IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第35話 旧友との再会、別れ

(何も、変わっていないな。ここは…………)

 

 

七月後半。

週末の最後の日に、篠ノ之箒はとある神社の前に立っていた。懐かしい雰囲気に気が緩んだのか、箒は不思議と微笑んでいる。

 

 

この神社は、箒にとっても無関係ではない。何故ならこの神社の名は────篠ノ之神社。彼女が転校する前までの家でありながら、生家でもあったから。

 

 

(本当に、変わっていない)

 

 

ここに訪れた理由は、お盆休みの代わりとして来たからだ。理事長の話によると、八月に何度か特権生徒としての予定があるらしく、お盆休みが満足に取れない可能性があるから今のうちに頼むという事だった。

 

無論、箒も普通に受け入れていた。昔の知人、ここでお世話になった人達との挨拶を済ませ、偶々自身の実家に寄ったのが今現在の事だ。

 

 

神社の中を歩いていくと、昔に作られたという感じの剣術道場があった。ここもよく知っている。幼い頃から、箒はここで剣道や剣術を鍛えていたのだから。

 

 

(今は地元の人達が多くいるようだな。昔は、私と千冬さんと一夏だけ…………いや、数季(かずき)さんもいたな)

 

 

壁に掛けられた木製名札を見つめながら、ここであった過去の記憶に浸る。

 

 

 

 

 

 

『痛ぇ───!?』

 

そう叫んだのは、胴着を着込んだ子供の頃の一夏であった。両手で握っていた竹刀は近くに転がり、薙ぎ倒され尻餅をついた時点で小さな試合は終わりを迎えていた。

 

 

『クッソォ………また負けた』

 

『ふん、これで終わりだな』

 

『あ、明日は俺が勝つからな!覚えてろよ!』

 

『その明日が、いつ来るのだろうな』

 

 

随分と、愛想が悪いのが昔の自分だった。振り返ってみて箒は、いつも自分の態度に思うところがあった。正直、子供ながら堂々とし過ぎた姿勢は、少し恥ずかしいものがある。

 

 

幼馴染みの一夏とは、よく剣道の相手を受けていた。無論、一夏が必死に勝とうとしても、箒に淡々と打ち負かされるのが変わらない日常だった。何ヵ月か立てば別だが、今の一夏では勝つ道筋すら見えないのが悲しい現状だ。

 

 

 

『おー、おー、相変わらず偉い負けっぷりだなぁ。一夏』

 

 

試合が終わった直後に声を発したのは、胡座をかいた黒髪の男性だった。少しだけ伸びた顎髭を擦り、男前な雰囲気を持つその男は一夏と顔立ちが別人とは言えぬ程に似ていた。

 

 

それもその筈。彼が一夏と千冬の父親、織斑数季であるからだ。

 

 

『数季さん、いつも試合を見てくれてお世話になります』

 

『よせよ、箒ちゃん。俺ぁ好きで来てるだけだぜ。それに、お世話になってのは俺の方だ。息子の奴、色々と助かってるし』

 

『そ、そうですか………?』

 

『おうよ。最近、一夏もやる気が出たようだしな。箒ちゃんに勝とうってめちゃくちゃ気合いが入ってんだ。悪くねぇよな、こういうのは』

 

 

一夏や千冬の父親である故にか、織斑数季も実力は桁外れであった。独学で鍛え上げた剣術や尋常ではない身体能力、その気になれば『剣豪』とまで謳われる強さを誇っている。そんな彼が道場に通いつめていたのは、何かと複雑な理由があるらしい。

 

 

箒の両親と縁があり、箒の父親から頼まれているから。最近姿を見ない姉の束が慕うようになった『先生』なる人物との交流など。本当の理由は今でも分からないが、圧倒的なセンスと強さから、幼い頃の箒にとって父親同様憧れの存在でもあった。

 

 

だが、箒は覚えている。

彼を完璧な人間と言うには厳しいことを、ある意味で言えば人間味の強い人だということを。

 

 

『酒臭ぇよ、親父………少しは控えろよな』

 

『一夏ぁ、お酒の魅力も分からんとはまだまだ子供だな。お酒は良いぞぉ、辛いことや考えたくねぇことを軽く忘れられるんだ。ま、今のお前じゃあ分からんもんさ』

 

『ム………じゃあ呑ませろよ。俺は親父みたいには酔わないから』

 

『残念、無理でぇーす。子供にお酒はあげられないのが法律なんですぅー。つーワケでお前はどう足掻いてもお子様って事だ』

 

『────フンッ!』

 

『痛───ッ!?何すんじゃクソガキ!人様の足を踏みやがるとは!』

 

『ウッセー!クソ親父!そんなんだからバツイチなんだろ!?』

 

『ハァーッ!?言っちゃあならねぇことを言ったなぁクソガキ!────おーい!箒ちゃん!コイツまだやれるらしいから、軽くボコしてやってくれ!』

 

『ざけんな!卑怯だろ!大人なら自分で相手しろよ!』

 

『子供相手に俺様の剣なんざ使ったら可哀想ってもんだよ!察しろ、お馬鹿め!』

 

『────ッ!』

 

『ギャァ────ッ!?また踏みやがったなクソガキ!』

 

 

────箒のよく知る父親とは欠け離れた、一見すればダメな大人になるのが本当に複雑である。憧れである一方でちゃんとして欲しいと箒は心の奥底で思っている。(実際に言えば傷付いて泣くっぽいので言わない)

 

 

 

 

「────本当に、複雑だ」

 

その言葉とは裏腹に、箒の声は穏やかなものだった。どうしても嫌に思わない自分をおかしく思いながらも、振り返りながら神社の周りを散策しようとした直後、

 

 

「………あ」

 

「む?」

 

 

神社に踏み込んできた青年と、目が合った。見たことのある顔と姿に、一瞬だけ思考が緩む。動きを止めた箒が何かを言うよりも先に、青年が慌てて頭を下げてきた。

 

 

「ご、ごめんなさい………久しぶりに、ここの事を思い出して、偶々寄っただけで─────」

 

 

今にも折れてしまいそうに気弱な様子に、箒はハッ と意識が戻る。覚えがある。この声に、あの様子。昔会った時から大分過ぎていたから、正確にまでは分からなかったが、間違いない。

 

 

「………もしかして、暁か?」

 

「あ…………ほ、箒ちゃん?」

 

 

海里暁。

箒や一夏の幼馴染みでもあり、男とあまり仲良くない箒にとって数少ない男の友人である。

 

十年もの時を経て、二人は再会することになった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

近くのファミレス。

他愛もない会話をしようとした二人は、昼ド気になっていたことに気付いた。どうするか戸惑っていた暁を引っ張り、箒はファミレスで話しながら食事をすることにしたのだ。

 

 

箒としてはやけに強引というか、積極的なやり方だった。基本的にこのような誘いをするのは一夏でもどうかは分からない。

 

その理由は、暁を数少ない友人として見ているからだ。信頼できる相手として、話をしたいと思ったのだろう。

 

 

「まさか、ここで暁と会えるとは思ってもいなかった」

 

「う、うん。僕も、箒ちゃんがいるとは………でも、箒ちゃんってIS学園でしょ?もう、夏休みなの?」

 

「ああ、お盆週に帰ってこれるか分からないから今来ていた。親戚への挨拶は終えたし、用事はもう済んだ」

 

「…………じゃ、じゃあ、もう帰るの?」

 

 

和食料理に決めた箒の前で、メニューを見ながら不安そうにチラチラと視線を送る暁。緊張しているのか妙に気を引き締めている彼に、箒は普通に答える。

 

 

「いや、一日も休みを取っているからな。今帰っても、時間を無駄にするだけだろう。少しの間、ゆっくりするつもりだ」

 

「そ、そうなんだ………」

 

 

全身から力を抜いて一息漏らす。各々の料理を注文し終え、届くのを待っている間、沈黙が続く。箒が何を話そうかと悩んでいる間に、暁が少し張った声で呼び掛けた。

 

 

「ほ、箒ちゃん。あ、あのさ───」

 

「む?どうした?」

 

「───え、あ………えっと」

 

 

途端、一気に萎縮するように小さくなる。言い出そうとする様子を引っ込める暁に、箒は不思議な様子で見つめる。パクパクと口を開閉していた彼は、消え入るような声で呟いた。

 

 

 

「────その、学校は………楽しい?」

 

 

 

 

「…………まぁ、悪くないぞ?色々と、な」

 

「そ、そっか……」

 

 

少し思い悩んでから答えると、暁はコクリと頷いた。何処か複雑そうな様子の暁だが、箒はそれを気に掛けながらも話を続ける。

 

 

「新しい、仲間が出来た。騒がしくていがみ合う事もあるが、信頼できる仲間だ」

 

「………そう、なんだ。因みに、どんな人達?」

 

「まず、龍夜だな。アイツは強い、一夏や私よりも、ISを上手く扱えて、仲間の中でも誰よりも強いかもしれん。手先が器用で、色んなものを開発できるらしいが………会った時は凄かったぞ。まるで、昔の姉さんを見ているようだった」

 

「え、え?束さんみたいな人………?す、すごいね、どんなにヤバい人なんだろう」

 

 

多分誤解されているが、箒としても弁明のしようがない。普通に事実だから、仕方がない。

 

 

「それよりも、暁の方はどうなんだ?いじめられたりしてないか?」

 

「え………なんで、僕がいじめられてるって話になるの………?」

 

「それは、な。お前が気弱だからだ。ほら、私と話してる際も震えてるだろう」

 

「あ、あ………え、えっと、それは───」

 

 

瞬間、暁は顔を真っ赤にする。ボソボソと口ごもり始める青年に、短いため息を漏らす箒。

 

 

「ったく、軟弱だぞ暁。男ならもっと強く振る舞え、そんなものだと周りの奴等に嘗められるぞ」

 

「う、うう………ごめん、気を付けるよ」

 

「…………いや、すまない。私も言い過ぎた」

 

 

海里暁は昔から臆病かつ気弱な性格であった。母親も亡く、唯一の身内である父親は出張などで姿を見せず、彼は親戚に育てられていたらしい。そんな特殊な環境故にか、内向的な性格に変わったのだとか。

 

 

だが、箒に対して挙動不審になるのは、内向的な性格だからではない。むしろ、彼は親しい相手に対しては本人としても普通に接することが出来る。なら何故、彼がそこまで可笑しい様子を見せるのか。

 

 

「ほ、箒ちゃん………あのさ」

 

「?どうした?」

 

「────いや、ごめん。何でもない。気にしないで」

 

「………?本当にどうしたんだ、暁」

 

「少し、ね。ちょっとそこまで面白くない話だったから」

 

 

不器用な笑顔で誤魔化した暁の顔に、暗い影が射す。コップの中の水に写る自分の顔が酷い様であるのに、滑稽だと思う。今にも口に出そうとした言葉を喉の奥に押し込み、彼は俯いた。

 

 

(言えるはず、ないよね。………僕なんかが、箒ちゃんの事を好きなんて。そんなこと、知っても、箒ちゃんは───)

 

 

海里暁は、篠ノ之箒が好きだ。

それは子供の頃からの想いであり、ずっと消えたことはない気持ちだ。

 

だが同時に、彼は知っていた。

彼が恋い焦がれる少女は、自分と唯一無二の親友に恋をしていることを。その親友自体は、その好意自体を理解していない、と。

 

 

(──────そうだ、迷うな。僕は、僕の答えは決まっているんだ)

 

 

何時、自身の想いを口に出すべきか。数ヵ月もの間、彼は悩み続け────ようやく、答えを出したのだ。問題は、それだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

ファミレスで食事を終えた後、二人はとある公園に辿り着いた。街の中でも上の方に位置する高台の上にある公園。ここは二人にとって、無関係とは言い難い場所であった。

 

 

「────ここは、懐かしいな」

 

「………うん、そうだね。僕達は…………ここでよく、過ごしてた」

 

 

人気の無いこの公園では、近くの子供すら滅多に寄らない場所であり、当時まだ子供だった一夏や箒、暁は三人一緒にここで遊んでいたのだ。

 

 

いや、厳密には四人。もう一人だけ、彼等には古い友人がいた。

 

 

「そういえば、あの子元気かな」

 

「………あの子?誰の事だ?」

 

「ん、あ、えっと………ほら、あの子だよ。ここの公園で出会った子、僕よりも無口で………その、無愛想な」

 

「……………ああ、思い出した。確かにいたな。だが、どういう名前だったか、分かるか?」

 

「う、ううん。僕も、何故か思い出せないんだよ。名字は聞き覚えのあるものだった気がするんだけど」

 

 

その人物が誰だったか、二人の記憶を辿っても分からなかった。姿や喋り方など、些細なものだけは分かる。しかし、顔や髪型、声などの、姿を当てられる要因だけがゴッソリと抜け落ちていた。

 

 

(本当に、久しいな)

 

 

公園から見渡せる街。前々から見ても細かい変化はあれど、昔の光景と同じその世界。

 

不意に、ここから離れることになった理由を思い出す。その瞬間、意図せず呟いていた。

 

 

 

「────あの人がISを作らなければ………」

 

 

そうすれば、ここにいられた。親戚の叔母さん達や暁と離れずに済んだ。そして、三人で仲良く過ごし────一夏の隣にいられたはずなのに。

 

 

 

「ねぇ、箒ちゃん」

 

 

隣にいる暁が、振り向いていた。僅かにある距離を保つように、立ち尽くす暁の顔を見て、箒は何かを感じ取る。今まで見たこともない程に真剣なその表情。意を決したように、彼は口を開いた。

 

 

「ずっと前から、言いたかったことがあるんだ。今言わないときっと後悔する、だから聞いて欲しいんだ」

 

「あ、暁……?」

 

 

 

迷うことなく、海里暁は告げた。

 

 

 

 

 

「───僕、箒ちゃんの事が好きなんだ」

 

 

 

 

 

「………………え」

 

 

暮れてきた夕焼けの陽に照らされ、二人は立ち尽くす。理解が追い付かないのか箒は、全身を硬直させている。無論、彼女は一夏のように鈍感ではない。彼の好きと言う言葉が、どういう意味なのか、理解している。

 

 

「あ、暁………本気、いや、本当なのか?」

 

「嘘で告白はしないよ。これは、僕なりの本気………だから、返事は今欲しい。今すぐ答えてくれると、嬉しい」

 

 

何時ものように不安そうな顔はない。覚悟を決めたように引き締めたその顔に、箒の方が大きく戸惑ってしまう。

 

 

自分は何度も恋心という好意を覚えてきたが、他人からそういうものを向けられたことはまずない。それに、自分が恋い焦がれてきた相手と、今告白されている相手は違う。その二人は、自分の幼馴染みだ。

 

 

どう答えるべきか、どのような選択をするべきか、迷いが生じる。

 

 

十秒間。

数えるならば僅かな時間は、あまりにも長く感じられた。暁同様覚悟を決めた箒が言葉を紡いだ。

 

 

 

 

「暁────私は、一夏が好きだ」

 

「……………そっか」

 

「だから、すまない。お前の告白は、断らせて貰う………本当に、すまない………!」

 

 

心優しく、弱々しい青年がどう思うか。全てを受け止めるように箒は頭を下げた。きっと相当傷付くだろう。そんな選択をしてしまった自分に後悔はないが、友人を傷付けることに何一つ思わない程白状ではない。

 

 

どんな言葉も、受けるつもりだった。

しかし暁からの言葉は、箒の予想とは大きくかけ離れていた。

 

 

「なら良かった。安心したよ」

 

「…………え?」

 

「箒ちゃんが変わらず一夏の事が好きって分かった。それを聞けて安心した」

 

 

顔を上げた先にあったのは、穏やかな笑顔の暁。到底ショックを受けているとは思えないほど、優しいほほ笑み。しかし、何処か暗いものがあるようには感じるが、それを隠すように彼は続けた。

 

 

「正直、僕の方も選んで欲しかった。でも、箒ちゃんの想いも応援したいって、思っちゃってさ。ずっと迷ってたけど、うん、答えは出たよ」

 

「お前は、それでいいのか………?」

 

「うん、僕自身が決めたことだから。それに………」

 

 

溜め込んだ言葉を、迷うことなく紡ぐ。

 

 

「この想いを伝えられた良かった。でなきゃ、ずっと後悔してた。それだけでも、僕は満足さ」

 

「…………暁」

 

「ねぇ、箒ちゃん。一夏のこと、頑張ってね」

 

 

呆れる程に勇敢で、呆れる程に恋心に無頓着な友人を思い出し、困ったような笑いを浮かべる。

 

 

「ほら、一夏って底抜けの鈍感だし………箒ちゃんが告白しても、別の事って解釈しちゃうかもしれないから………それに、ライバルも多いみたいだから」

 

「確かに、ライバルは多いな。これからも増えると思うと悩みの種だが」

 

「めちゃくちゃニブいあいつを落とすのは大変だから。頑張ってね。僕、応援してるから」

 

 

二人して、その話には笑顔であった。

会話のネタにされるほどの鈍感さを持つ青年は、きっとこのこと自体知らないし、気付かないのだろう。鈍いと言うのも考えものである。

 

 

話を終え、夕暮れ時に気付いた箒があっと慌てる。もうすぐIS学園に戻る電車が来る時間帯だ。駆け出そうとした箒を、暁が呼び止めた。

 

 

「あの…………一つ、頼んでいいかな」

 

「………頼み?それは────」

 

「告白してから言うのは恥ずかしいんだけど………

 

 

 

 

 

箒ちゃんと僕、友達で居ていいよね?」

 

 

足を止めた箒が振り返る。躊躇うように、申し訳ない顔をした暁を見て、否定するように叫んだ。

 

 

「────あ、ああ!当たり前だろう!私達は最初からずっと友達だ!」

 

「はは、ありがとう。箒ちゃん」

 

 

本気で救われたように笑う暁の顔から、不安らしきものが消えた。互いの顔を見合い、二人は別れを告げ合う。

 

 

「またね、箒ちゃん」

 

「ああ、また会おう。暁」

 

 

駆け出していく箒の後ろ姿が消えるまで、暁は静かに見送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これで、良かったんだ」

 

 

ポツリと、呟きが漏れる。自然と口にしていたその言葉から、暁の顔から笑顔が消える。背を向け、ヨロヨロと歩いた彼は夕焼けの空を見つめてた。

 

 

「僕が、箒ちゃんを幸せに、出来る筈……がないんだ。あの人の、最低な悪魔の血が流れてる僕が………好きになって、いい相手じゃ………」

 

 

自責するような言葉と共に、視界が曇る。

目元から滲む水気を、暁は手の甲で拭おうとする。それでも、どれだけ拭っても視界の変化は戻ることはない。

 

 

ようやく、自分が泣いていることに気付いた。そう思った瞬間、引き締めた感情が一気に崩壊した。

 

 

「…………ぅ、うう………ぐすっ」

 

 

膝をつき、両手で目元を擦る。

止まらない涙を流し続けながら、暁は人気のない公園に居続けた。

 

十年もの想いの結果、自分の決めた選択の結果を深く受け止めながら。海里暁は初めて味わった失恋の味を、深く噛み締めるのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

数週間後、八月の中旬近く。

 

 

「────はぁー」

 

 

駅前の大広場。夏休みで大勢の人々が通っていくその場所、端に置いてある横に伸びたベンチで、私服姿の海里暁がいた。何時ものような大人しい様子とは少し違う雰囲気を纏いながら、深い深いため息を吐き出していた。

 

 

 

「おーい、暁。どうしたんだよー?景気が悪いぜ、折角遊びに行くってのに」

 

「ん、ああ………ごめん、少し考えててさ………はぁ」

 

 

そんな暁に声をかけたのは、男前な茶髪の青年だった。腰に手を当てながら呆れたように笑いかけた青年は、いつまで経っても様子の変わらない暁に、困ったようだった。

 

 

「…………暁、ちょっと様子おかしくねーか?ここまで落ち込んでるの初めてだぞ」

 

「馬鹿、大和。お前知らないのか?」

 

「ん?何が?」

 

「失恋したんだよ、暁のヤツ」

 

 

近くにいた眼鏡の青年が、眼鏡を指で戻しながら話す。大和と言われた青年はその言葉を聞いた途端に一気に様子を切り替えた。

 

 

「んだよ、そんな事かよ。ウジウジすんなよ暁!この世にゃあ女なんて何億もいるんだ!どうせ次好きになるような奴も見つかるって─────」

 

「話によると十年前から一途な相手だったらしい。しかも先週十年ぶりに再会したばっかだと」

 

「────何で!それを!言わねぇんだよ!?そりゃあこんなに引き摺るわ!ってか、今の発言だと傷口に塩塗ったみたいな感じになるじゃねぇか!?」

 

「実際にそうだろ」

 

 

明らかに狼狽した大和に、眼鏡の青年がバッサリと言い切る。瞬間掴みかかり殴り合いになる二人をもう一人の青年がジト目で見ながら、暁に問いかける。

 

 

「俺が言うのも何だけどさ、良かったん?」

 

「………うん、これでいい。少なくとも、悔いの残さない形だったから」

 

「……………ったく、あまり背負い込むなよ。エロ本貸してやるし、少しは発散しとけや」

 

「き、気遣いだけにするよ」

 

 

この三人は暁の数少ない友人達であった。

出会い方は様々であれど、一夏や箒以外に溶け込むことのできた大切な仲間だ。

 

 

「よし!そんじゃ、今回の旅行を暁の慰安旅行としようぜ!存分に楽しんで、傷心を癒すぞ!暁!」

 

「………はは、それじゃあ旅行の金は府度してくれる?」

 

「………………アレだ。それとこれとは別って言うか」

 

「小さー、器」

 

「代金の肩代わりすら出来ないとは、器だけではなく財布も小ぶりらしいな。まぁ、お前らしいよ」

 

「殺すぞテメェら」

 

 

ギャーギャーわめき合う三人を見て、暁はクスリと笑う。三人が落ち着いたのを見計らい、口を開いた。感謝の言葉を届けるために。

 

 

 

「皆、ありが────」

 

 

その言葉は、空を突っ切る爆音によって遮られる。空を突き破る黒い影に続くように響いた音に、暁一行は当然として、周囲の人々も反応していた。

 

 

「な、何だ!?」

 

「…………おい、上を見ろ」

 

 

友人の言葉に促され、真上を見ると飛び去ったはずの黒い影がその場に戻ってきていた。翼らしきバインダーを展開したソレを理解した者が声をあげる。

 

 

「────IS!?」

 

「あん?確かISが市街地の上飛ぶの異常事態じゃねぇ限り禁止じゃなかったか?…………睦月、アレ何処の分かるか?」

 

「…………いや、どの国の機体でもない。どの国の宣伝でも見たこともない機体、まさか新型か?」

 

 

睦月なる青年が眼鏡を指で押し上げながら、双眼鏡を覗く。しかし何かを感じ取った大和がそれを受け取り、目を細めながら黒いISを見つめていた。

 

 

 

「────アイツ、何を」

 

 

視線の先で、黒いISが動く。両手の手元に各々黒い筒のような元を空中から出現させる。二つの物体を固定させるように押し当て、カチリと繋げた。表面の部分装置を動かし、変形する黒い筒はとある物に似た形状をしていた。

 

 

巨大なビームライフル。ISのパンフレットで見たこともある高火力広範囲殲滅兵器の一つ。

 

 

 

 

 

「ッ!不味い!全員逃げろ!アイツ、俺達を──────」

 

 

 

 

直後だった。

大広場の中央に、凝縮された熱線が打ち込まれた。大規模な爆発が大勢の人混みを呑み込み、炸裂する。理解できずに硬直する者、衝動的に逃げ出す者、全てが上空から放たれた熱線に焼き尽くされる。

 

 

 

やがて何十発かビームが打ち込まれた後、黒いIS『魔王』がビームライフルを下ろす。何かを確認した後に、凄まじい速度でその場から立ち去っていく。

 

 

禍々しい流星のように、紫の光の残滓を撒き散らして。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『────臨時ニュースです。先程、○○県○○町の駅広場で何者かのテロが行われました。死者は五百人程、軽重傷者は十三人という言葉にしがたい惨状になっております。犠牲者は旅行で賑わっていた家族連れや学生達が殆どのようです。ですが事件の当時と犠牲者の数が合わないという話もあり─────失礼します、ただいま新しい情報が出ました。遺体が見つからず行方不明になっていた海里暁さんですが、現場の痕跡や惨状から死亡したと断定されました。繰り返します───』

 

 

 

 

電子音に続き、映像が途切れる。

テレビに映し出された臨時ニュースを見終えた何者かが操作していたリモコンを、軽く放り投げた。

 

 

「…………約五百人、か。派手にやったなぁ、『魔王』とやらも。」

 

「───フン、何が面白い。人死に盛り上がる事など無いだろう」

 

「お堅いなァ!アンタの正義からして気に食わねぇか!ヒーロー様々だな!虫酸が走るぜ!その偉そーな正義感が!」

 

「…………」

 

 

ボロ布のようなフードを着込む男の嘲笑に、離れた場所に立つ男の空気が変わる。白い靄のようなものが浮かび上がり、空間そのものが変異しているのか自然と音だけが響いていく。

 

まるで二人の間に軋轢があると示すように、音は次第に強くなっていた。

 

 

「ま、アンタみたいな正義のヒーローにゃあ分からねぇか。人を殺す事の気持ちよさが!面白ぇぜ!馬鹿みたいに命乞いする奴が、滑稽で滑稽でたまらねぇよ!────あぁ、そうか。アンタにゃあ分からねぇか!正義の為なら何人でも殺せるような奴だもんな!人の生命なんて何とも思ってねぇだろうよ!」

 

「─────畜生(ちくしょう)が、砕かれたいか」

 

「やってみろよ、正義の奴隷」

 

 

尋常ではない殺気が膨れ上がり、二人がぶつかろうとした直前だった。

 

 

「……………あのさぁ、うるさいんだけど」

 

 

近くのソファに寝転がるようにしていた少年が、本当に鬱陶しそうイヤフォンを外していた。調子を確かめるように首を回し、面倒そうに吐き捨てる。

 

 

「少し静かにしてくんない?今、フルコンプの最中なんだし、仲良くしろとかそこまで期待してないけど、もうちょっとボクの話聞いて動いて欲しいね」

 

 

彼等の中に仲間としての馴れ合いは感じられない。あるのは、互いにいがみ合うような刺々とした雰囲気のみ。

 

特定の目的のためだけに協力しているに過ぎない。そう示しているように。

 

 

「後さ、レギエルの話聞かなくていいの。さっきから待ってんだよ、お前らをさ」

 

「「!!」」

 

 

 

「────待たせたかな、三人とも」

 

 

二人が反応した先には、ソファに腰掛けた男性がいた。若々しく気品のある立ち振舞いの彼は黒いコートのまま、力を抜いて座っている。

 

 

「データを集めてきた。我々の今後の方針に大きく関わる」

 

 

レギエル、そう呼ばれた男性に、フードの男がハッ! と喉を鳴らした。

 

 

「相変わらず不気味な奴だなァ、レギエル!テメェのその(ツラ)の裏がどんなもんか知りてぇもんだ!」

 

「この屑の御託はいい」

 

 

また再燃する殺気に呆れ果てながら諫める少年を他所に、白と青の混じった髪の男が続けた。

 

 

「レギエル、『皇』からの『例の物』の情報は?」

 

「残念ながら、まだ。流石は博士の隠した遺物、界滅神機のように簡単には見つからない。国連の技術では厳しいようだ」

 

「ならどうする。また何年も待つつもりか」

 

「いや、その必要はない」

 

 

周囲の空気と同じく冷徹な問いに、レギエルは落ち着きながら答える。

 

 

「蒼青龍夜、彼が有しているらしい。我々の求めるクインテット・シスターズ、それを冠する聖剣を」

 

 

反応は多種多様であった。男は驚き、少年は興味深そうに話を聞き、フードの男は不気味なくらいに口を裂けて笑う、いや嗤った。

 

ダァン! と、机に足を叩きつけ、怒鳴るように捲し立てる。

 

 

「なら話が早ぇじゃねぇか!ソイツをブッ殺して奪えばいい!外に誘き出して全員でなぶれば、それだけで済む!」

 

「───いや、蒼青龍夜は殺すなと言われている。『皇』にとっても、我々にとっても必要な存在だ。ここで彼との取引を切るのは我々としても得策ではない」

 

 

チッ! と、フードの男は舌打ちを吐き捨てた。昂る感情の行き場を見つけられず、机にあったコップを遠くの壁に叩きつける。

 

粉砕し飛び散る破片に、誰も反応しない。顔すれすれに飛んできた破片にすら顔色を変えず、レギエルは作った笑みを浮かべていた。

 

 

「何、クインテット・シスターズは本来四つだけだった。後々から追加された聖剣を奪わずとも、残りの四つを手に入れればいい。我々は四人、数も十分だ」

 

 

そう周りに言い聞かせるようなレギエル。少年は当然として、フードの男は渋々従っていた。

 

 

だがしかし、氷のような男だけは違った。

 

 

「話が逸れているぞ、レギエル」

 

「…………」

 

(オレ)が聞きたいのは、どうやってクインテット・シスターズを探すかだ。国連すら見つけ出せない以上、今の我々も打つ手がないと言っていい。その状態で、どうするという」

 

「────何一つ問題はない」

 

 

突き刺すような気迫に、汗すら流さない。いつの間にか片手には端末を取り出しており、電源を入れて何度か画面を叩く。

 

 

 

「鍵は蒼青龍夜。我々が他のクインテット・シスターズに辿り着くのは、彼次第。その為にも、少し我々の組織と国連を利用させて貰おう。

 

 

 

 

ま、利用するだけじゃ済まないだろうけれどね」

 

 

そう示唆するレギエルは、端末を中央の机に滑らせる。薄い盤面に浮かび上がる文字は、僅かなものだった。

 

 

 

【ヴァルサキス・プロジェクト】、国連が秘密裏に運営しているはずの計画。それこそが次の戦いの火蓋となるものである。




次章予告


───(ソラ)に浮かぶ、造られた星


───新たなる天体、清浄なる裁きの機神(カミ)


───星の光に至れぬ機神(カミ)は、罪を知る


───千の光と共に、罪と穢れを焼き尽くす


───機神(カミ)には過ぎた、狂気の思いを携えて



夏休み編第一章────【episode1 ヴァルサキス・ミハイル】


次回からスタートです。


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