IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第25話 福音奪還作戦

「───では、現状を説明する」

 

 

旅館の最奥たる宴会用の大座敷・風花の間は、現在今回の作戦本部として利用されている。集まった専用機持ち全員に、千冬は展開された大型の空中投影ディスプレイと共に説明を始める。

 

 

 

「一時間前、米国の軍事基地が襲撃され、試験稼働を行う予定であったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS 『銀の福音』が強奪された。主犯とされるのはアナグラムのメンバーだ」

 

 

一部が反応を示した。より正確には、数ヵ月前のクラス対抗戦のことを覚えている面子だ。軽い混乱に見舞われた一夏も、その事を思い出してか一気に気を引き締める。

 

 

「その後、衛星による追跡の結果、アナグラムのものと思われる輸送機がこの空域の付近を通過することが判明した。輸送機の中に強奪された『銀の福音』及びテスト候補生 ナターシャ・ファイルスがいると推測される。国連の通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

 

ISの技術がトップクラスである国二つが共同して開発した軍事ISをアナグラムが奪い去った。それだけで、今回の作戦の目的を一同は理解する。

 

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦────アナグラムの撃退及び『銀の福音』とテスト候補生の保護を、君達専用機持ちに担当してもらう」

 

 

驚きを隠せない一夏と同じく、龍夜も思うところはある。軍がISの強奪に対応できないなど、大失態にも程がある。オマケにその尻拭いを、臨海学校に来ていた学生達に対応させるなど、軍上層部と国連の大人達は悪い意味で心が強いのか、恥を知らないのか。

 

 

「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」

 

 

「はい」

 

 

早速、手を挙げたのはセシリアだった。落ち着き払った様子で、彼女は言葉を続ける。

 

 

「敵勢力、襲撃を行ったアナグラムの構成員についての詳細な情報を要求します」

 

「いいだろう。だが、これだけは覚えておけ。アナグラムの構成員のデータ、そして奴等の兵器については国連に規制されているように、重要機密だ。口外した場合、諸君らは最高機関によって厳重な処罰が課せられる」

 

「了解しました」

 

 

そう答える全員に、千冬はタブレットを操作してディスプレイを切り替える。そこに写し出されたのは、とある青年のデータだった。

 

 

「判明しているメンバーは一人、ジールフッグ・レディアス。奴は元々アメリカにより編成された少年少女のハッカー集団『ワールド・ヴァイルス』の一人であり、一番の実力を誇るハッカーだ」

 

 

「元々………つまり、この男は」

 

 

「ああ、『ワールド・ヴァイルス』は大統領が変わると共に前大統領の汚点として解体及び、構成員の始末が行われた。ジールフッグは密かにアナグラムへと亡命し、ハッカーとしての才能を生かしている。

 

 

 

 

 

 

───当然、奴も『幻想武装(ファンタシス)』を所有している」

 

 

その単語に全員の顔が一気に険しくなった。ISという最強の兵器に対抗できるという特殊な武装 『幻想武装(ファンタシス)』。アナグラムだけが有する二十以上の切り札でもあるそれは、ISによって変化したこの世界の根底すら覆しかねないジョーカーとして、国連によって存在すら伏せられている。

 

 

 

「『電子悪精 グレムリン』………ハッカータイプの『幻想武装』、かぁ。本人に合ったものにしたんだろうけど、非戦闘タイプならこっちもやりやすいね」

 

「いや、この装備。………広範囲への電磁波を飛ばせるものだ。唯一の武装というだけあって、威力は無視できるものではないな」

 

 

データを元に相談しているシャルルとラウラは、各々の見解を口にする。龍夜はそのデータを確認し、静かに納得していた。

 

たった一人しか判明していない、つまり一人が表向きに動いていたということになるが、ハッキングを得意とする機体ならば基地の襲撃も容易い。

 

なんせ基地の電力やシステムを掌握してしまえば、兵士達の動きも抑制できる。対応も出来ず、目的のISへと辿り着けることが出来るという訳だ。

 

 

だが、謎も存在する。

 

 

(………福音のデータからして、高性能の戦闘モデルだ。いくらハッカータイプの機体とはいえ、そう簡単に福音を強奪できるとは思えない)

 

 

それだけではない、と千冬の声が響き、全員が話を止めて耳を傾ける。

 

 

「『蝕み狂わす不障領域(サイエクス・アークナティア)』、グレムリンの能力と奴のハッキングを組み合わせた技が存在する。これが厄介なものになるだろう」

 

 

一人が、疑問を漏らす。それはどういったものなのか、と。千冬はディスプレイに展開させながら、説明していく。

 

 

「元々この能力は、自分を中心とした半径五百メートル規模に電子領域を展開し、範囲内全ての電子機器を機能不全、バグらせるというものだ」

 

「ば、バグらせるって………全部?」

 

「グレムリン自体、機械に入り込んで不調にさせる妖精だしな。そういう力も有り得るだろ」

 

 

流石に驚いただろう鈴に、龍夜がそう補足する。伝承にもある通り、グレムリンは悪戯好きな妖精である。戦争の時代、戦闘機や戦車などの機械部品が支障をきたした場合、この妖精の仕業だと囁やかれていた程だった。

 

 

その伝承を元に、設計され、開発されたのがこの『幻想武装』なのだ。

 

 

「問題は二つ、一つはこの効果がISにも生じること。二つはジールフッグによって能力の効果が飛躍していることだ」

 

「あ、ISにも!?じょ、冗談だろ!?」

 

「この能力の本質は電磁波ではなく、電磁波内部に存在する電子ウイルスだ。機械内部に入り込んだそれが誘発的に不調を引き起こす。どれだけ優れた機械だろうが関係ない、バグらせるという事に特化したのだからな」

 

 

ISにも通用する、この言葉に反応したのも多数だった。反応しなかった一部として、龍夜とセシリアだ。前者は対策案を考えているようであり、後者は驚きもしても狙撃が基本戦術だからか反応は小さい。

 

 

だが、そんな二人も次の説明を聞いた途端に、愕然とするしかなかった。

 

 

 

「その結果、ハッキングしたISを暴走及びコントロールまで出来るという能力へと進化した。何よりはその効果範囲内、過去の事例からして─────半径ニキロメートルに達する距離まで電子領域を展開出来るようになっている」

 

 

「なっ!?」

 

 

五百メートルが基本であったにも関わらず、四倍以上の範囲へと拡大したのは素直に恐ろしく感じる。余程ジールフッグとグレムリンの相性が良かったのだろう。

 

 

そして、懸念となるのはその問題─────

 

 

「つまり今回の作戦は、常に移動する輸送機を中心としたニキロの距離からハッキングを受けるよりも先に一気に近付き、相手をいち早く倒す必要があるということか」

 

「いち早く、つまり一撃必殺ってことでしょ。なら───」

 

 

鈴が口にした言葉が途切れ、全員が一斉に視線を向ける。一夏と龍夜、隣に並んでいる男子二人へと集まっていた。

 

 

「え………俺?」

 

「正確には、アンタと龍夜よ。ま、一夏が確実だろうけどね」

 

「その通りですわね。一夏さんの白式の零落白夜(れいらくびゃくや)が『幻想武装』に特効であるのは、数ヵ月前のデータで明白ですし」

 

「だが、婿の『プラチナ・キャリバー』の技も幻想武装の撃破は可能だろう。エネルギーの大半は使用するが、それでもやれるはずだ」

 

「じゃあ倒す手段については解決だね。一夏がメイン、龍夜が補欠ってことかな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!お、俺も行くのか!?」

 

「「当然」」

 

 

二人、シャルロットと鈴があっさりと言い切る。セシリアとラウラがそこまで断言しないのは、作戦の要として最適なのが一夏であり、龍夜も要となり得るからこそ。一夏の意思を優先するつもりなのだろう。彼女達と同じく、千冬もそのようであった。

 

 

 

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。無理強いはしない、断っても責任問題はない」

 

「────」

 

 

実の姉からの言葉に、一夏も思うところがあったらしい。及び腰であったのが一転、深呼吸をした彼の顔には、純粋な覚悟が示されていた。

 

 

「やります。俺が、やってみせます」

 

「よし、攻撃手段については終わったな。次は移動手段についてだ。織斑は零落白夜の為にも、エネルギーの消費は厳しい。織斑を乗せて超音速飛行が出来る者は─────」

 

 

 

 

 

 

「────はいはーい!こういう時にこそ!『紅椿(あかつばき)』の出番なんだよねー!」

 

 

千冬の話を遮るように、大声が響く。天井から聞こえた声に続き、板を外れた天井の穴から姿を見せたのは────篠ノ之束その人。天災という異名に似合い、嵐のように唐突に姿を現してきた。

 

憧れの人の登場に発狂しそうな(流石に誇張)龍夜を見てから、千冬が溜め息を漏らし、額に手をやる。しかし口から出てきた次の言葉は親友への呆れではなく、質問であった。

 

 

「こういう時こそ、とはどういう意味だ」

 

「紅椿はね!高機動パッケージがなくても超高速機動が出来る機体なんだよ!展開装甲を軽く調整してやれば、あっという間に対応できるようになるのさ!」

 

 

展開装甲?と首を傾げる一夏は、ふと龍夜に聞こうとしたその瞬間、ガタン! と音を立てて彼が立ち上がっていた。

 

 

全身を細かく震わせながら、龍夜は呟く。

 

 

「展開装甲………、それって確か、俺のISに組み込まれている機能の一つ、ですよね。ならこれってまさか───」

 

「流っ石りゅーくん!よく気付いたね!その通りだよ!皆のためにも説明してあげるけど!展開装甲ってのはね、束さんが開発した第四世代の武装なのです!」

 

「───ッ!?」

 

「あとりゅーくんも言ってたけど、展開装甲はいっくんの《雪片弐型》とプラチナキャリバーの変形機能に使われてまーす」

 

 

全員が絶句していた。

白式の雪片弐型の、零落白夜発動の際に変形する機構。そしてプラチナキャリバーの有する形態移行システム。それらに束だけしか開発できてない第四世代の装備が組み込まれているのなら、この二つの機体は第四世代という枠組みに入る。

 

 

その事実を理解してか、龍夜は興奮を押さえきれずに言葉を紡ぎ出す。

 

 

「つ、つまり!紅椿は白式やプラチナ・キャリバーのデータを基に開発した機体!変形機能を全体に組み込んだこの機体は全ての状況、環境、戦場に適応出来るということ!近接戦闘、狙撃防御、超音速機動!本人が望む戦闘スタイルを戦闘の最中に一瞬で切り替える事が出来る!世界中が第四世代として目指されていた即時万能対応機って事ですか!?」

 

「おー、凄いねりゅーくん。束さんの説明すること全部言ってのけたよ」

 

 

早口詠唱を終え、興奮を隠せないままの龍夜に、素直に感心する束。天才を自称し、天才ともてはやれた同士故にか、波長が合うのだろう。

 

 

「話を戻そう………なら、第一陣で織斑を箒が運び、龍夜はそのサポートと一夏に万が一があった場合に、代わりを任せる。グレムリンを無力化すれば他の者も動けるようになる。第二陣として全員を配置する、専用パッケージをインストールしておけ。霧山先生、用意や手伝いは任せた」

 

「分かってますよ、織斑先生」

 

 

複数人の教師と共にそのように応じる霧山友華。すぐさま準備に入る教師陣に続くように、専用機持ちが動こうとした途端、千冬からの声が響いた。

 

 

「待て、お前達に共有しておく情報が残っている」

 

「?それはなんです?」

 

「アナグラム以外の存在についてだ。今回の襲撃に関係しているのか────未確認とされる黒いISの存在が示唆されている」

 

 

千冬の発言の直後に、凄まじい程の殺気が放たれた。ビリビリ、と殺意のような鋭い感覚に困惑する一夏だが、すぐに発生源を見つけた。

 

 

 

 

(………龍、夜?)

 

 

前髪から覗く瞳に映るのは、沸々と燃え上がる灼熱の炎。怒りと殺意、憎悪が入り交じった視線はただ一つ、ディスプレイに移る黒い影に向けられていた。

 

 

───その影がこの場にいれば、今にでもISを展開して殺しに行こうとする程に、煮え滾る感情は爆発寸前に見えていた。両腕を組んだ手を握る指に、その怒りを体現するほどの握力が込められている。

 

 

「この存在がいるかは不明であり、半信半疑な話だ。織斑、篠ノ之、蒼青、もしその姿を認知した場合、教員への連絡を怠るな。いいな?」

 

「了解です」

 

「了解しました」

 

「……………」

 

 

真剣に答える二人だが、龍夜だけが口を開かない。ディスプレイに掲示された黒い機体の影を終始睨み続けていた。

 

業を煮やした千冬が、険しい声で詰問する。

 

 

「聞いているのか、蒼青。返事をしろ」

 

「………把握しました。覚えておきます」

 

 

それだけ言い切る龍夜は、失礼します、と席を外していく。この話で全部だったのか千冬は呼び止めることなく、両手を叩いて各々の専用機持ちに動くように促す。

 

 

動き出した彼女達は、龍夜の去った後を不安そうに見ていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

洗面所で流した水で顔を洗う。肌に染み込む冷たさに、内に宿る激情が静かに冷めていく。

 

 

洗面台を掴む手に、凄まじい力が込められる。鏡と水面に映る自分の顔を見据えながら、彼はふと呟く。

 

 

「───近付けた」

 

 

喉の奥から、壊れたような笑い声が響いた。自分でもどうしたのか分からないし、理解する暇もない。

 

 

そんなもの、已に頭の中から消え去っていた。

 

 

「奴の影が、姿が、存在が、ようやく近付いてきた。何年か掛かると思っていた。生涯を掛けるつもりでいたんだがな」

 

 

黒いIS。

通称『魔王』と称されるその存在が、この影だけは定かではない。だが半分の確率で奴なのであれば、龍夜が無視する理由にはならない。今まで存在自体掴めずにいたのだ。

 

 

最愛の両親を事故に見せかけ殺害した黒いIS、その犯人を探し出し、復讐する。それこそが龍夜のもう一つの目的であり、何より優先させるべき私情であった。

 

 

その感情に、その決断に、何一つの揺るぎはない。間違いではないと信じて、龍夜は進むことを決意していた。今更、止めるつもりなど更々ない。

 

 

「見つけ出し、必ずこの手で、絶対に────」

 

 

 

────『その理由(・・・・)』で強さを求める限り、お前は決して私を越えられないぞ

 

 

 

 

「絶対………絶対に………」

 

 

 

────今の貴方じゃあ、『魔王』には勝てない。実力不足、以前の問題

 

 

 

それ以上の、憎悪に染まった言葉が続かなかった。自分よりも圧倒的に上の女性達に、窘められた言葉が、脳内で反復されている。

 

 

殺してやる、という怨嗟と憎悪に凝り固まった一言を、口にすることだけが出来ない。鏡に照らし出される自分の顔を見て、ようやく理解が追い付いた。

 

 

「…………クソ」

 

 

自分が迷ってる、その事実を誤魔化すように吐き捨てる。溶け込んだ呟きは虚空に響くことなく、水面に波紋を行き渡らせるだけであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「────ジールフッグ様、『銀の福音』の固定は完了しました」

 

「ん、ご苦労さん…………敵影は無い感じ?」

 

「ありません。ステルスも問題なく機能しています」

 

 

退屈そうに艦長の座席に腰掛けるジールフッグの指示に、部下である構成員達が対応していく。

 

 

大型飛行艇。

輸送機程の大きさでありながら、その速度は普通の飛行機に匹敵する程であり、内蔵されている武装は強力なものばかりである。何より、ジールフッグという電磁波とハッキングを自在に操る武装を持つ者がいるだけで、難攻不落に近い空中要塞へとなる。

 

 

そもそもの話、この飛行艇と部下達はジールフッグ専属の戦力なのだ。元々、彼の『幻想武装』は非戦闘タイプ、ISにも干渉できるハッキング能力があれど、軍用IS相手に立ち回れるほどの実力はないし、それをやろうとする程馬鹿ではない。

 

 

 

ジールフッグは、狡猾でありながらも慎重であった。

元々の組織にいた時は自信満々で、自分の才能ならどんな国すら墜とせると息巻いていたが、その結果主であった国からの裏切りに合って、確かなプライドは幼少期から教えられてきた忠誠心と共に消え去った。

 

 

行き場の無いジールフッグを拾ったのは、アナグラムのボスとも言える人であった。大勢の世界からのはぐれ者と出会い、ジールフッグは今まで体感したこともない程の安らぎを得た。ある意味では家族といえるくらい、仲間達を心から信用している。

 

 

だからこそ、ジールフッグは狡猾かつ慎重に生きる。狡猾でなくては、相手の裏をかけない。慎重でなければ仲間を危険にさらしてしまう。そうではなくては、アナグラムの、家族の願いを果たせないから。

 

常に憂鬱そうな態度とは裏腹に、その本心はアナグラムへの絶対的な信頼と油断を二度としないという慢心に包まれていた。

 

 

肘当ての位置にあるキーボードを指で叩くと、固定されていた椅子が分離し、浮遊する座席へと変化する。細かく操作し、椅子に座ったまま移動していくジールフッグに配下達が付き添うように歩き出す。

 

 

一部の部屋に止まったジールフッグが軽く指で触れると、扉が開閉された。部屋の中へと入った彼が、中にいる人間へと声をかける。

 

 

 

 

「気分はどう?ナターシャ・ファイルス」

 

「………複雑ね。最悪の敵なのに、こんなにも厚待遇なんて」

 

「まぁね、捕虜にも権利を差し上げるのがリーダーのご意向なんでさ。僕もそのように心掛けてるの、一応」

 

 

ベッドに腰掛け、不服そうに頬を膨らませる金髪の女性 ナターシャ・ファイルス。彼女の言葉に、ジールフッグは面倒そうに肩を竦める。

 

 

何故、彼女が普通に過ごしているのか。それはアナグラムの捕虜にされているからであった。

 

 

『銀の福音』を強奪した際、気絶したナターシャは封印されたISから引き剥がされ、部屋へと閉じ込められた。ジールフッグが話した通り、リーダーなる人物の意向によって人質や捕虜は厚待遇の扱いをする為か、ナターシャを閉じ込めた部屋は普通に快適である。

 

それでも彼女が満足そうに見えないのは、それ以上に気にかけるものがあるからだろう。

 

 

「出来る限りの望みは聞いてあげるよ。ま、聞ける範囲だけどね」

 

「じゃあ、あの子を返してくれる?黒い人があの子に掛けた封印とやらも、どうにかして」

 

「それは無理だね。福音を一定の期間だけ使えなくする───それが僕たちの目的だからさぁ。何がなんでも福音を使えるようにするつもりはない、絶対にね」

 

 

退屈と言わんばかりの態度ではあるが、ジールフッグはそれだけは曲げるつもりはないらしい。この頼みだけは通らないと判断したナターシャが思わず舌打ちを漏らす。

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

興味なさげな様子で見つめる青年に、付き添っていた兵士が焦った様子で耳打ちする。

 

 

「────ジールフッグ様!『同胞』からの報告です!学園が我々の動きに気付いたようで──────」

 

「は?なに?………待ちなよ、ここじゃあ捕虜に聞こえる。歩きながら話しなよ。イルザとモザイカを呼んで、こっちも対策をしないと………」

 

 

そう言いながら部屋を出ていく三人。彼等が立ち去った瞬間、部屋の扉が勢いよく閉められた。状況が読めずにいるナターシャは苛立ちを隠すことなく、ベッドへと身を投げることしか出来なかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

数十分が経ち、綺麗に晴れ渡った青空。

 

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

 

砂浜で並ぶ一夏と箒が互いの顔を見合わせ、各々のISを展開する。白と赤一色のISアーマーを身に纏った二人は、後ろへと視線を移した。

 

 

 

「此方も準備は整った。………と言っても、この装備には慣れないけどな」

 

 

そう言った龍夜はプラチナキャリバー=アクセル・バーストフォームを展開しながら、大型の設備───戦闘機の翼と円形状の固定具、そして複数のブースターを連結させたような兵装を取り付けている。

 

 

「それって大きいな………えっと、なんだっけか」

 

「プラチナ・キャリバー専用の遠距離機動補助装置『アヴァロン・ストライカー』だ。これなら何とか箒に追い付けるだろう…………こうやって取り付けないといけないのが、余計に面倒だが」

 

 

無論、この装備の存在を知ったのは龍夜も唐突であった。準備時間の最中、束がプレゼントとして龍夜に送ったのが、この装備だったのだから。

 

 

アクセル・バーストフォームはエネルギーの消耗による短期決戦を条件として高速機動と高火力を実現した機体であり、最高速度ならば紅椿に匹敵、それを越える程である。

 

 

だが、それだけのエネルギーを消耗してしまえば、戦闘に参加できなくなってしまう。なんせこの戦いは遠距離から高速で接近し、相手を一撃必殺で無力化するという事なのだ。龍夜のアクセル・バーストは根本から遠距離移動は向いていない。

 

 

この装備は、その欠点を補うために束が前々から開発していたらしい。加速によるエネルギーの消耗率の現象、高速での遠距離移動を可能とするために改良してついさっき龍夜に託したのだとか。

 

 

喜ぶべきはずなのに、龍夜の顔は険しい。チラリ、と横に向けた視線の先が、その理由でもあった。

 

 

「それにしても、私たちがいたことが幸いしたな。相手がアナグラムのメンバー、非戦闘員なのは不服なことだが、私たちなら苦戦することもない。そうだろう?」

 

「………そうだな。でも箒、千冬姉も言ってたけど、黒いISってのがいる可能性もあるんだ。それに、これは実戦だ。何が起こるか分からない────」

 

「分かってる、注意はするさ。ふふ、怖いのか?一夏」

 

「そうじゃねぇって………あのさ、箒────」

 

「ははっ、心配するな。お前は私がちゃんと運んでやる。それに、ハッキングが得意な奴だろうと、黒いISとやらだろうと、きっと勝てるさ。なぁ?龍夜」

 

「………ああ」

 

 

専用機を扱えるようになってから、箒は目に見えて嬉しそうであった。何時もの彼女ならば気を引き締め、緊張しながら対応するはずだ。この状況でならば尚更。浮わついているのが、一夏にも分かっているようだ。

 

 

だが、龍夜は注意しようとは思わない。厳密には、無駄だと諦めているのだ。幼馴染みであり一番心を許している一夏の言葉にもあのように答えているのだ、自分が言えば余計に拗れるかもしれない。

 

 

『織斑、篠ノ之、蒼青、聞こえるか』

 

 

準備を終えた三人に、オープンチャンネルが繋がる。状況を確認する為の作戦本部から千冬が、通信をしてきたのだ。

 

 

『今回の作戦は事前に伝えた通りだ。目的は敵の撃退ではなく、福音と操縦者の奪還だ。それを忘れずに行動しろ』

 

「了解」

 

「織斑先生、状況に応じて二人のサポートをすればよろしいのですか?」

 

『そうだな。だが、相手は今まで国連と渡り合ってきたテロリストのネームドの一人だ。容易く事が進むとは限らん。注意を怠らず、無茶はするな』

 

「了解しました」

 

 

平然とした受け答え。しかし数ヵ月も共に学校生活を送っただけの龍夜にも分かる。声の内側には歓喜を隠せず、期待に応えようという自信………悪く言えば、満身の色が見える。

 

 

 

『───蒼青』

 

 

ふと、龍夜の耳に千冬の声が響く。個人との連絡を行うプライベートチャンネルからの声に、龍夜も回線を切り替えて応答する。

 

 

『お前も分かっているだろうが、篠ノ之はどうにも浮かれている。あのままでは重大なミスをするやもしれん。織斑にも伝えておいたが、嫌な予感もする。出来ることなら、カバーを頼む』

 

「…………分かりました」

 

 

応じたその瞬間だった。事前に設定していたベルが鳴り響く。オープンチャンネルから響いたその音色は作戦予定時刻を知らすベルであり、作戦開始を示す宣言であった。

 

 

『─────総員!作戦開始!』

 

 

瞬間、赤白と銀の光が宙に浮いたと思えば、音速の勢いで飛び出した。青空に伸びる二つの線が、平行に伸びていく。

 

 

 

 

 

 

 

その景色を静かに監視していた何者かは静かに笑う。自身の目的通りに予定が進むことを喜び、これからの未来を想像し、無邪気な少年少女の覚悟を嘲るような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───お前達、緊急だ。奴等に動きがあった』

 

 

一夏と彼を背に乗せた箒、真横に並ぶ龍夜の三人が飛び立ってから数分が経過するくらいの頃。突如として緊急性を持つ報告が千冬の口からなされた。

 

 

『今現在移動している輸送機の反応が二つに分かれた。分離した反応の速度は輸送機以上だ。このまま空域を突破しようとしている』

 

「っ!まさか俺達に気付いたのか!?」

 

 

ハイパーセンサーで確認すると、輸送機の反応から外れた光点が凄まじい速度で輸送機から離れていっている。距離をおいて離脱していくその反応は、まるで大事なものを抱えて逃走するような感じを匂わせていた。

 

 

三人の脳裏に、一つの答えが提示される。

 

 

────『銀の福音』をそのまま持ち去るという敵の考えが。

 

 

 

瞬間、誰よりも早く龍夜が指示を飛ばした。

 

 

 

「箒!その反応を追え!お前の速さなら追い付けるはずだ!」

 

「!お前はどうするんだ!?」

 

「このまま輸送機を追跡する!どのみち、二つとも逃がすわけにはいかないはずだ!もし囮だったら報告しろ!俺も同じようにする!」

 

 

そう言うや否や、龍夜は体を捻りホバリングを行う。一気にスラスターを噴かし、加速の勢いのまま雲を突き抜けて直進していく。

 

反論する時間を失った一夏が何かを言うよりも先に、箒も動き出す。離脱した敵の位置を補足し、最高速度で飛翔する。

 

 

「箒!」

 

「龍夜の言う通りだ!福音を奪い去る気なら、離脱した敵を追わない訳にはいかない!」

 

「ああ!分かってる!」

 

 

会話の合間にも、高速で移動する敵との距離を縮めていた。

超音速で飛翔する紅椿と白式だが、未だ敵影すら見えない。あと少しという距離になっても、周囲が雲で隠れているためか見つけられない。

 

 

「構えろ!一夏!もう接敵するぞ!」

 

箒の掛け声と共に、自分達の光点と敵を示す光点が重なった。直後、一夏は紅椿の装甲から手を離し、勢いよく飛び立つ。一気に構え、敵を見定めようとした。

 

 

 

しかし、

 

 

 

「一夏!敵影は!?」

 

「───ダメだ!見えねぇ!周りに影も形もない、痕跡すら無いぞ!?」

 

「まさかダミーか!?私達を分断して、追跡を逃れようという気か!?」

 

 

 

 

 

「────半分、違ぇな。分断するってのは合ってるが、逃げるのは俺の趣味じゃねぇ。むしろ待ってたんだ」

 

 

声が、二人の鼓膜に伝わってきた。思わず息を呑み込む。ここは上空。それも二人は先程まで超音速で移動してきたのだ。普通の人間がこの場に居座ることはおろか、声を放つことなど出来るはずがない────敵ではない、普通の人間ならば。

 

 

 

声のした方向、真上へと視線を向けると────光り輝く黄金の繭があった。黄金の何かで包まれたそれは少しずつ、ゆっくりとその形を崩していく。

 

 

黄金の繭と思っていたそれは、翼であった。四枚の巨大な機械の翼が自らを包み込み、隠していたのだ。

 

 

太陽に照らされた黄金の翼を有するのは、一夏達よりも僅かに年上の青年。燃えるように赤い髪、そして翼と同じ金色の瞳が、一夏達を選定するように細められる。

 

 

 

「────白と赤、オマケに片方は最新型か。二人も来るとは嬉しい誤算だ。銀色の方でも良かったが………文句は言わねえよ。戦えること自体、俺の喜びでもあるしな」

 

「グレムリン………ジールフッグ、じゃないっ!?もう一人いたのか!?」

 

「あん?ジールフッグのことを気付いてやがったのか。なるほど、俺を知らないなら少数で部隊を編制したのも納得がいく。やっぱ、ジールフッグの言う通り、お前らに嘘の情報を伝えた奴がいるみたいだな」

 

「何を、いや!貴様の目的は何だ!私達を足止めすることか!?」

 

「お、やる気なのは嫌いじゃねぇ。強ち間違いでもねぇ、だがそれじゃあ正解とは言えねぇなぁ。足止めは足止めだが、別にお前らを止める為にやり合うつもりじゃあねぇ」

 

 

ニタリ、とイルザは大きく口先を歪ませる。まるで喋ることすら楽しいというような声音で────心を感じさせない程に冷たい瞳とは対照的に────高らかと告げる。

 

 

 

「─────オレはイルザ。輪廻獄鳥フェニックスの幻想武装、いやアナグラムでも二つしかない神話幻装(エンシェント・レガリア)を持つ、アナグラム最強の男。

 

 

 

 

さぁ、つまらねぇ御託は結構、もうやろう。始めようか、戦いを!殺す気で来いよ、素人ども。俺も加減してやるし、簡単には負けてくれるなよ!」

 

 

言い終わったその瞬間、イルザは四枚の翼を大きく広げて突撃する。発火したであろう炎とそれを引き起こした膨大な熱を帯びた黄金の不死鳥が、一夏と箒へと襲いかかった。

 




原作 難易度ノーマル


自作 難易度ナイトメアもしくはルナティック


地獄だね、これからも更なる地獄を作るよ(低音)

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