IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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今回の話は事態の説明回みたいなもんなんで、雑だと思います。そこらへんは許してください。どんな風にするべきか思い付かなかったんです………!(泣)


第37話 渦巻く思惑

「…………ええっと、何かとんでもない事態になってるらしいですねぇ」

 

 

少女 シエルの言葉に全員が耳を傾けていたその時。扉を開けて現れたのは、糸目の男性 イレイザ・ラフコフ中将であった。

 

思わず一夏がシエルの前に立つ。彼女の話が本当であるなら、軍部の人間であるイレイザすら味方かどうか疑わしい。

 

そう思った彼等だが、千冬だけは何一つ様子を変えずに語りかけた。

 

 

「イレイザか、何処まで聞いていた?」

 

「はて、何の事だか。私はたまたまこの車両に来ただけで、皆様方のお話はさっぱりですよ」

 

「ほう、ならいち早くこの娘に意識を向けるべきだろう?誤魔化そうとしているのが目に見えているぞ?」

 

 

ピクリ、イレイザの糸目が動いた。微かな変化に気付けたのは一部の人間だけである。

 

数秒の沈黙を経て、イレイザは取り繕うのを止めた。

 

 

「やれやれ、何で分かるんですか。人外か何かですか貴女は」

 

「悪いが私はまだ人間でやらせてもらっている」

 

「はは、本当はどうだか………ウソウソ、本気じゃないですって。全く、怖い人だ」

 

 

諦めたように笑うイレイザに、すぐさま一夏達の顔色が変わった。いつの間にか彼の手に拳銃と、何らかの端末が握られていたからだ。

 

ISを展開しようとする全員に、イレイザが端末を突き出す。それが何なのかは分からないが、龍夜はそれがこの列車の制御装置か爆弾の起爆装置だと判断した。

 

平然と立つ千冬へと拳銃を向けながら、イレイザは凍えたような笑顔を向ける。

 

 

「兎も角───何故、侵入者の話を聞こうとしているんですか?織斑先生」

 

「理由が必要か?イレイザ」

 

「当然、その少女が我が祖国 ロシアに害を為す可能性は考えられる。それを事前に防ぐのが、私の最善。たとえ貴方達全員を巻き添えにしてでも、やってみせますよ」

 

 

微笑みを消したイレイザが、軍人としての冷徹さを剥き出しにして告げる。答え次第ではこのまま全員を吹き飛ばすと宣告しているように、親指が端末の画面に触れそうな所で止めている。

 

動きたくとも、誰もが動けない。たった一人の軍人、生身の人間の放つ気迫に圧され、勝手な動きを出来ないでいる。もし下手な真似をすれば、自分達が終わってしまうと分かるからこそ。

 

 

しかし、千冬はそれでも狼狽えることすらしない。両腕を組みながら、細く開かれたイレイザの瞳を見据える。

 

 

「そう言うな。お前が手を貸す事くらい、分かりきっている」

 

「へぇ?根拠なんてあるとは思えませんが、一体どうしてそう思ったのかだけ聞かせて貰ってもよろしいですか?」

 

「単純な話だ。侵入者の一件をいち早く報告せずに、私達の前に来ている事が明確な理由だ」

 

 

イレイザは答えない。

だが、深いため息を吐き出したと思えば、拳銃と端末を握る手を下ろす。降参するように両手を挙げながら、近くの座席にゆっくりと座る。

 

 

目蓋を閉ざしたような細目の奥に、ぎらつくように光る眼を消すことなく。

 

 

「…………話だけは聞きましょう。それによって、判断させていただきます」

 

「だそうだ。さて、続きを話して貰おうか。お前の事情について」

 

 

そう言って振り返り、千冬は捕縛されたままのシエルを見下ろす。事態が落ち着いたことに安堵している一夏を余所に、千冬は言葉を続ける。

 

 

「友達を助けたい、と言ったな。何故、お前の友達があの基地にいると知っている?普通の人間が軍事基地に入れるはずがないだろう」

 

「………入れるも何も、私達はあの基地で育てられました。より正確には、地下にある研究室で」

 

「そ、それって………」

 

「人体実験でもされていた。そうだろ?」

 

「いえ、そんな生半可なものではありません」

 

 

差程気にしていないような龍夜の言葉を、シエルは否定した。流石に怪訝そうな彼の視線を受けても、彼女は黙っていた。

 

 

躊躇うような静寂の後に、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「私は、私達は処分されました。隔離された室内に毒ガスを撒かれて、ただ一人の友達の目の前で、殺されたんです」

 

 

何人かが、絶句していた。

想像を絶する程の悲劇を味わったと口にする彼女の言葉は、痛ましいものを感じさせない。そういう気遣いが、余計に心に重みを増している。

 

 

何も言わず、受け止めているのは龍夜とラウラだけだった。それ以外の全員が、何も言えないでいた。いや、実際にどんな言葉を掛けるべきだったのか、分からなかった。

 

 

彼女が、慰めを望んでいるとは限らないと、理解していたからこそ。

 

 

「ならお前は何故生きている?毒ガスを吸い込んだ以上、無事では済まなかっただろう」

 

「ある人が、瀕死だった私を助けてくれました。軍は私が生きていた事にも気付かなかったので、何とか生き延びることが出来ました」

 

 

『ある人』について、千冬が聞いた。しかし、彼女は静かに首を横に振るだけだった。それは言えないのだろう。おそらく、重要な人物だと確信していた。彼女にISを渡したのも、そいつかもしれない。

 

 

「でも、あの人から教えられました。私の友達が、奴等に捕縛されたミハイルが、『ヴァルサキス』という兵器に組み込まれて、打ち上げられるという話を。『ヴァルサキス』という兵器が、より効率的に相手を殺すために使われることを」

 

 

だからこそ、手段を選んでいる暇はなかったのだろう。

この列車に乗り込んで、単身であの基地に、自分達を殺し、友達を利用しようとする汚い大人達を倒そうとした。

 

 

どれだけ無謀だと言われようと、彼女は、諦められるほど賢くなかった。うちひしがれるほど馬鹿ではなかった。

 

 

「そんなこと、させちゃいけないって、思ったんです。ミハイルは、とっても穏やかで、優しいんです。狡い大人達に、手を汚さずに誰かを消せる道具として利用されるなんて────私は、絶対に許せない」

 

 

俯いた彼女の瞳から、涙が溢れ出る。言葉が嗚咽へと変わり、それを飲み込もうとするシエルに、その場にいる全員の空気を沈黙が支配していた。

 

 

この場にいない、ただ一人の少年の言葉が響き渡るまでは。

 

 

 

『────なるほどねぇ、そういう話なのかい』

 

 

密かに起動されていた個人通信から話を聞いていたのは、IS学園理事長 時雨。齢十六の子供にしては大人びた雰囲気を纏う若き権力者の唐突な登場に、千冬は大して反応すらせず、冷徹に質問を繰り出した。

 

 

「理事長は、どう判断する?あの少女が嘘をついている可能性はあると思うか?」

 

『いや、限りなく低い。むしろ、彼女の話に信憑性がある方だ。国連が他国の人間に管理させたプロジェクトの大半が、人命を軽視したものだ。フランスの「DOLL.s」の件といい、無視できない話だと思うね』

 

 

そういう一例があるからこそ、二度目の可能性を疑ってしまう。一度人の命を弄んだ人間は、何度でも命を弄べる。何度目かで良心の呵責により止める者ならいいが、権力者や他人の命を直接奪わない側の人間なら、絶対に止まることはないだろう。

 

 

『それにしても、大国の将軍様が子供達を拉致して、監禁し、殆どを殺して、生き残りを兵器に乗せる、か。罪の上乗せだね。これが公に広まればどれだけの影響が出るか』

 

「……………脅しですか?時雨議員、いえ理事長様」

 

『とんでもない。平等な立場での交渉さ』

 

 

話を聞いていたイレイザの顔は暗く、険しい。自分がいつか下克上しようとしたとはいえ、祖国への忠義を尽くしていると信じた将軍の非道な悪行を知らされ、迷いが生じているのだろう。

 

 

そこを、明らかな弱みを、時雨は突いた。

 

 

『もしこの件が明るみに出れば、国連はロシアに責任を押し付ける。フランス同様、ロシアの信用と立場が失墜する。君や僕が考えても分かる話だ。君の事だ、私達を見過ごしてこの作戦が失敗すれば、どうなるかを懸念しているんだろう?』

 

「ええ、ですから。私が貴方達の味方をするなど、何のメリットもな────」

 

『だが、僕の力なら、ロシアの信用や立場を守ることが出来る』

 

 

思わず見返してきたイレイザに、時雨の声は淡々と続ける。子供のような若い声には、何処か掴めない感じが備わっていた。

 

 

『その為には、貴方の協力が必要だ。イレイザ・ラフコフ中将。君の愛する祖国を盾にして、人の命を弄ぶ真似をした人間達を、見逃す道理はないだろう?』

 

 

まるで他人の心を悟るような時雨の言葉に、イレイザ中将は明確に迷っていた。確かに、この事態を無視するべきではない。しかし、彼等に従うメリットは少ない。下手すれば、自分が将軍により反逆者として罪を着せられ、始末される可能性すらあり得る。

 

 

そんな風に躊躇している彼に、時雨は次なる言葉を掛ける。今にも傾きそうな彼の本意を此方へと近づけようとするために。

 

 

『無論、対等な立場であり、平等な交渉だ。対価が無い訳ではない』

 

「───その対価とは?」

 

『直に空く将軍の席とIS学園との個人的な繋がり(パス)。君からすれば、この事が祖国にとってどれだけの利益か、難しい話ではないはず』

 

 

数秒の沈黙がどれだけ長く感じられたことだろう。

この場にいない誰かと睨み合っていたイレイザ中将は、ふと溜め込んだものを吐き出すような息を口から漏らす。

 

 

「…………もしかしなくても、全て貴方の掌の上ですか。時雨理事長」

 

『はは、何の事やら』

 

「…………分かりました。ここは素直に従いましょう、この取引に乗った方が私の未来により早く近付ける」

 

 

そう言いながら、イレイザはヒラヒラと両手を軽く上げる。嘘偽りの無い言葉に、千冬は決まりだなと頷く。

 

 

 

納得して話に続こうとする一同の中で、一夏だけは呆然としていた。

 

「…………」

 

『ん?どうしたんだい?織斑君』

 

「いや………理事長って凄いんだなって、改めて実感しました」

 

『フフフ、そりゃあ光栄だね。僕も努力の甲斐があるという訳だ』

 

 

何故、自分よりも年下の時雨がIS学園の理事長にまで成り上がれたのか、一夏にも何となく分かった気がした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「で?ヴァルサキスは何時運用できる?」

 

 

真横の巨大兵器に視線を配りながら、『忠臣』と名乗った青年 ハイルゥは口を開く。膝を付き、頭を垂れる将軍に背を向けながら、彼はそう聞いた。

 

喉が乾き果てる感覚に陥る将軍は唾を一気に呑み込む。そして、頭を上げることなく、震えた様子で言葉を紡いだ。

 

 

「ハッ!今現在ヴァルサキス本体の武装の調整や機体の整備は滞りなく完了しており、何一つ異常はありません!ただ一つ、少々手厳しい事がございますが………」

 

()()の方ってこと?」

 

「ハッ!その通りです!ミハイルが、先週の稼働実験の際に暴走を起こしており………今調整処置を施し、凍結処分を与えております。………プロフェッサーの意見でありますと、再調整には一ヶ月程掛かると………」

 

「────ふぅん」

 

「で、ですがご安心を!一ヶ月もあれば不具合を解決し問題なく運用できるようにいたしますので!何卒お待ちいただければ───「あのさ、将軍」ッ!」

 

 

遮ってきたハイルゥの言葉に、将軍は全身を震わせる。軽い調子の声音には、凄まじい程の冷たさが備わっていた。

 

 

下手な真似をすれば、どうなるか分からない。動くとすら出来ない将軍の前で、ハイルゥは豪華な椅子からゆっくりと腰を上げる。

 

 

「この『ヴァルサキス・プロジェクト』って、何年掛かったっけ?」

 

「………り、立案から五年、実行したのは三年前、です」

 

「そう。五年、三年も掛けてるんだ。五年前にイギリスが開発し、とある不祥事により失敗に終わった計画を利用するという事も合わせてね。それ程までに今回の計画は、ヴァルサキスという兵器は国連にとって重要なものではあるが、結局はスペアに過ぎない。アナグラムを殲滅するための計画、その一つだ」

 

 

立ち上がったハイルゥは静かに歩いていた。息もつかぬ静寂に響き渡る靴音に、将軍は激しく鳴る心臓の鼓動も重なっていた。

 

 

気軽な立ち振舞いのハイルゥ。しかし、その歩みが止まる。重く、地面を揺らすような力強い一歩と共に。

 

 

「でもね、我が『皇』にとっては違う」

 

「ッ!」

 

「『皇』は俺達よりも大きく、壮大な計画を緻密に立てている。世界全てを掌握する、支配される『皇』の計画に、乱れや遅れはあってはならない─────俺の言いたいこと、分かっているだろ?」

 

 

威圧感に呼応するように、語気に籠る力が強くなる。

 

 

「困るんだよ。お前らのミスで起きた失敗に、こっちの計画に支障が出ること自体。ヴァルサキスは本来、この時には起動する予定だったんだ。それなのに、一ヶ月待てだって?笑わせるなよ、お前らの計画にどれだけの時間と金を、生命を費やしたと思ってる」

 

 

将軍は、答えられない。

身を縛る恐怖が、喉から言葉を発することを恐れている。原始的な恐怖というもので人が動けなくなるのは、創作の誇張などではなく、本当の事だったと理解させられた。

 

 

「『皇』は、寛大な御方だ」

 

「…………ッ」

 

「しかし、その慈悲には限度がある。我々の『皇』は神になるべき御方なのだ。神は慈悲を与える事もあれば、罰を与えることもある。我々には、罰を下す力を与えられている」

 

 

大きく豪華な椅子へと座り込んだハイルゥ。その手に掴んだ杖で地面を叩く。反響するように響いた音は、次の言葉によってかき消される。

 

 

「知ってるだろう?八神博士が残した負の遺産、界滅神機を」

 

「え、ええ………話には、聞いております」

 

「界滅神機は、今も世界中の地下で眠ってる。八神博士が遺した人工知能達によって改良を施され、時がくれば地上へと現れ、そこら一帯の命を屠り尽くすだろう。

 

 

 

 

 

当然、広大なロシアの大地にも、界滅神機を造る工場は存在している。一つだけじゃない、軽く五つ以上かな」

 

 

八神博士という科学者が遺した破滅の意思、『地中の星(アヴェスター)』。その人工知能達が与えられた憎しみに応えるように造り出した兵器こそが、界滅神機。

 

 

あらゆる世界を滅ぼす、神に支えるモノなる機械。それは誰にも操ることができず、止めることが出来るのは十機以上のISであると、国連は想定していた。

 

 

だが、例外的に、界滅神機を操ることが出来るものが存在する。それこそが、ハイルゥの持つ杖であった。

 

 

「さて、今からロシア全土に存在する工場の界滅神機を無理矢理起動させたらどうなると思う?何百万、何千万の人間が蹂躙されるか、考えた事はあるかな?」

 

「ッ!しょ、正気ですか!?」

 

「正気も何も、本気だとも。神がどれだけの人間を殺してきたと思う。我等の『皇』が、人間如きを思慮し、犠牲など出さないとでも期待したか?…………まぁ、お前が気にしているのは民衆の犠牲よりも自分の立場が揺らぐことだろう?」

 

「─────ッ!?」

 

 

立っている場所が違う。

目の前のモノは、次元すら違う。価値観や考えが、自分達より別の次元にある。

 

 

化け物、そんな恐れを抱きながらも、将軍は必死に頭を下げる。

 

 

「ど、どうか、慈悲を………!確実に、我等の手で『ヴァルサキス・プロジェクト』を成功にまで導けます!一ヶ月、いえそれ以内の期間に!必ずや!実現させてみせます!ですからどうか─────」

 

「一ヶ月も時間はないだろ。アナグラムがここを嗅ぎ付けてるってのに」

 

「は…………!?な、何故、その事を…………ッ!?」

 

「知っているさ。アナグラムの奴等、というのは正確ではないか。アナグラムの膿でもある『トレーター』、奴等が一般人を殺し回っている事も。お前が独断でIS学園に援助を頼んだという話も」

 

 

絶望のあまりに、将軍は言葉も出なかった。

ここまでの失態が知られているのならば、自分は間違いなく消されるだろう。いや、もう消されるのであればいっそのこと殺しに行くべきではないか、という無謀すぎる考えすら過ってくる。

 

 

だが、ハイルゥの口から出てきたのは────断罪の言葉とは、真逆のものだった。

 

 

「───だが、運がいいな。その点だけは褒めてやる」

 

「…………は、はい?」

 

「『皇』はIS学園の参入を望んでいた。その口実を作ってくれたお前みたいな愚者に、我が『皇』は大いに喜ばれていた。故に、猶予をくれてやる」

 

 

杖で地面に音を鳴らすハイルゥは、豪華な椅子に背中を預けながら将軍の顔前に杖を突き付けた。

 

 

目に見える恐怖に縛られる将軍を、更に律するように。その言葉を、全身に刻み込むように、深く。

 

 

「一ヶ月以内に、『ヴァルサキス』を打ち上げ、天体衛星へと接続を完了させろ。それが『皇』の赦された誤差の修正範囲だ。だが、もし一日でも遅れたら────お前の首だけでは済まないという事を忘れなよ?努々な」

 

 

 

◇◆◇

 

 

ハイルゥの休む部屋から出ていった後、とある人物と共有する部屋に辿り着いた将軍は────すぐさま机の上を薙ぎ払った。

 

 

「クソ!クソッ!クソォッ!」

 

 

床に転がるグラスやワインの瓶を、粉々に踏み潰す。ガラスの破片が靴に刺さっているが、そこまで頭が回らない。

 

むしろ痛みを感じたいとすら思う。激しい痛みに興奮は覚えるような趣味はないが、そうでもないと煮え滾るこの激情を抑え込むことが出来ない。

 

 

下に見られた、軽く扱われた。

将軍の胸の奥にあるプライドが、こうすることでしか保てない。あの青年への屈辱を押し殺すことしか出来ないのが、本当にもどかしい。

 

 

あの兵器が完成し、自分の手の内にあれば、あの青年も偉そうなことを言えなくなるというのに─────

 

 

 

 

『────やれやれ、好き勝手に暴れたらしい』

 

 

真後ろから、扉の開閉音と共にやけに反響する声がしてきた。息切れで肩を揺らす将軍が振り返った先に、近未来的なヘルメットで顔を隠した白衣の男がいた。

 

 

『随分と苛立っているようだな、将軍閣下』

 

「プロフェッサー………貴様────!」

 

 

将軍の顔に怒りが宿る。凄まじい殺気で睨み付ける将軍に、『プロフェッサー』なる人物は肩を竦める。スタスタと、将軍の真横を通り過ぎ、近くにあったコーヒーメーカーで作業をする。

 

 

『少しは落ち着いたらどうだ?閣下がイラついていると部下達の士気が下がる。ほら、コーヒーでも呑んでくれ』

 

「要らんッ!馬鹿にしているのか貴様はッ!」

 

 

プロフェッサーが淹れたであろうコーヒーを将軍は目につけた直後に振り払う。壁に当たったコップが砕け散り、中身の液体が辺りに広がる。

 

その匂いにしかめた顔を隠すことなく、将軍は苛立たしそうに怒鳴り散らす。

 

 

「何度も言っているはずだ!私はコーヒーが一番嫌いだ!特に外国製のものは絶対に不要だと言ったことをもう忘れたか!?」

 

『おや、これは失敬。私も最近物覚えが悪くてなぁ………歳を取りすぎるのも嫌なものだ。同じ身としては困るものだろう、将軍閣下?』

 

「───貴様ァ………!」

 

 

挑発的な態度や口調の『プロフェッサー』に、将軍は拳を握り締める。だが、実際に将軍の立場を用いても、この男を処断する事は出来ない。

 

 

『プロフェッサー』はこの計画、『ヴァルサキス・プロジェクト』の最重要責任者にして研究グループの筆頭でもある男だ。国連により、厳密には『忠臣』により引き抜かれてきたこの男を殺すことは、自分自身の未来を閉ざすことと同意義である。

 

この男に苛立っても意味はない。そう思っていた将軍は、少し考えた後に、全ての怒りを込めて唸る。

 

 

「………それもこれも、ミハイル────あの出来損ないのせいだ………!」

 

 

ヴァルサキスの核にして、コアたる存在。

何十人のモルモットにより完成したはずのアレが余計なことさえしなければ、自分はこんな風に立場で揺らぐことはなかったと。

 

それが完全な逆恨みであるということも棚に挙げて。

 

 

「奴が暴走なぞ起こさなければ!我等の言う通りに機能していれば!ここまで遅れることなど無かった!ヴァルサキスは完成し、計画は完了していたはずだ!!」

 

『元々、暴走する可能性はあっただろう。人の心を有した兵器を求めた時点で、その可能性は有り得るものだった』

 

「…………ふんっ!」

 

 

冷静にコーヒーを淹れ直す『プロフェッサー』に、将軍は握った両手の拳で机を叩き、声を荒らげて怒鳴る。

 

 

「プロフェッサー!ミハイルの再調整にはどれだけの時間を有する!」

 

『………研究チームによる思考制御プログラムは時間が掛かる。誓約を強めすぎれば心を与えた意味がなく、誓約を弱くすれば暴走の可能性がまた強まる。それ故に、プログラムの規定は慎重に行われる。早くても、ニ週間だな』

 

「────一週間で終わらせられるか?」

 

『確かに、最低では一週間だ。だが、甘く見られては困る。それでは意味がない、暴走の可能性を取り除けない』

 

「ならばもう一ヶ月待てと?その間に、奴等が、アナグラムが動いたらどうする!」

 

『その時はその時、そうならない事を祈るまでさ』

 

「他人事みたいに…………ッ!」

 

 

楽観的に答える『プロフェッサー』。怒りのあまりにまた怒鳴りそうになった将軍だが、諦めたように立ち上がる。背を向けて部屋から出ていくその瞬間、『プロフェッサー』を睨んだ。

 

 

 

「私が失脚した場合、貴様も同じ道を辿る事を忘れるな─────プロフェッサー・アクエリアス」

 

『その言葉、ちゃんと覚えておくさ、将軍閣下』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「プロフェッサー・アクエリアス?」

 

「はい、まずはその人を捕まえてください。あの人だけが、捕らえられたミハイルの居場所を知ってるんです」

 

 

シエルの明かしたその名に、千冬は眉をひそめる。どうやら知っている人間という訳ではなかったらしい。

 

 

「聞いたことないな………イレイザ、心当たりがあるか?」

 

「ええ、はい。『ヴァルサキス・プロジェクト』の主任として配属されてきた人物だということだけです。ですが、私も担当ではありませんので、素顔や何をしているかまでは分かりかねます」

 

 

イレイザも僅かなら知っているらしいが、流石に全ては分からないらしい。そう思っていると、通信越しの時雨が声を出してきた。

 

 

『そのプロフェッサー・アクエリアスという人物について調べてみたが、興味深いことが判明した』

 

「興味深いこと?」

 

『彼は全ての情報が存在しない。戸籍すらも抹消されているのではなく、最初から存在していない』

 

「つまり、偽装………?」

 

『それなら楽なんだが、興味深いのはそこじゃないんだよ』

 

 

これは、軽い噂らしいけど、と時雨が一泊置いた。勿体振るような言い方に痺れを切らした一夏が聞こうとしたその瞬間、不気味な内容を明かした。

 

 

『彼は既に死んだ者が蘇った────「亡霊」ではないかという話もある』

 

 

 

◇◆◇

 

 

将軍が消えた部屋で一人、静かにコーヒーを飲んでいた『プロフェッサー・アクエリアス』。彼は飲み終えたコーヒーのカップを机に置き、ヘルメットの側面に指で触れ、口元を綺麗に隠した。

 

 

『やれやれ、将軍も気が立ってきたな。自国の立場、いや自分の首が飛びかねないから必死なんだろう。まぁ、私には心底興味もないが…………そろそろ、潮時か』

 

 

白衣を正した『プロフェッサー』は立ち上がり、部屋から出ようとする。直後に、何かを思い出したかのように足を止める。

 

 

『だが、少しやり残した事はやっておくべきか』

 

 

彼が手にとってのは、小さなタブレット。起動させた端末に写るのは、一つの写真だった。

 

 

少し前に駅で撮られた記録。

死者として処分されたはずの被験体が、何故かISを纏って列車の中へと入り込むその姿が、記録されていた。

 

 

ヘルメットの置くで、不敵に笑う『プロフェッサー』。幸運だった。まさか処分したと思っていた失敗作が生き残ったとは思わなかったが、ここに戻ってきている挙げ句に新型のISを持ち込んでいるとは予想もしなかった。

 

 

込み上げてきた笑いが押さえきれない。

喜びに包まれた『プロフェッサー』は、タブレットに写るでき損ないを愛でるように、囁いた。

 

 

『─────早く帰って来るがいい、私の実験体(モルモット)

 

 

人ではないものを見るような侮蔑と、誇らしく思うような歓喜を狂気に変え、笑顔に刻みながら。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

将軍とプロフェッサーの会話が終わった後。

一人の兵士が慌てるようにその部屋から離れていく。走り出し、人気のない場所に着いた兵士は荒い息を整え、ポツリと呟いた。

 

 

「────アナグラムを殲滅する兵器 ヴァルサキス、やはり協力者からの情報提供は本当だったか」

 

 

兵士は、迷うことなく携帯を起動させる。本当に人が来ないことを確認しながら、事細かに情報をまとめたメールを書き込む。

 

 

 

「………緊急事態です!どうか繋がってください…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我等がリーダー、シルディ様……!」

 

 

多くの思惑が渦巻く『ヴァルサキス・プロジェクト』。その闇が暴かれると共に、一つの争いが起きることとなる。

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