IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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サマーデイズ、夏の日ってことにしてください。それらしいものが思い付かなかったので(切実)

普通に遅れたけど投稿しまーす!!


第23話 サマーデイズの一時

「よし、これでいいか」

 

 

別館の更衣室で着替え終わった一夏。着替えをバッグの中に纏めた彼は自分の水着を確かめた後、チラリと真横を見た。

 

 

正確には、自身の真横で激しくうちひしがれている友人を。

 

 

 

「───俺としたことが、まさか途中で気絶するなんて………今生最大の失態だぞ。篠ノ之束、いや束さんがここにいるなんて普通に考えてもおかしい………だが俺には関係ない。もし次に対面することがあれば、こんな醜態を晒さないように気を付けなければ…………」

 

 

ブツブツと呟く龍夜は時折深いため息と共に頭を抱えている。どんよりした雰囲気の理由は、彼が気を失った事にある。それも、長年の憧れであった篠ノ之束との対面、会話したというだけで。

 

 

目に見えて落ち込んでいる龍夜に、流石に心配になったのか声をかける。

 

 

「………まぁ、そういうこともあるって。気にすんな」

 

「そう簡単に割り切れるか………と言いたいが、悪かったな。俺のことをここまで運んでくれたんだろ?」

 

「いや、それこそ気にすんなって。別に俺は大丈夫だし」

 

 

本当に人の良い奴だな、と龍夜は思う。気前のよい彼も普通に接していれば悪いところなんてない、他人との触れ合いが苦手な龍夜でも仲良く出来るタイプの人間だ。唯一の欠点は、感情的になりやすいのと、恋事に致命的なまでに鈍感という所だけだ。

 

 

適当に着替えている最中、抜け落ちた記憶の前後を振り返っている途端、とある事に疑問を抱いた。

 

 

「なぁ、一夏」

 

「どうした?」

 

「篠ノ之束、いや束さんは何時もあんな風なのか?」

 

「うーん、確かにそうだ。束さんは何というか悪い意味で普通じゃなくて………いつも、というほど過ごしてたわけじゃないから、俺もよく分からないなぁ。千冬姉と一緒に、『先生』って人と話してたらしいけど」

 

 

具体的ではない発言に、少しだけ気になる単語はあったが、今は食いついている場合ではない。学園内での記憶をすぐさま引き出していた龍夜は、それを基にした情報である仮説を積み立てる。

 

 

「………箒は束さんに関する会話を嫌ってた。アイツ、束さんと仲が悪いのか?」

 

「昔はそんなんじゃなかったと思うんだ。普通に仲良かったし────けど、あの戦争の後から、いや俺が引っ越してから険悪そうな感じだよな」

 

「…………引っ越し、か。俺の記憶が正しければ、確かISの開発者である束さんの身内の保護の為に、家族全員が別の場所で生活してるって話だったな」

 

「そうだった気がする。………いや、昔の記憶だから、朧気だけど」

 

「………なるほど」

 

 

そこまで聞いて、ようやく不明な点が明らかになってきた。同時に、箒が姉を極端に嫌う理由についても。

 

 

(つまり、箒は一夏や家族と引き離される原因になった姉に思うところがある、ということか)

 

 

だが、心底嫌っているというのは違う筈だ。箒も知っているだろう。ISという兵器が世界に広がった経緯を。八神博士が率いる無人兵器による人類殲滅、それを防ぐために篠ノ之束はISを『兵器』として世界に公表し、その性能を証明して見せた。

 

 

それにより、世界は救われたのだ。彼女がISを開発し、世界に行き渡らせなければ、日本は火の海になり、世界は滅んでいただろう。家族も死に、想い人も消えていたかもしれない。本心ではそれを理解していても、感情では納得できない。そういうものなのだろう。

 

 

 

龍夜自身も共感できる。何故なら、自分自身も矛盾に陥ったことが多いからだ。自分が望む二つの目的、両親との約束か、自らの意思に殉じた復讐か。どちらを優先させるべきか、苦しんできた自分だからこそ。

 

 

 

「龍夜?先行ってるぞ?」

 

 

「あぁ、分かってる。箒達と一緒に、青春を謳歌しとけよ」

 

 

 

更衣室から立ち去っていく一夏、龍夜はその背中を見ることもなく、着替えを仕舞う。息を整え、自らの水着姿の映った鏡をチラリと目にした。

 

 

 

「…………水着なんて、初めてだな」

 

 

そんな感想に、小さな笑いが込み上げてくる。改めて自分が、普通の学生としての過ごし方をしてこなかった事を思い出し、自嘲へと変わっていた。

 

 

 

すぐさま思考を切り替え、更衣室から出ていく。途中、女子達の色っぽい声が聞こえていたが、無視した。ここで過剰に反応する程本能的なタイプではない。少し、ほんの少し気になっただけで、興奮を覚えたわけではないことを加味して戴きたい。

 

 

「あー!龍夜君も来たよー!」

 

「お、おぉ~!凄い筋肉あるね~!織斑君とどっちが上なんだろう?」

 

「おーい!龍夜くーん!ビーチバレーやろーよー!」

 

「一夏が空いてるらしいから、アイツに頼んだらどうだ?」

 

 

おい!という声が聞こえたが、多分さざ波の音だろう。顔の皮が厚い龍夜は大して気にした素振りもなく、近くのビーチパラソルに腰掛ける。元気に動き回る女子達とは違い、こうして日向に隠れている方が合う。長年染み付いた体質だから、仕方がない。

 

 

座ってすぐに、隣のパラソルの下にいる少女の存在に気付いた。

 

 

「セシリアか、お前も日陰で休んでるのか?」

 

「いえ、私は少しオイルを塗っておこうと思いまして………龍夜さん、大丈夫ですか?少し顔色が悪そうに見えますが」

 

「……そこには触れて貰わない方が嬉しいな」

 

 

日陰に隠れながら話すセシリアの水着は彼女自身の好みもあるのか、青一色というよりブルーに近い色合いだ。腰に巻かれたパレオやビキニの中央はリボンのように結ばれており、ほどけないか心配になってくる。

 

それ以上に露出度が高く、学生が着るには些か派手すぎる…………と思うのだが、周りの女子にもそういう水着が多いので、適当に納得しておく。

 

 

「あの、龍夜さん。今時間は空いています?」

 

「時間、か。俺としてもやることはない。泳ぐ訳でも遊ぶ訳でもないしな」

 

「───では、サンオイルを塗っていただけますか?」

 

「……………ちょっと待て」

 

 

予想外過ぎる頼みに、こめかみを押さえる。サンオイル自体知らない訳ではないし、そこまで常識が欠如しているわけではない。まさか、自分が塗って欲しいと言われる立場になるとは思わなかっただけだ。

 

 

「いや、待て。本当に落ち着け………サンオイルだと?本気で言ってるのか?」

 

「えぇ、本気ですわ。もしかして、嫌ですか?」

 

「そういう意味じゃないんだがなぁ」

 

 

達観したような呟きを漏らすが、落ち着こうとして視線を動かした途端に、より深い溜め息が漏れる。奥の方で背を向けて走り出した女子が何かを叫び、他の女子達が蜘蛛の子を散らすように飛び出した光景が見える。

 

 

大方、先程のセシリアの会話を聞いて自分達もして貰おうというのだろう。彼女達の方は後で断るとして、セシリアの頼みをどうするべきかと悩んだが─────

 

 

『マスター!やっちゃおうよー!サンオイル塗るなんて滅多にない経験だよー?損はないって!』

 

「ラミリア………お前、他人事だからって」

 

 

まさかの味方からの後方射撃に流石に困り果てる。無論、断るつもりはない。親しい相手の頼みなら受け入れるのも当然だが、女子にサンオイルを塗ること自体が問題であるのだ。

 

 

だが、だが。別に嫌という訳ではない。むしろこういう事を頼まれること自体、信頼されてるようで逆に嬉しいくらいだ。何より、断った時にセシリアが落ち込んでしまうのではないかと思うと、胸が少し痛かった。

 

 

 

「………分かった、やらせて貰う。あまり上手くはないだろうが、文句は言うなよ」

 

「文句なんて有り得ませんわ。………それでは、お願いします」

 

 

そう言いながら、ブラを外してシートの上に横になるセシリア。一瞬驚きはしたが、背中に塗るのだからブラも外しておきたいのだろうと納得する。

 

 

すぐ近くに置いてあるサンオイルを手に取った龍夜は見たこともないラベルの物に感心する。高級品だろうか銘柄は相当なものだが、龍夜本人もそこまで価値が理解できる程でもない。

 

サンオイルを足元に置いた龍夜はスマホとは別に、もう一つのアイテムを取り出した。スイッチを指で押すとそのアイテムは小型のエイへと変形し、フワフワと浮き始めた。

 

 

「───『レイグライダー』、スマホを持っておけ」

 

 

起動させたスマホに『サンオイルの塗り方のコツ』の記事を記載させ、それを『レイグライダー』なるエイは固定させて、その場に浮遊している。

 

 

画面を見ながらサンオイルを掌に流し、両手で温める。寝そべっていたセシリアもそれに気付いたらしく、驚いたように見ていた。

 

 

「………龍夜さん、そちらは一体………?」

 

「『レイグライダー』、俺が開発したサポートガジェットだ。完成はしているが、ISとの戦いでは非力すぎるから、あくまでもサポートだけどな」

 

 

それじゃ塗るぞ、と告げて充分に温まったサンオイルをセシリアの背中へと塗っていく。背中全体に染み渡らせるように伸ばしていると、気持ち良さそうなセシリアの声が聞こえる。力加減は問題ないらしい。

 

 

そうこうしていると、パラソルの近くに誰かが歩いてきた。さっきの女子達か、と思い適当に待っているように促す。すると、一瞬驚いたような声と共に声の主が姿を現した。

 

 

 

「婿か、何をしているんだ?」

 

「………ラウラか。見れば分かるだろう、サンオイルを塗っているんだ。────それよりも、俺はお前の状態について知りたいんだがな」

 

「…………う、むぅ」

 

 

チラリと見たラウラの姿は、周りとはかけ離れていた。何枚ものバスタオルで顔以外を覆い隠した彼女はまさにミノムシだ。茹で上がったような真っ赤な顔を見て、呆れたように言う。

 

 

「顔が赤い。こんな日照りの中で厚着をする馬鹿がいるか、熱中症で倒れる前に早く脱げ」

 

「っ!いや、大丈夫だ!これは私にとっての防具といっても過言ではない!そう簡単に素肌を晒す訳にはいかん!」

 

「………ここは戦場か何かか?」

 

 

意地を張るようにバスタオルを脱ごうとしないラウラに、龍夜は違和感に気付いていた。顔が赤いのは暑さではない、羞恥なのだろう。あの彼女が、基本的に我の強いというよりも自信のあるラウラが恥ずかしがるという事信じられないことだが、恐らくだが見当は着く。

 

 

───大方、水着でも着ているのだろう似合っているか聞きに行こうとした途中で恥ずかしいあまりに身を隠す選択をしたのだろう。ここまで弱気というか消極的というか、しおらしい彼女の姿は滅多に見ないものだった。

 

 

 

だが、それとそれでは話が別。水着を隠すためとはいえ、こんな厚着を静観する理由にはならない。

 

 

「『レイグライダー』、ラウラからタオルを剥ぎ取れ。流石にこれ以上は見過ごせない」

 

 

「?何を────むっ!?何だこいつは!?………ええい!脱がすな!あ、あ!?待て!止めろ!止め─────」

 

 

龍夜の一声に応じて、スマホをシートに落とした『レイグライダー』はラウラの纏うバスタオルに狙いを定めて突っ込んだ。

 

 

突如奇襲してきたエイの形をした機械に気付くラウラ。慌てたように体を捩る。右足にでも仕込んでいたナイフを引き抜こうとしたのだろうが、あまりにも厚着過ぎるので、その動きは熟練とはいえないほどに遅い。

 

 

その隙を突くように、凄まじい速度で突貫した『レイグライダー』がタオルの端を口で摘まんで勢いよく引っ張る。

 

 

最初は必死に抵抗しようとしたラウラだが、先程のミスでバランスを崩したのが原因でもあるのだろう。『レイグライダー』にバスタオルを引き剥がされ、その姿を太陽の元に晒すことになった。

 

 

 

「…………」

 

 

「わ、笑いたければ笑うがいい……!」

 

 

ヒラヒラとした水着。普通の水着とは違い、レースをあしらえたそれは大人物に近いものを錯覚させる。同時に気になったのは、髪型。左右で結われた銀髪はツインテールとなっている。

 

 

ふと、視界の一部を無意識に拡大させる。一夏の隣にいるシャルロットがやけに自信満々な笑顔で何かを口パクで話している。その内容は─────『僕がセットしたよ』だった。

 

 

自嘲気味に呟くラウラに、困ったような溜め息を吐き出す龍夜。どう答えるべきか悩みながら、口を開いた。

 

 

「いや、別に笑う要素はないだろ。何というか…………アレだ。似合ってる、ぞ?」

 

「似合ってる………だと?な、なら、可愛いか?」

 

「………まぁ、そうだが」

 

「そ、そうか───そうか!」

 

 

納得させているのか、首を振りながら満足そうに呟くラウラ。そんなに嬉しいのか、と感心していると、真後ろからうつぶせのままでセシリアが様子を伺うように聞いてきた。

 

 

「あの……龍夜さん、出来れば続けて欲しいのですけれど」

 

「ん、あぁ。悪い。だが、もう背中は終わったぞ?」

 

「い、いえ、せっかくですから、手の届かないところもお願いします。お尻も、前の方も───ひゃぁっ!?」

 

 

唐突に、セシリアの悲鳴が響く。彼女の尻の方に伸びた手があったのだ。無論、硬直していた龍夜のものではない。

 

 

彼の手から取ったサンオイルを片手に、温めずに原液で塗らした手を伸ばしていたのは、ラウラだった。余程絶好調なのか、先程までの弱気な雰囲気は見えず、堂々とした振る舞いであった。

 

 

 

「フッ、セシリア。私の夫に手を出すのは、余程欲求不満のようだな。色仕掛けをする程の度胸があるとは、感心したぞ」

 

「ら、ラウラさん!?いきなりなんです────いえ!そもそも、龍夜さんと貴女は結婚すらしてないでしょう!?勝手なことは言わないでください!」

 

「安心しろ。今の私は機嫌がいい。あまりにも絶好調すぎて 婿の代わりにサンオイルを塗ってやりたい気分だ。それでいいだろう?我が婿」

 

「婿じゃない………まぁ、確かにな。流石に尻や前の方は俺でも厳しい。同性の方がやりやすいだろう」

 

「───え」

 

 

絶望に満ちた声がセシリアの口から漏れる。不安と期待に満ちた視線を向けてくるが、龍夜は肩を竦める事しか出来ない。頑張れよ、と軽く声をかけてパラソルから抜け出した。

 

 

照り差してくる日射しが眩しくて、思わず眼を瞑る。日陰に隠れていたのが原因だろうか、強い光に慣れず前が見えないでいた。

 

 

だからこそ、目の前で起きていたことにも、次に起きる出来事にも気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

スパァンッ! と。

 

 

龍夜の顔面にビーチボールが激突した。すぐ近くで行われていたビーチバレーの流れ弾であろう。試合を行っていたであろう一同が目に見えて硬直する。唯一動いているのは呑気というか天然というか、おっとりと龍夜に手を振る本音のみ。

 

 

地面に落ちるはずだったボールを手に取り、全員を見る。感情が見えない無機質な顔で、口を開いた。

 

 

「───一夏と鈴、お前らがやったってことでいいな?」

 

 

「え!?ちょっ!?何で分かって───いや、わざとじゃないんだ!そうだよな!?鈴!」

 

「わ、私に振らないでよ!?ま、まぁ、確かにわざとじゃないのは事実だけど!偶然みたいなもんじゃない!」

 

 

目に見えて挙動不審になる二人。必死に弁明しようとする二人の言い分からして、何が起こったのかを把握した。一夏とシャルロット、そして相手側に鈴という面子でビーチバレーをしていたその時、鈴の本気のレシーブを一夏が弾き損ねたらしく、その流れ弾が龍夜に着弾したという事らしい。

 

 

なるほど、と納得した龍夜に二人は安堵する。だが、そう簡単な話ではなかった。

 

 

「………悪いな、皆。一回コートから除けてくれ。俺もビーチバレーをやる気になってきた」

 

「え!?ホント!?やったぁ!」

 

 

元気そうにはしゃぎながらコートから去って、近くに集まる女子達。許されたのか………?と不安になる一夏と鈴もそそくさと離れようとするが、呼び声が掛かった。

 

 

「おい、お前らはコートに残れよ。相手がいなくなるだろうが」

 

 

ビクゥッ! と全身を震わせる男女二人。不適に笑う龍夜はビーチボールを地面に叩きつけながら、もう片方の指で反対側のコートへと促す。

 

笑顔を浮かべている龍夜に、一夏は意を決したように聞く。

 

 

「………あの、怒ってます?」

 

「別に?やる気が沸いてきただけだ。久しぶりに体を動かそうと思ってな、俺引きこもりだし。ちょうどサンドバッグ、ゴホゴホッ………都合の良い的、ゲフン────倒しがいのある相手が出来て嬉しいよ」

 

「やっぱりキレてるよな!?ていうか、誤魔化せてねぇし!」

 

「まぁ、まどろっこしいことは辞めておいて────」

 

 

感情らしきものを消し去り、ダァンッ!と砂浜にボールを叩きつける。凍りつく二人に不気味な程に裂けた笑みを刻み、宣誓した。

 

 

 

「俺一人でお前ら二人を叩き潰す。追い詰めてやるから覚悟しとけよ」

 

 

「いや本当に!ぶつけたのは悪かったって!………アレ?もしかして当たり所とか悪かったのか!?頭やったか!?(悪意無し)」

 

 

「───貴方達はぶつけられる側です。なるべく耐えてくださいね」

 

 

「声低ッ!?てかそれアニメのヤツじゃ───」

 

 

 

躊躇いなく、ボールの狙いを一夏へと定める。試合開始のホイッスルは、爆音のようなレシーブによって鳴り響くことになった。

 

 

ビーチボールとは名ばかりのドッジボールが始まる事になったのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時間はあっという間に過ぎ去り、八時ほど。大宴会場で騒がしい夕食を終えた龍夜は男子専用の露天風呂へと辿り着いていた。

 

 

「温泉か、ここまで広いのを自由に使えるのは悪くないな」

 

『良いなー!温泉!私もこういう温泉に入りたいよぉ!』

 

「生憎だが、身体がない以上無理だ。諦めろ」

 

『ぶー!………じゃあさ!マスターもいつか私のボディを造ってよ!そしたら一緒にお風呂に入ろうね!』

 

「…………多分、数十年は掛かるけどな」

 

 

不服ながらも楽しそうに談笑するラミリアに、龍夜は困ったように溜め息を漏らす。持ち込んでいたタオルとラミリアの姿が写っているスマホ(防水加工済み)を前に起き、ガラスの前に腰掛ける。

 

 

シャワーを浴び、目の前から取ったシャンプーを泡立て、髪頭を泡で包む。頭皮に十分馴染ませた泡をシャワーで洗い落とし、次は近くに置いてあるであろうリンスを探して手を伸ばす。だが、まだシャワが止まらずにいるので、目を開ける余裕もなく、目的のものを取れずにいた。

 

 

 

すると、自分の隣から声が聞こえてきた。

 

 

「えっと、何が欲しいのかな?」

 

 

「ん?あぁ、リンスだ」

 

 

「リンスね………あ!これこれ!はい、どうぞ!」

 

 

「悪い、ありがとう」

 

 

手の中に渡されたものがリンスであると確認した龍夜はようやくシャワーを止め、水に濡れた前髪をかきあげる。礼を言いながら隣にいたであろう誰かを見て────硬直した。

 

 

 

「やっほー♪会いに来たよん、りゅーくん!」

 

 

笑顔でそう答えるのは、龍夜の憧れ、篠ノ之束が本人。しかも生まれたままの姿、という訳ではなく、流石にタオルを巻いている。

 

 

だが、唯一尊敬と憧れを抱く人物が近くにいたことを理解した龍夜は言葉を失っていたが、

 

 

 

「──────────ッッ!!?」

 

 

 

生まれて初めて、一番の悲鳴を上げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───ふーっ、さっぱりした」

 

 

食後の温泉を終えた一夏は気が抜けたのか満足そうな声を漏らし、自分の部屋、もとい千冬と同じ部屋へと戻ろうとしていた。

 

因みに龍夜は一足遅れて今から温泉に入るらしい。露天風呂だから相当落ち着く筈だろうと思っている一夏だったが、突如後ろから声が響いた。

 

 

 

「ハッ!ようやく対面できたなぁ!織斑一夏!」

 

 

「うん?」

 

 

真後ろから自分の名前が呼ばれたことに驚きながらも振り返る。そこにいたのは、旅館に到着した際に入り口から覗いていた三人組だった。彼等の事を思い出した一夏が、あ!と声に出す。

 

 

 

「お前らは─────信号機トリオ!!」

 

 

「そう!俺達こそが赤、青、黄色の信号機トリオ───じゃねぇよ!ふざけんなテメェ!俺達の事馬鹿にしてんのか!?」

 

 

心の中で決めていた呼び方が口に出てしまい、本気で怒られる一夏。途中ノリが良く、綺麗にノっていたのは一夏的には好評だった。

 

 

「悪い、悪い。ちょっと口に出たな………ええっと、アンタ達は?」

 

 

「アンタじゃねぇ!俺には清州成瀬(きよすなるせ)って名前があるんだよ!」

 

 

やはり先程までの呼称が今だ不服なのか不機嫌そうに赤いバンダナの青年、清州成瀬は荒々しく告げる。その名前を聞いた途端、一夏も思わず驚いてしまう。

 

清州、その名字はこの旅館の女将と同じだ。まさか、と思った時には、成瀬はすぐに答えていた。

 

 

「お前の考えてる通り、ここの女将は俺のおふくろだ。ま、実の親って訳でもないけどな」

 

「………それって」

 

「止せよ。まだ初対面の相手に話せるようなもんでもないし。俺の親はあの人だけだ…………それと、お前らも挨拶はしとけ」

 

 

成瀬が軽く指示すると、後ろに立っていた二人が動く。成瀬の隣に並んだ彼等は丁寧なお辞儀と共に名乗った。

 

 

「僕は日暮蛍(ひぐらしほたる)、兄貴の舎弟です」

 

「うむ、拙者は九条院隆宗(くじょういんたかとき)。兄者には返しきれぬ借りがある故、蛍同様舎弟として尽くしてる」

 

 

大人しそうな雰囲気と裏腹に普通に話せる蛍と堅苦しい口調に何一つ乱れのない立ち振舞いの隆宗に、一夏はよろしくと挨拶を返した。

 

 

しかし、他二人とは違い、成瀬の態度は何処か冷たい。一夏の言葉に応じることもなく、唐突に切り出してきた。

 

 

「お前の話は聞いてるぜ。世界で二人しかいないISを使える男、IS学園で色々と活躍してるって聞いてお前の事を評価してたんだがなぁ」

 

 

ギロッ! と単眼の瞳が怪しい光を灯す。瞬間、引き裂けたように笑う口から低い声が漏れ出した。

 

 

 

「───失望したぜ、織斑一夏」

 

「………何がだよ」

 

「ISっていう兵器に選ばれていながら、あいつらに並ぶ力を持っていながら、お前は女共の腰巾着か。情けねぇとは思わねぇのか」

 

 

む、と一夏も怪訝そうになる。ISが普及して十年、世界は女尊男卑の風潮となり、どの国でも女性は優遇される始末だ。道端で赤の他人の女に命令された男は断ることもできず、機嫌を損ねれば警察を呼ばれて問答無用で有罪扱いにされるまである。それ故に、男からは生きにくい環境ばかりなのだ。

 

 

だからこそ、女性に不満を持ち、女性というだけで嫌悪感を剥き出しにする男も一定数いる。目の前にいる成瀬も同じであった。

 

 

「腰巾着ってのは違うと思うけどな。俺は普通に皆と学園生活を過ごしてるだけだぜ?それに、皆はそういう事なんて思ってないだろ」

 

「ハッ!女共を庇うか、負け犬根性様々だな。期待の大新星ともあろう男が情けなくて泣けてくる。お前でこれなら、もう一人もお前と同じかそれ以上に情けねぇのか不安で仕方ねぇよ」

 

 

馬鹿にするように嘲笑する成瀬。そんな彼の言葉を一夏は聞き逃せなかった。適当に流そうとしていたが、怒りを滲ませながら成瀬に詰め寄る。

 

 

「………俺の悪口はいいさ、それくらい好きにいえばいい。だけどな、他の皆や、龍夜の事を悪く言うのは、止めろ」

 

 

それは一夏の忠告であった。赤の他人に、自分のクラスメイトを、友人までを馬鹿にされるいわれはない。どれだけ自分が悪く言われようが、それだけは絶対に許さないという意思表明。

 

 

しかし、成瀬は退くつもりもないらしい。明らかに舐めた態度で侮蔑の感情を見せた。

 

 

「ハンッ!負け犬の言葉なんざ取り消すかよ。文句があるならテッペン取って女共を見返してから言ってみろ。弱い立場で甘んじてるような腰抜けに、出来るかの話だけどな。

 

 

 

 

 

お望みなら何度でも言ってやるよ!お前がそんなんじゃ、もう一人も大したことねぇって───────」

 

 

「いい加減にしろよ、テメェ」

 

 

嘲笑と侮蔑のまま、彼の周りの人間を馬鹿にしようとした成瀬の顔を、放たれた拳が吹き飛ばす。鈍い感覚に成瀬はよろめき、倒れ込む。

 

崩れ落ちた成瀬に、一夏は怒りに染まった声で叫んだ。

 

 

「女に腰を振る腰巾着だとか、くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ。俺は一度も女だからって理由で誰にもへりくだったりしなかった!自分が見下されてきたからって女全員を恨んでるようなお前と、俺達を一緒にするんじゃねぇよ!」

 

 

「───黙れッ!お前に何が分かる!お前になんかに俺達の、あいつらの思いが理解できるかッ!!」

 

 

話を耳にした途端、顔を真っ赤にした成瀬が口から垂れる血を拭い、思いっきり立ち上がる。拳を握り締め、ツカツカと歩み寄ってくる成瀬だが、彼の前に二つの影が飛び出してきた。

 

 

焦った様子の蛍と対照的に落ち着いた隆宗だった。

 

 

「お前ら………!どけ!アイツをぶん殴る!」

 

「そこまでにした方がいい、兄者。やり過ぎだ」

 

「たっ、タカの言う通りですよ兄貴!やり過ぎると女将さんに怒られますって!迷惑かけるわけにもいきませんし!」

 

 

二人の宥める声に、成瀬は皮膚が割ける程に握っていた拳を緩める。しかし一夏への敵意は消えることなく、振り返り際に向けた鋭い眼光と共に吐き捨てた。

 

 

「………認めねぇ、絶対に認めねぇ。クソッタレな女共も、女に腰を振るお前ら腰抜けどもも。いつかまとめて吠え面かかせてやる」

 

 

それだけ言うと、成瀬は背を向けて立ち去っていく。成瀬への怒りは消えない一夏であったが、次第に怒りの炎は鎮火していった。

 

 

「申し訳無い。兄者が迷惑を掛けた。謝罪をする」

 

「…………別に。アンタ達が悪い訳じゃないだろ、俺はアイツの言葉が許せなかっただけだ。………けど、気になることがある」

 

「な、何ですか?」

 

「成瀬、だったよな………『あいつら』って言ってたけど、もしかしてアンタ達の事か?」

 

「はい、そうですけど」

 

「…………何かあったのか?」

 

 

嫌悪感や怒りを剥き出しにしていた成瀬だが、弟分であろう二人を大切にしているような雰囲気は感じられた。二人にも、彼に慕う程の重要な理由があるようにも。

 

 

もしかしたら、それが成瀬の怒りに関係しているのか。そう思った一夏の質問に、蛍は口ごもるように話し始めた。

 

 

 

 

「ああ、僕達。女性に人生を狂わされたんですよね」

 

 

 

あまりにも軽い言葉に反して、内容は重苦しいものであった。

 

 

 

「僕は必死に勉強して試験を受けた学校を落とされたんです。理由は簡単、男だったから。女子の方を優先させる学校の方針で、志望校にも受かれず、親からは『生まなきゃ良かった』って縁を切られてしまって………」

 

 

「拙者も似たような感じだ。こう見えても華族の血統であり、多くの親戚と土地と家柄を継ぐのだが………この時代、男よりも女の方が優れてると見られるのが多くてな。拙者も家からは“当主を継ぐ価値もない汚点”として絶縁を告げられ、放逐されたのだ」

 

 

環境によって居場所を失い、彷徨うことになった二人。しかもその原因が女性が間接的な理由で関係しているというものだった。理不尽に未来を踏みにじられた彼等は当時、どんな思いをして生きてきたのか──────

 

 

 

「そんな居場所もなくうちひしがれていた僕達を救ってくれたのが、兄貴だったんだ。僕達をこの旅館に住み込みで働けるように頼んでくれて、尊敬しているんです」

 

「………そう、だったのか」

 

 

だからこそ、あれほどまでの怒りを覚えていたのか。そう思ったが、違うのかもしれない。成瀬本人も、そういう光景を見てきたのか、体験してきたのか。

 

 

「………あ!ヤバイ!早く行かないと千冬姉からどやされる!」

 

「家族が待っているのか、ならば早く行くといい。拙者達も時間を取らせてすまない」

 

「あぁ!悪いけど、もう行くよ!じゃあな!」

 

「では、一夏殿。()()()()()

 

 

含みのある言い方であったが、一夏はあまり気にしていなかった。慌てたように廊下を走っていく彼の背中を見た二人は互いの顔を見合い、成瀬の行った方へと歩いていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

周りの景色がきれいな露天風呂、普通はくつろぐ筈の温泉にも関わらず、龍夜は気を引き締めるしかなかった。

 

 

それも当然、

 

 

 

『お、おー!流石はマスターの憧れの人!映像で見てたよりも新鮮だぁー!それにナイスボディだし、羨ましいなぁ!』

 

「ふむふむ、私としては君も興味深いんだよ。ネットワークから獲得した情報で人格を形成し、自我を持つ人工知能なんて束さんも初めてだね。よし!時間が空いたら束さんも真似してみようかな!」

 

 

子供の頃から憧れていた篠ノ之束が、一緒の温泉に入っているからだ。龍夜としては興奮がある(性的興奮では談じてない)一方で、心の内側では複雑な思いが渦巻いているのだ。

 

 

 

「さて、と。りゅーくん、どうしたの?まさか束さんのせくしーなスタイルに欲情しちゃってる?いやぁー、嬉しい話だねぇー」

 

「………篠ノ之博士。もし貴女が良ければ、少しばかりお話を聞かせていただけますでしょうか」

 

「かったいねー、もう少し軽くで良いんだよ?ほら、束って呼び捨てだと束さん的には別の意味で興奮しちゃうんだよー!」

 

 

テンションが激しすぎて困惑しかない。天才の多くは変人と言われているし、確か束の昔を知る人達は変人だと断言している理由がようやく分かってきたかもしれない。

 

 

これ以上話を拗れさせない為にも、単刀直入に切り出した。

 

 

 

 

 

「────『あの剣』は、何ですか」

 

 

 

 

 

「……………」

 

「俺が調べた限りでは、『プラチナ・キャリバー』というISは鞘だった。だが、『あの剣』は違う。アレは従来のISとは違う構造をしてた。────今考えれば当然だ、アレはISの武装じゃない。『あの剣』が、ISのコアの役割をしている。違いますか?」

 

 

龍夜の出した持論に、束は笑顔を崩さなかった。それ以上に笑みを深めた彼女はゆっくりと頷く。

 

 

「………流石だね、りゅーくん。贔屓抜きで百点満点だよ。やっぱりりゅーくんは賢いんだね」

 

「買い被りすぎです。貴方や八神博士に比べれば、天と地ほどの差がありますよ」

 

「ブッブー!その点は間違いでーす!りゅーくんは束さん達と同じ、天の方にいるタイプなんだよ?」

 

「………?」

 

 

思わず眉をひそめる。束の発言が余程信じられないのか、龍夜は世迷い言として切り捨てた。

 

 

だって、有り得ないだろう。たとえあの天才の発言であろうと、自分が同じような存在だと認めるなんて。どうしても、否定せざるを得なかった。

 

 

「じゃあ、りゅーくんに特別に!束さんからヒントをプレゼントするよ!」

 

 

勢いよく立ち上がった束がそう指を突きつける。タオルを巻いているが、それでもよく分かる豊満なボディに、龍夜は思わず目線を反らす。

 

 

「『プラチナ・キャリバー』を造ったのはね、『その剣』の為なんだよ。『その剣』を封印して、りゅーくんが認められるようになるまで、暴走を制御するためにね」

 

「は………!?」

 

 

流石に愕然とした。何を言わんとしているのか、自分の想像を越えている話だった。少なくとも分かるのは、彼女はこのISの秘密を理解しているのだ。

 

 

 

「ッ、何を────」

 

 

知っている、そう叫ぼうとして言葉を失う。既に篠ノ之束は姿を消していた。さっきまで気配はしていた。忽然と、唐突に。神隠しにあったとでも言うように。

 

 

 

空を見上げ、龍夜は沈黙する。星が照らし出す黒い夜空を見続けながら考えていたが、諦めてたように温泉から出ていった。

 

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