IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第45話 親衛隊、進撃

「────ッ!」

 

「箒!大丈夫か!?」

 

「問題ない!それよりも、奴から目を離すな馬鹿者!」

 

 

「────彼女の言う通りですよ、織斑一夏様」

 

 

至近距離で炸裂した閃光弾に、一夏の意識が目の前の老紳士ロイドから外れる。一瞬の猶予であったが、それだけで一夏との距離は近くにまで狭まっていた。

 

 

「ッ!クソ!」

 

「………動きが単調です。視線で狙いが読めますよ」

 

 

雪片と零落白夜での攻撃は当たらない。幻想を消し去ることが出来る光の刃を振るう接近戦、明らかに一夏が有利であるはずの剣戟は容易く躱されてしまう。

 

 

一歩踏み込み、逆に下がり、上半身を右にずらしたり、それだけで一夏の振るう刃を淡々と避けていく。それどころか大降りを放った一夏の真横へと滑り込み、脇腹に鋭い蹴りを叩き込む。

 

 

ミシッ、と。シールド越しに衝撃が体内に振動する。

 

 

「───がッ」

 

「ISは万能ではありません。使い方次第では容易く無力化されてしまいます。何より、欠点すら明白。生身の人間の攻撃ではISは吹き飛ばない。それが致命的なミスとも言える」

 

 

そう言いながら脳に痛覚が伝わったばかりの一夏の手首を、脚で踏みつける。力で押し返そうとした一夏だが、そこで自分が判断ミスをしたことを理解する。

 

 

腕を勢いよく持ち上げる事で、ロイドの脚も同じように持ち上げられる。真上へと突き上げようとする一夏の動作の最中、脚に力を込めて垂直の位置にある頭部へ渾身の蹴りを打ち込んだ。

 

 

ふと、一夏が仰け反る。ISのシールドがある限り、肉体的なダメージはないが、痛覚はある。ロイドの放つ蹴りは基本的に相手を傷つけるためのものではなく、体内に衝撃を打ち込む技術の応用系だ。

 

 

「────一夏ぁ!」

 

「冷静、ではありませんね」

 

 

突撃してきた箒に、ロイドは指摘するように告げる。瞬間、右手の掌から複数のキューブを生成し、箒目掛けて投げる。

 

 

宙に舞ったキューブがロイドの一定距離から離れ、具現化する。それは大きな瓦礫であった。サイズとしてはそこまで巨大ではないが、箒の視界を隠すには充分である。

 

 

「!邪魔立てを!」

 

 

呼び出した二刀で、飛来してきた瓦礫を切り捨てる。しかし分断した瓦礫の合間から、ある物体が視界に入った。

 

 

小型爆弾。球体の形状をしたそれを目にした瞬間、箒の脳が即座に次の行動を選択肢として予想する。下がるべきか、切り捨てて突き進むべきか。

 

 

「判断が早いですね」

 

 

しかしそれを、即座に近付いたロイドが切り捨てる。鋭い回し蹴りが、箒の真横から頭に叩き付けられ、勢いよく吹き飛ばされた。

 

 

「…………目の前の事象を見抜く眼は称賛します。しかし、簡単に次の物事に意識を最優先させるのはいけません」

 

 

そう言いながら、ロイドは右手の指で小型爆弾を持ち上げる。容易く拾われた爆弾はスイッチも入ってない───ブラフの為に使われていたのだ。

 

 

「────お二人の実力は並みより上。普通であれば素直に称賛するべきでしょう。普通の場合、であれば」

 

「…………今の俺達じゃあ、力不足だって言いたいのか」

 

「今はまだ、充分ですよ。しかし必ず、限界が来るでしょう。太刀打ちできぬ強敵に衝突する。圧倒的な絶望に、相対することになる」

 

 

倒れ伏した一夏に、ロイドは丁寧な口調とは裏腹に冷えきった言葉を投げ掛ける。純粋に心をへし折る為のもの。しかし、その言葉を受けた一夏は悔しそうに歯噛みし、逆に立ち上がった。

 

 

「だからって、諦められるかよ!」

 

「良い覚悟です。しかし、いくら言葉として語ろうが行動に移せなければ意味はない」

 

 

 

そのまま飛びかかる一夏。ロイドは落ち着き払った態度を崩さず、彼を迎え打つ。

 

 

◇◆◇

 

 

「侵入者確認!アナグラムが中枢エレベーターを占拠!今現在第零区画にアナグラムの構成員が攻撃を行っている!第零区画に配備された者は持ち場を後にし、今すぐフロントエリアへ集合せよ!繰り返す!」

 

 

基地の地下区画。東京ドームのように大きく拓けた空間で、銃声と轟音が鳴り響いていた。モニタールームにいた兵士の一人は必死に司令部へと通信を繋げ、救援を求めていた。

 

 

「誰か!頼む!この通信を、増援を送ってくれ!敵は二人!たった二人が、何らかの装備を纏っている!ISを、IS操縦者をここに──────」

 

 

叫ぶような声は、近くで発生した爆風によって途切れる。モニタールームの近くに砲撃が直撃し、通信機能を奪ったのだ。

 

 

そう、敵は二人。厳重な守りと無人機の防衛戦線を圧倒しているのは、ISに対抗する力を有した二人の男女であった。

 

 

「────無駄な足掻きを。この基地にいるISは全て上で足止めされている。通常兵器で私達を止められるはずがない」

 

 

クイ、と眼鏡を指で押し上げる男性────宮藤(くどう)。黒スーツの上に鋼鉄の装甲が何重にも展開され、その姿は鉄の人形(ゴーレム)のようである。いや、実際にそうなのだ。

 

 

機甲人形(きこうじんけい)ゴーレム』。両肩に黒い鉄のユニット、巨大な両腕が伸びている。片腕の掌には砲口が備わっており、先程の砲撃を行ったらしく黒煙が立っていた。

 

 

持ち直した兵士達が横に並ぶ。アサルトライフルを構える彼等に、鬱陶しそうに腕を払う。連動した形でゴーレムの巨腕が空を切った瞬間、近くの重量戦車が真横から突撃してきた。

 

 

無理矢理突進してきた重量戦車が兵士達に突っ込む。凄まじい勢いで吹き飛ばされる兵士達の悲鳴に続き、戦車は他の兵士も巻き込んでいく。

 

 

「うがぁ!?」

 

「ぎゃああっ!?」

 

「クソ!おい!止めろ!俺達は味方だ!暴れるな!止まれと言ってるだろ!?」

 

「違う!磁力だ!戦車が磁力で動かされてんだ!!」

 

 

もう遅い、と宮藤は冷静に切って捨てた。ゴーレムの発する磁力で制御された戦車で敵陣をかき乱していく。ひしゃげる音と、生々しいものが潰れる音が連鎖する。

 

 

堂々と歩む出す宮藤。しかし背中に展開されたユニットが動き出したかと思えば、顔前へと移動する。直後に、鋼鉄のユニットに銃弾が炸裂した。

 

 

 

「────狙撃か。無意味な真似を」

 

 

眼鏡の奥の瞳が、何人か配置された狙撃手の存在を捉える。此方に向けられた銃口に仕込まれてるであろう特殊な弾丸に気付きながらも、やはり無意味な行為だと吐き捨てる。

 

 

「───『鉄欠片の人形兵(スチール・メタル・ゴーレム)』」

 

 

鉄屑の山、先程自分が破壊した兵器の残骸達に手を伸ばす。バキバキバキッ! と、部品の多くが外れながら、転がっていく。青いプラズマが走ったと思えば、多くの金属片が一つの形へとなっていく。

 

残骸の山から生え出てきたのは、複数の金属人形であった。機械なんて精密なものではない。全身をあらゆる金属で繋ぎ合わせ、電気信号だけで動く自動人形(オートマタ)

 

磁力により生じたコアが、瞳の役割を担う。浮かび上がる単眼が此方を見据える様子に、宮藤は物怖じすらせず、告げる。

 

 

「────隠れている狙撃手(スナイパー)を引きずり出し、潰せ」

 

『────』

 

「殺すなよ。我等の理念は不殺、大義のための戦いであると忘れるな」

 

 

話を聞き終えた人形が、一気に飛び出す。途中、人形を狙う狙撃が何発か響いたが、人形達は恐れることなどない。思考はなく、ただ命令された事だけを遂行するオートマタだ。淡々と、相手を追い詰め、任務を達成することだろう。

 

 

既に、宮藤の意識は敵にすら向いていない。たったこれだけの攻撃で半壊状態と化したのだ。これを戦闘と呼ぶ意味すら有り得ない、障害物を押し退けるのと同じだ。

 

 

 

「彼女は…………手出し不要、ですか」

 

 

ふと、近くを見た宮藤は眼鏡を押し当てながら、嘆息した。直後、爆破による轟音が近くから響いてくる。無論、宮藤は驚きもしない。誰が起こしたものか、理解しているからだ。

 

 

 

 

「フン、フン、フーン♪ルー、ルー♪」

 

 

そして、火の海と化した一帯から一人の女性 ユニスティーアが鼻唄を歌いながら踊っていた。黄金の装飾が目立つ純白のドレスを着こなし、彼女は戦場に立っていた。あまりにも、無防備な姿で。

 

当然、敵もそんな彼女を狙わないはずがなく。複数の銃口がユニスティーアへと定められ、一斉に掃射される。露出も多く、綺麗な素肌へと弾丸の雨が降り注ぐ。

 

 

 

しかしそれを、直前で生じた光の粒のヴェールが防ぐ。複数の弾丸が光の絨毯に包まれると同時に、跡形もなく消え去っていた。なんらかの魔法でも使ったのか、と疑ってしまう光景だ。

 

 

光のヴェールが、生き物のように動き出す。分裂した一部の光の塊は、銃を乱射する兵士達へと殺到する。

 

 

直後、悲鳴のような混乱が生じた。

 

 

 

「防弾チョッキが………消えてく!?」

 

「と、溶かされてるのか!?」

 

「───全員!奴から距離を取れ!装備を消されるぞ!」

 

 

 

「………ウーン、別に消している訳ではありませんケド」

 

 

困ったように微笑むユニスティーア、彼女を囲むように光のヴェールが蠢く。光の波────というより、無数の光の群れの一部が、周囲の兵士達や無人機へと勢いよく襲いかかる。

 

 

兵士達の装備は光によって溶けるように消えていき、無人機は淡い光の波に呑まれ、音もなく崩れ落ちる。ユニスティーアは自身の手を下すことなく、ただ倒れていく敵の横を通り過ぎていく。

 

 

「───ッ!」

 

 

無防備なその背中を狙う刃があった。物影に隠れていた兵士が、ナイフを片手に飛び出したのだ。銃が効かないのは先程の光景で理解できたのか、ナイフを選んだのは直接肉体を傷つけられる物だからか。

 

 

ユニスティーアは反応しなかった。おっとりとした雰囲気の女性は何処かへと意識を向けており、油断も隙だらけでもある。取った、と兵士も期待した。

 

 

しかしその瞬間、彼女の肌を刺そうとした刃は激しい光の玉によってかき消される。先程の光のような、ジワジワと消えていくのではなく、通過した瞬間に。

 

 

「ば、馬鹿な………」

 

 

戸惑う兵士から、戦意は途絶えていた。目の前の現象があまりにも非現実的過ぎて、脳が、意識が、理解を拒んだ末の現実逃避なのだろう。

 

 

尻から座り込んだ兵士。彼に気付いたのか、振り返ったユニスティーアがゆっくりと口を開いた。

 

 

「────宮藤サン」

 

 

ピタリ、と背後に気配が生じる。怯えた兵士が首だけを向けると、黒鉄の鎧を纏う黒スーツの男性が立っていた。眼鏡の奥の瞳が冷徹に、兵士の顔を見下ろしている。

 

 

「………ユニスティーアさん、感心しませんね。あと少しで背後を取られる所でしたよ」

 

「フフ、ご安心ヲ。妖精サン達が、私を守ってくれますカラ─────それに、宮藤さんモ」

 

「…………勘弁してください。これ以上仕事を増やされても困ります。大人の女性のお守りなど柄ではないですし」

 

「ンー、褒められてる気がシマセンヨ?」

 

 

褒めてませんよ………、と疲れた様子で宮藤が呟く。既に二人は自分達の敵であるはずの兵士に意識すらない。心折れた者を倒す理由も、進んで殺す理由も無い。

 

 

無抵抗の者を殺すのは、組織の信念に────忠誠を誓う主の誇りに泥を塗ることになる。無論、本人達もそれを望んでいないのも理由であるが。

 

 

(馬鹿な、馬鹿な………我等ロシアの精鋭が、たった二人のテロリストに────)

 

「地下施設第零区画、エリア1は既に陥落しました。データによれば、第零区画は合計21エリア。その内の一つが、ヴァルサキスの眠る我等の目的です」

 

「ンー。じゃあ、どうしマス?一つ残らず探し出しマス?何時間掛かるんですカー?」

 

 

その二人の会話に、戦意を失ったはずの兵士は希望を取り戻した。俯いた顔を上げることなく、余裕そうな二人を嘲笑した。

 

 

(………無理だ。どれだけの時間を有すると思っている。無論、ヴァルサキスが隠されたエリアは我々すら知らない。たかがテロリストでも、短時間で探し出せるはずがない)

 

 

その間に、連中を無力化する案を考える必要がある。あらゆる武器が通じないことも計算に入れ、その兵士────部隊長と呼ばれていた男はこの状況の打開策を思案していた。

 

 

 

 

 

しかし、部隊長の考えは灰塵と帰した。

 

 

 

 

「心配ありません。当に目的のエリアは把握しているので」

 

(……………は?)

 

 

何を言っている、と戸惑う部隊長。知っているはずがない。この基地に初めて訪れたはずのテロリストが。内部にいたであろうアナグラムのスパイと思われる者に、この場所の存在は明かしてすらいない。

 

 

 

それに、目的のエリアを知るものは限られている。厳重な情報統制故に、優秀と目される将軍の右腕すら認知していないのだ。

 

 

 

「へー?では、目的のエリアハ?」

 

「『エリアゼロ』、第零区画の中で唯一秘匿されたエリア。そこでヴァルサキスは最終調整を行われている」

 

 

だが、宮藤は淡々と地下区画を模したホログラムを展開する。大規模な空間のすぐ下に、もう一つの空間が存在する。

 

 

ここが『エリアゼロ』です、とユニスティーアへ説明する宮藤。その姿を見た部隊長は蒼白となった顔を俯かせ、激しい混乱に包まれていた。

 

 

 

(────馬鹿な!馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!何故テロリストが我々も知らぬ情報を!秘匿されているエリアの存在も!ヴァルサキスの様子も理解している!?それら全ての情報は最高機密!将軍やプロフェッサーだけしか知らぬはずなのに!)

 

 

信じられない事実だが、宮藤が提示していたホログラムはこの基地でしか入手できないマップだ。特殊部隊としてこの区画の警護をしていた部隊長だからこそ、それを把握している。

 

 

しかも、自分達にすら明かされなかった『エリアゼロ』が記録されたマップ。一体どうやってそれを入手したのか、多くの疑問と不安が脳内をかき巡り、答えを見つけ出せずにいた。

 

 

そうしていると二人の姿が消えていた。おそらく『エリアゼロ』へと向かうために、他のエリアに向かったのだろう。他の部隊も厳重態勢であろうが、負けることは予想するに容易い。

 

 

立ち上がり、部隊長は首を振るう。白熱する思考と頭脳を冷やすように、徐々に落ち着かせていく。

 

 

(いや!そんな事を気にしている場合ではない!緊急報告だ!ヴァルサキスを狙い、敵二人がエリアゼロへ向かっていると将軍へ──────いや、いや!将軍ではない!プロフェッサーだ!第零区画はプロフェッサーの管理下にある!将軍に伝えたとしても意味が────)

 

 

 

そこでようやく。

気付いてしまった。

 

 

 

「…………待て」

 

 

何故奴等がすぐさま第零区画に襲撃してきたのか。何故『エリアゼロ』の情報と区画のマップを、奴等が有していたのか。何故、ヴァルサキスが最終調整段階であると奴等が把握していたのか。

 

 

答えは一つ。内通した者がいるということ。しかし、単なるスパイではない。これら全てのデータは二人の人間しか自由に出来ない。つまり容疑者は二人ということになる。

 

 

しかし将軍は違う。

このプロジェクト、ヴァルサキス・プロジェクトの全貌は全てもう一人に一任されている。この地下区画────ヴァルサキス・プロジェクトの為だけに造られたエリアの管理すらも。

 

 

咄嗟に、部隊長が無線機を取り出す。必死に電源を押し、通信を繋げようとするが、ノイズが聞こえるだけだった。

 

 

これでは駄目だと判断した部隊長が無線機を投げ出し、走り出す。テロリスト二人の向かった方向とは真逆、彼等に背を向けるように。

 

 

テロリストよりも最優先するべき事実を、忠誠を尽くす上司へと伝えるために。

 

 

 

「将軍にお伝えせねば………!テロリストに内通したのは他ならぬプロフェッサーだと!プロフェッサーは、この計画を強引に実行させる気なのだと!!」

 

 

部隊長は知らない。

自らの思い描く最悪の未来は、あくまでもまだマシな未来であると。これから起こることは、多くの命を踏み台にした悪意の策略であるとは。

 

 

 

◇◆◇

 

 

【────あー、あー、あー!何処にいやがるんだー!絶壁ー!金髪ー!眼帯ー!】

 

 

ガシャン! ガシャン! と、大型の蜥蜴が火を吹きながら吼える。灼熱と炎の幻想の鎧、『サラマンダー』を纏う士は不満そうに、辺りを探し回っていた。

 

 

ラウラ達が士との戦いを中断し、撤退を選んだのを見ていた士だが、その後すぐに追いかけた。どうせ逃げても見つけてまた戦えると高を括っていたが、全然見つからないので不満が溜まっていたのだ。

 

 

因みに探していたのは数分であり、常人であれば普通に待てる時間である。それを理解していても、指摘してくれる者はこの場にはいなかった。

 

 

【…………ここにもいねーのかぁ】

 

 

破壊し尽くした一帯。停止しているであろうパイプラインはほとんど熱の刃に切断され、溶かされている。ここまでしてみたが、出てくる反応はない。既に移動したのか、或いはそもそも来ていなかったのか、嘆息しながらサラマンダーは背を向ける。

 

 

自分の相手を探そうと歩き出したサラマンダー。その背後の物陰から飛び出した影────シャルロットが、ショットガンを撃ち込む。

 

 

ダァン! と、炸裂した散弾はサラマンダーの背中に叩きつけられる……………ことはなかった。

 

 

 

【───痛ェッ!!】

 

 

グリンッ! と。サラマンダーの上半身が回転する。振り払われた腕が、熱の装甲が散弾を溶かし尽くす。衝撃だけは殺せなかったのか、小刻みに震えた腕を揺らし、士は高らかと咆哮を轟かせる。

 

 

【やっぱいるよなァ!ヒドイぜ!人が折角呼んでるのに、返事もしねぇーでさァ!】

 

「敵の言うことなんて、普通聞かないんだよ!」

 

【そりゃそうだった!】

 

 

活発的な笑い声と共に、サラマンダーが突撃する。大きさのあまりに愚鈍に見える体躯とは裏腹に、俊敏な動きで走り出すその姿は重量装甲車そのもの。

 

 

ズシン!ズシン!と地面を砕きながら、歩き出す鉄の塊だが、シャルロットは急激な加速により回避する。シャルロットを掴もうとしたサラマンダーの手は空振り、走り出した巨体は大きくバランスを崩す。

 

 

「至近距離の散弾なら!ダメージくらいは!」

 

 

両腕を多き振るったことで隙を与えたサラマンダーに、シャルロットはショットガンを構える。散弾が装甲を破壊できるとは思っていない。あの熱の鎧がある限り、どんな弾丸も刃も無意味の攻撃と化す。

 

しかし、衝撃砲やショットガンのような威力の強い攻撃ならば、そのショックは熱の鎧を通じて本体に届く。

 

 

その考えは正しいものであり、間違いではなかった。唯一ミスがあるとすれば、

 

 

 

【────二本だけじゃ、ねぇんだよなぁー】

 

 

無防備な胴体の装甲が分離し、内側から現れた二本の腕に掴まれることくらいだろう。当然、そんな事を予測できるものも計算できるものはない。単に運が悪いとも言える。

 

 

「ぐっ、あぅっ!?」

 

 

ショットガンを無理矢理破壊し、二本の腕がシャルロットの腕を掴む。ISの力で引き剥がそうとするが、サラマンダーの装甲が更に割れ、もう二本の腕が彼女を完全に拘束する。

 

 

地面に叩きつけられたシャルロットを、顔の部位がない能面のような装甲が覗き込む。

 

 

【これ、アレだろ?万策尽きたってヤツ。この状態じゃあ何も出来ねぇもんなぁ】

 

「…………っ」

 

【心配すんな。殺しはしねぇさ。俺達の理念に反するしな。ま、ちょっとISを使えないようにシールド残量を削っとくだけだぜ】

 

 

そう言いながら、サラマンダーが口を開く。喉の奥に高熱の炎を蓄積させ、放出する構えを取っていた。熱線だか、火球だかを吐き出そうとした直後、

 

 

「………どうして?」

 

【ん?】

 

「どうして、こんな………アナグラムに、入ったの?少しだけ、教えて欲しいなぁ」

 

 

押さえつけられたシャルロットがそう聞いてきた。サラマンダーの中で士は考えていた。が、すぐに答えを出す。

 

 

【─────俺ってさ、親から嫌われてたんだぜ】

 

「………!」

 

【望まぬ子ってヤツだよ。本来なら産むつもりなんてなかったガキさ。父親からは酒のつまみみたいな感じでボコられて、母親からは死ね消えろって言われ続けてよ。他の家族のような、愛からは無縁だった】

 

「それは…………」

 

【おいおい、金髪………いや、シャルロットだっけか?同情なんて結構だぜ?両親のことなんてもう恨んじゃねーしな。それに、御令嬢にゃあ理解できねぇ話だろーよ】

 

 

────分かるよ、少しは。

そう言いたい気持ちを噛み締める。士ほど酷くはなかったが、唯一の家族である母親も、優しかった義兄も死に、自分を保護した父からも愛されることなく、会社の道具として利用されたシャルロットには、共感できるものがあった。

 

 

【んで、結局。俺は棄てられて…………孤児の集まる学校みたいな所で過ごしててよ。学校を守るために、力を手に入れるためにアナグラムに入ったって訳さ】

 

「学校を守る………?どういうこと?」

 

【─────女性権利団体、奴等がふざけた真似をするからだ】

 

 

ガリッ! と、奥歯を噛み砕く音が響く。激しい怒りに震える士は、シャルロットに見向きせずに怒りをぶちまけた。

 

 

【奴等新しい施設を建てたいからって!俺達の学校を!邪魔だから潰すって!あの学校が無くなったら!身寄りのないガキは何処にも行けねぇ!あそこは俺達の、親もいない子供達の家なんだ!それをあいつらは、薄汚いものを見るように嘲りやがって─────何だよ!子供を棄てた大人達はお咎めなしで!俺達は徹底的に追い詰めてよぉ!!】

 

 

男も女も、大人は誰も助けようとすらしない。孤児の集まる学校なんてそこまで価値があるわけではない、と明言する女性権利団体に同調する奴等もいれば。静観する姿勢を保つ奴等もいる。

 

 

少なくとも、士にとっては全てが敵に見えた。誰も助けず、黙って見ているだけの奴等も、倒すべき存在として見えていた。

 

 

【だから俺はアナグラムに入って!連中をぶちのめせる力手に入れたんだ!時限式とかいうクソ仕様だが!これで奴等に思い知らせてやる!人の家族に手を出した報いって奴を、命を以てなぁ!!】

 

「───それは、単なる暴力だよっ!」

 

【ああ、そうだよ!お前らのISも同じだろうが!】

 

 

叫ぶ怒声に、シャルロットは黙る。否定はできない。ISは単なるアクセサリーなどではなく、武器や兵器の類い………暴力の一つであるから。

 

 

【お前らだってISで女が優遇されるような世界作ったクセに!俺達はダメってか!家族を傷付けて、泣かせた奴等をぶちのめすことすら許されないってか!?全く最ッ高な世界だな!じゃあお前らと同じように!俺達に都合の良い世界を作ってやるよ!全てのISをブッ潰してなぁ!!】

 

 

「────悪いが、そこまでにして貰うぞ」

 

 

直後、サラマンダーの動きが静止する。強い力で空間に貼り付けられたような異様な感覚。それがさっき受けたAICだと気付いた士は、声のした方向を睨む。

 

 

【銀髪ゥ……!お前か!】

 

 

真後ろに立っていたラウラはレールカノンを構えていた。AICで動きを止められたサラマンダーの手から、シャルロットが抜け出す。勢いよくラウラの隣へと移動した彼女を見終えた士は、抜けきらない怒りを苛立ちへと変えながら叫ぶ。

 

 

【で?動きを止めてどうする?お前の攻撃は俺には通じねぇ!全部無駄ってのは分ってるだろうがよ!】

 

「確かにな────だが、これならどうだ?」

 

 

そう言った直後、サラマンダーの真上へと鈴が飛び出してきた。何か攻撃でもするのかと構えたが、彼女は両腕で持ち上げていた巨大なタンクをサラマンダーへと投げつけるだけだった。

 

 

【────だから!何をしようと無駄だって!言ってんだろうが!!俺の勝ちは変わりねぇんだよ!!】

 

 

無意味な攻撃と判断した。ガスによる誘爆だろうが、熱の鎧を破れる程ではない。その甘い考えを後悔させてやる、とサラマンダーはタンクを破壊するために火球を撃ち込もうとした。

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

「─────いいや、士。今回はお前の方が負けだ」

 

 

瞬間、近くから飛んできた小型タンクが鈴の投げたタンクへと激突する。空中で衝突した二つは凹み、小型タンクが一気に爆発を引き起こした。

 

 

「なっ!?」

 

 

この事には、シャルロットやラウラ、鈴───そして士すら驚いていた。突然の事態に、でもあるが、今は違う。目の前に、一瞬で現れた黒いメッシュの入った白髪が特徴的な青年。

 

 

その姿は、よく覚えている。ラウラとシャルロットは確認した数ヵ月前の記録で。鈴は数ヵ月前、目の前で見ていたから。

 

 

「────シルディ・アナグラムッ!」

 

「………自己紹介は大丈夫みたいだ。何度もするのは大変だからな」

 

【シルディ様!】

 

 

ズゥン! と、サラマンダーが立ち上がる。全身から炎を吹き出しかねない勢いで食いかかり、抑えきれない怒りを放出した。

 

 

【何で邪魔を!俺は奴等をぶちのめせた!俺ならやれた!手出しされる必要はなかったってのに!】

 

「…………いや、もう無理だ」

 

【何でだ!?】

 

「もう時間切れだ」

 

 

その言葉に怒りながら答えようとした士だが、声は出なかった。直後、サラマンダーの巨体が大きく揺れる。熱気が冷めるように、鎧を構成するエネルギーが徐々に霧散していく。

 

 

その鎧の中から、士が落ちる。地面に足を着いた彼は立ち上がろうとして、そのまま倒れた。倒れ込んだ士の肌は青く、黒く染まった血管が浮かび上がっていたのだ。

 

 

「あ………ッ、がふぅ………ひゅ」

 

「ウロボロス・ナノマシンの過剰活性状態だ。ただでさえ適性が少ない状態なのに、『中和液』も打たずに戦うから余計に体力を消耗する」

 

 

寄り添ったシルディは士の首もとに注射を打ち込む。苦しんでいた士だが、その液体が全て打ち込まれてから少し経った後には何とか安定したようであった。

 

ゆっくりと立ち上がった士は、ふとシャルロット達を睨む。カオステクターを掴み、再び幻想武装を纏おうとするが、それをシルディが引き止めた。

 

 

「士、今は退け。これ以上やればお前の命が危険だ」

 

「ざけんな……!それこそ笑いもんだぜ、シルディ様!こんな所で退いてたら!俺が力を得た意味がねぇじゃねぇか!」

 

「力を得たのは────家族を守るためだろ」

 

 

シルディの強い言葉に、士はハッとさせられたように固まる。徐々に冷静になったのか、士は前までの活発さも失ったように、項垂れる。

 

 

そんな彼の肩を、シルディは笑いながら叩いた。気負うな、と士を元気付けるように。

 

 

「お前はお前のやりたい日の為に、力を温存するんだ。こんな所で、簡単に命を削るな。俺達がお前に力を与えたのは、無駄死にさせたいからじゃないんだぞ」

 

「………すまねぇ、シルディ様」

 

「今は休め。後は俺の出番だ」

 

 

そう言われてすぐ、士は小さなキューブを地面に落とす。パキン! とキューブが砕け散った直後、足元に発生した亜空間に彼は姿を消した。

 

 

残されたシルディは、ずっと此方を警戒している三人に眼を向ける。

 

 

「────待っててくれてありがとな。堂々と攻撃しても可笑しくないのに」

 

「生憎だが、教官の名を貶める真似は出来んのでな」

 

「教官ってのが誰か知らないけど、気持ちは分かる。俺も母さんの名前を傷つける真似はしたくないからね」

 

 

軽く話すが、それでも未だに鈴達はISを展開し、身構えている。少し考えたシルディだが、諦めたように呟いた。

 

 

「それじゃ、やるか」

 

「………意外とあっさりしてるのね。何というか言うことがあるかと思ったけど」

 

「ま、話して済むならそれで良いけどね。此方だって無視できない事情もあるし、戦うしかないなら俺だってやるさ」

 

 

脇腹が開いた特殊な造形のコートの内側に手を伸ばす。そこから取り出したアイテムを目の前にかざす。

 

 

「だって俺は、アナグラムのリーダーだからな」

 

【エンシェント!】

 

 

左右の展開するパーツを有した銀色のアイテム。シルディはパーツに添えた指で強く押し込み、装甲を展開させる。内部に組み込まれたコアユニットが発光し、エネルギーを生成し始める。

 

 

「ッ!」

 

「アレは────イルザの!」

 

 

かつての敵が使っていた物と同じ物に、思わず驚愕する。シルディはそれを自身の左手の腕輪に装着した。

 

 

瞬間、シルディの近くを飛び回る小さな影がある。小型の機械のドラゴン。シルディはそのドラゴンに向けて、左手のアイテム───エンシェントテクターを突き出した。

 

 

 

「君臨せよ!龍王(バハムート)!!」

 

 

放たれた信号を受け取ったのか、小型のドラゴンが飛んでいった上空へ、それ以上大きな影が現れる。全身を金属で構成された飛竜であった。先程までは小型のドラゴンは、シルディの背後へと降り立つ。

 

 

飛竜の部位の装甲が乖離すると同時に、シルディの全身に装着されていく。ただの装甲としてではなく、連結し、組み合い、一つの鎧として変形する。

 

 

全て金属がシルディの全身を覆い、接合させるためのボルトが強く締まっていく。その瞬間、装甲の隙間から蒸気を噴き出しながら鎧は人の形を保っていた。

 

 

黒く光る鋼鉄の鎧。それを纏うシルディは自身の首を動かし、前髪を軽く払う。両腕の調子を確かめ、閉ざした両目を開き、彼は告げた。

 

 

「シルディ・アナグラム。これより進撃する」

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