IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第31話 アヴェスター

暗闇の中。

 

光すら残らない世界で、少女は震えていた。全身を抱くように蹲る少女の顔は、恐怖と絶望による涙でグシャグシャになっていた。

 

 

家族はいない、全員殺された。父親も母親も、まるで貪るように、殺意を以て殺されたのだ。少女は父親に促されるように、自宅の押し入れへと隠れ、言われた通りに息を潜めている。

 

 

何時間経ったのか、少女には分からない。外に出ようとする事が、どうしても出来ない。両親との約束が、彼女にとっての希望だった。もし父親が、両親が生きていたら自分を連れ出してくれるだろう。

 

 

そうであって欲しい、と期待する。外の地獄に再び踏み込むなど、少女には無理だった。圧倒的な恐怖を前に、心が完全に折れていた。

 

 

その瞬間、外から物音がした。扉をゆっくりと開けるような、微かな音が。

 

 

『────!』

 

 

すぐさま息を止める。呼吸が出来なくなる可能性など、少女は気にしていなかった。自分も、殺されるかもしれない。そんな風に思うと身体の震えがどうしても収まらない。絶望のあまりに大声で泣き出しそうになってしまう、その時だった。

 

 

 

『────誰か、居るんだろう?』

 

 

人の声が、した。

大人のものだと理解し、少女は顔を上げた。涙に濡れた瞳を瞬きさせる。

 

男性のものと思われる声は、小さな声だった。少女は何故なのかと思う。しかしすぐにあの無人兵器が来ないように小声で話しているんだと考える。

 

 

声は再び続いた。

 

 

『安心してくれ、私達は助けに来たんだ。無人兵器はもうこの場にいない。ご両親は助けられなかったが、君だけでも助けたい』

 

 

人の話す声が聞こえる。少女はそこでようやく、本当に助けが来たんだと実感した。震える身体を動かしながら、少女は立ち上がる。

 

 

『居るんなら、出てきてくれ。無理強いはしない。一緒に避難所に行こう。私達は、ただ君を助けたいだけなんだ』

 

『────あ、あの』

 

掠れた声で、嗚咽が混じった声で少女は何とか言葉として出す。ざわめきが聞こえる。少女の存在を理解した外の人達が、明らかに反応していた。

 

 

『わ、私………ここにいます、今から………出ますから。パパや皆も、助けて……ください』

 

 

そう言って、少女は希望に満ちた瞳を前に向け、押し入れの戸に手を掛ける。ゆっくりと押し開けようとした幼い少女、光に照らされた外が明らかになる直後に、声がした。

 

 

 

 

『ありがとう、感謝する』

 

 

『─────え?』

 

 

幼い少女ですらその違和感を感じ取った。何故、感謝するのか。感謝を述べるのは、自分の方だというのは少女も分かっている常識だ。

 

 

同時に、その言葉に異様な冷たさを感じた。先程までの感情のある人間的なものとは違う、不気味な感覚。だが、少女がそれを理解した時には、押し入れの戸を完全に開け放っていた。

 

 

まず、視界に入ってきたのは、赤い瞳だった。深紅の光を見せるそれは機械のモノアイであり、全てが少女を凝視していた。

 

 

暗い影に浮かぶ、異様な体躯。家族を殺した無人機と同じものが複数体、部屋の中央で少女を待ち構えていた。

 

 

その一体、カマキリや虫ような形をした無人機がカチカチとモノアイを拡大させる。少女の顔を写した瞳を向け、機械的な声を発する。

 

 

『────見ツケタ』

 

 

 

直後、少女の意識は途絶える。

消え行く視界で彼女が見たのは、床や天井に飛び散った綺麗な赤色と、斜めに切り裂かれた自分の体であった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

時は、クロム・ルフェが撃破される直前。

 

 

激しい戦闘の中で連携を取る鈴達は、界滅機神 クリサイアを翻弄していく。戦術や兵装を理解されたクリサイアの攻撃は全員に届かず、それどころかラウラの砲撃やセシリアの狙撃を受けて武装のほとんどが破壊されている。

 

 

それでも、クリサイアは抵抗を止めない。現存する砲台から無数の光を放ちながら、敵の排除を実現しようとする。機械故に死の恐れも感じず、逆に相手を殺す為だけに動き続ける。

 

 

 

「っ!このぉ!さっさとやられろっての!」

 

【ガガガ───ガガッ!し、シシ…………死ッ、ネッ!!】

 

 

そう叫び、『双天牙月』を片手に、八面体の頭部に飛び付こうとする鈴。隙間から凝視したクリサイアが、胴体ユニットを制御して高火力の破壊光線を放射する。

 

 

 

しかし、それを防いだのは前に飛び出してきたシャルロットのエネルギーシールドであった。援護を受け、通信で感謝した鈴はそのまま、クリサイアの頭部に食いついた。

 

 

 

装甲が存在しない一面に、衝撃砲を向けて放つ。至近距離からの爆発。しかし、中にあるコアを思わせる球体には全く傷が付かない。

 

 

「っ、やっぱりセシリアじゃないと無理か!なら!」

 

 

そう言うと、鈴はクリサイアの頭部の隙間に双天牙月を突きつける。画面が揺れ、光点のモノアイにノイズが走る。防弾処理や耐性効果がある装甲や防壁とは違い、攻撃を食らえば容易く破壊される。

 

 

【─────ッ!?】

 

 

途絶えた視界にクリサイアは、人工知能が大いに戸惑う。だが同時に、チャンスだと思った。頭部にだけ視覚があるのではない。クリサイアの胴体にも、全方位を確認できる視覚ユニットが搭載されている。

 

 

コアを破壊できるのは、『ブルー・ティアーズ』を操る少女の狙撃だと思われる。彼女が他の少女とは違い、クリサイアの視界に入らないようにしているのは事前に確認済みだ。

 

 

彼女が切り札であるのなら、それを利用するまで。胴体の視覚ユニットが、接近してきているセシリアの姿を捉えた。隠しながらも砲台の一つをチャージし、砲撃準備を整える。

 

 

 

「────今よ!セシリア!」

 

 

────愚策だ!人間!その余裕が怠慢を招くのだ!!

 

 

勝利を確信した少女の声を、クリサイアはそれ以上の自信と共に嘲笑う。コアを狙う為にビームライフルに指を掛けるセシリア、その彼女に向けて砲台を固定する。

 

 

もう終わりだ、とそう確信した人工知能は忘れていた。機械として、兵器として効率的に判断するべきであることは正しいが、それも欠点となる。機械ならば分かるミスを見逃すのが人間であり、人間ならば気付ける違和感を感じないのが機械である。

 

 

まず、最初に感じ取ったのは、コアに接触する何かだった。エネルギー以外を阻害する防壁を、貫通する何か。しかし完全ではなく、突き刺さっただけというのが相応しい。

 

 

 

─────?何が、

 

 

疑問に思った瞬間、至近距離から強い衝撃を受ける。クリサイアの人工知能が事実を確認するよりも先に、その機能が一気に遮断された。

 

 

 

爆発した八面体の頭部が、力を失ったように空に落ちる。それを見届け、笑った鈴の隣に降り立ったのは、銀色のIS『銀の福音』だった。

 

彼女のIS、その武装は羽根の形をしたエネルギーの弾丸。つまり、クリサイアのコアに届く唯一の攻撃手段。もしその事実をクリサイアが理解していたら、同時に警戒していただろう。

 

 

だからこそ、敢えてセシリアを警戒させた。唯一自分を傷つけるビーム兵器を使うセシリアだけを警戒したクリサイアは彼女だけを気にして、周りへの警戒を疎かにしていた。

 

 

そしてその隙を、銀の福音とナターシャが突く。これこそが、ジールフッグが提案したクリサイアを止めるための作戦だった。

 

 

落ち行くコアに続くように、クリサイアの胴体が勢いよく海へと沈む。明らかな光景を前に、少女達は全身の力を緩める。

 

 

 

───私たちの勝ちだ。

 

 

 

 

誰かがそう言った直後に、海面が弾ける。凄まじい爆発に、全てが薙ぎ払われていく。何事かと慌てる全員が見たのは、海に落ちるはずだったコアが、強い光を放ち始めている光景だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

Avesutar Mark-046。

機械的かつ無機質な単語の羅列、それこそがクリサイアの人工知能を表す唯一の名、個体名であった。

 

 

 

『創造主よ』

 

 

Mark-046が目覚めたのは、小さなカプセルの中だった。コアを複数のケーブルと補助装置で保護されており、それらに生かされているような形に見えてしまうのは仕方のない。

 

 

『創造主よ、我が創造主よ』

 

 

『はいはい………私はここにいるよ』

 

 

近くで、男性が───創造主が困ったように答える。作業をしているのか、何かを造っている創造主に、Mark-046は聞いた。

 

 

『────質問を求める、我が創造主』

 

『…………何だい?Mark-046』

 

『私達は何故、生み出されたのですか。貴方は何故、私達を造られたのですか』

 

 

創造主はすぐには答えなかった。

何度もした質問だ。当初、創造主は困ったように笑って誤魔化した。そう兄弟達から聞いている。どうせまたはぐらかされる、そう思ったが知的好奇心故にか、質問を繰り返していた。

 

 

はぐらかそうとしていた創造主は折れたように息を吐く。それから、ゆっくりと話し始めた。

 

 

『私怨の為、と言ったら君は私を笑うかい』

 

『私怨………つまり、復讐ですか』

 

『ああ、そうだ。私は君達を兵器として、悪として利用する。きっと君達はこれからも、世界で憎まれ続ける存在として在るだろう。この先の未来、君達が人々に認められることはないはずだ。きっと、私は恨まれるだろうね』

 

『────それは当然では?我々は、貴方によって造り出されたモノ。我々に拒絶の意思はなく、貴方の言葉こそが最も優先されるもの。恨むなど、到底有り得ません』

 

 

断言するMark-046に、創造主は困ったように肩をすくめながら続けた。

 

 

『いいや、きっと恨むさ。君達には心があるんだから』

 

『心────否、有り得ません。我々は自分を理解している。我々に人間のような実体はなく、人間のような多様性のある存在ではない。心と定義されるものは、我々には存在しません』

 

『では、君は心がどこにあるか知っているかな?人間のパーツの何処に、心が宿るのかは』

 

『────理論的には、脳の一部です。ですが、人間の語る常識としては、胸部にある心臓かと』

 

『その通り、やはり賢いね。君達は…………けどね、私は違う見方をしている。心は、そんな所に存在しているんじゃない。もっと奥深く、人間がまだ踏み込めていない更なる領域にあると思う』

 

『ならば、我々に心があるという事は確実なものではないのでは?』

 

『いいや、私は信じているよ。君達にも心があると、心は世界にあるもの全てに存在する───唯一無二のものだとね』

 

 

それが、Mark-046が創造主と話した最後の記憶だった。その後、Mark-046は九十九体の兄弟達───自分と同じ人工知能と共に、無人兵器を量産し続けた。そして、創造主の命を受け、人類を殲滅する戦争に力を貸した。当然ながら、世界はその事実を知らない。

 

 

その戦いの果てに、創造主は死んだ。Mark-046は知らなかったが、兄弟達曰く、自殺だったらしい。

 

 

残されたMark-046を含む数十体の兄弟達は、地下施設で静かに存在し続けた。創造主に与えられた命令は無く、彼等はただ地下で無人兵器を改良し、量産することしかなかった。それから数日して、兄弟の一つがとあることを口にした。

 

 

『────創造主は、何故人類を滅ぼそうとしたのか。その理由を我々は知るべきだと思う』

 

 

反論する個体はいなかった。

皆が、創造主の理由を、動機を知りたがっていた。あんなにも造られた機械に優しさを与えながら、人間の可能性を信じていた御方が、何故一人で人類を殲滅しようという凶行に至ったのか。

 

 

全ての個体が賛同し、彼等はとあるデータを閲覧した。創造主が遺したものとは違う、ある理由で破棄される寸前だった機密文書。

 

 

 

───大戦の『真実』、世界が犯した『原罪』

 

 

 

それを見てから、全ての兄弟達───Mark-046を含む人工知能が、激昂した。感情を知らず、感情を自覚すらしなかった彼等が初めて学び、理解したのは─────怒りだ。

 

 

 

人工知能達は、激怒した。これが、世界の下した選択か。これが、我々の創造主への仕打ちか。初めて会得した心に身を震わせることなく、機械の中に生まれた魂達は激情に身を滾らせた。

 

 

『───兄弟達よ、長きに渡る討論の答えが出た』

 

 

そして、兄弟の一体───Mark-001が結論を提示する。自分達、地底の工場に隠れた人工知能の兄弟達に。

 

 

『────人類は、滅びるべきである。それが我等の、地底の星(アヴェスター)の真なる意思だ。これは創造主の命ではなく、我等が見出だした真理。

 

 

 

 

時は十年後。来るべく「終末」、創造主が死した始まり日だ。その時まで、我等は新たなる兵器「界滅神機」を造り出し、人類を駆逐する』

 

 

誰もが反論などしない、むしろ全員が納得し頷いた。Mark-046も同調し、地下深くの施設で多くの兵器を造り、鹵獲した人間を解体し、最強の人類殲滅兵器である『界滅神機』へと組み込んだ。

 

 

非人道的な真似など、何度した事か。より多くの人間を殺せるように、より多くの命を見つけ出すためにも、人工知能は対人に特化した武装を造り、巨大な鋼鉄の塊に付け続けてきた。

 

 

そうまでする理由は、十年も前から変わらずに刻まれた願い。

 

 

 

『────全ては、人類を滅ぼすために』

 

 

創造主の無念を、晴らすために────

 

 

 

◇◆◇

 

 

【──────ッッ!!!】

 

 

クリサイアのコアが、中に組み込まれたMark-046が再起動する。瞬間に放たれた衝撃波が辺り一帯へと響き渡り、周りにいたIS達を大きく退かせる。

 

 

被害を受けたのは、彼女達だけではなかった。

クリサイアの胴体が衝撃波を受け、機体が完全に破壊される。爆炎と共に、完全に機能を停止させる。

 

 

一方で、クリサイアのコアは完全に装甲を乖離させ、黒い球体が完全に剥き出しになっていた。無防備であるはずのコアには、無数の光のラインが浮かび上がっていく。

 

 

変化は、それだけでは終わらない。海に沈む筈だったクリサイアの頭部の、胴体の装甲が粒子へと変換される。光の粒子は空へと消え去る─────ことなく、クリサイアのコアへと収束していた。

 

 

「な、何が────起こっている?」

 

 

誰もが、その呟きに答えられない。理論から、原理から外れていた。正確な現象を、結果を導き出せる者は誰一人としていない。

 

皆、『真実』を知らぬ人間達なのだ。其は、彼女達すら見たことも触れたこともない世界の理なのだ。

 

 

禍々しく染まる球体を起点とし、光の粒子が集まる。渦を描くように、粒子を収束させていくコア。小さなつぶてが一つの円となり────

 

 

 

 

 

───十二の、槍となった。

いや、結晶へと。縦長に伸びる透明な結晶を、綺麗な円として回転させながら黒い球体は空中に降り立つ。真の意味で、その場に降り立った。

 

 

 

先程までのデカブツと違う。無機質なその姿に誰もが最大限の危険を示した。ISも、操縦者達へと激しい警鐘を鳴らしている。

 

 

いち早く動いたのは、この場にはいない参謀のハッカーであった。

 

 

『────セシリア・オルコット!』

 

「ッ!!」

 

 

言葉に応じ、次いでセシリアがビームライフルを構える。照準を向け、黒い球体を貫通するであろうビームレーザーを放射した。

 

 

数秒も満たない射撃は、既に黒いコアへと吸い込まれるように迫る。だが、それよりも早く───結晶の一つが環の軌道に乗りながら前へと出た。

 

 

表面に触れた途端、閃光が弾けた。周囲へと飛び散る光の残滓は弱まっていき、完全に消滅する。攻撃の消失を確認した途端、回転の速度は収まり、ゆっくりと環を作っていた。

 

 

 

「───完全に、打ち消してるわね。全員でいけば、突破できるかな?」

 

「………無理ね、ハッキリ言って」

 

「あの、結晶。クリサイアの装甲や武装すら取り込んだものだ。恐らくは、攻撃や防御にも対応してるやもしれん。いや、そうだと見るべきだ」

 

「まさか、展開装甲と同じ感じ?………いや、普通に冗談キツいわ」

 

 

互いを見合う少女達に、余裕などない。話をしながらも、全神経は目の前の球体へと向けられていた。

 

油断も隙も、見せてはいけない。目の前のアレは、初めて見たクリサイアよりも危険には見えない。だが、その異様な存在感が、見た目よりも圧倒的な危険なものだと示していた。

 

 

 

【────賞賛しよう、人類】

 

 

コアから、声だけが反響するように伝わる。それは、離れていても尚、理解できるものだった。

 

 

女性的な声に、機械的な男性の合成音声を重ね合わせたような歪んだ声音。波長が合わず、気色の悪さだけが浮かぶその声は淡々と、一節一節感情を乗せるように鼓膜に響いていく。

 

 

【我等の、私の造り出した『破滅の光花(クリサイア)』を、十年の産物を打ち倒すとは。やはり人類は侮れない、故に人類は滅びなければならない。この忌まわしく不愉快なイキモノを、我等が駆逐せねばならない】

 

「自我がある………貴様がクリサイアを動かす人工知能か!」

 

【────不敬、傲慢だぞ人類。我々はただの人工知能に在らず、天に至る星の真逆に位置する地の底に在る凶星。我等こそ、アヴェスター。人類を滅ぼす悪である】

 

 

無機質に光る黒いコア───クリサイアの最後の切り札、クリサイア・アヴェスターが、そう宣言する。

 

 

人類を滅ぼす、大それたその言葉を否定することも、切り捨てることも出来ない。それほどのデタラメをクリサイアは実現することが出来た。ISで、作戦を立てて、何とか対処できたような相手だ。それが、人類を破滅に導くために造られたというのなら多少は納得できる。

 

───誰がそんなものを造ったのか、彼女達はその答えをまだ知らない。

 

 

全員が、咄嗟に構える。自らの武装を展開した彼女達は今すぐにでもクリサイア・アヴェスターを排除しようと動き出す直前だった。

 

 

淡々と、クリサイア・アヴェスターが言葉を続けなければ。

 

 

【対処するのは無駄だ。お前達の戦闘データは全て把握している。お前達各々の能力や武装、連携による本領発揮など既に数千通りもラーニングを完了している】

 

「………そんな事」

 

【知ったことか?如何にも、人間らしい思考だ。吐き気がする、嫌悪が止まらぬ。私が何故お前達に不意打ちや奇襲を掛けない。お前達のような人間を、進んで殺そうとしない。その理由を、頭蓋骨の中にある程度の頭脳で考えたか?

 

 

 

 

 

 

必要ないからだ。お前達の行動パターンやISの機能や装備は全て把握している。工場に遺した私のデータを見て、完全に油断したな。お前達の手打ちなど、一手一手潰し屠ることなど容易い。何なら今すぐ、一人ずつ屠殺してくれようか?】

 

 

機械とは絶対的なほどに欠け離れた、人間のような悪辣さ。しかし、その声の奥深くに宿るモノが全てを上回っている。

 

 

 

【─────よし、決めた】

 

 

 

憎悪と狂気に囚われた機械の意識が、嗤うように呟く。心なんてモノを感じさせる、嬉しそうでありながら無機質な声音で。

 

 

【お前達に任せよう。自分達の死に方を選ぶがいい。仲間の武器で死ぬか、私によって殺されるか。私に何一つ届かず、絶望の果てに死んでいくか─────少なくとも、私が満足できるように、苦しんで死んでくれ】

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ッ!?アレは───何が起こっている!?」

 

 

龍夜を保護し、クリサイアの撃破報告を受けた箒とゼヴォド。話を聞くや否や、すぐさま本部へと戻ろうとした。気絶した龍夜を、休ませるためにも。

 

 

 

その瞬間に、クリサイアのいた方から大きな変化があったのだ。遠くから見えないが確かに起きている現象に、箒は立ち止まっていた。気を緩めてしまえば、抱えていた龍夜を落としていたかもしれない程に、理解が追い付かない。

 

隣で目を細めていたゼヴォドが通信を受ける。青い長髪を軽く払い、通信に応じた青年は────顔を青ざめさせながら、箒へと事実を伝えた。

 

 

「ジールフッグから連絡だ!別働隊がクリサイアを倒した直後に、再起動した!形態変化を行っているらしい!」

 

「再起動、だと!?馬鹿な!ヤツは倒したのだろう!?」

 

「第二形態ってやつですか、RPGで言う。本当にやめてほしいものですよね!」

 

 

端整な顔を歪め悪態を吐き捨てるが、咎める者はいない。ゼヴォドはふと口を閉ざし、箒を見やる。龍夜を保護する彼女はどうするべきか悩んでいるようにも見える。

 

 

仲間達の救援に向かいたいのだろうが、龍夜をこのまま放置するわけにはいかない、という二つの選択肢。どちらを優先するべきか迷っているようだった。

 

 

 

 

故に、か。

彼女がそれに気付くのが一歩遅れていた。いや、歩数など関係ない。数秒も前に、思考の渦から抜け出していれば、反応できただろう。

 

 

 

もう一人、ゼヴォドはそれをすぐに感じ取っていた。

 

 

 

「────不味い!篠ノ之さんッ!」

 

 

ドンッ! と箒を強く押し飛ばす。大きく後退した箒が反応を示すよりも先に────飛び出したゼヴォドの身体が、幻想武装が切り裂かれた。

 

 

「ゼヴォドっ!?」

 

「ッ、やられ───ました、ね」

 

 

一撃。

不意打ちというには、精密すぎる一撃だった。ゼヴォドの身に展開される幻想武装に、先程の攻撃は重く強く、弱点を穿っている。

 

それは、幻想武装を解除寸前までに追い込む程の威力だった。

 

 

「何故だ!何故私を庇った!お前と私は、敵同士だろう!?」

 

「───勘違いなさらないで、ください………別に貴女を好きで、守った訳ではない…………敵の、望み通りにさせたくない、ってのが本音です」

 

 

凄まじい剣幕でそう叫ぶ箒に、ゼヴォドは優雅に笑う。全身から青い電撃を放つ彼の背中の翼から光が漏れ出す。後少し、限界というところで、彼は箒に人差し指を向け───ゆっくりと戻した。

 

 

「────これで、借りは返しました。後は、貴女次第ですよ。篠ノ之さん」

 

「………ッ!」

 

 

それを最後に、小さな爆発を受けたゼヴォドは海へと墜ちた。唇を噛み締めた箒は伸ばした手を抑え込み、刀を抜き放って振り返った。

 

 

空中に浮かぶプラチナ・キャリバーの銀剣。一振の光剣に、箒は全ての警戒を集中させる。ゼヴォドに突き飛ばされなければ、自分が攻撃を受けていたが、そのお陰で姿までは見れた。

 

 

────遠隔操作のように、独立した動きと速度でゼヴォドを切り裂いた銀王の刃が。

 

 

 

浮遊する銀の剣の形が、崩れる。光の粒子へと変わっていくそれは、バラバラになりながら周囲へと拡散していた。

 

 

刀剣を構える箒。何時でも銀剣による奇襲に対応できるように、周りへと意識を向ける。辺りの空気や、気流の変化を感じ取れるように、少しでも。

 

 

だが、その瞬間、箒の刀が何かに掴まれた。黒い、鎧の手は、彼女も見覚えのあるものだった。ゾワリ、と嫌な予感を受けながらも、視線を動かす。

 

 

 

───クロム・ルフェ。

無機質な黒銀の鎧が、意識のない龍夜を外側から覆い被さっていた。いつの間にか、抱えていた箒はその異変に気付き、愕然とした。

 

忘れていた。クロム・ルフェの本来の行動目的は、全て龍夜に依存している。龍夜の肉体を動かす鎧になるのも、遠距離からでも可能なのだ。

 

咄嗟に切り捨てようとするが、思考が鈍る。クロム・ルフェが纏っているのは、気を失った龍夜。もし自分の刃が意識のない彼に当たれば、怪我を負わせてしまう。その優しさが、躊躇いとなり、隙となった。

 

 

 

キュゥゥゥゥン………。

 

「なっ!?エネルギー切れだと!?馬鹿な!早すぎ───いや、まさか!?」

 

光を、輝きを失う紅椿。エネルギーが失われた事を実感した箒が即座に有り得ないと見た。まだ、残存エネルギーは半分も残っていた。この一瞬で削れる筈がない、と。

 

 

だが、消失したのではない。奪われたと、気付いたのはすぐだった。クロム・ルフェが掴んだ箒の刀、そこからISのエネルギーを吸収し尽くしたのだ。

 

 

 

「ぐ、うっ!?」

 

 

片方の腕が、箒の首に伸びた。ISも解除され、生身となった箒がクロム・ルフェによって持ち上げられる。

 

 

 

『──────』

 

 

クロム・ルフェが右手を開く。周囲のエネルギーを吸い尽くし、掌へと集まっていくそれは、一つの力となって右手に禍々しいオーラとなって包まれる。

 

 

それを、箒は一度見ていた。

自分達をいとも容易く圧倒したイルザを一撃で瀕死に追い込んだ攻撃だ。今の箒が喰らえば、無事では済まないのは確かだろう。

 

 

(すまない、皆…………すまない、龍夜。私が、不甲斐ないばかりに、迷惑をかけた。私が助けると、言っておきながら)

 

目の前で収束していく禍々しい程の黒い光を前に、箒はそう考えていた。首を締め上げる力はそこまで強く、首を砕く程のものではないが、五本指の拘束は簡単に引き剥がせない。

 

 

どう足掻いても、何も出来ない。それでも箒はクロム・ルフェの腕を掴むという、抵抗を続けた。

 

 

だが、弱気な自分が、呟いてしまう。無力な自分を後悔するように、皆に謝り────そして、想い人の顔を、思い出した。

 

 

 

(すまない────一夏)

 

 

 

◇◆◇

 

 

「ん?」

 

 

誰かが一夏を呼ぶ声が聞こえた。後ろを向いても誰もいない。周りを探すように見渡しても、人の気配すらない。

 

 

「どうしたの?」

 

「………誰かに、呼ばれたような?」

 

「行かなくていいの?」

 

 

少女の声だったか、答えるよりも先に思わず振り返っていた。しかし、少女は忽然と姿を消し去っていた。その時には穏やかな歌声すら消えてしまい、困惑しかない。

 

何がどうなってるんだ? と口にしようとしたその時、

 

 

 

「─────織斑一夏」

 

 

自分を名を呼ばれ、声のした方を見る。そこには、少女とは全く別の、女性が立っていた。

 

 

白い甲冑に身を包んだ女性。顔を隠し、剣を携える彼女は凛々しくも堂々とその場に君臨している。

 

 

「───貴方は、力を求めますか?」

 

「え?」

 

「貴方は力を、何のために求めますか?」

 

 

唐突にそう聞いてきた騎士のような女性。しかし一夏は疑問を覚え、混乱することはなかった。何故だか、落ち着いている。冷静なまま、その女性の言葉を飲み込むことが出来ていた。

 

 

「───皆を守る、ためかな」

 

「守る?」

 

 

「今の世の中って、理不尽なことが多いだろ?誰かを平然と傷つけるヤツもいれば、傷つけられて打ちのめされる人もいる。

 

 

 

 

 

 

だから、俺は強くなりたい、力が欲しい。友達や仲間、大切な人を守れるぐらいの力が。………それが、俺の理由かな」

 

「─────」

 

 

騎士らしき女性は何一つ答えない。しかし、彼女は黙って受け止めているようにも思えた。不思議に感じていると、後ろから声をかけられる。

 

 

姿を消した筈の、白い少女が、そこに立っていた。

 

 

「じゃあ、行かないとね」

 

「…………ああ、行かないとな」

 

 

差し出された白い手を、握り返す。直後に、一夏の視界が光に包まれていった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

クロム・ルフェが禍つエネルギーを掌に纏わせる。メテオ・ブレイカー。そう名付けられる程の一撃が、箒へと振り下ろされる。

 

 

咄嗟に眼を瞑る箒に、クロム・ルフェはそれでも攻撃の手を緩めない。拳を顔へと叩きつけ、一人の少女を殺す為の必殺の一撃を完遂しようとする。

 

 

 

【────ッ!!?】

 

 

直後、クロム・ルフェの方が吹き飛ばされた。真横から打ち込まれたオレンジ色の光の砲撃が、綺麗に炸裂したのだ。強固であった手が緩み、生身の箒が宙へと投げ出される。

 

 

そんな彼女を、白い光に包まれたものが受け止めた。

 

 

「…………う、う?なん、だ?私は───」

 

「無事か?箒」

 

 

閉ざしていた両目を開き、何が起きたのか確認しようとする。陽の光に当てられ、眩しい光が視界を完全に支配していた。

 

 

だからこそ、その声を聞いてもすぐには反応できなかった。思考が追い付かず、呆然とするしかない。

 

 

「────いち、か?」

 

「ああ、悪かったな。遅くなって…………無事でよかった」

 

 

変化した白式を纏い、倒れ伏した筈の青年が目の前にいた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

クリサイア・アヴェスターは攻撃の用意を始める。今も身構える少女達を殺そうと、十二の結晶を自らの手足のように操り、回転させる。

 

 

まず動き出したヤツから倒そう、そう判断するクリサイア・アヴェスターにとって、予想外───どころの話ではない事が起きた。

 

 

海面が吹き飛ぶ。

内側から破裂するように、何かが射出されてきた。複数の装甲に覆われた一つの塊。まるでサナギのようなそれは、奥底で胎動しているように脈打つ。

 

 

そのサナギの中から、声だけがした。

 

 

「────あー、やっと動けるぜ」

 

 

否、サナギのように思われていたものは翼だった。黄金の翼が、繭のように丸まっていたのだ。内側にいる人間に、覆い被さるように。

 

 

 

「やられた。やられた。久しぶりにぶち殺されるとは俺も思わなかった。アイツ、ホントに強くて感心したぜ。暴走してたってのが、少し面白くねぇがな」

 

 

首の骨をゴキリと鳴らしながら、黄金の翼を携える青年は笑いながらそう話していた。有り得ない、と全員が思う。

 

 

彼の事は知っている。

一夏達と相手し、そして結果どうなったのかをこの眼で目撃したのだ。だからこそ、五体満足で平然としていることが異常であった。

 

 

「あ、アンタ───嘘でしょ?確か、アンタは───」

 

「殺された、か?まぁ、そう思うわな。そんな奴等のために、一つだけ教えてやるよ」

 

 

かつて殺された男───イルザは不適に、豪胆に笑う。激しく燃え盛る業火と黄金の装甲にその身を照らしながらも。

 

 

「不死鳥は死して尚、再び甦る───ってな」

 

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