────早速ですが、君達を王女様がお呼びです。
「あの王女様か………何故呼び出されたのか、心当たりはあるか?セシリア」
「は、はい………恐らくは。わたくしは王女殿下────ベアトリス様と付き合いがありましたので」
ふぅん、と話を聞いていた龍夜は眼前を歩く男────機械で肉体を補った科学者、グリムリンド伯爵を睨んでいた。王女の遣いで自分やセシリアを呼ぶ為に来たと言っていたが、その真意を明確に見破っていた。
(あの男、俺の事を知っていた…………狙いは、束さんとの連絡手段か?それか────俺自身、だろうか)
龍夜は何故だか篠ノ之束との連絡先を保持している。少し前の波乱の際、彼女の使いであるクロエから受け取った連絡手段は問題なく作用しており、ISの改造のプランを聞く際に連絡した時には、問題なく彼女と繋がった。
無論、その話はIS学園でも一部しか知らせていない。彼等からすれば確定である、蒼青龍夜の持つ手段から篠ノ之束に接触する方法を手に入れることか。どちらにせよ、龍夜にとって憧れであり恩人とも言える人を売るつもりもなければ、大人の都合のいいようにさせるわけもない。
(まぁいい。奴が何を考えているのかを見定めた上で、対応すればいいだけだ)
「────お連れ致しました、ベアトリス王女殿下」
『────伯爵か。入ってくれ』
連れてこられたのは、先のパーティー会場付近の個室。複数人のSPにより護られたその場所の特異性は、誰もが実感するほどの空気を保っていた。凛とした少女の一声に応じた『伯爵』は扉を開け、「どうぞ」と二人に促した。
警戒する龍夜が先に行こうとすると、セシリアが申し訳無さそうにそれを止める。理由を聞こうとした、その瞬間。
「────せぇぇしりぃいいいいいッ!!」
「は?────ごぉっ!?」
凄まじい勢いで、何かが突貫してきた。
慌てて横に飛び退こうとした龍夜だが、あと一秒遅かった。猛スピードで直進してきたそれは龍夜の脇腹に命中しながらも、勢いに任せて吹き飛ばす。
そのまま直進していった人影は身を任せ、セシリアへと飛びついた。不意打ち交じりの攻撃に戸惑っていたセシリアは、相手を視認して再び驚きの声を上げた。
「あっ、アスティリア様!?どうしてここに────というより、龍夜さんが!?」
「えへへ、会いたかったよセシリー!お姉様からセシリーがいたって聞いたから嬉しくなってね………それより、セシリー。成長したよねぇ」
「ふわっ!?ちょ………止め………わたくしにはっ、龍夜さんが………っ!?」
「────よせ、アスティリア。セシリアを困らせるな」
セシリアに組み付く少女、アスティリア王女を諌めたのは彼女と同じ王女であり姉妹のベアトリスであった。姉である彼女の物腰柔らかい言葉に、アスティリアは「ハーイ」と残念そうに立ち上がる。
身体を触られたセシリアは一呼吸置いてベアトリスに向き合い、吹き出した。
「ベアトリス殿下、お久しゅう────ごほっ!?」
「どうした、セシリアよ。淑女らしくもない声を出して」
驚くのも無理はない。
ソファーの上に座っている彼女の膝には、脇腹に衝撃を受けて気絶した龍夜が寝かせられていた。俗に言う膝枕という状況を目の当たりにしたセシリアは、相手が王女であることを忘れかけるほどに直情的になりかけた。
「で、ででで、殿下!?龍夜さんに何をしてますの!!?わ、わたくしですらしたことのない………ひ、膝枕を!?」
「何、私の妹が客人を傷付けてしまったのでな。こうして介抱しているだけだ。安心するといい」
「………そうでしたわね。わたくしの早とちりでした」
「
「本当に何をしておりますのっ!!?」
そう叫んだセシリアに、ベアトリスはそれはそれは面白そうに笑うのであった。膝に寝かされた青年が気絶してるのを忘れずに。
◇◆◇
「────で、俺はもう一人のお姫様に意識を落とされたってことか」
「そうとも。妹の非礼を詫びさせてくれるか、蒼青龍夜」
そう語り合うベアトリスと龍夜。彼はふと、ベッドの上で布団に巻かれた王女アスティリアを見る。セシリアに心配されている彼女は、先ほどベアトリスの手で布団に包まれて簀巻きのように干されていた。
ジト目でそんな王女の有り様を見ていた龍夜に、ベアトリスは思い付いたように問い掛ける。
「代わりにとって言ってなんだが、私の妹はこう見えてもまだ身元が軽いのでな。君が良ければ好きにしてやってくれ」
「────え、いらん」
「そうかぁ、いらんかぁ…………どうしても無理か?」
何故食い下がるのだろうか、と龍夜は呆れながら拒否した。当のアスティリアも「嘘………!?」と信じられないような目で見てくる。何が可笑しいのか本気で分からない。
「一応聞くが、何が出来るんだ?そこの王女様は」
「え?まぁ、雑用とか者運びは出来るよ!ああ、あと!ほら、私!スタイルも良いし、おっぱいも人並みに大きいから!」
「────本当にいらん。第一、お前は何でそこまで乗り気なんだ」
冗談とは言え、会ったばかりの相手に引き渡されそうになっているはずなのに、ここまでふざけられる王女、どんな感性をしているのかと思う。呆れ果てた龍夜の眼差しから考えを見抜いたベアトリスが、その答えを普通に明かした。
「なに、うちの妹は………そういう、ちょっとばかりお転婆な時期でな。貰い手がいなくて困ると、母上も嘆いていたから、私も心配なんだ」
「────俺に押し付けられても困るんだが」
「う、うわーん!!セシリー助けてぇー!二人が私のことイジメてくるー!」
露骨に拒絶する龍夜、ベアトリスは「それもそうか」とヤケに納得した様子である。当のアスティリアは相当ショックだったのか、セシリアに泣きついていた。………その割にはボディタッチが激しかったが。
「────王女殿下、そろそろ本題に入るべきでは?」
「ん、そう言えばそうだったな」
コホン、と咳き込んだグリムリンド伯爵の一声によって、ベアトリスは冗談も鳴りを潜めたように、真剣な様子で口を開く。
「さて、君達には重ねて非礼を詫びなければならない。我が国の貴族が、とんだ迷惑をかけた」
「ヴィルハード家のことか………連中に迷惑を被ったのは、アンタ達も同じだろ」
「まぁな。少なくとも、今回の件で徹底的に潰そうと思っていたくらいには」
アッサリと告げられた言葉には、嘘偽りのない決意があった。ベアトリス王女は本気でヴィルハード家を叩き潰すつもりらしい。明日行われる決闘の是非など、一ミリも関係なく。
「先代の栄光に溺れ、努力を怠った一族だ。ただ破滅するだけならば容認したが、親を早く亡くして努力を続けてきたセシリアを狙うのは我慢ならない。奴等を再起不能になるまで、叩き潰す」
「………その為に、俺との決闘を取り付けたわけか」
「無論、君には要らぬ協力をさせたな。だが、安心して欲しい。奴等は明日の決闘の際、何か仕込みをするはずだ。その証拠を見つけて、奴等を叩きのめす」
「それについて、一つだけ頼みたい。王女殿下」
その計画を聞いた上で、龍夜はそう頼み込んだ。突然の事に驚くセシリアやアスティリア、対照的にベアトリスとグリムリンドは興味深そうに話を聞く姿勢を示していた。
「────明日の決闘、手出しは不要だ」
「………それはつまり。勝つつもり、と言うのかな」
「つもり、じゃない。俺は勝つ、それが明日の結果だ。連中が何をしようが、負けることなどありえない」
「……………ふむ」
過剰なまでの自信。傲慢と言える発言には、絶対的な確信が込められていた。それ以外の可能性は決して起こり得ない、と断言する龍夜に、ベアトリスは面白そうに吟味していた。だが、すぐに頷かないのは、ヴィルハード家を潰すという意志が固いからか。
そんな王女の考えを変える助け舟は、意外なところから出た。
「────ベアトリス王女殿下。彼の望み、聞き入られては?」
納得しかねていたベアトリスにそう提案したのは、グリムリンド伯爵であった。機械的なコアからは表情は感じられないが、温和な仕草で彼は礼節を正しながら、王女へ発言を続けた。
「彼がその気であるのなら、決闘自体に負けはないでしょう。それ以前としても、何かあった場合は我々が動き、彼等の仕込みを暴けばいい。むしろ、断る理由すらないはずです」
「…………成程、それもそうだな。元より、要らぬ決闘に巻き込んだのは我々だ。その望みを拒否することは、恥知らずのそれだな。
良いだろう、蒼青龍夜。君の望みは心得た。だが、我々もあくまで証拠を集めていく。もしもの場合は動くかもしれないから、その時は理解してくれると助かる」
こうして、前日の王女との対談は幕を終えた。セシリアと龍夜は近くのホテルで一休みをしてから、決闘を行う明日を迎えることになる。
◇◆◇
翌日、王室が所有する豪邸 バッキンガム宮殿。
その広場の前には大勢の観客となる貴族や有権者たちが集まっており、一つの会場のように様変わりしていた。
「────決闘とは聞いていたが、こうも人が集まるものとはな」
「まぁ、久々に公的な決闘ですのも。皆、見たがるのも当然ですわ─────龍夜さん、女王様が出られましたわ」
人気のないエリアでその様子を見届けていた龍夜とセシリア、その視線の先は広間の中央に集まる。宮殿の開けた空間の中位に立ったのは、白いドレスを身に着けた壮年女性。このイギリスを統括する現女王 エルシャ・エリザベス・ヴェターリアその人であった。
衆目の視線を集めた女王はふと笑みを零す。手にしたマイクのスイッチを付け、堂々と声を響かせた。
「────良くぞ集まった!皆の衆!此度はこの英国でも滅多にない、王室認可の『公然決闘』である!受け継がれてきた先代の騎士達の名誉と、此度の『決闘』で血が流れぬ事を、誇りと決意を称賛することも、共に誓おう!!」
同時に、響き渡る歓声。
周囲の人々の期待と信頼の声が、目の前の女性がどれだけ為政者として優れているのかを理解させられる。年老いた女王などと侮る者は、この場にいるはずもない。
「さて、私の話は終わりだ。そろそろ決闘を行う代表者に出てきて貰おう────両者、舞台へ!」
「ようやく出番か、待たされたな」
「龍夜さん…………お気を付けて」
「────心配するな。勝つさ」
不安そうに此方を案じるセシリアに、龍夜は自信満々に答えた。セシリアの肩を叩き、心配させぬように、堂々と舞台へと歩み出る。周囲から集まる好奇、興味の視線が、今だけはどうでもよかった。
────同じように、反対側から現れるクローリフ・ヴィルハード。高級そうな毛皮のコートを身に着けたその姿は、自己顕示欲の強さを顕にしている。対面する龍夜に向ける侮蔑の視線が、それをよく物語っていた。
「両者、この決闘を踏まえ、まずは互いの望みを宣誓し合ってもらおう。まずは、クローリフ・ヴィルハード、そなたからだ」
「ハッ、女王陛下。私の望みは、セシリアに婚約の件を受け入れてもらうこと。────そして私を、ヴィルハード家を侮辱した蒼青龍夜に、相応の償いをしていただくこと」
「ほう?相応の償いとは、大きく出た。具体的に何を望む?」
「そうですね────彼が保持するIS、『エクスカリバー』を」
「────なッ!?」
したり顔のクローリフから突き付けられた要求に、外野側のセシリアが驚きの声を漏らす。そのすぐに、怒りを顕にした彼女を、側付きであり幼い頃からの付き合いであるチェルシーが落ち着かせる。
対する龍夜は、非常に冷静であった。それどころか、目を細めてクローリフを睨む。その表情に、露骨なまでの勝ちを確信した態度があった。そして何より、この剣をエクスカリバーと呼んだ。本来、公式には『プラチナ・キャリバー』と呼称しているはずだ。その名前を知る者は、IS学園の一部の者にしかいない。
(何か入れ知恵をされたか。………いや、そもそも。エクスカリバーを何故求めてきた?まぁいい、奴が何を言い出そうと関係ない)
「────良いだろう、お前が勝てばな。なら、俺の方も要求をしてやろうか」
「ふん、負ける者が何を言う。良いだろう、好きに言うがいい。金か?名誉か?どうせ無駄なことだ、どんな大事も許してやろう」
「『用意した合意書は偽造でした、本当にごめんなさいブヒー。私達は身の程知らずのゴミ同然です』と、この場で謝ってもらおうか」
────は?、とクローリフは凍り付いたように絶句した。周囲の空気は様々であった。貴族に対して正気か、という驚愕もあれば、やれやれー!と盛り上がる者もいる。少なくとも、ヴィルハード家への侮辱だと騒ぐ声が聞こえない以上、どれだけ嫌われているか見えすぎているのがしょうがない。
「────ハッハッハッ!してやられたな、ヴィルハードの次期当主の若造!これを断れば、貴様の要求も叶わないと見た!余計な真似をして、自分の首を絞め上げることになったようだぞ?…………さぁ、どうする?このまま黙っていては、要求を呑まぬとして、貴様の要求も却下されるぞ?」
「ぐっ…………!………良いだろう、認めよう!私が負ければ、いくらでも頭を下げてやる!この私が、負ければな!!」
「どうせお前の負けだから、安心して覚悟した方が楽だぞ。後々から思い詰める必要はないだろうしな」
「………ッ!!コケにしやがって………!後悔させてやるぞッ!」
睨み合う二人。最も、殺気を漲らせているクローリフと対照的に、龍夜は目の前の男など眼中にない。むしろここまで悪意を滲ませられることに感心しているだけで、悪意など欠片も響いてすらいなかった。
「宜しい。ならば次は決闘の内容を決めるぞ────審判役、決闘の内容を決めよ」
「は、ハッ!女王陛下…………それでは、失礼────」
愉快そうに笑う女王の指示を受け、後方に立っていた審判役が慌てて箱を運ぶ。妙に緊張した様子で全身を震わせた男が持ち込んだ箱に手を突っ込み、中身をかき分けるように────折り畳まれた紙を取り出し、安堵したように力を抜いて大声で告げた。
「な、内容は────剣術!三本勝負二点先取です!」
「────なっ!」
「……ほう?」
「…………」
「ふふ、は…………ハハハッ!!残念だったな、蒼青龍夜!この勝負、私の勝ちだ!!」
俄然とするセシリア、目を細める女王と龍夜。そんな彼等や周囲の困惑の視線に気付かず、クローリフは勝利を確信したように高笑いを響かせた。そんな貴族の自信の理由を、龍夜はセシリアとの少し前の会話で思い出していた。
『龍夜さん、明日の決闘。クローリフが得意なのは剣術勝負ですわ』
『ふぅん、剣か。まぁ、騎士の一族という話だしな、当然と言えば当然か』
『あの人は子供の頃から、剣の勝負では無敗と言われてますわ。聞いた話では、フェンシングの大会でも優勝したことがあるみたいです。ですから、明日の決闘の内容がそれになった場合、少し厳しいと思いますわ』
「────何の因果か、私は剣を使うのが得意でな。全国大会でも優勝し、現役の騎士にも匹敵するほどだ。最早私の勝利は確定したも同然。このまま降参するのなら、恥をかく必要はないが?」
ほぼ偶然で、クローリフの得意なことが決闘のないようになるのか。彼はその違和感を理解していないのか、自信満々で勝利を確信して嘲笑ってきた。そんな青年の様子に、龍夜は今度こそ鼻で笑い返す。
「随分と、貴族様は勝負したくないようだな。いいさ、お望みなら不戦勝ということにしてやる。今なら、情けなく謝らなくてもいいんだぞ?」
「………前言撤回だ。貴様はこの決闘で打ち負かす。後悔しながら、許しを請わせてやる」
「言葉のレパートリーが少ないな。もっと国語の勉強でもしたらどうだ?」
「────二人とも、元気で何よりだ。それでは、儀礼用の剣を手に取り、決闘の誓いをして貰おう」
使用人から用意された儀礼用の剣二本を女王が二人へ手渡す。それぞれ手に取った龍夜とクローリフに、エルシャ女王が決闘の前の誓いを求める。事前に聞かされていた誓いの句を、龍夜は淡々と語った。
「────古より続く英国の歴史と、紡がれた騎士の誇りと魂に誓う」
「互いに結果を否定せず、互いに不義は貫かず、互いに謀略は抱かぬことを────我が身は誓う。故にこそ、この決闘の勝利を、互いに望もう」
「────重ねて、問おう。この誓い、確かであるな?」
エルシャ女王の視線が両者を捉える。無言のまま剣を掲げる龍夜とクローリフ。その仕草こそ、肯定の証であった。その意味を汲み取った女王が一歩下がり、高らかと叫んだ。
「ならばこそ!英国女王 エルシャ・エリザベス・ヴェターリアが認可する!両者の『王前決闘』を!互いに始めるがいい!!」
その一声が、決闘の合図となった。
即座に上着を脱ぎ捨てた二人は、前へと踏み込む。まず最初に、クローリフが放った一突きが龍夜の顔を横切る。一瞬で姿勢をずらした龍夜が回避してみせたことに驚いたクローリフは、すぐに笑みを浮かべてみせた。
「ふっ………良く避けた。少しは動けるようだな」
「…………まぁな」
「────その余裕、何時まで持つか見物だな!?ならば、これはどうだ!!」
腰を低く落とし、そのまま一歩進むクローリフ。鋭い剣の一突きを避けた龍夜に、横へ振り払う一撃を叩き込む。的確に剣で弾き返したが、その反動を利用するように身を捩ってクローリフが横に薙ぐ。
そのまま、距離を取った龍夜に、クローリフは追撃の手を緩めない。的確に、相手の隙を狙うように、剣を振るい、突き、叩き込んでいく。
「どうした!どうした!?この程度ならば、早々に決着が着いてしまうぞ!?もっと、手応えを見せてほしいものだな!」
「………その言葉、そのまま返そう」
────この程度なら、もう終わらせるぞ
「な、なに────」
言葉というより、風に乗せられた呟きに乗せられた声を聞いたクローリフが顔をしかめた、直後のことだった。無音の龍夜が、一瞬で距離を縮める。
「グッ!?速────!?」
「────遅い」
素早く振るわれる剣を切り払ったクローリフに、響く冷たい嘆息。弾き返されたはずの龍夜はノータイムでそのまま剣を引き寄せ、クローリフへと刃を振り下ろす。押し飛ばしたはずの剣で斬り掛かったことに焦ったクローリフが剣を握る両手に力を込め、防いだと同時に全力で押し返す。
拮抗した刃の衝突の結果────龍夜の剣が宙を舞った。勝利を確信したクローリフが剣の先を龍夜の喉元へと突きつけようとして、彼の姿が消えたことに戸惑う。
そして、何秒経っても飛ばした剣が地面に落ちないことに気付いた時には────刃を持たぬ剣が、クローリフの首に添えられていた。
「終わりだ」
彼の背後に立った龍夜が、背を向けて剣を掴んだまま告げる。敢えて剣を飛ばさせた龍夜はクローリフの意識が上空の剣を視認した瞬間を利用した。意識の隙間を抜け、落下した剣を受け取り、そのまま首に添えた────それが一連の動きの真実である。
長い間の静寂であった。喉に剣が添えられたことに呆然として言葉の出ないクローリフの前で、審判役が慌てて龍夜の勝ちを宣言する。直後、爆発したかのような歓声が、周囲に殺到した。
「な、な、なんだそれは………!?」
「………何がだ?」
「私は、騎士の一族だぞ……!剣の腕では、一族の中でも筆頭なんだ!剣の才能すら持たない、臆病で情けない無能な叔父たちとは違って、優れた貴族だ!それなのに!何故、貴様のような下民に!負けるというのだ!?」
「ああ、確かにお前は優れてるんだろうな。この剣の腕だけは本物だ、褒めてやる。お前の負ける理由は、ただ一つ。
天才である俺の方が圧倒的に上、それだけの話だ」
言葉を失い、立ち尽くすクローリフ。呆れた龍夜は審判役に預けていた剣を受け取る。決闘を終えた後、試合に使用された武具は整備された状態の物へと変える手筈になっている。連戦による破損などを考慮したことなのだろうが、受け取った剣を見た龍夜は目を細め、刀身を睨んだ。
「…………」
「ど、どうしましたか?剣は整備済みの別物に変えております。次の勝負を再開していただければ────」
早く戦え、とヤケに焦りった様子の審判役を他所に、龍夜は渡された剣の刀身を掌に乗せる。肌で感じ取った龍夜はその疑念を確かめる為に、刀身を手で握り────一気に引き抜いた。
「っ!」
「な、何を………ッ!?お、おい!」
「手から血が!怪我してるのか!?」
「────真剣だな。こんなモノが、整備済みの儀礼剣か?」
一気に引いた刀身に滴る赤い水滴、掌から滲む血。龍夜の手が裂けた事実は、審判役が持ってきた剣が非殺傷用の儀礼用ではなく、本物の刃を持つ剣であることを言葉の全員が理解した。
冷ややかな目で審判役を見下ろす龍夜。明らかに狼狽えた審判役とクローリフ。無関係であるはずの二人の戸惑いように、龍夜はため息混じりに吐き捨てる。
「得意な剣技に持ち込んだ上で、万が一は被害者になるつもりだったとは。ほとほと呆れた奴等だな、お前等は」
「………!き、貴様は何を言っている!?」
「惚けても無駄だ。全部知ってるんだよ────そこの審判役を買収して、得意な剣技を決闘内容に選ばせたのも。もしもの時は俺に真剣で斬らせて、殺すつもりだったと難儀をつけて来るのが算段だったんだろが………当てが外れたな」
で、どうなんだ?と視線で問い掛ける龍夜。そんな重圧と、罪悪感に耐え兼ねたであろう審判役が、遂に口を開いた。
「も、申し訳ありません!女王陛下!このような真似を、決闘を汚すことをしてしまい………罰は受けます!ですので、どうか家族だけは!」
「ッ!それ以上喋るな!貴様────」
「────家族、か。成程、身内を人質に脅したらしいな。とことん腐り果てた連中だ、お前等は」
真剣を喉に向けられ、仰け反るクローリフを龍夜が冷徹に睨む。怯えながら許しを請う審判役は、全ての事情を明かした。家族の身の安全を揺さぶりに使われ、従うしかなかったと。涙ながらに頭を下げる審判役に、女王はようやく重い口を開いた。
「ふむ、罰を求めるのならば与えよう────しかし、今はまだ、そなたを裁く時ではない。真に裁定を下す者の後、そなたに裁定を下そう」
「………はっ、女王陛下の慈悲深さに感謝致します」
「────さて、クローリフ・ヴィルハードよ。先の誓いを踏まえた上で、答えよ。此度の決闘、貴様が誓ったのは何であった?」
「………………」
沈黙するしかないクローリフに、龍夜は心底呆れたように溜め息を吐いた。手にしていた真剣を放り捨て、口を開けずにいるクローリフへ、問い掛けた。
「なぁ、クローリフ・ヴィルハード」
「っ!な、なんだ!?」
「ずっと、気になっていた。何故俺のISをエクスカリバーと呼んだ?その名前は公的に明かされていないはずだ。IS学園内ですら極秘の情報を、一貴族のお前が何故知っている?」
「………、…………」
「答えないか。なら、言い方を変えよう。
────お前は、誰の駒だ?誰に唆された?没落寸前のボンボン貴族」
瞬間、クローリフの顔が真っ青から真っ赤に変化した。心境を言い当てられた恐怖と誰かに対する不安、だがそれは明確な殺意と見下されたことへの怒りへと膨れ上がったようだ。目を血走らせたクローリフは、腹の底から吐き出すように怒号を響かせた。
「がッ、がああああアアアアッッ!!!」
錯乱したように走り出したクローリフは、逃走するのではなく、龍夜が棄てた真剣を拾い上げた。血に塗れた刀身が本物であると確信したクローリフが凄まじい勢いで剣を振るい、龍夜へと突貫する。
周囲が騒ぎに包まれる中、女王の近くに集まったSPが動き出そうと所を、龍夜は手で制する。その手を後ろへと掲げ、彼は告げた。
「────来い、『エクスカリバー』」
コールはそれだけで充分であった。セシリアに預けていたアタッシュケースが音を立て吹き飛び、中に仕舞ってあった蒼銀の剣が光となって飛翔する。
切れ味のある刃を振るうクローリフの攻撃を避けていた龍夜は飛んできたエクスカリバーをその手で受け止める。掌に馴染む感触を確かめながら、龍夜は怒りのまま剣を振り上げたクローリフを睨む。
「死ね!死ね!死ねぇえええええエエエエエっっ!!!」
そんなクローリフの振り下ろした剣を、龍夜はエクスカリバーで叩き斬った。ほんの一瞬の時であった。一切の傷もない刀身の銀剣を振り払った直後に、砕け散った刃の破片が地に落ちる。
「…………は、え………は………っ?」
「二勝目、これで終わりだな。────案外大した事のないやつだ」
これなら一夏相手のほうがまだ歯応えがあった、と遠くにいる学友を思いながら龍夜は完全に興味を失ったように背を向ける。戦意喪失したように腰を抜かしたクローリフが護衛兵によって連れ出されていく状況の中、周囲からの視線を浴びた龍夜が一言。
「………三試合はしてないが、二点先取はした。俺の勝ちで間違いないだろ?」
「────そうだな。紛れもない程に、完勝だ。此度の決闘、蒼青龍夜が勝利を勝ち取った!!その結果、証人はこの私を含めた英国貴族、王族全てだ!皆の衆、決闘を制した勝者へ敬意と称賛を!!」
女王の一声に続き、激しく響き渡る大喝采。他人から褒められることは当たり前だと思ってきていたが、こういう風なものも悪くない、と龍夜は観客の方に居るセシリアを見て、静かに口元を緩めた。────そのセシリアが泣きそうな顔であったことに、意識が揺らぎかけたが、女王の話を聞くことで何とか落ち着いた。
「そう言えば、ヴィルハードの若造に謝らせるのだったな?どうだ?今からでも連れて頭を下げさせようか?」
「…………そうして下さい、と言いたい所ですけど、やっぱり良いですね。情けない所が見れただけで満足するとします………あれだけやって、しょうもなさすぎて拍子抜けってのが本心ですけど」
「ハッハッハッ!やっぱり面白いな、君は!ふむ、あの若造の代わりだ!私に叶えられる願いならば、何でも聞くとしよう!無論、多少の限度はあるが」
「────では、一つ。俺の望みを聞いてください。
『ブルー・ティアーズ』の強化プラン統合計画。これを容認して頂きたい」
唐突の龍夜の発言に、一部を除いたその場の全員がさらなる混乱に包まれる。当のセシリアも、唖然とした様子で困惑していた。それもそうだ、公然の場でISの改造の権利を寄越せ、など気狂いとしか思われないだろう。
しかし、事前にその話が伝わっていたのか、エルシャ女王は目を細め、堂々と龍夜を見下ろしたまま口を開く。その言葉は、さっきまでの乗りのいい軽い調子はなく、王としての威圧感を増したものであった。
「…………私がそれを独断で決められる立場にいるとでも?それに、だ。君はそれに関する話は王室での論議に持ち込まれることを知っているはずだ。こんなことをしなくても叶うことではないのかな?」
「そうでなければ、女王としてこの国の人々に慕われてはいないでしょう。俺としては、確実な方を選びたい────貴女がそれを断らないことは、確信している」
「ほう?随分と思い上がった発言だ────その意図は?」
威圧感と覇気が増したのを感じ取りながらも、龍夜は狼狽えることも引き下がることもない。それどころか、萎縮することもなく、女王の鋭い目を見据えた龍夜は、自信に満ち足りたように告げた。
「────貴女程の統治者が、人を見る目がないなど有り得ない。俺の才能と技術を、正しく見極めている………そう判断したからです」
「────ク、クク………アーッハッハッハッハッ!!自分を正しく見極められているようだな!この私を前にそこまでの大口を叩く者が、また現れるとはッ!!まさしく、お前の期待した通りだな!『伯爵』!」
「だからこそ、言ったでしょう?女王陛下────彼はただの凡人にあらず、ただの天才にもあらず、と」
大笑いして転げそうになった女王の横で、グリムリンド『伯爵』は満足そうに頷くのであった。やはりこの二人は、この場で自分がこう望むことを予想していたのか。誰かの予想に従うことは癪であるが、今だけは止すとする。
「良いだろう!君の掲げる、『強化プラン統合計画』にブルー・ティアーズの強化開発を容認する!決闘に打ち勝った勝者の望みだ、拒否することは英国の誇りに反するだろう!皆の衆も、これは私の判断である!異論のある者がいるのならば、是非口を出してくれて構わんぞ!」
そう宣言する英国の女王に、意見を出す者はいなかった。言いたくても言えないのではなく、そもそも反論すら浮かばなかったのかもしれない。それどころか納得した者までいるのは、女王の信じたものを疑わないという確固たる意志か。
決闘が終わり、力を抜いた龍夜はふと観客の方を見た。此方を見定めるような視線を感じたが、今はその気配すら完全に消え去っていた。
龍夜「口だけの奴だった。一夏の方がまだ歯応えあった。まぁアイツと戦わせても結果は同じだろうが」とか本気で思ってる主人公。一夏への評価がここまで高いのは馬鹿だけど諦めないし、自分にはない長所を持ってるし、人として好いてる(鈍感なところだけは呆れてるけど)
学園祭編で仲間に対する感情が強くなったから、仲間への信頼が半端ない。多分この後のストーリーで仲間の良さを自慢したり、仲間のことを優先したりするくらいには感情ある。
それはそうと合理性は残っているのでは、わざわざ真剣で手を切ったのは「早く切れ味を確かめるため」とか言うふざけた理由。まぁこの後、セシリアに怒られてたじろぐことになるわけなんですけどね、ガハハ。
次回か次の話らへんで『蒼双編』も終わりになると思います!次回もお楽しみにください!それでは!