IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第42話 隠された目的

「────現時刻で本作戦は終了とする。皆さん、お疲れ様でしたね」

 

 

戦闘の影響でボロボロとなった一帯の中央で、イレイザは集まった龍夜達に労いの言葉を掛けた。本作戦、民間人の救助と彼等を拉致したテロリスト集団の殲滅及び捕縛は完了した。

 

しかし、素直に喜べる状況でもない。

 

 

「無事終了、と言って良いのでしょうか」

 

「………まぁ、しゃーないんじゃねーの」

 

 

心配そうな二人が見た先にいるのは、腕を組んで立っている龍夜。落ち着いた彼の視線は、近くに置いてあるコンテナ状の棺に向けられていた。

 

 

テロリスト一同が撤退した後、龍夜がイレイザ達に報告した事実は彼等にとって強い驚愕を与えるものだった。

 

 

オスカーが行った民間人の半数の爆殺。各々の戦闘に集中していた一同は何事だと思いながらも、目の前の事に意識を優先させた。実際、そんなことがあったとは予想すらしなかった。

 

その主犯たる男は殺したと告げた龍夜に、二人の少女は心配すらあった。

 

 

「なぁ、リューヤ………」

 

「───奴を殺した事は気にしていない。重要なのは、奴のせいで民間人の半数が殺害された事だ」

 

 

そう呟く龍夜はふと、とある場所に視線を落とした。先程の戦いに巻き込まれそうであった少女。彼女はオスカーの力により強制的に爆破させられた。

 

 

オスカーを殺したことへの後悔はない。奴を殺さなければ残りの民間人も殺されていた。だが、もっと早く殺していれば、生き残れた人がいたのではないのか。

 

 

「俺のミスです。奴の能力を把握するためにずっと力を抜いて戦っていた。最初の時に本気で殺していれば、少なくとも多くの人は助けられていたはず」

 

「…………それを言うなら、責任は私にあります。貴方達は懸命に戦ってくれた。死なせたことに罪があるのなら、それを担うべきは君達若者ではなく、大人である」

 

 

イレイザが静かに、淡々と答える。責任を子供に背負わせるつもりがないと断言するイレイザ中将に、龍夜やセシリアは思わず評価を改める。

 

 

「………話は以上です。フロル、先程の件についての報告を」

 

「はいはい………えーと、アタシの相手をしてたイヴって奴が突然撤退したんだけど、そん時に妙な事を話してたんだよ」

 

 

時は少し前に遡る。無限に増え続ける黒い異形を掃討するフロル。イヴを狙おうにも攻撃が届かない状況に悪戦苦闘していたが、突如イヴの後方から部下が駆け寄ってきた。

 

 

『イヴ様、オスカー様が戦死されました』

 

『オスカーがやられたか────計画通りだな』

 

 

仲間が殺された報告に、イヴは何故か狼狽すらしない。満足そうに答えた途端、指を鳴らし、黒い異形達の形が崩れていく。

 

 

黒い泥がイヴの足元へと吸い込まれ、溶けていく。マスクの装置を弄るイヴはフロルから背を向けた。

 

 

『撤退するぞ、目標を果たされた。もうこの場に用はない』

 

『エイツー様はどうしますか?IS操縦者に敗北し、捕虜にされたようですが』

 

『エイツーも見捨てる。悪いが、アイツは今後の俺達のやり方に反抗する可能性がある。ここで切り捨てるのが最善だ』

 

立ち去ろうとするイヴに、状況を読み込めないフロルが叫んだ。

 

 

『オイオイ、逃げるのかよ!』

 

『………当初の目的は達成された。もうお前の相手をする必要はない』

 

『そうかよ!なら勝手にやらせてもらうぜ!』

 

 

風の刃を射出し、飛ばす。イヴは振り返ることなく、マスクの装置を起動させ、呼吸を整えながら、告げた。

 

 

『────サマエル』

 

 

突如、起き上がった巨大な機械蛇が口を開く。その喉の方から淡い光が灯った瞬間、イヴ達の姿がその光に包まれていく。放たれた風の刃は、その光に直撃した────はずだが、向こう側へと着弾していた。

 

 

続けて攻撃をしようとしたフロルは、目の前で起きたことに困惑を隠せなかった。

 

 

『…………消えた?』

 

 

イヴ達も、巨大な機械蛇も、その場から忽然と姿を消した。困惑する彼女はISのハイパセンサーで周囲を確認したが、敵の痕跡すら見つからなかった。

 

 

「………突然消えた?まさか、転移能力でも有しているんですか?」

 

「それがイヴという奴の能力。だが気になるところはある。奴は黒い異形を作り出す能力も持ち合わせている。転移能力はおそらくサマエルという蛇のものだが………サマエル自体、イヴの能力の創造物ではないのか?」

 

 

それと、もう一つ。気になることがある。

 

 

「計画通り、と奴は言った。つまりオスカーが死ぬことが、奴等にとって都合がいいのか?」

 

「オスカーとやらが暴走し、制御が出来ないから、敵に始末させた………というシナリオにしては疑問点が多いですね。問題は、何故我々と交戦する必要があったのか」

 

 

ともかく、とイレイザは手を叩く。ここで相手の謎について話し合う意味はない。それ以上、優先することがある。

 

 

「まぁ、直接聞いた方が良さそうですし、貴方達の目的を話していただきますよ…………エイツーとやら」

 

「…………答える義理はない」

 

 

視線を向けた先にいたのは、拘束されたエイツーだった。後ろにある柱に回した両手を縛り、その場に座り込むエイツーは負傷があるにも関わらず、強い敵意に満ちた瞳を向けていた。

 

 

セシリアに敗北し、捕らえられたエイツーは即座に自殺を試みた。しかし、イレイザが気絶している合間に投与した薬の効果でエイツーは下を噛むなどの行為は出来ず、完全に詰んでいた。

 

 

しかしそのような状況でも、エイツーは組織の事について話す様子はない。肝心の仲間達からは、見殺しにされたというのに。

 

 

当然、フロルもそれが気になっているようだった。

 

 

「なぁ、アンタ。連中はアンタを見捨てたんだぜ。そんな奴等の為に、そこまでする意味あるのか?」

 

「…………そうか。俺も見捨てられたのか」

 

 

納得したように呟くエイツー。どうやら自分が見捨てられることも予想していたらしい。俯いたエイツーには僅かな失意が翳りのように射していた。

 

 

「だが、それとこれとは話が別だ。偽りの平和を信じる貴様らは、俺の敵だ。俺は貴様らの信ずる偽りの平和を打ち破るために組織に入ったのだ。たとえ組織に切り捨てられようとも、貴様らの思い通りにはならんぞ」

 

「………やれやれ、手間が掛かる人ですね。なら、無理矢理にでも口を割らせていただきますよ」

 

 

そう言い、イレイザは腰のホルダーから引き抜いた拳銃を構える。照準はエイツーの肩や脚、どれも殺さない場所を狙っていた。

 

おそらくはそれらの部位を撃ち抜いていき、内情を話すか確かめるのだろう。それでも話さなければ、これ以上の拷問がされるはずだ。

 

しかし、

その行為を止める者がいた。

 

 

「お待ちください、イレイザ中将」

 

「………セシリア・オルコット様。申し訳ありませんが、邪魔はしないでいただきたい。これは我々のするべき事です。子供である君達には、干渉できるものではありませんよ」

 

 

スッと意見するように踏み込んできたセシリアに、イレイザは視線すら向けずに答える。酷く冷徹で、感情の振れ幅がない。機械的な言葉でセシリアの話を聞く素振りもなく拒絶した。

 

 

続けようとしたセシリアだが、すぐに口を噤む。イレイザがこれ以上自分の言葉に耳を傾けるつもりはないと判断したからだ。悔しそうに立ち尽くす彼女だったが、ふと真横にいた青年が声をあげた。

 

 

「────いいや、セシリアにはそれを決める権利がある」

 

「………龍夜、さん?」

 

 

突然割って入ってきた龍夜に、イレイザは難色を示したようだった。しかしそれだけで、次に出てきた言葉は純粋な疑問である。

 

 

「理由を聞かせてください。まさか何も根拠がない結論でないでしょう」

 

「そいつを倒したのも、捕らえたのも、セシリアの功績だ。その捕虜も、セシリアの捕虜ということになる。功労者の意見を無視するなんて、横暴にも程があると思いますが?」

 

「…………言うじゃないですか。ですが、これは我々のすることです。子供が深く関わっていいものでは────」

 

「そうやって子供から奪うんですか。責任も功績も、セシリアの選択も。子供だから、まだ若いから背負わせるべきではないと?それは貴方の我が儘では?」

 

 

冷静な言葉の数々。イレイザに匹敵するように落ち着いた様子で話す彼のしていることは、合理的とは言い難い。

 

 

それでも、少しの沈黙を経て、イレイザが手を引くのも時間の問題だった。

 

 

「────敵いませんね、貴方達は。本当に自分達より若いとは思えない」

 

「認めてくれますか」

 

「ええ、降参です。これ以上余計なことはしないようにしますよ」

 

 

素直に引き下がったイレイザに、龍夜は軽く力を抜き、セシリアはホッとしたように一息漏らす。

 

居心地が悪いと思い距離を置こうとしたイレイザに、ほくそ笑みながら近寄ってきたフロルが声をかける。

 

 

「へへッ、言われちまったな。旦那」

 

「全くです………ったく、若い者がここまでとは。あの人の言う通り、この世代も侮れませんね」

 

「?あの人?この世代って?」

 

「失敬。口が滑りました、忘れてください」

 

 

そうこうしている時、縛られているはずのエイツーが呟くような声量で言葉を発した。

 

 

「………そこの青年」

 

 

自分を呼んでいると判断した龍夜が振り返る。両腕を縛られた状態のエイツーは顔だけを持ち上げて、龍夜を確認する。それでも気になるのか、言葉を紡いだ。

 

 

「先程の会話を聞いて気になっていた。まさかお前が、蒼青龍夜なのか?」

 

「………俺を知っているのか」

 

「────一つ聞きたい。お前の義理の兄は、幸せだったのか?」

 

 

一瞬、揺らぎかけた。ざわつく心を静め、龍夜はエイツーの顔を見返す。表情から判断しても、純粋な疑問であるのは間違いない。

 

 

だからこそ、その質問に答えることにした。

 

 

「さぁな、俺には分からない」

 

「………、」

 

「だが、義兄はいつも笑顔だった。俺みたいな無愛想な奴にも声をかけてくれて、少なくとも俺にとって、大切な家族の一人だった」

 

「………そうか」

 

 

返答が望むものだったのか分からないが、エイツーは大人しく受け止めているようだった。小さな声で「………似てませんよ、俺なんかとは」と漏らすエイツーは俯いた顔を上げることなく、ゆっくりと脱力していた。

 

 

少しの間、沈黙が支配した。

どう対応するべきか悩む龍夜が言葉を掛けようとしたその時、エイツーが突然告げた。

 

 

「…………蒼青龍夜、セシリア・オルコット。今すぐあの基地へ引き返せ」

 

「っ、どうして基地の事を────」

 

「我々の今回の作戦、その目的は二つ。一つはオスカーの処分、そして基地の護衛をする戦力の分散だ」

 

「何だと?」

 

 

唐突な言葉に、その場の全員が驚きを隠せなかった。だが、エイツーの言わんとする意味が理解できないのではない。むしろその逆、それがここでの戦いとどう関係するのかが気になる。

 

 

しかし、その答えは、エイツーが続けた言葉によって覆された。

 

 

「────まず、俺達を束ねる四人のトップ、『指導者』はオスカーを面倒だと判断していた。幻想武装を肉体と融合させる新世代、その実験台だった奴は『指導者』の予想を超える程に力を高め、暴走を続けていた。だから、『指導者』はわざと敵と戦わせ、後々邪魔になるだろう俺と共にオスカーを処分させようとした」

 

「………、」

 

「そしてもう一つ。あの基地で秘密裏に行われている『ヴァルサキス・プロジェクト』、その情報を掴んだ『指導者』達はアナグラムへとその情報を流した。ヴァルサキスという兵器が危険だからこそ、アナグラムはそれを無視出来ない。故に奴等は基地にスパイを送り込み、攻撃の機会を伺っていた」

 

 

衛星兵器 ヴァルサキスの打ち上げ阻止、もしくは破壊。アナグラム殲滅計画の一つであるそのプロジェクトを、彼等は容認しない。強力な戦力を率いて、確実な用意の元に、基地を襲撃するだろう。

 

 

ふと、龍夜はとある事を思い出す。

 

 

基地を護衛する戦力の分散。エイツーの言った言葉が本当であるのなら、自分達の行動すら仕組まれていたことになる。もしそうであるのなら、襲撃の時間は────

 

 

 

「攻撃の時間は何時だ?」

 

「────三十分、前だ」

 

 

この地下施設に入って少し経った時間帯。間違いない、もう既に攻撃は始まっている。アナグラムはISに匹敵する戦士数名と共に強襲を開始している頃合いだ。

 

 

「ッ!イレイザ中将!」

 

「お二人は先をお急ぎください!私達は捕虜や避難民の護送に専念します!」

 

 

イレイザからの許可を受けた瞬間、龍夜とセシリアはISを纏う。セシリアが空に飛び立ち、出入り口を通じて飛来していく。龍夜もそれに続いていこうとした所で、ふと動きを止めた。

 

 

「…………どうした、行かないのか」

 

「少し、聞きたいことがある」

 

 

その内容について、拘束されたエイツーは聞こうとはしなかった。疑問する意味もない、次に放たれた言葉を答えれば良いと理解したのだろう。

 

 

その意思を汲み取り、龍夜は最初から聞きたかった事を口にした。

 

 

「どうして義兄(兄さん)の事を聞いた」

 

「………あの人に、人に戻して貰った。それだけだ」

 

 

それだけで充分だった。

エイツーの言葉を耳にした龍夜はすぐさまその場から飛び立ち、セシリアの後を追う。

 

 

形態変化、『アクセルバーストフォーム』へと切り替わった龍夜は全速力で通路を突破していき、先行していたセシリアに追い付いた。

 

 

「セシリア!ここから抜け出して地上に出たら俺に掴まれ!『アクセルバースト』の最高速度なら、基地にまで数分もしない!」

 

「っ!分かりました!ならばお構い無く!」

 

 

二人で進んできた通路を巡っていき、ついに大きな広間へと到達。大方、シャフト。工場で開発した兵器を打ち上げるための巨大通路がここなのだ。

 

 

その用途からして地上に繋がっているのは確か。ならば好都合。ここを抜けていけば、すぐにでも基地へと突き進める。

 

 

 

そう思い、二人は目配せをすることなく加速する。地上を目指して突き進んでいく二人だったが、

 

 

 

 

 

すぐに形容しがたい、異質な音を耳にした。上空から一帯へと響き渡る、ナニカの声が。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

思わず、身体が停止する。その声に、僅かに反応してしまったのだ。だが、動きを止めたことで逆に冷静に、その声について憶測が出来る。

 

 

(これは────咆哮だ)

 

 

ただの叫びではない。咆哮でもあり、産声だ。産まれた直後に生を喜ぶような、生優しいものではない。自分以外の全て、あらゆるモノへの怨嗟が籠められた声。

 

 

少なくとも、他者への敵意に満ち溢れたものであることは明確だ。遠くから声の波長を受けた龍夜とセシリアも、それを理解できる程に強く煮えたぎっていたのだから。

 

 

(アナグラム……!?いや違う!奴等じゃない!これは別の、他の何かだ!だが、一体何だ───?)

 

「何が起こっている………?一夏……ッ!!」

 

 

自然と、この場にいない友人の名を呟いていた。自らの心の内を支配する不安と、他者への心配を重ねた龍夜は空を見上げ、先に進むしかなかったのだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───ヴァルサキスの機神躯体、最終調整完了しました」

 

「衛星接続用ドローン十機、格納完了。ロケット内部への輸送を開始します」

 

「移送ロケット、異常無し。現時点で、打ち上げは可能であります」

 

 

 

時は一時間前。

 

 

複数人のオペレーターの報告を聞き、将軍は静かに一息ついていた。『天体衛星ヴァルサキス』の打ち上げ、それは『ヴァルサキス・プロジェクト』の最終工程であり、唯一警戒すべき作業である。

 

数十メートルの巨体を持つ機神 ヴァルサキスを宇宙へと飛ばし、衛星と接続させる。その為にはまず、ヴァルサキスをロケットに接続し、飛ばす他ない。今行われているのは、そのための工程なのだ。

 

 

しかし、だ。

順調に物事が進んでいるのにも関わらず、将軍にとって苛立ちの種となる不安材料があった。

 

 

「ミハイルは、まだ何とかならんのか」

 

「……………プロフェッサーからの報告ですと、まだミハイルを縛るプログラムが完成していないようです。研究チームも尽力しているようですが、完成率は14%にも満たないと………」

 

「────奴を呼び出せ。この場でなくとも、コールで構わん。どうやら話さねばならんようだ」

 

「そ、それが………」

 

 

オペレーターの様子がおかしい。何処か不安そうに言い淀むその姿は、不吉なものを感じさせたが、将軍が話すように促す。

 

 

オペレーターの一人は迷っていたが、すぐに話し始めた。

 

 

「実は少し前から、プロフェッサーとの連絡が取れず……研究チームも手詰まりのようでして」

 

「──────は?」

 

 

一刻を早く、ヴァルサキスを打ち上げたい。だがそのためには全ての要素が完結している必要がある。ミハイルを制御するプログラムも、プロフェッサーが主体となれば数日で完成させられるだろうに。

 

 

他人事のように作業をせず、唐突に姿を消したプロフェッサー。まず最初に将軍の脳を支配したのは、彼への心配ではなく純粋な怒りであった。

 

 

「こんな時に………何をしているのだ!あの男はァ!!」

 

 

頭を抱え、発狂する。自暴自棄に周りの物を壊し散らす将軍に、その場にいるオペレーター達は止めることもせず、己の仕事へと専念した。巻き込まれるのは御免だと、怒りの矛先が来ないように怯えながら。

 

 

 

◇◆◇

 

 

無機質な壁や天井で構成された通路を、静かに通り過ぎる影がある。しかし、近くを通る兵士はその影を前にしても反応することはなく、平然としている。

 

 

それもそのはず。

その影、シエルが纏うIS『クローム・オスキュラス』の能力。あらゆるセンサーでも捉えられないステルス機能は絶対であり、目視であろうと違和感を覚えることすら出来ない。

 

 

(………この通路の先、間違いない)

 

 

単独行動するシエルは、誰にも気付かれないように進んでいく。そして、一つのゲート。『立ち入り禁止』と記されている壁を通過し、彼女はそのゲートの奥へと足を踏み入れた。

 

 

目的の部屋に辿り着いた彼女は、ハイパーセンサーを起動する。しかし辺りに人の反応はない。トラップの存在すら確認されない。安堵した彼女はISのステルスを解除し、部屋の中を物色し始めた。

 

 

辺りの資料をばらまき、近くの機械を弄る。この部屋ではない何処かに隠されているはずだ。そこに、『彼』はいる。利用されるためだけに生かされてきた最後の友達が。

 

 

(ミハイル………?一体何処にいるの?)

 

 

ふと、何らかのスイッチを起動させた。慌てて身構えるシエルだが、近くの壁が横にスライドするだけだった。その奥に強化ガラスの壁が存在している。

 

 

警戒しながら、彼女のそのガラスの向こう側を覗き込む。白一色で統一されたその部屋に、影も形も存在しない。

 

 

しかし、シエルはその部屋を覚えていた。

 

 

「─────ッ!!」

 

 

思わず、膝から力が抜ける。脳裏に過る光景が、彼女の心を大きく揺るがす。込み上げてくる吐き気を押さえながら、彼女は確信した。

 

 

間違いない。ここはあの部屋である。シエルが全てを奪われ、殺されかけた因縁の場所である。

 

 

 

 

『────覚えているだろう?この部屋を』

 

 

真後ろからの声に、シエルの全身が跳ねる。身に染み着いた恐怖、だけではない。その声を聞いた瞬間、戸惑いの後に怒りが溢れ出していた。

 

 

『懐かしいよなぁ?君にとっての因縁の、トラウマの場所だ。ここで君達は、毒ガスに犯され、苦しみ悶えながら死んだ。一番最後に死んだはずの君は、何故かしぶとく生きていたなぁ?』

 

 

シエルは、この声の持ち主を忘れたこともない。それどころか、ずっと忘れぬように考え続けてきた。

 

 

それは兎も角、と男が告げる。視線の先にいる男、白衣に顔を確認できない機械的なマスクを装着する人物。それこそが、仲間達の命を奪った全ての元凶。

 

 

 

『久しい再会だ。シエル────いや、シエル・ヴァルサキス・レプリカント』

 

 

同じ人間を相手するとは違い、とことん侮蔑するような口調と声音で、プロフェッサー・アクエリアスは嘲笑した。

 

 

 

瞬間、シエルはISを纏い飛び出していた。彼女の理性は既に消し飛んでいた。トラウマの部屋、仲間が奪われた光景、黒幕を前にしたことで、押さえてきたブレーキが完全に壊れたのだ。

 

 

怒りが脳を、全身を支配していた。彼女は鋭い爪を展開し、生身の人間を一撃で殺そうと迫る。ISの武装だ、もし受ければ無傷で済むはずがない。

 

 

しかしプロフェッサーは余裕綽々に、ポケットから取り出した端末を指で押す。彼女の脳がそれを認識した瞬間───その脳に、破裂するような激痛が生じた。

 

 

声にならない悲鳴と絶叫が木霊する。立ち上がることも出来ない激痛に、シエルは頭を抱え、悶えることしか出来なかった。

 

 

自動的にISを解除したシエルを見下ろし、プロフェッサーはふふんと鼻を鳴らす。彼女が苦しむ光景が世程愉快だったのか、その声音は調子が良い様子だった。

 

 

『随分と殺気立っているものだ。この部屋から離れて自惚れたか?ISさえあれば、私を殺せると?』

 

「………その、装置はッ」

 

『やれやれ、これだからは欠陥品は困る』

 

 

殺気を纏わせた眼で睨むシエルに、プロフェッサーは呆れながらも説明を始める。彼女の様子を少しでも楽しみたいと言わんばかりに。

 

 

『モルモットが逃げた場合、その対策はしないと思ったかい?私に牙を剥いて来た時の対策を、しないとでも?』

 

「………、」

 

『専用のナノマシンだ。私は全てのモルモットの脳に、監視用のナノマシンを仕込んである。下手な真似をすれば、一瞬で脳を焼き切る為の。私に援助をしてくれる組織にも、この技術を提供しているが…………まぁ、今の君にはどうでもいい話か』

 

 

何時からそんな物を埋め込まれていたのか。シエルは困惑するしかなかった。恐らくは自分達が拾われた時に、意識がない常態に行われていたのだろう。

 

実験動物扱いに、流石に怒りすら隠せない。どこまで弄べば気が済むのか、シエルはプロフェッサーを見据えながら口を噛み締める。

 

 

『そんな眼をするな。私は感謝しているんだぞ?金の卵を持ち帰ってきてくれた君にはなぁ』

 

「な、に…………?」

 

『理解できないか。それも仕方あるまい。だが、感謝の意を込めて、教えてあげよう』

 

 

プロフェッサーが指を指す。彼女ではない、厳密には彼女が持つISを示して。

 

 

『「クローム・オスキュラス」。元々はロシアが開発した第三世代のIS。オールバランサーである「モスクワの深い霧」と反立する、強襲殲滅型の機体。クロームは二号機であるクローチェア完成のための基盤、所謂試作機だった』

 

「………っ」

 

『だがある日、改良の目処すら立たなかったクロームを篠ノ之博士が求めた。ロシアが喜んで提供したその機体は、篠ノ之博士によって改造され、二号機や最新機に匹敵する物となった』

 

 

資料の一枚、『クローム・オスキュラス』のデータを確認した直後、半分に破り捨て、動けずにいるシエルへと語りかける。

 

 

『重要なのは、篠ノ之博士によって改造されたクロームを、君が持っていることさ。あの時、「魔剣士(モザイカ)」が君を拐った時、ナノマシンを作動しなくて正解だった。まさか、あの篠ノ之博士から金の卵を奪ってくるとはねぇ!

 

 

 

 

やはり君達は私の為に存在する道具、いやモルモットだ。こうしてどこまでも、私の役に立ってくれる!』

 

 

シエルの手に、力が籠る。耐え難い怒りが憎悪となり、彼女の心を支配していた。この男は、この人間はどこまで腐っているのか。少なくとも、善性なんてものは残っていないのだろう。或いは、元から欠如しているのか。

 

 

『さぁ、ISを奪った後の君をどうするか。その事を考えていたが、特別に選ばせてあげよう。私の手で『再利用』されるか、野蛮な兵士どもに凌辱され続けるか。好きな方を望んでくれれば、その選択を尊重しよう────』

 

「…………」

 

『さぁ、どうする?君はどうしたい?』

 

 

ねっとりとした陰湿な悪意。その塊である男の要求に激痛に支配され動けずにいたシエルは応える。

 

 

差し出された手を、払い除けることで。

 

 

「笑わせないで」

 

『………、』

 

「誰が貴方の選択なんかに従うものですか。『クローム』も奪わせませんし、思い通りにはならない。私はもう、貴方のモルモットなんかじゃない!」

 

 

少なくとも、気分が良いものではないらしい。口を閉ざしたプロフェッサーは端末を向け、ナノマシンを起動させた。

 

 

瞬間、激痛が再び全身に響き渡る。蹲っていた少女の腹に、鋭い蹴りが叩き込まれた。

 

 

『口が過ぎるぞ、レプリカント風情が』

 

「ぅ………ッ」

 

『まだそんな眼が出来るのか。そこまで愚劣であると驚きを通り越して感心すらするぞ』

 

 

見下した相手に嘗められること自体不愉快なのか、プロフェッサーの苛立ちは消えるどころかそれ以上に増していた。

 

最早、暴力でしか解消できない程に。

 

 

『────ミハイルへの手土産にしてやるつもりだったが、五体満足である必要はないな。軽く、いやジックリと調教してやろう』

 

 

懐から棒を取り出し、スイッチを押す。すると棒の先が伸びて、警棒のようになる。それを片手に、痛めつける為に動けないシエルの元へと近寄るプロフェッサー。

 

 

その先の一歩、踏み込んだ瞬間。それがプロフェッサーにとって致命的なミスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ほぉ』

 

「動くな………っ!」

 

「もし下手な真似をすれば、此方も容赦はしないぞ」

 

 

動きを止めたプロフェッサーの首元には二つの刃が迫っていた。白式を纏う織斑一夏の雪片弐型と篠ノ之箒の紅椿の刀が交差するようにして、プロフェッサーの首の前に静止していた。

 

 

『動くな、とは。一体どの立場で言っている?君達の任務はこの基地の護衛、つまり私達の警護でもある。刃を向ける相手が違うとは思わないかい?』

 

「っ!ふざけんな!誰がお前を────」

 

『君達は、私が彼女の命を一瞬で奪えることを理解してないらしい』

 

 

スッと、プロフェッサーが片手を持ち上げる。その際刀に力を込めた一夏と箒だが、僅かにその力が緩んだ。彼が片手に持っているのは、見覚えるのある端末だから。

 

 

『君達が何時から話を聞いていたかは分からんが、これを見て動きを止めるという事は大体理解できているのだろう。私の首を斬ろうとすれば、手が滑って彼女の頭を焼き斬ることになるかもしれないなぁ?』

 

「………くそっ」

 

『理解できたね?分かったなら私への対応を変えて───』

 

 

瞬間、プロフェッサーの掌から端末が弾き飛ばされた。それは突然飛んできたナイフであった。空中に舞ったその端末は床に落ちることなく、入り口にいた人物の手の中に落ちる。

 

 

「………成る程。ナノマシンの消去もこの端末で出来るのか。便利かもしれんが、簡単にこんな真似が出来る技術の悪用には、少し思うところがあるな」

 

『────織斑、千冬ッ』

 

「織斑と篠ノ之の代わりに言おう────動くな」

 

 

突然感情を剥き出しにしかけたプロフェッサーだが、千冬の一喝によって動きを止める。彼女の強い気迫に圧倒されたのか、冷や汗が滲んでいた。

 

 

「シエルの脳に仕込まれたナノマシンは消し去った。もうシエルを使って脅す真似は出来ん。………他はあるか?貴様がこの場を乗り越えるための策があるのなら、それも叩き潰す。此方も聞きたいことが山程ある。大人しくするのなら、此方も手荒なやり方はしないが?」

 

『…………』

 

 

すぐに、プロフェッサーは降参したように力を抜いた。

 

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