「龍夜さん、ヴィクトリア社の方と何を相談されていたのですか?」
「…………IS開発の為に必要な事を聞いてただけさ」
よほど気になっているのか食い入るように問い詰めるセシリアに、龍夜は適当に受け流していた。ヴィクトリア社に迫ったブルー・ティアーズの利権譲渡の件、その答えは担当から直々に明かされた。
『────本社は貴方との取引に応じる姿勢を見せるつもりです』
『見せるつもり、か。手続きに時間が掛かるみたいな言い方だな?』
『はい、本件は政府────皇室との議論を重ね、結果を決めることになります。ブルー・ティアーズは試作機といえど、我が国の専用機ですので。どうか、そこばかりは御理解を』
要するに、話が頓挫しても自分達の責任だけではない、と言いたいのだろう。適当に話を切ってきた龍夜としては然程気にしていない。ヴィクトリア社の様子からすれば、この話を受け入れるように説得に尽力するはずだ。
龍夜としては、ブルー・ティアーズの改装案をどうするかを考えるだけであった。まぁ当人のセシリアから聞けばいいだけの話だが、まだ確実に決まってない話をしても困らせるだけだ。
「そう言えば、今日の夜出掛けるんだったな。パーティーだったか」
「えぇ、貴族や有権者の方が集まるパーティーですわ。出来ることなら、龍夜さんにもお付き合い願いたいのですが………」
「…………正装なんて持って来てないんだが」
「そちらはご安心を。ちゃんと此方で用意しますので」
「………………そうか」
逃げ道を潰され、どう断るか迷う龍夜。
正直に言えば、パーティーには興味が沸かない。セシリアが認める相手とならば時間を作るのも吝かではないが、有象無象の奴等に時間を作ってやる道理もない。
ぶっちゃければ、死ぬほど面倒くさい。そう思ったのが露骨過ぎたのか、セシリアが困ったように笑いながら呟いた。
「………嫌でしたら、断ってくださって構わないですわ」
「────」
悲しそうな彼女の表情に、龍夜は感じたこともないダメージを負った。胸が張り裂けそうになるほどの感覚は、罪悪感や後悔と呼ぶべきか。吐血しそうな勢いで項垂れた彼は、心配してくれるセシリアに対し、心の底から快諾した。
────あんな顔は、当分忘れられなかった。個室の中一人で頭を抱えた龍夜は自身を襲った感覚に戸惑い、平成を保とうとするしか無かった。
◇◆◇
そして、パーティーが始まった。
学生たちのパーティーとは違い、気品と優雅さが広まったその空間は、妙に居心地が悪い。何処か堅苦しいと言うべきか、周りにいるのは貴族や重鎮など位の高い人間ばかりだからか。
「オルコットさんは今日も素敵ですわね………それと、あちらの殿方は?」
「さ、さぁ………どこか見たことがある気がするけれど、セシリア様と距離感が近いようですわね」
「ご友人、なのかしら。見覚えのある顔だし、何処かの貴族じゃないの?」
「…………周りの眼が鬱陶しいな」
「まぁ、龍夜さんは初めてですからね………皆、気になっているのでしょう」
「赤の他人に値踏みされるのは好きじゃない。お前がいなきゃ、こうも居座ることも出来ん」
そう吐き捨て、黒いパーティースーツに身を包んだ龍夜はドリンクの入ったグラスを口に含む。いつものトゲのあるような黒髪を整えた彼の姿は別人のようであり、最初に対面したセシリアは顔を真っ赤にして褒めてくれたから、悪い気はしない。
因みに、セシリアが相手だからまだ良かった。IS学園にいる友人たち、特に一夏や鈴、楯無には見せたくない。似合わないだの、別物だの言われるのは分かっている。主に、一夏は無自覚からの発言であり、鈴や楯無からは笑われると思うと、無性に腹が立つ。
それでも、周囲から向けられる好奇の眼は不愉快極まりない。此方がどういう人間か、評価しようとする打算ありきの眼差しは、相変わらず慣れることはない。むしろ苛立ちすら湧いてくる。
「………」
少しトイレに出掛けた途端、セシリアは何時の間にか他の人々に囲まれていた。華に集る虫みたいだな、と心にも無い発言が漏れたのは、作り笑いを浮かべる大人たちへの軽蔑からか。セシリアの様子を確認できる距離で食事を口にしていた龍夜だったが、ふと前を歩いてきた青年と肩が当たった。
「………」
「誰だか知らないが、気を付けろ。汚れたらどうする」
「…………分かった。悪かったな」
不機嫌そうな青年に、龍夜は軽く頭を下げる。セシリアの付き添いとして参加した以上、大事にするつもりはない。本来であれば無視に徹しているところだが、彼女の為にも無意味な事を起こすつもりはない。
そう思っていた龍夜だったが、ふと頭が濡れた。頭を下げていた龍夜の上から、青年は近くから取ったグラスの中身を浴びせていたらしい。
「ああ、失敬。手が滑った」
「…………」
「何処の誰の付き添いだか知らないが、私を前に謝ろうとしない罰だ。甘んじて受け入れて出ていくのだね。君のような者は、このパーティーには不要だ」
露骨なまでに見下してきた青年は、そう吐き捨てて背を向けていった。早々に立ち去れ、と言われた龍夜は人目が向いていない間に人気の無いエリアへと出てから、溜め息を漏らした。
「────常識の無い奴だな」
「龍夜様、お召し物を」
アレがこのパーティーに呼ばれる程の人間とは思えない。性格は勿論だが、品位ということすら無い。一体どんな教育を受けてきたのか、龍夜はチェルシーから受け取ったタオルで顔を拭いて、代わりのスーツに着替える。
「………面倒な方に絡まれましたね」
「知ってるのか?アレのこと」
「────クロリーフ・ヴィルハード、ヴィルハード家の次期当主です」
淡々と語るチェルシーの顔には、軽蔑混じりの感情が見え隠れしていた。メイド長としては感情的すぎかもしれないが、龍夜はそれを口に出すつもりはない。そうなるほどの相手なのか、と思ってはいたが────ヴィルハード家と聞いて、何故か納得できた。
「あんな男だ。セシリアの言ってた通り、悪い意味で貴族らしい奴だ」
「あんなもの、貴族ではありません。………昔からお嬢様を泣かせていたような、最低な人ですから」
「────前言撤回、貴族ですらないゴミだな」
チェルシーの話によると、子供の頃からセシリアに何度か嫌がらせをしていたという。まだ純粋だったセシリアの父を馬鹿にし続け、彼女が男への偏見を抱くようになった相手でもあるらしい。セシリアの面子を考えて少し甘い対応をしたな、と今度は社会的に抹殺するか、と考えながら顔をしかめる。
「…………まぁ、セシリアに手出しをするなら今度こそ容赦はしないがな」
「えぇ、応援いたしますわ」
そう言って会場に戻ろうとした龍夜を、チェルシーは一礼して送り出そうとしていた。そんな最中、扉を開けた龍夜とチェルシーの耳に、聞きたくもない相手の声が響いてくる。
「────セシリア・オルコット!改めて君の前で宣言する!」
うわっ、とチェルシーが嫌悪感混じりの声を漏らした。無理もない、先程文句を吐いていた話題の張本人 クローリフがセシリアに向き合って、声を張り上げているのだ。
怪訝そうな一同とセシリア。そんな彼女の姿を、自信満々の笑みで見下した男は、信じられない言葉を口にしたのだった。
「我がヴィルハード家はオルコット家の後継人となるだろう!そして、その第一歩として!セシリア、君との婚約をここの宣言する!」
「…………………あ?」
────殺すか、と。
一瞬過った殺意が、脳裏にそんな結論を提示する。少しだけ、龍夜はそうしようかと迷うほどに、ふざけた発言であった。話を聞いていたチェルシーですら「………は?」と地声で殺意を煮え滾らせていたレベルだ。
子供の頃からセシリアに嫌がらせをして、オルコット家の遺産を狙っていたヴィルハード家の人間が、セシリアと結婚?何の冗談だ、馬鹿馬鹿しい。それは当人であるセシリアですら、同じ気持ちだったようだ。
「────ミスター・クローリフ。何を言うかと思えば、この場を理解しての発言ですの?流石に冗談では許されませんわよ」
「冗談も何も、君も理解しているはずだ。この宣言は嘘などではない、この場で伝えたのも、皆に祝福して貰う為でもある」
「その話はお断りしたはずです。金輪際、そのような事を言い出さないでくださいまし。それ以上はわたくしも、優しく出来ませんわ」
凛々しく振る舞うセシリアの雰囲気が、オルコット家の当主のものへと染まっていく。彼女の宣言と共に、次第に空気はクローリフへの侮蔑と嫌悪に満ちたものに変わり出す。今は落ち着いたとはいえ、女尊男卑の社会上、身勝手なことでセシリアを困らせるクローリフへの視線は険しいものばかりだ。
なのに、だ。
孤立したはずのクローリフは、何故か自信に満ちた態度を崩さない。
「やれやれ、困るなセシリア。既に本家と君で話し合った案件だ。今更無かったことにされても、私の方が困る」
「…………何を言っていますの?」
「フッ、物証が無ければ認めないか。良いだろう、君の強情さも嫌いではないが、大人しく認めた方が良かったことを教えてあげよう」
自信満々でセシリアに向き合ったクローリフは従者らしき男に何かを持ってこさせた。早くしろ、と不機嫌そうに唾を吐き捨てるクローリフの態度にセシリアの剣幕が険しくなるが、すぐに彼女の顔が驚きに染まった。
「っ!それは………!?」
「ヴィルハード家がセシリア・オルコットの後継人になること、そしてセシリアと私が婚約すること。この二つの件の合意書だ。無論、君のサインもあるだろう?」
「……………そんな」
ざわめく空気の中、言葉を失って立ち尽くすセシリアにクローリフは満足そうに笑みを深める。その状況に無表情になったチェルシーが、信じられないほど低い声で呟きを漏らした。
「………あの屑が。とうとう手荒な真似を始めましたか」
「それよりも、だ。あの合意書、オルコット家の家印が使われる。セシリア個人としてだけではなく、オルコット家の代表としての決定になる────そんなこと、有り得ないはずだ」
「ッ、まさか!………失礼、私は席を外します。龍夜様、この場を、お嬢様をお任せして宜しいでしょうか」
「当然。アイツを放っておくほど、腐ったつもりはない」
互いの意図を理解したチェルシーと龍夜。少しだけ落ち着きを取り戻したチェルシーが離れるのを見届けた龍夜は、すぐに騒ぎの中心であるセシリアの元へと向かう。
「………ようやく理解しましたわ。あの時の言葉、そういう意味でしたのね」
「何のことだか。まさか言い訳などするつもりはないだろうね?君自身が合意したものだ。これ以上拒めば、オルコット家の威権に関わるはずだ。どうするべきか、理解しているんじゃないのか?」
「……………っ!」
「────悪いが、邪魔するぞ」
追い詰められていたセシリアを庇うように、龍夜は前に出た。突然現れたことに戸惑う空気が目立つ。クローリフは先程水をかけた相手であると気付いていないらしい────一度濡れた為に髪型を変えたので、気付けないのか。苛立たしそうに割って入った龍夜を睨みつけた。
「何だお前は。私は今彼女と話している。邪魔をしないでくれるか?」
「セシリア。一つだけ聞く」
「っ!私を無視するのか!貴様!」
「────ソレは、お前の望んだことじゃないな」
口うるさい傲慢貴族を無視した上で、龍夜はセシリアの目を見た上で告げる。彼の発言が疑いによるものではなく、ある意図を孕んだものであると理解したセシリアは────迷いなく頷いた。
「えぇ、はい。わたくしは、サインなどしていませんわ。そもそも、合意するなどありえませんわ」
「分かった。なら後は任せろ」
「────おい!何時まで無視をするつもりだ!貴様は!!」
「…………さっきから喧しいな。貴族というのはもう少し、理知的に振る舞うものだと思うんだが?」
冷たく見据えた龍夜の眼差しは、冷酷極まりなかった。息を止めかけたクローリフが思わず仰け反るが、すぐに笑みを浮かべ、侮蔑を露わにする。
「ハッ!貴族でもなければ、礼節を弁えない者がよく言うな!この私に対し、無礼を働いてどうなるか!分かっていないのだな?」
「────ヴィルハード家の礼節と言うのは、挨拶代わりに水を掛けるんだな」
皮肉交じりの龍夜の言葉に、クローリフはようやく龍夜の事を思い出したらしい。周囲からの声が、龍夜の正体に気付きつつあることを察した上で、見せつけるように礼儀正しく、自身のことを明かした。
「改めて自己紹介をしよう。俺の名は蒼青龍夜、IS学園所属日本代表候補生であり────セシリアのクラスメイトだ」
「蒼青龍夜………っ!?まさか、『
「ああ、名乗りは要らないぞ。クローリフ・ヴィルハード。有象無象の、ゴミの名乗りなんて興味はない。馴れ合うつもりもないから、端的にさっきの話を続けてもらおうか」
露骨に狼狽えたクローリフに、敢えて話を促す。意図して用意された逃げ道に食いついた貴族の男は、少しばかり冷静になれたらしく、いじらしく笑い出した。
「ククク………今更婚約を邪魔しに来たのか、馬鹿な男め。これは正式に決まった話だ!証拠であるこの紙が、それを物語っている!」
「────それだよ」
「………………は?」
その自信を打ち砕くように、淡々と龍夜は指摘する。彼自身の自信を崩し、周囲の共感や納得を得るために。
「証拠がそれしかないんだろ?その紙だけが、婚約を示す合意の唯一の証拠。なら他は?それを証明する誰かは、第三者はいないのか?」
「な、何を言っている………!?他の証拠など!」
「なら、セシリア一人に書かせたわけか?本来であれば、第三者の介入の上で決める話のはずだ。当主であるセシリアとの話し合いとはいえ、話し合いを進めるべき別の誰かが必要なはずだが……………そもそも、その誓約書が偽装である可能性も拭えない」
「偽装、だと!?ふざけているのか貴様はっ!!」
「ふざけているのはアンタだ。名家であるオルコット家とヴィルハード家の婚約。それを証明するのが紙切れ一枚だけだと?他に証拠があるならまだしも、疑われても仕方がないだろう」
「〜〜〜ッ!!」
暗に他の証拠を出せ、と迫る龍夜に悔しそうにたじろぐクローリフ。出せるはずがない、その態度からして明白であった。すると、人混みの中からヴィルハード家の従者が飛び出してくる。そのまま従者がヒソヒソと語り掛けた途端、クローリフは水を得た魚のようにいきな里勢いを見せてきた。
「は、八月だ!八月の二日の夜、帰省したセシリアと対面で話し合いをした!それがもう一つの証拠だ!」
「八月の初日………本当にそれでいいんだな?」
「…………な、何が言いたい!?」
それが事実かと確かめる龍夜に、クローリフは再び狼狽する。恐らく従者、いやヴィルハード家の当主やらに口添えされたのだろう。もう少し下準備しておくべきだったな、と呆れながら龍夜は淡々と語った。
「その時間帯、セシリアはそもそもイギリスに帰っていない」
「………なんだと」
「証拠はある。その時間────セシリアは俺と二人で居た、と言えば分かるか?無論、お前とは違い、証拠は出せるぞ」
龍夜さん!?と言うセシリアの上擦った声と、周囲から黄色い声が聞こえた気がした。何か誤解してるが、都合が良いと思ったので今だけは無視することにした。あたふたとしていたクローリフは思い出したように捲し立てる。
「………あ、ああ!間違えてしまった!八月の盆休みの時だ!その時に、話し合ったんだ!」
「ああ、そうなのか。それと、一つ聞いていいか?」
「っ!今度は何だ!!」
「────その合意書に書いてある日付は、八月一日だが?それも間違いか?」
慌てて合意書を確認するクローリフに、龍夜は呆れることしか出来なかった。党首の人間といいコイツといい、策略を仕組むには詰めが甘い。少し嘘を交えたことを吐いてやれば、調子を崩す。
そこを、容赦なく突き、相手の余裕を完全に乱していく。
「合意書を書いたのはお前本人じゃない…………そんなことがあるのか?結婚する本人が、話し合いしたことすら忘れるなんて、普通に考えれば可笑しい話だ」
「き、貴様………!そうだ、その話は嘘だろう!?セシリアを庇うために付いた、卑劣な嘘なはずだ!」
「その通りだ────だがお前の発言のお陰で、合意書の信憑性が揺らいだ。間抜けが尻尾を見せたな」
目を細めた龍夜の発言に、クローリフは周囲の空気があからさまに変わったことにようやく気付いた。
「まさか、今の話………ヴィルハードさんの言ってること、可笑しいぞ?」
「そうね。まさか、彼の言うように本当に偽造してるんじゃないの?」
「そ、そういえば!ヴィルハード家って、オルコット家の遺産を狙ってみたいじゃない!セシリアさんを騙して、遺産を奪おうとしてるんじゃないの!?」
龍夜の発言が虚言であったのか、そんなことはこの際関係ない。彼等からしてみれば、信憑性がないのは嘘を口にした龍夜ではなく、発言が転々としているクローリフの方だ。貴族や有権者の間でも悪い噂が流れていたのが、彼等の疑惑を深めたのだろう。
苦々しい顔をしたクローリフは何とかしようと、必死に足掻くことしか出来なかった。
「何が何と言おうと、この合意書がある限り!オルコット家のサインがあるのは変わりない!その事実だけは、揺るぎはしない!」
「────なら、指紋鑑定しようか。それで話がつく」
「………ッ、それは……」
もし、セシリア本人が合意したのであれば指紋が残されても可笑しくはない。合意書自体は、この場でセシリアは一回も触れていない。サイン自体も、本当に彼女の実筆なのかも、確かめられるはずだ。
にも関わらず、クローリフの反応は余所余所しい。何処か乗り気ではない彼の様子からして、聡い何人かは合意書自体が偽装なのだと悟ったみたいだ。
「どうした?出来ないのか?まぁ、所詮は過去の栄光にしか縋れない没落貴族。栄光を取り戻すためには手段を選ばない厚顔無恥な所だけは、見習いたくはないが賞賛する」
「き、貴様ぁ………!私を、ヴィルハード家を侮辱する気か!!下賤な輩が!」
「────侮辱するような誇りがあるのか、お前ら如きに」
興味すら向けない龍夜の言葉で、クローリフは血管が切れる程怒り狂ったらしい。貴様達ッ!と声を荒げるクローリフの周囲から、複数人の従者が動き出す。
人を使うことしか出来ないのか、と呆れた龍夜は肩を竦める。迫る従者達に対し、彼が動こうとしない理由は────すぐに分かることになる。
「────止めよ、クローリフ・ヴィルハード」
凛とした声が、喧騒に満ちたはずのパーティー会場を静寂に包んだ。ピタリと、周囲の動きが静止する。龍夜を含め、その声の主を、誰もが知っていた。
────複数人の屈強なSPに護られた上で現れたのは、神々しい金髪を伸ばした女性であった。白を主体にした豪華な装飾のドレスに身を包んだ彼女の姿は、お姫様のようなものに近しい、というか姫様そのものだ。
そう見えるのも無理はない。いや、むしろ見えて当たり前だ。なんせ彼女はこのイギリスにとっての大きな立ち位置に居座るイギリス皇室の人間なのだから。
「べ、ベアトリス王女殿下……っ!?な、何故此方に………」
「────不服か?王女たる私が、イギリスの地を歩くことは」
「ッ!?いえ、出来過ぎた真似を………!」
凛々しくも威厳ある姿の王女に、クローリフは見る影も無く縮こまっていた。そんな彼女の介入を、龍夜は逃すことはなかった。
「────王女殿下、お助けいただき感謝致します」
「そなた、蒼青龍夜か。外国の代表候補生よ、私の国の者が非礼を働いた。その事は、正式に詫びさせてもらいたい」
「いえ、俺はただ────大切な友の問題を解決したいだけですので」
「友…………もしや、先の話のことか?」
丁寧な姿勢で王女にお辞儀する龍夜を、唖然としながら見つめるセシリア。いつも自信満々かつ傲岸不遜が目立つ自称天才の少年の姿を連想させても、似合うこともない。そんなセシリアの反応に龍夜は一々反応はせず、王女へ事の説明を始めた。
先ほどの騒ぎの事情を知らぬ王女は事の仔細を聞くや否や、クローリフ────ヴィルハード家の人間たちを、凄い目付きで睨んでいた。萎縮した貴族一家への視線は一瞬で、彼女は感情を押し殺したように淡々と告げた。
「事情は理解した。では、そなたが望むのはセシリア・オルコットとヴィルハード家との婚約、その白紙、とな」
「ええ、勿論。友が望まぬものである以上、俺はそれを止めるべきだと判断したのです。────叶いますでしょうか、王女殿下」
「────それは厳しい話になる。セシリア・オルコット本人にその意思は無くとも、合意書にオルコット家の印が刻まれている。これを軽々しく撤回すれば、それこそオルコット家の名声や立場も大きく揺らぎかねない」
「はは………ハハハッ!ほら見たことか!」
撤回は出来ない、王女からの一押しを受けたと勘違いしたクローリフが指を突き出して高らかと叫ぶ。そんな彼を一睨みしたベアトリス王女が手にしていた杖で床を叩き、騒ぎ立てる彼を黙らせた。
「しかし、その合意書の成否も定かではない。先の論争の際からも、ヴィルハード家への疑念が拭えぬのも事実。故に、破棄も出来ぬが、押し進めることも赦されぬ────双方に覚悟があれば、話は別だが」
「………まさか」
「────『決闘』よ。代表者二人を立て、その二人の勝負、その結果によって問答の是非を問う。双方のどちらが勝てば、どちらの望む結果を────簡単であろう」
凛々しく振る舞う王女がそう示した提案、いわゆる決闘。この英国でも、行われることが度々ある正式な行為。殺し合いではなく、互いの実力を以て互いの意見を押し通す勝負。王女であるベアトリスの提示するこれは皇室が認めたものであり、その結果に反論することは誰も許されない、決定事項へとなりうる。
その話に、龍夜は迷うこと無く応じてみせた。
「ならば、俺がその代表者として出ても宜しいでしょうか」
「龍夜さんっ!?ですが………」
「この論争、婚姻への反対に息巻いたのは俺自身です。ならば、俺が自身の発言の責任を持つべきだと感じたまでです。………重ねて、宜しいでしょうか。ベアトリス王女殿下」
「無論、構わぬ。そなた自身の意志であるのならば、尊重に値しよう。さて、クローリフ・ヴィルハード。そなたはこの決闘、乗らぬわけではあるまい」
「…………ぐっ、しかし!」
大人しく応じられないクローリフが未だ食い下がる中、ふと従者が耳打ちを始めた。何かを聞かされたクローリフはふと後ろにいるヴィルハード家の者達を見て、悔しそうに歯噛みして────頷いた。
「………分かりました。このクローリフ・ヴィルハード、騎士の一族として、その決闘に応じましょう。ただし私が勝てば────セシリア、君にこの話は受け入れてもらう!」
「別にああだこうだ言う気はないが………出来もしないことを言っても、困るのはアンタだぞ?必要の無い恥をかいても、俺達は知らないからな」
「……………貴様もだ。貴族を、ヴィルハード家を侮辱したことを後悔させてやるぞ」
「お前達が、騎士の名に恥じない連中ならな」
見向きもせずに告げた龍夜の顔には、一切の無関心しか無かった。淡々と対応する青年にクローリフは苛立ちに顔を歪めながら、「………覚悟しろ」と吐き捨てた。その後、決闘の内容は王女によって決められることになる。
決闘の内容は、公平性を兼ねて当日にくじで決めた勝負で行うとのこと。試合は明日の昼時。そんな形で決闘が決まり、お開きになったところ、龍夜はセシリアと話していた。
「本当に申し訳ありません………!龍夜さんにご迷惑を掛けてしまい…………っ!」
「…………気にするな。俺が連中も、やり方も気に入らなかった、それだけの話だ。迷惑なんてこれっぽっちも思ってはいない」
それでもセシリアの不安そうな表情は消えない。何か他に思うところがあるらしく、やはり不安を吐露し始めた。
「それもそうなんですが………明日の決闘、大丈夫なのでしょうか?」
「────アレが何かを仕込む、という懸念か」
「あ、アレって…………そんな虫みたいな言い方は」
「虫以下だろ、あんなもの」
彼女がそう思うのも無理はない、何なら龍夜ですら疑っているどころか確信している。明日の決闘でヴィルハード家の連中は何かを仕組んでくるであろう、と。だが実際に何をしようと、関係は無い。
「どんな小細工を弄そうが、正面から叩き潰す。それだけで充分だ────あんなモノ相手に、一々頭を使う必要はない」
「────成程。彼の騎士の末裔すらも、貴方にとっては些事でしかないと」
突然割って入ってきた声に、龍夜は思わず振り返った。そこに立っていたのは、スーツ姿の男性。顔を覆い隠したように被せられたシルクハットと口元を隠すような襟元が特徴的であり、その隙間からは薄暗い闇と声しか響かない。
そんな、明らかな一般人ではないその男は軽く両手を叩き、龍夜へと歩み寄ってきた。
「既存のデータでは、他者を明確に区分せず、己の感情を優先させる────篠ノ之博士と極めて類似した人格をしている、とのことでしたが、明確な乖離があるようですね。彼女と別の方向性を経た貴方に、興味があります」
「…………お前」
「っ!龍夜さん!此方の方は────」
此方に向けられた好奇心の視線に、龍夜は咄嗟にエクスカリバーに触れた。殺気を放つよりも先に本能で動いた彼を止めようとセシリアが呼び掛けるが、それを男性が片手で制した。
「お会い出来て光栄です、ミス・セシリア。貴方の実戦データは以前に増して素晴らしい。BT適正値も比較的に上昇傾向にあると聞きます。やはり、貴方にテストパイロットを任せて良かったと実感しています」
「はい、お気遣いありがとうございます。『伯爵』」
「………『伯爵』だと?」
セシリアの言葉に紛れた単語に、反応を示す龍夜。その名前はよく知っている。このイギリス内で『伯爵』と呼ぶことが許されている存在は、ただ一人しかいない。
男はふと、立ち尽くす龍夜へと一礼する。頭に被っていたシルクハットを外し、自身の素顔を顕にした上で名乗った。
「お初にお目にかかります。私は【
そう語る男の頭は、人のものではなかった。
機械的な人工知能のような精密機器の塊。それこそが、彼の頭脳であり、端末に過ぎない。
国連により抜擢され、独自の活動を許されたIS研究機関【
その男────グリムリンドもその一人であった。自身の肉体を機械へと作り変えた変人であり、その多大な頭脳と功績から女王から『伯爵』の爵位を与えられた唯一無二の存在。
イギリスのIS開発にも大きく携わり、セシリアの乗るブルー・ティアーズ。その原型となるBT理論を開発した張本人は、静かに目を細めた龍夜に対しても、友好的に振る舞うのだった。
グリムリンド伯爵
【
理知的で温厚な性格だが、知的好奇心や興味が強く、一度興味を持てばそれが尽きることはない。
表向きにはなっていないが、セシリアの後見人という立場である。当初は彼女の実力と適性を見抜き、ブルー・ティアーズ一号機のパイロットとして推薦した。その後は国連の研究機関に所属しながらもブルー・ティアーズのデータ取りをヴィクトリア社に一任している。
因みにここだけの話だが、ヴィクトリア社が龍夜の提案に応じたのはグリムリンド伯爵が快諾、賛成したから。