IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

48 / 116
第47話 ドラグーン

「変形した………!?あいつも形態移行が使えるのか!?」

 

 

クラッシュ・ドラグーンと似た姿へと変化したシルディ・アナグラム。その変化に一夏達は驚きを隠せなかった。何せ彼の形態変化は普通ではない。彼が呼び寄せた大型兵器クラッシュ・ドラグーンの装甲を帯びるという光景は、その力を引き継いでるように見えた。

 

 

 

「────行くぞぉ!!第二ラウンドだ!!」

 

 

声高らかと叫ぶシルディ。その顔が完全に鋼鉄のマスクで覆われる。ギザ歯を見せつける竜へと変容したシルディは雄叫びをあげる暇もなく、両方の巨腕を振るい飛び出した。

 

 

「お、おおおおおおっ!!」

 

 

迎え撃つように、一夏が前に出る。雪片弐型を掴み、強く握り締め、突貫する。全身を分厚く覆った重量級とも言えるその姿は重量戦車が突撃してくる光景に見えた。

 

 

無論、一夏とて特攻するつもりはない。シルディの攻撃を避け、カウンターの応用として一撃を打ち込むだけでよかった。そのため、瞬時加速を発動するタイミングを見計らう。

 

 

だからこそ、異変に気付けた。重量故に先程まで俊敏とは言えずとも、身軽に近い動きで歩み寄るシルディ。その掌が、一夏の方に向けられている。ただ向けられているなら、いい。その掌が少しずつ、握るように力が込められているのだ。

 

 

ゾワリ、とその掌に違和感を覚える。この悪寒は何度も経験している。強敵達との戦いで味わった、命を奪いかねる武装を向けられた感覚。

 

 

(───不味い!)

 

 

咄嗟に、攻撃を止めて慌てて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を発動する。一気に距離を離したことが功を成したというべきか。

 

 

メギャメギャ! 、と。空間にあるものが圧縮される。アスファルトやコンテナが吸われるように、引き剥がされたかと思えば、シルディが掌を握った直後に、全ての物体が連動するように握り潰された。

 

 

その光景に、思わず震え上がる。

あの攻撃を受けても絶対防御が本当に作用するのか、そんな不安に背筋が凍るが、今はそれを無理矢理振り切った。

 

 

「う、おおおおおおっ!!」

 

 

叫び、一夏はシルディに斬りかかる。大柄な体躯を有するシルディは剛腕を振るい、一夏へと叩きつけようとする。それを掻い潜り、一夏は零落白夜を起動し、光を帯びた刃で大きく斬りつけた。

 

 

 

ザァンッ!! と、雪片弐型がシルディの胴体に炸裂する。本来はシールドエネルギーを消失させるその刃、あらゆるエネルギーを打ち消すことが出来る。エネルギーで構成された鎧を纏う幻想武装には、必殺と言っていい武装であった。

 

 

だからこそ、直撃した時には勝ちを確信した。実際にその一撃を受けたゼヴォドの幻想武装は一撃で消滅したから。過去の記憶が、確信として生きていた。

 

 

 

だが、

 

 

『────今ので、終わりか?』

 

 

シルディの鎧はまだ生きていた。戸惑う一夏だが、無理もない。シルディが纏っているのは幻想武装ではなく、その上位の兵器。伝説幻装(エンシェント・レガリア)は、最もISに近い、実際に形として存在する鎧を展開している装備だ。零落白夜のように、エネルギーを消滅させる刃では、その鎧は壊せない。

 

 

何より、今のシルディの鎧の大半はクラッシュ・ドラグーンの装甲であり、特別な金属で構成された鎧である。重ね掛けられた分厚い装甲はISの斬撃すら防ぐ強固な防壁と化していた。

 

 

『なら、次は此方の番だ』

 

 

鎧の内側からの声は予想よりも低く。実際に竜が喋っているかのような錯覚を引き起こす。

 

 

そんな風に思っていた一夏の腕を巨大な手が掴む。雪片弐型ごと掴まれた腕を何とか引き剥がそうと、一夏がもう片方の腕『雪羅』で攻撃を行おうとする。

 

 

しかしそれよりも先に、シルディは強引に一夏を持ち上げた。空中に飛んだことで力が緩んだ一夏の隙を逃さず、そのまま近くのコンテナへと叩きつける。

 

 

「が、はっ!」

 

 

全身に伝わるダメージに一夏は呻く。しかしシルディはすぐに動きを止めることなく、続け様に一夏を持ち上げ、地面へと投げつけた。

 

 

まるで巨獣に弄ばれるように、軽々と叩きつけられる一夏。他の二人が止めようと突貫するが、シルディは即座に空いていた腕で強引に近くのコンテナの山を崩し、道を塞ぐ。

 

 

「くっそぉおおおおおお!!!」

 

 

その瞬間、僅かに揺らいだ意識を突いた一夏が、荷電粒子砲を放射する。不意打ちような狙撃は、至近距離でシルディの顔を覆う装甲に直撃した。

 

 

体勢を崩したシルディから距離を取った一夏。しかしすぐに、シルディが全く動かないことに気付く。その理由は、直後に察することが出来た。

 

 

 

【ドラグニック・リアクター────オーバーチャージ】

 

 

胸元のリアクターが高速回転し、エネルギーを増幅させ続けている。生成された深紅のエネルギーがシルディの鎧を包んでいき、両腕へと蓄積していく。

 

 

増え続けるエネルギーの反応に、一夏は危険信号を強く感じ取った。どうすべきか悩んで結果、一夏は零落白夜によって消滅させる方を選んだ。

 

 

すぐさま突き進んだ一夏に、シルディはいち早く腕を持ち上げる。しかし一夏に向けたものではなく、真横へと突き出したのだ。

 

直後、その奥の空間が捻れるように変化する。端から見れば荒れ狂う風の塊、実際にはクラッシュの能力であり搭載された武装『圧縮機構』である。

 

 

空間内部に散布されたナノマシンが命令を受けることで、一斉に融合する。その際に、周囲の空間や物質を引き込み、融合を引き起こすことで圧縮が起こるのでだった。

 

 

シルディが腕を振るい、圧縮された空間の塊を引き寄せる。ゴリギャリグシャ! と、地面や障害物を抉りながら迫る塊に一夏の思考は咄嗟に回避を選んでいた。

 

 

 

「────っ!」

 

 

もう片方の腕が、逃げる一夏を捉えた。直後に、身体が勢いよく壁に叩きつけられる。先程までの圧縮を解除した腕も動かし、シルディは一夏に両腕を向ける。

 

 

 

────『クラッシュ・ブレイク』

 

 

両手を握り締め、圧縮による爆発を引き起こした。シルディが生成したエネルギーが強制的に押し潰されたことで、勢いよく炸裂したのである。

 

 

「う………ぐはっ」

 

 

圧縮爆発により絶大なダメージを受けた一夏が地面に落ちた。ISも予想外のダメージによって青いプラズマを放ち、絶対防御が発動している。この状態では戦闘どころの話ではないだろう。

 

 

「一夏っ!───おのれ、よくも!」

 

 

シルディが崩した残骸の壁を突破してきた箒が、倒れた一夏の姿を見て激怒する。飛来する箒にシルディは掌をかざす。圧縮能力で無力化しようとしたのだが、

 

 

(…………速いな、これじゃあ掴めない)

 

 

紅椿の装甲が切り替わり、加速特化へと変化していた。これによりシルディは何度か空間圧縮を行うが、箒はそれを凄まじい速度で回避していく。

 

 

攻撃された瞬間を狙うか、と考えたが速さが桁違いだ。これではヒットアンドアウェイが成立してしまい、シルディは手詰まりとなってしまう。

 

 

この状況下で、シルディは冷静に考える。そしてすぐに、答えを出した。

 

 

『仕方ない────()を変えよう』

 

【アームド・アウト】

 

 

機械の音声が響き渡る中、大柄な外装が開いた。装甲の全てが力を失ったように解離し、漆黒の鎧を纏うシルディが歩み出る。

 

 

身軽になったシルディは肩を鳴らし、全身の調子を確かめる。何とか大丈夫だと判断したシルディは腕輪に嵌めていたクリスタルを引き抜き、腰にあるユニットから取り出した────もう一つのクリスタルを腕輪に装填する。

 

 

「───ビルド・アップ」

 

 

外装を構築する暗号を口にした瞬間、空から複数の装甲と鉄塊が降り注ぐ。シルディの左右に落ちた二つの大きな鉄の柱が割れ、そこから伸びたケーブルとアームがシルディの肩に固定される。

 

その後、降り注いだ幾つの装甲と鉄柱から伸びるアームが部品を繋げることで、シルディの新たなる鎧が構築されていく。

 

 

凹凸の目立つフォルム。鉤爪のようなアームが展開された両腕。背中には変形した鉄柱────可変型の翼が大きく広げられていた。

 

 

「また、変形しただと!?形態移行どころの話ではないぞ!?」

 

「───元々、オレのバハムートはこういう仕様だったらしいしな。それと、形態が多いからこういう時は呼び方を変てくれ。さっきのはクラッシュ、今のがストライカー」

 

 

因みに、とシルディが付け足した直後に顔を装甲が覆う。能面のように顔のパーツすらないヘルメットを装着したシルディ。装甲の内側から、声が伝わってきた。

 

 

『因みに、ストライカーは空戦用のドラグーン。速度もトップクラスだ』

 

 

人の形という骨格を主体として、全身の装甲が変形する。一瞬で組み変わったシルディの鎧は、戦闘機となっていた。左右に開いた翼に取り付けられたブースターを噴かし、シルディ───ストライカーは空へと飛び出した。

 

 

 

「クッ!紅椿の速度に、追いつくだと!?」

 

 

空高く飛翔する紅椿に追従するストライカー。雲をかき切る速度の二つの光が、空というキャンパスに軌跡を残す。自分を捉える敵に焦りを覚えた箒が展開装甲を動かし、エネルギー刃を射出する。

 

 

しかしストライカーが一部分だけ可変し、格納していたクローで刃を払い退ける。反対のクローも同じように展開し、それを箒にロックオンし、放射した。

 

 

切り払おうとした箒の腕を、クローが掴む。連結するように伸びた有線を固定し、ストライカーが突如方向転換をした。思いもしない行動に引っ張られた箒は、ストライカーに翻弄されるように空中で振り回された。

 

 

「おのれ、小細工を!だが、ワイヤーを切断すれば───」

 

『───させない』

 

 

振り上げた刀を止めるように、箒の片腕を射出したクローで捉える。両腕を掴まれた箒は抵抗の余地を奪われ、ストライカーに引き摺られていく。

 

 

『悪いな、一撃で仕留める』

 

【ドラグニック・リアクター!オーバーチャージ!】

 

 

内部にあるリアクターが一気に出力を上昇させる。腕のアームクローを分離させ、本来の腕に刃を換装したストライカー、否、シルディがヒト型へと戻った。

 

 

大きく伸ばしたワイヤーを勢いよく引き戻すことで、引き寄せられた箒にシルディは両腕の刃を構え、逆に突貫する。両手を拘束されたまま箒は抵抗も出来ず、

 

 

───『ストライク・クロスブレイド』

 

 

十字に交差した斬撃が、箒と紅椿に炸裂する。消失した刃は、ダメージとなってシールド越しに響いていく。

 

 

「ぐっ………う」

 

 

撃墜されるように、箒が墜ちた。地面に叩きつけられ、意識の朦朧とした彼女を見下ろすように、シルディが飛翔する。

 

 

「箒さん!」

 

 

叫んだシエルが飛び出す。しかしその姿は近くの瓦礫に隠れた直後に見えなくなっていた。空を浮かぶストライカーを纏うシルディはそれが、武装を消したステルスと同じだと理解する。

 

 

『成る程、アレは君の能力か………ストライカーでは部が悪い』

 

【アームド・アウト】

 

 

再び、外装をパージするシルディ。空中から落下する最中、シルディは腕輪のクリスタルを外し、腰から取り出した新しいクリスタルを装填し、登録された言葉を口にする。

 

 

「────ビルド・アップ!」

 

 

ストライカーと同じように、空中から一本の大きな鉄の柱が降ってくる。シルディの背後に回ったその柱は、勢いよく分解され、シルディの全身を包んでいく。

 

 

地面に落下した時には、シルディの体は鋼鉄の武装によって呑まれていた。ギチギチと軋むような音は、部品が組み合わさり、外装が完全に形になったことを意味している。

 

 

戦車砲らしき大筒の砲身が左右に二つ。背中や腰には無数の機関銃やミサイル、グレネードランチャーなどが搭載されている。そして一際目立つのは、背中に直接取り付けられた巨大な戦艦の主砲らしきもの。

 

俊敏さを完全に失った『砲台』、いやこれでは『要塞』であった。シルディは自身の顔を隠すヘルメット────赤いモノアイが浮かぶマスクを被り、全ての武装を動かす。

 

 

『ブラスター。砲撃や殲滅を特化した超高火力のドラグーン。この鎧は特殊なセンサーが複数搭載されている。アンタのステルスも、何となく捉えられるって事だ………ま、センサーなんて無くとも』

 

 

 

断言し、左右の機関銃とグレネードランチャーを乱れ撃つ。飛来する榴弾と、無数の縦断の雨が周囲を破壊し尽くす。

 

 

『まとめて吹き飛ばせば関係ないよな』

 

 

激しい破壊の嵐に、シエルは咄嗟に射程から逃げ出す。しかし大きく動いたことで空気の反応を感知したシルディが背中の武装を動かし、キャノン砲を撃ち込む。

 

 

放れた砲撃を、シエルは即座に腕部に内蔵された小型機関銃で撃墜する。攻撃を防がれたことにシルディは驚くこともなく、エネルギーを生成し続けていた。

 

 

先程と同じように、必殺の一撃を放つ構えは既に出来ていた。

 

 

『───撃ち尽くせ!ファンネル!』

 

 

内蔵されたタンクの中から複数のビットが射出される。シルディの脳波を感じ取っているのか、ビットは透過したままのシエルへと飛んでいく。

 

 

シエルは両腕に格納された機銃でビットを撃ち落とそうとするが、ビットは自我を持ってるように掻い潜り、シエルにレーザーを当て続けた。

 

 

シールドを削る量は微量で、シエルも心配はしていなかったが、ジリ貧であるのは事実だった。早く突破しようと考えるが、視界に見えたシルディの動きがシエルの思考を支配する。

 

両肩の戦車砲を二つ構え、此方に向ける姿。砲口の奥で光が集まっていく光景に、シエルはすぐさまビット群の包囲網を抜け出す。

 

 

───『ブラスター・ヴィジョンレーザー』

 

 

二つの砲口から、ビームが放たれる。しかしシエルはすぐに困惑した。直進に突き進むビームは既に離れたシエルを捉えるどころか、ビットを巻き込みそうになっている。

 

 

そんな困惑は、更に強くなる。

放たれた二つの閃光はビットを焼き尽くすどころか、ビットに触れた瞬間、吸い込まれるように消えていく。愕然とするシエルに、ビットが此方に向いた。直後、消えたはずの閃光がビットから放たれた。

 

 

「え!?」

 

 

驚きを隠せないシエルは避けきれず、ビームが炸裂する。ビットから放出されたビームは予想外の軌道に変わり、シエルのISのシールドを一気に削った。

 

 

「っ!うう………!」

 

 

シールドを削られ、ISを解除したシエルが転がる。倒れ伏したシエルを尻目に、シルディは腕輪のクリスタルを取り出し、外装を消失させる。

 

 

「…………これでもう終わりだな。さて、後は二人の手助けに向かうか」

 

 

地下に潜入している仲間を思い浮かべ、シルディはその場から立ち去ろうとする。ゆっくり歩いていたシルディだったが、

 

ザンッ! と、足元の地面に刀が突き立てられる。おそらくは投げ飛ばされたであろうそれを手に取ったシルディは飛んできた方に放り投げた。

 

 

「…………動くのはあまりオススメしないよ、篠ノ之さん」

 

「……………」

 

「三人とも殺してないし、怪我はない。ISのシールドを削っただけだ。今は戦闘に参加できないけど、もしまだ戦うのなら安全は保証できないな」

 

「だからといって、お前を見過ごす道理はない」

 

 

紅椿のシールドは既にギリギリまで減少している。そこまで手加減したからこそシルディは分かっていた。だが箒はそれを自覚しても尚、退こうともせず、逆に立ち上がっていた。

 

 

此方を睨み、見据える箒にシルディは腹の底から深い息を吐き出す。自身の手首を捻りながら、細めた目で箒を見返す。

 

 

「最後の忠告だよ、邪魔をするんならオレだって容赦はできない。一撃で仕留めるけど、痛いとは思うよ。それでもいいの?」

 

「…………」

 

「覚悟は出来てる、か。強いね、ホントに」

 

 

複雑そうな表情を切り替え、シルディは拳を握り締める。ジリ、と軽く擦った脚で勢いよく地面を蹴り飛ばした。一瞬にして距離を縮めたシルディは、箒に向けて拳を振り上げる。

 

 

一撃でいいのだ。殺す必要はない、単にシールドを削り、ISを使用できなくすればいい。そう決意し、シルディは拳を強く握り、力を込める。

 

 

相手を戦闘不能にするだけ、そう思って放った攻撃は箒に当たることはなかった。

 

 

「…………ろ」

 

 

 

何故なら、

 

 

 

「止めろぉぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

 

既にエネルギーが消えかかった白式を纏った一夏が前に出たのだ。箒を庇うように、武器すら持たずに。

 

 

「ッ!?」

 

「一夏!?」

 

 

戦う意思を見せていた二人は驚きを隠せない。武装を展開するエネルギーすら無かったのか、いやそのエネルギーすらも瞬時加速に使ったのだ。既に限界であった箒を庇う為に、それだけのために。

 

 

その光景を見た瞬間、シルディの脳裏で何か弾けた。

 

 

 

「─────あ」

 

 

激しい火花が散ったような感覚。それが連鎖した直後に、シルディの脳裏にある光景が浮かんだ。

 

 

 

 

 

─────今まで見たこともなかった、未知の記憶が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………イテテ、あいつら好き勝手やりやがって」

 

「一夏も無茶だよ………三人相手に一人でやるなんて」

 

「仕方ないだろ、先に喧嘩吹っ掛けて来たんだから」

 

 

小学生の頃の放課後の公園。

山近くにあることもあり、人気の無いその場所を使うのは限られた者だけである。その時間帯でいるのは、一夏や暁、そして箒だけの三人であった。

 

 

「………全くだ。問題になるのは分かっているだろう」

 

「けどよ、あいつらも悪いだろ。好き勝手箒の事を馬鹿にしてるしさ。寄って集って他人を馬鹿にする奴等は、俺は嫌いだ」

 

「…………でもさ、また怒られるんじゃないの?あいつら、先生に言うって言ったし」

 

 

軽く怪我した一夏の腕に絆創膏を貼る箒と、心配そうに水で濡らしたタオルと医療箱を持っている暁。少し前に箒にちょっかいをかけていた男子達と喧嘩した一夏は、二人に心配と共に注意を受けていた。

 

 

暁の不安そうな言葉を聞いた一夏はふと考え込んで、困った顔をする。また父親を呼ばれ、男子達の親にあーだこーだ言われてしまう。その事もあるが、誰かを守ることを容認する父親とは違い、千冬から強いお叱りを受けかねない。

 

 

 

 

「────その事なら大丈夫だけど」

 

 

ふと、三人しかいないはずの公園に、三人と違う声が響き渡る。少年達が顔を上げると、近くの遊具の影に隠れた少年がいた。目付きの悪い黒髪の少年、陰気な雰囲気が漂うその少年は覗き込むようにして顔を見せている。

 

 

「何だよ、お前は」

 

「………さっき、先生にあいつらがやったことを報告した。録音機も匿名で出したから、大事になることは無いと思う」

 

「あ、あの………どうして、そんな事してくれるの?」

 

「────別に。偶々見かけたから」

 

 

それだけで話を止める少年。彼は静かに、だがその視線は一夏達へと向けられていた。疑念というわけでもなく、純粋な興味に満ちた視線に一夏が物申そうとしたその時、少年は唐突に口を開いた。

 

 

「ねぇ、何で喧嘩したの」

 

「は?何だよ、いきなり」

 

「相手は三人、数が多いし、図体もでかい。明らかに不利だった。なのに、どうして喧嘩する気があったの。三人相手に勝つつもりだった?」

 

「………別に、勝つ気で喧嘩したんじゃねぇよ」

 

「じゃあ何で」

 

 

それが、少年にとって気になることだったのか。ずっと此方を覗き込んでいる少年に、一夏は殴られた頬を軽く拭いながら、告げた。

 

 

「許さなかっただけだ」

 

「………それだけ?」

 

「一人相手に複数で囲んで、あろうことか馬鹿にして笑うなんてやり方、俺は許せねぇ。そんなやり方を見過ごすってんなら、俺はクズでいい」

 

 

言い切った一夏に、少年はジト目で呟く。

 

 

「………何だ、馬鹿じゃん」

 

「あん?誰が馬鹿だよ、いきなり馬鹿って失礼だな」

 

「でも、馬鹿は馬鹿でも良い馬鹿だ。そこら辺の馬鹿じゃないね」

 

「褒められてる気がしねぇよ。ってか、馬鹿って言った方が馬鹿って知らねぇのか?」

 

 

呆れたような物言いに、少年は不思議そうに首を傾げていた。物陰に隠れていた少年は軽く話したことで落ち着いてきたのか、少しずつ積極的に話すようになっていた。

 

 

「…………ねぇ。この公園、また来てもいい?」

 

「?何だよ、別に来ればいいだろ?なぁ、二人とも」

 

「そうだな、私は別に構わん」

 

「あ、ぼ、僕も………うん」

 

 

最初は寝暗そうな少年に遠慮気味であった箒と暁であったが、一夏と積極的に会話する少年に自然と声をかけていた。他愛もない会話をする四人の距離を縮まり、いつの間にか友人に近い仲へと進んでいた。

 

 

「…………っていうか、そもそもお前って誰なんだ?この町で見かけたことないけど」

 

「────今日引っ越してきた。同じ学校になるから、同級生」

 

「引っ越して来た?今日か?」

 

「…………父さんが、この近くに転勤してきて………教え子の人もこの町で出来たから、当分はここに住むって……」

 

「じゃあこれから会うと思うし、呼び名くらいは決めとこうぜ。俺は一夏でいいから」

 

「私は………箒だ。箒でいい」

 

「ぼ、僕は、暁………です」

 

「そっか、一夏………箒………暁、三人ともよろしく」

 

 

僅かな時間ではあったが、少年も一夏達に心を許していたのか。少し微笑みながら、三人の名を呼ぶ。そうしていると、一夏が思い出したかのように聞いてきた。

 

 

「お前のことは何て呼べばいいんだ?というか、そもそもなんて名前なんだ?」

 

「ん、そうだった。自分は───────」

 

 

 

 

 

 

 

「────あ、あ…………あ?」

 

 

呆然と、立ち尽くす。

拳を握る力すら入らない、両脚がガタガタと震え、全身に汗が滲んでいる。頭が痛むのか、シルディはふと顔をしかめ、頭に手を当てる。

 

 

何が起こったのか、理解が追いつかない一夏。その目が、不安定なシルディの瞳と合う。その顔を見たシルディが、震えた口で呟く。

 

 

「いち、か………?」

 

 

その言葉を聞いた途端、一夏も違和感を胸に感じた。何故だろう。何故、自分の名前を呼ぶシルディに疑問を覚えないのか。何故、懐かしいとすら思ってしまうのか。

 

 

「ほうき………、あかつき………?」

 

「………何で、その名前を」

 

「あ、はは…………何でだろう、何でオレ、三人の事、覚えて…………いや、忘れて…………ずっと前に、会ったことあるのに、初めて………友達になったのに…………何で?」

 

 

知るはずもない友人の名前を口にするシルディへ疑問を抱く箒。しかし、今のシルディにはそれ以上の混乱があった。

 

 

「オレは、オレは─────」

 

 

呼吸が荒くなる。いつの間にか記憶を探ろうとしていた。何故、覚えていないのか。さっきの記憶は本物なのか。この先にある記憶がそれを教えてくれる。

 

 

そう思い、脳の中にある記憶を見ようとする。

 

 

 

「────奴等への警告だ。俺達の要求を無視するなら、殺す以外なら何でもいい。幸い、三人いるからな」

 

「一週間経った。国連は見殺しにしたようだ。見せしめに母親の方は殺して、首を送る。娘と子供の耳を片方ずつ送る。削ぎ落とせ」

 

「………悪く思うなよ、坊主。恨むんなら、お前を見捨てた国連と巻き込んだ父親を恨むんだな」

 

 

 

 

「─────おかあ、さん」

 

 

 

 

 

 

「───────ああああああッ!!?」

 

 

張り裂けんばかりの絶叫を喉の奥から放ち、シルディは頭をかきむしる。激痛が、脳に行き渡る。激しい頭痛は、記憶の奥にあるものを理解したくないという自己防衛機能か、古い傷を抉ったことで心の痛みが強く響いているのか。

 

 

自身の髪を振り回し、シルディは頭を抱え、悶え苦しむ。その髪が大きく払われたことで、一夏は見えた。

 

 

シルディの右の顔。そこにあるはずの耳が欠けていた。残されていたのは、無理矢理刃物で切られたような切断痕。そこからジクジクと血が滲んでいる。

 

 

過去のトラウマに触れたことで、古傷も刺激されたのか。シルディは悲鳴のような絶叫を響かせていた。

 

 

「何で!?俺は、俺はシルディなのに!!シルディじゃない!?じゃあ、誰なんだ!?俺は!!思い出せない!思い出しなくない!痛い痛い痛い痛い痛い!!何で、何で、何で、何でこんな目に!何で、何でぇ!?」

 

 

 

錯乱したシルディの全身から、黒鉄の鎧が消失する。強制的に解除された伝説幻装の事すら頭にない。顔を覆うように押さえたシルディは膝をつき、ブツブツと言葉にならない声を漏らしている。

 

 

「………だ、大丈夫か!?」

 

 

青を取り越して真っ白な顔になったシルディに、慌てた様子で一夏が駆け寄る。蹲り、小刻みに震えるシルディは返事など上げない。箒が一夏を呼び止めたが、目の前で様子がおかしくなった相手を見捨てることなど出来なかった。

 

 

泡すら吐きかねないシルディに、どうすればいいか一夏が悩む。すると、ISを解除した一夏の頭を何かがつついた。

 

 

顔を上げた先にいたのは、シルディが連れていた小型の機械の飛竜であった。それは首を此方に向けながら、尻尾で何かを引っ張ろうとしている。

 

 

 

それは、シルディの首にあるチョーカーについたパーツであった。必死に引っ張ろうと努力しているワイバーンに、一夏はその意図を理解した。

 

 

「これを…………引っ張ればいいのか?」

 

 

コクリ、と機竜が頷く。本当に機械なのかと困惑するが、それよりも先に一夏はシルディのチョーカーのパーツを勢いよく引いた。

 

何かが押し込まれたのか、カシュッという音が聞こえる。チョーカーの中に仕込まれていた不思議な液体が失くなっていく。おそらくは、何らかの薬品を打ち込んだのだろう。

 

 

ふと、発狂していたシルディの瞳が揺れる。白目を剥いたかと思えば、シルディは力なく崩れ落ちた。その場に倒れ込むシルディに、機竜は心配そうに近寄る。

 

 

「…………大丈夫、なのか?」

 

 

不安そうな一夏に答える者はいない。────はずだった。

 

 

 

 

《────ええ、これでシルディは落ち着きました。感謝します》

 

 

その声はこの場に存在しない誰かの声であった。誰だ、と叫ぼうとした一夏はすぐに声のした方に気付く。シルディの黒いコートの腰についた無線機である。

 

 

「…………誰なんだ、アンタは?」

 

《その子の親であり、血の繋がらぬ者。優しかったその子に、革命の意思を背負わせた罪深き者です》

 

「意味が分からない!一体誰なんだ!アンタは!」

 

《リセリア・アナグラム。その子のもう一人の母であり、アナグラムの最高指導者です》

 

 

突然の事に、頭が混乱してくる。何故アナグラムの最高指導者が自分に干渉してくるのか。冷静に考えられる状況ではないが、落ち着いて相手の出方を伺うことにした。

 

 

《────貴方に質問をしましょう、織斑一夏》

 

「…………何を聞きたいんだ」

 

《貴方は疑問に感じたことはありませんか?何故、アナグラムという組織を国連が執拗に恐れるのか》

 

 

意図が分からなかった。

突然何を言い出すのかと困惑する一夏は、取り敢えず女性の言葉に答えるしかなかった。

 

 

「テロリストを恐れるのは、当たり前だろ」

 

《ヴァルサキスという天体衛星を用いて、大規模殲滅を企む程にですか?たかがテロリストにどうしてそこまで戦力を行使するのです。テロリストなど、ISで制圧すれば容易いというのに》

 

「………なら、何でなんだ」

 

《答えは一つ。我々が握る『世界の真実』、国連が犯した最悪の原罪を、我々が明かそうとしているからです》

 

 

やはり、肝心なことは分からない。はぐらかすような口振りに、苛立ちが過る。だが実際にそこまで怒りを覚えてもいないので、戸惑いを覚えながら口を開いた。

 

 

「真実って、原罪って………何がどういうことなんだよ。何がなんだか………」

 

《織斑一夏、貴方は『世界の真実』を知る権利があります。何故なら貴方は、『世界の真実』と大きく繋がっているから》

 

「………どうして、俺が」

 

《それは─────》

 

 

リセリアが重要な事を語ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

音が、響いた。

地の底から響き渡る、異様な歌であった。音色というよりも、咆哮。何らかの存在が、世界に産まれ落ちた際に上げる、産声である。

 

 

鼓膜にも浸透してくる声に、一夏は思わず顔をしかめた。不快なものを感じ取ったのだ。無線機越しにその声を耳にしたのだろう。リセリアも少し固くした声音で呟いていた。

 

 

《…………時間切れ、のようですね。やはり予想通りには事が進まない、我々とは別の厄介な存在が暗躍しているらしい》

 

「っ!今のが何だか分かってるのか!?」

 

《─────ヴァルサキス・ミハイル》

 

 

その一言に、一夏は息が止まってしまう。

何を思ったのか、思考が停止しかけた青年の事を思ったのだろう。落ち着いた様子でリセリアはふむ、と何かを確認している。

 

 

何故か、詳しく事情を知り尽くしたらしい口調で話す。

 

 

 

《我々を殺すための兵器が覚醒しました。いや、目覚めさせられたというのが正しいのでしょう。ですが、あちら側にとってもどうやら予想外の事が起きている様子》

 

 

その話に耳を傾け、一夏はふと気付いた。

あの声に何故、不快感を覚えたのか。アレは、実際には声に乗せられたものを感じ取ったのだろう。

 

 

 

───この世の全てを呪い、憎悪するような禍々しい怨嗟。それが答えだと気付くのも、時間の問題であった。

 




機神(カミ)が憎しみなんて覚える訳ないだろ、いい加減にしろ(仲間毒殺)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。