが良くて助かります。私達も下手な犠牲者は増やしたくはありませんので、ご理解感謝いたします』
そして、インカムを消したゼヴォドはゆっくりと、一夏と鈴へと向き直る。
◇◆◇
「さて、改めまして─────男性IS操縦者、織斑一夏。幸運と奇跡に恵まれし、新世代の申し子よ」
そんな律儀な挨拶を再び行うゼヴォド。
丁寧な仕草には変わりないが、さっきとは違うことがある。隣にいる鈴に意識を向けていない、興味すらないのか無視している素振りすらある。
その態度に、不服を覚える一夏だが、気品さを保つゼヴォドは話を続けた。
「このような舞台をこしらえた理由は二つ、その一つは、貴方と対談をするためでもあります」
「話すだって?」
にこやかな笑顔、気軽かつ配慮したような口振りに、一夏が眉をひそめる。自分と会い、話す。たったそれだけの為にこの学園を襲い、なにもしてないクラスメイト達を人質に取ったのか。
爆発しそうになる怒りを抑えながら一夏は首を横に振る。自分でも怒りを隠せない言い方で、ゼヴォドの話を拒絶する。
「悪いけど、俺はアンタと話し合うつもりはない。こんな事をしておいて、はい分かりました、って俺が言うと思ってるのかよ」
「はて、現状が分かっていませんね。貴方達も」
にも関わらず。
ゼヴォドの態度は気にした訳でもなく、落ち着いたままだ。まるで一夏が何も分かっていない世間知らずとでも暗に言っているのか、彼は説明口調で語り出す。
「何故我々がシールドを張り直し、ゲートまでロックしたか分かります?ここだけではなく、観客席まで………………織斑千冬や貴方に対する人質という意味をお忘れなく」
「…………」
「ここにいる無人機は貴方達ではなく彼女達を人質として利用する為に用意したものです。貴方達って………ほら、よく話を聞かないこともありますしね。武力行使も、私は避けたいので」
「…………脅してる癖によく言うわね」
「そうですか?実際に撃ち込まないだけで優しいと思いますがね。何なら数人程殺せば、理解してくれますか?」
鈴の言い返す一言に、気品さのある態度から反転し冷淡な言い方をするゼヴォド。先程から、何かが可笑しかった。一夏に対してはまるで客人として接するゼヴォドだが、鈴に関しては態度が冷たい。何か理由があるらしいが、少なくともそれが鈴本人が原因ではないのは確かだろう。
「ですが、私の敬愛する『リセリア』様や『シルディ』の志に反する真似をするつもりはありませんよ。まぁ、私はアナグラムに全てを捧げた者。その気ならアナグラムを敵を殺すことも厭いませんがね。
…………あぁ、ご安心ください、私としてもプライドはあります。人質を殺すなんて下品な真似はしません。アナグラムの名に誓い───」
「─────なら、この場にいるアンタを無力化すれば全部解決ね」
ゼヴォドの話を遮り、鈴が青竜刀を離れた場所にいる彼へと向ける。表面上を取り繕った穏やかな眼を受けながらも、鈴は不適に笑う。
「アンタ、生身でしょ?ISも持ってないと見ていいけど、そんな生身でよくこの場に来れたわね。少し自信がありすぎるんじゃないの?少なくとも、アンタも相当偉い幹部なら、そこの無人兵器も皆を狙ってる暇はないでしょうしね」
はぁ、と溜め息を漏らす。
呆れているかと思い、顔をしかめた鈴だが、違った。
ガギッ、という嫌な音がする。
固いものがぶつかり合ったような、歯軋りするような音だ。音の発生源はすぐに分かった。
無言のままのゼヴォド。その口から一筋の血が垂れていた。見た限り、力のあらん限り奥歯を噛み砕いているらしい。その瞳からは表向きの感情は消え、激しい怒りと愚か者を見るような失意まで備わっている。
「──────品がない、実に」
「………何ですって」
「女性とはこの時代になって変わり果てたな。自分達が力を得たと自惚れ、弱者をとことん見下す。自分達が強者として成り立ったと勘違いして………………他人を踏みにじり、傷つける。そして、自分達が強くなったと思い上がる。傲慢だ、知性体として知性を捨てた品性の感じられない傲慢さだ。────ったく、虫酸が走る」
煮え滾るような憎悪と共に吐き捨てられた言葉。ようやく一夏も、彼の本質を理解した。彼は被害者だ、この社会の、女尊男卑という歪んだ世界の。
ISを使えるのは女性だけ、男はISを使えない、なら女は偉い。そんなイカれた法則が世界では常識になり、多くの女性が男性達を虐げてきた。大半は泣き寝入りしたりするだろうが、ゼヴォドのように女性達を激しく憎む者もいる。
なんせどんなことをしても、女性は許され、優遇されるのだ。彼女達の自己満足によって、人生を壊され、自ら命を絶ったものまでいるという話だ。何があったのかは知らないが、テロリストにまで堕ちるのは相当の理由がある筈だろう。
「それに、何か勘違いしてると思いますけど」
激情を剥き出しにしていたのが一転、ゼヴォドは鈴に対し笑みを向ける。それが馬鹿を嘲笑うような嘲笑だと鈴が理解した瞬間、ゼヴォドを下げていた銃口を向ける。
「─────私だって、別に無策じゃないですよ」
そして、引き金を引いた拳銃から一発の弾丸が飛び出した。目の前で起こった事に唖然とした鈴は、すぐさま呆れ果てる。
ISに兵器や武器なんて通用しない。
況してやこんな弾丸一つで傷なんてつけられる筈がない。だが、何か細工があるのは間違いないらしく、ゼヴォドの顔から余裕が消えない。
避ける程でもない、そう判断した鈴は青竜刀で銃弾を弾こうと横に振るう。両側に展開される刃の一面が銃弾へと届き、弾頭を切り裂こうとする。
─────その様子を目にし、更に笑みを深めるゼヴォドに違和感を覚える一夏。何かが可笑しい、そう声をかけようとした瞬間。
弾丸が青竜刀と接触した途端。
ガラスが砕けるような音が小さく響き、それだけで終わる。一瞬の出来事だったから、誰しもが何が起こったのか分からない。
鈴のIS『甲龍』が光に変換され、消失した。浮遊するように立っていた鈴はバランスを崩し、地面に倒れ込む。
「────────え?」
彼女も、何が起こったのか分からない様子だった。呆然と、ブレスレット────待機状態となった『甲龍』を見ると、光が失われていた。
「鈴!?」
慌てて一夏が駆け寄り、ようやく理解が追いついた鈴がすぐさまISを纏おうとする。しかし、どれだけ名を告げても、叫んでも、ISは反応しなかった。
その光景は、クラスメイト達の眼にも移っていた。
「…………ISが」
「解除された………!?」
信じられないという驚愕が、全員を混乱に導く。しかし騒がしくならないということは、ゼヴォドの言葉に怯えがあるらしい。
「……………」
同じように驚いている本音を後ろに、龍夜は鋭い眼をゼヴォドへと向けていた。しかし視線をずらすと、今度は『プラチナ・キャリバー』の格納されたケースを重視する。
何を考えたのか、両目を伏せた龍夜は困惑するしかない女子二人と本音に声をかけた。
「少し話したいことがある。いいか─────」
「さて、これで邪魔者は何とか出来た。ようやくちゃんとした話が出来る」
ISを纏えず座り込むしかない鈴に向けた銃口を下ろすゼヴォド。しかし一夏は油断することなく、鈴の前へと飛び出す。雪片を身構える一夏に、ゼヴォドは平然と手を差し伸べ、告げた。
「簡潔に言おう──────織斑一夏、我等の同胞となれ」
突然の誘いに一夏は戸惑いを隠せない。明らかに動揺しているようだった。
「同胞…………?なんでそんなことを、いや俺が仲間にする必要が────」
「自分の価値をご理解いただきたい。貴方は男でありながらIS操縦者となった例外の二人の、その一人。貴方が世界を変えるという意思を示せば、多くの人々の耳に入る。影響力というものがあるのですよ、貴方にはね」
世界で二人しかいない男性IS操縦者。女性に虐げられてきた男性達にとって、その二人はある種の希望のようなものだ。彼等がこの世界を間違っている、変革すべきとでも言えば多くの賛同者が募ることだろう。
しかし、理由はそれだけではない。打算的なものとは違い、もう一つの理由がゼヴォドにはある。
「何より、『
「あの人………?あの人って誰の事だ?」
「─────失礼、ご失言を。今はお忘れください。ともかく、貴方には首を縦に振っていただきたいのですが……………返答は如何でしょう?」
「────そんなの、断るに決まってるだろ」
断言した一夏は、それ以外に答えがないとでも宣言するように、雪片を構え直す。理由を聞こうとしたゼヴォドは一夏の決意に満ちた眼を見て、笑う。
「なるほど、それが貴方の答えですか。貴方の選択です、私も恨み言は言いませんよ」
そう言いながら、ゼヴォドは肩に掛けられたマントを掴み、引き剥がす。風に飛ばされることなく、その場に落ちた布切れを無視したゼヴォド。
彼の隠れていた姿────金属に包まれた腕に、機械的な光が宿る。
「ですが……………まぁ、貴方の決意に免じて────私も面白いものを見せてあげましょう」
ゼヴォドの右腕の機械が、音を立てて解離していく。機械の蛇を思わせる形状のものだが、何処か不自然な部位が多々存在している。
腕を這い、身体を這った機械の蛇は、ゼヴォドの背中に着いて動きを止めた。大きく距離を取り、仰け反ると────内側から金属の刺を複数、骨を大きく開閉させるような動きの後に、
ガチャンッ!! と機械蛇、いや脊髄を機械させたようなものが、ゼヴォドの背中に張り付く。丁度、彼の脊髄に覆い被さるような位置に。
幾つもの針が背中につけたてられ、苦しいのであろうゼヴォドは口を力強く閉ざす。痛みに耐える表情には僅かな汗が滲んでいた。
「……………っ、ふう。驚くのは早い、まだまだこれからですよ」
唖然とする一夏達に、ゼヴォドはそう前置きをする。そして、左肩に取り付けられていた装甲を掴み、そのまま外した。
単なる肩パッドかと思われたその装甲だが、よく見てみると精密な機械らしく、右手の甲に押し当て、装甲の上部位をスライドさせた瞬間、音声が発される。
『カオステクター!』
次いで、ゼヴォドはポケットから何かを取り出した。ハイパセンサーで拡大して見ると、一般よりも大きなメモリーチップである事が分かった。
深い青色に塗装され、チップの表面には何らかの絵が描かれている。人魚姫のようなシルエット。青いメモリチップをつまみ、ゼヴォドはスライドさせた装甲にチップを差し込み、上部位のパーツを押し戻す。
『────セイレーン!』
カチッ、という音に続き、女性のような声が響く。
「目に焼き付けろ。これが我等がアナグラムの新兵器。お前達の持つISに匹敵する─────新たなる力を!」
『カオス・オーバー!』
天へと掲げた装甲 カオステクターを、胸へと押し当てる。その装備が胸元のベルトに装着される。ギュイン、と装備の隙間から怪しい光が溢れ、滲み出る。だが、変化はそれだけで終わらない。
カシャカシャカシャンッ! とカオステクターから蜘蛛の脚のような鉤爪が伸びる。鋭い爪が背中に突き立てられると共に、禍々しい液体が肉体に注入される。
直後、
「ぐっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」
不適な笑みを浮かべていたゼヴォドが苦痛に満ちた絶叫をあげる。全身の血管が黒く変色し、ピキピキと肌に浮かび上がる。激痛を伴うのか、全身を抑え、苦しみの声を響かせている。
黒い血管をはち切れん程に浮かばせながら、ゼヴォドは噛み締めるように、告げる。この力を解き放つ、特定の単語を。
「─────
そして、胸に取り付けられたカオステクターの表面を叩く。ギュイン、と音に連鎖するように、光が点滅する。しかし今度は、青い光へと変貌する。
カオステクターから伸びた鉤爪が背中から離れ、爪の先から、禍々しい色の液体が溢れる。地面に落ちたそれは液体というには粘ついた、どろどろのようなものだった。足元に沈むそれはまるで池のように広がっていくと────変化が起こる。
信じられないことが起こった。
黒く淀んだ液体はいつの間にか、透き通るような水へと変化していた。似せたというべきなのか、アレが本物の水なのかは分からない。
動かないゼヴォドの足元から、巨大な水流が噴き出す。ゼヴォドを包み込んだ水は一つの塊となり、彼の姿を完全に呑み込んだ。
水流のベールの内側から、高エネルギー反応が増幅していく。その波長は、ISに近いものへとなっていた。それを確認して、思わず叫ぶ。
「────IS!?」
「違う!あんなの、ISとは全然違う!!」
「────その通り」
ポロロン、と。
楽器が、ハーブが奏でるような音色が響き渡る。瞬間、彼を包み込んだ水は一気に消し飛び、中心に立つゼヴォトの姿が明らかになった。
全体的に、兵装と呼べるものはない。
左肩には水色のマントを取り付け、青系統のスーツの上には一部軽装が纏われている。
背中には広がる二対の大型の翼と思われているものは、ハープを機械化させたようなものであった。数十本の弦は羽根のように並んでいるが、楽器として使えるのかは判断できない。
胸元には、水色の装甲の左右───胸の部位にはスピーカーのような装備が二つ取り付けられている。
青みがかった黒髪は完全な濃い青色へと変わり、耳元のイヤホン型デバイスは魚のヒレを模した形状となっている。
その姿はあまりにも幻想的で、敵でなければ見惚れてしまう程であった。だが、現実離れしているのも事実だ。幻想生物のような神秘さと兵器としての無機質さを両立させたその姿は、異質でありこの世界の存在かと疑ってしまう程だ。
金属的フォルムから水色の塗装へとなったカオステクターは胸に装着されている。彼はそれを撫でると、水色のマントを軽く払いながら、したり顔で笑う。
「これこそが、我等【アナグラム】の切り札。八神博士が立ち上げていた大規模な計画の副産物、あるゆる法則を基に、幻想を実現化させたモノ。銘を、『
自らの力に高揚する気持ちが抑えられないか、笑みを深くするゼヴォド。彼はしゅういのあらゆる相手を無視して、独り言のように呟く。
「そして私のこの武装は、『海歌音姫セイレーン』。美しき音色を奏でる人魚姫を実現した装備。…………女性でなくて良かったのかと思いますが、相性的に私が一番なのでしょうね」
そんな彼の戦意に満ちた眼が、一夏に向けられる。腕を軽く払うと、その手にはヴァイオリンを弾く弓の形をした剣があった。
「さて、織斑一夏。貴方を倒せば、私の考えに賛同してくれますか?」
「─────ッ!!」
「頷いてくれるまで相手したい、所ですが………貴方のISの能力は危険だと聞いています。なので、早めに倒しておきますね」
◇◆◇
まず最初に、ゼヴォドが弓型の長剣を振るう。単に目の前を空振っただけでは済まず、一閃になぞらえるように水刃が放たれる。
『雪片弐型』を能力を使わずに払えば、水の刃は簡単に消し飛んだ。どうやら何か能力を仕込んだ訳ではないらしく、攻撃自体は予想よりも軽かった。
ゼヴォドはへぇ、と感心していた。どうやら自分の推測よりも、一夏が的確に動けていることに気付いたらしい。
「───流石は織斑千冬の弟…………では、このような手を」
そう言いながらゼヴォドは両手を広げる。そんな無防備な様子を見逃す筈もなく、一夏は雪片弐型を構えながら肉薄する。距離を縮めていこうとした─────直後。
『────────ァ』
ゼヴォドは開いた口から、何らかの歌声を響かせる。一人の声ではない、複数人の歌姫のような綺麗な音色の歌声が鼓膜を刺激する。だが、動きを止める事は許されない。能力を発動させた雪片弐型を振り上げ、ゼヴォドへと斬りかかる。
雪片弐型の能力は、千冬の使っていた雪片と同じ、エネルギーを無効化させ、シールドエネルギーを直接減らすものである。要するにバリアを無効化して本体にダメージを与えるというものだが、龍夜はそれをエネルギーを消滅させる事が可能と説明していた。
相手の攻撃に使用されたエネルギーを分解及び吸収し、エネルギーとして蓄積させる『銀光盾』のエネルギーを消失させ
たのだから、確かな事実ではあるだろう。ならば、ISのような高エネルギーの塊であるゼヴォドの装備、《ファンタシス》を打ち破ることも容易いだろう。
そして、一夏の雪片弐型が、ゼヴォドを切り裂いた。一刀を受けたゼヴォドは悲鳴を上げることなく、ファンタシスを粒子へと変えながら崩れ落ちる。それを目にし、上手くいったと喜びが沸き上がる一夏。
「────失礼ながら、どちらをお狙いで?」
平然としたゼヴォドの声を聞いた瞬間、一夏は目の前の光景を再確認し、自らの視界を疑った。
一夏が切り捨てた筈のゼヴォドは目の前には居ず、あるのはアリーナの壁から剥がれた瓦礫であった。鈴も一夏がゼヴォドを斬ったと思っていたらしく、離れた場所から両目を擦らせていた。
当のゼヴォドは一夏から離れた場所で立ち尽くしている。
「な、なんだ!?………今、何が─────」
「ISといえど、情報を認識するのは常に人間の五感。聴覚から音を聴き、音を認識しているのであれば、そこから感覚を狂わせることも出来る。─────こんな風に」
喉を整えるように、手を添えながらゼヴォドは口を開く。慌ててスラスターを噴かし、ゼヴォドの行動を止めようとするが、
「───────ゥ」
「アッ!?ガぁッ!!?」
また響いてきた複数の女性の音色に、思考がズレる。高速で接近していた筈の一夏はバランスを崩したように、ゼヴォドの真横の地面に激突する。
未だ揺れる頭を動かし、立ち上がろうとする一夏。まだ感覚が戻っておらず、浮遊することはおろか、立ち上がることも難しい。
そんながら空きな一夏の胴体を、ゼヴォドの蹴りが打ち払った。
「ほら、どうしました?寝転んでいては私に勝てませんよ?それとも、もう勝てないとでも?」
「ッ!!」
その声だけは確かに聞き取れて、負けじと一夏は動く。雪片弐型を振り払い、ゼヴォドに狙いを向ける。が、やはり上手く斬ろうとは出来ず、よろよろで目で見て避けれるようなものだ。
ゼヴォドは憐れむように長剣を構え、雪片を弾こうとする。だが、刀身にエネルギーが溢れているのを見た瞬間、
「っ、おっと…………危ない、危ない」
慌てて長剣を止め、一夏から飛び退いた。突然の行動に、意識を朦朧とさせながらも、微かに疑問に思う一夏。そして、すぐに確信した。
────ゼヴォドは雪片弐型を警戒している、いやその能力をだろう。これで勝ち筋が見えたと同時に、やはり疑問が消えなかった。
「貴方の能力、下手をすればファンタシスを消失させかねませんからね。他の皆のような熟練とは違い、まだまだ弱い私だと特に。……………
…………
その言葉を聞き逃さず、そのままを口ずさんだ一夏は呆然とするしかない。ゼヴォドの言っていることの意味を、理解したからだ。
一夏のISの能力は、IS学園の外には広がっていない。それもその筈、一夏が能力を使ったのは戦いの中でのみ。見学していたのは学生達だけで、それ以外の見ていた人間がいる筈がない。
────唯一の可能性、アナグラムに情報を流す者がいるという事も有り得る。信じたくはないが、ここまで知っているとその可能性を信じたくなってしまう。
「さて、お喋りはここまでにして─────五分が過ぎたので、貴方を倒しておきますか」
何故五分?と思ったところで、ゼヴォドが両腕を広げ、背中のハーブのような翼を折り曲げ、角度を切り替える。
キィィィィン────と、響き合う高い音。胸元の二つのスピーカー、背中の翼に音が集まり、少しずつ収束していく。
何が起こっているのか、把握はできないが、目視で気付くことが出来た。ゼヴォドの目の前に、半透明の塊が形を作っていき、今にも放たれんとしていたのだ。
ゼヴォドが、すぐに撃ち出した半透明の球体は凄まじい勢いで直進して一夏を狙う。だが、見て避けれるものだから、すぐさま回避は出来た。
「へぇ、よく見切りましたね。私の『音波超撃』を」
「生憎!ついさっき透明な砲弾を避けてたからなっ!」
だが、軽口を言ってられる余裕はない。先程の不可視の球はアリーナの壁に激突すると、破裂音を響かせて爆発した。ゴッソリと削り取られた壁に戦慄しながら、一夏はゼヴォドに向き直る。
「……………いい加減、遊びに付き合うつもりはありませんよ」
半ば面倒そうに吐き捨てるゼヴォド。腕時計を見て、余計に苛立ちを隠せずにいる彼の様子はどこか不自然であった。そんな彼の次の動きに、一夏は顔を強張らせる。
ゼヴォドが出したのは、拳銃だ。
単なる拳銃ではない、ISを封印する弾丸が込められている。露骨に構える一夏にゼヴォドは笑みを浮かべた。
「フフ、やはり警戒をしますよねぇ。ISを封印する弾丸の効果を見ているのですから」
「………」
「『A.I.S弾』、これは特注のものでしてね。ISのコアに直接作用し、一時的にシャットダウンさせるんですよ。問題は、弾数が少ないってことですかね」
「なら、避ければいいだけだ」
「そう思いますよね。えぇ、分かってます。ですから、貴方には自分から当たってもらいます」
言葉の意味を理解しかねた一夏だが、ゼヴォドが銃口を向ける。的外れ、一夏とは離れた場所を狙っていることに怪訝そうになったが──────すぐに気付いた。
ゼヴォドの銃口の先には、鈴がいたのだ。
ISを纏えず、アリーナから出れないので邪魔にならないように離れていた鈴に。そこでようやく、ゼヴォドの企みを理解できた。
「てめェ───ッ!」
「罵倒は好きなだけ受けますよ。ですが、ISを封印するとはいい、これは銃弾です。当たれば怪我になるでしょうね」
そう言い、ゼヴォドは引き金に力を込める。いつでも撃てるという様子に、一夏はスラスターを噴かし、全力で飛び掛かる。
パァン! と
引き金は引かれ、ISを無力化する弾丸が放たれる。生身の鈴に銃弾を見て避けれる程の技量はない。瞳の内側の怯えを隠すように、両目を閉じる鈴だが────銃弾は、彼女には届かなかった。
────庇うように飛び出した一夏のISに直撃し、『白式』を封印するに終わった。
─────勝った、ゼヴォドは勝利を確信した。
口の奥から確信に満ちた笑いが溢れる。抑え込もうと思ったが、やはり上手くいかない。
ISを封印する弾丸、ここまで効力を発揮するとは思わなかった。お陰で本来、予定にはなかった織斑一夏の無力化に成功した。彼を連れ拐い、仲間として勧誘するべきかと考えながら、ゼヴォドは一夏達へと近寄る。
そんな彼は余程興奮していたのか、気付かなかった。一つ、観客席が異様に静かだったこと。戦闘が激しかったにも関わらず、悲鳴の一つすら感じられない。
そして、次の瞬間。
爆音が、連鎖した。
一つはアリーナのシールドをぶち破る音、もう一つはアリーナへと照準を構えていた無人兵器に何かが突撃した音であった。
「─────なッ!!?」
興奮に包まれ、周りを見ていなかったゼヴォドが慌てて音のした方に振り返る。視線の先にあるのは、地面に倒れ伏し、胸元に大きな穴を開けた『アルガード』。そして、その兵器からエネルギーを帯びた長剣を抜き取る剣士の姿が。
「………間に合ったか」
白銀の装備を纏った龍夜が、冷徹に光剣を振り払った。次の敵を見据え、冷えた声音で呟いた。
『
次回もよろしくお願いします。
………さらっとスルーしてましたが、十五分遅れました()本当に申し訳ないです(土下座)