IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

16 / 116
暑かったり寒かったり、天候がまとまらないなぁ………()


第15話 転校生の秘密

「………」

 

「………」

 

 

逃げ出した龍夜が連れ戻されてから一時間、一夏とシャルル───のような女子、というか本人───は無言だった。その場に関係者として連れられた龍夜も少し居心地が悪い。

 

 

ていうか全然話しすらしない二人に半ば苛立ちを覚えていた。さっき出した熱々のお茶も既に冷えてるし、我慢の限界は近かった。

 

 

「………そろそろ、話を始めよう。これ以上時間を無駄にするのは意味がない事だろ」

 

 

淡々と話を切り出した龍夜に一夏は心の中で賛辞を飛ばしていた。そんな事してる暇があるなら自分から言え、と本人に返されそうだが。

 

 

 

「う、うん………そうだね。でも、さ。龍夜は気付いてたの?僕が女だって」

 

「…………まぁな」

 

「気付いてたって────う、嘘だろ!?」

 

一夏は驚きを隠せず、龍夜に振り返る。一時間待ってるのも退屈だったので炭酸水を買ってきた龍夜は当然と言いたい顔を浮かべている。

 

冷や汗をかいた一夏が、疑問を漏らす。

 

 

「い、何時からなんだ………?」

 

「月曜日からずっとだが………」

 

「嘘だろ」

 

 

愕然とするしかない一夏に、龍夜は炭酸水をあおりながら呆れる。そんな一夏に龍夜は「さっさと話を戻せ」と小声で小突くと、困ったように話を続けた。

 

 

「シャルルは、なんで男のフリなんかしていたんだ?」

 

「それは、その………実家の方からそうしろって言われて………」

 

「実家、デュノア社か。大方、父親からか」

 

「うん、まぁね。僕の父がそこの社長。その人からの直接の命令で、男のフリをする事になったんだよ」

 

 

そこで二人の反応は様々だった。怪訝そうな一夏に、悟ったような龍夜。だが、確かなことは───二人がシャルルの会話に、違和感を覚えていたことであった。

 

 

曇った顔をするシャルルに、一夏が疑問を口にする。

 

 

「命令って………親だろ? なんでそんな────」

 

「本来の親子じゃない───(めかけ)の子だからだ、そうだろ?」

 

 

冷静な青年の言葉に、一夏は絶句する。真実なのか視線を向け、困ったように笑うシャルルに今度こそ言葉を失う。

 

妾の子、その言葉が理解できない程一夏は世間に疎い訳でもない。だからこそ、現実離れしたように感じていた。

 

 

「引き取られたのは二年前、ちょうどお母さんが亡くなった時にね。それから実家では居場所がなかったよ、本妻の人とその娘さんからは嫌われてたからね」

 

「嫌われてたって…………妾だからか?そんなのおかしいだろ!」

 

「いいんだよ。“あの件”は仕方ないし、僕も恨まれて当然だと思ってるから」

 

「───“あの件”?」

 

「ねぇ、二人とも。アイザック・デュノアって人を知ってる?」

 

 

シャルルの問いに、一夏も答えることができなかった。外国の人間だろうか、その名前を一夏は聞いたことはあったが、思い出すまでにはいかないのだ。

 

 

そんな彼の隣で、龍夜はスマホを弄りながら口を開いた。

 

 

「アイザック・デュノア。社長 アルベール・デュノアの実の息子。デュノア・グループの貴公子と称される程のカリスマを持った若手の令息。フランス国内や彼を知る企業も高評価を抱く程の人気だった」

 

「うん、僕にとっても義兄さんだったんだ。まだ子供だったから記憶もおぼろげだけど、義兄さんは母さんや僕に良くしてくれたんだ。妾の子だと知っても、態度を変えることなんてなかった」

 

 

へー、と感心する一夏に、龍夜はスマホの画面を見せる。そこに写されていたのは金髪の美青年───アイザック・デュノアの写真であった。

 

第一印象は、笑顔の明るい好青年。厳かな男性達や大人の女性達相手に気品ある態度で振る舞うその姿は、一夏も初めて見た限りは好印象であった。

 

 

しかし、龍夜はスマホを下げると、冷徹な声で話を続ける。空気を一転させるような、残酷な事実を。

 

 

 

「だが、人気な者は妬まれもする。十一年前、アイザックは諸事情で出掛けた直後に、暗殺された。酷いのは、暗殺を行った連中はアイザックの遺体を回収し、フランス本国に返還すらしていない」

 

「…………」

 

「アイザックを慕う者は、今も捜しているらしい。彼の亡骸を、本国で安らかに埋葬したいという願いと共にな」

 

 

彼が次に提示したのは、ネットのニュースだ。未だアイザックの亡骸の返還を求める人々の姿。色んな人がアイザックの写真を掲げ、活動をしているそのニュースは、先週に撮られたものであった。

 

 

それだけ、アイザックなる青年が世間から好かれていたという事実が強い。そんなに良い人が何故暗殺されなければならないのか、一夏は不満を覚えたが、ふと疑問を覚えた。

 

 

「ん?待てよ、それがシャルルが本妻の人達に嫌われる理由になるのかよ?」

 

 

そうだ。

シャルルが引き取られたのは二年前。アイザックが殺されたのは十一年前も昔。それだけ聞けば、逆恨みや無関係な八つ当たりのように思えるが、どうなのだろうか。

 

 

 

シャルルは躊躇わなかった。

その理由について、もうひとつの残酷な秘密を明かした。

 

 

 

 

「義兄さんが出掛けた諸事情は────僕と僕のお母さんを保護することだったんだ」

 

「…………え?」

 

 

一夏の唖然とした声が、部屋に浸透する。やはりか、と龍夜は静かに両目を伏せた。冷徹な彼だが、少しだけ思う所があるらしく、何も言うべきではないと黙って聞いていた。

 

 

「アイザック義兄さんは僕とお母さんを家族として迎え入れようと父に取り次いでたらしいけど、駄目だったらしくてね。それで喧嘩になったらしく、怒って話を切り上げてから、僕達を保護するように向かってる最中に────暗殺されたんだ」

 

 

辛い筈なのに、シャルルは話すのを止めなかった。自分の立場を騙っていた贖罪のように、二人に自分の隠された過去を話していく。

 

 

「本妻の人と娘さんに会った時も、その事で殴られたよ。『貴方がいなければ、アイザックは死なずに済んだ』ってね。…………本当に、その通りだよね。それだけは事実だから、受け入れるしかないんだ」

 

 

二人の心には、各々の感情が渦巻いていた。同情しようにも出来ず、ただ無言で受け入れるが───それでも複雑さは消えずにいる龍夜。行き場のない怒りに拳を握り締めるしかない一夏。

 

彼等の心に、暗い影が落とされていた。

 

 

「それから少し経って、デュノア社は経済危機に陥ったの」

 

「え? だってデュノア社って量産機ISのシェアが世界三位だろ?」

 

「うん。でも、造られてるのは第二世代だけだからね。他の国に負けないためにも、第三世代の開発は急務なんだ」

 

 

其々の国に存在するISは、性能が重要視されている。デュノア社の第二世代も量産されているが、それでも各国が開発している第三世代のISには性能からして敵わない。

 

 

世代の差はそれほどまでに、存在の有無で国の立場が揺らぐ程に、隔絶とした大きさがあるのだ。

 

 

「それに、最近は国連でのフランス自体の立場が悪いから。フランス政府もデュノア社に手を貸したんだ」

 

「………国連?何でなんだ?」

 

「数年前から、フランスは国連の支援を受けて遺伝子改良された強化人間シリーズ『DOLL.s(ドールズ)』を開発してたの。

 

 

 

 

 

感情や自我の持たない強化人間。死の恐怖や仲間を殺すことすら躊躇わない、人形のような人間を」

 

 

その話に、一夏は本当の意味で言葉を失う。強化人間なるものは話で聞いていたが、実際に耳するとは思わなかった。龍夜も驚きはあったようで、信じられないようにシャルルの話に耳を傾けていた。

 

 

最も、彼が反応していたのは、『強化人間』という単語ではない。『感情や自我の持たない』、という非人道的な考えに意識を向けたに過ぎない。

 

 

「でもさ、計画は失敗したよ。人の心や感情を支配するなんて真似は許されなかった。その計画を知ったアナグラムに止められたんだ。『DOLL.s』の研究所は全て破壊されて───フランスは国連からその責任を追及されるように、国連内部で冷遇されたんだ」

 

 

酷い話だと、基本的に他の物事に無関心な龍夜も思う。要するに国連は自分達の失態をフランスだけに擦り付け、失敗の責任から逃れたに過ぎない。大規模な国際組織の腐敗を感じるような話だが、ある意味ではフランス政府の隠蔽工作に納得できた。

 

近代行われる予定である欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から、フランスは除外される程に新しいISの開発や国の状況は著しく低い。

 

失敗による被害が理解できていても、実行しなければならない。そんな愚考に身を委ねる程に、フランスは佳境に立たされていたのだ。

 

 

「なんとなく分かったが………それがどうして男装に繋がるんだ?」

 

「簡単だよ。注目を浴びるための広告塔にもなる。それに────」

 

 

心底嫌なことだったのか、シャルルの言葉に苛立ちが募る。

 

 

「同じ男子なら日本で登場したイレギュラーなケースと接触しやすい。可能なら、使用機体と本人のデータも取れるって」

 

「それは、つまり………」

 

「一夏の『白式』、龍夜の『プラチナ・キャリバー』のデータを盗んでこいって言われているんだよ。二人のデータを使って、第三世代の開発に着手するために。

 

 

 

 

まぁ、『プラチナ・キャリバー』だけは何故かデータも取れなかったんだけど」

 

 

諦めたようなシャルルの言葉を聞き、龍夜は『プラチナ・キャリバー』と、格納して持ち歩いていたあのケースを思い出す。

 

 

あのケースの材質は不明だが、透視やセンサーによるスキャンを阻害する物質が組み込まれているのは後々に調べて分かった。同時に、キャリバーの方に強力な防御プロテクトが仕組まれている。並大抵の機械では勿論、最新鋭のものでもプロテクトを突破することはできない。

 

 

実際に出来なかったであろうシャルルの様子から、それを確信した龍夜を他所に、シャルルは最後の話を続けた。

 

 

「───そんなところかな。でも二人にはバレちゃったし、僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まぁ…………倒産か他企業に吸収されるかも。僕にはどうでもいいことかな」

 

「…………」

 

「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今まで嘘をついててゴメンね」

 

 

腰を折って頭を下げるシャルルに、思うところがある龍夜が口を開こうとする。何かを言おうとしたその瞬間に、立ち上がった一夏がシャルルの肩を掴み、顔を上げさせる。

 

 

「いいのか、それで」

 

「え………?」

 

「それでいいのか? いいはずがないだろ。親が何だっていうんだ。どうして親だからってだけで子供の自由を奪うんだ。そんな権利ないだろ、おかしいだろ、そんなものは!」

 

「い、一夏?」

 

 

戸惑いと怯えに染まる表情のシャルルと、困惑と驚きに包まれる龍夜。彼等の様子に一夏は気付けず、自分の感情のまま言葉を、思いを、一気に吐き出す。

 

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。確かにそうだ、そうだろよ。けど、だからって!親が子供に何をしていいなんて、そんな馬鹿なことが認められるか!生き方を選ぶ権利は誰にだって、シャルルにだってあるはずだ。それを、父親なんかに利用されて、邪魔されていい理由になんてならない!!」

 

 

「───一夏、落ち着け」

 

 

捲し立てる一夏を、龍夜はシャルルから引き離した。諭すような短い言葉を聞き、一夏は興奮が落ち着いていくのを感じる。

 

 

不安そうなシャルルに、先程の行いを謝ろうとするが、その前に様子を聞かれた。

 

 

「ど、どうしたの?一夏、変だよ?」

 

「あ、ああ………悪い、二人とも。つい熱くなってしまって」

 

「俺はいいが………お前は大丈夫なのか?何かあったか?」

 

 

怪訝そうな顔を隠さず、あそこまで感情を露にした理由を聞く。最初、話していいのか思い悩む一夏だったが、すぐにその理由を明かした。

 

 

 

 

「俺、母親がいないんだ。千冬姉と俺を捨てて、どっかに消えたんだ」

 

 

「あ………」

 

「…………」

 

二人は各々の反応を示す。シャルルは一夏に親がいないという話だけは知っていたらしいが、その詳しい事情までは知らなかったらしい。

 

一方で何一つ知らなかった龍夜は、先程の激昂の理由に納得する。親に捨てられたからこそ、自分勝手は理由で自分達を捨てたから、親が子供の自分の思うままに利用する事が許せないのだろう。

 

 

シャルルと龍夜は頭を下げて謝罪した。嫌な事を話させてしまった、と。

 

だが一夏は本気で気にしてなさそうに笑いながら答えた。

 

 

「良いんだ。俺には千冬姉や親父がいるし、今更会いたいとも思わないし」

 

「親父?………お父さんは普通にいるの?」

 

「ん、あぁ」

 

 

答える一夏に、二人は互いに見合う。そういえば、一夏は母親がいないと言っただけで父親がいないとは言ってない。

 

 

「………ねぇ?一夏のお父さんってどんな人なの?」

 

 

シャルルが純粋に気になったのかそんな疑問を投げ掛ける。端では龍夜も無言だが、明らかに興味があるのか聞き耳を立ててくる。

 

軽く頭を掻いた一夏は、どう言うべきか悩んだように………口を開いた。

 

 

 

 

 

「────ダメ親父、だな」

 

「………ダメ親父?」

 

「そんなにか?」

 

「─────美人な女性を口説いては口説いて、色んな所を放浪して、自由気儘に人生を楽しんでるダメ親父」

 

 

想像以上にダメな父親だった。龍夜もシャルルも苦笑いしかできない。という、一夏と千冬の親って聞いて厳格そうな人を思い浮かべたが、それだけだとどんな人だか想像が難しい。

 

だが、そこで龍夜は気付いた。父親の事を悪く言ってるようではあるが、一夏の顔は暗くない。むしろその逆、やけに明るい。まるで冗談を言ってるような態度であった。

 

 

「まぁ、でも………俺や千冬姉にとっては、大切な父親なんだ」

 

「そうなんだ………」

 

「言っとくけど、親父ってすごい強いんだぜ?千冬姉も親父に鍛えられて、親父の技から自分の剣術を作ったらしいし」

 

「────マジか?」

 

 

信じられない顔で、聞き返す。織斑千冬の強さは世界最強だ、それは実力や素の強さもあるし、絶対的な強者として世界でも名を知られている。

 

そんな彼女を鍛え上げたのが実の父親という事実を、世間が知れば注目しないはずがない。むしろ積極的にコンタクトする方が多いだろう。

 

 

 

「実はさ、前に俺はISの世界大会の決勝戦前に誘拐されたんだ。千冬姉が決勝に参加する直前に。

 

 

 

 

 

 

その時、俺を助けてくれたのが親父と千冬姉だったんだよ」

 

 

思い出すのは、あの暗闇の中。

閉じ込められ、殺されるかもしれない恐怖。姉である千冬を決勝で負けさせるために誘拐した組織への怒り。そして、何も出来ずに捕まっている事しか出来なかった自分への激しい悔しさ。

 

どうしようもない感情の渦巻きに身を焼かれる中の事だった。

 

 

 

 

『────よっ。無事か?一夏』

 

 

埃に汚れた服を払いながら、豪快に笑いながら部屋に入ってくる父親の姿。悔しくて仕方のなかった一夏の頭を軽く撫で、ダメな父親とは違う側面を見せた父の姿を、一夏は一度忘れることはなかった。

 

 

たとえどれだけ自由で呑気と言われようと、一夏にとって父親は千冬と同じように憧れであり、大切な家族なのだ。

 

 

「それからだなぁ、親父は家から出ることが多くなってさ。もう三年も会ってないんだ。俺も千冬姉もそこまで心配はしてないから良いけど、また知らない女の人をナンパしてんのかもな」

 

 

三年も会ってない、その事実を何ともなさそうに話す一夏。普通に聞けば辛いはずだが、父親への信頼があるのか一夏の顔に何一つの心配はない。

 

 

「それよりも、だろ。シャルルはこれからどうするんだよ」

 

「どうって………バレるのも時間の問題だし、責任追及されたフランスは良くても属国化されるかもしれない。僕も国連に事情聴取されて、牢屋に入れられるかもね」

 

 

諦めたように笑うシャルルの顔は、あまりにも痛々しかった。全てを気にしていない彼女の笑顔は、絶望なんてものすら通り過ぎたような悲しい様子に、一夏は歯軋りする。

 

 

「いや、あのさ………」と龍夜が声をあげるが、一夏が遮るように告げる。

 

 

「………だったら、ここにいろ」

 

「え?」

 

「特記事項第二十一、本学園における生徒は在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 

 

IS学園に規定されたその事項。それこそが入学したシャルルの身柄を保護することが出来る唯一無二の盾。ならば、フランスや国連がシャルルの身柄を求めて、学園はこれを理由に拒否することが出来るということになる。

 

 

「───つまり、この学園にいれば向こう三年は大丈夫ってことだろ? それだけ時間があれば、なんとかする方法も見つけられる。別に急ぐ必要だってないだろ」

 

「一夏」

 

「ん?」

 

「よく覚えられたね。特記事項って五十五個もあるのに」

 

「………勤勉なんだよ、俺は」

 

「ふふっ………そうだね」

 

 

楽しそうに話す二人。そんな彼等の様子に割り込もうとした龍夜は沈黙を貫き、邪魔したかと思いながら部屋から出ていった。二人で勝手に仲良くしてるし別にいいか、といつの間にかスマホに収めた一夏のシャルルの写真────見る人が見れば激しく誤解するであろうそれを保存しておきながら、部屋に戻る直前までに龍夜は考える。

 

 

(───俺の予想だが、学園は恐らくシャルルの事情に気付いている。気付かない筈がない)

 

 

一夏は理解しているのだろうか。ここIS学園は、世界有数の機関であり、国連のトップの一人が理事長を勤めているのだ。それなのに、会社や国が隠蔽した学生の一人の事情が分からない等有り得ない。

 

 

だとすれば、

 

 

(─────知っていて尚、シャルルを学園内に引き入れたのか)

 

 

学園は、理事長は何を企んでいるのか。考えても、答えらしきものは掴めなかった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

翌日になり、休み時間。

いつも通りの日常に戻った龍夜は、溜め息を吐いていた。その理由の一つが、男子が使用できるトイレが少ないことにあった。

 

 

広大な学園で男子トイレは三ヶ所だけ。行きと帰りで走ってようやく授業に間に合う距離だ。だが、走れば教師に見つかりお叱りを受ける。最悪の場合、鬼教官からの出席簿が打ち込まれる。先日の一夏のように。

 

 

教師の眼に見つからないように、走りながら移動する。正にハイド&スニーク。某インビジブルミッションのような緊張感がある訳でもないが、あの教官に見つかるか不安なところがあるのは確かだ。

 

階段を駆け降りるのではなく、一気に飛び降りた龍夜は近くから気配を感じて壁に寄り掛かる。その瞬間、張り上げたような大声が響いた。

 

 

 

「───なぜこんなところで教師など!」

 

 

その声は、ラウラのものだった。チラリと壁の奥にある曲がり角をみると、ラウラと千冬が立っていた。

 

声を張り上げて詰問するラウラは、何度か見たようなプライドの高そうな様子は見られない。必死に千冬に食いかかっているが、彼女からは容易くいなされているようだ。

 

 

「何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

「このような極東の地で何の役目があるというのですか!」

 

「………理事長との約束でもあり、未来に関するものだ。不服があるなら私を力ずくでも引き止めるか?」

 

 

………どうやら織斑千冬がIS学園にいることが彼女にとっては不服らしい。呆れ果てたように顔をしかめる。随分と織斑千冬を尊敬しているらしい、むしろ崇拝にまで見えるのは気のせいか。

 

ラウラ本人は千冬のことを想っているのだろうが、本人が望んでいないことを薦めている時点で、たかが知れている。

 

 

「───考え直してください、教官。我がドイツで再びご指導を。ここでは貴方の能力は半分も生かされません」

 

「ほう、そこまで言う理由はなんだ?」

 

「ハッ、ここの生徒達は意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションかなにかと勘違いしている。そのような程度も格も低いものたちに教官が時間を割かれるなど────」

 

 

 

 

 

 

 

「────ほざくなよ、小娘」

 

 

 

 

 

「っ………!」

 

「………っ」

 

 

凄まじい威圧感を伴う一声。投げ掛けられたラウラも、含まれた覇気に気負されている。隠れている筈の龍夜も同じだ、喉の奥まで干上がるような感覚は、彼が一度も味わったこともない明確な強者の片鱗であった。

 

 

「少し見ない間に偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りか? この数年、強さだけではなく余計なプライドも身に付いたようだ」

 

「わ、私は………」

 

 

震える声音で、ラウラは必死に言葉を口にしようとする。その顔には、今までにない感情────恐怖が滲んでいた。これ程までの威圧感を直に受けた時に発生するものか、盲信ほどに尊敬していた恩師から嫌われてしまうという不安と絶望からか。

 

 

「さて、もうすぐ授業が始まるな。さっさと教室に戻れよ」

 

「……………」

 

 

声音を切り替え、急かす千冬に、ラウラは何かを言おうとした口を閉ざす。軍隊らしき敬礼と一礼を終えてから、早足でその場から立ち去っていく。

 

 

その背中を、千冬は静かに見守っていた。思うところがあるであろうその瞳の真意を、龍夜が読み解くことはできなかった。

 

 

 

 

「────そこの男子。盗み聞きか? 異常性癖とは感心しないぞ」

 

「は?何を馬鹿な─────あ」

 

 

絶望した直後に、制裁が放たれる。

やはり手加減されてない一撃が頭に強く響いてくる。悶える龍夜に、鬼教官 千冬は一言。

 

 

「敬語は忘れるな、何度も言わせるなよ」

 

「はい……………織斑先生、質問を少しいいですか」

 

「なんだ」

 

 

慣れない敬語のままで、龍夜はある疑惑を口にした。

 

 

 

「ボーデヴィッヒは、貴方の教え子であった時から、あのような性格でしたか?」

 

 

その質問に千冬は僅かに沈黙する。過去を振り返った彼女は首を横に振るい、口を開いた。

 

 

「………いや、昔は違ったな。私が教授していたときは気真面目な奴だった。少し考え込むことが多かったのは覚えているが────少なくとも、あそこまで歪んだ事を言う事は一度もなかった。私がいない間、本国で何か余計なことでも吹き込まれたか」

 

(…………本国で、か)

 

 

千冬の憶測通りかもしれない。

教官である彼女が昔と今でのラウラの変化に驚いている様子がある以上、ドイツで何かあったと思うしかない。

 

だが、何故一夏を敵視し、あそこまで強さに固執するようになったのか────

 

 

 

ふと、ある種の謎が浮かんだ。

ラウラの件とは無関係な、千冬に対する疑問。考えた結果、龍夜はそれをすぐに口にしていた。

 

 

 

 

 

 

「織斑先生は何故、教師になったんですか?」

 

 

純粋な疑問。何時も通りの、知的好奇心。その質問は千冬に一蹴されると口に出してから思ったが、彼女は小さく笑う。

 

その上で、答えた。

 

 

 

「────憧れと、自己満足だな」

 

 

「憧れと………自己満足?」

 

 

自嘲するような、それ以上に誰かを想うような表情。

見たこともない顔をする千冬の顔と、彼女の言葉に龍夜は困惑するしかなかった。硬直したままでいると、すぐさま態度を切り替えた千冬からの声が響く。

 

 

「ほら、もうすぐ授業だろう?遅れて説教でも食らいたいか?」

 

 

目の前で軽く振るわれる出席簿に、顔を青ざめさせて龍夜は駆け足で離れていった。彼の頭から、さっきの事が未だ消えず、後の授業で集中してないと教師から説教されることになるのは未来の話だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「「あ」」

 

 

放課後の第三アリーナ。対面した瞬間間の抜けた声を出した二人、セシリアと鈴が互いを見合う。

 

 

「奇遇ね。あたしこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するつもりだけど」

 

「奇遇ですわね。わたくしもまったく同じですわ」

 

「ふぅん、ならいい機会だし、この前の実習や試合のときのことも含めてどっちが上かハッキリさせとくってのも悪くないわね」

 

「なるほど、良い考えですわ。互いに優秀を目指すのなら、本番のように手加減なしでいきましょうか」

 

 

互いのメインウェポン───スターライトmkⅢと双天牙月を構え合い、対峙する。開始のゴングもないまま、激突しようとした二人。

 

 

 

 

 

 

そんな彼女たちを纏めて一掃するように、激突してたであろう場所に音速の砲弾が飛来してきた。

 

 

だが、二人はすぐさま動きを切り替え、緊急回避へと移る。目の前で引き起こされる爆発から視線を動かし、放談の飛んできた方向に眼を向ける。そこにあの漆黒の機体が見下ろすように佇んでいた。

 

 

機体名『シュヴァルツェア・レーゲン』、黒い雨の名を冠するその機体。登録操縦者────

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ………」

 

 

苦々しい顔で、セシリアが呟く。落ち着いてはいるものの、警戒したようにスターライトmkⅢの引き金に指を添える。

 

 

「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してんじゃない」

 

 

連結させた《双天牙月》を肩に預ける鈴。明らかな戦闘態勢を整える彼女に、視線を向けたラウラが嘲るような言葉を放つ。

 

 

「中国の『甲龍(こうりゅう)』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。データで見た時は強そうだったが…………操縦者が雑魚だと機体も活かされんようだな」

 

 

「………は?何?ケンカでも売ってるわけ?出会い頭にボコられたいなんて大したマゾっぷりだわ。ソーセージやビールばっか腹に入れてると頭もそんなんになるワケ?」

 

「落ち着いてください、鈴さん。そういう挑発は乗るだけ無駄ですわ」

 

 

怒りに震える鈴がラウラへ言葉を返し、食いつくだけ無意味と判断したセシリアは軽く鈴を宥める。本来の彼女ならここで感情的に挑発をし返すぐらいはしていたが、少しは成長をしたという事かもしれない。

 

 

しかし、そんな彼女達の怒りを強くさせるためか、ラウラは本気で嘲るために言葉を続けた。

 

 

 

「はっ………国連手製とはいえ生身の強化人間に手加減される程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。中国もイギリスも落ちぶれたか。所詮は数が多いだけ質がない大きいだけの国と、古臭さだけが染み付いた時代遅れの島国だな」

 

 

堪忍袋の緒が切れたような音が、響く。セシリアの隣で、我慢の限界を迎えた鈴が不気味な程の笑みを浮かべる。

 

 

「───ああ、ああ、わかったわよ。どうやらスクラップになるのがお望みなわけね?最初からそう言ってくればやったってのに─────セシリア、アンタもやる?」

 

「鈴さんがやる気なら、相手は譲りますわ。祖国を侮辱したのは許せませんが、代わりにお返ししてくださるのであれば私としても─────」

 

 

 

「ハッ!二人で来たらどうだ?それとも負けるのが怖いのか、イギリスの貴族は?そんなに腰抜けだとは流石に思わなかったな! 所詮はあんな下らん種馬に腰を振るメスというわけか!」

 

 

ブチッ───と、セシリアの堪忍袋の緒がぶち切れた。ラウラの口にした言葉、自分が腰抜けと言われたことにキレたのではない。

 

 

 

かつて自分を打ち負かし───今では憧れでもあり、恋い焦がれる青年への侮辱。それこそが、セシリアの感情を爆発させる引き金であった。

 

 

「わたくしや祖国の侮辱だけではなく、龍夜さんまで悪く言うことだけは絶対に許せません───お望み通り!その軽口、二度と叩けぬようにして差し上げます!」

 

 

怒りに満ち、やる気となった二人。今すぐにでも戦いを始めかねない彼女達を前に、広げた両手を自分に向けて振るうラウラ。

 

宣告するように、一言。

 

 

 

「とっと来い」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

アリーナで特訓しよう、そう思い行動に移した龍夜が観客席付近を通り過ぎた瞬間、爆音が鼓膜を叩いた。

 

 

(…………何だ?誰がやり合ってる?)

 

 

ゲートから入り、観客席へと足を踏み入れる。生徒達の騒ぎ声も耳に入り、アリーナに視線を向けると────

 

 

 

 

 

 

 

中心部で平然と佇むラウラと、圧倒的に追い詰められたであろうボロボロの鈴とセシリアの姿だった。

 

 

「…………は?」

 

 

唖然とした声を漏らしたのは龍夜本人だった。何故ラウラと二人が戦っているのか、それ以上に──────そこまで打ち倒されても尚、戦意を衰えさせるどころか強める鈴とセシリアが、理解できなかった。

 

 

そんな最中、ラウラのISがワイヤーブレードを放ち、二人の首に巻き付いた。抵抗する二人を力ずくで手繰り寄せると、拳と足で徹底的に痛めつける。

 

 

「─────」

 

 

ズキン、と頭が痛む。沸々と胸に沸き上がる感情が、迸るような熱を帯びる。鈴とセシリアの、苦痛に呻く悲鳴が聞こえる。その度に、痛みが増し、熱が強まる。

 

 

いたぶる事が余程楽しいのか、愉悦に笑うラウラ。気丈に睨みつけるセシリアを容赦なく殴り、蹴り飛ばしたその瞬間、龍夜の中で何かが切れた。

 

 

 

「─────」

 

 

CONNECT(コネクト) ON(オン)

 

 

ケースから解放した『プラチナ・キャリバー』を背中に固定する。無言のままに、鞘に押し込まれた剣に力を求める。

 

 

周囲を照らすほどの光に包まれた龍夜は、迷うことなくアリーナに展開されたバリアーを打ち破った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

その直前、龍夜がバリアーを破壊するより先に、目の前の光景に思考が白熱した一夏が動いた。

 

 

「────おおおおおっ!!」

 

 

《雪片弐型》を振り上げ、『零落白夜(れいらくびゃくや)』を発動させる。バリアーを消滅させるや否やセシリアと鈴を掴むラウラへと光を纏う刀を振り下ろす。

 

 

「ふん………感情的で直線的、絵に描いたような愚図だな────ッ!?」

 

 

右目を向けようとするラウラだが、反対側のアリーナのバリアーが壊されたことに気付く。視線を集中させるよりも早く、光を帯びた音速のISがラウラの胴体に蹴りを入れる。

 

 

蒼青龍夜。

能面のような、感情らしきものを感じさせない顔のまま、驚くラウラに冷たい眼を向ける。

 

 

「な───貴様ッ!」

 

「────飛べ」

 

 

そのまま脚に力をいれ、ラウラを横へと吹き飛ばした。壁に叩きつけられる彼女に追撃することなく、ラウラの手から離れたセシリアを抱き抱えた。

 

 

同じように鈴を受け止めた一夏を視線で確認していると、ボロボロのISを纏うセシリアが声を漏らした。

 

 

「無様な姿を………お見せしましたわね………」

 

「───セシリア」

 

 

言葉が出ない。

何と言えばいいか、彼の中で答えらしきものが浮かんでこない。

 

実際に口に出たのは、疑問だった。

 

 

 

「─────何で、止めなかった?」

 

 

違う、とすぐに否定する。

そんな言葉を投げ掛けるべきではない。必要なのは賞賛のはずだ、理由を問うものではない。

 

 

それなのに、言葉が止まらない。口にすべきことではないと理解しながらも、聞くことしか出来なかった。

 

 

「お前も鈴も、戦っている最中に分かっていたはずだ。ラウラには勝てないと。なのに、何故諦めなかった?あそこで止まっていれば、ここまでにならなかったはずだ」

 

「それは………」

 

「────貴様がその理由だ、蒼青龍夜」

 

 

何かを言わんとしたセシリアの言葉を遮ったのは、戻ってきたラウラ。武器を構えようともしない龍夜に苛立っているのか、不機嫌そうに吐き捨てる。

 

 

「その女が私に無意味に挑んできたのも、諦めようとしなかったのも、私がそいつの前でお前のことを侮辱しただけに過ぎん。お前への言葉を取り消せと、馬鹿みたいに突っ込んできたというわけだ」

 

「………っ」

 

「─────俺の、ため?」

 

 

耳を疑うしかなかった。

その事実を伝えられて悔しそうに顔を歪めるセシリアを見て、ようやく事実だと確信するほかなかった。

 

 

何故───という言葉は、飲み込むしかなかった。もう一つの事実が、今の龍夜に重くのしかかっていたからだ。

 

 

───経緯や理由が何であれ、自分のせいでセシリアがここまでの状態にまで陥ったという事実が。

 

 

そんな龍夜を追い詰めるように、ラウラが言葉を続ける。

 

 

「蒼青龍夜、その女を痛めつけたのはお前を戦いに誘い込むためだ」

 

「………何だと」

 

「そうしてやれば怒り狂って戦いに応じるとは思ったが、そこの愚図とは違って少し鈍いようだな。

 

 

 

 

 

 

もう少し、目の前でなぶってやれば貴様もまともに理解できるか」

 

 

抱き抱えるセシリアを指差すラウラ。その瞬間、思考の全てが沸騰した。胸に燻る理解不能な感情が、怒りという感情になって燃え盛る。

 

 

激しい熱を伴った思考が、理性を上回る。すぐ近くまで寄ってきた鈴を抱き抱えた一夏と、同じようにISを纏うシャルルに振り向き、セシリアを優しく引き渡す。

 

 

「────シャルル、セシリアを任せた。一夏、手を出すな」

 

「ッ!一人でやる気か!?なら俺も───」

 

「二度も言わせるな、俺一人でやる」

 

 

有無を言わさぬ重圧を帯びた声に、一夏は何一つ反論らしきものは言えなかった。二人に背を向け、龍夜は鋭い目つきでギラギラと輝く眼光をラウラに差し向ける。

 

 

 

激情を宿した言葉が、宣告するようでありながら、静かに告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

「─────ブッ潰す」

 

 

戦いを望むなら結構。だがその為に逆鱗に触れたのなら、相応の覚悟があるはずだ。その身を支配する怒りのままに、龍夜は剣を抜き放つ。

 

 

 

 

 

 

妖しく光る鞘に組み込まれたコアの変化に気付かぬまま、龍夜は光刃を振り払い、ラウラへと突貫した。

 




色々専用単語を出したので解説



アイザック・デュノア

デュノア社の社長の実の息子。カリスマもあり、多くの人から慕われていた。妾の子であったシャルルとその母を自分達の家族へと迎え入れようとしていたが、父親との喧嘩になり、彼女達を保護しに向かった直後に暗殺される。

死体は今も見つかっていない。



『DOLL.s-Project』

フランス政府を主体に行われていたプロジェクト。感情や痛覚の喪失した強化人間を生み出し、国連に投入する方針が取られていた。

事実を知ったアナグラムに阻止され、フランス政府はその責任を取らされ、国連内部で冷遇される立ち位置に甘んじることになる。

尚、計画の立案も推薦も国連によるもの。


『DOLL.s』

感情や痛覚の持たない強化人間。身体能力は最大限に活性化されており、ほぼ全員が十年も生きられない短命。腕をへし折られても、足を消し飛ばされても痛みに怯むことなく、恐怖に怯えることもない、『心無き人形』となるように調整されている。

素体とされた子供達は全員感情を失うように徹底的に教育及び調整を受けることになる。




次回も感想や評価など、よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。