開始のブザーを打ち破るように、絶大な加速が空中を駆ける。
駆け抜けたのは白い閃光───先制を取った白式、それを纏う一夏であった。一番最初に動いた彼は雪片弐型を構え、ラウラに目掛けて直進する。
その様子を確認したラウラは隻眼に侮蔑の色を滲ませる。呆れたように、一夏を直前で止めるように、腕を振り上げる。空間領域を支配するAICがその効果を発揮する為に、展開されようとする。
───その瞬間を狙っていたように、一夏は更なる加速を、
だが、それを予見していたように。
不発させた右手とは反対の左手が突き出され、一夏の動きは完全に停止する。全身を包み込まれたような感覚に、身動き一つすら取れない。
先制の一手を容易く止めたラウラは一夏を馬鹿にする、事はない。むしろ感心したように呟く。
「───この戦術、蒼青龍夜のものか」
「あぁ、お前のAICを無力化できてたしな………別に文句はないだろ?見て覚えること自体が、禁止されてる訳でもないしな」
「ほう………思ったよりもよくやる。雑魚という評価は少しだけ改めてやろう。────だが」
ガギン! と一際大きなリボルバーが重い回転音を響かせる。シリンダーに内蔵された六つの砲弾の一つが、砲身へと装填される。
自らの意識で操作した大型レールカノンの安全装置を解除し、動けぬ一夏へと狙いを固定させた。
「貴様は
事実を突きつけるように、三日月のように裂けた笑みを浮かべる。ラウラは躊躇いなく意識下にあるレールカノンの引き金を引き、砲撃を開始しようとした。一夏への集中を、一部たりとも欠けさせることなく。
故に、直前に生じた衝撃の存在に全ての意識が持っていかれた。体勢が大きくズレた事により、砲撃そのものも一夏に当たることなく通り過ぎる。
それが攻撃による爆発だと気付くよりも先に、身に付いた感覚に頼り、とにかく周りへと視線を向ける。そこで一夏の背後から頭上へと飛び出したシャルルを見て、先の攻撃が彼(ラウラは女子とは知らないので)によるものだと理解する。
「ちぃ………っ!」
忌々しいと思いながら急後退を行うラウラ。シャルルとの間合いを広げ、遠距離からの攻撃に移ろうとする。だが、その全ての思考を絶つ事実に気付かされた。
ラウラの集中が逸れた時点で、AICは解かれている。AICの欠点こそがそれ────止めるものに対して意識を集中させなければいけないという事にある。
単なる物体ならば容易いが、戦闘中の敵を止めるのにも、止めるべき部位に意識を送る必要がある。どれだけの集中力が必要かは、語らなくても分かるはずだ。
何が言いたいか─────固定させていた一夏からシャルルへと意識を向けたラウラ。すぐに気付いたが、もう遅い。領域の支配から解放された一夏が彼女の隙を突くように、再びを加速を続けたのだ。
「ッ!」
咄嗟に反応し、腕を伸ばすラウラ。しかしお得意のAICが発動するよりも先に、一夏の雪片が彼女のISを斬る方が早い。滑るように、白を帯びた燐光の刀がラウラに迫る。
「───嘗めるな!」
「っ!?」
───瞬間、爆音が響いた。
ラウラのレールカノンが突如として火を噴いたのだ。不意打ちのような一撃に一夏は対処できず、避けられない。
しかし、一夏に攻撃が当たることはなかった。
それも当然。ラウラが狙ったのは一夏ではなく、足元の地面であったのだ。通常では脚部のアイゼンで地面に固定させてからの砲撃になるのだが、それはあまりにも反動が強いことが理由である。
固定もしてないラウラは、僅かに一夏との距離を縮める。届くはずであった雪片の斬撃はラウラの居た場所を素通りするだけに終わった。
「………クッソ、やっぱり強いな」
先程の隙を突けなかったのは痛い。一連の連携は、シャルルと一緒に考えたラウラ攻略の手段の一つ。わざとラウラに動きを止めさせ、シャルルがラウラの気を反らさせ、その隙を一夏が突くというもの。
実際にこの作戦を使用するとは思わなかった。当初賛成していた一夏だが、シャルルはこの作戦の問題を提示していた。それこそ、ラウラのタッグの存在。相手がどれだけの実力にもよるが、龍夜が相手と知った時───シャルルはこの作戦を止めた方がいいと考えを口にしてくれた。
龍夜ほどの人間がこの作戦に気付かないはずがない。優勝を狙う気であれば、ラウラのサポートに立ち回るはずだと。
しかし幸いなことに、ラウラは龍夜に手出し無用と宣言していた。龍夜もラウラの事が気に入らないのか助けに出張る様子もない。ちゃんとした戦いをしたかった一夏は不満を覚えていたが、ある意味では幸運であった。
これだけでは終わらない。一夏とシャルルの連携は着実に、ラウラを追い詰める為に一手ずつ積み上げられていた。
◇◆◇
「────言ったことか。慢心するからそうなる」
戦闘の現場から少し離れた所で見学していた龍夜は呆れたように言う。無論、離れているラウラは返事すらしない。ISすら展開してない以上、プライベート・チャンネルすら繋げてない。ISのハイパーセンサーで聞こえているのであろうが、無視しているのだろう。
ふん、と鼻を鳴らし、状況を整理する。静かに細められた瞳は、移動するISの機体をそれぞれ一瞥し、結論が出たように一息つく。
(………一夏達の勝ち筋は、ラウラの考えを上回ること。実力で二人合わせても太刀打ちは出来ない。だが、連携による翻弄ならば話は変わってくる)
おそらく今回の試合はラウラの負けになるだろう。確率としては六割以上。相手の実力を正しく見極めることはおろか、連携自体も甘く見ている彼女に、二人を倒すなど出来ないだろう。
龍夜としては、考えるのは二人の倒し方だ。ラウラだけではない、実力や計算高い自分が敵対する事など理解している二人は自分に対抗するための作戦も練っているのだろう。緻密に状況を確認する龍夜にとって、ラウラの敗北は決まっていた。
────彼女が切り札を残していなければ、の話だが。
「…………」
自分の方に広がってきた砂煙。それを軽く、『プラチナ・キャリバー』で払う。一瞬で切り開かれた視界。それ自体に気にすることなく、自らの持つ銀剣に目を向けた。
砂塵を払い除けたというのに、剣に汚れ一つない。未だ衰えることのない光を照らす銀剣は、あらゆるものが触れる事を拒絶しているかのように輝く。
担い手以外の全てを拒むような剣の意思に反して、龍夜自身迷いが生じていた。
前々から、疑惑はあった。
感情的にならぬように自らを制していたにも関わらず、何故か爆発してしまう事が多かった。
当初は自分自身が未熟なだけだと思っていた。
だが、少し前の───自らの暴走の件で、ようやく違和感へと至った。自分の感情、『怒り』が強制的に増幅させられているのだと。
銀剣、『プラチナ・キャリバー』というISの待機状態である鞘との片割れ。解析すらできず龍夜も手を上げたブラックボックスであったその剣だが、あの暴走事件から封印されたプロテクトばかりの中で唯一、解除されたプロテクトがあったのだ。
それを解析した結果、あるプログラムの存在を知った。
───『アヴェンジャー・システム』。
そう呼ばれるプログラムこそが、銀剣に組み込まれた機能の一つであり、龍夜が感情的になっていた理由であった。
プログラムの用途は、使用者への精神的な作用。まず使用者とプログラムをリンクさせ、感情に呼応することで機体の性能を限界まで上昇させるものである。
それだけならまだいいが、問題は次である。
僅かにでも負の感情を覚えれば、それを限界まで増幅させるというもの。最終的には殺意、それ以上の憎悪を覚える可能性まであるというのだ。
前者は納得できるが、この機能の意味だけは理解できない。何故暴走するようなプログラムがわざわざ仕込まれているのか。暴走の誘発を望んでいるのか、という不安まで覚えてしまう。
それ故に、銀剣を、『プラチナ・キャリバー』への迷いがあるのだ。どれだけ悩んでも、どれだけ疑っても、答えは見えない。
───本当に『これ』を信じていいのか、その疑念だけは消えなかった。
◇◆◇
「ふあー、すごいですねぇ。二週間ちょっとの訓練で、あそこまでの連携が取れるなんて」
「本当だよねー。格上相手に上手く立ち回れてるものだ、あの二人もね」
教師だけしか立ち入りを許さない観察室。モニターに映し出された戦闘映像に感心する
「アレはデュノアが合わせてるだけに過ぎん。あいつ自身は今回の連携に役に立ってない」
「相変わらず、身内に辛口な人だ。………その割にはよく見てると思いますけど?」
ニタニタと笑う友華に千冬が鋭い眼光で一瞥すると、飄々としながら「冗談ですよ」と手を振る。そんな空気の中で、真耶が不思議そうに聞いた。
「それにしても………学年別トーナメントの形式変更の件は、やっぱり先月の事件のせいですか?」
「………アナグラムの襲撃、か」
先月の事件────国際テロリスト組織 アナグラムの構成員による襲撃の情報は一般的に隠蔽されている。ゼヴォドと名乗った男と彼が使った装備、
「でも結局、アナグラムは何をしたかったんですか?わざわざ学園内に攻め込んできたのに…………途中で撤退していきましたし」
「そりゃあ織斑少年と蒼青少年を味方に引き入れたかったんじゃないかい?それが目的って連中も言ってたと思うけど」
答えた友華は淡々と話す。ある程度事情は読み解けているのか、饒舌であるが、彼女自身思うところがあるような様子であった。
「アナグラムが最近人員を集めていることは二人も分かってるだろう?ロシアでは軍人が、日本人も何人か組織に移動してるってのが国連の正式な見解だろ?
だからこそ、アナグラムに学生が誘拐される可能性を考慮して、今回のタッグトーナメントになったんじゃないかな?」
「…………どうだかな」
達観した言い方の千冬に、真耶は不思議そうに思い、友華は何も言わなかった。視線をモニターに移した彼女は、ふと話題を切り替えるように口を開いた。
「ところで、蒼青少年はやはり動かないようだね」
「会話からしてラウラが一人でやる、と言い出したからだろう。あいつが負ければ、蒼青も動くだろうが…………如何せん、厳しいようだな」
「?」
龍夜の不調───気の迷いを千冬は確かに見抜いていた。千冬の言う通り、明らかに迷っている龍夜のメンタルは低く、戦闘にも支障をきたす程である。
そんな最中、会場からの歓声が一気に強まる。教師陣もその盛り上がりに気付き、試合に目を向ける。
「あ!織斑君、《零落白夜》を出しました! 一気に勝負をつけるつもりでしょうか」
「さて、そう上手くいくかな」
「またまた、そんな気にしていないような態度をしなくても、織斑君のこと──────」
「山田先生、日が空いたら組み手でもしようか。せっかくだ、存分に汗を流そう」
「……え」
露骨に青ざめる真耶に千冬が遠慮するなと言いながら押し通そうとする。何度か地雷に触れて遊んでいた友華だが、地雷を爆発させたのは無邪気に質問をかけた真耶だったらしい。
全力で断ろうとする真耶に友華は黙祷を捧げる。どうせ許されるだろうがそれでも怒られることに変わりはない。可哀想な同業者から助けを求める視線を送られたが、此方も狙いを向けられたくない友華は無情ながら切り捨てるしかなかった。
視線を戻すと、彼女は声を漏らした。
「あ、そろそろ動く気のようだよ」
◇◆◇
「これで───決めるっ!」
零落白夜を起動させた雪片を構える一夏。宣告を響かせると友に、地面を蹴り飛ばして加速を行う。狙いはラウラただ一人、彼女に向けて直進する。
突っ込んでくる一夏、ではなく。彼が持つブレードを見つめたラウラは不機嫌さを隠さない。本気で苛立ったように、彼女は吼える。
「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去るその力…………忌々しい。それは教官の、教官だけの力だ。貴様如きにそれは似合わない!」
ゾワッ! と、黒い機体の影が伸びる。四つのワイヤーブレードが上空から地面へ、直進してくる一夏を狙い降り注ぐ。
真上から貫こうと飛来するワイヤーの雨を掻い潜りながらも、ラウラとの距離を狭める一夏。しかし、ワイヤーブレード自体は牽制だ。ラウラにとっての本命は、AICである。
腕を伸ばし、動きを予測してから拘束しようとするが────それを見抜いたシャルルが妨害するように、ライフルで射撃していく。
意識が反れ、掴めない。伸ばした腕は移動を繰り返す一夏を捉えきれず、苛立ちを覚えたラウラは狙いをシャルルへと移し、レールカノンで砲撃を放つ。
避けるであろうと予測された一撃だが、予想に反し、シャルルは逆にラウラに向けて加速した。普通ならば回避できない一撃だが、あまりにも速い動きで躱していく。理由は明白、単なる加速ではないからだ。
「『
「だって初めてだからね」
「ッ!?」
愕然とするラウラに、シャルルは所持していたショットガンの引き金を押し込む。鈍い衝撃が、六回、ラウラに撃ち込まれた。
何発かがレールカノンに直撃し、誘爆する。爆発から放たれたラウラはハイパーセンサーを起動させ、目の前に突撃してくるシャルルに気付く。
ショットガンも弾切れらしい、そのまま突撃しようとしてくるラウラは腕からプラズマブレードを展開する。迎撃するつもりであった。
(嘗めるな!所詮は第二世代!貴様の装備ではこのシュヴァルツェア・レーゲンを──────ッ!)
無意識な侮りが事前に確認していたデータを思い出し、一瞬で消え去る。あったはずだ、龍夜が相手になる場合に警戒して、ラウラにも忠告していたシャルルの装備。威力だけならトップクラス、そして相手の不意を打つことの出来る仕組み。
突如として、シャルルの装備していた盾が弾け飛ぶ。そこにあったのは、一際大きな杭が特徴的な武装。
六九口径パイルバンカー『灰色の鱗殻グレー・スケール』、通称―――
「『
焦りを見せたラウラはプラズマブレードを展開した腕をそのまま突き出す。武装を格納した手を差し向け、空間ごと掴む。
直前まで叩き込まれる筈であった杭が、ピタリと止まる。一か八かだが、AICは発動できた。パイルバンカーの先に意識を集中させて、停止させる事ができた。
「あと一歩だったが………残念だったな。貴様は!これで終わりだ!!」
空中で制止したシャルルに、反対の腕から展開したプラズマブレードを構える。身動きも出来ない彼女にトドメを差さんと、そのまま振り上げた。
直後に、一度も聞いたことない大声が響き渡る。
「─────馬鹿がッ! 後ろだ!!」
真剣な顔で叫ぶ龍夜。彼が何故自分の危機を叫ぶのか、どういう意味なのか、ラウラの中で疑問が生じた。だが、その理由はすぐに分かった。
零落白夜を発動させた雪片を、振り放つ一夏の姿。振り向いた瞬間、視界に見えた白い機体を纏う青年に、ラウラはどうすることも出来なかった。
エネルギーを消失させる絶対の一撃が、ラウラを切り裂く。シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが消失し、ISを強制解除させる兆候が見える。
誰もが終わりを確信したその瞬間────異変が起きた。
◇◆◇
───遺伝子強化試験体C-0037。
人工的に合成された遺伝子から作られ、鋼鉄の子宮から生まれた生命─────ラウラ・ボーデヴィッヒと名付けられる前の少女はそうやって生まれてきた。
その名前自体も、他者から与えられたものだ。自分達を作り出した研究施設、そこを束ねる男によって。
『───ラウラ、か。死なせる兵器に名前など必要か』
『必要さ、ローグラン博士。彼女達はただの兵器ではない。命を持った人間のコピーそのもの。識別番号なんてものはもう不要だ。彼女達に人の名を与えた方が、なにかと都合が良い』
『………何故少女である必要がある?生体兵器としてなら男の方が価値は高いはずだ』
『────女の方が、やりやすいじゃないか。兵士としても工作員としても、女が一番使いやすい。それに、価値がない個体は売り捌けば、それなりの値段がする。経費が浮くじゃないか』
『…………下衆な考えだ、反吐が出る』
『君も私の考えを理解しないか。………まぁ良いだろう、私もスポンサーなだけだ。方針を決めるのは上層部であり、私ではない─────それでは、失礼させて貰うよ。生憎だが、私はそんな人形に構う暇などない』
日本人らしきやつれた男性がつまらなさそうに吐き捨てて、立ち去る。男が消えたのを見た髭の多い白衣の壮年の男は、何も言わずベッドに腰掛けていたラウラに複雑な視線を向けていたが、作業に戻る。
生まれてからすぐ、名を与えられたラウラの記憶であった。それから彼女の記憶に、無数の記憶が連想されるように流れ込んでくる。
常識など教えられるはずがなく、一番最初に教えられたことは、『祖国のために戦って死ね』という簡単な事実。ラウラ達はその事実を疑うことなく、受け入れた。
いかにして相手を傷つけ、殺せるか。どんな状況下で最適な活動を取れるか、敵を打ち倒すことが出来るか。その身に焼きつけるように、訓練で仲間に与える痛みと大人達から与えられる痛みが、あらゆる戦術と技術を学ばせた。
その中でも、ラウラは優秀だった。その才能は歴代トップクラスであり、誰からも高く評価されていた。
ISという、世界最強の兵器が出てくるまでは。
ISをより効率的に操作するために開発された『ヴォーダン・オージェ』、擬似的なハイパーセンサーとして効力を持つナノマシンの移植手術。失敗はない、命に別状はないし、身体に影響もないとされ、普通に行われたその手術は───ラウラの時に、不備が生じた。
金色へと変質した左目は制御不能の状態へとなり、それによりラウラはISの実用訓練にして遅れを取り、優秀から一転、最底辺へと落ちることになった。
諦められずに必死に訓練をしたりするが成果も出ず、ついにはどうにかなるかもしれないという期待を胸に自らの産みの親であるナノマシンやISに精通していた科学者 ドクター・シュバルツに頼み込んだが、無意味な結果であった。
『───もう、諦めなさい。君はもう兵器としての価値はない。その瞳はどうしようもない』
『で、ですが、私は………』
『軍部を辞めなさい。私が口添えしてあげよう。これ以上、君はここにいても意味がない』
その言葉は、ラウラにとって絶望そのものであった。
戦うことだけが自分の価値であった。その価値がないと言われたことは、崖下の闇に突き落とされたようなものだ。
ドクターの言葉も聞かず、ただ塞ぎ込んでいたラウラであったが、転機は突然起こった。
『───ドクターが言っていたラウラ・ボーデヴィッヒは、お前だな』
『…………誰だ?貴女は』
『これからお前の、お前達の教官になる───織斑千冬だ。最近は成績は振るんだろうが、一ヶ月で成果を出せるように鍛えてやる。なにせ、私が教えるのだからな』
それがラウラの憧れとなる、織斑千冬との出会いであった。同じ部隊の者達と同じような厳しい訓練を受け、彼女の教えにしたがってきた結果、IS部隊で一番の成績を残し、隊長へと昇格することになった。
しかし、彼女には喜びはなかった。最強の地位に戻れたことも、『出来損ない』の烙印を返上できたのも、どうでもよかった。
気付いた時には、憧れていた。織斑千冬という教官に、一人の人間に。圧倒的な強さ、凛々しさ、揺るぎない姿、全てに情景を覚えていた。
ふと、純粋な疑問を覚えたときがあった。迷いながらも、ラウラは自然と口にしていた。
『教官は、どうしてそこまで強いのですか? どうすれば強くなれますか?』
その時、振り返った千冬が優しい笑みを浮かべた。今まで見たこともないその姿に、ラウラの心が揺れ動いた。何故だか、分からなかった。
『私には弟がいる、父親がいる』
『弟、父親………ですか』
『あいつを、あの人の背中を見ていると、分かるときがある。強さとはどういうものなのか、その先には何があるのかをな』
『………よく分かりません』
『今はそれでいいさ。これからも、お前に分かる時が来るだろうからな』
それだけ言い、立ち去る千冬の背中を見つめていたラウラ。どれだけ考えても、答えは出なかった。どれだけ悩んでも答えは見つけられず、ついに千冬が帰国してからも、
その疑問を解くことは出来なかった。
数年が経って、そうであった。
軍の命令を果たし、少佐への昇格したというのにラウラは感情を動かさない。あの言葉の意味が、何故理解できないのかという事実が、分からない事が重要であった。
『───考え事ですか、ボーデヴィッヒ大尉。いえ、今は少佐でしたね』
突然前から掛けられた声に、ラウラの思考が絶ちきられる。慌てて顔を振り上げると、顔に大きな切り傷を残した軍服の男がそこに立っていた。その顔を見る間もなく、ラウラは気を引き締める。
『ドレイクホーン………大佐ッ!?』
ヴァイアス・ドレイクホーン。ドイツ軍の大佐、元々は十年前の第三次世界大戦で活躍したドイツの英雄の一人だが、昇進せずにずっと大佐を勤めている働き者───ラウラは知らぬが、裏では変人と呼ばれている人物でもある。
………随分な噂が流れているらしいが、興味すらない話であった。
千冬がいないドイツ軍で、ラウラの何度も世話になっていた上官である。実力も申し分ない現役の英雄に、ラウラはすぐさま敬礼を取る。
『ッ!申し訳ありません!気が緩んでおりまして───』
『いえ、構いませんよ。今回は君の昇任に関してお祝いを伝えに来たのですから………上司として、君の活躍は喜ばしいものです。織斑教官も喜んでいるでしょう』
『…………そう、でしょうか』
『おや、どうかしましたか………君がよければ、相談でも乗りますよ』
千冬のように憧れはしていたが、軍人としては評価している人物。上官からの優しさをむとくに出来ず、ラウラは自分の悩みをヴァイアスに明かした。
───それが、正解だったのか。少なくとも、今の自分はそうだと思っていた。
『………ふむ、なるほど────申し訳ない、私にも分かりかねる話ですね』
『…………いえ、大佐は悪くありません。私の問題でありますから』
『……………その件に関して、助力できませんが。別のことなら教えられますよ』
『別のこと?』
『第二回「モンド・グロッソ」、覚えています?』
『え、えぇ。忘れるはずもありません。教官が優勝を取り逃した大会。不戦勝だと聞いていましたが………』
『────アレ、弟さんが原因らしいですねぇ』
………………………、は?
『決勝戦前に誘拐されて、織斑教官は弟さんを助けるために辞退したらしいです。それが理由で国内では織斑教官へのバッシングばかり、帰国早々罵声を浴びせられたとも聞いていますね』
『な、なんですか………それ』
言葉を失うラウラに、ヴァイアスは言葉を続ける。心の揺らぐラウラを追い込むように、彼女の意思を作り出すように。
『私としても、織斑教官は素晴らしい人間ですよ。あれだけの強さ!あれだけの力!まさに人類の頂点に立つような存在!彼女のことを知った時、私もあの強さに焦がれましたよ!かつての君のように!』
『ですが!彼女の強さは衰えてしまう!生温い島国では、戦場ではない場所では!彼女の強さは世界最強ではなくなってしまう!私としても心苦しい話だ、君は私よりも辛いでしょう!!』
『強さこそが全て!力こそが絶対!君があの強き人に憧れたのであれば、強き彼女が失われてはいけないだろう!?ならば、君も力で止めるべきだ!織斑千冬を衰えさせる弟、織斑一夏を倒すことで!君の求める織斑千冬を取り戻せばいい!』
────そうだ、そうだった。
記憶の中にある言葉を噛み締め、ラウラは思い出していた。自分の行動理念を、存在証明を。
負けるわけにはいかないのだ。あの人の強さを取り戻すためにも、あの人が変わらなくなるためにも。
────敗北させると、決めたのだ。あれを、あの男を、私の力で!完膚なきまでに叩き伏せると!その為の力を、力が──────!
『─────力が、欲しいか』
カツン、と、足音が響く。聞こえるはずのない空間の中で、誰かが歩いていた。
黒一色のロングコート。無機質な灰色の仮面で顔を隠した、男と思われるナニか。それを人間だとは、ラウラは思えなかった。人の形をした別の存在、と感じたのは間違いだろうか。
硬直するしかないラウラに、それは言葉を紡ぐ。心身的に不安定なラウラを、誘惑するように。
『織斑一夏、あれを圧倒する程の力が。織斑千冬のような、絶対的な力が─────望むならば、我が手を取れ。お前の望む力を、与えてやろう』
その言葉は、ラウラにとって危険なものであった。力を求めていた彼女にとって、これ以上にない誘い文句だ。恐怖心すら打ち破る程の渇望が、仮面の男の手を掴むことを望んでいた。
────寄越せ!あの人のようになれる絶対的な力を!強くあれる力を、私に!
そして、その手を掴んでしまった。
目の前にいる存在が────どれだけ恐ろしいものか、何を考えるかも知らず、彼女の意識は暗闇へと沈んでいく。
『Valkyrie Trace System────update boot』
オリキャラが………オリキャラが多い………()