目覚めた時にいたのは、普通とは欠け離れた世界であった。
見渡す限りの一帯に廃墟の残骸が並んでおり、ゴーストタウンのように見える。崩壊した街だというのは分かるが、自然に滅んだというより人為的に滅ぼされたかのような違和感が感じ取れた。
空を見上げると、そこもやはり可笑しかった。夕暮れ時に染まってきた青空────よりも目立つのは、巨大な廃墟の残骸だ。比喩ではなく、空から建物が生えているのだ。
あまりにも可笑しな世界。あまりにも理解しがたい世界。ここで龍夜は意識を覚醒させた。思いの外冷静でいられたのは、夢か精神世界と事前に判断したからだろう。
だが、それ以上に気に掛けるものがあった。
龍夜の目の前、巨大な白い大広間の中心に浮かぶ四角形のモノリス。白く光る文字列が紋様のように広がり、薄く点滅している。
ふと、近寄る。モノリスの側面の文字を指でなぞるようにして触れた。瞬間、モノリスの文字が一気に消える。それからすぐに新しい文字が刻まれた。
「────『
その単語は知っている。プラチナ・キャリバーのブラックボックスの内部に組み込まれていた情報の一部に、その単語が存在していた。
プラチナ・キャリバーの謎、その答えすら見出だせずにいた龍夜にとって大きな一歩であり、小さな歩みであった。救滅の五神姫、クインテットシスターズ、これだけの言葉だけで一体何を探し、見つけ出せばいいのか。
そう思っている龍夜の背後から、静かな言葉が響く。同時に、不思議な気配が生じた。
「─────初めまして、マスター」
振り向いた所には、神秘的な少女がいた。銀色の髪に、青い瞳を持つ長髪。頭の上には光の輪が形成されており、歯車のように組み合わさったそれがキチキチと回転している。装飾のようなドレスを綺麗に着飾るその姿は、天使というよりも姫らしいものだ。
地面に足をつけることなく、浮遊するように存在する少女。見ず知らずの他人なのに、龍夜の心にあったのは警戒ですらない。妙な安心感。
その理由を、すぐに看破する。
「…………お前がプラチナ・キャリバーの────剣の中にいた奴か」
コクリ、と少女は静かに頷く。
かといって、それを聞いて龍夜に出来ることはない。それを知ったところで何も解決しない。聞くべきことは、もっと重要なことだ。
「ここは、何処だ。普通の精神世界とも言えない。かと言っても、夢とかでもないだろ」
「────私達固有のネットワーク、この世界の裏側に用意された神域。この世界に誰も、どんな人間であろうと立ち入りことはできない。私達や、適合者である貴方のような人を除いて」
「…………マスターとは俺のことか。なら、私達とは何を示している。ここは、ISの行き着く先か」
「────前者には、答えられない。けれど、後者には教えることが出来るけど、必要ないと思う」
白い少女は静かに、穏やかな口調で話を続ける。綺麗な藍色の瞳が、龍夜の顔を映し出していた。
「マスターは、理解できているはず。何故マスターが、マスターだけがこの神域に訪れられるのか。何故、他の人間は絶対に立ち入れないのか」
「…………やっぱりか」
その言葉に驚きは覚えない。それどころか、落ち着いたまま内容を受け入れていた。
少し前から気付いていた。自分のIS、プラチナ・キャリバーの異様さについては。ISのコアと呼べるクリスタルは存在せず、コアの役割をしているのは、銀色の長剣である。
前々から明確になった、暴走状態。激しい怒りや敵意を抱くほどに感情が昂ると、抑制できないまでに感情が倍増される。そして、その暴走を止めるように内部からのストッパーを受ける。今思えば、これら全ての現象はあの長剣によって引き起こされていたのかもしれない。
「なら、最後に聞かせろ」
「……………何を、ですか?」
「お前は、何者だ」
それだけが、聞きたかった。
龍夜としても、彼女が何者なのか知りたい。もう既に分かっている。彼女が長剣の中にいるも、彼女が自分の暴走を止める役割をしていることも、クロム・ルフェを操り自分の肉体を守ったのも、全てが彼女のやり方であることに。
だからこそ、確かめたかった。彼女が本当に、自分の味方なのか。それを知らず、本心を聞けずに、彼女を信用することは出来ない。
「私は貴方の味方です。マスター」
「………そう意味じゃない、お前は誰だと聞いているんだ」
「それに関しては答えられません。ですが、確実なことが一つ。私は貴方の味方であること。貴方が望むなら私は貴方の進む未来を尊重します。世界を救うことも、滅ぼすことも、復讐することも─────私は、貴方の聖剣ですから」
思わず舌打ちをしそうになる。彼女はどうやら全部を話せないらしい。やけに抽象的で、遠回しな言い方からして予想はできる。恐らく、真実を語れないようにプログラムされており、それを自覚しているのか。
力ずくで喋らせようとは思わなかった。溜め息を吐き捨て、前髪をかき上げる。
「もう一つ、追加だ」
「はい、何でしょう」
「お前は、お前本人は何て呼べばいい」
銀色の少女は、クスリと笑顔を浮かべる。優しい微笑みを浮かべる彼女は穏やかな様子で口を開いた。
「ルフェ。精霊です、マイマスター」
◇◆◇
「─────知らない天井だ」
典型的な言葉と共に、龍夜は布団からゆっくりと身体を上げる。まずは首を、肩や腕を大きく回す。パキパキと骨が鳴るが、痛みなどは感じない。体感的に骨折などのダメージは無かった。
短い吐息を漏らし、龍夜は考える。あの世界、あの会話は本物だ。故に、気になる点はある。
クインテット・シスターズ。
言葉の意味だけは理解できる。クインテット、五つもしくは五人。そして、シスターズは姉妹。五人の姉妹、それだけの意味をもつ名が何なのか。ある程度の答え、予想は出来ていた。
(おそらく、ルフェ…………彼女はクインテット・シスターズの一人だ。問題は、他にルフェのような存在が四人存在しているということだ。─────何のために?)
手を伸ばすと、何かが当たる。隣に置いてあった銀剣と鞘、プラチナ・キャリバーであった。自らのIS───ではないナニカに触れながら、脳を働かせる。
(プラチナ・キャリバーのコアがあの剣であるのなら、きっとプラチナ・キャリバーという名は偽物だ。本当の名が、本来の用途がこの武器には存在している。名を、存在を隠す理由があるのか?俺以外の人間に、気付かれないためか?)
すぐに、思考を閉ざした。
これ以上考えても答えは出ない。彼女が教えられないのなら、宛のある相手に聞くだけだ。そう思う龍夜は静かに視線を落とし、投げ掛けられた言葉を思い出した。
(───世界を救うことも滅ぼすことも出来る、か)
世界について、考えたこと何度もある。だが、救うことについては頭にもなかった。少なくとも、近い考えなら変革することぐらいだ。
その逆は、何度考えたことか。
「…………知ったことじゃないな、そんなこと」
吐き捨て、龍夜は立ち上がる。傍に折り畳んで置いてあった制服に着替え、プラチナ・キャリバーを手に取る。
部屋から出ていく龍夜の足取りは、重いものではないが、軽いものでもなかった。
◇◆◇
無事に作戦が終わり、数時間。
色々な作業を終えた一同は作戦本部にてブリーフィングを行っていた。
「作戦完了────と言いたいところだが、織斑。お前は無断出撃という重大な違反を犯した。帰ったら反省文と懲罰用トレーニングを用意してやる。そのつもりでいろ」
「………はい」
何事もない女子達とは違い、ただ一人───織斑一夏は肉親兼教師の冷たい視線を受けていた。許可を受けて作戦を出向いた箒達とは違い、一夏は意識不明の重体で休んでいたが目覚めてすぐに飛び出していったのだ。無論、許可すら貰わず。
反論すらなく素直に受け入れる一夏。キチッとした正座をする彼に、箒を含む少女達も対抗するためか同じことをする。何故なのか。
「…………何だこの状況」
襖を開けてすぐ、目の前の現状に呆れた呟きを漏らす龍夜。専用機持ち全員が律儀に正座している光景に戸惑いがあったのだろう。眉をひそめる彼に、おろおろしていた山田先生がハッと顔を上げる。
「蒼青君!?大丈夫なんですか!?身体の何処かが痛みませんか!?」
「大丈夫です、山田先生。今のところ何ともありません」
過剰なくらいに心配してくる山田先生に、龍夜は落ち着かせるように言い聞かせる。何故自分が言い聞かせているのか、疑問を覚える意味すらない。
ふと、セシリアやラウラが正座しながらソワソワとしている。集中力が乱れたのか、セシリアは心配と不安と脚に伝わる激痛で顔を真っ青に染め上げ、ラウラの方も意識が突然向いた弊害か、足をつったらしく顔をヒクヒクと引き締める。
それでも誰も正座を止めようとしない。やる気があるのは良い話だが、ここまでいくと不安になってくる。流石に気にしたのか、千冬から呆れた声音で止めるように言われた。
「気になるんだったら張り合わずに、とっとと起きれば良いだろう。織斑以外はな」
「………う、分かりました」
「コイツ、命令違反でもしたんですか?」
「あぁ、無断でISを纏って飛び出した。自業自得だからな、みっちりしごいてやるつもりだ」
龍夜と千冬が、一夏を見つめる。どちらかというと睨むような視線に一夏は戸惑いを覚えるが、二人は真剣そのものだった。
しかし、両目を瞬きさせた龍夜が、前に立つ千冬に敬語で話し始めた。
「…………織斑先生。不躾な事ですが、一夏の罰を軽くして貰えませんか?」
「─────ほう?」
「自業自得ってのは納得です。けど、アイツのお陰でクロム・ルフェの暴走を止める事が出来ました。もしアイツがいなかったら、俺は仲間を傷つけ続けていた。だからこそ、アイツだけが悪いという話ではないと思います」
裁きを受けるであろう罪人───織斑一夏が期待の籠った視線を向ける。当然、その視線に応えて頷いたり笑顔を向ける龍夜ではなく、千冬への向けた眼を揺るがない。
本気でそう提案している。他人を庇う事を言い出した龍夜に、驚くものが多かった。千冬もその一人だったが、ふんと鼻を鳴らす。
「そうか。なら、お前も織斑の分の罰を受けるか?」
「あ、やっぱり良いです。そこまでする義理はないというか」
「え」
希望が一気に絶望へと反転した。
唯一の救いの手であった友人はアッサリと手の平を返した。あまりにも早すぎる立ち回りに一夏は呆然とするしかない。
「………それでいいのか?お前は織斑に恩を感じてるんだろう?」
「よくよく考えたら俺も瀕死の一夏を逃がすための
(………無慈悲だ)
誰がそう思ったか、容赦なく断言する龍夜に複数のジト目が集まる。本人としてそこまで気にしていない鋼のメンタルなのが余計に厄介だが。
「だが、蒼青の言うことも確かだ。今回はこのくらいにしてやろう。助けてやったアイツに感謝しろよ、織斑」
「え?それって俺も巻き込まれたりしませんよね?コイツは煮るなり焼くなり好きにして良いですから、俺に肩代わりさせないでください」
「お前………お前………!悪魔か何かか!?」
「人間だが?」
正座を緩め、険しい顔をしている一夏だが、自分に向けられた鋭い目付きに困惑していた。今もなお睨んでいる千冬に疑問を投げ掛けようとするが、少女達もが自分を睨んでいるのが分かる。
「…………」
「ん?なんでこっちを見て────ぐへ」
「診察があるんだろ。俺達は後でやるんだから、廊下に出るぞ」
襟を引っ張り、一夏を廊下へ連れ出す。こうでもしなければ早く出てけ! と怒鳴られてただろう。ぴしゃりと閉ざした襖に、一夏は深い息を吐き出した。
「………一夏」
「ん?何だよ」
「────助かった。ありがとうな」
「………ああ」
短く交わし、それだけで話を終わらせる。
◇◆◇
「ねー、ねー、結局なんだったの?教えてよ~」
「なんか凄いこと起きてたのは分かるんだけどさ、本当に動けなかったから事情だけは知らないんだよね。大事だったのは皆気付いてるけど」
「お願ーい!教えてよー、シャルロットちゃん!」
「………ダメ。機密だから」
夕飯時の食堂。
お膳を挟んで食事を取るシャルロットに、数人の一年女子が群がっていた。訊いているのは、作戦の話について。
表向きに作戦の存在すら知らずただただ旅館で待機させられていた彼女達としては何があったのか知りたいのだろう。
一番話しやすいシャルロットなら聞き出せると思っているのだろう、何とか粘る少女達だが、シャルロットのいう機密に何とも出来ずに退くしかない。
聞けば数年は監視処分を受けるレベルなのだ。不満そうになりながらも、大人しく引き下がるのが普通だ。
「───機密、ねぇ。なんか面倒くせーな、秩序側ってのは」
「はぁー、そうだよねー。大人もずるいよ、色々と隠しちゃってさ」
「…………待って。今、誰と話してたの?」
ピタリ、と全員が食事の手を止める。
先程話に入ってきた声は男のものだ。しかし、この場にいる男二人は話にすら割り込んでいない。つまりこの声は、全く知らない赤の他人のものであるのだ。
ふと、彼女達の視線がある方向に向く。本来であれば空席で空いている筈の場所に、誰かが座っており普通に夕食を取っている。
無論、一夏や龍夜ではない男だ。
「────い、イルザッ!?」
「よっ、お前ら。飯、ご馳走してるぜ」
お椀を持ち上げ、味噌汁を一気に飲み干したイルザが軽い調子で手を振るう。愕然とした一同だが、専用機持ちである全員がすぐさまISへと展開しようとする。
「待てよお前ら、ここでやり合う気か?」
「………!」
「別に俺ぁどっちでもいいぜ?けどよ、ここでやるのを望まねぇのは、お前らも同じだろ?」
それをイルザは、不敵な笑みと共に牽制する。待機状態のISに手を掛け、何時でも纏う準備をする彼女達に対し、イルザは本当に無防備そのものであった。敵を前にしても、不気味な程に。
「よし、それで良い。ところでよ、ゼヴォドのヤツも付き添いしたがってたんだがなぁ。ジールフッグから骨折が治るまで休んでろって止められてたし」
「骨折………?ゼヴォドは、無事なのか!?」
「まぁな。腕や肋骨を軽く骨折しただけだ。メチャクチャ動きたがってたけどよ」
一度背を預けた青年を心配していた箒に、イルザはそう説明し落ち着かせる。安堵した一方で、良かったのか………?と半ば不安そうな彼女を他所に、首を動かすイルザが笑いながら告げた。
「そうそう、俺が用あるのはお前だよ、お前。蒼青龍夜」
「………俺だと?」
人差し指を向けられ、龍夜は一瞬で怪訝そうな顔をする。それを無視して、イルザは続ける。
「あの、クロム・ルフェだったか?自分の意識もなく乗っ取られた状態で戦うんだろ?オマケにエネルギー変換と吸収、油断してぶっ殺されたのも無理ねぇくらいには強ぇじゃねぇか」
「………、何が言いたい」
「強くなれよ、もっと」
手の形を変え、ピストルのように模した人差し指を龍夜の顔に突きつける。険しい顔で睨み返す龍夜に、椅子に背を掛けながら言葉を紡ぎ出す。
「俺は戦いでしか満足できねぇタチでなぁ。強いヤツとの相手なんて本望どころか生き甲斐ってヤツだ。俺の予想だと、お前はもっと強くなりそうだしな。今回の敗北は次の戦いで挽回させて貰うぜ」
「……………」
「だから、強くなれって話だ────じゃねぇと、テメェの目的を果たす前にブッ潰れるぜ?テメェ自身の重圧で」
「………ッ」
息を呑み込み、龍夜が信じられない顔を浮かべる。動揺を抑え込んで口を閉ざす龍夜に、イルザはもう意識から外していた。
席から立ち上がり、軽く手を振るう。
「あー、ごっそさん。ここの飯、多分美味しかったぜ!そんじゃ、俺もそろそろ帰るわ!織斑千冬とかにはあんまチクんなよ、じゃあな!」
そう言い出し、窓へ飛び出すイルザ。暗くなってきた夜の景色に消えた青年だが、直後夜空を金の光が駆け抜けていく。
唐突すぎる事に理解が追い付かない一同。しかし龍夜だけは噛み締めるように、俯くだけであった。
◇◆◇
人の気配などありはしない岬。
花月荘から離れた場所にあるそこに光なんてものはなく、薄気味悪い所でもある。
しかし、そこの柵───崖しかなく、危険なその柵に腰掛けた女性がいた。目の前に、無数のディスプレイを展開しながら、女性─────天災は口を開く。
「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めても四十ニパーセント、これだけ見れば上出来かな。少し、厄介な兆候もあったけど………多分っていうか、十中八九『アイツ』だよね。ムカつくけど、今の束さんが何しても利用するだけだから無視するしかないか」
不満そうな彼女の表情は、何者かへの嫌悪に染まっている。万人全てを見下す彼女にそこまでの悪感情を抱かせる存在がいるのか、疑問ではあるが、存在だけは確かだろう。
何より恐ろしいのが、国連の捜査網からも逃れ世界すら振り回す程の天災が、手も出ない───いや、出せない相手であることだろう。
嫌な相手のことを忘れたいのか、篠ノ之束はにんまりと微笑む。ディスプレイに浮かぶ各種パラメータに目を通しながら、不思議そうに───いや、冗談でも言うような様子で首を傾ける。
「それにしても、不思議だねぇ。白式は。まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで────」
「───まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー001にして初の実践投入機。お前があの人を止めるために、全力を注いだ一番目の機体に、な」
背後からした声に、束は笑みを深める。ゆっくりと振り返った先にいたのは、黒いスーツを着込む千冬だった。
「やあ、ちーちゃん」
「束、悪いが聞きたいことは山ほどある。答えてもらうぞ」
「答えられる範囲なら、いいよ。その前に、謎かけしていい?」
平然と話し合う二人に距離感などはない。見えなくとも、昔からの確かな信頼がその間にはある。
「さぁーて、問題です。白騎士は一体どこへ行ったんでしょうか?」
「………白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」
「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。白騎士を乗りこなして、先生の界滅神機を打ち倒してきたことはあるね」
『白騎士』、かつてそう呼ばれた機体は既に存在しない。第三次世界大戦の終了をキッカケとして解体され、現在のISの基盤として大きく貢献した。
そのコアは、多くの勢力が求めた結果、とある研究所を牛耳る男の手に渡り、新たなISのコアとして組み込まれていた。
「謎かけの一つは答えた。私の質問にも、答えて貰おうか」
「うん、いいよ。それで?何かな?」
「蒼青の事についてだ」
「んー?りゅーくんについて?もしかして、ちーちゃんもラブな感じ?」
「………それだ」
へ?と束は動きを止める。誤解したように硬直する彼女に、千冬は弁解すらしない。近くの木に背を預けながら、続けた。
「お前は、何故そこまで蒼青を気に掛ける。少し前まで話したこともない赤の他人だろう。あそこまで、アイツに好意を向ける理由はなんだ?」
「理由は…………束さんと同じだから、かな?」
「……………それだけか?」
「それ以上もそれ以下も無いんだよー?束さんは本気でりゅーくんもちーちゃんも大好きだからねー!」
「………」
嘘を付いてるとは思えない、千冬はそう判断した。自分勝手な彼女だが、他人に対して嘘など絶対に付かないのは誰よりも深く理解している事実だ。
それでも、束が本心を口にしてない事も分かっている。これ以上聞き出そうとしても無駄かと、千冬は素直に引き下がったのだ。
それから僅かな静寂。
数秒の沈黙からすぐに、柵の上で揺れる束が口を開く。
「ちーちゃん、もう十年だよね」
「そうだな」
「覚えてる?先生が私達だけに遺した言葉」
「────“十年後、世界は転換期を迎える。君達は、自分の信じる未来を選びたまえ”、だろ?」
それは、彼女達しか知らぬ話だった。これを知るのは今いる二人と、ここにいない男。己の野望の為に全てを利用しようとする変わり果てた───ある意味では変わらない悪友。既に、この三人だけだ。
「今日は、あの日だよね。先生が私達の前からいなくなった日。あれからもう、十年経ったんだなぁ」
「…………ああ、そんな日だったな」
「ふふ、誤魔化しちゃって。ちーちゃんがこの日のことを忘れるわけないよ。だって、私達の幸せが覆った最悪な日だからね」
「………」
千冬は答えない。俯いたその顔には、一体どんな感情や思いが乗せられていたのか。この場にいる親友だけが、理解できていた。
「ねぇ、ちーちゃん。今の世界って好き?」
「そこそこ、だな」
「そうなんだ」
「お前は、どうなんだ?」
「そうだなぁ………、
────大っ嫌い、って言えたら幸せだったかなぁ」
ポツリと、微かに吹く風に乗って聞こえる。憂うような悲壮感漂う言葉に、千冬はゆっくりと顔を上げる。しかし、その視線の先から篠ノ之束は消えていた。
後頭部を背後の木に当て、深い息を漏らす千冬。小さく、誰にも聞こえないような呟きを聞くものはいなかった。
風に揺れ、飛び回る小さな羽虫以外は。
◇◆◇
ジジジジジジジジ─────
小さな羽虫、その一匹が潮風に揺れるように飛ぶ。海岸の周りを舞うその虫は、生き物ではなかった。
全てが金属で形成された虫。ひらひらとした薄い羽も、球体状の複眼も、全てが特殊な金属で構築されている。そんな虫が、森林から姿を見せた人影に反応する。
「…………」
その男は、密漁船の一団の一人であった。厳つい顔に無口ではあるが、力もあって頼りのある男。密漁船に乗っていた者達からはそう評され、仲間としても認められていた人物。
学園が尋問や調査をした結果、密漁船にいた者達は全員一般人であった。共通点があるとすれば、全員が理不尽な理由や唐突な事故で借金を背負っていることくらいだ。その事情から教師陣達は彼等は巻き込まれただけだと結論付け、個別に拘留する事に決めていた。
だが、この男はそこから抜け出してきたのだ。誰にも気付かれないように、密かに。今も学園はそれに気付いていない。否、分かるはずがない。
そもそも、この男は確認されていた『一般人』ですらない。肌に着地した羽虫が、ドポン、と肌に沈んだ。異様な変化に、無口な男は顔色すら変えずに口を開いた。
「─────報告、作戦は成功」
直後、男の形が崩れた。液体のように流れ出るそれは、金属である。足元に垂れていく液体金属が、ズズズと吸い込まれるように空に浮かぶ。
男の両腕にある籠手。その肘に位置する部位にある穴に液体金属は吸われていき、男の姿が変わる。
全くの別人。髪をそういう風に整えた、独特な雰囲気を宿す男性へと。
「?ああ、忘れていた。これではダメだった」
感情を見せないような無機質な声のまま、男が首に手を添える。喉を掴むように指を食い込ませ、力を入れていく。
「─────フーッ、喋り方や声。どれだったか」
押し方や位置、強さによって喉の音量や声音が変化する。若々しいものから、しわがれた老人のもの。全部が別の人間の声だと聞き分けられるほど多様な言葉を発した男だが、途端に動きを止めた。
「あー、あー、あー…………あ゛ーっ!よし、この声だ!良いねぇ!こういうダンディーでイケてる声、これだよこれ!こういう良い声はカッコいいし、この声で通してるしな」
喉から指を離し、男は軽い調子で笑う。そのまま手を耳に取り付けたイヤホンへと伸ばし、小さなスイッチを指で押した。
そして、通信を繋げる。
「よし、続けますぜ。作戦は成功、織斑一夏はセカンドシフトを実現させました」
『─────そうか』
相手の声は、何一つ変わらない。喜びや称賛、どの思いも籠ってない言葉はあまりにも淡々としており、無機質なものであった。
「いやぁ、ボスったら冷たいですね。大体、どうするんすか?織斑一夏が本当に死んだら、必要な奴らしいですし困るのもボスじゃないんすか?」
『あの程度で死ぬのなら、白騎士には選ばれてない。アレはそういうものだ。たとえ本当に死んだとしても、それまでだったという話だ』
「ひゅーっ、怖」
両手をひらひらと振り、調子を崩さない男。通信先の相手もそれを許しているのか、特に言葉はない。
「ていうか、成功するもんすね。今回の作戦」
『何がだ?』
「いやぁ、一般人を騙して密漁船に乗せて織斑一夏の気を引かせるって作戦っすよね。見ててヒヤヒヤしてましたよ、俺も巻き込まれたらIS纏って逃げようかと考えてましたし」
『織斑一夏はそういう人間だ。弱者を守るためであれば、自分や周りを省みず守ろうとする善性────ヒーロー気質と言う奴か、だからこそ利用しやすい』
「さいですか」
密漁船に乗せられた一般人達。全ては一人だけ工作員がいることを誤魔化すための彼等の意図的な作戦であった。理不尽な理由で借金を掛けたのも、それも全てこのため。
人命を危険に晒したにも関わらず、躊躇いすら感じられない。容赦なき悪辣さだけが感じ取れていた。
『帰還しろ、グラハム。次の任務は帰ってから伝える』
「了解しました、『フェイス』様。お給料、出来るだけ盛ってくださいよ」
◇◆◇
光すら入らない暗闇。
その中で一人の男がいた。顔は見えない、何一つ装飾もない機械的な仮面を被ったその人物は椅子に腰掛けながら、机へと手を伸ばす。
「────福音を奪えなかったのは惜しいが、今は諦めよう。ヤツのデータよりも十分な成果だ。少なくとも、実験は成功したと言ってもいい」
カン、と擦れる音が小さく響く。
男が掴んだチェスの駒を、別の場所へと移動させていた。無論、男の打つチェスに相手などいない。たった一人で、チェスの盤上の駒を動かしている。
「IS学園、国連、アナグラム、アメリカ本国、エレクトロニクス機社、倉持技研。多くの勢力が関わっていた今回の事件ならば、混沌に導く引き金には相応しい」
話し合いは当然いない。
仮面の男の言葉は独り言に近い。玉座に腰掛け、頬杖をかく男は冷徹な声で話していた。
「───時が満ちた。これより世界は多く火種や爆発の果てに、大きな戦争を引き起こす。怨嗟を招く破滅か、停滞もしくはこの世界の継続か、勝者だけが全てを決めることが出来る。……………私としては、誰が勝とうと関係ないが」
そう言いながら、チェスの盤へと手を動かす。しかして、その手が空中で止まった。
「…………しかし、ふむ」
上げた手を、ゆっくりと引いていく。
盤面を見渡す男は、深い溜め息を漏らす。
「ピースが足りないな。やはり、必要だ。たった一人で全てを覆す最強のジョーカーが。織斑一夏達に立ちはだかる障害が」
パチン!と指を鳴らした途端に、無数のディスプレイが仮面の男の前に浮かび上がる。誰かが写った写真が複数、無数の記録の中から、一つの写真に仮面の男が指で振れる。
「『これ』で良いだろう。後は『スコール』に…………いや、私が動くだけか」
立ち上がった仮面の男が手を振るえば、部屋の明かりが点く。ただの個室と思われるその部屋の奥は透明になっており、そこは何処か精密な作業をするための工場のような場所だった。
その中央で、一つのISが無数の機械によって改修されていた。黒よりも深い漆黒の機体、しかし機体の半分の装甲が剥がれたのな赤紫の光が滲み出すように盛れている。
顔半分に剥き出しになった不気味な大きな眼。それを見た仮面の男、フェイスは全てを嘲笑するような様子で語った。
「さぁ、行こうか。ゼノス・アルザード、また駒を作る時だ」
ゼノス・アルザード。その禍々しい機体の姿を知る者は、数人しかいない。その一人は、蒼青龍夜。
何故なら、このISこそが『魔王』の別名を持つ機体。龍夜の両親を殺した痕跡を残した存在であったからだ。
二章はこれで終わり………厳密には、後何話かして終わりですね。次回の章は原作にはないオリジナルのものになると思います。ま、合間の話を書いてからの話ですが。
それでは、次回もよろしくお願いします。
あと、よければ感想や評価、お気に入りなどもよろしくお願いします!