IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第六章 『王域皇臣』編
第108話 レーヴァテインの少年


月曜の朝。

大抵いつも賑やかなクラスだが、今日も相変わらず賑わいに満ちている。休み明けと言うのもあるだろうが、少女たちの元気は相変わらず有り余っているようだ。

 

そんな変わらない光景を尻目に、担任である織斑千冬は壇上で話を始める。

 

 

「本日の授業内容について説明する…………前に、お前達に喜ばしい話がある。山田先生」

 

「は、はい!」

 

 

眼鏡を拭いていた山田先生が千冬に呼びかけられ、慌てて跳ね上がる。既視感がある気がするが、気の所為ということにしておく。交代するように壇上に立った彼女は、話題に飢えた少女達が盛り上がる程の事実を口にした。

 

 

「ええと、ですね。今日はなんと、またまた転校生を紹介します!前と同じく、二人ですね!」

 

「………お」

 

「おおおおおおおっ!!」

 

 

驚き以上に少女たちは興奮した様子を見せる。

久々の転校生、明らかに近日の話題を掻っ攫うであろう事実にクラス一同は大興奮に満ちていた。ナチュラルに徹夜三昧の寝不足でいた龍夜は凄まじい叫び声のオーケストラに跳ね起きていたが。

 

────バレてないことを確認した龍夜は、後で千冬の出席簿が頭に打ち付けられることも知らず、安堵したように一息ついていた。そして、喧騒に包まれた教室は、扉が開け放たれたことで一瞬にして鳴りを潜めた。

 

 

雪のような白に近く薄い金髪の少女、彼女の姿に目を惹かれたクラスメイト達を尻目に、一夏を筆頭とした代表候補生は「あっ」と思わず声を上げた。彼等は、彼女のことを知っている。何なら、一度出会っていたくらいだ。

 

 

「皆様、はじめまして。シエル・ルククシェフカと言います。ロシアから来ました、よろしくお願いします」

 

「し、シエル!?」

 

 

驚きを隠せなかった一夏が、大声で叫んだ。彼ほどではないが、他の皆や龍夜も驚いてはいる。かつてはロシアの地で知り合った少女だ。彼女の生い立ちは特殊なものもあり、ロシアにずっといるものと思っていたが、IS学園に転入してきたのは何かの事情があるとみるべきか。

 

だが、一夏が声を上げたことがクラスメイト達の話題を掻っ攫った。雪のように儚げな少女と一夏が既知の仲であることに、黄色い悲鳴が錯綜し始める。箒やシャルロットが面白くない顔をしているのが、よく見えてきた。

 

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ………それで、もう一人に関してだが」

 

 

面倒そうにぼやく千冬が、ふと壇上に上がってくる。もう一人の転校生に言及する千冬の様子が普通とは違うことに気付いた女子達が一気に口を閉ざす中、彼女は話を続ける。

 

 

「あらかじめ言っておく。もう一人の転校生………という話だが、正確には違う。IS学園の生徒ではなく、私の弟子として引き入れる奴だ。複雑な事情ではある為、各々察するように」

 

 

改めてそう告げた千冬に、全員が驚いた。織斑千冬の弟子という立場になる者。誰かは知らないが、あのラウラですら教え子という立場なのだ。どういう相手なのか興味が湧くのは、必然だろう。

 

そんな一同を他所に、千冬は「緋神、入ってこい」と廊下に向けて呼び掛ける。失礼します、と告げて扉を開けてきた者の姿に、今度こそ音が消え去った。

 

 

────燃えるように赤い、緋色の長髪。IS学園の制服とは違う、学園内の理事長直属のメンバーが纏うような特殊な藍色の制服。そして何より、背中に備えた真紅の巨大な剣。明らかに見覚えしかないその物体に目を細めた龍夜が呟くと同時に、緊張したように顔を強張らせたその人物────少年は、千冬の隣に立つと即座に口を開いた。

 

 

「………レーヴァテイン?」

 

緋神紅(ひかみくれない)です!織斑先生の助手、もとい弟子として転入してきました!色々と事情が複雑ですが………よろしくお願いします!」

 

 

龍夜は彼が、IS操縦者ではないことを理解していた。

同時に、彼の背負う赤剣────レーヴァテインが本物であること。自分と同じ、神装使いの一人であると、改めて実感させられた。

 

◇◆◇

 

 

秋の初頭。夏の暑さがまだ残った昼間の中、一人の少年が家の中で過ごしていた。あと少しの夏休み、他の学校よりも遅い休みを経験している少年はカーテンを開け放ち、陽の光を一身に浴びる。

 

 

「────まだ考えが纏まらないなぁ」

 

 

少年の名は、緋神紅(ひかみくれない)。実の家族もなく、天涯孤独の身である少年だ。一応仕送してくれる家族はいるが、少なくとも関係が良好とは言い難い。ごく普通の学生という立ち位置であったが、今は違った────ごく普通とは言い難い、全くの未知が彼を襲っていたのだから。

 

 

彼の視線の先────机の上に置かれた、大型の物体。一メートルクラスの大きさをした真紅の刀剣。ゲームや漫画などの創作物に登場しそうな、機械的な神秘の武具。

 

その銘こそ、レーヴァテイン。

八神博士が人類の選定の為に齎したISを超える究極の兵器、神装。その一つ、焔の神剣であった。

 

何故そんなものが、彼の家に置かれているのか。神装の存在を知る者がいれば混乱することだろう。だが、それを証明する答えは簡潔である。それこそ、レーヴァテイン自体が証明することができた。

 

 

『────マスター。まだ混乱しているの?』

 

「ん。まぁ、少し………」

 

 

心配そうな少女の声。

その声に応えた紅であるが、当然実際にその声はしていない。いや、厳密に言えばレーヴァテインは言葉はおろか、音すら発していない。

 

だが紅は、間違いなく少女の声を聞いている。少女の声も、彼に投げ掛けられていた。明確な事実を語るのであれば、少女の声を聞いているのは紅本人のみ。それが示す答えは、一つしかない。

 

 

「まだ実感が無いな………僕が君の、適合者?って話は」

 

 

緋神紅は、神装レーヴァテインに選ばれた適合者の一人である。現時点で確認される適合者は、ミナトと龍夜以外にいない。イレギュラーである龍夜を除けば、紅はミナトに次いで二人目の適合者なのだ。

 

 

彼がレーヴァテインを手にしたのは、偶然と言うには出来過ぎできていた。ある日、自宅の庭に墜落してきたレーヴァテイン。勢いよく飛来したであろう炎剣を回収しようとした紅は────弾かれることなく、触れることが出来た。

 

それと同時に、レーヴァテインから発する声が紅の頭に響いてきた。彼女、後に『レイン』と呼ぶ声の主はレーヴァテインに宿る人工知能であり、紅を適合者もといマスターとして認めるとのことだ。

 

その事に理解が追い付かない紅であったが、事態はもっと理解できない方へと進んでいった。

 

 

「あ、誰か来た。……ごめん、レイン。ちょっと相手してくる」

 

『マスター────気を付けてください』

 

 

鳴り響くチャイムに、反応して向かう紅。レインの呼び掛けに大袈裟だなぁ、と苦笑いした彼は扉を開き、相手を確認する。その瞬間、相手を目にした紅は絶句することになった。

 

 

「………お前が、緋神紅だな?」

 

「────織斑、千冬………さん!?」

 

 

その顔、知らぬはずもない。世界最強(ブリュンヒルデ)の名を思いのままにする、最強のIS操縦者。何故そんな著名人が自分の家にいるのか、そんな疑問は即座に直結し、紅は思わず近くにあった傘に手を伸ばそうとした。

 

 

「安心して欲しい、お前達に危害を加えるつもりはない。断言しよう」

 

「………信じて、いいんですね?」

 

「信じて貰えると助かる。早速だが、話がしたい」

 

 

スーツ姿の千冬を家に上げる紅、彼女を信用し切るわけにもいかず密かに警戒しながらリビングへと案内する。居間に入った先で、机の上に置かれたレーヴァテインを目にした千冬は静かに瞠目した。

 

 

「やはり、お前がレーヴァテインに選ばれたか」

 

「やはりって………僕の事を、いやレーヴァテインの事を知ってるんですね?」

 

「話せば長くなるが、聞かないつもりはないだろう?」

 

 

居間の椅子に腰掛けた千冬から語られた事実は、一般人である緋神紅にとって素直に頷けないほどの情報量であった。

 

多くの命を奪い、今の社会を形成するISが活躍した第三次世界大戦、その主犯 八神博士の真実。彼が死後人類を裁択するべく生み出した兵器、神装。現存する5種の内、一つこそがレーヴァテインであることを。

 

体感時間的にも、十分長く感じた紅ではあったが、時間が過ぎた感覚はまだ朧気である。それくらい、衝撃的な話には変わりなかった。だが、そこまで聞かされれば、何となく察するものはある。

 

 

「………僕やレーヴァテインは、どうなるんですか?」

 

「少なくともこのまま放置、という訳にはいかないな。既に国連は神装の有用性に気付きつつある。もし野良の神装使いがいると知られれば、力尽くで引き込みかねん。………それは、他の国も同じだろう」

 

 

────現に、傭兵稼業を営むミナト、神装トライデントを扱う彼は鬼神の如く暴れ回っている。もし彼と同じ力を持つ者が居たとすれば、無理矢理捕縛され、利用されることは目に見えているだろう。織斑千冬は、そう断言した。

 

世界が、国がどれだけ力に飢えているかは彼女もよく知っている。ISによる時代の変革から十年、平和を守ってきたこの世界だが、その裏では暗躍や小規模な戦いが繰り返されており、闇や悪意が見え隠れしている。そんな世界の可能性を信じるのは、盲信と呼ぶに等しいだろう。

 

 

「そういう訳でだ。私の弟子になるつもりはないか?」

 

「…………………ん、弟子?」

 

 

律義に淹れられたコーヒーを飲む千冬の切り出した言葉に、紅は一瞬にして硬直した。唐突過ぎて、理解が追い付かない。一体何がそういう訳になるのか。困惑して立ち尽くす紅に、千冬はコーヒーを一杯含んだ後に口を開く。

 

 

「簡単な話だ。織斑千冬の弟子ならば、IS学園に置いても問題はない。手続きはあるだろうが、お前を保護することができる」

 

「そ、それでいいんですか………?」

 

「IS操縦者として学園に入れるのもあったが、お前のレーヴァテインをISとして偽装するのは難しいからな。偽装騒ぎでの手間は二度とゴメンだ」

 

「二度って………一度はあったんですか?」

 

 

仮にも、IS学園は世界最高峰の教育機関だ。そこで偽装問題があったとは、到底思えないが千冬は返答することもなかった。ただ黙々とコーヒーを啜る彼女の様子に、紅は言及してはならないことだと察して口を噤んだ。

 

当然ながら、紅は千冬からの誘いに乗ることにした。既に身内もいない自分としては、その方が都合も良いと考えたのだろう。ちょうどIS学園に訪れる数日前の出来事であった。

 

 

◇◆◇

 

 

「と、いうことがありまして………」

 

「いや………大変だったんだな」

 

 

唐突に世界最高峰かつほぼ女子しかいないIS学園に連れ込まれるなど、可哀想などという言葉で済むはずがない。素直に同情する一夏を他所に、龍夜は静かに観察に徹していた。

 

緋神紅、ISを超えた特異点────神装の使い手。選定者としての機能を持たなかったエクスカリバーとは違う、本来の選定者である四機の内一機から選び抜かれた────本当の神装使い。

 

神装が創り出された経緯、それは八神博士の人類に対する裁定である。人類を救う希望ともなれば、人類を滅ぼす使徒ともなり得る。それを決めるのは他でもなく、神装に選ばれた適合者だけであった。

 

 

(それを見つけたのが織斑千冬だと………?一体全体、何の偶然だ)

 

 

かつて博士の弟子だった千冬が、実際に見つけたとは思っていない。恐らく何らかの事情、理事長周りの部下が発見したのだろうが、何故だか違和感を感じてならない。ただ一人、龍夜は口を閉ざしながらも思考を働かせていた。………が、隣でブツブツと呟く少女に目を細め、溜息を漏らす。

 

 

「………おい、ラウラ」

 

「何故教官が………いや、立場などを理解すれば、当然というもの。………だが、しかし弟子というのは…………私というものが…………」

 

「シャルロット。コイツはさっきから壊れたラジオみたいになってるが、何があった?」

 

「ええっと………織斑先生の弟子って呼ばれることが羨ましいらしくて、ずっとああなってるんだよね」

 

 

不機嫌極まりないという態度で腕を組んだままブツブツと唱えるラウラ。織斑千冬の弟子という肩書きを担うことになった少年への嫉妬を剥き出しにしているらしい。流石に隣がうるさいということもあり、小突いて正気に戻らせたが。

 

 

「それはそうと………シエルも学園に来るなんてな」

 

「え、あ………えっと」

 

「あの………今の言い方は流石に。来て欲しくなかったみたいな言い方になると思うけど」

 

 

そんなことをしている一方で、一夏はシエルに声をかけていた。だが、発言の誤解により悲しそうな顔で動揺するシエルに気付いた紅が、苦言を呈する。最初は不思議そうにしていた一夏だが、彼から指摘されたことで慌てて彼女へと謝罪していた。

 

 

「えっと、実を言うと…………IS学園に転入することになったのは、イレイザ将軍からの進言だったんです」

 

「イレイザ、将軍?中将じゃなかったか?」

 

「馬鹿者。ロシアでの騒動の後に昇格したと言っていたではないか」

 

 

自分達が介入した、ヴァルサキス事件の功労者として一躍名を上げたイレイザ・ラフコフ中将。IS学園との協力を取り付けられた彼は本国でも立場を開け、軍部のトップたる将軍へと成り上がった。その際、本来追われる身であったシエルを代表候補生として保護したの彼である。

 

────その時に聞いたが、彼女は孤児院所属ということになり、同じく孤児院育ちの候補生 クーリェ・ルククシェフカの姉ということになった。比較的に大人しい性格が類似した上に、互いに仲良くやれていることもあってのことらしい。

 

 

「イレイザ将軍はIS学園での方が経験も積めるらしいし、私にとっても得だからって………その────」

 

「?まぁ、そうだよな。困ったことがあったら、何でも言ってくれよ、シエル。俺が力になるから」

 

「…………は、はい」

 

 

言葉に詰まるシエルに、一夏は爽やかな笑顔と共に手を差し出した。真っ赤に茹で上がった顔を俯かせたまま両手で握り返した白雪の少女の心境は、きっと筆舌し難いものであったろう。

 

 

『こう言うのもなんだが、IS学園でならISの技術や能力は会得しやすい。それに────あの少年へ恩を売るのも悪くはない』

 

『お、恩って………』

 

『ハニートラップで落としてこい、なんて陳腐なことは言わないさ。織斑一夏と共に、帰国してくれたら大歓迎だがね』

 

 

彼女の恋心を見透かしたように、イレイザはそう嘯いていた。その事を思い出して、更に言葉を詰まらせて赤面していくシエル。当然ながら、彼女の様子に疑問はあれど一夏は不思議そうに首を傾けるだけであった。

 

 

「………あの。他の子達凄い顔してるけど、いいのかな」

 

「放っておけ、あの馬鹿の自業自得だ………」

 

 

新たなライバルの存在に殺気立つ女子一同に青褪めながらも心配そうに問いかける紅。そんな彼の肩に手を置いた龍夜はいつものことかと呆れながら、彼を引き離した。面倒事に巻き込まれるのは御免だ、と言いたげで距離を取るのだった。

 

そうしている間に、千冬が現れたことで喧騒に包まれていた女子達が一気に口を閉ざす。アリーナ中が静寂に染まったことを確認した千冬は授業の開始を宣言した。

 

 

「────全員揃ったか。本日の合同演習を開始とする」

 

「はいッ!」

 

「いつも通り、クラス合同の実戦訓練にするつもりだったが、今回は少し趣向を変える────緋神」

 

「は、はい!」

 

 

千冬に呼び出され、紅は慌てて前に出る。何処か不安そうではある少年を見据え、千冬は彼を訓練に参加させることを明言した。

 

 

「今回は特別に、お前にも出てもらう。実力を付ける良い機会だ」

 

「で、出来ますか?僕に………?」

 

「問題はないはずだ。………さて、相手は誰にするか」

 

「ならば教官!私に任せてください!」

 

 

周りを見て対戦相手を選ぼうとしていた千冬に、ラウラがそう声を上げて挙手した。無論、学園で教官と呼ぶことを千冬は許していない。即座に叩き込まれた出席簿の一撃はラウラを黙らせるには充分であった。地面で悶えるラウラを尻目に、当の千冬は妙に納得したように沈黙し、

 

 

「………良いだろう。緋神、ボーデヴィッヒと模擬戦をしてもらう…………とはいえ、一対一では面白味がない。織斑、出れるか」

 

「大丈夫ですけど………流石に二対一だとラウラも厳しいんじゃ────」

 

「いや、二人で組むのはお前とボーデヴィッヒだ」

 

 

え、と全員が絶句した。それは当然だろう、千冬の話が正しければ、戦闘経験の無い紅が一人で戦うことになる。バランス的にも不利な話ではないかと思うのが、普通だ。

 

ただ一人、千冬と同じように考える者もいた。

 

 

「俺も、織斑先生と同じ意見だ」

 

「りゅ、龍夜!?」

 

「片や素人、なんてのは同じISなら通じるだろう。だが、そいつの武器はレベルが違う。性能を知るには良い機会だしな」

 

「そういうことだ。織斑、異論があるなら別に者に任すが?」

 

 

千冬の言葉に、一夏は負けじと応じた。人の良い朴念仁だが、負けず嫌いなところは龍夜と同等である。すぐさま断言した一夏やラウラと同じく、不承不承といった紅もアリーナの方へと向かう。

 

 

(悪いな、一夏。俺としてもレーヴァテインの、いや、本来の適合者の力がどれだけのものか確かめたい)

 

 

密かにそう考えていた龍夜は、ラミリアに密かに録画を開始させた。この戦いでどれだけ有意義なデータが取れるか、そう見越しての判断は、間違っていなかったことを知る。

 

 

◇◆◇

 

 

「………千冬姉、何を考えてるんだ?俺が相手ならまだしも、紅相手に二人って………」

 

「何を言う。教官の考えだ、きっと必要なことなのだろう」

 

「そ、それなら良いけどさ………」

 

 

アリーナに立つ一夏は今の状況への不安を隠しきれなかった。片やラウラがやる気であるのは、織斑千冬の弟子という立場になった紅への嫉妬と龍夜の前であることが理由かもしれない。

 

 

「あ、あの………先生?」

 

『────なんだ?』

 

「僕って、どうすれば良いんですか?」

 

『神装を纏え。やり方は「彼女」ならばよく分かるはずだ』

 

「………彼女?」

 

 

一夏はその単語に思わず食いついた。

戦いのたの字も知らなさそうな紅よりも、千冬の指し示す誰かの存在に怪訝そうになっていたのだ。だが、紅はそれが誰だか分かっていたらしい。その場で彼は誰かと話していた。通信しているのかと思ったが、すぐに頷いた紅はたどたどしい様子で背中の赤剣に手を添える。

 

 

「ええっと────神装、展開!」

 

 

灼熱の剣を手にした紅が、一気に振り払う。その瞬間吹き荒れた業火が空気を焼き尽くしていく。そのまま紅本人を呑み込むように爆裂した炎。「うわぁっ!」という、焔に焼かれることへの恐怖の悲鳴は、収束する爆炎と共に収まる。

 

 

「な、なんだこれ…………?」

 

 

混乱する紅の姿は明確に変化していた。先程まで身に着けていた藍衣とは違う、赤と灰色が目立つ装甲。全身を覆うソレは軽装というよりは明らかに重装。異常なほどの熱気を発する赤鎧に紅は困惑を顕にするしかなかった。

 

 

「アレが、レーヴァテインの神装………」

 

「トライデントの神装使いと違うタイプだな。まずは小手調べさせて貰う。行くぞ、織斑!」

 

「っ!待てよ、ラウラ!」

 

 

言うや否や先手を切るはラウラ・ボーデヴィッヒ。漆黒のIS、シュヴァルツェア・レーゲンが距離を詰めていく。遠距離の主砲を含めた武装を使うつもりはないらしく、無手で赤灰鎧へと挑みかかる。

 

次の瞬間、立ち尽くしていたはずの赤灰鎧が地面を滑るように回避した。その動き、その速度に一夏もラウラも、観戦していた一同も驚きを隠せない。

 

 

「ッ────速い!何だ、あの動き!?」

 

「あの反応速度!素人があそこまで動けるというのか!?」

 

「────仕損じたな、ラウラ」

 

 

ただ一人、冷静にモニタリングしていた龍夜は追撃に出るラウラのミスにそう呟く。何かに気付いたであろう龍夜の意図に当然、箒達はどういうことかと詰め寄るが、真剣に視線を外すことのない彼の言葉は端的であった。

 

 

「アレは緋神紅本人のものだ。恐らく、感覚や反射神経を極限まで高めてるんだろ。大半はレーヴァテインの中にいる精霊が補助しているんだろうがな。

 

 

恐らく俺の予想だが、レーヴァテインは戦闘の中で情報を蓄積させて進化していく。緋神紅本人も、それに慣れることだろう。だからこそ、最初で押し切れなかった時点で、あの二人は勝てないな」

 

「それは言い過ぎではないか?いくらレーヴァテインや緋神が急速に戦闘技術を身に着けたとしても、一夏やラウラに勝てるとは…………」

 

「────押し切れたら、な」

 

 

半信半疑である箒の異論に対し、龍夜は否定することなく意味深な発言をするだけであった。無論、その発言に当惑し疑問を持つ女子たちの反応とは他所に、戦況は変わり始めていく。

 

 

「クッ!ちょこまかと!」

 

「────ふッ」

 

 

遂にワイヤーブレードすら展開し、猛攻を強めていくラウラ。空を斬り裂く四つの刃が紅に目掛けて殺到していく。しかし、どれだけやろうとも彼を捉える事ができない。これならば、と痺れを切らしたラウラがワイヤーブレードを左右から二対ずつ飛ばす。左右、又は四方からの挟撃。

 

しかし、紅はそれすらも躱してみせた。腰や背中のスラスターから炎を吹かし、一気に空に翔び上がる。しかし、そこは代表候補生。ただの挟撃では終わらない。

 

 

────ギュンッ! と、地面ギリギリを飛翔していたワイヤーブレードが、空中に飛んだ紅へ追撃する。回避行動を取った紅を完全に仕留める為の攻撃であるのは明白だった。

 

 

────全てが、見える。考えただけで、自由に動ける!

 

「負けない!僕と────レーヴァテインなら!」

 

 

高揚と共に叫ぶ紅は、一瞬で反応した。全身のスラスターから火を噴き、空中で全身を捻じる。その動きにより外れたワイヤーを無理矢理掴み取り、地面に着地する。ワイヤーを握る手が強く発熱したかと思えば、そのまま熱によって焼き切ったのだ。

 

 

「ッ!?ならばこれは────!」

 

「!待てよラウラ!」

 

 

武装の一つを潰されたラウラも流石に余裕を失っていた。リボルバーカノンを展開し、彼に目掛けて放射する。慌てて止めようとした一夏も間に合わず、装填された大型カノン砲による砲撃が紅を襲った。

 

────予想外であったのは、紅がしたのは回避でもなければ迎撃でもない。突如右肩から伸びた焔のヴェールが彼の身体を包み込み、砲弾を防いだのだ。まるでマントのように広がる焔の外套に、外野も大きくどよめき始める。

 

 

「何よ、アレ?あんな武器持ってたって言うワケ?」

 

「いや、違う────今この瞬間に造り出したんだ」

 

 

度重なる戦いのデータの果てに、相手の攻撃に対応する武装を生成したことに龍夜は誰よりも早く勘付いた。無論、その事実に絶句する者も多い。理論的に考えれば、不可能だ。戦いの最中に武装を造り出すことなど、今までのISの歴史の中でも見たことはない。

 

────実際にそれを行ったのはISではなく、分類的にISの上位互換と呼ぶべき兵器なのだが。

 

そして、変化はそれだけに留まらない。灰赤の装甲が大きく蠢いたかと思えば、左肩部に巨大な砲身が背負われていた。肩に繋げられた砲身に左腕を接合させ、そのまま展開する紅。次の瞬間、凄まじいエネルギーを収束した砲身が火を噴いた。

 

 

「っ!?」

 

「避けろ!ラウラ!」

 

砲口から放たれた、焔の塊。凄まじい熱量の球体の砲弾が迫る中、即座に回避行動に移るラウラ。だが、それでは意味が無かった。

 

地面に着弾したソレは、瞬時に爆裂。まるで巨大なミサイルでも直撃したかのような、大火力の破壊。至近距離であったラウラは、その爆撃に曝されて吹き飛ばされた。

 

 

「ぐああああああ────ッ!?」

 

「ラウラっ!…………シールドエネルギー0、直撃を避けたのに!?」

 

 

壁に叩きつけられたラウラ、エネルギー残量0で沈黙するシュヴァルツェア・レーゲンの姿を見た一夏はその威力に恐怖を隠し切れなかった。当然、撃ち込んだ紅本人も戸惑い、狼狽えていた。

 

 

「ら、ラウラさん!?………ぶ、無事なら良かった────こんな威力じゃダメだ!もっと威力を抑えて!」

 

「………誰と話してるんだ?」

 

「え?聞こえないの?………あ、そういえば僕にしか聞こえないんだっけ」

 

 

そう言えば、と一夏は神装の中にいる精霊の存在を思い出した。同じ神装使いのミナトも誰かと会話していたことから、そういうことかと納得した一夏は、未だ困惑気味である紅と向き合う。

 

 

「えっと…………本気でやって良いんだよね?」

 

「おう、当たり前だろ?むしろ、加減しないでくれよ────男同士の、真剣勝負だしな」

 

「────分かった。僕も覚悟を決めるから」

 

 

直後、二人が戦いの火蓋を切る。全身のスラスターから炎を吹かし、突撃した紅がレーヴァテインを振り上げ、振り下ろされた赤剣を一夏の雪片が受け止める。近接ブレード同士の打ち合い、最初は剣術の腕もあり圧倒していた一夏だが、徐々に押し返され始めていく。

 

 

「っ!力が、急に……!」

 

 

レーヴァテインを振るう紅の一撃はより鋭く、強くなっていた。それが度重なる戦闘データによるレーヴァテイン自身のフィードバッグであると共に、腕部のスラスターを一時的に吹かすことで攻撃の速度と威力を引き上げる手法であったのだ。

 

このままでは押し切られる。そう判断した一夏は素早く武装を切り替えた。雪羅のビームクローを伸ばし、焔のヴェールへと斬り込む。ビーム刃の爪に破られた真紅の外套の内側で、紅を纏う鎧が膨れ上がったのも直後であった。

 

 

「────武装展開、『焔王の巨壊腕(スルト・アルカイナ)』!」

 

 

右肩から伸びる、一際大きな黒灰の剛腕。開かれた五本の指と掌に収束した焔熱が巨大な焔の鉤爪となり、地面を溶解させた斬撃を刻み込む。掠っただけでシールドをゴッソリ削り取られた一夏は再び、後手に回ってしまう。

 

このままでは勝てない、勝ち切れない。

圧倒的不利な状況、無闇な猛攻では意味が無い。思考を繰り返していった結果────ある可能性が、脳裏を過った。

 

 

「………これしか、ない」

 

 

そう決意した一夏の行動は速かった。

スラスターを吹かし、一気に紅との距離を詰めていく。勢いよく振るわれる剛腕に対し、瞬間的な加速で掻い潜り、そのまま至近距離まで肉薄する。

 

 

「速い!だけど────視えているッ!!」

 

 

無論その動きを捉えた上で迎撃に出る紅。腕部のスラスターによる、爆炎を放出したレーヴァテインの斬撃。本来であれば防御など考えず回避すべき一撃に、一夏は敢えて雪片を振るった。

 

愚策だ、と箒達は叫んだ。純粋な威力と速さでは、現時点で紅の方が上であると。だが、目を細めた龍夜や千冬は、一夏の意図を察した。

 

次の瞬間────雪片の刀身に、純白な光が宿る。白式の能力、『零落白夜』の発動。それを伴う刃が紅の振るうレーヴァテインにの刀身に接触した途端、全てが転ずる。

 

 

────炎を噴き出したレーヴァテインは、直後に機能を停止させて沈黙した。その身を纏う神装が音もなく消失し、紅はレーヴァテインを握ったまま呆然と立ち尽くす。

 

 

「………………え?」

 

 

何が起こったのか分からずにいる紅を他所に、模擬戦の終了を示すブザーが鳴り響いた。

 

 

◇◆◇

 

「よくもまぁ、情けない負け方だな?んん?」

 

「か、返す言葉もありません………」

 

「………まぁ、戦い方も知らん素人にしては良かった。最後が無ければな」

 

 

模擬戦を終えたばかりの紅を出迎えたのは、千冬からの呆れた眼差しであった。調子に乗って浮かれていたこともあり、平謝りに徹する紅の様子が目に余るのか、途中にフォローをしていたが。

 

半ば可哀想に、と同情気味の一夏とラウラであったが、そんな二人も千冬からの説教から逃れられることはなかった。

 

 

「何を他人事のような顔をしている。織斑、ボーデヴィッヒ、情けないのはお前達も同じだ」

 

「うっ………」

 

「特にボーデヴィッヒ、緋神を素人と侮った結果、経験を積ませたのは完全なミスだ。どんな相手であろうと油断するなと教えたはずだろう」

 

「も、申し訳ありません………教官………」

 

仮にもISを超える上位兵器とは言え、素人相手に圧倒されたことは怒られても仕方のない話である。縮こまるしかない二人の姿に、見るに耐え兼ねたのか、助け舟のように紅は話題を逸らし始めた。

 

 

「し、質問です!織斑先生!あの時、織斑………一夏の攻撃でレーヴァテインの装甲が消えたのは、何故ですか?」

 

「織斑のISの能力だ。接触したエネルギーを消滅させる力は、お前のレーヴァテインとは相性が悪かったようだな」

 

「接触?消滅!?強過ぎでは!?」

 

 

────お前がそれを言うのか、とその場の全員がシンクロしたのは無理もない。そんな一同の片隅で龍夜は目を細め、静かに観察に徹していた。手元に転がした端末を眺めながら。

 

 

(今回の模擬戦、貴重なデータになった)

 

「────そろそろ計画の方も進めなきゃならないな」

 




新キャラ紹介

緋神紅(ひかみくれない)

織斑千冬の弟子としてIS学園に転入してきた少年。世界を滅ぼし得る力、神装レーヴァテインに選ばれている。性格的に言えば非常に温厚かつ大人しい、しかし年相応な一面も持つ。

【灼焔壊剣 レーヴァテイン】
人類を裁定する役目を担う『神装』の内一つ。全てを焼き払う巨人の王の魔剣を元にしており、『神装』の中では番外モデルであるエクスカリバーに次いで最強クラスの出力と破壊力を誇る。

神装形態は灰色のような全身鎧。ISのように絶対防御やハイパーセンサーが搭載されているが、基本的には上位互換。それどころかデータの蓄積により機能の進化、武装の開発すらも自動的に行える。

ただ、ISとは違って武器自体がコアの役割を担っているため、白式の零落白夜の効果が適応されやすい。シールドにではなく、武器そのものに零落白夜を当てるだけで外装を強制消滅させるなど、非常に相性が悪い。


焔套(フレイムコート)

模擬戦の際に発現、もとい組み上げられた武装の一つ。右肩から特殊な焔熱のマントを展開し、あらゆる遠距離攻撃を防御する。しかし、近接攻撃には弱い側面を有する。

『アトモス・プレア』

模擬戦の際に発現、もとい組み上げられた武装の一つ。左肩に繋げられた砲身の持ち手を掴み、引っ張ることで発射形態へと移行。軽射撃モード、砲撃モード、重狙撃モードなどの使い分けも可能。初撃の際は威力の調整がされなかった為、直撃を避けたシュヴァルツェア・レーゲンすら機能停止させるほどの大火力を披露した。

焔王の巨壊腕(スルト・アルカイナ)

模擬戦の際に発現、もとい組み上げられた武装の一つ。フレームコートと使い分ける形で、右肩から巨大な腕として展開した。白式の雪羅をモデリングしており、機能面も類似している面が多い。炎の爪を展開することも出来れば、大出力のビーム砲も可能。


シエル・ルククシェフカ

IS学園に転入してきた少女。ヴァルサキス事件を経て、ロシアの代表候補生として保護された経緯を持つ。その後、イレイザ将軍の思惑もあり、IS学園に転入する。

同じ候補生のクーリェ・ルククシェフカとは書類上の姉妹の関係となる。だが、両者の関係は良好で非常に仲が良い。

性格的に、非常に大人しい(ここ重要)時にマイペースな面もあるが基本的には温厚である。目的を果たしたことで抜け落ちたように立ち尽くすことも多々見られる。

事件の際に親身になってくれた一夏の事を人一倍意識しており、具体的に言えば惚れている。本人の性格もあり、下手したら速攻で持っていかれかねないぐらいのヒロイン力を有している。イレイザ将軍もその事を理解してか、彼女の恋心を応援すべくIS学園に送った(尚、あわよくば関係を持って二人一緒に本国に帰還することを期待している)
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