IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第29話 共同戦線

時は数時間前。

巨大兵器と暴走したプラチナ・キャリバー。二つの脅威に対抗するべく、千冬達は国連と連絡を繋ごうとしていた。これ以上生徒達を前線に出さないためにも。

 

 

なのに、国連との連絡は繋がらない。IS学園にいる理事長とも連絡が取れず、あらゆる通信手段が効力を発揮出来ずにいた。

 

 

手詰まり。学生達を出すくらいなら、自分達も動くかと考えていたその瞬間、彼等から申し出が送られてきた。

 

 

─────協定を組もう、と。

 

 

 

 

 

 

 

「…………どういう風の吹き回しだ。ジールフッグ・レディアス」

 

「どうって。言葉通りの意味だけど?」

 

 

和室の一部屋。

辺りの扉や窓が閉ざされた座敷には、一つの机と腰掛ける為の座布団が二つ備えられている。

 

 

崩したように座りながらも、目の前の相手への警戒を緩めない千冬が低い声で問い質す。しかし相手、ジールフッグは平然と言葉を返すだけだった。

 

 

部屋にいるのは二人だけではない。隅に立つのは山田先生やセシリアや鈴達、代表候補生達。そして、ジールフッグの後方に並ぶアナグラムの戦闘員と、彼の側近である副官の男。

 

 

 

「界滅神機って言うんでしょ。アレ、放置しとくようなもんでもないじゃん」

 

「…………」

 

「調べてみて分かったけど、アレ人の多い場所に向かってる話でね。クロム・ルフェってヤツと殺し合ってたのは良いけど、アッサリ戦うの止めてからここに向かってきてる。近くに多くの人間がいるから」

 

 

ジールフッグの言葉に、千冬は答えない。

 

 

『モザイカ』が界滅神機 クリサイアと戦闘した後、立ち去った彼を無視してクリサイアは乱入してきたクロム・ルフェと戦闘を開始した。

 

 

二時間もの死闘。放たれる超高出力の熱線、それをエネルギーへと変換し、破壊力を引き出すクロム・ルフェ。両者が退くことはなく、ただ相手を倒すことだけを優先していた。

 

 

しかし、二時間が過ぎたその瞬間。クロム・ルフェは唐突に空域から離脱を始めたのだ。最初は追撃していたクリサイアだが、クロム・ルフェに振り切られた事で諦めたらしい。

 

 

標的を見失ったクリサイアの次の狙いは───陸上だった。正しくは、浜付近にある花月荘であった。より厳密には、花月荘で待機状態にある生徒達だ。

 

 

そこが最も自分に近い人口過密地帯と判断したクリサイアはゆっくりと、確実に進攻を始めた。巨体の重量を動かすための浮遊ユニットによる浮遊移動はあまりにも鈍足であるが、それでも着実に距離を狭めていた。

 

 

「シルディや僕の仲間達にも救援を募ったけど、人員が少ない。だけど、君達には戦力がいるよね?専用気持ちが」

 

「………だから協定を組むと?ふざけるな、今国連に救援要請を送っている。貴様らと協力する必要もなく、対処できるはずだ」

 

「────へぇ、国連が?君達を見殺しにするつもりなんじゃないの?」

 

 

否定しなかった。

全ての連絡手段が遮られ、IS学園は援助すら呼べずにいる。だが、国連がこの事態を認識してないとは思えない。知っていて無視しているのだろう。IS学園には哀れな犠牲者になってもらい、自分達が全ての功績を手に入れるようにするためか。

 

 

故に、アナグラムが協定の申し出をしてきたのはIS学園としても嬉しい話だ。詰みと言うべきこの状況で、彼等が力を貸してくれるのならば、ゼロに近い勝利の可能性も僅かにだが増えることだろう。

 

 

 

 

 

だが、しかし。

それが現状で正しいとはいえ、納得出来ぬ者もいる。

 

 

 

「─────さっきからふざけたことを」

 

 

専用機持ち達、その中でも不満が強いラウラが口を出した。他の全員も黙ってはいるが、不服を唱える者が大半だ。怒りを剥き出しにしながら、平然とするジールフッグを問い詰める。

 

 

 

「協定を組もう、だの。言葉通りの意味、だの。何様のつもりだ。元はと言えば!今回の事態は貴様らが原因だろう!」

 

「…………」

 

「世界のバランスを乱すテロリストが!人命を優先するような口で語るな!そもそも、貴様らが福音を強奪せねば、一夏は───婿も、龍夜もあんな風にはなってはいなかった!」

 

 

今回の福音強奪事件、それにより今回の作戦が行われ、その結果男二人が被害を受けることとなった。一人は意識不明となり、もう一人は暴走して敵として対処されることになっている。

 

今すぐに助けに行きたいと思っているのに、その原因である連中から協定を組めと言われた時点でラウラは既に怒りが抑えきれなかった。

 

故に、対面した彼等の態度に、暴発したのだ。

 

 

 

 

しかし、それはラウラ達だけではなかった。

 

 

「────テロリストだと!?我等をそこいらのテロリストと同一視する気か!」

 

 

側近である副官の男。彼が凄まじい怒気を放ちながら、ラウラへと怒鳴る。部下達は困惑し、ジールフッグは困ったのか面倒なのか分からないため息を漏らす。

 

 

「ふざけるな!腐敗した国連の掲げる偽りの正義を信じきった愚者どもめ!貴様らにシルディ様の、リセリア様の真実など理解できるか!?貴様らの信ずる平和が、どれだけの犠牲と裏切りの果てに出来たものか理解している訳でもあるまい!!」

 

 

ピクリ、と千冬を含む全員が硬直する。まるで全てを知っているかのような副官の口振り。自分だけは理解しているような言い方に、全員の視線が集まる。

 

 

「ああ!そうさ!かつて私も国連を信じきっていた!アナグラムの真実!国連の必死に隠そうとしていた大罪を知るまではな!!それを知った途端!嫌悪が走ったさ!国連にも、この世界にも!全てが気持ち悪く見えるほどの吐き気が、忘れられん!」

 

「大罪、だと?貴様は何を知って────」

 

「教えてやろう!我等がリーダー、シルディ様こそが国連の大罪の象徴!何故ならあの御方は──────」

 

 

 

 

 

「─────黙れ、アグレイン」

 

 

底冷えするような視線と言葉が、空気を一気に支配する。白熱していた空気から熱が消え去り、怒りの余りに口走ろうとした副官は咄嗟に口を閉ざしていた。

 

 

先程までの退屈そうな態度を消し、ジールフッグは冷たい顔でアグレイン────自らの副官を見据えていた。アナグラムの幹部としての風格を宿しながら。

 

 

「その事実はリセリア様から他言せぬように言われてるはずだ。僕が君に教えたのは君を僕の右腕として、僕の分け身として信用してるからだ。君の口が軽いのなら、教えるつもりなんて無かったよ」

 

「───申し訳、ありませぬ。ジールフッグ様ッ」

 

「赦す。一度だけ。二度と僕の信用を裏切らないでね」

 

 

深く頭を下げ、膝をつく副官にそれだけ言う。億劫そうに欠伸を漏らすジールフッグは姿勢を崩し、座布団に胡座をかく。

 

 

しかしその欠伸を噛み殺しながら、ジールフッグは目の色を変える。そのまま口を開き、話を始める。

 

 

「それにしても、君の意見の一部が気に入らないなぁ。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。まるで僕達が人命を軽視しているような言い分は。そんなこと言われると僕だって気分が悪い」

 

 

返事をする暇はなかった。ジールフッグが指を鳴らすと、副官達が一斉に動き出す。思わず警戒し止めようとする専用機持ち達を千冬が制する。

 

 

彼等が取り出してきたのは黒いアタッシュケース。それを受け取ったジールフッグは鍵を開け、とある書類を手に取った。

 

 

「これを見ても、同じことが言えるのかな?君達は」

 

 

机に滑らせるように、ジールフッグが資料を渡す。自分の前まで届いたそれを千冬が受け取り、目を移す。

 

 

その内容を軽く目に通した彼女は驚きながらも、一瞬で平静を保ち、目の前の少年を睨む。

 

 

「何だこれは」

 

「───国連の福音の実戦運用計画、その本当の目的。次のページを読んでみなよ」

 

 

ヒラヒラと手を振るジールフッグに、千冬は素直に次の資料を読み始める。その一部、ペンでマーキングされた部分を読んだ途端、驚きのあまりに言葉に出ていた。

 

 

 

「アナグラムの戦闘員 イルザの身内とされる集落の爆撃………?証拠隠滅のため、民間人全員の殺害だと?」

 

 

そこに記されていたのは、人が考えたものかと思える計画。大国二つが完成させた軍用ISにゲリラの殲滅という大義名分のもと、アナグラムの庇護下にある集落を攻撃させるというもの。

 

生身の人間であれば一溜りもないISの武装を、一般人に向けるというのだ。それも確実な殺害目的で。

 

アナグラムの戦闘員ならば、テロリストという事で納得は出来る。しかしその集落はアナグラムの庇護下にあるだけであり、彼等に協力しているわけではない。なのに、全員抹殺しようとは何を考えているのか。

 

 

 

国連の考えは分からない。

だが、アナグラムの行動理由は分かった。これが偽造であるかは不明だが、こんな回りくどいことをしてくるとは思えない。

 

なんせ自分達の関係者が狙われるのであれば、全力で阻止するだろう。彼等は表向きにはテロリストではなく、正義のために活動している革命軍団なのだから。

 

 

 

「どう?これでも君達の信じる国連の黒いところが、僕達が必死に今回の作戦を起こした事は、少しでも理解できたかな?」

 

「………なるほどな。確かにお前達の大義には納得が出来た。少なくとも、学生達の守護のために力を貸すというのは嘘ではないだろう」

 

「でしょ?じゃあ、協定はOKってワケ?」

 

「ああ───だが、条件が二つある」

 

 

腕を組みながら、目を細める千冬。彼女の意見にジールフッグは顔色を変えない、つまり反対ではないということになる。

 

 

「一つ、お前達もこの作戦に協力すること。無論、誰か一人でもいいから戦える者を出せ。こちら側だけが戦力を負担する訳にもいかないからな」

 

「それに関してはそのつもり。僕も援助を呼んでてね、一人だけ来れるってさ。後は此方側も兵器とかで何とかしてあげる。………それで?二つ目は?」

 

 

億劫そうに頬杖をかくジールフッグに、千冬は続きの言葉を告げる。

 

 

 

「────『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』とその操縦者を此方に引き渡せ。それが可能なら、我々もこれ以上の要求はしない」

 

「─────いいよ。だけど、この書類通りの話になったら此方も容赦しないから。アンタ達みたいなお優しい人達には極力、手は出さないけど」

 

 

それだけで交渉は終わり、協定はアッサリと結ばれた。IS学園とアナグラムの協定、緊急事態故の共同戦線が今設立したのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

そして、現在に至り。

作戦本部ではアナグラムの持ち込んだ巨大なスーパーコンピューターなどが鎮座している。教師達も非公式組織とは思えない程の機材を持つ彼等に戦慄と警戒を隠せてはいない。しかし、それはアナグラムの構成員も同じではある。

 

 

ただ一つの目的、生徒達を、一般人を守るという共通する理由のために手を組んでる以上、疑いなどはしないのだが。

 

 

 

「────それでは、今回の作戦の確認にあたる」

 

 

既に身構える全員に、千冬がディスプレイを確認しながら説明を始める。

 

 

「我々の目的は二つ。界滅神機 クリサイアの破壊及び機能停止。そして、蒼青の身体を乗っ取ったクロム・ルフェを無力化し、蒼青を救出することだ。

 

 

 

 

この作戦のためにも、それぞれの目標に戦力を分担する。クロム・ルフェの担当をするのは、篠ノ之とヴォイス。お前達だ」

 

呼ばれた二人、そのうちの一人である箒は覚悟を決めたように頷く。前回の時のような浮かれようはなく、本気で取り組もうという強い決意が滲んでいた。

 

横目で確認したゼヴォドは前を向き、手を挙げる。

 

 

「質問、よろしいですか?織斑千冬………先生と呼ぶべきでしょうか」

 

「好きに呼べ、任せる」

 

「それでは────私と彼女の二人で、クロム・ルフェの相手をするのは理解しました。ですが、少々戦力不足では?そちらの専用機持ちも何人か含めてもいいと思われます」

 

 

チラリ、と金髪ロングの少女と銀髪眼帯の少女を見ながら言うゼヴォド。事前に情報から知っていたのか、彼の僅かな心配と同情があった。

 

 

想い人の為に戦いはずだが、それでもいいのか?とすら思っている。アナグラムとして敬意が浅く、戦闘員としてよりも一般人の感性に近いゼヴォドの疑問に、千冬は淡々と答える。

 

 

「残念だが、それは無理だ。クロム・ルフェの相手をする者は出来るだけ少ない方がいい。ヤツのプログラム上な」

 

「?それはどういう───」

 

「はいはーい!ここからは束さんが説明するんだよ!」

 

 

バァーン! と床の板を頭に乗せながら、天災(篠ノ之束)が登場する。彼女の存在に愕然とするアナグラム一同に、IS学園側の関係者も納得の視線を向けている。

 

千冬は溜め息を漏らすだけで彼女に退室を求めることはない。事前に許可したのだろうか、束は指先を軽く動かすだけでディスプレイを操作し、画面を転換させる。

 

 

 

「クロム・ルフェはね、りゅーくんを守るために行動しててね。敵を排除するのも、全てりゅーくんの為なのさ!だから敵を倒しきれなかったり、敵の数が多すぎると判断するとすぐさま逃げるんだよ。だから少数で対処しないといけないってワケだぜ!」

 

「…………なるほど、クリサイアから逃げたのも納得が出来る」

 

 

龍夜を守る、その為ならばクロム・ルフェの行動も納得できるものではある。龍夜を気絶させようとし、クロム・ルフェに攻撃を当てたイルザは『敵』として殺すまでに追い詰められた。

 

モザイカとクリサイアの戦闘に乱入したのも、戦闘の余波に自分が巻き込まれたことで、二つの存在を『敵』として認識した。

 

 

『敵』が追跡するよりも前に消える、もしくは『敵』を倒せないと判断した瞬間に逃げるのも、内側にいる龍夜を危険に晒さない為という理由だろう。

 

 

『敵』を殲滅するのは、龍夜を守るためだからだ。敵を殺すために龍夜を巻き込むのは、本来の目的と矛盾するからこそ、主の安全を優先した上での最善の選択を決めているのだろう。

 

 

懇切丁寧に話す束。彼女の説明を、担当する箒とゼヴォドは静かに聞いていく。話が終わり、区切りがついた直後に、ゼヴォドが気になったところを言葉に出した。

 

 

 

「よく知ってるじゃないですか、篠ノ之博士。まさか貴女が開発したとかいう話じゃないですよね?」

 

 

 

 

 

「────え?そうだけど?」

 

 

「─────は?」

 

 

沈黙。

質問したゼヴォドすら、絶句していた。この場の全員が、信じられないというように束を見つめていた。黙っていたその一人、箒の口元が小刻みに震える。

 

 

「姉、さん………貴方は、自分が何をしたのか……」

 

「でもね、箒ちゃん。これは仕方ないんだよ」

 

「仕方ない!?それで済む話じゃないでしょう!?」

 

 

そこでついに、立ち上がった箒が肉親へと叫ぶ。友人がこうなった原因の一人に、溜まりに溜まった怒りを吐き出すように。

 

 

「貴方は知ってて!あんなものを龍夜のISに搭載させてたんですか!暴走すると知ってて!守れてると言っても!あんなもの、危険じゃないはずがない!ISに乗っ取られて肉体を無理矢理動かされている龍夜も、負荷が激しいはず!

 

 

 

 

 

クロム・ルフェも、ISも!あんなものを作らなければ!こんなことにはならなかったじゃないですかっ!?」

 

 

ISがなければ、自分は世界に振り回されることはなかった。大好きだった一夏とも、幼馴染みである暁とも、一緒にいられたのだ。

 

 

それをバラバラに引き裂いたのは、実の姉だ。大戦を止めるためとはいえ、納得ができない。姉が何故戦争を止めるためにISを披露したのか。理由すら分からない以上、激しい疑いが鬱憤となって、姉への恨みへと変わっていたのだ。

 

 

 

張り裂けるような叫びの後に、静寂が続く。誰もが何も言えず、騒動を見守るしかできなかった。

 

 

そしてようやく、束が口を開く。

 

 

 

「───ごめんね、箒ちゃん」

 

 

初めて聞いた、謝罪の言葉。

いつものようにヘラヘラとしたものとは違う、悲哀と悲痛に満ちた穏やかな顔。

 

 

絶句する。

親友である千冬以外の全員、箒を含む全員が信じられないという視線で見ていた。彼女の人柄をイヤと言う程理解させられたからこそ、予想外の反応に驚きを隠せない。

 

 

何かを話そうとした口が、すぐに閉ざされる。思い悩んだ果てに、束は言葉を紡いだ。

 

 

「でも、本当に仕方なかったんだ。りゅーくんの暴走を止めるためには、クロム・ルフェが必要不可欠なんだよ」

 

「……………え?」

 

 

今度こそ、箒は絶句した。姉の発言の一部を理解し、おかしいことに気付いた。

 

 

矛盾点。そう呼ぶべき部分があったのだ。

 

 

「待ってください、姉さん。クロム・ルフェの暴走って、あの感情が制御できなくなる状態の事も含まれてるんじゃ───」

 

「その暴走を止めるのが、クロム・ルフェなんだ。りゅーくんの感情が暴走させられるのを自動的に抑え込んで、ISを展開できないりゅーくんの代わりに自ら纏って戦う。それがクロム・ルフェの運用目的、だね」

 

「な、なら────」

 

 

────あの時の暴走は、クロム・ルフェとは無関係であり、クロム・ルフェはその暴走の対抗手段だったのか?

 

 

答えなど分からない。何がどうなっているのか、全貌を知ることすら出来ない。

 

立ち尽くす箒に、ゼヴォドが座るように促す。時間がない、と表情で示す彼に、素直に応える。

 

 

話を聞いていた千冬は咳払いをした後に、タブレットを片手に動く。

 

 

「…………篠ノ之とヴォイスは束からの説明を基に対策を。そして、クリサイアの担当はお前達全員────そしてもう一人だ」

 

 

気を引き締めた専用機持ち─────だが、すぐに全員の視線が一人へと向く。作戦本部内、そこで正座せずに椅子に腰かけて話を聞いていた金髪の女性。セシリアやシャルロットとは違い、明らかな年上の人物。

 

 

 

「───ナターシャ・ファイルス。確認するが、大丈夫だな?」

 

「ええ、大事はありません。それに、学生の子達だけに戦わせるなんて納得がいきませんから」

 

「そう意味ではない…………アナグラムとの共闘を、認められるのかという話だ」

 

 

そう言いながら、千冬はジールフッグ含むアナグラム一同を見る。代表の少年は、大して気にしてないように呑気そうに欠伸を鳴らしており、到底反省の様子はない。

 

 

しかし、彼女は気にした様子はなかった。

 

 

「ご心配なく、織斑さん。あの子も私も、無傷かつ丁重に扱ってくれました。彼等の理由も聞きましたので、私も納得済みです」

 

 

薄く微笑むナターシャ。ほらね、とドヤ顔のジールフッグから視線を外した一同。だが、「それに」と呟いた彼女はふと、笑みを消した。

 

 

「私が許せないのは他の奴ですし」

 

 

敵意に満ちた眼光。

この場にいない誰かへと向けられたそれは、一瞬の事だった。すぐに様子を戻し、ナターシャは軽く微笑んでいる。

 

 

 

それから、作戦会議は進んでいく。

複数の脅威に対抗するべく、彼等はすぐにでも動き出す。

 

 

 

決戦となるのは、数十分後。その戦いが、全てを決める。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

ゴゥン…………ゴゥン…………

 

 

 

(───ここは?)

 

 

周りから聞こえるのは、重機の動く音。工場のようなそこに人気などはなく、隔絶された鋼鉄の城の内部であった。

 

 

その通路の一つで、一夏の意識は覚醒した。

周囲を見渡して、戦慄する。工場のラインに吊らされていくのは、ヒト型の兵器である。無数の触手のように蠢くアームが頭部や腕の部品を締め、固定する。それが一連の作業であった。

 

 

(なん……だよ、ここは?俺って確か───)

 

 

そこでようやく、自分がおかしいことに気付いた。厳密には、動かせるのは視線だけで、身体が動かないのだ。まるで自分じゃない誰かに、自分の意識だけが乗せられているように。

 

 

カツン、カツン、と。

自分じゃない誰かが歩き出す。工場の通路を渡り、進む先にあった扉をゆっくりと開けた。

 

 

部屋の中には、一人先客がいた。工場一帯を見渡せるガラスに視線を落としたその人物は、ゆっくりと振り返る。

 

 

『────来たか』

 

 

半ば白く抜け落ちた黒髪を垂らした、壮年の男性。研究者用の白衣を羽織ったその人は、一夏を────否、『誰か』を見た。

 

 

 

『八神、先生…………』

 

 

何も、姿も見えぬ『誰か』が口を開く。声の低さからして、男であるのは分かる。

 

 

八神、その単語に一夏は驚愕を隠せなかった。八神の名を知らぬ者はいない。その名を持つ者がどれだけの大罪を犯したか、永きに渡って語られている。

 

 

『軽蔑するかな?私を』

 

『いえ、そのような真似は…………貴方の気持ちは理解できると言わないが、納得はできる』

 

『納得、ね………世界を滅ぼそうとする男に、同情的じゃないか』

 

 

自嘲したように呟く姿は、あまりにも悲哀に満ちていた。当初思い浮かべていたものとは欠け離れたものに困惑しながらも、思うところがある。

 

 

ドス黒く濁ったような瞳の色に、もう一つの可能性が見えた。なにかを、誰かを信じるような優しい願いが。

 

 

 

『君に託したいものがある。他ならぬ、何より信頼できる君に』

 

 

そう言い、八神が机の装置を指で叩く。カシュン! と、床のパネルが外れ、内側からカプセルが出てきた。円柱型のカプセルの内部、そこにあったものに『彼』は目を剥いた。

 

 

 

黒い球体。

ブラックホールのような無の黒。それに包まれた球体の中では、無数の光が煌めいていた。まるで、一つの宇宙に無限に存在する星のように。

 

四方を小さなパーツで覆われたそれの正体を、一夏は掴みかねていた。予想はできるが、確信的ではなかった。そんな一夏に連動するように、『彼』が問いかける。

 

 

『────これは?』

 

『ゼノス・アルザード。ISの原版であるゼノスの二号機だ』

 

『ゼノス………?原版だと?』

 

『…………失礼。説明を忘れていた。私があの娘の為に開発したISのプロトタイプにしてオリジナル。ISのネットワークの基盤であり、全てのISの頂点に立つインフィニット・ストラトスだ』

 

 

何を話しているのか、一夏は分からなかった。いや、理解できない。目の前の男が、インフィニット・ストラトスを造ったというのは本当なのか。

 

 

全てのISの頂点に立つIS、そんなものが実在するのか、と。

 

 

『君に預かっていて欲しい。ISのコアには君の生体データを登録してあり、君だけがゼノス・アルザードを扱える。だがそれも、起動させるまでだ。少なくとも、出来る限りは起動させずに所持していてくれ』

 

『分かった。………だが、聞かせてくれ。何故今になってそんな話を?』

 

『……………』

 

 

八神博士は、沈黙した。外を見つめた博士は、視線を向けることなく話を続ける。

 

 

 

『私は、あらゆる研究データを特別な施設に隠してあった。ゼノスから分離させた『IS基礎三原則』を内包したデータスフィア。ゼノス一号機、ゼノス・バルハード。それらは厳重に、誰にも悟られぬように保管していた─────はずだった。

 

 

 

 

 

だが数日前、封印したはずのゼノス・バルハードが何者かにより強奪された。私がその施設から離れた直後を狙った事だ。つまり、何者かは最初からゼノス・バルハードを狙っていたと見ていい』

 

 

『誰か』が驚き、強い警戒を抱いているのを一夏は感じ取った。まるで自分が体感してるような感覚に迷うことなく、素直に受け入れる。

 

 

八神博士との話は、まだ続いていた。

 

 

『ゼノスは全てのISに干渉し、その力を思うがままに引き出せる。それだけではない。ゼノスは従来のISを超越した自己進化を有する。何年、何十年が経ち、どれだけ強力なISが開発されようと、ゼノスはそのISの強さを複製し、自らの物へと変成する。

 

 

 

 

ISの支配者たるゼノスに対抗できるのは、同じゼノスのみだ。故に、私は君にゼノス・アルザードを託したい。それが私の理由だ』

 

 

穏やかな言葉を聞き終えた『誰か』は、静かに頷く。それだけで、黒いコアへと近付いていく。手を上げ、伸ばそうとした瞬間、八神博士が指を鳴らした。

 

 

まだ言いたいことがある、とでも言うように。

 

 

 

『────無論、君の自由だ。そのISは禁忌、あの娘が開発したISを逸脱したイレギュラー。決して外部に、君以外の人間の手に渡ってはいけない。それはつまり、ゼノス・アルザードを手にしたその時から、君は家族と一生過ごせなくなる』

 

 

本気で案ずるような眼だった。濁り、渦巻く怨嗟と憎悪の瞳の奥に浮かぶ一条の光。穏やかな優しさは、『誰か』を引き留める最後の境界線だ。

 

 

『だからこそ、選択は気を付けたまえ。ゼノスを起動させたその時から、君は二度とあの二人と共に居られない。この世界から異端なる敵として狙われ続ける。拒否したとしても、私は受け入れよう』

 

 

それだけ言い、八神博士は背を向けた。椅子から立ち上がり、歩き出す。部屋の奥、暗闇の向こうへと進んでいくその背中からは煮え滾るような殺意が溢れていた。

 

 

 

『八神先生、いえ八神博士』

 

 

ポツリ、と『彼』は呟く。

その言葉に、僅かに歩みを止めた。白衣の天災は立ち尽くし、最後の話を聞こうとしていた。

 

 

『───私は、あの子達を愛しています。たとえどれだけ罪深く、許されざる禁忌を犯した私であっても、あの子達の幸せだけは願いたい』

 

『──────』

 

『私も、罪を背負おう。貴方の罪を、責任を。一人の大人として、返しきれぬ恩を果たすために』

 

 

それだけだった。博士は、何も言わず、何も語らぬ。暗闇へと消えていく白は、痕跡すら残らない。

 

 

男は踏み込み、最後に残されたカプセルの、黒いコアへと手を伸ばす。掴むような掌が、コアに触れた。

 

 

 

『それが俺の、■■■■の宿命だからな────』

 

 

最後の呟きは、自分に向けたものだった。それを聞いた瞬間、激しいノイズが一夏の鼓膜や視界を覆っていく。

 

 

 

ブツン、と。

テレビが消えたように、あらゆる感覚が途絶えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……………っ」

 

 

いつの間にか、一夏は全く別の場所へと立っていた。そこは、砂浜。自分の服装が最後の記憶とも違うのもおかしいが、あまり気にしている暇はなかった。

 

 

 

「…………何だったんだ?今のは」

 

 

『誰か』の記憶。

誰かが誰なのかも分からない。顔も見えず、声も分からなかった。いや理解しようにも、ノイズが入ってきて思考を無理矢理停止させてくるのだ。

 

 

だが、一夏は何故か無視できなかった。何一つ知らない『誰か』が無関係な人物だとは思えない。そう思わせる胸騒ぎのような何かが、心の中で激しく脈打っていたのだ。

 

 

 

(…………?)

 

 

ふと、一夏は思考を止めた。

静かに響き渡るさざ波の音に混じり、歌声らしきものが聞こえてくる。思わず、声のする方へと歩いていく。ふらふらと、引き寄せられるように。

 

 

 

そこに、いた。

白いワンピースを着た、白い髪の少女が。綺麗な音色で歌いながら、ゆらりと踊っている。

 

 

 

不思議と、心地のよいものだった。ぼんやりと、一夏はその少女に見惚れていた。その場にあった木製のソファーに腰掛け、ただただ目の前の少女を眺め続ける。

 

 




部下達に羽交い締めにされたゼヴォド「私ならもっと良い音色を響かせられますけど!?」


伏線を作りすぎて回収できるのにどれくらい掛かるのやら………(呆れと後悔)
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