「────シエル!大丈夫か!?」
地下空間に落ちていったヴァルサキスに巻き込まれたシエル。彼女を探すために飛び出した一夏。深い奥底に飛翔していた一夏は、地下の最奥で崩れた巨大な機体があった。
完全に残骸となりかけたヴァルサキスの頭部の近くで、シエルは寄り添っていた。頭部の外装を失った内部に組み込まれていた、ミハイルを一夏は目にした。
────縦長のガラスのカプセル。培養液に満たされた半透明の液体の中で浮かぶ機械の塊。複数のケーブルと連結した凸凹の球体が鼓動するように光っている。それこそが、ミハイルという人工知能の姿であった。
【────あ、ア────し、エル】
「………ミハイル?ミハイル!聞こえてるなら返事を───」
【良かった────君が、無事、で───】
ミハイルを内包するガラスにヒビが入り、カプセルは破損していた。シエルの攻撃を受けたミハイルは、感情を増幅させるプログラムの効果から離脱した。だが、それはミハイルを破壊したからこそである。
彼女の一撃を受けたミハイルは、もう停止する直前であった。それなのに、彼はシエルの身を案じ、心から安らかな声で安堵していた。
「ごめんなさいっ、ミハイル!私の、私が貴方を………ッ!助けるって決めたのに、私は何も────!」
【いい、や───もう、良いんだ。私は、救われた。君が、生きてくれただけで………私達に、未練は───無いんだ】
「…………何も出来てない!私は、貴方に対して何一つ出来なかった!私の願いは、皆の願いを叶えることだったのに!」
【皆の、願い───それなら、私が───知ってる】
ポロポロと、涙を流しながら後悔を口にするシエルに、ミハイルは穏やかな声で宥めている。人工知能とは、AIとは思えないほど感情の込められた声音で、ミハイルは共に育った家族への言葉を紡ぐ。
目的を失った彼女が、失意のままに未来を投げ出さないためにも。仲間達も自分と同じ選択をすると、噛み締めながら。
【生きて、幸せに────シエル、それが………私達、皆の総意─────】
「…………ミハ、イル」
少女はそれ以上言葉に出来ず、ただ泣き崩れるしかなかった。肉体を持たぬミハイルは、それを目の前で見届けることしか出来ない。何より、これが最後の光景であることに、最後まで家族を悲しませてしまう自分への憤りを覚えても、後少しで全て無意味と化してしまう。
体を動かすことも出来ず、機械的な死が近付くミハイルは、近くに降り立った一夏へと視線を移す。何も出来ず、悲痛そうな顔の一夏に、ミハイルは問いかけた。
【あと、そこの───人…………名前、は?】
「…………織斑、一夏」
【織斑一夏、さん────皆に、地上にいる人達に、伝えてください…………それ、と───貴方への、言葉を】
それは、同じ人間ではない。血や命を通ってない、機械の塊が目の前の存在である。だが、一夏はミハイルをただの人工知能と一緒には見えなかった。
点滅する光が強まる。途絶えていく命の輝きを示すように、球体が火花を放つ。壊れかけた自身を必死に保ちながら、ミハイルは言葉を紡ぐ。
最後に、彼はこう言った。
【私を、止めてくれて────
その言葉は、最後まで言い終えた人工知能が、停止した。命の灯火が消えたように、球体に内包されたエネルギーが空気に溶けていく。満足そうに、ミハイルは死を迎えた。
人為的に暴走させられた機神、その命として利用され続けたヴァルサキス・ミハイル。天使の名前を与えられ、多くの悪意に踊らされ傀儡の兵器として弄ばれた彼は、最後の最後に生き残った箱庭の家族と出会い、憎悪と怨嗟から解き放たれた。
数分が、数秒しか経っていないか、二人には分からなかった。ただ命の途絶えた人工知能の亡骸を前にする一夏は、小さな声で呟く。
現実を、己の無力さを深く刻むように。
「………助けられなかった」
「…………」
「俺は、結局助けられなかった。約束したのに、親友を助け出すって、覚悟してたのに…………何一つ、救えなかった」
「────大丈夫、救えました」
シエルは、涙を拭い、告げた。
沈黙した人工知能の亡骸を優しく撫でた彼女は、穏やかな笑顔を浮かべる。先に逝かれた親友に、家族を心配させないように、敢えて気丈に振る舞う。
「ミハイルは、世界を憎むことなく、逝けました。それだけでも、彼は救われたんです。私じゃなく、皆さんが救ってくれたからです」
「…………、」
「ありがとうございます。一夏さん、私は───親友を、救うことが出来ました。助けられなかったですけれど、彼の、皆の願いを聞き届けれて、私は満足です」
そんな風に頭を下げるシエルに、一夏は言葉を掛けようとした。彼が口を開き、彼女の心を気に掛けたことを言おうとする。
「─────人造の機神。あくまでも人造、所詮は人の手で倒れされる存在か。想定通りとはいえ、ここまで上手くいく事への感慨が何一つ無いのは多少思うことがある」
だが、それを遮るように、声が響いた。先程まで存在していなかった、男の声が。
突然現れた気配に、一夏とシエルが振り返る。地下空間、天井からの崩落で周囲は暗闇に染まっており、深淵であるかのような闇が広がっていた。人がいようも、ずっといることなど出来るはずもない暗黒である。
その向こうから、誰かが踏み入ってきた。中世の貴族のように、派手で豪華な毛皮のコートの中に、黒い装束をまとう男性。人形のように精巧な顔立ちであるが、一夏の意識はそこに向いてはいない。
その男が持っている杖────地球儀を模したような、中央の天体の周りに交差する複数の輪と、小さなサイズの球体。まるで一つの天体を示しているようなその杖に、一夏の思考は支配されていた。
「…………なんだ、あれ」
ISのハイパセンサーが、その男と杖を補足していた。しかしその瞬間、悲鳴のようなアラートが連鎖した。エラー、その単語を繰り返し、ISそのものが警報を発する。こんなことは何一つなかった、今までにないことだ。
何より、一夏本人もどうしようもない恐怖に囚われている。あの男から放たれる異様な感覚────同じ人間を相手にしているとは思えない。生物の本能的に、目の前の男を人間と認識できなかった。
そんな一夏と、同じように立ち尽くすシエルを見た男は、つまらなさそうに一息漏らした。ヴァルサキスの残骸へと歩き出す男に、二人はその目的を理解する。
「─────ッ」
だからこそ、止めるしかなかった。異物への恐怖心に堪えながら、一夏とシエルは男の歩みを遮るように身構える。少量のエネルギーしかないISを展開しながらも、男を止めようとする。
それを前にした男は、鬱陶しそうに顔をしかめた。片手に握っていた杖を突き出しながら、告げる。
「────邪魔だ」
瞬間、杖の先の天体が動いた。まるで宇宙の一部の時間を進めたかのように、天体と輪が一気に加速する。ピタリと静止した、この一連の動きは数秒以内であった。
一夏達がそれを知覚することはない。その代わり、彼等が認識したのは、杖から周囲に放たれるプラズマと青白い粒子。浸透するような波動が二人を通過した途端、明らかな変化が生じた。
刹那、二人の動きが停止する。空間に貼り付けられたように動けなくなる一夏とシエルだが、先程の重力とは違い、IS自体が機能を停止させていた。
「っ!?あ、ISが………ッ!」
「『白式』! おい!? どうして動かないんだ!?」
「────大人しくしていろ。お前達に用も興味もない」
一ミリも動けない二人の横を通り抜ける男。悠然と歩く男を睨み、一夏は叫ぶしか出来なかった。
「お前っ!一体、なんなんだ!?」
「ハイルゥ」
男はどうでも良さそうに、一夏に視線すら向けずに、退屈そうに答えた。
「『
当然の摂理だと言うように、ハイルゥは平然とのたまう。既に興味を失くしたのか、行動不能と化した一夏とシエルから離れたハイルゥ。歩いていく彼はヴァルサキスの残骸に足を置き、頭部の方に近寄る。
「長かったな、ヴァルサキス・ミハイル」
機能停止した人工知能を見下ろし、ハイルゥは言う。侮蔑に近い感情を向け、ミハイルだったモノを見下ろす。
「五年、この日の為に多くの資源と人材を消耗してきた。途中、不確定要素が絡んできたが、我が皇の思惑通りにこのプランは成就した」
杖を掴む左手とは反対の右手を握る。バキバキと右手の内側で何かが蠢いたと思えば、肌の露出した右腕に無数の機械的な紋様が浮かび上がった。
「全ては────このときの為」
そして、右腕をヴァルサキスの頭部────組み込まれたカプセルへと突き立てた。直後に青いプラズマが、辺り一帯に連鎖する。呼応するように、ヴァルサキスの機体が揺れる。その中心でハイルゥは右腕を深く伸ばし、奥にあるモノを掴み、強引に引き剥がした。
ブチブチッ!と、連結していたケーブルが千切れる。電気を帯びた右腕を戻したハイルゥは、手の中に収まっていたものを見つめ、したり顔で笑う。
カプセルの中で浮かんでいた人工知能のコア。ミハイルという存在の眠っていた球体を。
「漸く手に入れたぞ、人工知能の発展形。我々が求めた人造の精神体。ISコアにも類する、心を有したAIの
培液に濡れた球体を掴むハイルゥに、一夏は唖然とし、シエルは真っ青になった。相手の目的がミハイルであったと気付いた一夏は動けない状態であることを理解しながらも、ハイルゥへ怒鳴る。
「ふざけんな!てめぇ!ミハイルから手を離せ!」
「離す訳いかないだろう。数多の資源を尽くした最高傑作だ。これを放棄することは、大国一つを手放すに等しい」
「…………何だって?」
「本当に何も知らないのか。無知も罪だが、今の俺は寛大だ。丁寧に説明してやろう」
身動きも出来ない一夏達を脅威とすら見てないのか、何処か機嫌の良さそうなハイルゥは鼻で笑いながら、口を開き、話し始めた。
「心を有した人工知能、それは人間には、今の人類には造り出せぬ偉業だ。心というものを、人間は造り出すことは出来ない。何千年の進化を遂げてきた人類にとっても、未だ成し得ない課題が、それだ」
ハイルゥの話を聞き、一夏は思い出した。少し前に聞いた、最低な男の自慢話の最初の言葉を。
『人工知能は人間とは違う。人間でなければ選別できない所を、機械は補えない。ただ特定された目標を的確に消すのではなく、少ない犠牲で戦いを終了させる。作り立ての人工知能では、それが厳しかった。なんせ機械にはなく、人間に存在する心がないのだから』
「だが、例外もある。感情を持ち合わせた人工知能を造り出せたのは、八神宗二に、篠ノ之束や蒼青龍夜の三人だけ。人類の技術を束ねても、あの三人が作った創造物に匹敵するものは現れなかった」
「龍夜が………?でも、龍夜が何を─────あ」
そこで一夏は、彼が心を許す電脳に生きる妖精の少女を思い出した。龍夜は言っていた。彼女は自分で学習し、進化する人工知能だと。当初は気にしていなかったが、彼女は心から笑い、心から生活を楽しんでいた。今思えば、彼女は心を有して生きている。そんな彼女を造ったのは、蒼青龍夜であることも。
「だからこそ、人類の技術を結集させ、その原型となるモノを造り出した。十年、計画されてから実現まで多くを消費してきたこの計画は成就し、新たに生み出された人工知能、ミハイルに感情を育ませた。─────そして、お前達がコレを殺したことで、心を有した人工知能は完成したのだ」
「……………貴方は、知っていたんですか。その為に、ミハイルを、皆を死なせたことを………」
「らしいな、報告で聞いてはいる。それを許可したのも、俺達だ」
先を見据えた話をするハイルゥに、シエルが震えた声で問う。煮え滾る激情を心に宿す少女は、目の前の存在に聞きたいことがあったのだ。
「貴方は…………貴方達は、私達を、皆の命を………何だと思って─────」
「────悪いが、メモリーにインプットされた有象無象を一々数えるつもりはない。犠牲は犠牲、所詮過去のものだ。俺が一々頭を回すような事例ではないな」
「あ、ああああああああああ──────ッ!!」
頭に指先を当て、トントンと叩くハイルゥの嘲笑。それを受けたシエルは、仲間の、家族の死を吐き捨てられた少女の感情が爆発した。激昂したように叫ぶシエルの拘束が解ける。ISを待機状態へと戻した彼女は走り出し、その身に再びIS『クローム・オスキュラス』を展開する。
両腕から放つビームクローが、ハイルゥへと伸びる。元凶の一人、大切な家族を侮辱した相手を殺すと、シエルは純粋な殺意に従い突撃する。
だが、ハイルゥは嘆息するだけだった。片手に握っていた球体を上へと投げる。ピタリと、宙に浮いた球体にシエルの視線が逸れた。その瞬間であった。
いつの間にか距離を縮めたハイルゥが、シエルの首を掴む。彼女すら気付けない速度で接近し、彼女を片手で持ち上げたのだった。
「─────うあっ!?」
「絶対防御、ISが最強の兵器たる所以はその力にもある。命に関わる事態や、攻撃を防ぐそのシールドだが────殺さなければ、やりようはある」
片手で首を締め上げるハイルゥ。抵抗しようと片腕を掴み返すシエルだが、尋常ではない力が込められているらしく、首を圧迫する力が緩まない。
呼吸が困難になりかける彼女に、ハイルゥは一気に締め上げて意識を削り取ろうとする。余裕そうに嘲笑う男の顔を見た一夏は奥歯を噛み締め、全力で止めようと全身に力を入れて吼える。
「────止めろぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
その叫びが、何かに届いたのか。
一夏のIS、白式が突然機能を取り戻す。原因不明の停止効果を受けていた白式が戻ったことに安堵する間も無く、一夏は雪片弐型を振りかざし、瞬時加速で一気に飛んだ。
驚きを隠せない様子で振り返ったハイルゥの腕に目掛けて、刃を振り下ろす。喉を締め上げられたシエルを助けようと、形振り構わない一撃が、放れた。
しかし、その斬撃がハイルゥに届くことはなかった。彼の腕に刃が触れようとした瞬間、突如ハイルゥを包むバリアが弾き返したのだ。
「─────え!?」
「な、ん…………ッ」
自身の攻撃を防がれた一夏も、ハイルゥも驚愕を隠せずにいた。その場に転がった一夏は立ち上がり、今目にした光景を疑った。
今のバリアは、見覚えがあった。だが、有り得ないという感情が溢れてくる。何故なら、アレは───ISしか発動できない能力の一つと類似している、どころか、同一のものであるから。
信じられないという様子で、一夏は呟きを漏らした。
「…………今のは、絶対防御?」
一方で、ハイルゥもブツブツと何かを呟いている。既にシエルから手を離し、彼女に意識すら向けていない。彼の思考は一夏と、先程の現象に向けられていた。
「………馬鹿な、ただのISが、皇の神杖の支配から抜け出しただと?有り得ん、有り得るはずがない。ISであろうとも、兵器なのは変わらん。出来るとすれば、限られたコアしか────いや、まさか……………そうか」
自己完結したハイルゥは、ある結論に至る。そして無感情に満ちた傲慢さが消えたと思えば、片手で顔を多い、込み上げる歓喜を抑え込もうとしたが、感情が一気に暴発した。
「そうか、そういうことか────そこにいたのか!『白騎士』ッ!」
興奮を隠すことなく、満ち足りた声で叫ぶハイルゥ。突然指を突き立てられる理由も、何故『白騎士』と呼ぶのかは分からず、一夏は戸惑うしかない。
何故、自分のISをその名前で呼ぶのか。始まりのISであり、ISが普及することになった第三次世界大戦を終わらせた英雄の機体の名称を。
「…………予定変更だ。あのコアだけで十分だったが、思わぬ収穫だ。見過ごす通りはない」
「何を、言って─────」
「お前のIS、白式のコアを戴こう。抵抗はするなよ、お前の殺してでも奪えるんだ」
右腕を持ち上げるハイルゥ。カチカチと、ミハイルの時のような紋様が浮かび上がらせ、忠臣は一夏の方へと歩み寄る。何とか抵抗しようと身構えようとする一夏だが、ISのエネルギーが既に限界しか無いことに気付く。
雪片弐型を握り締めた腕を、ハイルゥが踏みつける。思わず見上げた一夏の視線の先で、プラズマを帯びた腕が向けられる。その掌が近付き、一夏のISに触れようとした────
その時、黒き闇が合間に生じた。
ザンッ! と、空気を切り裂く音が一夏の鼓膜に届く。視線の先で、ひび割れた空間から伸びた黒剣が斬撃の軌跡を描き、焦った様子のハイルゥが仰け反っていた。
その上に、彼の右腕が浮いている。不意に放たれた剣を避けられず、切り裂かれたのだろう。自身の腕を切断されたハイルゥは苦痛に呻く様子すらなく、目の前の暗闇を見据えた。
空間の割れ目、亜空間から姿を見せる全身漆黒の鎧。青紫の光宿す仮面を眼にした瞬間、ハイルゥは眼の色を変えた。ガギリ、と奥歯を噛み砕き、マントを翻した漆黒の剣士を睨み、叫ぶ。
「貴様か────『
ハイルゥの前に────と言うよりも、一夏を庇うように立つ黒い鎧の剣士、正体不明のIS『魔剣士』。彼は後ろにいる一夏を気に掛ける様子もなく、目の前の敵への警戒を緩めない。
対して、ハイルゥは切断された右腕の断面を抑えながら、忌々しいというような声を吐き出し続けた。
「『白騎士』を越えるために造られた『黒騎士』!全てのISのマスターキーにして、八神博士の造り出した番外のIS!究極のISを独占し、我が皇と世界に反する裏切り者!」
『────勘違いするな。これは八神博士が開発した、未来への希望だ。決して、お前達の所有物ではない』
「それこそ勘違いだ!未来への希望というなら、それをより良く活かせるのは我等だ!決して貴様のような個人が、降るっていい力ではないのだ!それはッ!!」
『…………博士の倉庫を暴き、技術を独占した貴様らが言えたことか』
二人とも、互いへの敵意に臆することはない。冷徹に敵を見据え、何時でも殺し合うように身構える二人であったが、動いたのはハイルゥの方であった。
密かに顔をしかめる。舌打ちを吐き捨てた彼は、忌々しそうに目の前の敵を、『魔剣士』を睨みながら告げた。
「────運がいいな。皇からの指示で貴様を見逃すことにした。今は大人しく、アレだけで我慢してやる」
『見逃したのは私でなく、一夏の方だろう。彼を害するなと、自分達の皇から命令されたようだな』
「………図に乗るなよ、裏切り者。貴様を見逃す訳ではない。次会った場合、今までの行いの清算をして貰うぞ」
『私が罪を償うのは、お前達に向けてではない』
フン、と顔を歪めたハイルゥが右腕を持ち上げる。ピクリ、と動いた切断された右腕が操作されるように動き、ハイルゥの腕へと飛んでいく。そして断面に合わさり、綺麗に繋がった。
杖を地面に叩き、ハイルゥの姿が消失する。粒子となって消えるハイルゥは、最後の最後まで『魔剣士』を睨み続けていた。
魔剣士、モザイカが剣を静かに下ろす。力を抜いたように一息つき、その場から離れようとする黒い剣士を、一夏は呼び止めた。
「…………アンタ、前に俺や箒を助けてくれただろ」
『───』
「ありがとうって言いたいんだけど、どうして俺を助けたんだ。今回も助けたってことは、偶然じゃないんだろ」
それだけ聞いても、黒い剣士は答えない。無言を貫き通す様子に、一夏は不満すら覚えなかった。それどころか、その背中に心残りがある。どうしようもない安心感と、かつての懐かしさに───────
「────シエル!一夏!無事か!」
「龍夜!どうしてここに!?」
「落ちていったお前達を助けに来たんだ。見れば分かるだろ。それより、これはどういう状況──────」
飛翔する龍夜が周りを見渡した瞬間、動きを止める。彼の眼がモザイカへと向いた直後に言葉が途絶えた。立ち尽くす龍夜に疑問を覚えた一夏が声をかけようとした、その時。
龍夜が瞬時加速を越える速度で、魔剣士に斬りかかった。全力と殺意を振り撒く一撃を、いち早く気付いた『魔剣士』が魔剣で防ぐ。
「────龍夜ッ!?」
金属と金属が衝突し、火花が飛び散る。周囲にエネルギーの波動が放たれる最中、一夏は突然攻撃を行った龍夜の顔を見てしまった。
憎悪に染まった瞳を向け、龍夜は激しい怒りに呑まれていた。それが、かつての時のような、家族の話をされた時と、黒いISの存在を聞いた時の反応と同じであることを思い出した一夏は、ある可能性を予感させる。
「………お前に、聞きたいことがある」
『─────何を知りたい』
「お前は、俺の両親の死に関係しているか」
もし返答を違えば容赦しないと、光刃に込める力が増す。龍夜の顔を思わず見返したモザイカは、消え入るような小さな声で呟いた。
『関係はしている………だが、私は殺した側ではない。彼等を救えなかった、助けるのが間に合わなかった』
「…………次の質問だ」
それが本題だというように、龍夜は低い声で続けた。
「────『魔王』について知っていることを話せ」
その事を聞いた瞬間、モザイカは言葉に詰まった様子であった。僅かに沈黙した後に、彼は龍夜に言葉を投げ掛ける。まるで諭すように、龍夜を止めようとしていた。
『両親の仇を討つ気なら、止めるんだ。奴は、安易に触れていい存在ではない』
「…………れ」
『アレは、私が倒すべき敵だ。君は駄目だ、奴を追ってはいけない。君の行動は全て計算されている。奴は、君が復讐をすることを最初から理解して───』
「黙れ!黙れ黙れ黙れ!お前に、お前に何が分かるッ!!お前は魔王について知っていることを話せばいい!さもないとお前を────」
激昂し、怒鳴り叫ぶ龍夜がモザイカへと詰め寄る。今にでも手に握る刃で切り裂こうとする勢いの彼に、モザイカは何も言わない。龍夜が気付いた時には、モザイカは亜空間へと身を投げていた。
慌てた龍夜が魔剣士を掴もうとするが、亜空間はモザイカを包んだ瞬間に閉じた。掴むことなく空振った手を見つめていた龍夜は─────獣のような咆哮を轟かせて、近くにあった残骸を剣で斬りつけた。
「クソッ!クソ!クソ!クソ!クソォ!!」
「龍夜!?おい!」
「後少しで!奴に近付けたと思ったのに!奴を、見つけ出せると─────クソォッ!!」
「龍夜!龍夜!しっかりしろよ!どうしたんだよ!?」
がむしゃらに剣を振るい続ける龍夜を、一夏が呼び止める。慌てて立ち上がった彼が羽交い締めにし、龍夜を押さえ込んだ。その時、一夏の存在を思い出したのか冷静になってきた彼は、直後の自分の暴走を思い出し、その場に膝をついて崩れ落ちた。
「……………龍夜」
「───シエルを連れて来い、俺は事の次第を報告しに行く」
不安そうな一夏の声を無視し、力なく立ち上がった龍夜が飛翔する。先ほどの変わりようを眼にした一夏はその言葉を聞いても心配を拭えずにいたが、彼の言葉に従い、意識を失っていたシエルを抱えて龍夜の後へと着いていった。
◇◆◇
それから数時間、ヴァルサキスの暴走が終わった後、一夏達は医療室にいた。より正確には、アナグラムとの戦いで負傷した三人の見舞いに来ていたのだ。
シルディ・アナグラムに圧倒された三人、鈴もシャルロットもラウラも、意外にも元気だった。三人とも────鈴やシャルロットは一夏に、ラウラは龍夜に色々として貰おうとして騒ぎになったが、割愛させて貰う。
「……………」
一騒ぎから抜け出した一夏は、部屋の隅で腕を組んだまま立っている龍夜を見る。明らかに機嫌が良くなさそうな彼だが、苛立っているというよりも、何かに真剣に考え込んでいるようにも思える。
ラウラやセシリアもその様子に気付いているのか、心配そうではあるが近寄りがたい雰囲気を醸し出す龍夜に声をかけられずにいた。一夏自身、何を言うべきか迷っているので仕方ない。
ヴァルサキスの事件についてはまだ正式には決まっていないらしく、まだ待機状態である。その場にいた千冬の指示を仰ごうと全員が待っている中、千冬がふと何処かに連絡を始めた。
『やぁ、織斑先生。ヴァルサキスの件についてはよくやってくれたね。今はまだ情報統制や確認作業が多いから、少し大人しくしててくれよ』
「理事長、悪いが此方かも動いて欲しいことがある。重要な一件だ」
『いや、ね。今はまだヴァルサキスの件の処理が………分かった。僕が出来ることなら、何でも頼んでくれ』
時雨理事長との連絡をする千冬。内容がよく聞こえないので近寄ろうとすると、千冬が鋭い目付きで威嚇するので、主に一夏を筆頭に何人かが蜘蛛の子を散らすように逃げる。
はぁ、と溜め息を吐き出しながら、千冬は話し始めた。一夏や箒が微かに反応する話題を。
「海里暁を探してくれ。彼から少し、確認したいことがある」
『……………』
プロフェッサーが口にした、一夏と箒の幼馴染みの名前。何故それが出てきたのかは分からない。だが、ずっと悪い予感を感じてならなかった。
その予感が強まるように、時雨は言葉をつまらせる。複雑そうな様子で、理事長は首を横に振った。
『織斑先生、その必要はない………いや、不可能だ。海里暁を、探すことは出来ない』
「………何を言っている。理事長」
『─────ニュースを見てくれ。僕には、説明しようがない』
そう言って、通信が切れた。顔をしかめた千冬はスマホを取り出そうとポケットを探るが、片隅でスマホを出していた龍夜に気付き、目配りをする。
黙ってスマホを開いた龍夜がニュースサイトを見る。僅かに眼を見開いた龍夜は、反応を伺う一同に向かって口を開いた。
「…………今から流すニュースを、見てくれ」
そう言い、龍夜は横にしたスマホの画面に映像を浮かび上がらせる。画面に触れて再生させた瞬間、女性のキャスターの声が大きく響き渡った。
【────臨時ニュースです。数時間前、○○県○○町の駅広場でテロが発生しました。目撃者の情報によると正体不明のISによる攻撃とされていますが、政府の調査が終わり次第判明するとのことです】
ISによる殺傷事件、それを聞いた全員が驚く。声に出さず騒ぎ出さなかったのは、自分達の声でニュースが聞こえなくなると分かっていたからか。
【死者は五百人程、軽重傷者は十三人。病院に移送された十三人の内十人は死亡。後三人は生死不明の重体です。遺体が確認できず行方不明者が一人いますが、捜索は未だ続いており──────失礼しました。只今、追加情報が来ました】
あまりの惨状が画面に映っていた。シートを掛けられた何か。それが犠牲になった人々であることを理解したシャルロットやセシリアが思わず顔を抑えた。他の皆も顔を青ざめたり、険しい顔をしたりと、各々その事実を受け止めている。
だが、そんな彼等に────主に、一夏や箒にとって衝撃的な言葉が、理解したくない事実が流れた。
【速報です。遺体が確認できず行方不明となっていた海里暁さん15歳の死亡が断定されました。繰り返します。唯一の行方不明者であった海里暁さんの死亡が断定されました─────】
「…………………………………は?」