IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第103話 災禍の魔神/風魔の鎌刃

少年にとって、世界の真理は弱肉強食であった。

強者は何をしても許される、弱者は何を奪われても嘆くことしか出来ない。弱者が何を吠えようと、何を言おうが、強者にとっての踏み台でしかないのだ。

 

彼がそう実感したのは、人生で二度の経験からだ。一つは、幼い頃企業のトップであった家族の破滅である。ISの開発に転じた実家の企業は、とある企業と対立し────徹底的に叩きのめされ、倒産したのだ。

 

事を悟った優しかった母親はまるで蜘蛛の子を散らすように姿を眩まし、威厳のあり尊敬していた父親は当選した会社の借金を背負い、呑んだくれのクズと変わった。

 

 

強くあれ、そう教えた父親は事あるごとに少年を殴るようになった。最初は父親の暴行や罵声を黙って聞いていた少年は、つい殺されそうになったことで反抗した。手にした酒瓶で、執拗に父親を殴った。最初は罵声交じりで怒鳴っていたはずの父親は、いつの間にか情けなく泣き縋り、許しを乞うていた。

 

────そんな親の姿に、少年は酷く失望した。こんな男に、自分は憧れていたのか、と。一体いつの間にか、この男はここまで弱く成り果てたのか。少年は失望と怒りのままに、父親だったモノの頭を砕いた。

 

 

そして、彼は孤児となった。

警察に追われることなど、無かった。ただ彼は孤児として必死に生き延び、日本に着いた。自分から何もかも奪ったデュノア・グループへの報復を胸に、彼はここまで過ごしてこれた。

 

強さだけが全てだと、彼は行き場のない孤児の集まりの中でも考えを変えなかった。それ故に、彼は孤立していた。僅かな大人に縋る子供や、そんな子供たちを救うとか綺麗事を抜かす生易しい大人達も、少年にとっては理解できないものだったからこそ、距離を取り続けてきた。

 

────そんな少年に、何度も関わり続けてきた相手がいた。一人は、その子供たちのリーダー。他の子供よりも優れているにも関わらず、自分よりも弱い者を救おうと必死な馬鹿な女だと、心の底から見下していた少年に彼女は笑い続けていた。それが、彼女なりの強さだと認めるのも、時間の問題だった。

 

そして、もう一人こそ────。

 

 

『────孤高とは、寂しいものだぞ』

 

 

────少年が、相棒と呼ぶことになる存在。どれだけ遠ざけようとしても、彼だけは離れることはなかった。いつも自分の隣にいる少年に、少年はついに拒絶することを諦めた。そしていつしか、彼を親友として認められるようになった時に、互いに名を決めた。昔の名を捨て、今の自分として────

 

 

『拙者は「半蔵」、いずれ世界に名を轟かす大忍者になる者でござる!』

 

『…………ジード。いずれ誰よりも強くなる男だ』

 

 

────それから数年、ジードにとっての二つの転機が訪れた。孤児ばかりの土地にとって、大きな出来事。子供達を率いていたリーダーであった少女が、無惨に殺されたのだ。

 

ジードは彼女を認めていた。

彼女にならば着いていける、そう思っていた最中のことだ。何もかもを凌辱され、最期に頭すら失った彼女の亡骸を前に、ジードは改めて世界の真理を理解した。

 

 

────怒り狂った同志と、ジードは報復を共にした。彼女を弄んだ人間は、誰一人も逃さなかった。倉庫に隠れ潜んでいた情けない腰抜けを見つけ出し、躊躇なく引き摺り出してから殺した。

 

 

『な、なんでこんなことを』

 

『────テメェが雑魚だからだろ』

 

 

弱いクセに、他人を傷つけるからこうなる。仮に強者だったとしても、こうして殺される時点で弱いことに変わりはない。強くもない人間が身の程を弁えないから、こうなる。

 

────だからこそ、『ナツハ』は死んだ。身の丈を踏まえていれば、こうもならなかった。強くあれば、彼女はあんな残酷な死に方を遂げなかった。この世界の摂理が、『弱肉強食』であるからこそ、彼女は自分の夢を果たせずに朽ちたのだ。

 

 

────オレは違う、あんな弱い奴等とは違う。あんな風に、踏み躙られる弱者じゃねぇ。

 

 

群れることで強くあろうとする奴等とは違う、そう言ってジードは彼等と袂を分かった。着いてきてくれた友と一緒に、彼はアナグラムに加わり、力を得た。その力に酔いしれるつもりはない。圧倒的な力で、あらゆる相手を叩き潰す。

 

それこそが、ジードの学んだ『世界』だ。血の滲む努力で得た力で、相手を容赦なく叩き潰す。それこそが、彼の信念だ。そしていずれ、世界の支配者気取った大人や女を、纏めて『弱者』に引きずり下ろす。

 

 

────精々気取ってろ、雑魚ども。テメェ等は強者じゃねぇ、そこに立つのは────オレ達だ。

 

 

◇◆◇

 

爆炎が、周囲を焼き尽くす。破壊の嵐を巻き起こした魔神、ジードは爆炎の中で叫ぶ。両腕に抱えた砲身を振り回し、煙の向こうにいるであろう相手へと、吼えた。

 

 

「どうした!?来いよ!さっきまでの威勢はどォした!?」

 

当然、返事はない。

これだけ暴れても尚、周囲の障害物は未だ健在であり。その影に姿を隠しているのだろう。天下のISと言えど、コソコソとしなければ勝てないか、とジードは嘲りの色を強め、笑みを深めた。

 

 

「そうかい────ならまとめて消し飛ばしてやるよ!!」

 

「……………!」

 

 

ガコン、と背中のコンテナが開き、ミサイルが撃ち出されようとする。その瞬間、背後の障害物からシャルロットが飛び出した。着地するよりも早く、瞬時加速による爆発的に加速。上空へ飛ばそうとしているミサイルコンテナを破壊すべくショットガンを構えた瞬間────ジードは振り向くことなく、鼻で笑った。

 

 

「そう来ると思ったぜ、バカがよォ」

 

「っ!」

 

 

ガゴッ!と。背中のコンテナが勢いよく動いた。正確には上を向いていたミサイルコンテナがグルンと倒れ込むように移動し、シャルロットの方へと向けられている。その直後、周囲を破壊し尽くすはずだったミサイルの雨はシャルロットへと一斉に巻き散らかされた。

 

目の前に広がる弾幕へのシャルロットの対応も迅速であった。右手のショットガンを下げ、左手に握っていたアサルトライフル『ヴェント』でミサイルを全て撃ち落とす。

 

そのミサイルを撃墜したことで生じた黒煙により、シャルロットはジードの動きが見えない。その事を見抜いたジードも、一瞬で対応しきっていた。

 

 

「逃がすか!『デュノア』ァ!!」

 

 

装填した砲弾を、黒煙へと叩き込む。飛来してくることを察知したシャルロットは散弾で砲弾を撃ち落とした。しかし、それは破砕されたことで────砕けた欠片を、散弾のように撒き散らし、次々と爆裂していく。

 

────『爆裂散弾』。相手の位置が分からなくても関係ない、広範囲を破壊し尽くす実弾装備。それに気付いたシャルロットは実体シールドによる防御を行っていたが、ダメージは抑えきれなかった。

 

 

「ぐぅ………っ!」

 

「馬鹿火力だって良いんだぜェ!テメェみたいな小細工なんざ関係なく、叩き潰せるんだからなぁ!!」

 

 

装填した大型キャノン砲────《災厄蹂躙》を構えるジード。シャルロットの構えるシールドごと吹き飛ばそうと、引き金を引こうとして、即座に横に飛び退いた。

 

 

「アタシを、無視すんじゃないわよッ!!」

 

「────邪魔だ、雑魚」

 

 

青竜刀を振り下ろした地面に叩きつけた鈴の強い眼差しにも気を止めず、ジードは鬱陶しそうに吐き捨てた。此方を歯牙にも掛けぬ態度に、血気盛んな少女は更に戦意を駆り立てる。

 

上空に飛んだジードに目掛け、衝撃砲《龍咆(りゅうほう)》の最大出力攻撃を放つ。自身を狙う不可視の弾丸を、高火力の砲弾で相殺するジード。彼は半ば苛立たしそうに、舌打ちを吐き捨てた。

 

 

「お呼びじゃねぇんだよ────テメェは」

 

 

目元を覆っていたバイザーが左右に開く。それと同時に額に展開した装甲がスライドし、内蔵していたであろう眼球のようなセンサーが露出する。ギョロッ!とそのセンサーが鈴を捕捉した途端、異変が生じた。

 

 

「っ!?身体が────!」

 

「黙って死んでろ、雑魚は雑魚らしく」

 

 

尋常ではない力に縫い止められるように、鈴の動きが静止する。いや、停止させられていると言うべきだろうか。身動きできない鈴を仕留めようと、ジードは高出力ビーム砲────《戦渦狂乱》のビームを撃ち出す。地面を焼き尽くしながら、迫る光線を────割って入ったシャルロットのエネルギーシールドが防いだ。

 

フッ、と笑うジード。敢えて狙っていたシャルロットが出てきたことを好都合と笑ったのだろう。しかし、彼は自身の目の前に飛来してきた物体────鈴を助ける際にシャルロットが投げたであろうモノに気付く。

 

 

「…………閃光弾────ッ!」

 

強烈な光が視界を覆う直前に、ジードはバイザーを展開した。直後、不自然だった鈴の硬直が解除され、シャルロットは鈴と共に最大出力のレーザー砲から逃れられた。

 

 

「大丈夫だった?鈴」

 

「平気よ…………シャルロット、今の」

 

「うん、見ただけだけど、僕も分かったよ。アレは………」

 

「────搦手ばっかだなテメェは。IS操縦者ってのは、テメェみたいな奴ばかりか?」

 

 

先程の攻撃に気付いた二人に、バイザーで顔を覆ったジードが苛立たしそうに吐き捨てる。仕留められると思った直後に妨害されることが、余程腹に据え兼ねているらしい。今にも爆発しそうな怒りを剥き出しにした少年は、シャルロット達を見下しながら軽蔑を向ける。

 

 

「だとしたら、期待外れだな。所詮テメェ等は、『白騎士』のお陰で成り上がれた腑抜けの集まりってわけだ」

 

「よく言うね。君のその眼だって、卑怯だと思うよ?」

 

「────オレの『邪眼』に、気付いたか」

 

「眼で見たモノの停止、でしょ?残念だけど、僕の友達も同じことが出来るんだ」

 

 

────『邪眼』、それこそがジードの幻想武装『バロール』の不可視の拘束の正体。眼で見た物体や相手を強制停止させる。ラウラの慣性停止能力と、似て非なる力。多少制御が必要なAICとは違い、『邪眼』は見るだけで矯正停止させることが出来る。上位互換とは言わずとも、戦闘では多少優位に立ち回れる程の能力であった。

 

 

「分かった所で、勝ったつもりか?笑わせる────オモチャで着飾った女に、このオレが!負けるワケねェんだよぉ!!」

 

圧倒的自信のまま、ジードは再びミサイルの雨を降り注がせる。《戦渦狂乱》の拡散ビームで鈴とシャルロットの距離を遮り、鈴に向けて高出力のレーザーを叩き込む。衝撃砲で相殺する鈴に追撃の砲撃を叩き込み、執拗に彼女を追い込んで────距離を取らせる。

 

 

「鈴!………それ以上はっ!」

 

「そうだ!来いよ!オレは最初から、テメェにしか眼中にねェ!!」

 

 

それも全て、シャルロットを狙う為の仕込み。助けるべく動いた彼女に、ジードは集中砲火で一掃しようとする。それすらも潜り抜けていく彼女の姿に、一層の苛立ちを秘めたジードが両腕の砲撃を叩き込む。

 

 

「ッ!いい加減しつこいんだよ!死ねよ『デュノア』!オレにぶっ殺されろ!!」

 

「────君は、あの人達が憎いの?」

 

「憎いだぁ?そんなモノ、オレにはねぇ!!気に入らねぇのさ!アイツらも、女も大人も!世界の頂点に居座って、強者気取った連中が!不愉快で仕方ねぇ!大して強くもねぇクセに、強者になったと驕りやがってよ!!」

 

 

胸の内に渦巻いた苛立ちを、爆発させるように吐き出す。当たり前だと言わんばかりに、ジードは己が強者たる存在だと自負して叫び続ける。今世界を動かす者の殆どが、強者の皮を被った弱者であることに侮蔑と怒りを胸に、彼は世界の真理のままに動こうとしているのだ。

 

 

「オレは強者だ!あんな奴等とは違う!オレはオレの力だけで、あの雑魚どもを超えてやるのさ!そして、知らしめる!テメェ等が是とした世界の真理が、テメェ等にだって適応されることを!あの支配者ぶった連中に教えてやるのが、オレの目的だ!」

 

「────それなら!」

 

 

改めて、シャルロットは声を荒げた。思わず目を剥いたジードは、息を呑む。彼女の眼は、敵に向けるものではなかった。慈悲深かったその眼差しと語られた言葉に、ジードは言葉を失った。

 

 

「なんでそんなに、怒ってるの?」

 

「………………あ?」

 

「そんなに辛そうな顔で、そんなに悔しそうな顔をしてるのに。怒ってないわけがない。その顔は、僕だってよく知ってる顔だよ」

 

 

それは、誰かの為に怒ってる者の顔だ。

かつて自分の過去に心の底から憤ってくれた少年の姿を思い出し、シャルロットは自身の思っていたことをぶつけた。

 

 

対するジードは、何を言っているのかサッパリである。辛そう?悔しそう?何を言っている?そんな感情なんか知らない。オレにあるのは、強さだけだ。『弱肉強食』、ソレが絶対だ。

 

────自分が何を憎んでいると言うのか。その目はなんだ、何を言いたい。

 

 

「………オレを、憐れむか」

 

自分から全てを奪いった『デュノア』の人間が、ISなんてものに選ばれた女が、何一つ苦労したことのないような甘ちゃんが、自分のことを理解したように宣うのか。

 

 

そう思った瞬間、ジードの頭が白熱した。脳髄が沸騰し、一つの感情が、衝動が彼の脳を支配する。気付いた時には、ジードは笑った。

 

 

「──────ぶち、殺す」

 

純粋な怒りと殺意に歪んだ狂笑を浮かべ、ジードはバイザーを格納した。怒りのままに発動した『邪眼』で、シャルロットを体を停止させた。縫い留められた少女をいたぶる事もせず、ジードは砲撃を行おうとして────彼女の手に握られたピンに気付いた。

 

(閃光弾────ッ!?)

 

 

怒りが冷めた瞬間、足元に転がった物体に気付く。それが何であるかを確かめるよりも先に、バイザーを展開して両目と『邪眼』を覆う。しかし、何時まで経っても炸裂しない閃光に、彼の頭脳は少しずつ理解が追いついた。

 

 

(────じゃない!?)

 

「ッ、しま────」

 

 

思わず振り向いたジードの顔を、シャルロットが蹴り抜いた。直後に怒りが、爆発する。感情のままに背中のコンテナからミサイルを大量に撒き散らし、爆裂を引き起こしていく。

 

その爆発の中、シャルロットはジードに向き合う。ヒビ割れたバイザーを抑えたジードに、シャルロットは堂々と語りかける。

 

 

「色々と思うことがあるけど、殺されるつもりはないから。ここで倒させてもらうよ。悪く思わないでね」

 

「『デュノア』ァっ!!」

 

「それと!僕にはちゃんと名前があるんだ!シャルロットって、お母さんから貰った名前が!!」

 

「し、る、かァッ!!!!!」

 

 

怒りのままにジードが咆哮する。両腕に抱えた2門の砲を、容赦なく撃ち続けていく。目の前に飛来する攻撃の数々に、シャルロットは思わず動きを止めた。

 

 

「威力、いや、出力が増してる………?」

 

「シャルロット!無事!?」

 

「平気!………気を付けて鈴!ジードは、怒るごとに強くなってる!早く倒さないと、もっと強くなって────!」

 

「────死ねやぁッ!!」

 

 

『災禍魔神バロール』

とある神話で不死身の王とされた存在を模倣した幻想武装は、その中でも異常な強さを発揮している。強い感情に呼応するように力を増していくその魔神の力を使いこなせる者はいなかった。ただ一人、強さを是とするジード以外には。

 

そんなこともお構い無しに、ジードは破壊の限りを尽くす。策や戦術なんてものでは覆せない、圧倒的な火力で戦場を焼き尽くし、シャルロットや鈴への猛攻を留めることもなく。災厄を振り撒く魔神は、怒りのままに戦い続けるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

────強風が、戦場を席巻する。

幻想武装『カマイタチ』を纏う半蔵が地面を滑るように疾走する。死角から放つ小太刀の斬撃はあまりにも素早く、気を抜いたら防ぎ切れない速度である。雪片を構えて防御した一夏は、思わず呼吸が遅れた。

 

 

「っ!危ねぇ……!」

 

「ウム、反射神経は良し。ならば、ペースは上げてみせよう!」

 

 

感心した半蔵はそのまま切り込んでくる。手にする小太刀は一振り、それでも攻撃のペースは桁違い。それどころかやり方は一夏が最も苦手とする搦手ばかりであり、繰り出される小太刀の連撃も此方の隙を狙い縫おうとするほど精密であった。

 

 

「────私を忘れてもらっては困る!」

 

「何の。忘れた覚えは無いでござるよ」

 

 

真横から飛び込み、攻撃を繰り出す箒の介入。当然したり顔で笑う半蔵は甲手で受け止める。刃が触れた瞬間、金属特有の衝突音と火花が舞う。自身の刀を受け止めたその甲手に驚いた箒に半蔵は僅かに視線を向ける。

 

「箒!」と叫んだ一夏の声と同時に、背中から伸びる尻尾が唸る。大きな鎌が勢いよく振り下ろされ、『ギャオンッ!!』と強烈な音と共に地面が綺麗に斬れた。咄嗟に回避した箒は、その威力に驚きを隠せない。マトモに接触していないにも関わらず、この切断力なのだから。

 

 

「………二人して、剣の腕は良きと判断した。汝等、同じ剣術を学んだ身か?」

 

「その通りだ。これはただの剣術ではない…………『篠ノ之流』と言う。元々は神道の古武術であったが、今は剣術として伝わっている。私以外に、使いこなせる者はいない」

 

「何と、由緒正しき剣術の担い手でござったか!それは失敬した!汝の剣、その一髄に触れさせて戴いた事へ感謝と敬意を。代わりにと言って何であるが、拙者の能力も披露させて戴きたい」

 

そう言って、半蔵を片手で印を結び────「(ニン)!」と唱える。すると彼の目の前に、一枚の木の葉が宙を舞った。未だ警戒を緩めない一夏と箒に軽く微笑み、半蔵はふわふわと浮かぶ木の葉を見つめたまま説明を始めた。

 

 

「拙者の幻想武装『カマイタチ』は風を操ることが出来る。しかし、ただ風を起こすだけには在らず。拙者の風は嵐にもなれば、刃ともなる。拙者の操る風は木の葉を運ぶそよ風ともなれば、万物を切断する真空の刃とも成り得る」

 

 

微力ながらも、吹き荒れる風。空に舞い上がった一枚のこの葉はまるで意思を持ったように半蔵の眼前へと戻ってくる。その木の葉を摘んだ半蔵、彼の指で掴まれた木の葉は────既に半分に切られていた。

 

 

「────今こそお見せしよう。『万物切断』と称された我が風刃、それを手繰るは風魔の名を継ぐ大忍となる男 半蔵の力の一端を!その眼にしかと切り刻もうッ!!────忍法!『大嵐旋風(だいらんせんぷう)の術』!!」

 

 

木の葉を天に掲げ、両手で印を結ぶ半蔵。次の瞬間、半蔵を中心とした凄まじい勢いの強風が吹き荒れていく。二つに分かれた木の葉を粉微塵にし、周囲の瓦礫を切り裂いていく程の強風が嵐のように炸裂した。

 

 

「っ!これほどの実力────今まで本気を見せていなかったということか!」

 

「来るぞ!箒!」

 

「────てぇええええいッ!!」

 

 

巻き起こる巨大な大嵐が消え去ると同時に、半蔵が飛び出す。その両手にはいつの間にか用意したであろうクナイが十本握られている。半蔵はそのクナイの持ち方を変えるや否や、そのまま投擲していく。

 

ザザザザッ!!と地面に突き刺さっていくクナイの数々。何とかその攻撃を回避した一夏は荷電粒子による砲撃を行うが、半蔵は空中で勢いよく回転してその砲弾を弾いた。────いや、巻き起こした風の防壁によるものか。

 

 

「やはりクナイでは不足────ならばこそ!この刃ならばどうか!?」

 

 

狼狽えもせず、笑った半蔵の尻尾の鎌が唸る。鎌の内側に格納された刃が反対側に開き、まるで生物の口のように展開される。開いた口を一夏たちの方へ向けると────円形の刃を凄まじい速度で射出し始めた。

 

チャクラム、と呼ばれる武器と類似した小型の刃。高速で回転するその刃物に、一夏も箒も回避を選択する。ISの防御力に過信するほど、彼等も相手を甘く見てはいない。その質量以上に地面や瓦礫に作った傷跡の大きさから、二人はその刃に込められた力に気付く。

 

 

「やはり!その刃、風を纏わせたものか!」

 

「如何にも!我が風は刃に乗せることも可能!ただ切れ味を上げるだけではなく、こうすることも出来る!!」

 

 

そう言い、半蔵は再び円刃を飛ばし出す。今度はさっきまでの直線的な軌道ではない。其々がブーメランのように変則的に飛翔し、一夏や箒に襲いかかってきた。

 

 

「コイツ!?全部別々に動いて!」

 

「下がれ!一夏!ここは私が!」

 

 

箒が操る二刀流の左右同時の剣戟が、円刃を弾き落としていく。何と!と驚く半蔵に目掛け、展開した腕部装甲から生じたビーム刃を飛ばす箒。不意打ちの如く放たれた斬撃は、半蔵に直撃した。

 

やった、と喜んだ次の瞬間────彼の姿が勢いよく破裂した。風船のようにかき消えた後に残ったのは、周囲に散らばる風だけである。

 

「なっ!?消えただと!?」

 

「違う箒!分身だ!奴はとっくに────」

 

 

「────忍法、『風分身(かぜぶんしん)の術』。気付いた所で、時既にお寿司………否、遅し」

 

 

混乱したように周りを見渡していた箒は、一夏の声で気付いた。自身の真上────まるで吊るされたように浮かぶ半蔵の姿を。彼の背中から有線を伸ばした大鎌が左右から展開されている。

 

ギロチン、もしくはハサミのように。力を込めるだけで左右の刃が切り裂くだけだ。その為、印を結んだ半蔵の対応に箒の方がやはり遅れる。

 

 

「それでは、これにて────ソーリー」

 

 

そして、大鎌が振るわれる。左右から迫るその刃は箒を挟み込み、両断せんと迫り────ほぼ同時に、止められた。割って入った一夏の手によって。

 

 

「さ、せ、る、かぁああああッ!!!」

 

右手の雪片弐型、左手の雪羅のビームクローで大鎌を止める。ほぼ一瞬、瞬時加速で滑り込んだことで間に合った。安堵する余裕すらなく、全力で鎌を受け止める一夏。

 

 

「第一、第二の刃を通さずか────ならばこそ!拙者の周到さの勝ちでござる!見るがいい!仕込み隠すは第三の刃、三本目の大鎌を!!」

 

「………!?クソッ!」

 

 

もう一本の大鎌が無防備な一夏を狙う。両手に塞がった一夏には回避すら間に合わない。ただ睨むことしか出来ない顔面に迫る鎌を防ぎようもない────それを、箒の二刀流が止めた。

 

 

「言ったはずだ!忘れてもらっては困ると!」

 

「ええい!何度も何度も!鬱陶しいことこの上ない!流石の拙者も、文句の一つは出るぞ!?」

 

 

瞬時加速による飛翔で距離を詰める箒に、半蔵は思わずと言った様子で吐露する。互いに手助けをし合う一夏と箒、どちらかを倒しきれずに面倒だと理解したのだろう。小太刀を構えた半蔵は箒へと斬りかかり────一閃を、通した。

 

着地した二人。何事もないように見えたが、変化はすぐに見られた。

 

 

「………!?不覚ッ!」

 

 

半蔵の纏うプロテクターの一つに亀裂が走る。先の攻撃で箒からの斬撃を避け切れなかったとみるべきか。その事もあり、箒は半蔵の戦い方にある確信を覚えた。

 

 

「やはりな…………お前は一人で複数と戦うことにあまり慣れていないな?」

 

「────良く、見破ったでござる。如何にも、拙者は対人戦の経験が未だ不足している。だとしても、それを理由で後れを取る拙者ではない!!この戦場を制するのは、拙者達でごさる!!」

 

 

未だ戦意衰えず。そう宣言した半蔵が刃を振るおうとした───────その時だった。

 

 

 

 

『────いや、この場は私が受け持とう』

 

 

空間に亀裂が開く。割れた亀裂の間から現れたのは、漆黒のIS『ゼノス・アルザード』。黒き鎧を身に纏うモザイカが半蔵を庇うように現れたのだ。突然姿を現した彼の存在により一層警戒を強める二人、一夏は思わず声を上げた。

 

 

「師匠は、長門さんはどうした!?あの二人に何をした!?」

 

『────殺してはいない。邪魔をされないよう、多少無力化させてもらった』

 

 

嘘ではないが、それでも信じたくはなかった。一夏や箒にとって、あの二人は────陸奥と長門は師として仰げる存在なのだ。その二人が倒れたと、簡単に信じられるものではない。だが、事実であるとも確信していた。

 

────目の前の男の強さを、他ならぬ一夏と箒はよく知っていたからだ。

 

 

『彼等の相手は私が引き受ける。君は本来の目的を果たしに行きたまえ』

 

「…………そうでござったな。拙者達も肝心な事を忘れかけていたでござる。…………それより、ジードを転移させてはくれぬか?あのような状況で、止めることは出来ぬので」

 

『────了解した』

 

 

少し困ったように申し出る半蔵に、モザイカは呆れながらも亀裂を開いた。するとその亀裂から驚きの声を上げたジードが転がってくる。戦闘中の彼を強制的に此方に転移させたのだろう。事態を理解しきれない相棒に、半蔵はアッサリと告げた。

 

 

「時間切れでござる、ジード。此度の勝負はこれにてエンド」

 

「────ああ!?半蔵!?何して………ざけんな!まだ終わってねぇ!あの女ぶっ殺してやる!オレはまだ負けてねぇんだよぉ!!」

 

「また次の機会で良かろう…………モザイカ殿、転移を頼む」

 

「クソ!離せ!!まだ『デュノア』を殺せちゃいねぇんだ!デュノア!デュノアァアアアアアアアッッ!!!」

 

 

殺意を剥き出しに吼えるジードを引き摺り、半蔵は亀裂の合間へと消えていく。ふと一夏と箒を見た彼は軽く目配せ、もといウィンクをしてから転移していった。

 

向き合う三人。身構える一夏と箒に対し、モザイカは一言も発さない。代わりに、その身を包む漆黒の外装が音もなく消えた。改め、二人は見知った男と対面する。

 

 

「親父………」

 

「数季さん………」

 

「………………」

 

 

その姿に、かつての面影は消えていた。

何処か快活的であり、自分の為すべきことを好む優しい父の姿は────冷徹な感情を秘めた、織斑数季。彼は黒い魔剣を片手に、優しさを失った眼は細めている。

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