簡潔に言えば、事は一夜で済んでいた。
ベアトリス王女主導の警察隊により、ヴィルハード家全員は捕縛されることになった。逃走中のクローリフも、探知機の反応により森の中で捕らえられたらしい。
────これで、ヴィルハード家は完全に終わりだ。彼等の悪行の数々の証拠がある以上、裁くことは出来るはず。龍夜としては、彼等を気にする理由はもうない。
「あの、龍夜さん………!?黙っていらっしゃらないで……その、話していただきたいのですが………!」
「……………」
顔を赤くしてモジモジとしたセシリアを前に、龍夜はどうしようかと思い悩んだ。さて、どう弁明するか、と彼は純粋に考える。今まで以上に、頭を高速で回転させて。
────事態の説明をすると、龍夜が昨日セシリアを襲おうとしたクローリフを追い払った直後の頃。あの後どうするか考えていた龍夜であったが、思いの外真剣に考え過ぎていたらしい。
『………ん、んん』
『ああ、セシリア。もう朝か、おはよ────』
ようやく目を覚ましたセシリアの隣に座っていた龍夜は、ようやく思考を止めたようで眠そうに目を擦るセシリアに無意識に挨拶を返した。そこまで言って、あれ?と龍夜は状況を理解する。その上で、あ、ヤバいと気付いた時には、セシリアが首を傾げていた。
『ああ、龍夜さん。おはようございま……………す?』
寝惚けたように顔をしかめたセシリアが、龍夜へと顔を近付ける。ヤバいな、これと対処法を画策しようとした龍夜であったが、手遅れのようだった。眠気から覚醒したセシリアは「龍夜、さん………?」と戸惑い、顔を紅潮させ始める。
その結果、後の祭りであった。セシリアは自室にいた龍夜への非難よりも、羞恥心から言葉が出ない様子だ。龍夜が事の経緯を────クローリフが襲おうとした件を適当に誤魔化した上で────説明すると、納得したらしい。納得はしたが、受け入れられてはいないらしい。
「………もう嫁には行けませんわ」
「んな大袈裟な………寝顔を見ただけだろ。そもそも、他に嫁に行くつもりだったか?俺のとこに行くのなら、大した問題でもないだろ」
「大した問題ですわ!全く、乙女の気を知って欲しいもので……………え?」
「…………ん?何か?」
もう一度、もう一度言ってください!と急かすセシリアに、龍夜は何のことやらと肩を竦める。何とか誤魔化すことに成功した龍夜は一呼吸置いてから、セシリアに話し始めた。
「些事は置いておいて………セシリア。お前に伝えたいことがある」
「些事と呼ぶかは兎も角…………わたくしに、用ですか?」
「お前の両親の死の真相、のようだ」
唖然とするセシリアの前で、龍夜がディスクと装置を取り出す。これで再生できるのだろう。指で軽く弄ったそれを挟みながら、龍夜はセシリアの目を見た上で問いかけた。
「…………お前にとって、ショックを受けるものだ。無理して見なくてもいい。どうするか、お前の判断で決めろ」
「────昔のわたくしなら、思い悩んだかもしれません。けど、今のわたくしは迷いませんわ。教えて下さい、龍夜さん。母は、父は何故あの事故の時一緒にいたのか…………事故に巻き込まれたのか、知りたいのです」
真剣なセシリアの眼差しに、揺らぎはなかった。彼女ならば折れはしないだろう。そう信じた龍夜は、真実を語ることにした。「最初に言っておくが」と厳しい現実を突き立てる用意を行う。
「数年前のお前の両親の死は、事故じゃない。殺されたんだ」
「────」
「殺したのは『
告げられた事実に、絶句するセシリア。
言葉を口に出すこともできずにいる彼女の前で、龍夜はディスクを装置に挿し込んだ。言葉よりも、目にする方が早い。その方が、セシリアにとっても必要なことだと信じて、彼はディスクに刻まれた過去の記憶を流し始めた。
────装置に浮かび上がるのは、とある景色。真っ白な雪が残った白い世界を突き抜ける、鋼鉄の一群。英国に張り巡らされた路線を通る列車の一つ、そこがこの記憶の起点となる場所であった。
駅員すら立ち入ることの許されないVIPルーム、列車の最前列の車内の中で、ある男が座席に座っていた。寒い空気の中で吐き出される息は白く、凍てつく肌触りを収めるために男は熱々のコーヒーを口に含んでいる。そんな彼がコーヒーを飲み終えた頃、対面する座席に二人の人物が座していた。
『お久し振りです、ヴィクター氏』
『ああ、久し振りですね。ウェレナ・オルコット、セオドア・オルコット』
セシリアの母であり多くの会社を経営するオルコット家当主、ウェレナ・オルコット。彼女の婿であるセオドア・オルコット。凛々しくも気丈に満ちた母親の姿は変わらず、そして相も変わらず弱々しく臆病さを隠しきれない父親。見覚えのある光景にセシリアは懐かしさを覚える一方で、違和感を感じていた。
二人の様子は、明らかに可笑しかった。何時見ても変わらないい母の顔は何かを抑え込んでいるように見え、いつもは弱々しく顔色を窺っている父は、そんな母を心配しているように見えた。
そんな二人を冷たく見下ろした男は、つまらなさそうに口を開く。
『────改めて、一体何の用です?こんな時期に私を呼び出すなど………此方の事情を考えて頂きたいのですが』
『申し訳ありません…………ですが、ヴィクター氏には直接伺いたいことがありましたの』
『…………例の計画、被検体のことですね』
なんだそんなことか、と落胆したように露骨な溜め息を吐く男。しかし対面していたウェレナは両眼を鋭く細め、厳しい声を放った。
『被検体ではないわ、彼女はエクシアよ。二度と、物のように呼ばないで』
『…………それは失礼。貴女達が知りたいのは、アレの調子でしょう?無論、安定しています。後は経過を見れば、貴女達の要求通り、アレの治療は完了します』
『では、核心を突くわ。貴方達は、エクシアをまだ計画に使うつもりなのでしょう?』
『ええ、それが何か?』
オルコット家の女傑と、目の前の男が激しく火花を散らすどころか、突き刺す視線を向け合う。根負けしたようにヴィクターは再びコーヒーを口に含み、淡々と合理的な言葉を語っていく。
『………私としては、貴女達の方こそ非効率的だと思いますがね。アレは、被検体06は自律衛星兵器 キャリバーンとの適合率はトップクラス。それどころか、今までの被検体を上回る適性を有しています。アレは、キャリバーンの生体コアとなるべく生まれたようなもの』
『────エクシアを、あの子を物として見ないでと言ったはずよ。私達があの子を実験に参加させることを認めたのは、あの子を救うためのはずよ』
『そして、キャリバーンの制御権をオルコット家が保持すること。それらの条件が、貴方達との取引のはず。…………今更、何を奥手になったのですか?まさか今更、罪悪感でも抱いた、とでも?彼女を引き渡したのは、貴女達のはず』
『ええ、そうね………それもあるわ。同時に、間違いにも気付いたの』
間違い? とヴィクターは顔をしかめた。
一体何が間違いだと言うのか、事の返答次第では一切の容赦はしない。そんな殺気を滲ませるヴィクター
『ヴィクターさん。貴方の上司、フェイスさんについて聞きたいことがあるの』
『……………なんでしょう?』
『【人類進化機構】、【プロジェクト・■■■■】、これらに心当たりは?』
『……………一体、それを何処から?』
『親切な方が教えてくださったの。貴方達の裏側の、陰謀を────数百年も前から行われてきた、人類の罪と業に満ちた計画のことを』
トントン、と机を叩くヴィクターの様子が苛立ったように見えた。明らかに目を細めた男の態度は、何故それを知っているのか、と思いながらも、厄介そうに顔をしかめている。
その様子で、男たちの関与を確信したからこそウェレナの目付きは鋭さを増した気がした。
『そのことを知って、確信したわ。貴方達はある意味で、彼等の業を継ぐつもりなのでしょう。大勢の人間の命を踏みにじって、同じ事を繰り返す…………その為にキャリバーンが、エクシアが必要なのでしょう?』
『その通り、と言ったらどうします?』
『────エクシアを返してもらいます。我々は、貴方達の計画を認めません』
眼鏡を指で押し上げたヴィクターは、ふむと呟いた。近くにあったコーヒーの中身が空であることを気付いた彼は、諦めたようにため息を吐いた。
『ええ、良いでしょう。我々と手を切るのであれば、それも許しましょう────しかし、代価は払ってもらいます』
『…………そのつもりよ。だからこそ、エクシアは引き渡してもらうわ。彼女を渡さないというのなら、此方も相応の手段を選ばせてもらいますので』
『分かりましたよ…………ああ、それと一つ。その情報源は、八神博士の使いからですね?』
『────ッ!何故それ────』
驚きを顕にしたウェレナの胴を、毒々しい触手が貫いた。機械的な触手に貫かれたウェレナが大量の血を吐き、触手に振り回されて吹き飛ばされる。「ウェレナッ!」と叫んで駆け寄ったセオドアを、勢いよく振るわれた触手が殴打した。
二本の触手を足元から伸ばしたヴィクターは眼鏡を押し上げる。映像を目の当たりにしたセシリアが悲鳴を上げる中、ゴミを見るような眼差しで睥睨した彼は、不愉快そうに吐き捨てた。
『亡国機業を、私を脅すなど………全く、度し難い。その愚かさは、万事に値する。死ぬ以上の苦しみと絶望を味わいなさい』
『ウェレナ!ウェレナっ!しっかりするんだ!…………くそ!なんだ、これは…………』
『無駄ですよ、私の持つものの中でも強力な毒性ウイルスを投与しました。彼女は最早、数分の命…………最も、生き永らえても無駄ですがね』
シュルル、と針を有した触手が蠢く。その針から滴る紫色の不気味な液体が、どれだけ恐ろしいものかは見て明白である。息すら出来ないほどに弱り始めたウェレナに、セオドアは必死に呼び掛ける。そんな二人をつまらなさそうに見届け、ヴィクターは淡々と告げた。
『これで貴女達は我々と手を切れました、もう死に体でしょうが、好きにすると良い。代わりに、アレは貰いましょう。折角の被検体、生体コアですので。有効活用することは確約します』
背を向けて立ち去ろうとしたヴィクター────彼の真横を、銃弾が突き抜けた。肌を掠めた銃弾は皮膚を切り裂き、一つの傷を作っている。その傷を確かめたヴィクターが目を細め、一層機嫌悪そうに振り返った。
────息の弱々しいウェレナを膝に乗せたセオドアが拳銃を向けていた。先程の触手の攻撃で胴体に鋭い切り傷を受けてた彼は、口から血を垂らしながら呟いた。
『はは…………まともに当てられないか。やはり、私は駄目だな。クリス兄さんや、ウェレナのように上手くやれない………本当に、駄目駄目だ』
『………遺言はそれで充分ですか。まぁ、貴方達のもたらした不利益は、此方で精算させて貰いますよ。だから、安心して死に────』
『────セシリアを、利用する気かい?』
『存外に、聡いようで』
確信したように断言したセオドアに、ヴィクターは感心したようだった。ウェレナ・オルコットの婿である彼は意見できず、無能と呼ばれる立ち位置の人間だと把握していたが、多少はやれるタイプらしい。そう判断を改めたヴィクターは、眼鏡を押し上げて笑う。
『えぇ、既に彼女の適性は把握しています。ISの適性を持つ彼女を、私やフェイス様の手駒としてお使いしましょう。幸いなことに、親のいない娘です。どう扱おうとも、文句を言う相手は居ないのは、実に楽なことですよ』
『そんなことは………させないぞ』
『貴方の意見は必要ありません。全ては私が判断すること。既に死ぬ運命である貴方は、ここで無様に死に果てることが────』
『────黙るんだ。君に話していない』
ピキ、と空気が熱を帯びた気がした。
眼鏡を押し上げるヴィクターの眼は映らない。しかし、背後から伸びた触手が音を立てて唸り始め、ヴィクターの内心を証明していた。激しい程の怒りと侮蔑を。
だが、セオドアはそれを気にしない。そもそも意識してないかのように、ポツリと問いかけた。
『………聞こえているんだろう?フェイス、取引をしよう』
その瞬間、車内アナウンスから雑音を漏れ出した。ジジジジッ、と歪み始めた機械音声は、一気に途絶える。明確なまでの変化を経て、アナウンスの声が響き渡った。
【────何を望む?セオドア・オルコット】
『………セシリアに、手を出すな。あの子が自立できる五、六年間は一切干渉しないでくれればいい。無論、君や部下が誰かを動かすことも、無しだ』
【ふむ、それだけの要求、この私が受けるとでも?】
『あの計画の存在を、世界に明かすぞ。人類の監視者』
意を決したようなセオドアの言葉は、彼等にとっても無視できないものだったらしい。「なっ!?」とヴィクターは冷静沈着な仮面が剥がれるほどの驚愕を見せ、フェイスは短い沈黙を経てから、ようやく興味深そうに呟く。
【その言葉………成程、私の正体を探ったか。八神博士は関係していない…………独力で、これか。末恐ろしい男だ。妻の尻に敷かれた情けない男、という結論は早計だな。死に瀕した身で、この私を脅す者など貴様が初めてだ────良いだろう、その要求に従おう】
『フェイス様!?何を────』
『重ねて言っておく。約束を反故にしないことだ。万が一、セシリアに危害を加えられれば、僕の兄がデータを流出させる。データは五、六年後に抹消されるようにプログラムしている………下手な真似はしないほうが、賢明だぞ』
【そのようだな。全く、慎重な男だ。良いだろう、貴様が死んで五、六年────セシリア・オルコットへの危害を加えないことを約束しよう。だが、その要求を呑む条件は把握しているな?】
取引を交えたセオドア・オルコットには生きてもらっては困る。その為にも、この列車で妻と共に死んでもらわなければならない。フェイスが言外に告げる要求に対し、セオドアは説明されずとも理解していた────故に、無言の頷きが肯定を示していた。
【ヴィクター、処理は?】
『………ええ、問題なく。二分後、この列車に組み込んだプログラムが作動します。数分もすれば列車は横転し、全員死亡することでしょう…………年の為に、各車両にも爆薬は仕込んでおりますので』
『────外道、めっ』
『何とでも。所詮は死ぬことが決定した者の戯言。この私には響きません──────最期の時間くらいは許しますよ。好きに喚き、後悔しなさい』
それでは、とヴィクターは背を向けて立ち去った。ピシャリと扉を閉めて出ていく男の後を追えない。セオドアは拳銃を落とし、困ったように笑いをこぼす。
『ははっ…………これが、僕の限界だ。エクシアは救えないが、セシリアだけは守られる。セシリアには、兄さんがいる。これで数年の間は…………あの子は安全だ』
『────』
『大丈夫だよ、ウェレナ。あの子は強いさ。なんせ君に良く似た、強い子だ。きっと兄さんを見て育って、君のように多くの人に慕われる女性になる』
『セオ………ド、ア』
血反吐を零した女性が、ようやく口を開いた。猛毒に身を侵されながらも、彼女は自身を介抱してくれた夫の顔へと手を添える。そこには、セシリアが良く見る優しい母の顔があった。
『あの子は、優しいわ。貴方のように、優しく、正しいことを信じられる子よ。貴方のことも本当に分かってくれる時が来るわ。貴方に似て、心優しい子だもの』
『………それは、嬉しいね。ああ、でも心配だ。セシリアの将来の相手は、どうなるのかな…………兄さんが居るから心配しなくていいのかもしれないけど、不安になるよ』
『大丈夫よ、セオドア。あの子が好きになる相手なら、それはきっと良い人よ。貴方に良く似た、ね』
言葉を失うセシリア。家では見たこともない、父と母の姿であった。常に腰を低くする情けない父と、父とは対極的な凛々しい母。セシリアが子供の頃から見てきたその姿は、一つの側面に過ぎなかったのだろう。
そう悟ったセシリアは、改めて理解した。自身の父と母が、自分の事を考えてくれたことを。何にも知らずに、勝手に決めつけていたセシリアは後悔した。大粒の涙を流した彼女は、再び映像の中の両親を見る。
『────ウェレナ』
『………なぁに?』
『愛してるよ』
『────えぇ、私もよ。セオドア、そして………セシリア』
互いに手を絡めた二人は、互いのネックレスを見る。その中に嵌められた小さな写真。前に撮った三人が写った写真。父と母、そして娘が載った思い出の写真。それを眺めた二人は、心の底からの愛を込め、呟いた。
『愛してるわ、私達の最愛の娘』
『愛してるよ、僕達の最愛の娘』
「お母様っ────お父様っ!!」
遂に涙が決壊したセシリアは、叫んでいた。長年尊敬し続けてきた母のこと、何時からか軽蔑していた、してしまった父のことを。二人へ伸ばした手は、映像故に届かない。それ以前に、全てが手遅れだった。
────爆炎が、視界を覆い尽くした。互いに抱き合う二人の姿は消え、凄まじい轟音と爆音が鳴り響き、映像は暗転した。最後に映し出された、横転した列車の残骸は、セシリアがあの時に見た事故映像の記憶と同じである。
「………以上が、お前の両親の死の真相だ」
「……………」
膝をついて、崩れ落ちたセシリアに龍夜はそう告げた。無論、返答はない。そうであろうと、理解していた。だからこそ、龍夜にしては珍しく、気を遣ったような言葉を口にしていた。
「お前としては辛いだろうな。こういう時、生半可な慰めはしない。家族を失った気持ちは分かるなんて、所詮は部外者からの言葉に過ぎない。他者から見る大切な人の喪失なんて、図り切れるものじゃない」
「……………」
「────お前の想いはお前のものだ。溜め込むことは得策じゃない。幸い、この部屋は防音なんだろう?思いっきり、感情を吐き出せばいい…………俺は外に出ているから、気が済んだら声を───」
「────待ってください!」
椅子から立ち上がった龍夜の手を、セシリアが掴んだ。張り上げた一言は、それが絞り出したものだったらしい。顔を上げることも出来ず、セシリアは弱々しい声を漏らした。
「………一人に、しないで」
「…………分かった。そうしよう」
静かに頷いた龍夜は、セシリアの手を引いた。突然のことに驚いた彼女はそのまま龍夜と共に、ソファーに腰掛ける。ビックリした彼女に、龍夜は腕を広げたまま「………ん」と告げた。
「男も女も共有して、泣きそうな相手に胸を貸す、と聞いている。特別だ、俺の胸を貸してやる………好きに吐き出せ」
「………堂々としすぎて困りますわね」
「生憎、他人への配慮は苦手だ。俺にはこういうことしか出来そうにない。それとも、不要だったか?」
「────いえ、お言葉に甘えさせてください」
この時のことを、語るつもりはない。龍夜は胸の中で泣くセシリアを抱き締め、静かにそう決断を深める。数分か、数十分はその状態であった。
◇◆◇
「さて、早速だが話を変えようか」
「…………話題の切り替え方が端的ですわね」
「なんだ?あの状態で話をする気か?正直に言うが、話に集中できないと思うんだが」
「〜〜〜〜ッ!!!」
「よせ、冗談だ。少し痛い」
顔を真っ赤に茹で上がらせたセシリアからポコポコと殴られ、龍夜は降参したように両手を上げた。そんな対応をできるようになったセシリアは、多少吐き出せたことでスッキリしたのだろう。彼女の顔には、先程までの翳りはなかった。
「さっきの話、お前の両親の死、その真相と言ったが、実際にはまだ不明瞭なところが多い────その最たる要因が、『エクシア』だ」
「わたくしの両親が、口にしていましたわね。確か、エクシアを返してもらう、と」
「名前からして、明らかに少女だろうな。何故オルコット家が関係していたのかは知らないが、もう一つ、それに関係するものがある」
そう言って、龍夜はあるデータを引き出した。ハッキングして引き抜いた情報の一つ。無論、安心して欲しい。国の機密をぶち抜いてきたわけではない、ヴィルハード家の奴等が保持していたデータをコピーして手に入れたに過ぎない。悪いのは自分ではなく、彼等の方である。
そう言い聞かせながら(尚、本人は反省するつもりはない模様)データを開示して、話を続けた。
「キャリバーン計画。オルコット家と、亡国機業が結託して推し進めていた計画────その全貌は、巨大衛星であるISの開発だ。又の名を、エクスカリバーとも言うらしい」
「…………エクスカリバー」
「計画自体は昔に凍結されたが、生体融合型のISの運用を最終的な目的としていたようだ。元々は打ち上げた外付けの衛星にISユニットを接合して運用するつもりだったが、ある問題が起き、凍結することになった」
その果てが、あの
それは本来であれば、ISと接続して完成するはずだった。失敗したのは他でもない、打ち上げ当日に起きた事件が起因している。
「────その計画の実行段階の直前、何者かの襲撃があったらしい。襲撃者は研究施設の重要機材だけを破壊し、軍部の救援が向かった時には、既に姿を消していた。その襲撃で計画進行に必要なデータや打ち上げ用のISユニットの破損により、計画凍結…………とあるが、俺はそもそも違うと考えている。
そもそも計画が凍結したのは、必要な存在が────ISコアと『エクシア』が奪われたからでは?」
公的に、その情報は乗っていない。あくまでも龍夜の考察に過ぎない。おそらく、オルコット家と亡国機業の推し進めたこの計画はイギリス本国にも────一部分を秘匿で行われていたのだろう。であれば、被験者として利用された『エクシア』の情報を伏せるはずがない。
何より、オルコット家が亡国機業と結託していた事実は────生体融合型のISのコアとして利用した少女の存在を伏せたこの計画に、オルコット家が関わっていたという事実は、オルコット家を揺るがせるには充分であった。
当然の話だが、龍夜はこの話を暴露する気はなかった。イギリス本国にも騙し通すつもりだ。これ以上、セシリアへの負担を背負わせる気はない。
「それに、エクシアという名前を俺達は知っている。いや、正確には一夏や箒だけが、と言うべきか」
「っ!まさか────!」
彼等は、その名前を聞いていた。
一夏や箒が、その名前をした少女と出会ったこと、その少女がドイツ出身の科学者とともに、モザイカ────もとい、織斑数季と行動していたことを。
「モザイカ………いや、一夏と織斑千冬の父親が、関与してる。奴がクロとは思えないが、奴の連れた『エクシア』が存命なら、彼女を探すしかないな。セシリアの両親と、一体何の関係があるのか」
そもそも、あのセシリアの両親が好きで亡国機業に手を貸すわけがない。おそらく、何か彼等に利用されなければ理由があったのだろう。
「それより、どうする気だ」
「何がでしょう?」
「ヴィクター。奴がお前の両親を殺した張本人であり、お前を狙って事件を起こした男だ。奴を探し、復讐するつもりはないのか?」
「────正直、そこまでは」
嘘偽りはない発言であった。
セシリアは本心から、ヴィクターへの殺意は向けてはいない。静かに見据える流夜に何を思ったのか、セシリアはコホンと咳き込んでから語り始めた。
「お父様とお母様を殺したことは許せませんが………それは公的に裁かせるまでです。この手で命を奪いたい思うまでいきませんわ。まぁ、わたくしの大切な友人たち────龍夜さんに危害を加えるのであれば、容赦は出来ませんが」
「…………強いな、お前は」
「いえ、そうではありませんわ。ただ怒りに身を任せる覚悟も、手を汚す覚悟がないだけです」
復讐に身を費やし、暴走した記憶が二度ある龍夜にとっては、セシリアの意思は強いものであると思う。自分に真似できるものじゃないな、と彼女への評価をより一層高めるのだった。
◇◆◇
『………ああ、貴方は…………博士の言っていた、モザイカですね?』
『……………セオドア・オルコット。動くな、今瓦礫を』
『助けなくてもいい。もう手遅れです………私の中にも、毒が仕込まれている。妻のように、確実に死ぬことが決定しているんです。事故で死なない時のために、随分と用心深い』
『………すまない。君達を助けられたはずだったのに』
『良いんです。これは、僕達の責任です。悪魔と契約した者は報いを受ける。それを分かった上で、僕達は奴等と向き合ったんですから』
『────何か、頼みがあるか?』
『………近い内に、彼等はキャリバーンを打ち上げます。そこに乗せられた少女は、ISの生体ユニットとしてずっと使われるはずです。彼等は、ソレを容認するでしょう…………私達は、ソレを許せない』
『では、彼女を助けていいのか?私が助け出せば、表社会には出られないだろうが…………それでいいのか?』
『兵器として利用されるくらいなら、貴方に任せたい。貴方は優しい人だ。だからこそ、ウェレナも貴方を信じて、亡国機業と手を切ると決断した。当然、僕も』
『────ああ、分かった。男として、織斑数季として約束しよう。必ずあの子を助け出す、と』
『…………すまない、感謝する』
◇◆◇
何故、セシリア・オルコットを今になって狙ったのか、と、ヴィクターは協力者となったばかりの少女に問われたばかりであった。少女の立場からすれば当然だが、ヴィクターはその時は関係ないことだと切って捨てた。
────何故などと、答えるまでもありません
ヴィルハード家を焚き付け、セシリアを狙わせたのはヴィクターの指示によるものである。最近没落しそうになっていたヴィルハード家当主を脅し、セシリアに婚約を強制させるように仕向けた。それは、彼にとって明らかな私情による命令だったのだ。
────あの親子の娘であるから、それ以外の理由はないでしょう
ヴィクターは、傲慢な科学者であった。
フェイスの直属として暗躍する彼は多くの人間を犠牲にし、多くの子供を実験に使った経緯がある。当然ながら、彼はその事へ心を痛めるような善良な人間ではない。
それどころか、犠牲になった人間は自分の糧としてあるべき存在だと見下す、典型的な悪党である。
────だからこそ、彼にとってオルコット家は不愉快極まりなかった。自身の糧となるだけの存在が自分に盾突き、あろうことかフェイスを利用して脅しかけてまで来たのだから。
屈辱以外のものはなかった。自分を出し抜こうとしたオルコットの名を冠する二人、彼等を殺してもその苛立ちは途絶えない。彼等がそうまでして護りたかった、娘が生きているからだ。
「────あの娘を、セシリア・オルコットを苦しめれば、私の苛立ちも少しは収まるでしょう」
今日も命を踏みにじりながら、ヴィクターはそう信じて笑うのだった。醜悪なまでに、悪意満ちた感情を秘め。
蒼双のティアドロップ編は今回で終わりとなります!次回に何話か番外編を書いてから、本編の続きを書かせていただきます!感想やお気に入り、評価などで執筆意欲が増しますので、どうか応援お願い致します!次回もよろしく、それでは!!