IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第三章 episode2 エクスカリバー
第52話 公国/肉/五


機神事件から五日が経った頃。

夏休みが終わる一週間前になった為、生徒達の殆どが学園に戻ってきており、寮や学園外での生活が賑やかな時期。

 

学園の人間であろうと立ち入りが出来ず、普通であれば存在すら認知できない『虹彩の塔』。その奥にある一部の部屋で、三人の生徒が待機していた。

 

 

 

 

「………………」

 

「…………」

 

「………」

 

 

ソファーの中央でノートに複雑な計算式や数字を羅列していく龍夜。その傍らで落ち着かない様子を誤魔化そうとティーカップの紅茶を飲んだり戻したりを繰り返すセシリア、龍夜に寄り掛かるように寮腕を組んで目を閉じたラウラ。

 

高嶺の花と言っても過言ではない二人の美少女を傍らに、平然とペンで何かを綴る龍夜。本当にコイツ男かと言われても可笑しくないし、ホモと言われても可笑しくない。実際に言われたらスゴい顔で威嚇するであろうが。

 

 

そんな三人は、何も会話がない。一時間も、控え室で待たされているのだから、何より龍夜本人が話を好むような人物でも、空気の悪さを気にする人間でもない。沈黙が続いた空気を破ったのは、突如開け放たれる扉であった。

 

 

 

「よく集まってくれた。早速だが、お前達には着いてきて貰う」

 

 

いつものような淡々とした振る舞いで入ってきた千冬が、三人を見渡しながら言う。了解と言いながら立ち上がろうとした龍夜は肩に寄り添ったラウラに気付き、起こすべきか迷う。

 

いや、千冬からの制裁を受ける前に起こしてやるべきか、と考えた龍夜がラウラの両肩を揺すろうとした瞬間、千冬がそれを呼び止めた。

 

 

「まぁ待て、蒼青。ここまで熟睡したボーデヴィッヒも珍しい。少し特殊な起こし方でもしてやれ」

 

「…………何で俺が」

 

「簡単だ。耳元で囁いてやれ、────とな」

 

 

えー、と龍夜は露骨に面倒そうな顔をする。だが、僅かに興味がある自分もいる。蚊帳の外にされた様子で不満ながら、此方を気にかけたように見るセシリアを尻目に、龍夜は未だ眠ったラウラの耳元に顔を近付ける。

 

普通ならこれだけ近付くことに反応するのが現役軍人であるラウラなのだが、余程眠りに落ちているのだろう。そんなことを気にしながら、龍夜は千冬から言われた言葉を囁いてみた。

 

 

「────」

 

「───ひゃわぁ!?」

 

 

ズトンッ! と、顔を真っ赤に染めたラウラが勢いよく後ろに飛ぶ。ソファーの柔らかい部分に頭が当たったことで彼女は止まるが、それでも息が荒い。

 

耳を触ったラウラは挙動不審に龍夜の顔を見返し、口をパクパクと開閉する。

 

 

「な、なっ!なっ!?む、婿ぉ!?い、今のは一体───」

 

「起きたか、ラウラ。早速だが、織斑先生が着いたから、早く行くぞ」

 

「は?教官が………?いや!そんなことより、さっき私に何を言ったんだ!?何か凄いことを言ったような!?」

 

「…………先生にでも聞いてみたらどうだ?俺は知らん」

 

 

余計なことを話して事態を悪くしたくない、と龍夜は千冬をジト目で見据えた。視線の先でラウラの反応に戸惑ったセシリアが糾弾していたが、千冬はさぁ? と軽く笑うだけであった。自分で提案した癖に忘れてるはずがないだろ、と言いたかったが、我慢するしかない。

 

 

そんな風に騒いでいたのも一瞬、すぐに千冬が話を逸らしたことで、何とか収まった。そのまま彼女に連れられ、龍夜達はある部屋へと着いた。その部屋の名称を見て、セシリアが思わず口に出ていた。

 

 

「応接室………?誰かいらっしゃるんでしょうか?」

 

「まぁな。それと、一応事前に言っておく」

 

 

扉の前に立った千冬が歩みを止め、厳しい態度で言う。

 

 

「この部屋にいらっしゃるのは、王族の方だ。話が分かる御仁であるが、無礼のないように心掛けろ」

 

 

王族、と聞いて三人は流石に驚きはした。しかし立ち直りは早いのが彼等であり、すぐさま態度を引き締める。これが一夏であれば驚きのあまり対応が遅れていただろう。いや、普通に仕方ないのだが。

 

三人がちゃんとしていることを確認した千冬は満足そうに頷き、扉をノックした。

 

 

「王子殿下、失礼致します」

 

 

 

 

 

「────お待ちしておりました。織斑先生、候補生の皆様。セシリア・オルコットさん、ラウラ・ボーデヴィッヒさん、そして蒼青龍夜さん」

 

 

部屋の中央の座席に腰掛けていた金髪の男性。基本的に優しく、穏やかな顔立ち。それだけでも外国人であることは分かるが、気品さを保った服装は王族の服というものより、身軽さに徹しているものだった。

 

突如立ち上がった彼は、流暢な日本語で話し始めた。

 

 

「自分はクローズ・トワイライト・ルクーゼンブルクです。第五王子(フィフス・プリンス)、『外交』を担当する王子です」

 

 

即座に一礼する千冬と龍夜達。第五王子 クローズはそれを片手で制し、クスリと笑いながら話を続ける。

 

 

所謂(いわゆる)、外交官ですね。私はルクーゼンブルク公国を除く他国との連携や外交を任されております。今回は皆様に用がありまして、織斑先生を通じてお呼びさせていただきました」

 

「………俺達に、用が?」

 

「ええ、詳しく話がしたいですが…………ふぅむ」

 

 

静かに考え始めたクローズ王子が、微かに笑顔を深める。穏やかな表情のまま、龍夜達と千冬に視線を配り、言い出した。

 

 

「ここでは何です。もう少し話しやすい場に移すとしましょう」

 

 

 

◇◆◇

 

 

(食事の場で話すのは分かる。日本のお偉い方もそうだしな)

 

 

だが、と龍夜は思う。周りを見渡し、自分達のいる店を再確認した龍夜は本当に疑問なのか、心の中で呟いた。

 

 

 

(何で─────よりによって焼肉なんだ?)

 

 

IS学園の周囲に繁華がある街や店の一群にあった高級焼肉。普通であれば学生であれど滅多に入ることはない、教師などがたまに使用する程度の頻度の店。しかし、値段の割に質は高く、人が絶えたことこれまでにない。

 

個室に女三人に男二人、一人は教師でもう一人は王子なのだから、凄まじく居づらい空気である。

 

そんな龍夜の顔を見返したクローズ王子が、口を開いた。

 

 

「どうしてここを選んだのか、疑問のようですね」

 

「………いえ、それは」

 

「無理もないでしょう。ですが、ここは個室。防音が処理が施されていることを確認済みです。会食………機密の話をするには、充分でしょう」

 

 

何より、とクローズは机の上に並べられた肉を見る。皿に乗せられた肉をトングで掴み、机の上に繋がった金網の上に並べた。

 

 

「私は、日本の料理が好きでしてね。焼肉は私が一番好む食事なんですよ」

 

「は、はぁ………」

 

「初めて見た時は驚きましたね。生の肉を客自身が焼くという斬新な料理。自分自身で焼き加減を決められるとは思いませんでした」

 

 

金網の上に乗せた肉を裏返し、両面を綺麗に焼いていく。焼けた肉をかき混ぜた卵の入ったお碗へ落とし、慣れた箸使いで肉を口に含む。

 

 

「焼いた肉を卵に絡めて、お米と共に食べる。この食べ方を編み出した人には深い敬意を持っています。正直、日本の企業と連携して、我が国にもお店を用意しようかなと考えてるくらいです」

 

「そ、そこまでですか………?」

 

「ええ、本当に。恥ずかしながら」

 

 

満足そうな顔で頷くクローズ王子。優しい口調の言葉と裏腹に淡々と肉を金網に乗せて焼いていくクローズだが、未だ気を引き締めている三人を見て、困ったように笑いかけた。

 

 

「…………ああ、皆様。どうか気を張らずとも構いません。話の前の食事の場ですので、互いに楽にしましょう」

 

「え、ええっと………ですが、殿下の前では………」

 

「王子殿下の御言葉なら、仕方ありませんね。お前達も、気を楽にしろとのことだ」

 

 

いち早く切り替えた千冬に、セシリアはハッ!?と見返す。そんな千冬の指示を受け、それもそうかと龍夜とラウラも平然とした態度で、肉を焼き始める。

 

マトモなのは、普通に緊張していたのは自分だけか、とセシリアは自問する。しかしどれだけ考えたところで答えは出るどころか、色んな種類の肉が明確に減っていることに気付いた彼女は考えることを止め、大人しく従うことにした。

 

 

 

 

「さて、会食の時間もまだ楽しみたいですが………少し、話をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 

 

それから普通に食事を、焼肉を終えた一同。ある程度食べ終わった頃合いを見計らったクローズ王子が口元をおしぼりで拭きながら、話題を切り出した。

 

 

「本日、私がお三方をお呼びしたのは、他でもない。貴方達には我が国、ルクーゼンブルク公国に来ていただきたいのです」

 

「公国に、ですか?」

 

「その理由を話す前に、少し別の話をしましょう」

 

 

肉に絡まらせる卵が少なくなり、王子は新しい卵を割り、黄身をかき混ぜる。そうしてついさっき焼いたばかりの肉に黄身を染み込ませながら、話し始めた。

 

 

「我が国、ルクーゼンブルク公国はとある理由で国連内部でも大きな立場を有しています」

 

 

実際、その通りである。

ルクーゼンブルク公国は国連内でも立場が大きく、二十人の意志決定機関『楽園の実』の一人として、第一王子(ファースト・プリンス)が選ばれている。

 

小国として肩身が狭いはずのルクーゼンブルクが、他国からの圧力を受けず、それどころか他の大国と肩を並べているのには理由があった。

 

 

「その理由は二つ、我が国の地下に巨大な地下空間があります。洞窟と呼ぶには大きすぎるその場所には、特別な鉱石があるのです。世界でも有数、いや唯一と言える稀少な天然資源が」

 

「─────時結晶(タイム・クリスタル)

 

 

クローズの言葉を遮ったのは、龍夜の小さな呟きであった。それを聞いた瞬間、信じられないといった様子でクローズと千冬が絶句している。

 

そんな二人の大人とその単語に此方を見てくるセシリアとラウラ、四人の視線を受けながら、龍夜は平然と言葉を続ける。

 

 

「ISコアの原材料ともなる鉱石、でしたよね。やっぱりルクーゼンブルク公国にありましたか」

 

「…………蒼青、何故それを知っている」

 

 

険しい顔つきで問い詰める千冬。その情報は、クローズ王子が明かす以外は知る術もない。ISコアの製造法として必要となる時結晶がルクーゼンブルクにあるということは、国連が情報統制により隠している事実だ。

 

それを話す前から知っていた口振りの龍夜に、千冬は警戒を隠さなかった。彼女の言葉を受け、龍夜は素直に話し始めた。

 

 

「昔、ISを造ろうと考えた時期がありました。俺の、俺だけの機体を。自分なら出来ると、自惚れてた時期に。造った後に、色々あって気付きました」

 

 

今度こそ、四人は衝撃の事実に唖然とした。ISを造ろうとした、そんな話を聞いたことがあるが、まさか本気でやったとは思えない話だ。企業や国が尽力して開発するものを、一個人が一から作り出すなど、有り得ないだろう。

 

 

だが、不可能ではないと、千冬は静かに納得していた。あの篠ノ之束が興味を、好意すら覚える天才。前々から、普通とは違う才能を有している龍夜の姿が、織斑千冬の唯一無二の親友と重なっていた。

 

 

「それで、造れたのか?」

 

「機体だけは何とか。けど、コアだけは造れませんでした。どうやっても、どんなものを使っても、ISコアに近いものすら出来なかった。その頃から考え始めたんです。もしかして、ISのコアは特殊な素材でしか造れないのかもしれないって」

 

 

自分達でISコアを造ろうとして、製造不可能と気付いた大人達のように、すぐにそれを理解した龍夜は諦めようとはしなかった。何としても、ISを完成させる。当時その一心で動いていたかつての自分は、その情報を探ることにした。

 

 

「そうと分かれば、ネットを探ればすぐに見つかりましたよ。どれだけの極秘のデータであろうと、隠されているのであれば、システムなら抜け穴を通るのは容易い。犯罪にならないやり方で情報を集めてたら、『時結晶』なんて単語が出てきたので。それを隠蔽するデータを探ってみたら、ルクーゼンブルクって名前があったので、まさかとは思ってましたけど」

 

 

「無性に気になることが一つ…………その、未完成のISは、どうしたんだい?」

 

「売りました。倉持技研のお偉いさんが、偶々その機体に興味を持ってくれたので、10億くらいで妥協しました」

 

「…………一応聞くけど、その資金は?」

 

「半分は姉さんに、半分は今使い潰してます」

 

 

はへー、と感心するクローズだが、ふと何か思い出したように口を開く。

 

 

「というか、未完成で数十億なのかい?倉持も大金を叩きすぎじゃないかな?」

 

「まぁ、自分なりの未完成です。一夏の白式のような欠陥品に似た感じで………ああ、そういえば。あいつら、一体どうしてあんな大金を用意できたんだ?」

 

 

倉持技研、あそこも当初は小さな開発所であったはずだ。それなのに、何故自分の未完成のIS如きにあれだけの大金を使えたのか。そもそも、あの大金の出所は何処なのか。

 

 

そんな風に考えていると、千冬が軽く咳き込む声が聞こえた。

 

 

「殿下、話が逸れておりますよ」

 

「ん、失礼…………二つ目の理由、ルクーゼンブルクの立場が強いのは、一つ目の理由に関係しててね。時結晶をある二人に提供したことがあったんだ」

 

「…………その二人は一体」

 

「篠ノ之束博士と八神宗二博士。前者は兄、第一王子が。後者は私達の両親と、各々交流しててね」

 

 

残りの焼き終えた肉を口に含んだクローズは呑み込んでから、言葉を紡ぐ。

 

 

「篠ノ之博士には、現時点で全てのISコアの総数分の時結晶を。八神博士は戦争が始まる前に五個の時結晶を提供したって記録にあるんだ」

 

(…………五個────五、か)

 

「その見返りで、篠ノ之博士は十数機のISを、そして第四世代のISの提供を約束してくれた。そして、八神博士からは二つの強力な兵器、『天壊機』を譲渡された」

 

 

無関係とは言い難い数字に険しい顔をする龍夜の前で、クローズは笑顔のまま話を続けた。

 

 

「十数のISと二つの天壊機、この二つを得たルクーゼンブルクは小国でありながら、国連でも立場が大きい一国として数えられるようになった。他の国とは違い、圧力の少ない我が国は、国連の情報捜査から掻い潜れていた。

 

 

 

 

 

それを予見していた八神博士は、我が国に遺した。エクスカリバー、という言葉をね」

 

 

思わず、龍夜は立ち上がった。背中に背負っていたギターケースのような長方形のケース、その中に内包してある自身のIS 『プラチナ・キャリバー』とそのコアである聖剣を感じ取る。

 

自分自身の心臓と同じく、大きく呼応する銀剣。その鼓動が伝わってくるのか、全身から汗が滲んできた。干上がってくる喉から、呼吸が漏れる。

 

 

何故、という疑問すら空気に溶けて消えた。そんな彼の視線を受け、落ち着いた笑顔を浮かべるクローズ王子は、両手を重ね合わせながら、待っていたと言わんばかりに切り出してきた。

 

 

「我が国に来て欲しい。蒼青龍夜」

 

「………」

 

「君も疑問に思っているはずだ。クインテット・シスターズとは何なのか。世界を滅ぼそうとした八神博士が、それを造った理由を。そして、君がその剣に選ばれた真意を」

 

 

穏やかな瞳ではあるが、その二つは強い意志を宿している。言葉に詰まった様子で見つめる龍夜を映した瞳を一度閉ざしたクローズは、淡々とした声音で問い掛ける。

 

 

「全ての答えが、我が国にある。答えの鍵は、君の持つその聖剣だ。来るか来ないかは君次第だが、どうする?」

 

「…………行かない、という理由はないでしょうね」

 

「当然、そこのお二人も。彼の付き添いという形で来て欲しい。…………構わないかな?」

 

 

彼がセシリアとラウラにそう問い掛けるが、二人は最初から決まりきっているとでも言うように、即座に答えみせた。

 

 

「当然ですわ、龍夜さんお一人で行かせるはずがありませんもの」

 

「…………一緒に行けるのであれば、断る理由もないでしょう。私も、同行させていただきます」

 

「言っておくが、私も着いていくぞ。生徒三人だけ外国に向かわせるなど、有り得ない話だからな」

 

「そういうこと、のようですね。─────それでは、今から行きましょうか」

 

一息ついた千冬の前で、そう言いながらクローズが立ち上がる。個室から出ていく王子の後ろを着いていきながら、龍夜は戸惑ったように口を開いた。

 

 

「え?今から?」

 

「はい、そうですが………?」

 

「いや、いやいや………何か間違ってますか?みたいな顔をされても」

 

「…………ああ、もしかして。食事の代金のことを考えてますか?ご安心を。それは此方の経費で落としておきますので」

 

────それって大丈夫なのか? と不安そうな三人の視線を他所に、平然と支払いを済ませるクローズ。大丈夫でしょ、と明らかに楽観的な雰囲気の第五王子に、龍夜は何かを言うことを諦めた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

ある戦場。

革命軍と国軍による戦争が激化した一部のエリアには、あらゆる戦力が投入されていた。革命軍にとっては防衛ラインを崩す好機、国軍にとっては背水の陣とも言える砦の守護として、各々が全力で防衛と攻略を行っていた。

 

しかしその一時間後、双方のトップに届いたのは、勝利でも敗北の報せでも無かった。

 

 

───敵味方含めた両軍全滅という、信じがたい報告であった。

 

 

 

 

「────あ、あ…………ぁ」

 

 

一人の男が、音も途絶えた戦場に転がっていた。倒壊した建物の残骸に隠れるように倒れていた革命軍の兵士だった男は、頭部の傷を押さえながら、ズルズルと這っていく。

 

何故こんなことに、と革命軍の男は思い返す。

少し前まで戦場で国軍との戦いをしていた男は、国軍の砦に侵入する前のことを思い出していた。

 

 

突然のことだった。砦の内側から防衛していた国軍の攻撃の手が止まったのだ。混乱しながら、砦に突入しようとした瞬間、閉ざされていたはずの門が開き、国軍の兵士達が逃げ出してきた。

 

此方を見て警戒するよりも先に、国軍の兵士達は必死に叫んでいた。逃げろ、殺される、化け物が来た、と。さっきまで敵であった自分達ではない何かを恐れる国軍の兵士を問い詰めようとした直後だった。

 

 

自分達の前に─────化け物が現れた。

 

金属の鎧を纏い、鎖を鳴らした鋼の狂犬が。血を啜り、肉を喰らうために、戦場に降り立ったのだ。助けを求めていた国軍の兵士を、踏み潰しながら。

 

 

人の言葉を話す狂犬は、戦場にある命を平等に惨殺した。そんな化け物を前に、国軍と革命軍は即座に連携した。協力して危機を打破しようとしたが、意味はなかった。

 

鋼の怪物の顎が、捉えた兵士を噛み砕く。鋭利な爪と牙が、彼等の装備ごと切り裂いていく。燃え盛る灼熱の炎が、生きたまま何人も焼き焦がした。

 

次第に勝てないと理解した彼等は逃げることを選んだ。共に戦っていた仲間を見捨て、生き残ることを優先した。最後まで戦おうとした男は、建物の倒壊に巻き込まれたが、難なく生き残った。

 

炎を帯びた鋼鉄の化け物は、逃げ出した者達を殺していった。生きたまま喰われるような粉砕音と張り裂けた絶叫が連鎖し、そして何も声がしなくなった。

 

 

(なんだよ、あれ………味方、じゃないよな。なんで、俺達を────あんな風に、殺せるんだ?)

 

 

目的のために殺す、のとは違う。あの化け物は、殺すために行動していた。殺すことへの快楽を覚え、呼吸するように殺戮を行う怪物。

 

そして、アレの中身が同じ人間であることすら、信じがたい事実だった。

 

 

 

 

「──────あ」

 

何かに気付いた男が、息を止める。ガタガタと震えを刻む歯を鳴らした男は首を動かし、真上を見上げた。

 

 

直後、男は喰い殺された。上空から飛来した鋼の顎によって、生きたまま噛み砕かれた。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

新たに戦場に踏み込んだ人間は、周りを見渡した。全てが血と破壊に染まった景色。見るも無惨だ、と彼は思う。この戦場で殺し合っていた兵士達は、たった一人の怪物によって殺し尽くされた。

 

 

その元凶たる鋼の狂獣。つい先程まで命を貪ったであろう血に濡れた三つの鋼の顎を有した鎧を纏う化け物を前に、男────レギエルは聞いた。

 

 

「………満足か?」

 

「満足─────だぁ?」

 

 

狂獣の装甲が消える。鎖に繋がれた三つの顎が粒子となって消え、中から現れた男の首の拘束具へと集まっていく。頭を失った鎖が空中に舞ったと思えば、男の胴体と腕に絡まり、より強固に巻き付いた。

 

フードを勢い良く被った男、ヴォルガは歯を剥き出しにして、叫んだ。

 

 

「足りねぇ、足りねェェェェェェなァーーーッ!何一つ!足りねぇ!満ち足りねェ!こぉんな雑魚ども殺したところで満足するかよ!一体何時になったら暴れられる!?手応えのある奴等をブチ殺せるんだぁ!?レギエルッ!!」

 

 

アナグラムから分離した過激派テロリスト集団、レヴェル・トレーター。四人のトップ、指導者の一人 ヴォルガ・ハザード。

 

戦場の一つを蹂躙し尽くしたヴォルガは、それでも満たされないのか。苛立たしそうに怒声を響かせ、レギエルを睨み据えた。血に飢えた殺意の衝動に駆られる獣に、レギエルは恐れすらしない。平然と、溜め息を漏らす。

 

 

「そんなお前に朗報だ」

 

「ああ?」

 

「『聖剣(エクスカリバー)』が動いた。予定通り公国へと向かう。ミフルと連携し、公国を襲撃する」

 

その言葉を聞いた瞬間、ヴォルガの口が裂ける。引き裂けるような笑顔を浮かべた男は、興奮を押さえきれぬような声で高笑いした。

 

 

「ようやっとか!待ちわびたぜ!殺って良いよな!殺して良いよなぁ!?あの聖剣使いもブチ殺して!ついでに聖剣も強奪しちまえば、都合が─────」

 

「聖剣使い、蒼青龍夜は殺すな。後々必要だ」

 

「…………ァ?」

 

 

何を言ってる、とヴォルガが凄まじい殺気を込めて睨んでいた。物怖じすらしないレギエルは冷静に、説明をしていく。

 

 

「ヴォルガ、お前は適度に暴れた後、蒼青龍夜の相手をしろ。殺さぬように、いたぶる程度で良い。覚醒すれば、後は私が何とかするさ」

 

「…………ハッ!オレは聖剣使いの当て馬か?随分舐めてんじゃねぇか!レギエルゥ!」

 

 

言いながら、ヴォルガは歩き出す。足元にあった死体、先程三つの顎で砕いた胴体から腕を引きちぎり、顔に飛び散った血を舌で舐めとりながら、彼は腕の肉を口に咥えた。

 

 

「テメェの魂胆は見え透いてるぜ!エーゼルもミフルも!テメェが後ろから、オレ達の背中を狙ってることも。どうせ他の奴等と同じように、隙を見せたオレ等を『蛇』で呑むつもりだろ?」

 

「…………」

 

 

「それくらい好きにしろ。けどよ、どうせ呑み込むなら一発でやれよ?もし生半可に生かされたら、オレはテメェを噛み千切って──────喰い殺すぜ」

 

 

ブチッ、と腕の肉を喰い千切る。人肉を軽く噛み、呑み込んだヴォルガは自身が食した腕を投げ捨て、血に染まった歯を見せて笑う。レギエルはそんな彼の視線を受けながら、目を細める。

 

 

 

 

──────化け物め。

心の中で、レギエルは目の前の男をそう罵倒した。彼自身、ヴォルガ・ハザードという存在をおぞましく思う。一体何があれば、どんな悲劇があれば、これだけの怪物が、人間社会に生まれ落ちるのか。

 

 

正直知りたくもない。目の前の、人の皮を被った怪物が何なのかすら。だが、唯一。彼が興味を持ったことがあった。

 

 

 

「エクスカリバー、世界を変革する力を手にしてどうする。何を求める」

 

 

そんなレギエルの問いに、ヴォルガは不気味に笑い、告げた。

 

 

 

 

「男も女も、ISも兵器も関係ねぇ…………強さだけが物を言う、殺し合いの世界。血と臓物が全てを塗り潰す、戦争だけの世界を」

 

 

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