時間は数十分前に戻る。
「────馬鹿、な……!地上の防衛ラインが、全滅だと……!?」
司令部でオペレーターの報告を聞いた将軍は愕然とするしかなかった。アナグラムによる妨害は予想できていた。だからこそ、戦力は事前に増強させていた。突破されるかもしれないという考えはあったが、援軍が来るまで時間稼ぎ出来るとは思っていた。
なのに、たった数十分で完全に壊滅してしまったのだ。多くの税金と資材を費やしたこの基地が、たった数人のテロリストが率いる小規模の敵に制圧されてしまっている。
先程の部下からの報告では、敵は中央エレベーターから地下エリア───第零区画へと侵入しているとまで聞いた。何とか援軍を送りたいが、地下区画のマップや秘密通路の情報は将軍も把握していない。
全て、ヴァルサキス計画の研究チームのリーダーであるプロフェッサーに一任していたが、その事が裏目に出てしまった。
「………将軍、考えたのですが」
「何だ」
「あの、国連から派遣された『忠臣』殿の力をお借りすれば宜しいのでは………? あの御方は人智を越えた力を有するとも聞きます」
オペレーターの一人が提案したのは、この計画の管理を担当する国連の異端なる闇の一部、『
確かに、そうである。
その一人たる『忠臣』の振るう力は絶大であり、同じ人間に、人類に再現できるかと言われれば難しい。国連という大規模な組織の中で、正体すら掴ませぬまま存在し続けるのだ。並大抵の実力ではないのは一目瞭然である。
しかし、その提案を聞いた将軍の顔はあまり良いものではない。むしろそのオペレーターを睨み、不愉快そうに舌打ちをかました。
「────一介のオペレーターが、あまり余計なことを口走るな」
「は、はぁ……どういう事でしょうか?」
「あの御方がそう簡単に力を貸していただけるとは思えん。期待するだけ無駄だ」
将軍は知っている。
『忠臣』と名乗ったあの青年が、自分達にそこまで期待していないことに。単なる、都合が良いだけのスペア。力を貸した国が失敗をしようが関係ないし、そこまで気にしない。
『「皇」は、寛大な御方だ』
役に立たないなら、全く別のものに切り替えればいい。ミスをすれば処分すればいい。それだけの価値で、『忠臣』は嘲笑っていたのだ。
『しかし、その慈悲には限度がある。我々の『皇』は神になるべき御方なのだ。神は慈悲を与える事もあれば、罰を与えることもある。我々には、罰を下す力を与えられている』
恐れるべきは、『忠臣』の持つ力が此方に向くか否か。助けを乞うて、無視されるのは妥当。一番恐ろしいのは、期待外れと彼等の不興を買うこと。
あの力でロシアの地が蹂躙されれば、どれだけの被害な出るだろうか。青ざめる将軍の頭にあるのは、自分の祖国が犠牲を受ける事への絶望や憤り────等ではない。今回の計画の失敗で国際社会での祖国の立場が揺らぎかねない、最悪の場合自分の首が社会的にも物理的にも飛ぶという事への不安である。
愛国心に尽くす、優秀な将軍であれば、副官のイレイザも裏切ることはなかっただろう。だが、将軍補佐のイレイザからしても分かる通り、将軍は我が身大事な人間であった。優秀ではあったが、それは凡人の中では中くらいにという意味である。
要するに、将軍は保身を考えていた。アナグラムによりヴァルサキスを破壊されるという最悪の未来を覆すにはどうするべきか、焦りに満ちた打算で必死に考え抜こうとしていた。
その時点で、詰んでいるという事実には気付かない。時間が経つごとに自身に募る心配と不安が、最悪の選択を取った。取ってしまったのだ。
「…………………やむを、得まい」
意を決したような将軍の声に、オペレーター達はハッと振り向く。苦々しい顔で決心したように目を細める将軍に、彼等は「ついに対抗策を見つけたのだ」と期待を寄せる。
だが、オペレーター達が予想すらしていない答えを、将軍は口に出した。
「ヴァルサキスを起動しろ」
「…………は?い、今なんと?」
「ヴァルサキスを起動させろ!打ち上げの時期が延びようと構わん!今ここにいるアナグラムの連中を皆殺しにする!!」
形振り構わず叫ぶ将軍の怒声に、オペレーター達は一斉に青ざめる。慌てて向き直ったオペレーターに、荒い呼吸を整える将軍。
しかしすぐに、不安そうな声が響く。
「あ、あの………将軍」
「何だァ!」
「ヒッ!い、いや………ヴァルサキスの制御プロトコルはどうするのですか………?まだ、完成しているのかも分かりませんし………」
そんなものは知ったことか、と怒鳴り散らそうとした将軍だが、咄嗟に冷静になった。
確かにそうだ。先月の実験でヴァルサキス・ミハイルが暴走を起こした理由は不明である。そもそも分かっても将軍には微塵の興味はない。だが、また暴走しては意味がない。
悔しそうに歯噛みした将軍は、制御プロトコルの管理をしているプロフェッサーへ連絡を繋げようと声を荒らげる。しかしその瞬間、
『────私ならここさ、将軍』
大型モニターに人の姿が写る。白衣の姿に、顔を覆うヘルメットマスク。いつも見たことのある人物の姿に、将軍の真っ赤になった顔に気付くことなく、一気に膨れ上がった怒りをぶつけた。
「プロフェッサー!貴様!こんな時に何をしているのだ!この─────」
『襲撃を受けて、拘束されていたんだ。そこまで責められても困る』
「………何?」
よく見れば、感情表現をするための液晶にはヒビが入って、大きくひしゃげている。まるで殴られたような損傷のマスクを装着したプロフェッサーに、将軍はふと違和感を生まれたが、切り替えてすぐに聞き返す。
「一応聞く、敵か?」
『この基地に来た者で、敵ならばそれしかいないだろう』
客観的に見れば、曖昧な答えであった。しかし何時もと同じ口調と振る舞いであったため、将軍は違和感を覚えることなく、話に耳を傾けていた。
『それとだ。制御プロトコルについては安心してくれ』
「何?どういう意味だ?」
『つい先程、メインシステムを完成させた。これで暴走は確実に防げるだろう』
「な、なッ!?それは本当か!?」
画面越しに頷くプロフェッサーに、将軍は顔を覆い、顔に浮かぶ笑みを隠そうとしていた。
これで最悪の事態は避けられる、将軍の脳裏には既に自分にとって都合の良い未来が見えている。見方が変われば、自分のやろうとしていることの危険性に気付くだろう。しかし、彼は気付かない。未来の自分の立場が失くなることへの恐れが、将軍から正常な判断能力を奪っていた。
「────プロフェッサー。今からヴァルサキスを起動させて、アナグラムを潰す。異論は無いな?」
『何、将軍の英断に任せるさ。最悪の結果は避けたいからね』
「フム、ならば全オペレーターに告ぐ。ヴァルサキスを起動し、アナグラムを掃討せよ。ミハイルへの命令は、私が直接行う」
「将軍!?どちらへ!?」
「自室だ。少し気を休めたい。安心しろ、命令は怠らん」
そう言って、司令部から立ち去る将軍。落ち着いた風貌の彼だが、やはり正常ではない。焦りや不安により、まともな事が考えられなかったのだ。
───淡々と話すプロフェッサーの声音に、悦楽に、侮蔑に近いものが込められていることにすら、気付かなかったのだから。
◇◆◇
「───ここがエリアゼロのようですね」
最後の防衛ラインを突破、いや丁寧に蹂躙し尽くした宮藤とユニスティーア。二人が辿り着いた先にあるのは、巨大な隔壁で閉ざされた近未来的な通路であった。
一本道の通路の先に、彼等の目的の物が鎮座していた。天井のアームやケーブルによって吊るされた巨大な機体。人の姿から乖離した、ニ手二足の異形。
天体衛星 ヴァルサキスが、静かな空間の主のように君臨していた。
「…………目標。ヴァルサキス本体を確認しました」
耳に嵌めたインカムで連絡を繋げる宮藤。ユニスティーアは自分よりも遥かに巨大な金属の異形を見上げ、へーと軽い興味を抱いたような声を漏らす。
「───成る程、了解しました」
「?何か分かりましたカ?」
「本体の破壊は後回し、まずはコアの方を潰します」
「コア?」
「ミハイルという、人工知能です」
おっとりとした様子の仲間に、宮藤は不満など見せずに冷静に受け答えしていく。
「幸い、協力者からの情報によると、まだミハイルはヴァルサキスに接続すらされていない様子。職員がいないこの場で、ミハイルが差し込まれる可能性はありません。ですが、念には念を入れておきます。ミハイルを破壊してしまえば、ヴァルサキスはただの金属の塊ですので」
「………?あの、宮藤サン?」
「───何か?」
「差し込まれてるのって、アレの事デハ?」
ふと、ヴァルサキスを見つめたユニスティーアの言葉に今度こそ宮藤は眉をひそめる。何を言っているのか、と彼女の視線の先に向いた。
吊るされたヴァルサキスの頭部。そこで、ISを纏った何者かが作業をしていた。機械的な動きで、何らかのパーツを繋げていく。頭部の中に仕舞ったばかりであろうそれを、宮藤は記憶していた。
間違いない、アレが『ミハイル』であった。
「ッ!ユニスティーア!」
「………!」
掛け声に、一瞬で応じる。
幻想武装を纏った二人が、それぞれの武装を展開する。鋼の装甲を重ねる宮藤は磁力を強化させた電磁波を球体へと収束し、砲弾のように放つ。黄金の装飾が輝く純白のドレスを纏うユニスティーアが光の粒子を向かわせる。
二人の攻撃の矛先は、ヴァルサキスの頭部である。まだミハイルが格納される直前であるため、今しか隙はない。ミハイルを壊せばヴァルサキスは起動できない。その事実を事前に知っていたからこそ、取れた行動であった。
しかし、二人の攻撃を飛び出した二つのISが受け止めた。シールドを使用した訳ではない、自分から盾になったのだ。先程の攻撃が効いたのか、二人が纏っていたISが空中で解除される。無抵抗のまま地面に落ちてきたそれを見て、宮藤は更に驚くことになった。
「これは、人形───?」
シリコンで作られたようなマネキン。頭の部分に何らかの装置を取り付けた異様なものであった。これが、一体どうやってISを纏っていたのか。いや、アレはそもそもISだったのか。目の前の謎に対し、宮藤は答えらしきものが見出だせなかった。
その事に意識が向いたことで、事態は手遅れになっていた。
カシュン、 と装甲が閉ざされる。ミハイルと思われる人工知能はヴァルサキスの内部に組み込まれた。つまり、接続が完了してしまったことを意味する。
【────タイム・クリスタル。炉心、回路との接続完了】
【人工神経、機械骨格、全機能オールグリーン。スライディングレッグ、反重力機構稼働】
【基礎システム異常無し、ヴァルサキス───起動】
巨大な機体が、ゆっくりと動き出す。固定されたアームが、ケーブルが、無理矢理引き剥がされる。複数の間接を有した異様な脚がコンクリートに降り立ち、頭部のラインに光が灯った。
光を灯した巨体が両手を見下ろし、自身の手を握り、開くを繰り返し、調子を確かめていた。
ヴァルサキスの内側から、穏やかな声が発された。
【───────こ、こは…………いや、私は】
『ミハイル・ヴァルサキス。私の声が聞こえるな』
【────はい、将軍。ご命令を】
スピーカーを通じて響く将軍の声に、ヴァルサキスはゆっくりと応じる。従順なヴァルサキスの対応に満足したのか、将軍は気分が良さそうな声で語ってきた。
『かつての貴様の失敗を贖うチャンスを与えよう───我が基地に土足で踏み込んできた侵入者、敵を排除しろ。一人残らずだ』
【了解しました───これより、『敵』を殲滅します】
動き出したヴァルサキスがギチギチ、と全身を震わせる。軋ませるような音を響かせたのも、束の間。
【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!】
咆哮を、溜め込んでいたものを吐き出すような声を、響かせた。それは辺り一帯、地上にまで届いていた。多くの者がその声に不安を覚え、その声の真意に気付いた者が気を引き締めることになる。
機神は今を以て、降臨した。神に過ぎた、ある感情を宿しながら。
◇◆◇
それから数分。
辺り一帯を破壊し尽くし、動きを止めたヴァルサキスは静かに足元を見下ろしていた。
「う、ウウ…………っ」
「………馬鹿、な。これほど、とは………」
圧倒的な巨体の蹂躙によって、幻想武装ごと叩きのめされたユニスティーアと宮藤。瀕死に近い重傷を負った二人は、もう一撃で殺せるような状態であった。
『────素晴らしい』
尽力した防衛ラインを易々と突破した敵が、こうも簡単に叩き潰されている。その光景に、将軍は喜びが、笑いが込み上げてきた。それを抑制することも出来ず、高らかと笑うしかなかった。
『フハハハハ!素晴らしい!素晴らしいぞ!これが、ヴァルサキス!我々が求めた機械の神だ!人類を守護し、罪人を滅ぼし尽くす天の裁き!これこそが、我等の力となる兵器なのだ!』
【────ええ、その通りです。この力があるのなら】
喜びを隠せないミハイルの声。将軍はプログラムに制御されているはずなのに、ここまで感情が発露しているのかと疑問が生じた。
しかし、特に気にしなかった。今はこの全能感があらゆる疑惑を塗り潰す。神を支配下に置いたという圧倒的な歓喜が、将軍の心を支配していた。
だからこそ、気付くのが遅れた。
ヴァルサキスがアナグラムの構成員二人を見逃すように背を向けたこと。そして近くのコンテナや壁を強引に引き剥がし、自身の武装を奪おうとしていることに。
『馬鹿な!何を、何をしているミハイル!』
【何をとは、知れたことを】
近くのカメラを覗き込むヴァルサキス。そこから狼狽えた将軍が動向を確認していることを疑わず、感情を滲ませた声でミハイルは告げる。
【貴方達への恩返しですよ、将軍】
『な、は───ッ!?』
【私にこの体を与え、神にしてくれた事への────その為に、私の家族を殺したことへの】
粘りついた憎悪を隠すことなく、剥き出しにする。機械には似合わない、怨嗟を宿したヴァルサキスは腕を伸ばし、近くにあった大型の槍と自身の腕を連結させる。
融合した武装を空に、地上へと向けたヴァルサキスの炉心がエネルギーを増幅させる。コアから腕へと、そして槍にエネルギーを収束させたヴァルサキス───ミハイルは、淡々とした声で宣言した。
【これはその────洗礼です】
光の柱が、地下から炸裂する。あまりの熱量の閃光が、地上へと届き────基地を、中にいた人間達ごと焼き尽くした。彼等は悲鳴を上げる暇もなく、基地の床や天井と同じく、熱により溶かし消された。
まるで神の裁きのように、熱で消し去られた一部の基地。そこから光の輪を背中に広げたヴァルサキスが、浮遊して現れた。地上に降り立ち、熱で溶かされた周囲を見渡したミハイルは両手で頭部を覆う。絶望するように顔に手を伸ばしたミハイル、彼は─────嗤っていた。
【は、はは────ハハハ】
狂ったように、機神は笑い出した。
【ハハハハハハッ!ハハハハハハハハハ!ハーーーッ、ハハハハハハハハッ!!!】
その地獄を前に、心を剥き出しにした機械の神は狂喜にうちひしがれていた。自身の頭部ユニットを手で覆い、ミハイルは嗤いながら言葉を発する。
【殺した!殺した!あいつらを、皆殺した奴等を!何人も、私が殺した!殺したんだ!ようやく、ようやく殺せた!どれだけ願ったか!どれだけ望んだことか!】
殺戮に酔いしれる、高揚を隠さないヴァルサキス。しかしミハイルの心は落ち着き始め、冷静になりかけていた。それに従うように、いや、と自身の昂る感情を鎮める。
【まだ、終わらない。むしろ、始まったばかりだ。私は、皆の犠牲を無駄にしない────私はカミになる、皆の為に。望まれた通りに】
人類に都合の良い機神になるためだけに殺された仲間達を想うミハイル。彼の心に、最早正気はなかった。暗き闇の中で眠り続けた彼は、純粋な憎悪と怨嗟の為だけにこの日を待っていた。
そして、目覚めたカミは宣言する。
【その為にも、多くの命を裁こう────新たなる機神の手で】
より多くの命を奪うため、家族を無慈悲に殺したことへの復讐を果たすため、機神は己の武装で、周囲を蹂躙し始めた。
◇◆◇
「───馬鹿な、こんな馬鹿な!」
ヴァルサキス、ミハイルの暴走に大きく戸惑う将軍。辺り一帯の破壊を繰り返す機神を止めようと、将軍は必死に制御プログラムを起動する。
作用しているプログラムにより、ヴァルサキスを停止させようとする。しかし機能しているはずのプログラムはコンピューター越しに起動させた直後に、失敗に終わる。どれだけ続けようとも、制御プロトコルはヴァルサキスの行動を制御することはなかった。
「何故だ………何故だ!?何故、プログラムが通じない!?ミハイルが、プログラムを中和しているとでもいうのか!?」
全くヴァルサキスが止まらないことに混乱しながら叫ぶ将軍。そんな彼の疑問は、部屋の中に響き渡るだけで答える者はいない。……………はずだった。
『─────いや、最初から制御するためのプログラムではないさ。将軍』
「っ!?なに!?」
コンピューターを動かそうと必死だった将軍がその声に振り返る。入り口の扉を塞ぐように、マスクを半壊させたプロフェッサーが立っていた。平然とした姿勢に苛立ちを覚えた将軍に、プロフェッサーは嘲笑に近い笑みを含んだ言葉を投げ掛ける。
『全く、滑稽だ。私の言葉を信じて制御プログラムが機能するなんて期待しているとは。口や態度の割には、随分と私の事を信用していたなぁ。もう少し貴様が私の事を疑っていれば、すぐにでも奴等がヴァルサキスの元に迅速に辿り着いたことで気付けたろうに』
「な、なに………?」
『まだ分からないのか────裏切り者、アナグラムに手引きしたのは私だと言ってる』
それでようやく、将軍は目の前の男が敵であることを完全に理解した。腰元のホルスターから拳銃にゆっくりと手を掛けながら、将軍は震えた声で詰問する。
「馬鹿な………!貴様、何故そんなことを!?」
『何故?それが取引だったからね。私は国連に、「皇」に管理されていてね。いつでも処分できるように、首輪が付けられている面倒な状態だった。指示通りに動けば、首輪を外して貰えるのでな─────当初の目的通り、ヴァルサキスの暴走は引き起こした。これで私は晴れて自由の身だ』
「暴走を、引き起こした………っ!?貴様、貴様ァ!!」
自分達が騙され、利用された。その事実に激昂した将軍が腰から抜いた拳銃を、プロフェッサーに突き付けた。しかし引き金に掛けた指が力を入れるその瞬間、
パン!パン! と、軽い音が響く。
将軍の持っていた拳銃が火を吹いた、のではない。プロフェッサーが片手から取り出した拳銃が撃たれたのだ。胸元と腹を撃ち抜かれた将軍は、傷を手で押さえようとする。
口から溢れる血を、将軍はその場に吐き出した。
「ごっ、ぼ………ッ」
『君は前から、立場の事を案じていたな。これでもう心配はなくなった。死んでしまえば、計画失敗の責任に苦しむことはない。ま、死んだ後に擦り付けられるかもしれんがね』
「き………さ、ま…………」
『ヴァルサキスは当分は止まらない。恐らく国連が動く頃にはロシア全土の人間を半分は殺し尽くしているだろう。私が造り上げた兵器のデモンストレーションには充分だ』
僅かに呻いた将軍は、力なく崩れ落ちた。僅かに出来た血の池に転がる死体を見ながら、小馬鹿にするように吐き捨てる。
『さらば、将軍。前々から怒りっぽい君の相手は面倒だった。…………ああ、そうだ。やっと自由になれるんだ。「コレ」はもう要らないな、壊れてるし』
そう言いながら、プロフェッサーは破損したマスクを外し、その場に投げ捨てた。部品を散らした金属の塊を無視し、プロフェッサーは自身の喉を手を当てる。
ンン、と声の調子を確かめたプロフェッサー。彼は大型モニターを見つめる。地上に現れた巨大な影、ヴァルサキスの降臨に、喜びを伴った歪んだ笑みを自身の顔に刻む。
「─────見ていろ、八神。私は、貴様を越える。これはその為の始まりだ」
◇◆◇
「アレが、ヴァルサキス………!」
茫然と、一夏は目の前の地獄に立ち尽くす。燃え盛る基地、人々の悲鳴と絶叫、その地獄に君臨した巨大な機体の影。背中に大きな光輪を展開したその機体の名を看破できたのは、それしか無いと思ったからだろう。
『急いで避難してください、織斑一夏』
通信が響く。
アナグラムの頭領であるリセリアの声が、一夏に向けられる。
『アレは最早、止まらない。周りの人間を分別なく殺し尽くすでしょう。それが、ヴァルサキス・ミハイルというモノの変成した果てですから』
「何、言ってんだよ。変成とか、訳が───」
直後だった。
何処かを見据えていたヴァルサキスが片腕に連結させた巨大なレーザー砲を持ち上げ、収束させた閃光を解き放った。強烈な光を凝縮させた一撃は基地の向こうにある街へと飛来し─────爆発を引き起こした。
「……………ッ」
絶句する。あの街は大勢の人が生活していたはずだ。それなのに、ヴァルサキスはあの場所を狙って攻撃した。アレだけの攻撃を打ち込んで、どれだけの被害が出ているか。
それなのに、ヴァルサキスは良心の呵責すら無さそうだった。無言で動くヴァルサキスは周囲の悲鳴や声に反応し、逃げ惑う研究員達にまで、徹底的な攻撃を与え、始末していく。
その光景に、激しい困惑が───それ以上の怒りが、沸き上がった。
「こんなの────ただの虐殺だろッ」
楽しむように、狂ったように暴れ回るヴァルサキスを止めるべきだと、一夏は噛み締める。ISを展開して飛び掛かろうとはしなかったのは、彼があることに気付いたからだ。
「っ!?シエル!?何処に────」
視線の先の建物の向こうに走り去るシエルの姿が見えた。その横顔は必死に、ただ暴れ狂うヴァルサキスを心配そうに見つめていた。
◇◆◇
【────ハハハハハハハハハハッ!!】
近くの建物を踏み潰し、展開したビームソードで辺りを切り裂く。何人か逃げ出した軍人や研究員がビームに巻き込まれ、蒸発するように焼き消える。
そんな断末魔を耳にしても、ヴァルサキス・ミハイルは止まらない。それどころかは狂笑を深め、全てを破壊しようとしていた。
そうして動くヴァルサキスの背中に────
「───止めてッ!ミハイル!」
泣きそうな少女の声が投げ掛けられた。その声にヴァルサキスは、その中に組み込まれていたミハイルが停止する。自身の名を呼ぶ声への戸惑い、そして────その声が誰のものか気付いた驚きである。ゆっくりと動きを止め、頭部ユニットのラインが彼女の姿を捉えた。
【…………………シエル、生きてたのか】
「ミハイル……」
安堵するような一声。機械には感じられない落ち着いた声に、シエルはミハイル本人だと確信した。かつて共に過ごした仲間が無事であることに心が安らいだシエルだが、それでもまだ不安が残っていた。
「────ミハイル、もう止めよう?」
【止める?何を?】
「こんなこと、だよ!皆を、無関係な人達を殺すなんて間違ってる!私達のように、他の人を理不尽な目に合わせないで!」
両手を広げ、ヴァルサキスの前に立ったシエルはそう叫ぶ。ヴァルサキス、ミハイルは黙って聞いていた。頷くように首を動かしたヴァルサキスの腕が、シエルにソッと近付く。
瞬間、シエルの体が動かなくなった。
「っ!!?」
【シエル───君の思いは、理解している】
上から何らかの力で抑止されているように、シエルはISすら展開できずに悶える。そんな彼女を、ヴァルサキスの両手が包み込む。
【ああ、分かってる。私のしていることは、間違っている。皆は、こんなことをしても喜ぶとは思えない。私自身が、よく分かっている】
「ぅ────ミ、ハイ………ル」
【でも、止められないんだ。皆の顔が、同じに見える。シエルが、私達から全てを奪った奴等と同じ顔に。同じ姿に見えるんだ。奴等への憎悪が、怨嗟が────私じゃあ、止められない】
プロフェッサーは嘘をついていた。
制御プログラムとしてヴァルサキス・ミハイルに投与されたプログラムは、ヴァルサキスの暴走を抑制し、都合よく操るためのものではない。むしろ隠された機能はその真逆。
増幅プログラム。
特定の感情を増やすことで精神を安定させる一種の薬品を基に、ある感情を倍増させることを機能としたナノマシンである。感情を会得した人工知能 ミハイルの精神を増幅させた悪感情、殺意と憎悪で塗り潰すことを目的としたものだった。
外側からの制御で機体を操るよりも、人為的に感情を増幅させ暴走をさせる。万が一の可能性、制御を取り返され、ミハイルを無事に助け出されることを望まない───悪意しかない策謀であった。
【頼む、逃げてくれ。シエル───私は、このままじゃ、本当に可笑しくなる…………他の人を殺したのに、心が満たされるどころか、殺意が、消えない────もう、殺したく、殺────こ、ろ、ココココココ、ロロロロロロロロrrrrrrrrrrrrr────】
悶え苦しむような咆哮が、辺り一帯に響き渡った。増幅プログラムにより呼応した悪感情に精神が蝕まれたのか。或いは、正気を奪う仕組みが施されていたのか。頭を抱えていたヴァルサキスが突然停止した。機体の全体に広がる光のラインが消え、全く別の赤色へと染まる。
【殺ス、殺、ス。───敵ヲ、人間を殺す】
意識が乗っ取られたように、ミハイルがうわ言のように繰り返す。実際に、支配されたのだろう。増幅された憎悪と殺意に。ゆっくりと再起動したヴァルサキスは目の前の生命を駆逐せんと武装を展開し────目の前にいたシエルを、敵として認識した。
「ッ!クローム!」
自らのIS クローム・オスキュラスを展開したシエルが、後ろへ飛んだ。ビームを打ち込んだりする翼を大きく広げて回避する彼女に、ヴァルサキスは迷うことなく片腕に連結させた光学粒子レーザー砲を撃っていく。
威力は殺されておらず、大型の兵器を破壊するためのレーザーは着弾と同時に、凄まじい火力で爆発する。溶けるように熱で融解した地面を見ながら、シエルは攻撃を受けることを恐れ、ステルスを発動させようとした。
だが、ヴァルサキスが背中に浮かぶ光輪を輝かせた瞬間、シエルの肉体を再び謎の圧力が襲う。
「────ッ!またさっきと、同じ!?」
動けなくなったシエルに、ヴァルサキスが光学粒子レーザー砲の照準を固定する。熱を伴った光が収束し、閃光として煌めく瞬間─────遠くから放たれたオレンジ色の光が、ヴァルサキスの銃身を貫通した。
【邪魔、を───】
ヴァルサキスが忌々しいとばかりに視線を向け、攻撃のした方に振り向く。此方へと突撃してくる白い光───織斑一夏の白式が、ヴァルサキスの眼に収まった。
「はぁあああああ────ッ!」
無駄な真似を、と悪意に支配されたミハイルが言葉を含む。いくらISであろうと、ヴァルサキスは最強天体衛星兵器。そう簡単に、敵一機に倒されるようなものではない。嘲笑と共に攻撃を受け止めようとしたミハイルは一夏の白式のデータをネットから引き出し─────舌打ちと共に、その場から飛び退いた。
「…………え?」
零落白夜を発動させた雪片の一撃を躱された一夏は、ヴァルサキスの異様な動きに違和感を覚えた。まるで攻撃を受けることを忌避したような反応は、見覚えしかない。まるで、同じISを相手しているような─────。
そう違和感の根本を知ろうとしていた一夏は頭を振るう。そしてすぐに、近くで倒れたシエルに駆け寄った。
「シエル!大丈夫か!?」
「………はい、私は何ともありません。けど」
曇った表情で呟く少女が何を言わんとしているか、一夏は分かっていた。近くで体勢を整えるヴァルサキスへ警戒と共に雪片弐型を構えた一夏に、シエルが必死な様子で叫ぶ。
「ま、待って……ッ!ミハイルは、ミハイルは無理矢理暴走させられてる!感情を、殺意を増幅させられてるって!」
「無理矢理、暴走………?────まさか」
一夏の脳裏に、プロフェッサーの姿が浮かび上がる。恐らくは、奴が仕組んだことに違いない。ヴァルサキスを自分の意思で暴走させることで、自分達に責任はないとでもいうつもりだろうか。
疑いすぎだ、と言われればそれまでかもしれない。だが一夏は、あの男ならやるという確信があった。シエルをなぶるように苦しめ、モルモットとして殺した子供達を嘲り笑ったあの男ならば、と。
「………一夏さん。我が儘だとは分かってます。けど、どうかお願いします。ミハイルを────」
「────当たり前だろ。約束したからな、必ず助けるって」
ニカッと笑いかけ、既にISを展開できないシエルに安心させるように言う。僅かな見惚れた少女の前に立ち、一夏は雪片を握り直す。光刃を構えた一夏に、目の前の機神が容赦なく禍々しい殺気を放つ。殺すという気迫だけを凝縮させた威圧感に冷や汗を感じながらも、織斑一夏はヴァルサキスを見据え、呼吸を整える。
ISを纏う青年と、圧倒的な巨体が動いたのは───ほぼ同時であった。