「────龍夜さん!わたくしに付き合ってくださいまし!」
「…………」
資料を手に取った龍夜を硬直させたのは、意を決したセシリアの一言であった。二人っきりの空間に、静寂が広がっていく。目をパチクリと見開いた龍夜がその手から紙束を落とした。
唐突な告白をしたセシリアの表情は真っ赤に茹で上がっており、羞恥に耐えかねたように熱気が溢れ出ている。彼女としても相当の覚悟があってのものだろう。
沈黙を貫いていた龍夜は、そんなセシリアの言葉に────
(いや、どっちだ?)
どういう意図なのか理解しきれず、混乱していた。
◇◆◇
(お、おおおお………落ち着け、蒼青龍夜!分かっていた、分かりきっていたはずだ!セシリアが俺に好意を、恋愛的感情を向けていることは!この二人だけの空間を選び告白する可能性は少なくはない…………だが、それは限られた可能性だ。セシリアが積極的に告白する理由はない、はずだ!そもそも、前提として、告白である可能性も少ない!単に午後のISの特訓に付き合って欲しい、或いは買い物の誘いである可能性の方が高い!だが、それで決めつけるのは得策ではない!あのパーフェクト鈍感の朴念仁みたいなことだけは御免だ!!)
時間にして三秒。本来であれば意識しただけで過ぎ去る秒数の中、高速で思考するこの男 蒼青龍夜。人百倍優れた(尚自称)頭脳を無駄に酷使した青年は、すぐさま結論を出すことにした。
ただし、その間絶句した様子で硬直する龍夜の状態は明らかに異様である。例えるのなら、大容量をダウンロード中のパソコン。ネット回線が悪く繋がらない状態が続いたスマホのように、不動であった。流石のセシリアも返答すらしない龍夜に心配の眼差しを向けていたが、慌てて再起動した龍夜が軽く咳き込んだ。
「セシリア、相談してもらって悪いんだが………一体何に付き合えばいいんだ?」
「………………あ」
当人もようやく、主語が足りなかったことに気付いたらしい。すぐさま頭を下げてきた少女を宥めると、龍夜はその内容について然りげ無く聞いてみた。すると、押し黙ったセシリアはゆっくりと語り始めた。
「実は、三日ほど本国の方に帰省しますの」
「本国、イギリスか。何か用でもあるのか?」
「『ブルー・ティアーズ』の実戦データを本国に送るというのが本題なのですが、もう一つ目的もあります」
「────『サイレント・ゼフィルス』の事か」
学園祭の時、IS学園を襲撃した亡国機業のIS二機。その内の一機がイギリスが開発した『BT二号機』、セシリアの専用機から得たデータにより開発された新型を、テロリストの1人が保持していたのだ。
当然、セシリアはその事を本国の情報部に問い詰めたが、結果は沈黙。今情報を探っているから下手に話を広げるな、と言っていたらしいが、強奪されたことは最早明白だろう。それでも尚、隠蔽に徹しているのは政治的な問題を、或いは別の何かを恐れてのことか。
丁度本国に帰還するこの機会に、問い詰めに行くつもりらしい。その気であるのならば構わないが、それでいいのかと龍夜は問う。代表候補生といえどやれることにはある程度の限度がある。不用意な真似をすれば、セシリアの立場も危ういはずだと。
「問題ありませんわ。この件が、亡国機業に、フェイスに近付けれるのであれば本望です。私も代表候補生の一人として、出来ることをするつもりですの」
彼女がそこまでするのは、恐らく自分が原因だろう。フェイスへの復讐を止めず、今も憎悪を燃やしているからこそ、少しでもその力になりたいと、彼女は思っているのだ。だからこそ、セシリアに気苦労をさせてしまっている。
そんな彼女の真意を理解した龍夜の胸に痛みが増した、肉体的なものよりも遥かに鋭い痛みだ。
「その一件の事、私だけでは引き出せかねますので………龍夜さんのお力を借りれれば、どうにか出来るかと思いましたの。ですが、その…………難しいのであれば────」
「────いや、是非付き合わせてくれ」
モジモジとしながらも引け目のあるセシリアに、龍夜は堂々とそう口走った。突然の事に呆気にとられるセシリアの顔を正面から見据え、龍夜は落とした書類をまとめながら話す。
「勘違いするな、お前一人に無理をさせるつもりがないだけだ。フェイスに関わることならば、俺も動いて探るべきだろう。…………それに、丁度イギリスには用があったからな」
「……………?」
不思議そうなセシリアに、龍夜はその意図は伝えることはなかった。無理に隠したいわけではないが、出来ることなら後から教えたい。この場で伝えても、不用意な混乱や期待をさせてしまうかもしれないからこそ。
「それで?何日からだ?」
「…………え、あっ」
「いや、イギリスに帰るなら飛行機の予約も必要だろ。こっちも休みの申請を取らなきゃならないしな……………ん、待て。何だその反応」
しまったと言わんばかりの様子を見せるセシリアに、嫌な予感を感じる龍夜。同時に脳裏に過ぎるある可能性…………いや、有り得ないはずだ。さすがにそんなことはありえない。
龍夜の知るセシリアは少々負けん気が目立つが、それでも丁寧で真面目な淑女だ。そんな初歩的なミスをするはずがないと、期待を寄せた視線を向けると、セシリアは真っ赤に茹で上がった顔を俯かせたまま呟いた。
「………明日、ですの」
「……………明日、明日か」
絞り出すようなか細い声に、絞り出された声が応える。再び手から滑り落ちた書類を回収する余裕もなく、ただ純粋な疑問で問いかけた。
「なぁ、セシリア………その話って、前々からあったんだろう?何で今になって俺に持ち掛けてきたんだ?」
「…………龍夜さんもお誘いしようかと思っていましたけど………その、機会を見つけようと…………」
「────いや、悪かった。俺も最近忙しすぎたしな」
セシリアとしても誘おうとはしていた、そう理解した龍夜はそこで話を切り変えることにした。最近思えば例の計画に集中しすぎて、彼女とも話す機会を作れていなかった。その事も含め自省すべきだ。
「それより、飛行機の予約はどうする?イギリス行きになると、ロンドンか。そこのヤツを買っておきたいしな」
「そこは大丈夫ですわ」
「………大丈夫って、いやいや。まだチケットすら買ってないのに、大丈夫なわけないだろ。まさかオレの分まで買ってるわけでもあるまいし────」
そう言いながらスマホを弄り、飛行機の予約をしようとし始める龍夜。落ち着いたのか、冷静になったセシリアが少し自信を取り戻したように、告げた。
「────わたくしのプライベートジェットがありますので、一緒に乗って頂ければ大丈夫、ということですの」
「……………セシリアって王族か?」
「王ぞ……ッ!?わたくしは普通に貴族ですわよ!?」
────普通の貴族でもプライベートジェットは持ってないはずだが、と言いたい衝動に駆られたが、龍夜はそれを飲み込んだ。貴族は金持ちだな、と数十億の資金を手に入れた経歴を持つ天才児こと問題児の龍夜は自分の事を棚に上げて思うのだった。
◇◆◇
それから、急いで千冬に報告するとアッサリと受け入れてくれた。彼女は呆れたように「必要な手続きはやっておけよ」と言っており、一応学校の方も休みということにしてくれるらしい。
当然ながら授業の遅れは自分でなんとかしろ、という方針ではあるが。相変わらず、手厳しいことだ。数日分の授業内容は一夏でも教えてもらえばいい、何か夜を奢ってやるついでに。
────どんな情報通か、忌まわしいことに楯無にもその話は届いていたらしい。二人っきりでデートかと、これでもかとイジってくる先輩にブチ切れた龍夜が拘束用のアイテムをぶち当ててから寝た。
起きた瞬間、真っ赤になった彼女に張り倒されたが、龍夜は今でも自分が悪いとは思っていない。
そんなことを経て、龍夜とセシリアは空港に用意された自家用ジェットでイギリスへと飛び立った。思ったよりも豪華で、王族とかが普通に使うような高級な洋装だ。一瞬躊躇しかけたが、遠慮しないでほしいというセシリアの言葉に甘え、龍夜も気を休めて世間話を交わしながらパソコンによる作業を続けていた。
それから数時間して、目的地のイギリスの首都ロンドン ヒースロー空港に着いた小型ジェットの扉からタラップが下ろされる。開け放たれた扉の外へと出たセシリアと龍夜を迎えたのは、
『────お帰りなさいませ、お嬢様!!』
集められたメイド達が、一糸乱れぬ様子で挨拶を響かせる。こういうのを見るのは初めてではないが、やはり新鮮なものだ。ルクーゼンブルク公国来訪の時と比べても、彼女達の動きが洗練されたものであることは明白だ。
迎えられたセシリアは穏やかに微笑みながら、彼女達に挨拶を返す。こうして見れば、やはり彼女が一貴族の当主を担うお嬢様であることを実感する。自分と同じ年代でありながら、明らかに違う風格というものを肌で感じ取れる。
「此方はわたくしのご友人の龍夜さんですわ。今日から二日の間一緒に行動しますので、丁重に、粗相のないようにお願いしますわね?」
「は、了解しました。お嬢様」
「いや、セシリア。そこまでは………」
「させてください。わたくしの我儘に付き合っていただいてますから」
ホテルに泊まろうかと予約をする前に、セシリアに完封されてしまう。駄目でしょうか?と半ば不安そうな目で見られれば、流石の龍夜も断ることが出来ない。
大人しく従うことにした龍夜の元に駆け寄ってきたメイドの一人が「お荷物、お運びします」と龍夜が置いていたキャリーケースを運ぼうと手を伸ばす。「あっ」と思わず龍夜が呼び止めるより先に、持ち上げようとしたメイドが、力が上がらないことに目を見開いた。
「………悪い、少々機材を積んでてな。相当重いはずだ。俺が持っていくから無理をしなくて大丈────」
「────いえ、問題ありませんわ」
流れるように割って入った落ち着いた声と共に、持ち上げられなかったキャリーケースを細い手が軽々と持ち上げた。咄嗟に目を剥いた龍夜は、その当人────明らかに他のメイドとは雰囲気の違う少女がそこに居た。
彼女は驚いたように視線を向ける龍夜に一礼をするや否や、端的に名乗り上げた。
「はじめまして、蒼青龍夜様。お嬢様の専属メイドをしております、チェルシー・ブランケットです。以後お見知り置きを」
「…………蒼青龍夜だ。此方こそ、短い間だがよろしく頼む」
そうやって言葉を交わし、重さなど感じないかのように運んでいくチェルシーの背中を龍夜は静かに見据えていた。
………彼女に気を惹かれたとでも勘違いしたのか、目を離した隙にセシリアは何故だか機嫌が悪そうであった。黒塗りの高級車に乗せられた中でも、龍夜は不満そうなセシリアを何とか宥めるのだった。
◇◆◇
オルコット邸本邸。
豪邸どころの話ではなく、城とも言っても過言ではない巨大な屋敷に感心した龍夜は屋敷内に立ち入り、手厚い出迎えを受けることになった。無論、比喩ではない。
明らかに広い本邸。歩くだけで普通に入り組んだその構造は一夏を放り込めば、一瞬で迷子になりそうなものだと龍夜は思う。友人に対する評価にしては酷すぎるが、的確すぎて困ったものである。
「…………やっぱ、流石貴族だな。こういうのは、俺には無縁だと思ってたな」
臨時として用意された龍夜が寝泊まりする客室。あまりにも広すぎて、流石に気が休まらない。フカフカのベットの上に寝転んだ龍夜は今後の事をどうするか考えていたが、すぐに目先のことを決めて、実行に移すことにした。
「………セシリアと話してくるか」
そうやって、部屋から出ていった龍夜はそのまま廊下を歩いて進む。途中作業中のメイドが用事を訪ねられたが邪魔する訳にもいかず、セシリアの居場所を聞いてそのまま進むことにした。
入り組んだり部屋の多い豪邸だが、一度見た配置はほぼ間違いなく記憶している。セシリアの居る当主の部屋の扉を開けようとしたところで、
「────何度もおっしゃっていますが、その話は断ったはずでしょう」
セシリアの張り詰めた一声に、ドアノブへかけた手が静止する。この声は彼女が本気で怒っている時の声音だ。彼女以外の気配は部屋から感じない。恐らく誰かと電話をしているのだろうか、聞き耳を立てながらドアノブに触れた瞬間────横から伸びた手が龍夜の手の上に添えられた。
「…………」
「龍夜様、申し訳ありませんが少々お待ち下さいませ」
チェルシーに呼び止められ、龍夜は素直に従った。それからセシリアが電話の相手に気丈な態度で向き合い、最終的に断りを入れて電話を切ってから、ようやく一息ついた。そんな彼女の様子を見計らったチェルシーが龍夜と共に扉を開ける。
「お疲れですね、お嬢様」
「ああ、チェルシーに────りゅっ、龍夜さん!?」
リラックスしたように気を抜いたチェルシーに目を向けて、後ろに居た龍夜を視認した瞬間明らかに動揺する。あたふたとするセシリアがチェルシーにどういうことかと聞くが、チェルシーは平然とお客様が探しておりましたので、と返す。
そんな空気の合間を狙って、龍夜は自身の疑問を切り出した。
「セシリア、今の電話はどうした?ただ事ではない様子だったが………」
「…………いえ、此方の問題ですから………ご心配は無用ですわ」
「────ヴィルハード家からの縁談の件です」
その場を誤魔化そうとしたセシリアは、チェルシーによってアッサリと事実を明かされた。その直後彼女は何をしているのか、と戸惑いながら問い詰めたが、チェルシーはそんなセシリアを理路整然と説き伏せる。
「縁談?」と顔を顰めた龍夜に、隠しきれないことを悟ったセシリアはようやく、ポツポツと明かし始めた。
「龍夜さんは、ヴィルハード家をご存知ですか?」
「イギリスの名家の一つだろ。確か、オルコット家と同じく有名みたいだな。………それも、昔のことみたいだが」
オルコット家とヴィルハード家。
かつては英国を支えたとされる二大貴族として数えられた二つの一族は、英国内部でも大きな権威を有していた。オルコット家は無限にも等しい資産や事業を、ヴィルハード家は皇室に仕える騎士を歴代から輩出し、二つの貴族は英国の歴史に名を遺してきた。
だが、二大貴族の栄華も唐突に断絶を迎えた。
オルコット家は過去に起きた大事故により当主と旦那、夫婦二人が死亡し、家督はまだ幼いセシリア一人に背負わされた。
一瞬でそんな環境に陥ったオルコット家とは違い、ヴィルハード家は緩やかな破滅を迎えつつあった。騎士を輩出したとされるが、最近は名家であることを盾に傲慢になり始めた者が多くなり、王室に仕えるヴィルハード家出の騎士も問題行動が目立つようになり、王室や他貴族からの信用も失いつつあった。
その信用が失われたのは、ヴィルハード家が『無能』として勘当した兄弟。その兄であるクリス・ヴィルハードが騎士の勲章を授かったことだ。
銃使いとはいえ、王族を救った心優しい英雄を『無能』『汚点』として散々とけなし、縁を切るまでに至ったヴィルハード家の信用は底に落ち、遂には没落貴族とまで見下されるようになった。
これこそが、ヴィルハード家の現状である。哀れな話だが、自業自得だなと話を聞いていた龍夜は冷たくそう評価した。セシリアの話はまだ続き、彼女は語り出す。
「わたくしには子供の頃、尊敬していた人が二人いましたの。母と叔父 クリス叔父様…………あの人は、騎士としての才能を持っていなかったが故に、ヴィルハード家からは認められませんでした。あの人が王室に認められて、その功績を自分のものとしてひけらかす彼等が、子供の頃から嫌いでした」
セシリア曰く、オルコット家とヴィルハード家は険悪な関係であったらしい。最もヴィルハード家が勝手に見下していただけだが。『貴族に相応しくない』だの、『対等に扱われる事自体有り得ない』だの、子供のセシリアの前でもそう言う程に腐っていたらしい。
だが、そんな何の因果か過去の栄光を盾に威張っていたヴィルハード家は今や国内でも疎まれるような立ち位置になり、当主を失ったはずのオルコット家はまだ成人すらしていないセシリアが従者たちと共に護り通したのだ。
「ですが最近になってから、ヴィルハード家から縁談の話が続いていますの。前にも、わたくしが子供の頃にも何度かありましたのでまたかと思いましたが、今回は少ししつこく詰め寄ってきてて…………」
「縁談か。狙いはオルコット家を取り込み、自分たちの力を強めることか」
「恐らくは、そうでしょう。ヴィルハードの人間はお父様やお母様が死んだ後にも、遺産や利益を奪おうとわたくしに擦り寄って来ましたから…………今回も、それが目的のはずですわ」
浅ましい、そう言うしかない。
ここまでくると貴族ではなく、蜜に集る卑しい虫以下だ。ヴィルハード家の先祖とやらを思うと同情が過ぎる、まさか子孫がここまで薄汚いクズにまで腐っているとは思うまい。
「連中が大人しく引き下がった………なんてはずもないか」
「ええ、電話を切る際『貴方はこの婚約を受け入れるべきだと、自覚することになる』と言ってましたの。何かするつもりなら、当然徹底的に相手をしてやりますわ」
「ああ、徹底的に叩きのめしてやれ。何かあれば、俺も力になろう」
「ふふ、ご心配なく。龍夜さんの手を煩わせるつもりはありませんので」
ならいいが、と龍夜は大人しく引き下がった。だが、やはり不安がないわけではない。今回はヤケに強気だったヴィルハード家が何かしてくるのもかしれない。そう心の中に留めた龍夜は万が一に気を付けておこう、と警戒することを誓うのだった。
◇◆◇
それから昼時になり、オルコット邸を出たセシリアと龍夜はある場所へと向かっていた。IS関連の企業の一つでありブルー・ティアーズの開発元である、ヴィクトリア社の本社へと。
「お待ちしてましたよ、セシリア・オルコット」
本社に入ったばかりのセシリアと龍夜を出迎えたのは、セシリアの担当を務めるらしいスーツ姿の女性。セシリアがいつも連絡を取っていた本国の担当本人らしく、いつも苦言を呈されてるセシリアは少しばかり緊張した様子であった。
セシリアと向き合って事務的な対応を取る担当。ふと話を切った所で、彼女の目が隣に立つ龍夜へと向けられた。
「………失礼ながら、彼は?」
「蒼青龍夜だ。何故ここに居るのかと言われたら、セシリアの付き添いと私用だ。ブルー・ティアーズの機体の話は誰にすればいい?」
「私で構いません。セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの担当は私がしておりますので」
「なら少し、話をしたい。セシリアがデータを取っている間、時間はあるだろう?」
「……………分かりました。個室になりますが、よろしいですね?」
構わない、と端的に答えた龍夜は事態が読み込めず困惑しているセシリアへと視線を向けた。何も言わないで欲しい、そういう意味を込めた眼差しを理解したのか、セシリアは静かに頷いてくれた。訳は後でちゃんと話そう、そう決意しながらデータを取るために離れたセシリアを見守った。
そうして、担当が「此方です」と呼び掛ける。連れて行かれたのは応接間。扉に入る際、部屋の前に待機した様子の警備兵の姿を見据え、警戒されていることを自覚した龍夜は毛ほどに気に掛ける様子もなく、応接間の椅子に座った。
「時間を作って悪かったな。今回セシリアに同行したのは、アンタ達とこうして話す機会が欲しかったからだ」
「アンタ達………私個人ではなく、ヴィクトリア社に対して、ですか」
「────単刀直入に言う、ブルー・ティアーズを改造する権利を俺に寄越せ」
対面するヴィクトリア社の担当に対し、龍夜は臆することなく堂々と告げた。要求というにはあまりにも横暴が過ぎるが、対面する彼女もただの身勝手ではないと理解しているのだろう。理解した上で、冷たくあしらった。
「無理な話ですね。ブルー・ティアーズは我々が開発したISであり、イギリスが保有する専用機です。それを一個人による改造を許可するなど、有り得ない話です」
「────そうだな、だがお前達はブルー・ティアーズを強化するつもりは無いんだろう?試作機として、
「……………っ」
鉄面皮が微かに震えたことに、彼女の動揺を悟る。どうやらこっちは白のようだ。フェイスと繋がってゼフィルスを流した可能性もあった為、彼女等が白と分かれば安心できる。
「無論、アンタ達に利益の無い話じゃない。俺から提示できるメリットは二つある。その前に、前提として宣言しておこう」
だが、担当の目は未だ疑心に満ちている。当然だ、彼女から見て龍夜がISを改造するということ自体信じられないだろう。代表候補生でありIS操縦者としか認識してないこそ、そんな彼女の認識を打ち砕くため龍夜はとある事実を口にした。
────ISを開発した企業の人間であれば、絶対に信じることのないような話を。
「俺は一度、ISを設計・開発したことがある。最も、つい最近ではなく数年も前だがな」
「……………ここまでくれば、笑えてくる冗談ですね」
「俺は本気だが?」
「本気?私達を馬鹿にしているのですか!?」
当然だ。ISを造る、ということは生半可なことではない。無論、一個人が造るなど有り得ない話だ。国連が選りすぐった研究者や学者ですら、束になってようやくISを完成させるくらいなのだ。それが出来るのは、今は亡き八神博士か唯一の天災である篠ノ之束のみ。例外は今まで居なかった────自分以外には。
「証拠が必要なら、用意してやろうか?」
「………何のつもりです?」
「今から電話する相手の話なら、証明になるだろう?」
戸惑う担当の余裕が崩れたことを見計らい、電話を始める龍夜。怪訝そうであった彼女が更に驚愕することになったのは、龍夜が口にした相手の名前を聞いたからであった。
「もしもし、倉持所長に伝えてほしい。蒼青龍夜に用がある、と……………ああ、伝えてくれるだけで理解してくれるはずだ。感謝する………………もしもし、所長か」
『────誰かと思えば君だったとは。全く、人を何だと思っているんだ?私がこうして電話に急いで出るのは、君くらいだよ。それで?今回は何の用かな?』
電話の相手こそ、倉持技研の所長 倉持徹である。
日本随一のIS開発企業であり倉持技研を設立した創設者であり、IS関連に携わる開発者の一員である人物。
かつて龍夜が開発したISを提供した相手でもある。その時から、彼には気に入られていたらしく、こうして電話番号を預かっていたのだ。今かけることになると、当時は思いもしなかったろう。
「俺が造ったISのことを、疑ってる相手がいるんでな。アンタに証明して欲しいって思ったわけだ。立場や実績のあるアンタの言葉なら、信用されるだろ」
『…………まぁ良いだろう。他ならぬ君の頼みだ、スピーカーにしてくれるかな』
そう言われるがままにスマホをスピーカーに切り替えると、親しげな様子から打って変わって、無機質な冷たい声で言葉を紡いだ。
『やあ、何処の誰だか知らないが………私は倉持徹と言う。ああ、挨拶は不要だ。用件だけをはっきりさせておこう。
彼がISを設計、開発したことは紛れもない事実だ。私が協力したわけではない。彼は一から、資材や機材に至るまで一人で用意した上で、新世代のIS────「ディアボロス」を創り出したのだ。この私が、倉持技研の代表として、事実だと断言しよう。信用できないのなら、国連にも証明して貰えるのだが?彼が制作した設計図やファイル、それらの原本は此方が保持している。コピーしてそちらに送るが?』
有無を言わさぬ倉持徹の態度に、担当は反論する言葉も出なかったらしい。国連を引き合いに出すほどのことで、事実と認めざるを得なかった。それで充分だろうと判断した龍夜はふとスピーカーを切り替え、電話に戻った。
「悪かったな、所長。色々と助かる」
『何、私と君の仲だ。好きな時にでも連絡してくれ…………女ばかりの学園に嫌気が差した時も、是非。我々倉持技研は、君を心から歓迎するだろう』
「…………その時に、お願いします。失礼」
電話を静かに切った龍夜は、目の前で口を閉ざしていた担当と再び向き合う。
「さて、メリットの話に戻ろう」
「…………」
「一つ目、これらの計画の為に行われる『ブルー・ティアーズ』の改修、改造による費用は此方が取り持つ。当然、アンタ達は改修された『ブルー・ティアーズ』のデータも好きに取ればいい。最も、IS学園が費用を負担するのは、あくまでも今まで通りセシリア・オルコットが運用する場合に限るが、それは当然の話だろう?」
無論、これは理事長から許可を得ている。極力、自分から費用は捻出するつもりであったが、当の理事長は「こういうことは僕達に頼って欲しいね」と言われたので、仕方がないのだ。
「二つ目、ブルー・ティアーズの強化による戦力の向上。それによる、セシリアの戦果が増すことだ。これはアンタ達、イギリスにも当然メリットのある話だ。セシリアが成果を出すことができれば、当然ブルー・ティアーズを開発したヴィクトリア社やイギリス本国にも良い影響力になる」
「…………貴方の提示するメリットは理解しました。ですが、私個人で決められる話ではありません」
「────なら、此方も最後のジョーカーを出させて貰おう」
相手は大きく揺れている。
龍夜が提示した一つの事実により、彼女は素の状態に近付いている。このように精神に揺れが生じれば、本来の話し合いでは通じない要求も通りやすくなる。心理的に追い込んでいった龍夜は、ここで彼女の余裕を完全に突き崩す切り札を叩きつけた。
「俺は既に、ISの改造の許可を貰っている。ある人からな」
「っ!そんな話は聞いていません。何処の誰だか知りませんが、他国のISの干渉することを許す人間がいるはず…………」
「────篠ノ之束」
「ッ!!?」
今度こそ、担当の女性が言葉を失い驚愕した。
それほどまでに、今まで以上の事実なのだ。篠ノ之束という存在に接触し、彼女から許可をもらえること自体が。
「ISは他国が保有しているが、開発者直々に許されているなら妥協することも可笑しくはないはずだ。もともとISコアは篠ノ之束博士の所有物だ。彼女にも、許可を下す権利はあるというのは当たり前だろう?」
「そんな馬鹿な………っ!世界から姿を眩ました天災が、貴方個人に接触して、その行為を容認したと言うのですか!?一個人の、ただの学生にそんなことが────ッ!!」
「出来たからこそ、俺はここに居る。こうして話している訳だが、違うか?」
既にこの話の流れは龍夜の手にある。
冷静沈着である態度を貫くその姿勢に、対面する彼女も揺れ動いているはずだ。あと少し、突き動かせば、自身から首を縦に振るであろう。
「譲歩はしてやった、これが最後通牒だ。────俺にブルー・ティアーズの強化、改造の権利を寄越せ」
「…………一旦、この話を持ち帰らせて下さい。私一人で決めるには、重すぎる話です」
しかし、まだ足りない。
いや、十分出せるものは出した。すぐにも首を縦に振れないのは、大人としての確かなプライドか或いは主導権を握らせまいというせめての反抗か。
揺れ動く表情から覗く目には、此方の出方を待ち望んでいる。大方、ここで話を聞き入れたところで自分達に都合の良い方針で進めるつもりだろうが────そんな自由を許すつもりはない。
「────なら、話はこれで終わりだ。邪魔したな」
アッサリと、龍夜は引き下がった。
突然の、予想外の対応に出方を伺っていた担当も明らかな動揺を見せる。露骨に戸惑った彼女を尻目に、提示した資料を片付け始めた龍夜は細めた眼差しを向けながら、淡々と語った。
「何を驚く?俺としては、篠ノ之博士の話が最後の一手だ。これで受け入れられなければもう諦めるしか無いだろ」
「あ、当たり前でしょう。貴方は、ブルー・ティアーズの強化、改造がしたかった。だからこそ、この話を持ちかけたのでは?」
「…………拘る理由が無いだけだ。セシリアには悪いが、相手はイギリスが最初でなくても良いからな」
「………………最初?」
唖然とした担当の女性が、その言葉の意図を理解したのはすぐであった。直後に青ざめた彼女は、目の前の少年のやろうとしている行為に、今度こそ呆気に取られた。
「まさか────他の国にもこの話を!?」
「何も可笑しい話じゃないだろ?俺と交流のある代表候補生はセシリアだけじゃない。中国やフランス、ドイツにロシア。他の国の奴等も強情かもしれないが、ドイツ位は応じてくれるかもな」
そう言って、龍夜は立ち上がって扉に向かう。「待ちなさいッ!」と叫んだ彼女の手には、護身用の拳銃が握られていた。IS開発の企業、その中でも特別な立ち位置にいる為、護身として持ち歩きを許された拳銃の安全装置を外すことも忘れ、彼女は叫ぶしかなかった。
「我が国を、イギリスを脅すつもりですか!?一介の、子供がっ!!」
「────決めるのはアンタ達で、俺も同じように決めるだけだ。俺にとって、どの国であろうともどうでもいい。分かるか?最初にアンタ達に取引を持ちかけたのは単なる偶然、セシリアの存在が大きいことを理解してくれると助かるな」
拳銃を向けられても尚、龍夜は揺るがない。それどころか、彼が見ているのはもっと先の未来────目の前で起きていることや、拳銃を向けられていることにも興味が無い。
此方が優勢であると理解しているはずなのに、震えるが止まらない。この引き金を引けば、自分は、イギリスは完全に終わってしまう。感情に身を委ねたはずの彼女は論理ではなく、本能で感じ取っていた。────選択を間違えたことによる、破滅の先を。
「俺の話に検討する姿勢を少しでも見せるか、その銃で俺を撃ってイギリス全体に不利益を被るか。別に好きにすればいいさ、熟考して決めたことなら、凡愚も共感してくれるかもな」
「…………っ」
「で?アンタの決断は?その引き金で、俺を撃つか?」
やってみろ、と挑発するのではなく、敢えて選ばせる。此方を見定めるような冷酷な眼差しに彼女はようやく、言葉の流れが一人の少年の手に握られていることを実感する。
その瞬間、深い思考の果てに彼女は拳銃を大人しく下ろす。
「────三十分、上と話し合わせて下さい」
「十分。ここまで譲歩させておいて…………まだ待たせる気か?」
「…………十五分以内まで、お願いします」
「一秒でも過ぎれば、この話は白紙にする。そのつもりで」
端的に告げる龍夜の横を、女性は通って出ていった。この話の結論を、先の未来の話を定める為の答えを出しに行ったのだろう。腕を組んで待つことにした龍夜に、近くを寄り添う家族にも等しい電子妖精が声を上げた。
『────大人げないねー、マスター』
「仲間の為だ、手段を選ぶつもりはない」
『うん、これでセシリアちゃんのISも強く出来るよね!セシリアちゃん、ずっと実弾装備欲しがったもん!………あ、マスターがあそこまで強気だったの、それで怒ったから?』
「別に」
龍夜は知っていた。
前々からセシリアが追加装備を、実弾装備を本国に求めていたことを。その理由はよく分かる────自分に少しでも追いすがる為だ。ビーム兵器しか持たない試作機であるブルー・ティアーズでは、龍夜や一夏に対して勝ちを狙うのは難しい。
だからこそ、実弾仕様の装備を求める行為は恥ずかしいものではない。勝率を少しでも上げようという、彼女のやる気があるだけだ。
にも関わらず、セシリアの担当────本国はそれに応じなかった。理由は単純、ブルー・ティアーズはテスト用の機体であり、BT兵器としてのデータを取るためのものであるからこそ、データ回収以外の装備を用意する必要はないのだ。そこに、当人の意思は介在しない。
代表候補生として、強くあろうとするセシリアの意思を────彼女等は子供の我儘と切って捨てた。自分達の都合を、大人の身勝手を当然の摂理のように押し付けた上で。
「────アイツを望むように利用してくるクセに、自分たちの都合だけを押し付ける大人が気に入らなかっただけだ」
無論、龍夜は彼女達の、担当の言わんとするは理解していた。
あくまでも、ブルー・ティアーズは試作機であり、セシリアの役目はブルー・ティアーズを動かし続け、BT兵器の実戦データを取ること。彼女達としても、IS開発の為にも無意味なことはしたくないのだろう。必要なことだけをしたいと思うのは、当然の理論だ。
だからこそ、あれには八つ当たりの感情が僅かにあった。
取引の為に、追い詰めるのが必要だったとはいえ、その心の内にあった────子供に強いた理不尽を当たり前と認識する大人たちへの苛立ちと怒りが。
「………結局、俺も子供だな」
龍夜「IS改造するから利権だけ寄越せ。技術やデータなんて後で好きに取ればいい。あとセシリアからIS取ったり舐めた真似するならこの話なしだ。ドイツにでも行って、話を持ちかける」
仮にも一国を脅す問題児(本人は否認)、束さんをリスペクトするだけのことはある。こうした対応、ちゃんと対面して話すだけでもまだちゃんとしてる。
龍夜がISを強化しようという計画を打ち出したことで、問題となったセシリアの有するブルー・ティアーズ問題。データ収集の為の試験機である為、強化する余地すらないと定められている為、龍夜がこうして本国の企業と交渉(脅迫)したことで企業も損しないように、自分達が上手く出来るように事を進めた、というわけです。
因みに龍夜が途中で他の国に持ちかけると言い、担当を揺さぶった時の言葉に嘘はありません。ドイツやロシア(楯無の口添えもあれば)が一番の有力候補です。
倉持技研、もとい倉持徹がここまで龍夜に親しげなのは純粋に評価してるからです。龍夜が制作したコア未完のIS『ディアボロス』をいたく気に入り、十億を支払ってでも引き取った経緯もあります。その『ディアボロス』を原型としてISを二機開発しており、その一機を娘の愛機として使わせている。
『ディアボロス』
IS学園入学前の龍夜が独自で制作したIS。ISコアの製造に行き詰まったことで開発を止め、倉持技研所長 倉持徹に売り渡した機体。
世代としては第三世代に区分される。どのようなISであるか、どのような機能を搭載しているかは不明。しかし龍夜は自身の造ったそのISを、黒歴史として認識している。
『IS』としてではなく、『兵器』として生み出してしまった、と。行き場の無い、ありったけの世界への憎しみを注いだ上で。