IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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蒼双のティアドロップ 4話

『────で、まんまと失敗したわけですか。肝心の決闘で負け散らかし、挙句の果てに殺人未遂………呆れてモノも言えませんね』

 

『か、閣下……返す言葉もありません。全ては、我が愚息の失態…………息子の代わりに、私が頭を下げましょう』

 

『────そもそも、ここまで時間を掛けたのが今回の失敗の一因です。オマケに蒼青龍夜を巻き込んでこの始末、大方私の介入にも気付かれていることでしょう』

 

『閣下、このままではヴィルハード家は完全に衰退してしまいます。閣下のお誘いを叶えれば、ヴィルハード家の未来は安泰と聞きました。それは本当に叶うのでしょうか?』

 

『…………まさか、今更疑っているのですか?この私を?』

 

『いえ!そのようなことは!』

 

『我々はチャンスを与え、ソレを活かすのは貴方達次第のはず。それを失敗したからこそ、こうなっているのでしょう。自分の無能さを、私のせいにしないでもらえますか?』

 

『……………』

 

『────ですが、まぁ。一度だけチャンスをやりましょう。今現在、捕縛された貴方の息子を解放します。彼を使い、セシリア・オルコットとの婚約を成功させない。オルコット家を黙らせられるデータも預けます。どんな手段も厭わず、確実に成功させるように』

 

『………畏ました。必ず成功させてみせます。ヴィクター様』

 

 

────ヴィルハード家豪邸内で確認された極秘通信。

 

 

◇◆◇

 

 

「良いですか!龍夜さん!もうあんな無茶はしないでくださいね!?」

 

「………善処する」

 

「しないで!ください!!」

 

 

先の決闘で勝ったはずの龍夜はセシリアに凄い勢いで叱られていた。理由は単純、真剣であることを確かめる為にわざわざ手を切ったことに関してである。

 

泣かれそうな感じで怒られた龍夜は言い訳することも出来ず、大人しく謝ることしか出来なかった。しかし、無茶をするなと言われても困る。自分にとって最善の行動をしたという判断は残っており、自身を傷付ける選択を選ばないことは有り得ないだろう。

 

だが、それはそれ。これはこれである。

 

 

「………悪いな、セシリア」

 

「謝っても困りますわ………もうしないと、断言してください」

 

「それは断言できない。必要であれば、選択はする。だが、お前を悲しませたことも事実だ。それを正当化して逃げるつもりはない。最低限、これから無理をしないと約束しよう」

 

「…………近い内、一日お付き合いして下さるのであれば許しますわ」

 

「ああ、日取りはしておく」

 

 

どうやら多少は落ち着いたらしい。顔を赤くしたように俯いたセシリアは眼の前にいる龍夜の視線から逃れるために慌てて机の上に置かれた紅茶を飲み干す。先程、メイドが淹れたばかりの紅茶であったはずだ。

 

 

「それよりも、他にも聞きたいことがあるのですが………」

 

「ブルー・ティアーズの強化改造の件か?ヴィクトリア社が強化プランを渋ってるみたいだから、俺が先取りさせてもらっただけだ」

 

「それは分かりますが………一体、何故………」

 

「実弾武装、必要なんだろ?」

 

 

そう告げる龍夜に、セシリアはハッと前のことを思い出した。実弾武装の追加を求め、本国に要求を続けていたが、それが通らず行き詰まっていたことを。だがそれは、龍夜には聞かせていないはずだ。

 

そう戸惑ったセシリアの真意を見抜いた上で、龍夜は淡々と語り出した。

 

 

「────お前の考えは当然、むしろ当たり前のことだ。ブルー・ティアーズの武装は基本的にビーム兵器しかない。実弾武装と呼べるのは数に限られたミサイルだけ。ビームを無効化する特性の敵相手にブルー・ティアーズは役に立たない。だからこそ、俺は及び腰の本社を脅して、利権を奪い取った。これでようやく、ブルー・ティアーズも明確に戦闘用に改良できる」

 

「…………まさか、わたくしの為………?」

 

「………別に。お前の強さを引き上げるために必要だと判断したまでだ」

 

 

ここでも素直に答えられず、遠回しになってしまうのは本人の性格も関係しているのだろう。数ヶ月の付き合いであるセシリアもそれをよく理解しており、クスリと笑みを零す。

 

 

「一応、ブルー・ティアーズの改造の権利は貰った。強化プランに必要なものは此方である程度調整するが、必要なものがあれば選んでくれれば助かる。どんな武装が欲しいか、要望があれば紙に書いておいてくれ」

 

「はい………あ、龍夜さん。お待ち下さい」

 

「ん、どうした?」

 

「────おやすみなさいませ」

 

「………ああ、おやすみ」

 

 

そう言って、セシリアの私室から出た龍夜。僅かに口元が緩んでいることに気付いた彼は、自身が絆されたことを思い出し、呆れたように笑う。だがすぐに────彼の顔から笑みが消える。「さて」と短く呟いた龍夜の表情は、機械的な冷たさを有したものへと様変わりしていた。

 

静かに廊下を歩き出した龍夜はすぐに、人影と出会った。

 

 

「失礼、邪魔をしたか」

 

「あっ………ああ、お客様でしたか。これは失礼な真似を」

 

「いやいや、それはそうと。さっきはお茶をありがとう。中々に美味かった」

 

「お茶………っ、は、はい。それは、どうも…………」

 

 

ヤケに挙動不審な様子のメイド。彼女は少し前にセシリアの私室で淹れたての紅茶を届けたばかりであった。チラチラと此方を伺う視線を気にすることなく、龍夜は世間話を続ける。

 

 

「それはそうと、これだけ広い豪邸の掃除や手伝いなんて大変だろう。貴方達メイドには感心する。相当疲れるんじゃないか?」

 

「い、いえ!全てはお嬢様の為、ご両親を亡くしたお嬢様があれだけ苦労なされているのですから!私どもが御力になれる機会があれば、尽力しなければなりませんので………!」

 

「そうか。なら余程気になるな────そこまで大切なお嬢様を売ったのは、どれだけの大金を積まれたんだ?」

 

 

いつもの調子で問い掛けた龍夜の言葉に、メイドは理解できないように立ち尽くした。そして意味を理解したように目を見開いた彼女は明確に動揺を隠せない。その姿は、あまりにも疑わしいもの過ぎた。

 

 

「な、な………何を………私が、売った?お嬢様を?お客様と言えど、そのような言い掛かりは────」

 

「ヴィルハード家の突き付けてきた誓約書、可笑しいんだよ」

 

 

パサリ、と写しの合意書を床に放り捨てる龍夜。彼女の顔が一瞬凍りついたのを見逃さず、龍夜は淡々とそのメイドへ事実を突きつける。

 

 

「アレが連中の偽造ってのは分かったが、オルコット家の判だけは本物だった。有り得ないんだよ、そんなことは本来。何もかもが偽造である合意書の中で唯一本物だった、オルコット家印をヴィルハード家はどうやって手に入れた?」

 

「…………」

 

「答えは単純だ。利を求めて裏切ったユダがいる。まぁ、ユダは正確には裏切り者ではないらしいし、コウモリでいいか。そうと分かれば、特定は簡単だ。家印を持ち出せる程昔から仕えている古参…………それが、お前だけだ」

 

 

ヴィルハード家と内通していた裏切り者、そうと思われるメイドの反応からしても、最早確信的であった。それでも否定を顕にする彼女の様子に、龍夜は呆れを感じながらもおとなしく見守ることにした。

 

 

「ち、違います!私はそんなことはしていません!見当違いな言い掛かりは止めて下さい!」

 

「そうか………ならこれはどう説明する?実の主と客人に薬を盛るのが、従順なメイドのやることか?」

 

 

懐から取り出した薬入りの袋を見せると、メイドは慌てて自身のポケットをあさり始める。メイドとしては優れてはいたが、相手が悪かった。龍夜は彼女のミスを責めるつもりはない。そもそも、そんなことをする必要性などはない。

 

ふと周りを見渡したメイドは、見覚えのある女性を見て、思わず安堵したように力を抜いた。

 

 

「ちぇっ、チェルシーさん!助けて下さい!お客人から謂れのないことを────ひッ!」

 

「────証拠は既に集めました。貴女がヴィルハード家と内通していたことも、彼等からの命令でお嬢様を嵌めようとしたことも、全て把握しています。本当に、残念です」

 

 

廊下の奥から歩いてきたチェルシーは笑顔でメイドに笑いかけた。しかし、その目は一切笑っておらず、重圧をにじませるような勢いで、彼女の前に立った。

 

 

「龍夜様、此方の者はわたくしの方で対応させていただきます。これ以上お手を煩わせる訳にはいきませんので、安全な場所で────」

 

「…………いや、俺は少し用事がある」

 

 

腰を抜かしたように震えるメイドを視界に収めながらそう告げるチェルシーに、龍夜は廊下の奥を睨んだまま呟いた。その瞳に、純粋な怒りと殺意を滲ませながら。

 

 

「懲りない鼠を、駆除するか」

 

 

◇◆◇

 

 

────私室のベッドの上で寝転んだセシリア。衣服を着替えることもなく倒れるように寝込んだ彼女の足元には睡眠薬が盛られた水の入ったコップが転がっていた。

 

そんな室内の様子を、息を殺しながら伺っていたクローリフは怯えたように周りを確かめた。音を立てないように扉を閉めた彼の様子は、いつもの自信過剰な態度は見られない。

 

 

「………だ、大丈夫か?…………密偵の話では、何をしても起きないと言っていたが…………ああ、それにしても………こんなこと、流石に不味いのでは…………」

 

 

本心から怯え切ったクローリフは、警察に捕まったことを思い出す。怒りが冷め冷静になったことで、実家の計画────『オルコット家の資産を手に入れる』ことがご破算となってしまったことを理解したのだ。

 

ただ、それだけなら良かった。問題は、その計画に協力者がいたことである。ある意味で、恐れるべき相手が。

 

 

『────一度失敗した貴方に、最後のチャンスを与えましょう。これ以上失敗するのであれば、それが貴方の限界ということです』

 

 

自分よりも傲岸不遜で、冷徹な男。

クローリフはその男が、父親以上に恐ろしかった。此方を見定め、的確に判断して、場合によっては切り捨てる────人命や尊厳すらも厭わない、『怪物』の腹心。直属の配下とされる彼への恐怖は、常日頃から感じていた。

 

彼の手で拘留所から脱獄したクローリフだが、生きた心地はしなかった。期待を微塵も感じない眼差しを感じた瞬間、この作戦を失敗させてはならない、とクローリフは本能的に感じた。

 

 

『良いか、愚息!貴様がもう一度失敗すれば、ヴィルハード家は終わりだ!偉大なる祖が遺した血を、貴様のせいで絶やすことになる!貴様も偉大なる祖 騎士ヴィルハードの血を受け継いでいるのなら、何をすべきか分かっているだろうな!?』

 

 

『怪物』に頼り、ヴィルハード家の存続に拘った父は、クローリフにそう詰め寄った。肝心の作戦を失敗させたクローリフの立場は低いものとなり、実の父親から怒りを向けられた彼の焦りと怯えは尋常ではなかった。

 

だが、それでも────クローリフは迷っていた。今回、父親から下された最後のチャンスを、本当に実行すべきかと。

 

 

「分かっている…………だが、そんなことして本当に良いのか…………?セシリア・オルコットと、既成事実を作るなど………」

 

 

無論、この男クローリフ・ヴィルハードにセシリアへの罪悪感や躊躇いはない。彼にとって脳裏にあるのは、女性を襲う行為────それがこの社会でどれだけ恐ろしいことか、である。

 

現在の社会は、落ち着いたばかりの女尊男卑の情勢だ。過度に男を忌避する女性は数少なく、差別的な空気も無くなってきたが、それでも女性を優遇する姿勢は多く見られる。中でも、犯罪面に関してはそれが顕著である。

 

女性を性的に襲い、無理矢理婚約を結ばせようとするなど、重罪どころの話ではない。たとえ極刑は逃れられても、女性を襲おうとした男への社会の対応は厳しいを通り越し、マトモに生きられるはずがない。

 

 

それ故に、クローリフは怯え、躊躇っていた。

だが、彼が怯えていたのはそうなった可能性についてだ。ここまで来れたのは、そうならない可能性があるからでもある。

 

 

「………父上は、大丈夫だと言っていた………既成事実さえ作れば、セシリア・オルコットを黙らせられると。オルコット家を追い込む切り札があると。だから、迷うな…………やらなければ、私が全てを失う」

 

 

だからこそ、ここまで来たのだ。今更、引き下がれるわけがない。恐怖のままに従ってきたクローリフだが、父から告げられた最後の言葉を思い出した途端、全身を縛っていた感情が緩んだ気がした。

 

 

『それにだ。散々我々の提案を拒んだあの小娘を、手籠めにできるのだ。お前としても、悪いことではあるまい。何をしても、目覚めはしないのだろうしな』

 

「…………………」

 

 

ふと、クローリフは未だ眠っているセシリアを見る。

全身を吟味するように見渡したクローリフは、彼女が何をしても起きないことを思い出し、いつの間にか笑っていた。その笑みは、下卑たるものだと、見るものであれば気付けただろう。

 

 

「クク、ククク………何をしても、いいか」

 

 

クローリフ・ヴィルハードは、そういう人間であった。自分への不利益は極端に恐れるが、それさえなければ他人を害することを何とも思わない。それどころか、弱い立場にいる人間に手を出すことで優越感に浸る、卑劣な男であった。

 

 

「子供の頃から、気に入らない奴だった。無能な兄を親に持ってるくせに、散々愛されていたお前が、不愉快で仕方なかった。あの低能な兄の血を継いでるクセに優秀になったお前が、ずっと嫌いだった」

 

 

────だから、子供の頃からイジメてやった。クローリフは幼い頃の関係を思い出し、不気味に笑う。昔の、まだ弱かったセシリアは父親を馬鹿にすれば、それだけ泣く弱っちい奴だった。だが、いつの間にか彼女は此方を歯牙にもかけない程の強者となっていた。

 

それが、クローリフにとっては不愉快極まりなかった。泣いてばかりの子供だったはずなのに、今になっては自分を見向きもしない────そんな彼女の純潔を奪ったその時を思えば、さっきまで感じていた恐れは欠片も消え去っていた。

 

 

「楽しみだ………私を見下ろすようになった女が、知らぬ間に私に穢される……………どんな思いをするだろうな。大声で泣きわめくか、泣くこともできずに絶望するか。ああ、楽しみだ────」

 

すぅすぅと寝息を立てるセシリアを見下ろしたクローリフが、舌舐めずりをする。静かに上げた手を胸へと伸ばそうとした、その瞬間。深い眠りに着いたセシリアの胸の上に、何かが移動してきた。

 

小型の、虫だろうか。

そう思ったクローリフは暗闇の中だからこそ、気付けなかった。八本足を持つ蜘蛛のようなソレは、機械のガジェットであることを。ソレが、セシリアを守るように威嚇していることに。

 

 

『────カチカチカチ』

 

「あ?なんだ、この虫────はッ」

 

 

目を細めたクローリフが顔を近付けた直後、蜘蛛型のガジェットが彼に目掛けて粘着性のある液体を射出した。顔面に直に浴びたクローリフは慌てて飛び退く。そのまま顔に着いたものを取ろうと、必死になっていた。

 

 

「と、取れん!何なんだ!これは────痛っ!?」

 

 

足元を見ると複数体の虫が、クローリフの靴を登って素肌に攻撃を仕掛けていた。海老のようなモノは両腕をバシバシと叩きつけ、百足のようなモノも一緒になって巻き付いて締め上げようとしていた。

 

「コイツら………!」と苛立たしそうに踏み潰そうとするが、複数の虫はまるで予測したかのようにそれを避け、クローリフへと襲い掛かる。自我を持ったように此方を狙う複数の影に、ついにクローリフは泣き言を漏らすように叫んだ。

 

 

「な、なんだよ!何なんだよ!コイツらは!!」

 

「────コイツらじゃない。ガジェットだ」

 

 

独り言のような叫びに応えた声を耳にしたクローリフは、呼吸が止まった気がした。声のした方に振り返った彼の顔面に、鋭い肘が突き刺さる。情けない悲鳴をあげて転がったクローリフは、目の前に立った青年を見て、怯えた声を零す。

 

 

「蒼青………龍夜………っ!?」

 

「よう、クズ。懲りないな、また叩きのめされたいか?」

 

「っ!貴様!動くな!」

 

 

複数のガジェットを従えた蒼青龍夜を前に、クローリフは拳銃を引き抜いてそう脅した。銃口を向けられた龍夜は一切狼狽えることもなく、冷気を伴った眼差しを細める。

 

 

「銃、か。呆れたもんだな、騎士の家系だろう?貴様は。銃は騎士道に反する愚かなモノ、というのはお前等がよく口にしていたことじゃなかったか?」

 

「黙れ!元より貴様がいなければ、貴様のせいでこうなったのだ!貴様さえ!貴様さえこの国に来てなければ!私は、こんな目に遭わずに済んだのだ!!」

 

「────自分の無能さを、俺の責任にすげ替えるな。ゴミが」

 

 

無機質に吐き捨てた龍夜へ、侮辱されたと感じたクローリフは怒りのまま引き金を引いた。拳銃から撃ち出された銃弾は直進していき、龍夜の胸を撃ち抜く────より前に、割り込んできた小さな影に切り裂かれた。

 

 

『────!』

 

 

両断された銃弾と共に床に落ちたのは、カマキリを模したガジェットであった。それは背中の羽を羽ばたかせながら、両腕の鎌を広げて大きく威嚇する。ちっこいながらも、銃弾を切ってみせたそれへの恐怖が勝ったクローリフは慌てて銃口をそちらへと向けた。

 

だが、その拳銃を横から伸びた手に掴まれる。視線を離したことで距離を詰めてきた龍夜が引き金に掛けられた指を抑え込んでいたのだ。

 

 

「き、貴様────」

 

 

何かを言おうとするクローリフに、龍夜は殴打を打ち込む。先程の肘よりも鋭く、強く握り締めた拳は明らかに骨を折る程の威力であった。軽く転がされたクローリフは折れた鼻から大量の血を流し、悶え苦しむ。

 

 

「ぐ、ぐっ………あがが────いッ!?」

 

「静かにしろ。セシリアが今寝ている」

 

 

手を踏みつけながら、龍夜は鼻血を止めようとするクローリフへ絶対零度の眼差しを向けるのであった。先程奪ったばかりの拳銃を片手間で分解し、床に部品を落としていく。その部品を回収していくガジェット達を尻目に、龍夜は怯えを顕にしたクローリフを見た。

 

 

「正直、お前のことは心底どうでもよかった」

 

「…………へ?」

 

「身の程知らずの凡愚など、世界に山ほどいる。俺の才能や実力を理解せず、理解できない無能であることを責めるつもりはない。俺を見下そうと、それだけなら許してやった。所詮は正しさを計り知れない有象無象の一種としてな」

 

 

淡々と語る龍夜の声に、感情はない。

ある程度緩和された彼の精神は、根底だけは変わっていない。自分以外の、自分を正しく評価できない者達を、彼は凡愚として見下し、諦観している。

 

それは天才として優れすぎた彼の才能によって培われた、他者からの目や感情、社会性が構築させた、孤独な天才としての人間性である。だから彼は赤の他人に馬鹿にされても、認められなくても構わない。────龍夜のほうが、期待すらしていないのだから。

 

だが、そんな彼にも超えてはならないラインが存在する。誰であろうと、自身を認めない凡愚であろうとも、絶対に許さない線引きが。

 

 

「だが、セシリアに手を出そうとしたのは悪手だったな」

 

「…………」

 

「アイツは俺の、大切な仲間だ。アイツらの価値は、この世界の有象無象の何よりも重い。この俺にとって、家族と同等に絶対的なものだ。一度はセシリアの面子もあったから許してやったが、二度目はどうする?。俺よりも遥かに無能であり、価値のないお前がそれだけの罪をどうやって贖う?────無惨に死ぬ以外、あると思うか?」

 

「お、お前は!学生のはずだ!人を殺す覚悟なんて………!」

 

「────覚悟?ゴミを殺すのに、覚悟がいる訳あるか」

 

 

無機質な言葉に乗せられた感情は、殺意と憎悪であった。人間を殺すには無機質な程落ち着いた、衝動も欠片もない物静かなもの。しかし込められた感情だけで、人を殺せる強さと濃さを煮え滾らせていた。

 

今、この瞬間に殺される。そう感じ取ったクローリフは、マトモに動けなかった。全ての意識が、圧倒的な存在への恐怖によって制限されてしまう。

 

 

「だが、特別にだ。お前にはチャンスをやろう」

 

「ちゃ、チャンス………?」

 

「お前を唆した奴の情報、それかオルコット家を黙らせられる切り札、それを教えろ」

 

 

でなければ、嘘をつけば殺す。言外にそう示した龍夜は、クローリフの前に立つ。冷たく見下ろした青年の宣告に、クローリフは迷ったようであった。躊躇い際に、クローリフは弱音を漏らした。

 

 

「そんなこと、喋れば………私は、消される!」

 

「────今死ぬか、後で死ぬかの違いだ。それとも、喋りたくなるまで苦しみたいクチか?」

 

 

そう脅し立てれば、クローリフは頭を抱えて絶望した様子であった。カチカチと歯を鳴らした男は、次第に諦めたように項垂れる。そのまま、ポツリと零した。

 

 

「…………ヴィクター」

 

「誰だ、ソレは」

 

「『ギア・メイカー』、『魔王の腹心』、『生命の冒涜者』…………多くの異名を、父上から聞かされていた。決して逆らうな、あの御方の使いとも呼べる存在、その一人だと…………」

 

「『魔王』…………フェイス、『亡国機業(ファントム・タスク)』か。奴の目的はなんだ?何故セシリアを、オルコット家を狙った」

 

「じ、『実験』とだけ…………ホントだ!嘘じゃない!あの人は私に命令するだけだ!理由を聞いても答えない!」

 

 

よりによって、出てきたのは『フェイス』と『亡国機業』。今回の事件に奴等が関わっていると理解した瞬間、龍夜の思考に残された憎悪が強さを増した気がした。そんな殺意を抑え込めたのは、大切な仲間の存在を自覚できたからか。

 

嘆息した龍夜は本題を切り詰めることにした。

 

 

「それで。オルコット家を、セシリアを従わせる切り札ってのは何だ」

 

「────さっき、セシリアを襲おうとしたのは婚約を成し遂げる為の既成事実を作るため。つまり、既成事実さえあれば、セシリアを、オルコット家を従わせられる……………それほどのネタが、何なのか教えろ」

 

 

クローリフの口は重かった。だが、少ししてからようやく語り始めた。龍夜にとっては、予想もしなかった内容を。

 

 

「────────」

 

「…………何だと?」

 

 

明確に、殺意が揺らいだ。怒りが静まるほどの内容の、『オルコット家への切り札』に龍夜は沈黙するしかなかった。その間、回し続けた頭脳で考えた彼は、不承不承と納得したようだ。その顔には、不満と苛立ちが明らかであった。

 

 

「そうか、そういうことか。お前たちがセシリアに強気に出れたのもよく分かる。こんなものがあれば、オルコット家を手に入られると思うのも無理はない」

 

「は、はは………!そうだ!その情報は、まだ私の本家が握っている!私を殺せば、それでいいだろう!だがセシリアも破滅するぞ!?父が、その情報を流してしまえば、オルコット家は終わりだ!!さぁ、賢明な判断をしろ!蒼青龍夜!この私を見逃せば、セシリアはオルコット家を守れる!最も、大事な貞操は失うだろうが、彼女からすれば安いものだろう!?」

 

「…………………本当に、お前は。底抜けの馬鹿だな」

 

ここまでくると哀れみすら感じてくるレベルだ。情けないほどに身勝手かつ状況を見定められない大馬鹿を見下ろした龍夜に、勝ち誇ったように笑うクローリフ。

 

次の瞬間、彼の鼓膜を突き破るような可愛らしい大声が響き渡った。

 

 

『────なぁにが!安いものだってぇ!!?』

 

「う、わぁ!?なんだ、何処から声が………!?」

 

『好きに言わせてみれば言い放題言いやがってぇー!もう怒ったぞー!セシリアちゃんに酷いことしようとしたのに、反省しないなんて!マスター!ボコボコにしちゃってよ!そんな奴!』

 

「よせ、見るなラミリア。ゴミクズが伝染る………それと、ボコボコにしてやった後だ。まだ足りないがな」

 

 

プンスカ、と怒る電子妖精 ラミリアが龍夜のスマホの中でクローリフへ掴みかからんと勢いで怒っていた。好奇心旺盛で外界や他者を好む彼女にとって、セシリアはよく話す友達の一人であり、大切な家族である龍夜を支えてくれた何よりも必要な人間だ。

 

そんな彼女を傷つけようとしたクローリフへの怒りは、龍夜と同じく深い。激しい怒りを募らせる数センチの少女を落ち着かせた龍夜は、彼女に任せていた仕事の様子を確認した。

 

 

「それより、ラミリア。例のものは?」

 

『うんうん、大事なものは全部引っこ抜いてきたよー!これが例の証拠のデータね!ああ、あと電子預金もたくさんあったから、引き抜いていいかなー?』

 

「ラミリア………所詮はクズの金だ。ありったけ搾り取ってやれ。奴等が痛手を食らうなら、丁度いい────最期に、実は済ませたか?」

 

『もっちろーん!ヴィルハード家の電子データに崩壊ウイルス流し込んできたよ!今頃全部使えなくなってるかも!セシリアちゃんを虐めた報いだー!いい気味ーっ!』

 

「は…………?え、………………はぁッ!?」

 

 

相変わらず可愛らしく振る舞う家族のような存在に、微笑み返す龍夜。蚊帳の外にされていたクローリフは聞き捨てならない言葉に目を丸くした後に、改めて絶句した。ようやく彼の事を思い出した龍夜はそれはそれは嫌そうに顔を歪めながら、吐き捨てた。

 

 

「アナログではなくデジタル機器を使っていたのは失敗だったな。お陰でお前達の保持する機密は此方が引っこ抜かせてもらった」

 

「そ、そんなこと………出来るわけが…………」

 

「凡愚に不可能なことが出来るからこそ、俺は天才だ。ようやく、理解できたか?」

 

 

呆然とするしかないクローリフの首を、龍夜が掴む。人間一人を片手で持ち上げた龍夜は、もがき苦しむクローリフを冷たく睨みながら、口を開いた。

 

 

「いいか、良く聞け────これを聞いてる、ヴィルハード家の連中も」

 

 

首を掴んでいる男と、盗聴器で聞き耳を立てているであろうヴィルハード家当主に向けて、告げる。絶対零度とマグマのような怒りの炎、二つの感情を込めた龍夜は無機質なまでに平坦とした様子であった続けた。

 

カツカツ、とクローリフを持ち上げた龍夜が窓を開ける。開け放たれた夜風を肌に感じながら、何をする気か悟ったらしく抵抗しようと必死なクローリフを、窓の外へと押し出した。

 

 

「お前達の脅しに使うはずのデータは、俺の手にある。お前達は完全に詰む。全てを失い、破滅するヴィルハード家は見逃している。このクズも、特別にだ。コイツには責任を取って貰う必要があるからな」

 

「…………ぁ、や、やめっ」

 

「────一度は許した、二度目は見逃す。三度はない。もしお前達がセシリアや俺の仲間に危害を加えようとしたら、今度こそ最期だ。お前等ヴィルハード家の人間が何処に隠れようが逃げようが、見つけ出してぶち殺す────金輪際、俺の機嫌を損なうな。セシリアに、近付くな」

 

 

そう言って、クローリフの首を圧迫していた指は離した。唯一引き止められていた手から解放されたクローリフは、息をするよりも先に、二階から落下した。ドサ、と地面に転がった青年が苦しそうに呻いていた。落下のショックで足を痛めたのか、蹲るクローリフが恐る恐る此方を見上げる。

 

そこには────人の姿をしたナニカがいた。人間に向けるものとは思えない冷たい眼差しで睥睨した彼は、興味を失ったように吐き捨てる。

 

 

「────失せろ、畜生。さっきの言葉、忘れたら殺す。顔や名前を変えようとも関係ない。一生俺に怯えて、逃げ隠れて生きるんだな」

 

「────ひっ、ひぃッ」

 

 

名家としての権威に溺れていた貴族の青年は、完全に心が折られていた。痛めた足を引きずりながら、彼は必死に背を向けて森の中へと逃げ込む。自分がどうなるかを考える暇もない、アレの気分を損なえば、今度こそ殺される。死の、圧倒的強者への恐怖に屈したクローリフは、急いでこの場から離れるのだった。

 

そんな彼の様子を見届けた龍夜は、窓ガラスを閉めてから携帯電話を取り出した。連絡先は、ベアトリス王女である。

 

 

「王女殿下。ヴィルハード家の汚職のデータを手に入れた、今からそちらに送る────ああ、それと。脱走したクローリフ・ヴィルハードの居場所を捕捉した。奴に付けた探知機、その反応を送るから、警察にでも捕まえさせてくれ。………それでは」

 

 

クローリフやヴィルハード家はこれで完全に終わりだ。忠告を無視して何かをするのであれば、今度こそ殺して済ませるまで。睡眠薬の影響で未だ深い眠りに着いたセシリアの隣に座った龍夜は、呟きを漏らす。

 

 

「………これが、真相か。お前は、何処まで他人の人生を狂わせているんだ────フェイス」

 

 

自分に好意を寄せてくれる少女、彼女の家族が失われた一因。ヴィルハード家が手に入れた、オルコット家の真実。それを確かめた龍夜は、全てを歪めた元凶の姿を思い出し、鋭く尖った眼で睨むのだった。




クローリフと対面してる間、ずっと「コイツ殺すか」と「セシリアに迷惑かかるな……」で感情がぶつかり合ってる龍夜。なまじ本人の頭が回るから、衝動的な殺意を理性が抑え込んでる結果。

次回でティアドロップ編は終わります。よろしければお気に入りや評価、感想などお願いします。やる気や意欲が増えたりしますし、単純に嬉しいので。…………それではまた次回!
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