IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第43話 ヴァルサキス・レプリカント

事の次第はこうであった。

 

 

 

「────まず私が、プロフェッサーに捕まります。その隙を突いて、皆さんがプロフェッサーを捕縛してください」

 

 

数時間前、基地に着く前の装甲列車の中で、シエルがそう告げた。無論、その内容に一夏達は愕然とするしかなかった。当然、自分を人質にするというのだ。受け入れがたい話ではあるが、

 

 

「………その理由を聞こう。お前がそこまでする必要があるのか?」

 

「プロフェッサー・アクエリアスは慎重な人です。滅多な事では一人にはならないはずです─────生き残った被験者である私が、一人で侵入している事を知らなければ」

 

 

話を聞いていた学生達は兎も角、軍属のイレイザが険しい眼を向ける。自分達側の人間が少なからず祖国に隠し事をしていると言う事実が真実なのか、探っているのだろう。

 

 

「私に色々と教えてくれた人が言ってました。プロフェッサーは私が生き残っていることを、将軍達に報告していないって」

 

「………つまり、お前がプロフェッサーを誘き出すと?そう簡単に引っ掛かるのか?慎重な人間なら、ISを所持するお前の前に出てくるとは思えないんだが────」

 

「────私の脳には、ナノマシンが仕込まれてます」

 

 

怪訝そうな龍夜の疑問に、シエルは複雑そうに応える。その場にいた全員が凍りついていた。彼女は周りに気を遣いながらも、説明をするために詳しく話し始めた。

 

 

「私に『クローム』を与えてくれた篠ノ之博士が教えてくれました。私の脳にあるナノマシンは監視用のもので、操作することで直接電撃を流す機能を持つものだと。プロフェッサーはそれがあると分かっているから、きっと私の前に出てきます。私を無力化できると確信しているから」

 

 

どうして淡々と話せるのか、一夏は不思議で仕方がなかった。ここまで冷静に語る少女の胸の内が分からずにいたが、龍夜は大体理解できていた。いや、共感していたというべきか。

 

怨敵を追い詰めるためだ。彼女としても絶対に成功させたいはずなのだから、気を乱すよりも落ち着いていたのだろう。

 

 

「だが、捕縛すると言ってもどうする気だ?奴が慎重だと理解しているのなら、下手にお前以外の者が接近すれば逃げることは確実だろう。どうやって奴を封殺する?」

 

「安心してください。その為の私のIS、『クローム』の単一仕様能力です」

 

 

自らの片腕に、『クローム・オスキュラス』の装甲を展開する。その手を自身の胸に当てるシエル。次の瞬間、空気に溶け込むように少女の姿が消えた。

 

 

「あ、あれ!?消えた!?」

 

『───安心してください。私をここにいます』

 

 

慌てて近付いた一夏が手を伸ばすが、少女がいたであろう場所には何もない。いや、当たってはいる。掌が少女に触れているのは確かだが、感覚が別物となっている。

 

 

視覚や聴覚、触覚すら正確にシエルを感じ取れていない。だが、その場にいる。目の前で起きている違和感の強い出来事だが、第六感だけで理解はできた。

 

 

『…………あの、一夏さん。ちょっと、手を離して欲しいんですけど………』

 

「ん?どうしたんだ?」

 

「…………」

 

 

ふと、弱々しくなる声に不思議そうな一夏だったが、無言で近付いた龍夜が制服の襟を強引に引っ張り、後ろへと引き剥がす。

 

強引に引っ張らされた一夏はすぐさま振り返り、龍夜に文句を言おうとする。

 

 

「いきなり何だよ!?」

 

「此方の台詞だ、馬鹿。お前の方こそ何やってんだ」

 

 

呆れる龍夜の言葉に、思わず首を傾げる一夏。チラリと箒達の方を確認した龍夜は軽く溜め息を漏らしながら、口を開く。

 

 

「………シエルはその場で動かずに透明になった。これは分かっているだろ?」

 

「あぁ、それくらいなら………」

 

「そしてお前は立ち尽くすシエルに正面から触れた訳だ。ちょうどここら辺の位置に手を伸ばして」

 

「…………」

 

「賢明だな。理解が早くて何よりだ」

 

 

トントン、と自身の胸元に手を当てる龍夜の前で、一夏が真っ青になる。感覚が無くて何かに当たったとしか思えなかったが、指摘された時点で自分が何に触れたのか分かってくる。

 

 

同時に近くで膨れ上がっている少女達の怒気も。

 

 

「つまりお前はシエルの胸に触った訳だ。二度目のセクハラだな」

 

「…………弁明の機会を!」

 

「時間の無駄だ。黙ってボコられてこい」

 

 

無慈悲に見捨てられた(と言うよりも、怒れる少女達の前に放り投げられた)一夏はそのまま箒達によって制裁された。

 

 

ボコボコにされ寝かされた一夏を尻目に、透明化を解いて茹で蛸のように真っ赤な顔のシエルは、何とか平静を取り戻し、話を続けた。より正確には、自分の能力の説明を。

 

 

「『オーロラヴェール』。この能力は光学迷彩の発展系で、発動した場合あらゆるセンサーでも補足する事が出来ない完全なステルスを有します。─────ですがこれは、あくまでも能力の一つです」

 

 

話しながら、シエルは近くの座席に落ちていた部品を手に取る。近くの座席の上に置いたその部品に手を翳すと同時に、その部品が一瞬にして消えた。

 

しかし彼女がもう一度能力を発動すると、部品は再びその場に残っていた。

 

 

「『オーロラヴェール』は私にだけ発動するステルスではありません。私が触れたものに、ステルス機能を付与することが出来ます。ISでも、生身の人間であろうとも」

 

「…………」

 

 

端から聞いていたが、強力な能力である。本来のコンセプトとは違うものではあるが、篠ノ之束が造った新型の一機なのだ。自分達の考える枠組みで満たないものであるのは当然か。

 

そして、その能力を明かされた瞬間から、今回の作戦が理解できた。そんな一同に再確認するように、シエルは告げた。

 

 

「事前に私が皆さんにステルス機能を付与します。だから機を伺って、私の事を監視してください。そして、プロフェッサーが私に接近した瞬間に、お願いします」

 

 

◇◆◇

 

 

そして、現在。

 

 

『───成る程。嵌められたのは私の方か』

 

 

プロフェッサーの私室、いや一般の軍人では入ることすら許されない特別な部屋の中で、プロフェッサーはその場から動けずにいた。

 

 

両手にある手錠は重々しいものであり、付けられた状態で行動することは厳しいと思われる。しかしそれは、単なる手錠でなかった。

 

 

『────ロック・フィールド、か。これは数十億もする代物のはず、こんな簡単に使っていいのか?』

 

「何、犯罪者を捕らえる為の道具だ。本来の使い方に文句は言われまい」

 

『私を犯罪者と断定としているとは。全く恐ろしい人だ』

 

 

プロフェッサーの周囲には、淡い光で構成された壁が展開されていた。

 

 

電子捕縛結界『ロック・フィールド』、ISのコア以外に用途が見出だせない特別な鉱物 『時結晶(タイム・クリスタル)』を活用したもの。

 

周囲に高密度の電子の壁を展開し、捕縛する相手を閉じ込める結界である。しかし、結界に閉じ込められるのは特定の手錠を掛けられた人間だけであり、外部の人間は電子障壁の影響を受けず、自由に立ち入りすることができる。

 

 

逆に捕縛された人間はどう足掻いても外に出ることは出来ない。障壁内に入ってきた人間に危害を加えようとする等の特定の行動が感知された場合は強制的に電撃が走り、相手の行動を制限する。国連が開発した最新鋭かつ高値のアイテムなのだ。

 

 

『しかし、理解しているのかな?君達自身の立場を』

 

「………」

 

『この基地から逃げ出した逃亡者と内通し、軍属である私を拘束する。しかも将軍に隠れながらの行動と来た。この話が世間に広がれば、君達IS学園が大きく揺らぎ───最悪の場合、解体されるのではないかな?』

 

「脅しのつもりか?言っておくが、責任を問われるのは貴様の方だろう」

 

 

プロフェッサーの余裕な態度に、千冬は眼を細める。彼の挑発らしき言葉を気にした様子はなく、言葉を続けた。

 

 

「今しがた、貴様等の研究データは全て回収した。これが世間に開示されれば、国連も動かざるを得ないはずだ。大方、貴様等の暴走として切り捨てれる事は目に見えているぞ」

 

『…………フ、成る程。形勢逆転という訳ですか』

 

 

「御託は結構です、プロフェッサー・アクエリアス」

 

 

千冬の横を通り過ぎ、プロフェッサーの前に立ったシエルが冷たい声で宣言する。片腕にISを展開したその腕には力が込められており、何時でも牙を剥く構えであった。

 

怒りを抑え込むように震えた声で、彼女は言う。

 

 

「ミハイルを、私達の仲間を返してください。彼は貴方達の道具なんかじゃ、兵器なんかじゃない」

 

『────仲間?アレが?』

 

 

その発言の一つに、プロフェッサーは嘲笑していた。機械のマスク越しの嘲笑は、本気で侮蔑するような、他者を見下す悪意に満ちたものだ。

 

 

『そうか、そうだった。君達はそういう風に調整していたんだったな。これは私のミスだ。まさかアレが同じ仲間だと、本気で思っているとは』

 

「…………どういう意味だ?」

 

 

プロフェッサーの言わんとする言葉に、ふと箒は疑問を口にした。何かが可笑しい。何か事実に対しての齟齬がある。

 

 

それに気付いたプロフェッサーは一瞬驚きながらも、肩を震わせた。歓喜、というには悪趣味な喜びを滲ませて。

 

 

同時に、齟齬を理解したシエルが青ざめる。寒気を感じ取ったであろう彼女は慌てながら必死に取り繕うとしていた。

 

 

『おや、まさか君達は知らないと?…………フフフ、これは面白い。実に面白い。どうやら真実を黙っていたようだなぁ、君は』

 

「ッ!違う!それは────」

 

『では、私から真実を教えてあげよう』

 

 

そんな彼女の言葉を遮り、プロフェッサーは『真実』を語る。彼女が皆に言おうとしなかった、ただ一つの『事実』を。

 

 

 

 

『君達が探しているミハイル・ヴァルサキス。その名を持つ人間は存在しない』

 

「…………え?」

 

 

思わず、困惑する。彼女の仲間であり、これから兵器にされるミハイル・ヴァルサキスなる者。ならば、彼は一体何者なのか。

 

 

その答えは簡単。

存在しないのは人間であり、それ以外のモノなら該当するものはある。

 

 

『彼女が助けようとしているのは同じ人間ではなく、我々の所有する人工知能なのだからね』

 

 

その事実に、驚きを隠せなかったのであろう一夏も箒も、その場で震えるシエルに疑問を掛けるしかなかった。

 

 

「…………そうなのか?」

 

「黙っていて、すみません………けど、皆さんを、利用するつもりじゃ………」

 

『違うなぁ?利用するつもりだったんだろう?ミハイルを助け出すために、善良な彼等を言葉巧みに味方に引き込んだ。全く、恐ろしいなぁ君も』

 

「違………わ、私は…………」

 

 

悪意しかないプロフェッサーの言葉を否定できず、シエルは崩れ落ちる。彼女としても、意図して黙っていた訳ではない。協力者からも言われていたのだ。ミハイルが人工知能だとそう簡単に明かしてはいけないと。

 

 

何より、彼女自身も理解していた。人工知能を仲間だと信じ、助けようと力を尽くしてくれる人間が少ないことも。殆どの人間がその話を聞いただけで拒否してくる可能性すらある以上、初対面の状況で話すなど出きるはずもなかった。

 

 

しかし、黙っていたのは事実。それがある種の裏切りと取られても否定できない。

 

 

その場に座り込むしかなかったシエルに、一夏が近付く。どんな文句も悪態も受け入れると震えながら口を噛み締めた少女に、一夏は優しく笑い掛けた。

 

 

「安心しろよ」

 

「…………え、?」

 

「俺達は気にしてない。シエルが俺達を騙そうとしてるなんて、これっぽっちも思っちゃいないさ」

 

 

予想したものとは違う言葉に、シエルは戸惑う。

 

 

「で、でも………私は、皆さんに………ミハイルの事が、人工知能って…………」

 

「ミハイルが大切な仲間ってのは、嘘じゃないんだろ?」

 

「……はい!そうです!」

 

「なら騙してはないだろ。俺も箒も千冬姉も、皆も、きっとそう言うさ」

 

 

自信満々に言ってのけた一夏に、シエルは泣きそうになっていた。その光景を見ていた箒も千冬も何も言わないが、半ば呆れている感じだ。一夏の言う通り、シエルの事を悪く思ってはいないのだろう。

 

 

 

『………フン』

 

 

対して、プロフェッサーだけは面白くなさそうだった。仲違いする光景を望んでいたらしく、思い通りにいかない現状に不愉快そうであった。

 

プロフェッサーを睨んでいた千冬は一息つき、シエルを見据えた。

 

 

「だが、色々と説明はして貰うぞ。シエル」

 

「………はい、分かっています」

 

 

そう言うとシエルは透明なガラスで覆われた近くの壁の前に踏み出す。どんな素材を使っているのか、真っ白に染まった部屋を見下ろしたシエルは、落ち着いた口調で話し始めた。

 

 

 

「────私達はこの壁の向こう、白い部屋で育ちました」

 

「………、」

 

「親の記憶も、家族の思い出も全員にはありませんでした。私達の記憶にあるのは、白い部屋で目覚めた記憶だけ。私達はここで何年も過ごしてました」

 

 

その語りを、黙って聞いていた。この場の全員が。

 

 

「生活自体に大した問題はありませんでした。研究者の人達は、私達を外には出さなかったですけど、誰もが優しかった。少なくとも、私達をモルモットのように扱う人はいなかった」

 

しかし、と云うシエル。そこから、全てが始まった日の事を思い出しながら、語り出す。

 

 

「ニ年前、プロフェッサーが私達の前に現れました。一つの小さな装置を、この部屋に連れ込んで」

 

「………まさか」

 

「驚くことに、その装置は知能を持っていました。言葉も喋り、私達とも対話ができる。困惑する私達に、プロフェッサーはこう言いました」

 

 

───紹介しよう。彼はミハイル、君達の新しい仲間だ。こんな姿ではあるが、仲良くしてやって欲しい

 

 

「初めは色々とありましたが、子供であった私達はすぐにミハイルと打ち解けました。色んな本を一緒に読んだり、歌を歌ったり、そうして一年間私達とミハイルはこの部屋で生活していました」

 

 

それ以上の事をシエルは語らなかった。その先の話は既に聞いている。かつての場所を見て心が大きく揺れている彼女を案じて、千冬も聞こうとはしなかった。

 

 

 

短くも長くも感じる沈黙。無音に近い静寂を破る声があった。

 

 

『─────数年前、あるプロジェクトが途中で失敗に終わった』

 

両手を拘束されたプロフェッサーが独り言のように口走る。しかしそれには、説明というもう一つの意図が存在していた。

 

 

『イギリスが主体となった大規模な計画だ。対IS用の衛星兵器、エクスカリバーを宇宙へと打ち上げる。衛星の一部が既に宇宙空間に存在し、計画の完遂まであと少しだった』

 

 

計算上であればISのシールドすら突破できる熱量を有した兵器。ISが発展した世界で、その価値は魅力的どころの話ではない。いざとなればその兵器がISへの対抗手段となる。存在するだけで世界各国を牽制する抑止力になり得るのだから。

 

 

だが、そう上手くはいかないのが現実であった。

 

 

『しかし、計画は頓挫した。その衛星はISと同じようにコアが必要だった。そのコアの代用の為に、とある少女を誘拐し、生体コアとして改造しようとした』

 

「…………ッ!」

 

『計画が頓挫した理由は、その行為自体が阻止されたからだ。突如現れた黒いIS「モザイカ」が研究施設を破壊し、少女を連れ去ったのだ。その後、国連の元にエクスカリバー計画の極秘書類のデータが送られた。それがモザイカからの通告だと理解した国連は慌てて計画を中止にするしかない』

 

 

またしても出てくる名前。

かつて自分達の危機を救ってくれた謎の黒いISを思い出した一夏と箒は大きく反応する。だからこそ、その名を聞いた千冬が僅かに眉を動かしたことにも気付けない。

 

 

『だが、問題があった。宇宙空間に残された衛星。表向きには探査用ではあるが、アレは元々軍事用として開発されていた。国連は宇宙に打ち上げた衛星を無駄にしたくはなかった。────だから、それを再利用するための計画を立案させた。それこそが、ヴァルサキス・プロジェクトだ』

 

 

国連の力を高め、基盤を固めるための計画。それを無駄にしたくないと感じた誰かによって再始動した新プロジェクト。その計画の命題でもあるアナグラム殲滅などは表向きな理由であり、建前であった。

 

 

『ISと似た形状のヒト型巨大兵器 ヴァルサキスを衛星と接続させ、宇宙空間からの高火力狙撃を行う事を目的とした計画は、アナグラム殲滅を建前として動き出した。しかし、すぐさま大きな問題に突入した』

 

『強力な衛星兵器故に、自らで判断する機能が必要だった。だからこそ、エクスカリバーに少女(生体コア)を組み込もうとしたのだ。しかしまた同じことをすれば、モザイカが何をするか分からない。議論の果てに国連は答えを見出だした。────人間ではない、人間の思考や精神をトレースした人工知能を使えばいい、と』

 

 

「それが───ミハイル」

 

 

一夏の自然とした呟きに、プロフェッサーは愉快そうに笑った。自分の功績に呆然としていると思ったのか、少しだけ気分が良さそうであった。

 

溢れ出る高揚を隠さぬまま、プロフェッサーは続けた。

 

 

『だがやはり、更なる問題があった。人工知能は人間とは違う。人間でなければ選別できない所を、機械は補えない。ただ特定された目標を的確に消すのではなく、少ない犠牲で戦いを終了させる。作り立ての人工知能では、それが厳しかった。なんせ機械にはなく、人間に存在する心がないのだから』

 

 

だからといって人間を使うことはできない。悩んで結果、人間を兵器に組み込まなければ良いのだと理解した。

 

 

『だから私は、ミハイルに心を学ばせることにした』

 

 

何故、ミハイルという人工知能を少年少女の元で過ごさせたのか。それが目的であり、理由であった。

 

 

『彼等は、モルモット達はミハイルに多くのことを学ばせてくれた。喜怒哀楽などの、全ての感情をミハイルは身に付けていった。無論、余計な感傷まで覚えはいたが』

 

「………、」

 

『だが、完全に理解しきれない感情というものがあった。死という概念。人が死ぬということを、ミハイルは理解できなかった。それは非常に困る事態だったよ。なんせミハイルには自己判断で殺すべき相手を判別しなければならない。心がなければ、学ばせた意味がない』

 

 

無機質な仮面を、シエルへと向ける。彼女自身の顔を液晶に写しながら、プロフェッサーは嘲笑と共に告げた。

 

 

『────だから目の前で殺したのさ。あのモルモット達を毒ガスで』

 

 

言葉すら出ない一夏達。何故、こうも簡単に人を殺したことを宣言できるのか。まるで自分の成果のように、楽しそうに、面白そうに。

 

 

「何でだよ………何で、そんな風に!笑えるんだよ!人を、子供を殺したんだぞ!?」

 

『…………何故、彼女達にレプリカントという名前が与えられたか分かるか?』

 

 

問いかける一夏に、プロフェッサーは見向きすらしない。その場に立ち尽くすしかないシエルへ、悪意に満ちた真意を明かした。

 

 

『模造品、複製品!取るに足らない人間未満(モルモット)!誰からも死んだことを気にされない、人間の姿をした人間以下だからさ!!』

 

「────ッ!」

 

『滑稽だろう!シエル・ヴァルサキス・レプリカント!君達は無価値で意味のない人間もどきなのさ!その点で言えば、ああ………彼等の死体は有効活用できた!よく使えたよ!出来損ないどもの脳は!!』

 

 

限界であった。

その瞬間、一夏は迷わず動く。平然と、自分が何もされないと信じた立ち振舞いのプロフェッサーへと歩み寄る。彼が此方に視線を向けた直後、ヘルメットマスクごと殴り飛ばした。

 

 

「取り消せよ」

 

『───が、フッ』

 

「ふざけんじゃねぇ、さっさと取り消せよ。シエル達は無価値なんかじゃない、人間以下じゃないだろ!心がある、感情があるんだ!それが人間だろ!一番人間じゃないのは、簡単に人を殺せるアンタの方だ!!」

 

 

激しい怒りのままに吼えた一夏が、プロフェッサーの胸ぐらを持ち上げる。ひび割れた液晶には未だ悪意に満ちたものがある。一夏の叫びも、言葉も、何一つ響いてはいない。

 

 

悔しそうに歯を噛み締める一夏の前で、プロフェッサーが口を開いた。

 

 

『─────流石、お優しいことを言うな。織斑一夏、あの男にそっくりだ。吐き気を催す程に』

 

「…………え?」

 

 

嫌悪感に染まった一言よりも、内容に意思気が向いてしまった。それにより高まっていた怒りが沈静化してしまう。疑問を口にしようとした一夏だが、ふと流れを掴んだプロフェッサーが声をあげる。

 

 

『───私は用心な性格だ。ある事件以来、私はあらゆるものを警戒している。そうでもしなければ、「天災」になど勝てないからな』

 

『故に、このマスクにも多くの機能が搭載されている。その一つは、危機管理センサー。このマスクに衝撃が届いた場合、特定の者へ信号を送る』

 

「?」

 

「察しが悪いなぁ。既に君が私を殴った瞬間から、私の駒達に連絡が伝わったのだよ。そして─────そろそろだ」

 

 

直後、合図のように。

閉ざされた隔壁が盛大に吹き飛ばされる。何らかの爆発によって。

 

 

「!敵襲だ!」

 

 

千冬が叫ぶと共に、全員がISを展開する。その瞬間、ロケットランチャーを所持したISが飛び出してきた。そのISを纏う少女は迷うことなくランチャーの砲口を一夏達へと向けると、砲弾ではなく蛇のようにのたうち回るビームが放たれる。

 

 

「くっ!」

 

 

迫り来るビームの雨を、雪片で切り裂く。零落白夜によるエネルギーを消し去る力で、ビームは光となって霧散する。

 

 

追撃に出ようとした一夏だったが、真横から動き出す影に気付く。慌てて退いた瞬間、自分の居た場所が巨大な鉄の塊によって粉砕された。

 

 

「────ふへ、外しちゃいました………」

 

 

ゆらりと、少女が影から姿を見せる。弱々しい雰囲気の少女は両手で持っていた巨大なハンマーをゆっくりと持ち上げる。ズルズル、と近くの瓦礫を壊しながらハンマーを引きずり、少女はひきつった笑顔を向ける。

 

 

「ごめんなさい………ごめんなさい………けど、役に立たないと、相手を殺せないと、いけませんから………ふへへ」

 

 

そう言った瞬間、少女はハンマーを強引に振るう。瓦礫を砲弾のように撃ち出しながら、続け様の大振りを一夏へと叩き込もうとする。

 

 

「一夏………ッ!」

 

 

近くでの戦闘に、箒が飛び出す。ニ刀を構え、一夏の援護へと向かおうとする。そんな彼女の目の前に、刃が滑り込んできた。

 

 

咄嗟のことであったが、箒が二刀でそれを防ぐ。放たれた刃は止まることなく、受け止めた箒を勢いよく吹き飛ばした。

 

 

 

「…………弱い」

 

 

両手のある部位に刃を備えたIS。同じように顔を隠した少女が冷徹な声で呟く。彼女は箒に追撃を与えることなく、背を向ける。

 

 

刃を振るい、複数の方向に斬撃を飛ばす。四方に展開された『ロック・フィールド』の断片を破壊し、プロフェッサーを縛る檻を破壊した。

 

 

手首の手錠を外し、調子を確かめるプロフェッサーの前で、少女が膝をついて頭を垂れる。

 

 

「お待たせしました。プロフェッサー」

 

「────遅い」

 

 

助けに来たであろう少女に、プロフェッサーは冷たい言葉を投げ掛ける。不機嫌そうなオーラを纏いながら。

 

 

「言ったはずだ。お前達は私の駒だ。主を守れない駒に価値があるか?こうして生かしただけではなく、ISを与えてやったのだ。少しは役に立て」

 

「………申し訳ありません、プロフェッサー」

 

「まぁいい。少なくとも、面白いものは見れたわけだからな」

 

 

不遜な態度のプロフェッサー。平伏す少女を無視し鋭い目付きで此方を見据える千冬へと向き合う。

 

 

「IS三機、それにその動き方───VT(ヴァルキリー・トレース)システムか」

 

『正解であり、不正解だ。織斑千冬。ISに仕込んでいるのではない、彼女達に組み込んでいるんだ』

 

 

平然と受け答えるが、そう簡単に認められる話ではない。過去の優勝者(ヴァルキリー)である織斑千冬の戦闘をトレースするというシステムだが、前にも語られた通り、禁止されている技術でもある。それをこの男は、人間の方に使用しているのだ。

 

 

『さしずめ、ワルキューレ。かつての大会優勝者達の戦闘データを内包した、真の戦闘兵器だ。VTシステムのような模造品ではない』

 

「随分と口が過ぎるな。仮にも他者の発明に対して敬意が無いように見える」

 

『他者も何も。アレを作ったのは私だからな』

 

 

おそらく知ってて尚鎌を掛けたであろう千冬は驚きすらしない。むしろ驚いていたのは戦っている最中の一夏や、起き上がった箒であった。

 

 

二人の様子に気分が良くなったのか、プロフェッサーは更なる事実を口にした。二人がするだろう反応を楽しむように。

 

 

『良いことを教えてやろう、お前達。ラウラ・ボーデヴィッヒ、アレを造ったのも、シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムを仕込んだのも、全て私だ』

 

「っ!貴様が!」

 

「…………テメェ!」

 

『フハハッ!良い顔だ!それでこそ、私の気が晴れるというもの。お前達にとって最も絶望的な事を教えてやろうと思ったが…………残念、もう時間は無さそうだ』

 

 

地震が、一帯に響き渡る。ただの地震などではない。爆撃のような轟音が。

 

 

壊れかけのマスクを撫でながら、プロフェッサーは本当に愉快そうな声で呟いた。

 

 

『────始まったようだな』

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

現在の地上の基地。

何一つ異変が感じられなかったその場所は、たった一瞬で敵の侵入を許した。兵士達に警戒がなかったわけではない、むしろ厳重な警備であった。

 

 

しかし、何らかの方法で敵は基地の内部へと現れた。複数の最新鋭の無人兵器に、兵士達と普通の無人機では対処など到底無理な話だ。

 

 

それ以上に、敵が圧倒的であった。

 

 

「────これが我々の標的、ですか。アナグラムを殲滅するというふざけた計画を立ち上げた割には、期待外れですね。もう少し手強いかと思いましたが」

 

「ま、そんなもんだろ?俺達無敵のアナグラムに勝てる奴等なんかいやしねーのさ。織斑千冬とかじゃなければな」

 

「フフ、皆さんとの協力活動。楽しみデスネ」

 

「…………」

 

 

眼鏡に黒スーツのの男性、小柄で赤髪の少年、金髪の女性、落ち着いた老紳士。四人組の男女の前では兵士達が気絶された状態で、辺り一帯が破壊し尽くされていた。

 

 

そんな四人の前に、一人の青年が降り立つ。比喩などではなく、実際に空から降りてきたのだ。

 

 

 

「さぁ、皆。─────行こうか」

 

 

黒と白が混じった衣装であり、髪も同じように白と黒の混じった青年。名を、シルディ・アナグラム。

 

 

再びIS学園とアナグラムとの抗争が、今始まった。




ヴァルサキス・レプリカント

意味『お前達はヴァルサキスの為にあるモルモットだから、死ぬも生きるのも私達のためやぞ。あ、けど、人間じゃないし、モルモットだから。人体実験ではない』

ということ。かの黎明郷『人間扱いしてないからセーフ』のようなガバガバ理論。プロフェッサーがド畜生過ぎて涙出てくる。ま、どうせ無惨な最後を遂げるからヨシ(良くない)


突然のアナグラム襲撃に関しては次回かに補足されますので……。首を長くしてお待ちください。



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