【────まずは一人】
霧の中に隠れた機人兵『リッパー』の隠刃が煌めく。暗殺者のような鋭い殺刃が、不意を突かれたシャルロットへと振るわれる────ことには、ならなかった。
目の前に、影が割り込む。シャルロットを庇うように飛び込んだ人影に、『リッパー』の剣刃が突き立てられる。何者かは剣を直撃しても尚、止まることはなかった。
「こんのぉ!チキン野郎がァ!!!」
シャルロットを庇ったその男────ジードは怒りに歪んだ顔を刻み、手にしたカノン砲を『リッパー』に直へ押し当てる。砲口を密着させたゼロ距離からの砲撃。炸裂弾による爆発を受けた『リッパー』が弾かれ、吹き飛ばされていく。
その影から目を離すことなく、立ち尽くしていたジードは吐血する。止め処なく溢れ出る鮮血を塞ぐように、傷口に押し当てた手から漏れる赤。脳を焼く痛みに苦しみながら、ジードは苛立ちを押し殺すことなく奥歯を噛み砕く。
「ぐッ………!クソ、痛ェ………!」
「どうして………僕を………?」
「勘違いすんなよ、デュノア。獲物を横取りされたくねぇだけだ────テメェを殺すのは、オレだからなぁ!!」
腹を裂かれたジードは戸惑うシャルロットに吐き捨てる。素直に答えなかった青年は両腕の双砲を持ち上げ、再び砲撃を開始する。
瓦礫の中から飛び出してきた『リッパー』は、その砲撃の雨を悉く回避していく。姿に違わぬ俊敏さで距離を縮める黒影に、ジードは猛攻を止めることはない。ビームと実弾の嵐の中を潜り抜ける『リッパー』に、ジードは額の『邪眼』を発動する。
「ちょこまか!してんじゃねぇッ!!」
強制停止の眼光が、黒衣の暗殺者を縫い止める。
明確に足を止めた死神への追撃と言わんばかりに、ジードが背中のコンテナを展開し、多数のミサイルを上空へと射出していく。
降り注ぐ爆撃の雨、それが起きる直前に『リッパー』の単眼がギョロリと蠢いた。次の瞬間、全身の装甲が開き、再び霧を噴き出す。周囲一帯を包み込むほどの白煙が、視界を覆い尽くしたのだ。
「ッ!あの野郎────!」
ミサイルの爆撃を止め、ジードが慌てて双砲を持ち上げる。この霧は不味い、特にジードにとっては。彼の有する邪眼、『神王邪眼』はあらゆる存在を停止させる究極の魔眼。シュヴァルツェア・レーゲンのAICの上位互換と言ってもいい、絶対停止の眼光。しかし、明確な弱点が存在する。
邪眼の視線が相手を捕捉しない限り、強制停止は発動しない。見えないものを見れないように、邪眼がその目で捉えなければ意味がない。
それ故に、この霧はジードにとって致命的なまでに相性が悪い。なんせ相手の姿を隠す白いヴェールに、邪眼の視線が遮られるのだから。相手の動きを止めてからの高火力砲撃を得意とするジードからすれば、相手に先手を取られること自体悪手なのだ。
纏めて灼き払うという戦術も可能であった。しかし、付近にいたシャルロットの姿を見たジードは僅かな躊躇いを見せた。彼女に情が湧いたわけではない。正々堂々と決着を付けるライバルを巻き込むことへのプライドが、大きな隙となった。
「っ!テメェ────」
正面から姿を見せた『リッパー』にワンテンポ遅れる。霧から飛び出した死神の暗刃が虚空を描く。神業と呼ぶべき速度の斬撃は、避け損なったジードの顔に刻まれる。
「あがァアアアアアああああッッ!!!よくも、よくもオレの顔にぃ!!」
スパッ、と裂かれた皮膚から赤が噴き出す。顔を深く斬られたジードは悶え苦しみ、地面を転がる。片手で傷口から溢れる血を抑えながら、立ち上がった彼はカノン砲を持ち上げ────。
────撃つより前に、『リッパー』の蹴りが腹に突き刺さった。内に響く粉砕音が、内臓や骨の破損を意味しているように伝わる。そして、蹴り飛ばされたジードはバウンドしながら、残骸の山へと突っ込んでいった。
「ジードぉ!!」
「大丈夫だ!気を失ってるだけだ!………出血してはいるけど」
相棒の安否に平静を失いかけた半蔵だが、一夏や箒が彼を止めた。ハイパーセンサーを発動し、ジードの様子を観測する。幸いな事に、気を失っただけで済んだらしい。それでも重傷なことに代わりはないが。
良かったと心の底から安堵する半蔵に、一夏は意を決して切り出した。
「────半蔵、一時休戦してくれるか?」
「────奇遇でござるな。拙者も、そう思っていた所でござる」
共闘の申し出を、半蔵はアッサリと聞き入れた。常に凶暴で苛烈な相方と相反して話の通じやすい半蔵だからこそだろう。素直に受け入れるどころか進んで肯定したのは、ただ勝敗が関係しているわけではない。
────気を失っているとはいえ、重傷のジードを放っておけない。急いで治療をしなければならないという焦りが、半蔵を異様なまでに落ち着かせていた。個人的な感傷よりも、それこそが半蔵にとっての最優先だったのだろう。
「………半蔵も合わせて五対一………だが、油断は出来ないな」
「相棒をああも容易く無力化した────手負いとはいえ、伊達に最強の一人ではなかった相棒をだ。侮れぬぞ」
当のリッパーは囲まれても尚、平然と立ち尽くしていた。会話を遮るつもりはないらしく、沈黙と不動を貫いていた。だが、会話を終えた一同が向き合ったことで『リッパー』は再び再起動する。フェイスの支配下にある機械人形は腕に備えた影剣を構え、無音と共に消える。
消失した黒影の動きに、一夏は何とか追い縋る。残像を残さぬ超速の移動に追い付けなくても、狙いを引き出すことは出来る。自分を優先的に狙わせるように前に踏み込んだ一夏は即座に距離を取ろうとした『リッパー』に肉薄する。
『────!』
「勝つ為には難しいことを考えるより、俺の戦い方に持ち込む。師匠から教えられたさ────死ぬほど!なッ!」
黒衣の暗殺者の振るう禍々しい黒剣と、白式の雪片弐型が衝突する。火花を散らす、二つの剣。命を奪うことに、相手を傷付けることに特化した凶剣の刃はどう足掻いても、青白い光を宿す閃光の剣には届かない。それどころか、容易く教え返される。
白式の出力が圧倒的に優れているのは明白であるが、大きな要因もあった。『リッパー』の装備は暗殺、強襲用のもの。リッパーの扱う武器は出来る限り傷を増やしたり、ダメージを与えていくものであり、正面から打ち合うことに特化したものではない。それ故に、白式には、織斑一夏とは相性が悪い。
────にも関わらず、黒衣の死神は一夏に負けじと迫っていた。
『────!』
「!コイツ………!」
正面から勝てないのなら、と黒衣の剣士が視界から消え去る。咄嗟に前に飛んだ一夏の背後を、凶刃が過ぎ行く。虚空を切り裂いた禍々しい剣刃はすぐに姿を消し、再び無音の移動を始める。
暗殺者なりに、暗殺や闇討ちを開始する『リッパー』。どれだけ一夏が斬り紡ごうとも、マトモに相手をするつもりはないらしい。それが合理的であると理解しているからか、或いは人心など欠片も理解できない無機物であるからか。少なくとも、人のパーツを組み込まれているだけの機械に過ぎないのだろう。
『リッパー』が繰り出すのは、奇襲一択。意識外からの不意打ちにより殲滅、排除を実行すべく『リッパー』は一夏の死角へ刃を滑らせんとする。
「させん!」
「させるかっての!」
白式に迫る凶刃は、既の所で防がれる。交差させた二刀により受け止めた黒剣を一気に打ち上げ、押し返す箒。その隙を逃さぬように衝撃砲の追撃を繰り出す鈴。不可視の砲弾が直撃する瞬間、
『────!』
全身から噴き出す白霧が、世界を覆い尽くした。
『リッパー』、もとい『レギオン-コマンダー リッパー装備』固有の機能である────姿を隠す霧。高性能のセンサーすらも阻害する、白亜の霧界。暗殺強襲を最大限活かし切れる、死神の領域が展開された。
────だが、今回ばかりはしてやられることはない。
「摩訶不思議な霧!以下に姿を隠し去ろうとも!拙者の風が吹き荒らすッ!」
幻想武装『カマイタチ』を纏う半蔵が巻き起こす疾風。ソニックウェーブを引き起こしかねない嵐が、視界を覆い尽くしていた霧を薙ぎ払った。霧が晴れたその世界に、『リッパー』の姿はない。暗殺者の刃は再び、半蔵の意識外から迫っていた。
「悪いけど!させないよ!」
『────!』
そんなリッパーの横っ面に、散弾を浴びせるシャルロット。全身を揺らす衝撃は不意打ちの暗刃を大きく逸らす。ショットガンによる不意打ちを受けた『リッパー』は目の前の相手を狙うこともなく、すぐに距離を取っていく。
「感謝する!でゅのあ・しゃるろっと殿!」
「………一応言っておくけど、僕の名前はシャルロット────デュノアじゃないからね?」
「むっ、そうであったとは失礼………ならば、改めて感謝を!汝のお陰で、一手打てた!」
飛び退いた『リッパー』は気付くのが遅れた。左右に展開された二つの手裏剣。三枚の刃を有した忍具が空中で大きな回転を始めていることを。双方から舞い出す風に退避しようとした『リッパー』に、半蔵は両手で印を結び、唱えた。
「忍法────双風龍鳴!!」
突如、巻き起こる二つの竜巻。急速回転する手裏剣が生じさせた二つの嵐は其々逆回転しながら、近くにある物体────『リッパー』を引き込まんとする力を発揮する。無論、左右の両方から。
真空の引力に、『リッパー』は回避すらしきれない。いや、全身で受けることは防げたらしい。だが、逃れられなかった右腕は巻き込まれる。二つの嵐に捕縛されたリッパーの右腕は、左右から生じる力に引き裂かれた。
『───!────!!』
「右腕は貰った!相棒を傷物にしてくれた礼には、まだ足りぬがな!」
何とか嵐から逃れた『リッパー』は無理矢理引き千切られたダメージが強いのか、エラーを起こしているようであった。してやったりと微笑む半蔵は────喜び以上の怒りを、瞳にギラギラと輝かせながら告げる。
相方を殺されかけたと考えれば、無理もないだろう。怒りに支配されなかったのは、思ったよりも冷静であったのかその逆────煮え滾る怒りがそう動くように働きかけているのか。それは彼にしか分からないはずだ。
「動きは止まった!これで────」
「────終わりだ!!」
一夏と箒が、各々の射撃武装────荷電粒子砲、『穿千』。二つの閃光が空を焼き、『リッパー』へと撃ち放たれる。直撃した砲撃が爆煙を引き起こし、直撃による破壊を確信させた。
だが、目の前に広がる光景は予想していたものとは違っていた。
『────』
「………っ!コイツ………!」
黒衣の機人、『リッパー』の前に複数の亡骸が立ち尽くしていた。ソレはリッパーと同じ、人体をパーツとして組み込まれた機械の人形兵『レギオン』であった。強化個体であるリッパーとは同じ個体ではない、無数のカプセルに保存されていた量産タイプが────『リッパー』の盾になるように、並べられていた。
【…………フム、所詮はリッパー装備。要人暗殺用の装備ではこの程度か────では、趣向を変えよう】
仮面の魔王の遠隔操作を受けた『リッパー』、もとい『レギオン・コマンダー』が地面に転がるレギオンに腕を突き立てる。ブチブチッ!と何らかのカプセルをコードごと引き摺り出した。
人体の部位をパーツとして再加工した生体ユニット。特殊な機能を有するコアを胴体に接合した『レギオン・コマンダー』に変化が生じる。直結した二つのコアが出力を増し、機人の体軀に複数のパーツが装着されていく。
────立ち上がった機人は修復された右腕と共に、二本の腕が新たに伸びる。二倍にまで増加した出力と共に機体を纏う強化外装。合計四本の腕を伴った機人『レギオン・コマンダー』、その単眼が横にスライドしたかと思えば────もう一つのモノアイが妖しく輝いた。
【これで大方出力は上がった…………さぁ、第二ラウンドを始めるがいい】
立ち上がった『レギオン・コマンダー』が全身の装甲を開く、多く展開したプレートの隙間から煙を吐き出し、霧を展開した機人は再び溶け込もうとした。
そんな機人の動きを、見逃すわけもない。
「させるかってのよ!」
「っ!ダメだ!鈴!」
霧の中へ突貫、追撃しようとする鈴に慌てて一夏が叫ぶ。彼の視界が、ハイパーセンサーが捉えていたのだ。霧の向こうに生じる、高エネルギー反応に。
────次の瞬間、煙が切り裂かれる。白いヴェールを破って現れた、高エネルギーの触手がうねる。空間を切り裂きながら迫る触手が加速していた鈴へと襲い掛かった。
二本の触手が、彼女のいた場所ごと破壊し尽くす。思わず名前を叫んだ一夏たちだったが、すぐに彼女の無事を悟ることになった。
「────」
「………ありがと、助かった────ッ」
離れた場所に降り立った半蔵が、鈴を地面に下ろす。高速で飛び込んだ彼が救い出したのであろう。そのことを理解した鈴は感謝を口にしようとして、すぐに言葉を失った。
ポタリ、と液体が地面に落ちる。赤い水滴は少しずつ、勢いを増すように流れ始めていた。そんな音を響かせたまま、半蔵は苦し気に顔を歪める。
「…………不覚、回避しきれなかったとは」
そう宣う半蔵の片腕は欠損していた。対応し切れなかった鈴を救おうとして────いや、回避しきれるという慢心がその結果を起こしたのだろう。離脱する瞬間にビームの鞭に襲われた半蔵は回避する暇もなく、片腕を奪われる結果になった。
「半蔵!お前、腕────」
「構わぬ!拙者の不徳による負傷!後れを取った拙者に構わず、戦いに専念されよ!」
「っ!分かった!」
咄嗟に心配をした一夏は半蔵の声に押される形で前線に向かっていく。高熱化し切れ味の増したムチを振り回す『レギオン・コマンダー』に飛び道具による遠距離攻撃を試みる。
しかし、『レギオン・コマンダー』は新たに装着した腕を振るう。四本の指が開いたアームが可動したと思えば、そこから半透明のバリアが発生する。
「っ!まだ新しい装備をっ!」
「あの鞭が邪魔で!近寄れないし!ああもう!ウザったい!」
バリアを展開してあらゆる攻撃を防ぎ切った『レギオン・コマンダー』の掌からエネルギーの粒子弾幕が放出されていく。近中距離を制圧するビームの鞭、遠距離の光弾、両腕のアームから展開するバリア。
「………織斑殿。アレを突破する武装、あると見て構わぬか?」
「ああ、当たりさえすれば………確実に一撃を叩き込める。だけど、ヤツ相手に上手く当てられるかどうか────」
「────コレを」
片腕を持ち上げた半蔵の手に握られていたのは、短刀刃。ブーメランのように投げ飛ばす飛翔武器であるはずのソレを、半蔵は一夏に手渡した。戸惑う一夏を尻目に、半蔵は残った小刀を手に走り出す。
「!半蔵!?」
「助太刀致す!拙者に合わせて貰えるか!」
「バカ言ってんじゃないわよ!手負いの奴を前に出すなんて、そんなやり方認めるワケ────!」
「ハッ!心配ご無用!この身この命!機械なんぞにくれてやるほど易く無い!それに、これは頼みではあらず!決定事項故!御免!」
「ッ!人の話聞きなさいよ!アンタ!!」
『────!』
そう言って前線に割って入った半蔵。敵対していたとはいえ、手傷の目立つ半蔵の介入に反発する鈴であったが、彼は聞く耳を持つつもりすらないらしい。だがその瞬間、『レギオン・コマンダー』の動きが大きく変化した。
箒達に応戦していたはずの機人が、問答無用で半蔵へと狙いを定めたのだ。付近で肉薄していた箒やシャルロットを無視して、半蔵への強襲を開始する。
「っ!何故私達を無視して────!?」
「………そっか!負傷してるからだ!」
シャルロットは『レギオン・コマンダー』の動きの真意を理解した。あの機人は普通の無人機のように、プログラムで動かされている戦闘兵器だ。人間以上の感性を有する八神博士が開発した人工知能とは違う、無機質な駆体を操る機械に過ぎない。
それ故に、戦術は理解できても非合理的な作戦の意図は理解できない。手負いの半蔵が何故戦場に出てきたのか、その真意を理解することは出来ない。ただ手負いの半蔵を優先的に葬り、相手の数を減らそうと言う考えしかない。
────だからこそ、大きなミスを犯している。
そもそも半蔵が自分自身を囮とすることで、演算を繰り返す『レギオン・コマンダー』の思考と行動を単一に絞らせていることにも。手負い一人を対象とした作戦を、ほぼ意図的に発案させることで、一夏達が戦いやすくしていることに、彼女達はようやく気付かされた。
『────』
「やはり機械。手負いの拙者を優先的に狙うのは、数を減らすことが目的であろう。悪逆の輩の支配にあれど、制御化に非ずの機兵!恐るに足らず!」
フェイスのコントロールにあっても、思考して行動しているのは無機質なA.Iに過ぎない。そう断じた半蔵は『レギオン・コマンダー』相手に切り結んでいく。片腕であっても、背中から伸ばした尻尾の鎌を振るい、何とか剣戟を繰り出していった。
執拗に半蔵だけを狙う機人に、シャルロットや鈴も隙をついて攻撃していく。先程まで防がれたり回避されていたはずの攻撃が、今では綺麗に命中していく。唐突な攻撃に彼女らの存在を再認識しようとした『レギオン・コマンダー』の思考が大きく裂かれる。
だがそれでも、手数の限られた半蔵では圧倒的不利は変わらなかった。
「────ぐっ!?」
熱を帯びた触手が、半蔵の脇腹を切り裂く。腹を抉られた半蔵がうめき声と共に地面を転がる。激痛に悶える青年にユラリと、『レギオン・コマンダー』が歩み寄る。その姿を目の当たりにした一夏の意識が、一気に加速した。
「うぉぉぉおおおおっ!!!」
半蔵から託された短刀刃を、勢いよく投げ飛ばす。投擲され回転しながら飛来していく刃は風切り音を響かせながら、『レギオン・コマンダー』へと向かっていく。だが、その機人は視界の片隅から迫る得物に気づき、すぐに動いた。
『────』
「っ!?外した!」
「────いいや!良い狙いでござる!」
首を動かして回避した『レギオン・コマンダー』が一夏の方を視認する。折角借り受けた武器を外したことに悔しがる一夏に、倒れ伏す半蔵は自信を以て褒め称えた。
────次の瞬間、急カーブして戻ってきたブーメランが『レギオン・コマンダー』の片腕、ビームバリアを展開していたアームを切断したのだ。
『────!?』
当然の、予想だにしない攻撃に混乱する『レギオン・コマンダー』。明らかに動きが止まったその機体が対応し出すより前に、箒と鈴が同時に斬り込む。
青龍刀と二本の刀の斬撃が、鞭と同化した両腕を斬り落とす。ようやく反応しきれた『レギオン・コマンダー』の残された一本の腕がビーム砲としてではなく、ビーム刃を展開する。至近距離にいるであろう半蔵にトドメを刺そうと迫った所で────
「させるかぁああああッ!!」
怒号を響かせた白式、織斑一夏が瞬時加速で迫り来る。人質を取るのも間に合わない、そう確信した『レギオン・コマンダー』は咄嗟に一夏へと狙いを定め、ビーム刃を深く突き立てようと────逆に、頭部ユニットを切断された。
居合のような一閃を経た一夏が即座に振り向き、白い光を宿す剣で機人の胴体を両断した。その刃は、コアユニットとして組み込まれていた人間だった『部品』すらも斬り裂く。旧時代の遺物の一つは、今度こそ完全に残骸となって沈黙したのだった。
◇◆◇
【────『レギオン・コマンダー』すらも倒すか。まぁこの程度、余裕で倒してもらわなくては困る】
ようやく終わりを迎えた戦いに一息つく間もなく、淡々とした声が響き渡る。この事態を引き起こした黒幕、フェイスの声音に険しい顔をしかめた一夏は荒い呼吸に比例するように肩を揺らしながら、問い詰めた。
「これで、満足か!?まだやるって言うんなら、とことん相手をしてやるぞ!」
【いいや?貴様等の検討を讃えたい気分だ…………これは、私なりのプレゼントだ】
一声が響いた直後、空間一帯に警報が鳴り響いた。直後ホール全体に並べられた無数のカプセルが蠢き始める。明らかな異変に身構える一同、箒がフェイスへと鋭い声を上げたのもほぼ同時であった。
「何をした!?」
【五千体、この空間に保管していた『レギオン・シリーズ』の強制起動コードを入力した。時間にして十分で全てのレギオンが完全起動する。地上にある遍く生命体を殺し尽くせ、と命令を組み込んだ上でな】
「────ッ!アンタ!」
暗に大虐殺を実行するような言い方に、鈴が怒髪天を顕にして吼える。しかしフェイスの声が響く『レギオン・コマンダー』はせせら笑うような悪意を秘めた上で、付け足した。
【この拠点は後々のプランの予備として置きたかったが、予備は予備。どうなろうと構わんのでな。この際、有効活用させてもらおう】
最後の最後まで悪意じみた発言を残す機械の残骸を、遂に限界を迎えた鈴が踏み潰す。その事を咎める者はいない。理由を理解しているのもあるが、そんなことをしている時間も無いからだ。
「脱出するぞ!一夏!」
「分かってる!…………半蔵、行くぞ!」
「っ!なら僕は彼を!」
「………アンタいいの?ソイツ、アンタを殺そうとしてたヤツでしょ?」
「────僕個人、恨みはないから。見捨てる方こそ後味が悪いから、良いんだ」
解放されるレギオンの群体から逃れる為に退避しようとする一夏達。敵対していた相手である半蔵やジードも連れて行こうと動くが、負傷していた半蔵は不敵に笑いながら伸ばされた手を払い除けた。
「………いや、拙者達は構わぬ。置いてゆけ」
「ッ!?見捨てろって言うのか!?そんなの────」
「拙者には、やるべきことがある。本来の、使命がな」
血を流しながら立ち上がった青年の言葉に、一夏はその意図に遅れて気付いた。彼等は既に、この空間に大量の爆弾を配置している。それを起爆させることで、ここを破壊し尽くすのが半蔵やジードの本来すべきことだったのだ。
思わず動きを止めた一夏に、半蔵が腕を振るう。瞬間、吹き荒れた風刃が辺りを破壊し尽くし、目の前に瓦礫の山を積み上げた。此方を断絶するように壁を作った半蔵は向こう側にいる一夏達に向かって、言葉を紡ぐ。
「勘違いしないで、貰おう。これは、拙者達の戦いだ。………勝利を他人にもぎ取られたくないのでな。汝等は、疾く征け。ここは────拙者達の正念場だ」
「……………ッ」
悔しそうに唾を飲む音が、殴打音にかき消される。行き場の無い怒りで瓦礫を殴ったのであろう彼は、背を向けて飛び去っていった。他の仲間達も同じ脱出を始める中、不敵に笑った半蔵は気を失ったジードの隣に寄り添い、呟く。
「………拙者達に敗北は無い。これで構わないだろう?相棒」
未だ意識を失った相方から背を向け────半蔵はズルズルと体を引き摺る。瓦礫の山に転がった起爆装置を手にして戻ると、そこにはもう一つの影が立っていた。
「…………モザイカ殿」
『………すまない、私の責任だ。君達に、無理を強いた』
「ならば、頼みを────相棒を、連れて行ってはくれぬか?」
彼の頼みを聞いた漆黒のISを纏うモザイカは明らかに驚愕したようであった。震えた声で、彼は聞き返すことしかできなかった。
『………君は、残るのか?』
「拙者が残らねば、起爆できぬので………どうか」
『────分かった。君の頼みは聞き入れよう』
感謝する、と半蔵は深く頭を下げた。
最後の遺言として、シルディへの謝罪を託し、半蔵は気絶したジードに歩み寄る。自身のカオステクターを腰のホルスターに装着させ、カマイタチのメモリーを握らせ、半蔵は心の底から笑いかけた。
「すまぬな、相棒────どうか、生きてくれ」
◇◆◇
あと一分。
けたたましく鳴り響くサイレンの中で、半蔵はぐったりと瓦礫に寄り添っていた。負傷による失血が酷く、意識は朧気になりかけていた。
既にモザイカもジードを連れてこの場を離れている、起爆は何時でも可能である。起爆装置のスイッチに指を掛けた半蔵の脳裏に、記憶が過っていく。
『────ジード、いずれ誰よりも強くなる男だ』
初めて出会った時から、気になっていた少年。
何もかもに絶望しながらも、強い眼差しと決意を秘めて強さを追い求める姿。次第に何時しか、半蔵はそんな少年に憧れ、友と呼ぶようになった。
鬱陶しそうに流していた少年。対等と呼ばれることすら億劫だったかもしれない。ずっと、信じていた。たとえ世界が他の人間を最強と呼ぼうとも、織斑千冬という最強が他にいたとしても、ジードこそが最強だと。自分の親友こそが、誰にも負けない最強なのだと。
『オレが最強?オレ達、だろ。半蔵』
「………ああ、そうで………あった。拙者達は、最強……だったな」
安全装置を外し、ようやくスイッチに指を添える。途切れ行く意識の中、半蔵は抜けていく力をそれ以上の意思で抑え込み、無理矢理正気を保つ。押し当てた親指に力を込める直前、瞳孔の揺れる瞳を浮かべた半蔵は、最期に友を思い浮かべた。
「最強に、なれよ………友よ────」
────カチリ、と。
連鎖する爆発が、地下空間を破壊していく。力なく倒れ込んだ亡骸が爆炎に呑まれ消え去る。多くの瓦礫と爆発による大規模な破壊が、過去の遺物────罪淵の悲業を潰していった。
次回、『残響』。
この章のメインキャラの一人、半蔵の活躍。喋り方を除けば意外と真面目そうな彼ですが、話が通じるだけで割と我は強いタイプです。ここまで無茶してでも勝つことを選んだのも、自分の流儀に合っていたのもあります。
片割れであるジードはどうなるか、次回をお楽しみくださいませ。それでは!