『作戦完了────と、素直に言えない空気だね』
武装母艦グラシーヴァに帰還した一夏達を出迎えた通信越しの理事長は何処か重苦しい空気を感じ取っていたらしい。
プラント奪還作戦は、此方側の成功で終わった。基地全体の制圧は完了し、防衛していたアナグラムの幹部二人は撃退した────国連の、IS学園の勝利は明確である。だがしかし、勝利者であるはずの彼等の顔色は優れなかった。
当然だ。この勝利を、自分達が掴み取ったものであると断言できるほど────面の皮が厚く出来てはいないのだから。
「あの後………プラントは?」
『地上の設備は無事さ。君の懸念している方は………跡形も無い。地下空間に仕込まれていた無人兵器の全ては爆破と崩落に巻き込まれ、全滅していたらしい。つい先程、国連軍の部隊がそう確認した』
理事長からの報告に、一夏は素直に喜べなかった。
敵対していたとはいえ協力した半蔵の自爆により、『レギオン』の群体が地上に出ることは防がれたが、彼等の本来の目的────地下の秘密を消し去る事は叶わなかった。何より、彼を擬制することにしか出来なかった自分達の力不足が、悔しくてたまらない。
「────随分と優しい教育だな、学園ってのは」
「………
言葉にし難い悔しさに唇を噛み締める一夏を尻目に、槍を手にしていた風影は嘲るような言葉を吐き捨てる。その態度に陸奥が険しい顔で睨み返すが、そんな視線を歯牙にもかけず、風影は淡々と一夏に向けて吐き捨てる。
「敵にすら情を抱くなんぞ、尊敬の域を覚える。それが
「ッ!黙れってのよ!」
容赦の無い罵倒、挑発に怒りを爆発させたのは一夏ではなく陸奥であった。鋭い拳を叩き付け、胸倉を掴む彼女に見向きもせず、風影は悔しそうにするしか無い一夏の瞳を見据え、冷たく問い掛けた。
「戦いでは何人も死ぬし、何人も殺す。殺した相手、死なせた相手なんざ考えるだけ無駄だ。そうやって、今回殺した分、死なせた分も背負うつもりか?」
「…………!」
「子供が、粋がるな。人の死に向き合うなんぞ、これからもやっていくなど見るに耐えん。いずれ耐えきれなくなる前に、ISを捨てるかさっさと割り切れ」
それは風影なりの助言、忠告と呼ぶべきか。
生半可な優しさを抱いた余り、壊れた者を見てきたような目であった。もしかしたら、少し前までの一夏ならばその言葉を真に受けていたのかもしれない。
少し前までの、話だが。
「────アンタの言葉は、正しい」
「………」
「ずっと力が欲しかったんだ、戦える力が。力さえあれば、皆を守れるって。大切に思う皆を、理不尽って奴から守り通せるって。
けど、そんなんじゃダメだった。力だけじゃ、意味がないって。ただの強さじゃ、守れないものがあるって分からされた」
今までの戦いもそうであった。
自分が戦える力を持っていようと、救える者に限りはある。殺さなければ止められない者もいた。そうやって、目の前で死んでいった命なんて、どれだけ見てきたことか。
「だからって、今更諦めたりはしない」
「…………戦い続けるか?その手で、誰かを傷つけ、理不尽を押し付ける立場になるかもしれんぞ?お前みたいな、甘っちょろいガキに耐えられるとは思えんな」
「俺一人なら、無理だと思う」
「仲間がいる、か?子供らしい論理だな。その仲間とやらに、お前の甘さを背負わせることになるぞ」
「けど、皆の想いを背負える。互いに支え合っていくのが仲間だってことは、良く知ってる」
「────ふん、偉そうなことを」
向き合う一夏の眼差しが強い決意を込めていることを、彼が並大抵の事では折れないという覚悟を見せたことに、風影は態度を崩すことなく腕を組んでいた。じろり、と待機状態の白式を睨んだ彼は言葉を続ける。
「口で何と言おうが、体を鍛えようが、肝心の武器がなってなければ意味がない。お前のIS、倉持の失敗作はそういうものだ」
「………倉持の、失敗作」
「技研は使えん、ソレを毛嫌いしてるからな────いっそのこと、支え合う仲間とやらに相談してみたらどうだ?多少は使えるようになるかもしれんぞ」
そう言って、立ち去る風影。まだ怒りを隠しきれないのか、中指を立てるほど憤慨している陸奥を宥め、一夏達はIS学園へと帰還することになった。そのまま各々のプライベートルームで待機していた一夏は、ふと友人との連絡を取ることにした。
コールから数十秒後、遅れて相手との連絡が通じた。
『もしもし、一夏か。遅くなって悪かったな』
「ああ、良いけど………それより、早いんじゃないか?前は数分後とか、数時間後に連絡してただろ?」
『昔は昔だ。今は仲間を疎かにするつもりはない…………それで?わざわざ連絡してきたんだ、ただの世間話じゃないだろ?だとしたら、作業しながら聞くが構わないな?』
────昔の龍夜であれば、作業以外に優先させることは無かった筈だが。最近の彼は妙に距離感が近しくなった。前の彼も嫌いではないが、今の彼のことは親しく接することが多くなって個人的に嬉しくは思う。
話が逸れていたことを思い出した一夏は、慌てて本題を切り出した。
「なぁ、龍夜。セシリアやラウラのIS、強化改造するんだろ?もし、良ければなんだけど────」
『────いいぞ』
「白式の方も、強化して欲しいと思って………………え?いいのか?」
『手は空いている。どのみち、全員の分もやるつもりだ。白式の改修は、最低限必要だと思っていたからな。後で、追加武装の要望を紙に出しておけ』
一夏が切り出す前から、龍夜の方でも検討していたらしい。相変わらずの対応の早さに一夏は感心するしかなかった。
「そう言えば、倉持技研の方は良いのか?一応開発元………ってか束さんとも確認を取らないと不味そうだと思うんだが………」
『問題無い。束さんからも許可を取っている、「白式」や「紅椿」は過剰な強化をしなければいいと。倉持技研も似たようなものだ。
「好きにして構わん、なんなら
◇◆◇
倉持技研────開発区間部
「所長。プロジェクト主要の二機、コードネーム『戦城』、『陰楼』は第一プロトコルを完遂しました」
「………ふむ、流石は【
巨大な空間。
現在も作業中の所員が多いそのエリアの一角で、二人────壮年の男性である倉持技研所長県統括管理局長 倉持徹、彼よりも若い男性 倉持技研第一研究所所長 園崎ヒューリが二つの機影を前に立っていた。
────深緑の装甲のISと、青藍の装甲のIS。倉持技研が開発した『新型』、全身装甲の特殊な機体である。両隣に各々の装備となる大型ユニットを随伴させたその機体は無数の固定具に止められる形で鎮座していた。
「『戦城』と『陰楼』は、本来の予定通り第二プロトコルへ移行。テストパイロットとA.Iの同調完了後、機体とのシンクロを高めるように」
「分かりました。………しかし、先生。一つ懸念点が」
「────『極天』か」
この場にはない新型開発プロジェクトに於いて、表向きに重要とされる最後の一機。既に原型は完成している他二機とは違い、その機体の開発計画は大きく頓挫していた。
その報告に案の定表情を険しくする倉持徹に、ハーフの男性 園崎ヒューリは手にしていたタブレットを操作しながら、報告を続ける。
「『極天』の基礎設計は完璧です。理論上であれば、前機である『白式』を上回る程のオールスペック。エネルギー消耗の問題も解決しており、完成すれば先生の期待通りの戦闘力を発揮できるかと」
「当然だ。あの機体は『崩龍』と共に計画の主柱も呼べる。あんな失敗作とはそもそも立場が違うのだ」
「分かっています………ですが、一つだけ問題があるのです」
その問題とは?、と倉持徹が無言の問いを投げかける。視線だけでその意味を察したであろう園崎ヒューリは端末のデータを提示しながら、簡潔に語った。
「『極天』の装甲、可変機構の開発が………難航しています」
「【
「はい、再現は可能とのことですが、本来の性能を下回ることになるようで…………劣化タイプの装甲を使うのは、先生も納得しないでしょう?」
「当たり前だ。『極天』は『白式』を、『白騎士』を超えるためのISだ。オールハイスペックでなければならない以上…………やはり、オリジナル『展開装甲』が必要か」
白騎士を超えるIS、それこそが倉持徹の執心するものであった。ISの時代を引き起こした原初にして、最強の兵器。間接的に女の象徴となり、女尊男卑の社会を構築したISの始まりを超えることこそが、倉持徹の望む新たな白騎士なのだ。
ソレは、『白式』ではない。あんな劣化品、失敗作などではない。あんな────人を選び、人を切り捨てるような自我を持つ兵器など、兵器でない。
そんな風に苛立たしそうに立ち尽くしていた倉持徹。彼に何か言葉を投げかけようとしていたヒューリであったが、実際に呼び掛けたのは全く別の人物であった。
「んーふふ、お困りのようですねぇ!先生!」
「………ヒカルノか」
真面目な場では到底見られない軽薄な声音。そうして現れた女性の姿は、もっと予想外であった。肌に張り付くようなISスーツの上に白衣を羽織った、奇っ怪過ぎる見た目。
スタイルや顔立ちからしても相当の美人であるはずだが、そんな姿のせいで明らかに異常さが目立つ緑髪の女性────倉持技研第二研究所所長 篝火ヒカルノがゴーグルを押し上げ、ニヒリと笑った。
「ヒカルノ………君は変わらずそんな姿で………ここはISの開発区間だよ?そんな水に濡れた姿で歩き回るなんて」
「別に心配ないでしょー?たかたが水に濡れただけで壊れるような脆い精密機器なんて置いてないしぃー────そ、れ、とぉ、説教するならちゃんと目を合わせなよぉ、童貞くぅん」
「どッ!?」
注意したはずが逆に揶揄われてしまい、顔を真っ赤にして絶句するヒューリ。このまま呆れて論争になりかねないので敢えて止めた倉持徹は淡々とした様子で、話を戻させる。
「ヒカルノ、本題を」
「ヘイヘイ………先生もお困りの展開装甲。その技術をパクれる方法があるとしたら、どうします?」
「?そんな方法が………」
混乱するヒューリを他所に、倉持徹は静かに眉をひそめていた。どうやら彼だけ光るのに言わんとすることを暗に察していたらしい。
「成程、あの失敗作から接収すると?」
「いやぁ、ただ技術だけ手に入れれば良いんですよ。白式の開発元である私達がメンテナンスだのなんだの言って、その際にね?」
「………それは、君の計画するプランの為か?」
いつもの調子で語るヒカルノに、倉持徹は細めた目で見返した。含んだ視線を受けた彼女はやはり動じる様子を見せない。しかし、大方察したようである倉持徹は肩を竦め、破顔させた。
「ヒカルノ、今のは君の企みに乗じるとしよう。だが、データを取るのは白式のメンテナンスの時だ。あの失敗作も戦闘の長続きだ、近い内に致命的な損傷を受けるであろう────その時を利用する」
「はーい、分かりましたよ。先生」
「園崎君、君は【
「はい!分かりました先生!」
そう言って、其々の仕事に戻る彼等を尻目に倉持徹は思案する。脳裏に過ぎらせるのは、『白式』の存在。当初アレは凍結、もしくは解体処分するつもりであった。
────停滞していた白式開発を完成させると、篠ノ之束が言い出さなければ。今はクビにした倉持の重役どもが倉持徹の結論を無視して、白式を篠ノ之束に引き渡さなければ。
忌まわしくて仕方がない。あの失敗作が、織斑千冬の身内の手にあることも。アレが成果を残すこと自体、虫酸が走る。
だが、今はいい。
アレを葬る為の計画、その為の新型なのだから。
────不愉快そうに空を睨んでいた倉持徹の視線が動く。この区画の扉の一つが開いたのだ。そこから現れるのは、二人組。シルエットからしても男、それも若い青年であることは確かだ。
そんな彼等の姿を確認した倉持徹は含んだ笑みを浮かべ、二人の青年を出迎えた。
「やぁ、君達。早速だが、仕事の時間だ────存分に乗りこなしてくれたまえ。君達の専用機となる、そのISを」
◇◆◇
「…………ッ」
重く閉ざされていた瞼が開き、眩しい光が視界に広がる。ようやくの覚醒を遂げたジードは治療装置に繋げられていた。目覚めた彼に気付いた団員が、慌てたように駆け寄る。
「ジード様!まだ動いてはっ!傷が開きます!」
「傷………?ここは、何処………?オレ、は────」
「っ!今お待ちを!シルディ様をお呼びしますので!」
無理に起き上がろうとして激痛に顔を歪めたジードに、団員たちはそう言って宥めかける。慌てて部屋から飛び出した団員達を尻目に、激痛でマトモに動けず意識も揺らぎかけていた青年は、ふと一番重要なことを思い出した。
「…………半、蔵…………何処、だ………?」
何故忘れていたのか、そう思ったジードが腕を動かす。顔を上げることも出来ず、必死に腕を伸ばしたところで────伸ばした指が、良く知る感触の金属に触れた。
相棒の、半蔵の持っていたカオステクターだ。そう確信したジードは心の底から安心したように一息ついた。少し前まで胸の内に巣くっていた不安と覚えを押し殺すように、悪態を顕にする。
「………何だよ、いるなら……返事しやがれ、クソが」
きっと側にいる。そう信じたジードはポツリと口を開いた。ここには誰も居ない、気配で分かる。親友だけは自分の側にいると確信しながら、彼は弱音を吐露し始めた。
「負けちまった………俺は。あと少しで、殺されるとこまでやられた………クソ」
怒りのままに振り上げた拳で、ベッドを殴ろうとする。ミシリ、と音が鳴ったソレを────メモリアルチップを見たジードは、行き場の無い怒りを霧散させた。情ねぇ、と自嘲した彼は傍らの親友に目を向けずとも、彼にだけの言葉を紡ぐ。
「泣き言なんざもう終わりだ。必ず、今度こそは勝つ。デュノアだろうが、何だろうが関係ねぇ。オレ達が最強だと、世界に知らしめ────」
言い切ろうとして、その言葉が喉に詰まった。
「し、め………て────」
自分の握っていたメモリアルチップを、改めて認識する。ヒビの入ったソレは、『カマイタチ』のメモリアルチップであった。風を纏う鼬の模様を刻んだそのチップは本来宿すはずの力と光を失い、全体に刻まれた大きなヒビはジードが作ったものではない。
────持ち主の死による、幻想武装の一時的な停止。その現象に、ジードは戸惑った。そんなはずがない、そんなことがあるわけない。必死に否定したいあまり、彼は隣へと声をかけた。
「………………………半蔵?」
首を向けた先には、誰もいなかった。自分が握っていたはずのソレは、半蔵が持っていたカオステクター。相棒である彼が肌見放さず持っていたはずのアイテム。
数秒の硬直を経て、再起動したジードの動きは一瞬だった。無理矢理起き上がり、全身に挿し込まれた針や装置を引き剥がす。ベッドから転がったジードは、次の瞬間悶え苦しみ始めた。
「ああああああああっッ!!!??!!」
瀕死の重体から蘇生した彼の肉体はボロボロであるため、ナノマシン医療により再生が行われていた。だが、それを無理矢理外したことで再生したばかりの肉体が硬直しており、深い傷と重なった形で激痛が全身を襲ったのだ。
「ぐぎッ、ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎッッ!!!?」
「シルディ様!此方で────」
それでも尚、必死に立ち上がったジード。彼の存在に気付いたのは何人かを呼びに行った団員であった彼等は装置を剥がしてまで歩き出そうとするジードを慌てて止めにかかった。
「お止めください!ジード様!そのような状態で動かれてはっ!」
「邪魔だ……!どけ!」
「っ!ジードを止めろ!」
重体にも関わらず飛び出そうとするジードを、アナグラムの下位構成員達が何とか引き止めようとする。しかしジードは瀕死だったとは思えない力で彼等を引き剥がそうとしていく。何処から引き出しているのか分からない異様な力で暴れるジードは、遂に何人ものメンバーによって抑え込まれた。
「離せ。相棒が………まだあの馬鹿が彼処にいるんだよ。ぶん殴って、連れ戻してくる」
「…………半蔵は、死んだ」
「ッ!あの馬鹿が!死ぬ訳ねぇだろ!?俺の相棒だぞ!!」
アナグラムは既に事態を把握している。
プラント防衛は失敗、ジードは重傷を負い、帰ってきたのは彼一人。ジードを助け出した『モザイカ』から聞いた報告────殿に残った半蔵の決意を、シルディ達は静かに受け止めていた。
だが、そんな事実を────ジードは納得できるはずがない。常日頃から苦楽を共にしてきた相棒なのだ。個人的な関係で言えば、ジードはアナグラムよりも半蔵との絆があると自負している。最強になると誓い合ったパートナーが、自分を置いて死ぬことなど、絶対にあり得ないことだと。
ジードは現実は拒絶した。見たくもない光景を、受け入れざる得ない事実を────それを認めれば、壊れてしまうから。
「離せ!アイツを、置いていくのか!?俺の、俺の相棒だぞ!?離せ!離せェッ!!」
「……………ッ」
完全に錯乱したジートの勢いに、シルディは息を詰まらせる。呼吸することすら忘れた青年の前で、ジードは発狂したように暴れていた。遂に組み伏せていた配下達を退け、病室から飛び出そうとする。
「────悪いな、少し眠っとけ」
軽い声と共に、一人の男が動いた。
出口から抜け出そうとしたジードの腹に、鋭い蹴りが突き刺さったのだ。サッカーボールを蹴るような気さくな勢いでありながら、つま先が腹の奥へと食い込む。少なくとも、重体の身で錯乱していたジードには避けられるはずもない。
「────ォッ」
崩れ落ちたジードは口から胃液や血の塊を吐いて、倒れ伏した。完全に意識が落とされたのか、ピクピクと痙攣しているが呼吸は何とか守っている。躊躇なく、怪我人を無力化した男────イルザはいつもの笑みを消し去った真剣な顔で、呼び掛ける。
「鎮痛剤と睡眠薬盛っとけ。可能なら拘束具付けとけよ。コイツ、下手したらまた抜け出すぞ」
「は、はい……!」
地面に転がったジードを運ぶ部下達を尻目に、イルザは隣に立つシルディを見遣る。どこか悔しそうに、立ち尽くしかない青年にイルザは肩を竦め、言葉をかける。
「しゃあねぇよ。半蔵もジードも、やれることをやった。少なくとも、俺達が口出せるような話じゃねぇ」
「…………分かってる。だが」
「────自惚れるなよ、シルディ。俺がいれば、なんて都合の良い妄想だ。そんな事考えようと、アイツは帰って来ねぇ」
「分かってる!!」
強めの言葉に、シルディは怒鳴り返すことしか出来なかった。握った拳から滴る血を無視して、シルディは居心地が悪そうにその場から立ち去る。閉まった扉の向こう側から、遅れて響く轟音。壁を殴り付け、恐らくぶち抜いたであろう一撃だろうと予想したイルザは、内心平静ではないリーダーの心境を察した。
◇◆◇
────痛い、何もかも痛い
治療を受けても尚、ベッドの上に縛り上げられたジードから痛みが消えることはなかった。鎮痛剤も効力を発揮しない、使えないモン打ちやがって、という不満すら沸かない。
それ以上の痛みが、彼の思考を焼き尽くしていた。
「何もかも、オレから奪うのか────ッ」
怒りが、煮え滾るほどの怨嗟が、彼の意思であった。何故自分が強くなりたかったのか、今では分かるはずもない。あらゆる理不尽を、不条理を、他者を踏みにじる行為を嫌悪していたはずの青年の信念は、信頼していた相棒の喪失により失われた。
今あるのは、怒りに囚われた魔神である。行き場の無い恨みと憎悪が、今も渦巻いている。これが戦いでの討ち死にであれば、まだ耐えられた。恨む相手が、殺すべき敵がいたのだから。
だが、シルディは言った。半蔵は自ら、自死を選んだと。なら誰を憎めばいい?殺した相手のいない世界で、誰にこの怒りをぶつければいいのか。
考えて、考えて、考えて、考えて、考えて────痛みと怒りと憎しみと痛みと悲しみと痛みと絶望と怒りと痛みと怒りと痛みと怒りと痛み怒痛怒痛怒痛────────、
────の果てに、ジードの思考は壊れた。
「……デュノア」
そうだ。彼奴等が、全部悪い。元々彼奴等のせいで、自分は孤児になった。あのデュノアの女が現れなければ、自分たちは勝っていた。あいつらが、デュノアとその仲間が邪魔しなければ、半蔵は死ななくてもよかった。
正気であったのなら、自分がどれだけ身勝手か理解していただろう。だが、今のジードは正気ですらない。敗北の屈辱と相棒の喪失による精神的不安定────それを、負の感情を増幅させる幻想武装バロールの性質。重複したその事実が、ジードの中に積み上がっていた行き場の無い憎悪と怒りの矛先を、決めてしまった。
「シャルロット………デュノアぁ………ッ!!」
拘束具に縛り上げられたジードは、血走った目を見開き吼える。喉が張り裂けて吐血しても尚、腕を縛る拘束具による手首の肉が裂けようとも、傷口から噴き出した血が顔を濡らそうとも、ジードはただひたすらに怒りのままに怒号を響かせていた。
そこに在るのは、怒りに呑まれた魔神。双翼を失った片翼は、苦痛と怒りに取り込まれ、狂気と破壊の獣となっていた。
数日後、アナグラムの本拠地からジードは姿を消した。手足を縛っていたはずの拘束具は血に濡れてひしゃげており、辺りの設備を破壊しながら脱走したらしい。血相を変えたシルディが全力で探し回ったが、その姿は見つからなかった。
そして、すぐにあることに気付いたイルザの調査によりもう一つの事実が判明した。錯乱していたジードが眠った後に回収された、半蔵のカオステクターとメモリアルチップ。その二つがジードによって持ち出されたことに。
次章予告
『初めましてだな、レーヴァテインに選ばれた少年』
『久し振りですね、一夏さん』
『マスター。貴方が望むのなら、私は世界とも戦います』
『────見つけたぞォ!■■■■ァッ!!』
『私は………お姉ちゃんのようになれない』
『その力、白騎士の力は────この俺の物だ!』
『ヒーロー?俺は好きだぞ────俺にはできないことをやり通せる奴は、誰であろうと尊敬してる。………雑魚以外はな』
次章『王域皇臣』篇、突入!
次回もよろしくお願いします!それでは!