IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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この話で小説百話になります!本当に長かったと思いますが、まだまだ進めていく気なのでこれからもよろしくお願いします!


第99話 一時閉幕

「…………あの、織斑先生」

 

「何だ?」

 

 

朝礼より前、一人職員室に呼び出された龍夜は千冬によって連れ出されていた。先日の件、退学届を出して飛び出した龍夜をアッサリと受け入れた彼女や理事長。頭を下げた龍夜であったが、大した罰則などはなかった。その代わりに、何故今になって呼び出されたのかが分からない。

 

 

「何で俺は呼び出されたんでしょうか………?」

 

「責任を取って貰う為だ。お前自身の選択、決断の責任をな」

 

「……………責任、スか」

 

無論、自分の行動の責任は取るつもりではいる。だが、それと今何が関係しているのかが分からない。混乱した龍夜を連れた千冬は、いつもの教室へと辿り着いた。

 

 

────ただ少し、いつも賑やかなクラスが妙に静かに感じたのは、気の所為ではないのだろう。

 

 

「お前はここで待っていろ、あとで呼んだら入ってこい。勝手に動いたら反省文を書いてもらうぞ」

 

「んな横暴な………はい、分かりました」

 

 

いつものように愚痴を零していたが、千冬が無言で振り上げた出席簿に気付いて慌てて前言撤回した龍夜。溜め息を吐いた千冬が教室に入っていくのを見届け、龍夜はようやく肩の力を抜いて壁にもたれかかった。

 

「…………今、何話してるんだ?」

 

少ししてから、自分が呼ばれないことに気付いた龍夜が困惑したように眉をひそめる。そして長話の内容が気になったのか、聞き耳を立てることにした。

 

 

────先生、あの放送って────

 

──────くん、本当に退が────

 

 

「……………あの放送?………退学?」

 

女子たちの騒ぎ声、その内容に首を傾げる龍夜。退学ということは恐らく自分のはずだが、無関係である彼女達は知る由もないはず。何より、あの放送とは一体なんのことなのだろうか。

 

そんなことを考えている内に、千冬の声が聞こえてきた。

 

「────何、お前達も色々とあるだろうが、まずは本人に出てもらおう。…………蒼青、出てこい」

 

「ホントに人遣い荒いな…………了解」

 

呆れたように教室の扉に手をかけ、開け放つ龍夜。いつもの態度で教室に立ち入った龍夜は自分に向けられる視線が可笑しいことに気付いた。

 

 

「…………?」

 

いつものような声がないことに戸惑うと、クラスの女子全員がポカンとしていることに気付いた。何処か唖然と、絶句しているかのような────思考が追いついていないように見えた、直後。

 

「────え」

 

「ん?」

 

「えええええええええええッ!!?」

 

教室を揺らす程の大絶叫。同じように声を響かせた山田先生の隣で千冬は「うるさい」と言わんばかりに耳を押さえていた。因みに鼓膜に響くほどの絶叫を受けた龍夜は何が何だか分からず、文句一つを言おうとしたところで、上記に戻った女子たちの追求を受けた。

 

 

「う、嘘!蒼青くん戻ってきたの!?退学の件は何とかなったの!?」

 

「じゃあじゃあ!あの『フェイス』ってヤツは倒せたんでしょ!?もう無理しなくても良いんだよね!?」

 

「それと怪我は大丈夫!?前すごいボロボロになって帰ってきたのを見たって聞いたんだよ!」

 

「お、落ち着け!何が何だか把握できてないんだ!?」

 

集まってくるクラスメイトたちに、流石に戸惑いを隠せない龍夜。慌てて宥めようとするが、女子たちの勢いは止まらない。殆どが心配した様子を隠さず、数人に至っては安堵のあまり涙すら滲んでいるように見える。

 

少しだけ落ち着いたのを見計らい、龍夜は平然と腕を組んでいる千冬に問い掛けた。

 

 

「お、織斑先生っ!」

 

「…………何だ、黙らせろというのは聞かんぞ」

 

「いや!それもあるんですが!一体どういうことです!?そもそも、何で無関係なこいつらが退学届とかフェイスの話を知ってるんだ!?」

 

「敬語は直さんか、馬鹿者。その件については………」

 

「────僕が話そうじゃないか」

 

 

そう言って現れたのは、明らかに言葉の全員より年下の少年にしてこのIS学園の最高責任者である時雨理事長。そんな使用年の突然の登場に気付いたクラスが大音響を奏でることになったが、それが落ち着いてから時雨理事長が笑顔のまま語り始めた。

 

 

「さて、君の疑問に答えるとすれば、何故彼女達が君の退学届の件を知っているか。だろう?」

 

「…………まさかアンタ、喋ったのか?」

 

「いいや?私は話してないよ。強いて言うなら………君自身だ」

 

 

はぁ? と突然の言い分に顔をしかめる。訳が分からない様子である龍夜に対し、時雨理事長は舌を出しながら解説を続けた。

 

 

「いやぁねぇ、君が退学届を突き出したあの時。…………ちょっと手が滑ってね。うっかり学園の校内放送のスイッチを入れて、偶然1組の教室にだけ流れてしまったんだよ」

 

「………………はァ!!?」

 

「無論、うっかりだよ?あの時気が動転してしまってね、気付くのが遅れちゃったんだ。仕方がないよね?」

 

 

絶対嘘である。

そう確信した龍夜が絶句している中、黙って聞いていた一夏は静かに黙祷した。少し前、龍夜が治療中の時に時雨理事長からその事実を明かされた時は驚きながらも、意図的に実行した時雨の躊躇のなさに少なからず戦慄した。

 

尚、その話を聞いた時に一夏たちは事前に説明してあげようかと思ったが、千冬がソレを止めたのだ。彼女曰く、「自分の都合だけで退学しようとする大馬鹿者への罰だ」とのこと。その割には面白そうだった、と一夏は実の姉への恐怖に身を震わせるのだった。

 

形容したがたい怒りと困惑に言葉を失って硬直している龍夜。だが自分の行動があまりにも身勝手すぎたことを自覚しているため、若干後悔や反省の感情が強い。

 

 

「────少し、聞いてくれるか」

 

意を決し、語り始める龍夜。その言葉に喧騒に満ちていた女子たちも一気に静かになった。聞き耳を立て、話を聞く姿勢になった彼女達に龍夜は自身の思いを吐露した。

 

 

「あの時、俺が理事長や一夏達に語ったことに嘘偽りはない。俺が当初、IS学園に入学を決めたのはISへの個人的な興味以上に、復讐によるものが強かった。俺の専用機を手に入れ、ISの技術を高め────その手で俺の家族を奪った男を殺すことが、俺の目的だった」

 

 

真剣な面持ちで語る龍夜の態度に、女子たちの空気も変化していく。学生であるから当然とはいえ、目先の目標が違ったことを理解した彼女達の視線に心配が増す。一部の生徒は遊び感覚で入学したことを自覚しているのか、顔色は暗い。

 

気にするな、と付け足した龍夜は深くため息を吐き、自身の結論の一つを語った。

 

 

「断言しよう。今の俺は、復讐を辞めるつもりは毛頭ない」

 

「…………」

 

「俺の最終的な目的は何一つ変わらない。奴を殺し、父さんや母さん、姉さん達の仇を討つ。その為であれば、多少の無茶は承知の上だ」

 

そこだけは譲る気も、諦めるつもりはない、と確固たる意志で宣言する龍夜。強い決意を感じ取ったクラスメイト達の表情は更に薄暗いものになった。その上で、改めて告げる。、

 

 

「────だが、撤回する。奴の為に死んでやるつもりはなくなった」

 

「………え?」

 

「半年、この学園で過ごしたが………退屈しない日々だった。馬鹿みたいに騒ぐ奴等や、本当の馬鹿に迷惑をかけられたりして、本当に面倒だと思ってた。同時に、悪くないと思う自分もいた」

 

正直に言えば、楽しいと思っていた。

だからこそ、自身の感情を素直に信じられなかった。自分以外の他人を忌避していた自分の価値観が間違ったものだと、実感できていなかったから。

 

「そして、俺のことを諦めない仲間もいた。そいつらの言葉を聞いて、俺も自分の考えを少し変えてみた。

 

 

 

復讐はする。だが、何もかもを捨てる訳じゃない。あくまでも、俺自身の憎しみとの決別の為に。奴との因縁に決着をつけ、気楽に夢を見て歩けるようにな」

 

あくまでも、復讐は果たす。

その過程で命を使い潰すつもりはないという訳だ。そんな事をしてまで、今の関係や居場所を失いたくはない。また暴走したその時は、仲間に頼るしか無いだろうが。

 

 

「だがまずは、謝らせて欲しい」

 

「────」

 

「皆には要らぬ迷惑を、不要な心配をさせた。………すまなかった。好きに言ってくれて構わない。どんな言葉だろうと受け入れる、それだけのことをした」

 

そう言って、龍夜は深く頭を下げた。

プライドが高いと自負していた彼にとって、絶対にしないであろう行為。一度は一夏達に下げていたが、その行為は軽いことではないと全員が理解していた。

 

 

「………ねぇ、蒼青くん。確か小遣い事情って問題ないんだよね?」

 

「ん、いや、確かに問題はないが………」

 

「それじゃあ、放課後皆にスイーツ奢ってよ!それでチャラってことで、どう?皆!」

 

「なら!あの高級店のケーキとか!食べてみたかったんだ!」

 

「ぜ、全員か?別に構わないが………それでいいのか?」

 

「嫌なら良いよ。それなら蒼青くんのASMRでも要求するし」

 

「────分かった。スイーツの一つや二つ、全員分奢ってやるさ」

 

 

決まりー!と盛り上がる女子たちを他所に、安堵しているのか戸惑っているのか分からない龍夜はすぐに呆れたように笑うしかなかった。

 

そうして、放課後にクラスの皆にスイーツを奢ることになったのだった。その中に千冬や山田先生がいることに突っ込んだが、迷惑をかけたのも事実なので龍夜は押し黙るしかなかった。

 

────尚、一人だけ別のクラスだった鈴が奢れと食いかかってきたので、適当に一夏の方に放り投げておいた。その一件で修羅場が起きかけたが、龍夜は特に気にしなかった。

 

 

ただ、いつもの日常がそこにあることが感じられて、気を休めている自分の存在を自覚し、静かに微笑むのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「──────」

 

IS学園の人工島、その上空にソレはあった。

白と赤と、銀。三つの色が入り混じった、騎士のような鎧。伝説の存在とされている『白騎士』に似たそのISは誰にも知覚されることなく、上空で何処かを─────IS学園、そこにいる誰かを見ていた。

 

 

「…………ああ、これで良かったんだ」

 

心の底から安堵したように、ISを纏う者は呟く。その視線はただ一人に向けられていた。それから周囲にいる何人かを見てからISは静かに地面に降り立った。

 

人気の無い森の中で着地した瞬間、その鎧が粒子に包まれる。パキンと砕けるように散った光の破片は一度集まり─────ヒビの入った虹色の結晶を核としたアイテムへと変わる。

 

 

「………必要以上に酷使してしまった。これじゃあ更にエネルギーが必要になるな」

 

ごめん、と青年はアイテムを優しく撫でた。僅かに唇を噛み締めた青年は心の奥底に過った自身の感情を否定するかのように頭を振るい、口を開く。

 

 

「いや、必要な行為だ。オレの目的の為には、欠かせないことだった。欠けたものは補充すれば良い。その為の、『レヴェル・トレーター』だ」

 

「────我が主(マイ・マスター)

 

 

ザッ、と一人の女性が青年の背後に立つ。メイドの姿をした銀髪の女性であった。感情を映さない人形のような彼女の存在に青年は驚くこともなく、反応を示す。

 

 

「…………学園の機密、『眠り姫』はどうだった?」

 

「やはり、プロテクトは強固です。マスターから譲り受けた解除コードは作用しましたが、解けた封印は一つだけです。複雑に入り組んだ、他のプロテクトの解除は不可能でした」

 

「─────想定した通り、封印は増やされていたか。まぁいい。アレに頼るのはあくまでも予備。本来の予定通り、コイツを修復すれば、それだけで済む」

 

青年はそう言い、手の中のアイテムを見下ろす。指に力を込めると、虹色の結晶は虚空に消え去った。その代わりに出現した腕を包み込むほどのガントレットを纏った青年に、メイドの女性が落ち着いた声で問い掛けた。

 

 

「マスター、本当に宜しかったのですか?」

 

「………何がだ?」

 

「今回の件です。介入するのであれば、全てマスターの力で解決できたはずでしょう。ただ彼等を助けるために、『百花繚乱』を使用して、マスターの目的が先延ばしになるだけでは………」

 

「────オレでは、駄目なんだ」

 

絞り出すような、苦渋に満ちた声であった。そんな呟きを漏らした誰かを思い浮かべ、悲しそうに言葉を紡ぐ。

 

「オレでは、あの人を救えなかった。あの人を救えるのは、織斑一夏達だけだ。だからこそアレは─────あの人達を通すのは、必要なことだった。それだけだ」

 

それが、青年にとっての本音であったらしい。

表情を変えない腹心であるメイドの様子に何を思ったのか、青年は自身の感情を胸の奥にしまい込んだ。

 

「後顧の憂いは絶った。後はオレ達の本懐を、『救済』を果たすだけだ」

 

そうして、メイドに手を伸ばす。すると彼女は何処かから取り出した布切れを青年に手渡した。青年は乱雑にソレを手に取ると、勢いよく全身を覆うように羽織った。

 

完全に顔を隠した青年は振り向くことなく、メイドの名を呼んだ。

 

 

「行くぞ、シロ。世界を、破滅から救う『救世主』となる為に」

 

「はい、お供致します─────レギエル様」

 

 

そうして、『レヴェル・トレーター』の一人とその腹心はIS学園付近から忽然と姿を消した。その存在に誰も気付かず、誰にも気付かせずに。

 

 

◇◆◇

 

 

『それで?肝心のアレックスを取り逃がした、ということか』

 

 

亡国機業が保有する基地の内部で、フェイスの声だけが響き渡った。当の本人はその場におらず、音声通信越しに彼の言葉が発されているのだ。

 

「ええ、反論のしようがありませんわ。………この責任は全て私にあります」

 

「…………ッ、フェイス様!スコールのせいじゃねぇ!私のミスだ!だから、責任を負うのは────」

 

『構わない。もとより、奴を出し抜くことは難しい。アレが、我々へ向ける敵意と警戒は相当だ。アレから力ずくで鍵を奪うのは、多少骨が折れる』

 

静かに受け入れる姿勢を見せたスコールに気付いたオータムが慌てたように庇い立てようとするが、フェイスは気にしてないと言わんばかりに言葉を続ける。

 

『それよりも、私としてはお前達の相手に興味がある。オータム、スコール、お前達が動いた上で失敗した。────それだけの相手だったのだろう?誰が動いた?アメリカの代表ではあるまい』

 

「…………私の相手は、レッドって名乗ってた」

 

『レッド?…………ああ、そうか。そういうことか』

 

苦々しそうなオータムの呟きにフェイスは怪訝そうにしたのも一瞬。すぐに理解したと言わんばかりに、感情を滲ませていた。期待、感心、そんなものを含んだ声はすぐさま機械的なものへと戻り、事務的に告げる。

 

 

『────スコール、エスツー。今後の方針を伝える』

 

「ハッ、何でしょうか」

 

『数ヶ月、我々は様子を見る。多少動かすことはあるが、今回の件で我々「亡国機業」は目立ちすぎた。当分はほとぼりが冷めるまで鳴りを潜めておく。お前達を使う時には、追って連絡する』

 

「…………了解しました、フェイス様」

 

「了解した、ボス」

 

 

実働部隊のリーダーである二人が答えたと同時に、フェイスの通信は途絶えた。ようやく落ち着いた、スコールとオータムが深い息を吐き出した。辛気臭い空気から抜け出すように、オータムがスコールの隣へと寄り添う。

 

 

「はぁ、ホントに気を遣うぜ、フェイス様相手はよぉ。疲れるったらありゃしねぇ」

 

「もう、そんなこと言わないの。不満があるならちゃんと聞いてあげるから」

 

不満を隠さない様子のオータムに優しく語り掛けるスコール。赤みがかった顔で俯いた彼女に微笑んだスコールは、そのまま無言で部屋から立ち去ろうとしたロングコートの男 エスツーを呼んだ。

 

 

「貴方もどう?当分は休みだし、三人で楽しむのも新鮮じゃない?」

 

「…………からかうな。オレはそういう冗談が嫌いだ」

 

「冗談で誘ったりしないわよ。こう見えて、私は貴方の事も気に入ってるのよ?」

 

「………とことん気分屋な女だ」

 

呆れたように呟いたエスツーは対面するソファーに腰掛けた。スコールと向き合うように座ったエスツーは机の上に置かれていたワインボトルを手に取り、グラスに注いでいく。

 

二人っきりでいられないことに露骨に不満そうなオータムにキスをしたスコールは向き合ったエスツーへと問い掛けた。

 

「それはそうと、どうだった?」

 

「…………何の話だ?」

 

「兄妹の話よ。織斑千冬、相手したんでしょう?」

 

ピクリ、とエスツーが硬直する。

僅かに飲んだワインの酔いが入っているのか、眼を細めたエスツーはつまらなさそうに語った。

 

 

「────腑抜けたな。数年も、十数年もしない内に衰えた。教師なんぞに現を抜かして、情けない」

 

「その割には、殺さなかったみたいじゃない。やっぱり家族の情?」

 

「殺すのは簡単だ。だが、それではつまらん。どうせ殺すなら、全盛のアイツを殺してこそだ」

 

 

グラスの中のワインを揺らしながら、エスツーはそのワインをふと見つめた。波立つワインの表面に浮かぶ自分の顔を見据えた彼の脳裏には、あの時の────血縁と対峙した時の記憶が蘇る。

 

 

 

────何故、奴に与する!何故、あの男に付き従う!?

 

────問い、か。無意味な質問だ。その問いに、オレからも問いで返そう。

 

 

 

 

──────何故オレを置いていった、兄妹。

 

 

◇◆◇

 

「ふんふん♪ふーん♪」

 

「……………」

 

豪華なバスルームで、鼻歌を口ずさむ程にご機嫌なエヌ。手の中でシャンプーを泡立てた少年は、目の前で興味無さげに風呂椅子に腰掛けた少女 妹であるエムに声をかけた。

 

 

「エムー、頭洗うよー。目を瞑ってねー」

 

「………ん」

 

多くは語らず、エムは黙って頭を上げた。早くしろ、と急かす妹の髪に泡立てたシャンプーを馴染ませる。無論、二人とも生まれたまま姿である。

 

────少し前の戦闘の後に賭け事をしていたエムとエヌだが、勝敗が決まりきらず、最終的にジャンケンによってエヌの勝ちになった。当のエムも負けたことに不満はあったが、大人しくエヌの要望である一緒に風呂に入ることには従っていたのだ。

 

 

「………まだか?」

 

「んー、まだだよー。今コンディショナー使うから」

 

「シャンプーで洗ったならもういいだろ」

 

「ダーメ!折角綺麗な髪だから大事にしないと!髪ってのは傷みやすいんだから、丁寧に洗わないとね!」

 

食い下がるエヌにやれやれ、とエムは大人しく応じる。再び髪にシャワーをかけ、洗い始めたエヌ。そうしていると、エムが重い口を開いた。

 

 

「…………仕留め損なったな、奴を」

 

「まぁね、仕方ないさ」

 

「フェイスは、知っていたはずだ。私達には織斑一夏を殺し切れないことを。きっと、想定した上で許可を出したんだ。あの男は、フェイスの計画の核の一つだから」

 

「考え過ぎじゃない?じゃなきゃチャンスなんて与えないでしょ。気に病み過ぎだと思うね、オレは」

 

 

そこまで言って、エヌは自身の妹が行き場のない苛立ちを秘めていることを察する。理解を示したエヌはシャワーから手を離すと、エムを後ろから優しく抱き締めた。

 

 

「────大丈夫だよ、マドカ」

 

「………ノエル」

 

「オレとマドカ、二人で居れば最強さ。織斑一夏も織斑千冬も、フェイスだって相手じゃない。オレ達兄妹こそが、真の意味で選ばれた存在なんだ────彼奴等なんかじゃない」

 

「────ああ、分かっている。だからこそ、私達はフェイスの手を取った。私達の存在を、私達の在り方を世界に刻む為に」

 

抱き締めるエヌ、ノエルの手に触れるマドカ。ずっと伏せていた瞳を開いた彼女は目の前のガラスに映る自身の顔を見据える。何処か似ている青年、血の繋がった兄弟の顔を思い浮かべ、殺意と敵意が濁った言葉を吐き捨てた。

 

 

「その為にも、織斑一夏を殺そう。私達が、私達である為に」

 

「そして千冬姉さんも超える。そうすることで、オレ達は本当の意味で世界に生まれ落ちる」

 

 

二人は強い決意と覚悟を以て告げた。

互いの間に断ち切れぬ、確かな繋がりがあることを自覚して。互いの手を握り、二人の兄弟は意思を固めた。

 

 

「………その前に、一つ。やっておくことがあるな」

 

「?どしたの?エ────」

 

 

次の瞬間、エムは手に取った石鹸を兄の顔に叩きつけた。突然の不意打ちにすっ転んだエヌは、直後大声をあげて悶え始める。

 

 

「イッッッタァイ!!目が!目がぁーーーーッ!!!」

 

「………ドサクサ紛れに胸を揉むな。馬鹿が」

 

「え、エヘヘ、やるのはエムだけよ?それに、重要な事なんだよね。これが」

 

「…………重要だと?」

 

「ほら、胸って揉むと大きくなるじゃん?千冬姉さんだって立派になってるんだし、エムも多分大きくなる資質はあるのよ。後は揉んで大きくするだけ、だと思うなー。エムも胸を大きくしたいんでしょ、マッサージしてたし」

 

「………………」

 

「あ、アレ?エム?腕を掴んで何を────でででででででっ!!?いた、痛いんだけどっ!?」

 

「最近のお前もスキンシップが激しいからな………少し痛い目を見せておこうと思ったまでだ」

 

「関節技なんて洒落にならないっ!でも、こういうのもアリかも………やっぱ無理だクソイテェ!あ、え、エムも嬉しいんじゃないカナ!?さっきからオレの背中に可愛らしくおっ勃ったちく────『ゴキッ』ダァーーーーッ!!!?」

 

 

◇◆◇

 

 

「────ゼノス・バルハードは完全に掌握した。八神宗二が遺したISの王の力、その一つが我が手に落ちた」

 

 

不気味なまでに闇が渦巻く空間。黒い残骸の山で積まれた玉座に腰掛けた仮面の男 フェイスが淡々と語る。ふと上を見上げたフェイスは深呼吸した後に、とある事実を語り始めた。

 

 

「ISコアには、仮想人格が存在する。己の精神を重ね合わせた、ISの意思、ISの自我。そして、ISと共鳴した人間のペルソナ。それこそが、ISを完全に制御している」

 

 

少し前の戦いで、フェイスは龍夜達の手で敗北した。

敢えて、本気で戦い、本気で圧倒され────進んでISにダメージを受けた。そのダメージによって、フェイスはゼノス・バルハードを完全に制御することが出来た。

 

つまり、フェイスが纏っていたIS ゼノス・バルハードは制御下に無かった。正確に言えば、ISコアが操縦者であるはずのフェイスを拒絶していたのだ。長い間、ずっと。

 

 

それ故にフェイスは初期設定だけで戦い続けてきた。不要なはずの武装を山程用意していたのも、それが理由である。

 

 

「だが、八神宗二は慎重な男だったようだな。私に奪われたこのゼノス・バルハードに封印を仕込んだ。本来、操縦者の自我と意識からの影響を受け、生まれるはずの意識体。ソレに代わり、ゼノス・バルハードの守護者たる仮想人格を用意した。

 

 

 

 

────十年以上も、手を焼かされたものだ。なぁ、『片翼の魔王』よ」

 

 

そこでようやく、フェイスは目の前にいる相手の眼を見据えた。

 

黒いドレスに身を包んだ、紫髪の女性。凛々しく、大人びた雰囲気を漂わせる彼女は、周囲から伸びた茨のような鎖で前進を締め上げられていた。

 

彼女こそが、『ゼノス・バルハード』が仮想人格。厳密には、八神宗二がゼノスを悪用されないように仕込んでいた、王の力の番人であり、フェイスの妨害を続けていた存在であったのだ。

 

 

「魔王の力を冠する玉座は手にした。王座を失った貴様には、私の邪魔をすることは出来ない。大人しく、従う相手を選ぶべきだと思うがな」

 

「────私は」

 

 

女性がようやく、重い口を開いた。その瞳と声音に、純粋故に敵意を宿して。

 

 

「私は、ゼノス・バルハード。ISの王にして管理者。この力は、全てのISの可能性を守るもの。全てのISの夢へ導くもの。無限にある可能性を、信じるための力────!」

 

「関係ない。その力は、人類には過ぎたものだ。過ぎた力は、相応しきものが管理すべきだ────『私こそが、その力を手にするに値するものだ』」

 

 

そう宣ったのは、仮面の男ではないナニカだった。二つの声が入り混じったその言葉は、ISコアである仮想人格に最大の警戒を向けさせた。

 

 

「違う、貴方には資格はない。いや、資格などの問題ではない。貴方のようなものは、この力に触れてはならない。だからこそ、創造主は────八神博士は、私を生み出した。貴方のようなモノに、力を渡さない為に!」

 

「お陰で、十年を時間を要した。全く、厄介な男だ。たかだか数十年生きてた程度の人間が、この私にここまで邪魔をしてくれるとは──────だが、もう充分に時間はくれてやっただろう?」

 

フェイスが手を上げると、背後の空間にあるナニカが蠢いた。鎖を伸ばしていたソレは、無数の黒い手を伸ばし、女性へと近付ける。

 

 

「あくまでも私に反抗するのなら、良いだろう。必要なのは、私の為になる仮想人格だ。貴様でなくても構わない」

 

「────ッ」

 

「王の力はこの手にある。貴様を一から、私の為の仮想人格として作り直そう。手間は掛かるが、必要なことだ。ゼノス・バルハードを、王の力の真価を引き出す為には」

 

 

黒い手が、『魔王』の人格を包み込む。フェイスにとって都合の良い駒として再利用する為に、細かいところを作り直すつもりなのだろう。彼女は抵抗することなく、ただフェイスを睨み見据えた。最後まで、黒い手に覆われるまで。

 

 

「────織斑一夏、篠ノ之箒、蒼蒼龍夜。今回は貴様らに勝利をくれてやろう。だが、忘れるな。貴様らはどう足掻こうが、私の駒に過ぎないのだ」




今回で学園再編終了です!次からは数話ほど幕章の話になりますので、お楽しみくださいませ!それでは!
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