「現時点より、理事長による特別作戦の指揮が許された」
ルクーゼンブルク公国から貸し出された専用ヘリに乗り込んだ一同は、目的の場所へと向かっていた。
「今回、起動したのはドイツの地下に眠っていた界滅神機。『アルターマグナ』、コードネーム『
淡々と送られてきた情報を読み取る千冬が、空中投影ディスプレイを展開する。ホログラムのように浮かび上がる画像には、対象の形状を示していた。
戦車、というにはあまりにも巨大な装甲車。車輪には履帯が巻かれており、戦車特有のキャタピラーが左右に二つ前後に二つずつ、固定されている。
巨大な戦車砲を一基を主体に、機体の殆どにあらゆる武装が取り付けられている。
「数分前、ドイツ軍によるアルターマグナ防衛戦線が対象と接敵した。結果は惨敗、アルターマグナは一分も遅れることはなく、進行を続けている」
「……………」
「現在、アルターマグナはドイツの地下に建造されたトンネルを突き進んでいる。進行速度と方角からして、狙いはルクーゼンブルク公国だ。奴の移動速度から予測して、推定三十分だろう」
「………三十分、か」
「蒼青、オルコット、ボーデヴィッヒ………そして、更識の四人でアルターマグナを撃破する。その為にも、まずは足を止める。車輪を破壊し、奴の進撃を押し留めるのが、第一の目標だ」
地下のトンネルは途中で途切れてある。トンネルを最後まで進んだ後、予想される過程では────地上へと這い出てくる可能性がある。地上に出てからが、ISでの戦闘を行う絶好の機会だと。
ルクーゼンブルク国土に侵入する前に、ドイツ領内で撃破する。それがこの短時間で、ルクーゼンブルクとドイツの間で交わされた盟約である。
「質問、よろしいでしょうか?織斑先生」
「何だ、更識」
「アルターマグナは何故、ルクーゼンブルクを狙うのですか?報告によりますと、界滅神機は人口の多い場所を積極的に襲うと聞きます。では、一番近いドイツ本国ではなく、ルクーゼンブルクへと向かうのは、界滅神機のプロセスに反していません?」
楯無の疑問に何人かが気付いたように顔を上げる。確かに、ハワイ沖で交戦した界滅神機───クリサイアは待機中の学生達の方に標的を定め、侵攻していた。
アルターマグナが起動したのはドイツ領内。ルクーゼンブルクはドイツの近くに位置するが、それでも起動した場所はルクーゼンブルクから遠く、明らかに近いのはドイツ領内の街である。
それを無視して行動すること自体、異常なことだった。界滅神機は人類への報復をメインとした破壊兵器。実際に大勢の人間を率先して攻撃する兵器が近くにいた人々を見逃す道理などあるはずがない。
思い悩むセシリアとラウラだが、龍夜はすぐにその意図を理解した。恐らく、更識楯無は大体予想できていて、敢えて口に出したのだろう。自分達全員にその可能性を考えさせるために。
「アルターマグナはドイツ軍が鹵獲していた界滅神機、人工知能と生体ユニットは事前に取り外されていた。つまり人工知能が自発的に起動した訳ではない。それに、ドイツ軍の報告では、アルターマグナが封印されているエリアが何者かの襲撃を受けたと聞く」
「で、では────アルターマグナは誰かが動かしているということですか!?」
それならば、多少頷ける。アルターマグナが近くの生体反応を見逃し、ルクーゼンブルク公国に直進するのも、誰かが意図的に動かしているのであれば、消化される問題であった。
だがそれでも、龍夜としては納得できない。事前に国連からの情報を読み解いていた彼は、その矛盾にすぐに気付いたのだ。
「それこそ有り得ないでしょう。界滅神機は生体ユニットが無ければ動かない。だが、生体ユニットは取り外されてるのなら、一体どうやって動かしたんですか」
ISが生身の人間、主に女性にしか起動できないように。界滅神機も同じく、生体ユニット────最適化された強化人間にしか運用できない。界滅神機にとって、生体ユニットは心臓と脳、二つの臓器に等しい。それが欠けてしまえば、界滅神機を動かすことなど絶対にできない。
予想できる話であれば、今回襲撃したテロリストは界滅神機の生体ユニットを持ち運んでいたことになる。そんなもの、一体何処で用意したのか。
「────兎も角、だ。お前達は最終防衛ラインにて、アルターマグナを撃破するように。私は近くの施設でモニターさせて貰う」
輸送ヘリが山奥の一帯、アルターマグナが出てくるであろうエリアへと着陸する。龍夜達を下ろしたヘリは千冬を乗せ、ここから最も近い辺境の基地────今回の作戦の拠点へと向かっていった。
「さて、私達は目標が来るまで待機するしか無いけど………近くまで行ってくるわ。来たら知らせるから、任せるわよ?」
笑顔で語りかけ、ISで飛翔していく更識楯無。その様子を見届けた龍夜はフンと鼻を鳴らし、近くの木陰に背を預けた。ISの調整でもしようかと思っていると、
「…………あの、龍夜さん」
「セシリアに、ラウラか。どうした?」
二人の少女が、自分の近くへと駆け寄ってきていた。その事にすら気付かないことを、気を許し過ぎていたかと思い悩む。何の用かと伺うと、ラウラは落ち着いた様子で答えた。
「何、婿に………いや、龍夜の事が気になってな。さっきから随分と思い詰めた様子だろう」
「…………そんなに顔に出てるか?」
困ったように聞き返すと、当然と頷くラウラ。配慮がないというか、冷淡というか、そんな調子に龍夜は思わず小さな笑いが溢れた。
そんな龍夜を驚いた顔で見つめる二人に、彼は問いかけた。
「────第一王子の言葉を、気にしているのか」
「っ、それは…………!」
「いや、話そう。お前達になら、明かしてもいいはずだ」
龍夜を案じ口ごもったセシリア、だが彼は敢えてそう答えた。IS学園に入る前までの彼とは大きな違い。合理主義者であり、人間不信であった彼が、他人を信用すること自体、それを知るものからは信じられぬ光景である。
ポケットから取り出したスマホを起動させた龍夜は、その中にいる妖精に言う。
「ラミリア、あの画像を」
『マスター…………うん、分かった』
心配そうに声をかけるラミリアは頭を振るい、スマホ画面にある画像を提示した。言葉も出さずに見せるように向けられたスマホを覗き込むと、二人は眼を剥いた。
「これは…………写真?」
その画像は集合写真であった。
数人が一緒に並んだそれは、家族写真だといち早く気付けた。顎髭のある笑顔の男性とその隣に寄り添う女性。強気というより男前な雰囲気の女性と彼女の隣に立つ人形のような男性。
そんな四人の間にいる、穏やかで純粋な笑顔の少女。その少女の傍らに、少年がいた。
笑顔なんてものが何一つ無い。鋭さしかない少年。自分以外の全員が笑ってる中、その少年だけは冷たい眼差しと凍てつく表情を崩さない。
「───この人達が、龍夜さんのご家族ですか?」
「ふむ、そしてこれが子供の頃の婿か…………こういうのを、何と言うか。日本で言う、ボッチか」
「あの、ラウラさん?流石にそれは、違うのでは?それ以前に、その言い方はあんまりかと………」
それは事実だ、と龍夜は静かに受け止めた。
かつての自分は、お世辞にも社会に適応できる人間ではなかった。自分以外のあらゆる他者を凡愚として徹底的に見下し、全てを嫌悪し侮蔑する────孤独な天才だった。
自分がここまで変われたのは、家族がいたからだ。あんな自分を、腫れ物のように扱うこともなく、家族として過ごしてくれた。今の龍夜にとっても、何より大切な存在であることに変わりはない。
「俺の両親は、第三次世界大戦後のISの扱いに異論を唱えていた」
「…………」
「大戦に貢献したISを世界は兵器としか見てなかった。今は国連が締結したイース条約によって、ISの兵器として運用は禁止されてるが、終戦当時はそうでもなかった。ISを行使した戦争が起きないように、父さんと母さんは世界中に呼び掛け続けた」
今現在まで、ISが兵器として利用された戦争は存在しない。ISにより制圧された争いはあれど、IS同士での軍勢での殺し合いは一度も起きたことがない。ある事件を境に立案されたイース条約のお陰であるが、その前まではISを兵器として利用しようと世界中が動いていた。
龍夜の両親は、それを阻止したかったのだ。多くの犠牲を防ぐため─────何より家族の為に、ISに純粋に憧れていた龍夜のために、二人は無茶を通そうとした。
「だが、二人は殺された。遠方での活動中に、何者かに殺害された。日本にいた俺達は、その事実だけを知らされた」
「─────」
「その日を境に、俺達家族は引き離された。義兄さんと百合姉さんは様子が可笑しくなり、俺達の前から出ていった。父さんと母さんの死を騒ぎ立てるマスコミのせいで、姉さんは心身共に疲れ果てた」
人間嫌いの少年が、更に家族以外の人間を嫌いになった。彼が今のように落ち着いたのは、姉に心配をかけないためか、自分の側にいるもう一人の家族────ラミリアがいたからか、かもしれない。
「けど、俺は気付いた。義兄さんと百合姉さんが処分したパソコンに、消去されたデータがあった。分析、復元してみたら、そこに真相が隠されてた」
スマホの画像を切り替え、龍夜はある写真を見下ろす。監視カメラにあったそれを睨みながら、彼は低い声で呟いた。
「父さんと母さんは、ISを纏った奴に殺された。世界の裏にある暗部に蠢く実在も知られてない、国連が追っている黒いIS。『魔王』と呼ばれる存在に、両親は暗殺されてた」
ぼやけた画像に映し出されたのは、漆黒の鎧。ISの解除するような粒子の光に包まれたそのISは、顔の半分に大きな赤紫の眼が覗いてあった。その強烈な姿と禍々しさに戦く一方で、二人はすぐに気付いた。
────先日の事件、一夏と箒の親友 海里暁を殺したISと特徴が類似している。この存在が、同じように手を出したのか、と。
「二人は、それを知ったんだ。そして、俺達に知られないように、二人で敵を討とうとした。俺や姉さんを、復讐に巻き込まないために」
自分達だけで、終わらせようとした。そんな二人の考えに、龍夜は不満すらない。そんな権利は、自分にはない。
「──────だが、そんなこと関係ない。父さんと母さんは、殺されていい人間じゃなかった。俺にとって掛け替えのない、誰よりも大切な家族だったんだ。あの二人を殺した奴が、今も平然と生きていることが─────俺は、絶対に許せない」
己の夢を諦め、人生を費やす程の理由がある。龍夜は両親の敵である奴を殺すためであれば、生涯を尽くす気でいた。当然ながら、他人に復讐を否定されようと、それを止めるつもりはない。
たとえ同学の仲間達────一夏達や、セシリアやラウラから止められようと、龍夜は復讐を止めることなど有り得なかった。
セシリアが何かを言いたそうな顔をしていた。彼女が口を開こうとした直後、
『────皆、来るわ』
楯無からの、短い通信が届く。それだけであった。瞬間、近くの山の根元が爆発した。噴火したような勢いに、岩や土が巻き上げられ、雨のように降り注ぐ。
「────ッ!」
ISを展開した龍夜とセシリア、ラウラが上空へと飛んでいく。砂塵が撒き散らされ、周囲の視界が多い潰されていたが、その煙を払い除け、山に大穴をぶち開けた巨体が外へと出ていく。
装甲列車のような、巨大な重量戦車。戦艦のように無数の兵装を搭載したそれは、コードネームの通り、要塞の如く強固にそびえている。戦車の前方にあるユニットから眼光のようなモノアイが浮かび上がり、雄叫びを上げるように全身から蒸気を噴き出した。
【──────ゴォォオオオオオオオオオオッ!!!】
界滅神機 アルターマグナ。
超重量機関戦車。地上へと飛び出した鋼鉄の塊は、そのままルクーゼンブルク公国に狙いを定め、進軍を始める。邪魔する者全てを薙ぎ払いながら。
◇◆◇
「────此方、
ISを展開したクラリッサ達が、小さな駐屯基地へと降り立つ。トンネルを通過していくアルターマグナを止める最終防衛ライン。山を突き破って出てくるであろうその場所が、彼女達の向かうべき戦場であった。
生身であるため司令部から指示を送ることにしたドレイクホーン大佐の話によると、アルターマグナの狙いであるルクーゼンブルク公国に偶然訪れていたIS学園が共に対応するらしい。その一人として、彼女達が慕う隊長の名前が出たことで、部隊全員がやる気に満ち溢れていた。
だが、そんなやる気を鎮火させるような────不安な光景が彼女達の目の前に広がっていた。
「─────誰も、いない?」
駐屯基地には、誰もいなかった。先程のアルターマグナの封印されていたエリアの基地のように、人だけが忽然と消されていたのだ。前の基地と同じく、ある共通点が見つかった。
「隊長!これが───」
「装備が、落ちている?」
軍人達の装備がその場に落ちている。人の姿だけが見当たらず、装備だけが落下している光景には異様な鳥肌すら感じる。まるで、人そのものが消されたような現象を前に、鍛え抜かれた軍属の少女達すら明確に怯えていた。
「総員、警戒体勢を─────」
何か嫌な予感を感じたクラリッサが全員に通達しようとした直後だった。
「ぐあっ!?」
「キャッ!?」
「うっ!」
同行していた部隊の全員が、何らかの攻撃を受けた。地面から生えてきた黒い刃が、的確に少女達を切り裂いていたのだ。幸いなことは、彼女達がISを装備していたことか。だが、刃の斬撃の威力と補給の為に訪れたこともあり、彼女達の少なかったISのシールドは一瞬にゼロまで減らされた。
「なッ!お前達!」
クラリッサが慌てた様子で叫び、駆け寄ろうとするが───その脚を止めた。真後ろの暗闇に、人の気配を感じていたのだ。
「────ドイツの、IS部隊か」
暗闇の中から、黒いロングコートに身を包んだ青年は闇そのもののような黒一色であり、口を隠すように装着されたガスマスクを着けている。
感情の宿らない瞳を差し向ける青年の言葉に、クラリッサは応じない。逆に言葉を投げ掛けた。
「そういう貴様は、我が軍の封印していた兵器を強奪したテロリストか」
「…………そうだと聞いたら?」
「我が祖国への無礼、責任を取って貰うぞ!」
マスクの青年、イヴは嘆息する。乾いたような笑いが、マスク越しに響く。髪を軽く払い、くぐもった声で言葉を発した。
「クソ人間が、偉そうに」
ダン、とイヴが地面を踏みつける。その足元から影が、黒い影が周囲へと広がっていく。駐屯基地全体を飲み込むように広がっていく黒い闇の中から、形が膨れるモノがあった。
無数の黒い獣。闇の中から生み出された人造の怪物の深紅の瞳が、クラリッサを捉える。臨戦態勢を整える魔獣を従えたイヴはマスクの内で不敵に笑う。
「────あの御方達の邪魔はさせん。貴様は俺の駒を使い、屠り潰してやろう」
やれ、とイヴが命令した瞬間。
無数の魔獣がクラリッサ・ハルフォーフに殺到する。即座に武装を展開した彼女は、怪物の大群に向けて攻撃を始めるのだった。
◇◆◇
「─────クソッ!アレ、速すぎるだろ!」
ISで飛翔する龍夜が忌々しいと、露骨に吐き捨てた。その理由は、自分達が追いかける巨大な装甲戦車 アルターマグナであった。ドイツの辺境一帯を、地下のトンネルを一時間以内に横断したことから分かるように、アルターマグナはその大きさと重量の割に、凄まじい速度で大地を通過していた。
ISでも追い付けるとはいえ、巨体から想像できない速度は正しく新幹線に近いものがある。戦艦サイズの戦車がどうしてあれだけ速いのか、創造する側としては疑問が尽きないが、考えている暇もない。
「────セシリアッ!ラウラ!お前達は後方の車輪を、キャタピラーを破壊しろ!」
「龍夜さんは!?どうするんですか!」
「前方の車輪を────左右ごとぶち壊す!」
二人に指示を送り、加速していく龍夜。前進していくアルターマグナに接近していくと────全ての武装が、此方へと振り向いた。
背中の翼らしき大型バインダーユニット『アヴァロン・ストライカー』を解放し、空中でホバリングを繰り返す。同時にアルターマグナから放たれた集中砲火が、一帯を破壊し尽くしていく。
対空砲に、対空ミサイル。機関銃。拡散機関砲。あらゆる武装が飛翔する龍夜一人に向けて、一斉に放たれる。最高速度で旋回した龍夜は背中の鞘から抜き放った銀剣の刀身に白光を収束させ、突くように撃ち抜く。
砲弾のように放たれた白い極光が、アルターマグナの右側の車輪に貫通し、爆裂する。足の一つを壊されたアルターマグナはバランスを崩し、転倒する────ことはなかった。
ガシャン!、と壊れた車輪が換装される。新たに装甲が展開され、今度は車輪をコーティングし、明らかに防衛の為に力を入れていた。そして、走る足を止めるどころか、更に速度を上げ始めた。
「はぁ!?」
流石に、唖然とするしかない龍夜。まさか車輪の一つを破壊されて、止まる様子すら見せないとは。流石は界滅神機。自己進化した八神博士の技術の究極形。普通の兵器を越えたゲテモノ兵器、ここまでいくと尊敬を覚える。
通信からセシリアとラウラの戸惑う声が聞こえてきた。どうやら彼女達の方も同じように車輪を壊した後も、止まるどころか突き進んでいるアルターマグナに疑問があるのだろう。
恐らくは、最後に残された左側の車輪を含めた全てのキャタピラーを破壊する必要があるのかもしれない。急いで片方のキャタピラーを壊そうとそちらの方へと移動しようとした龍夜だったが。
「────チッ!野郎、やりやがったな!」
悪態をついた龍夜の視線の先では車輪が装甲で覆われていた。自分の攻撃が通じない強固なシールドで固定された車輪は、絶対に破られないことを前提とした構造である。ゲーム的に言うのであれば、ボスキャラが自分の弱点を常時無敵のバリアで隠しているのと同じ。
陰湿と悪質さしか感じられないやり方に、舌打ちを噛ました龍夜に悪い要素はないはずだ。こんな風な仕込みをされれば、誰だって怒る。
「クソが!やっていいことと悪いことがあるだろうが!」
攻撃を繰り返す武装を的確に破壊しながら無数の弾幕を避けていく龍夜。詰みに近い状況に不満を吐き出すしかない現状に苛立つしかない。そうしている龍夜の目の前に、拡散弾が飛来してくる。
(ま、ず────ッ)
被弾することも避けられない。そう覚悟した龍夜の眼のまで、破裂した拡散弾が飛び散った。周囲を破壊する程の規模と威力の破片が、龍夜に届こうとした───直後。
空間に浮かんだ水が、全ての散弾を受け止めた。空中で流れるような水の膜は、ヴェールのように宙を舞っていた。その光景に困惑していた龍夜の近くに、人の気配が現れる。
「ふふっ、大丈夫?龍夜くん」
「…………更識、楯無」
自身のIS────明らかに装甲の薄く、水を纏った特殊なIS。神秘的なその機体に見惚れそうにもなるが、それを降り切り、複雑そうな顔で龍夜は彼女の名を口にする。
「今まで、何してたんですか…………人が必死に戦ってる最中に」
「サボってた訳じゃないから、安心して。それに、龍夜くんを助けられたし、別にいいでしょう?」
「……………誰がカバーをしろと」
チッ、と行き場のない苛立ちを吐き捨てた龍夜は急いでアルターマグナを追走する。同じように後ろに続く楯無が、手詰まりと言った様子で睨む龍夜を見て、不思議そうに口を出した。
「あら?何もしないの?龍夜くんのISなら、ぶち抜くことも可能なはずなのに」
「────停止させる部分が隠されたんです。他の場所を攻撃しても意味がないし、奴を止める手段を考えてるんですよ。っていうか、アンタは何もしてないだろ」
自分が庇われたことも気にせず、そう言い切る龍夜はやはり感情的であった。しかし楯無はそんな龍夜の言葉を聞き、頷きながら、口元に笑みを浮かべる。
「そっか─────なら、仕込んでおいて良かった♪」
「……………あ?」
何言ってんだこの人、と怒り任せに呟こうとした途端だった。
ズドォォォォォンッ!!!!! と、アルターマグナの足元が爆発した。地面からの圧力と爆風に、直進していたアルターマグナが宙に浮き、そのまま勢いよく横転する。近く木々を薙ぎ払いながら転げたアルターマグナに、龍夜は言葉を失った。
「────い、今のは」
「私のISはね、水を操れるのよ。その応用で、水に内包したナノマシンから伝達させたエネルギーで、爆発させることも出来る」
律儀に説明し始める楯無。だが、彼女の能力であると聞いても、素直に納得できない。あれだけの破壊を起こした水を、一体地下の何処に仕込んでいたのか。
難しそうな顔で考えていた龍夜は周囲に広げたハイパセンサーで索敵した直後に、その答えを見つけ出した。
「そうか、ここら一帯にある水道管───!」
「そ、近くにあるダムからナノマシンを流し込んで、アルターマグナの足元で起爆させた。装甲が無い足元を狙った、地雷のように、ね」
楯無のやり方は、効果的であった。横転したアルターマグナは自分自身で立ち上がることも出来ないのか、機能を停止したように沈黙している。
「…………や、やりましたの?」
「いや、まだ分からんぞ。アレを撃破するまでは気を抜くことは───────む?」
行動不能となったアルターマグナの方を伺っていたセシリアとラウラ。警戒を緩めない二人であったが、突如ラウラの元に通信が届いた。困惑したように通信を繋げたラウラはその内容を聞いた時、すぐに驚きを隠せなかった。
「何!?クラリッサ達が!?」
「ラウラさん!?どうしましたの!?」
「…………いや、私の部下達が、近くの基地で襲撃されたらしい。教官はすぐに向かえと言っていたが…………しかし」
この場を置いて離れることを、ラウラは迷っている。部下達を助けに行きたいが、仲間達を置いて行くことに躊躇いがある。その場で躊躇していたラウラに、セシリアと龍夜が叫ぶ。
「ラウラ!俺達に構うな!早く行け!」
「そうです!この場は私達が努めますので!どうか助けに行ってあげてください!」
「………龍夜、セシリア────すまん、任せるぞ!」
深く頭を下げ、目的の基地へと飛んでいくラウラ。その背中を安堵したように見守るセシリア。離れた場所にいた龍夜は視界の隅で、アルターマグナが静かに主砲を向けているのを目にする。
「──────セシリアッ!」
主砲からビームが放たれる直前に、超加速で飛翔する龍夜がセシリアへ飛びつく。抱き抱えるように斜線上から離脱した。
「セシリア!気を抜くな!───あと大丈夫だな!?」
「────は、ハッ!?え、ええ!役得です!」
「………?」
顔を真っ赤にして首を縦に振るセシリアに、疑問しかない龍夜。抱き抱えたままでも良かったが、すぐに離してやると何かを呟きながらセシリアは考え事をしていた。
そんな彼女の様子に呆れながら龍夜は、真横に向けて銀剣を振り払う。虚空を斬るような刃は近くまで来ていたミサイルを両断し、空中で爆破させた。
「─────」
「………龍夜くん、気付いた?」
「……………主語が無いのでどちらの事を言っているのか」
ですが、と言いながら、龍夜はアルターマグナを睨む。横転し、動けないフリを続けている界滅神機からの違和感を受け止めながら、口を開いた。
「人工知能が相手にしてはおかしい。わざと油断させる思考があるのに、やり方は杜撰だ。ついさっきも、セシリアを狙うという合理的な手段を取らなかった…………そこで、思い出した。─────アルターマグナを強奪した奴等、それを動かしている奴がいることを」
【────────はぁー】
気の抜けた溜め息が、漏れた。
鋼鉄の機体、アルターマグナがゆっくり再起動する。横転させられた機体はゆっくりと持ち上がり、キャタピラーの連結した台座を分離させる。
独立した巨大な鉄の塊。アルターマグナの可変形態。それが龍夜達を見下ろしていた。
【もうちょっと楽な仕事って聞いてたんだけど、なんかめんどくさくない?……………あとさぁ、そこの人誰よ?ボク、君の事聞いてなんかないよ?】
「更識楯無。そして、IS『ミステリアス・レディ』よ。一回しか自己紹介しないから、覚えておいてね」
【……………あのさ】
内側から響く幼い声が、不満そうな言葉を漏らした。
【別に、ボク君の名前なんて聞いてないよ?興味ないもん。どうせボクが潰す相手なんだから、そんな奴の名前なんて覚えても無駄でしょ?】
「そう?覚えても良いんじゃないかしら?自分を倒す敵の名前も知らないのは、困るでしょ?」
【………フーン。じゃあ、ボクも名乗ってあげるよ。
ミフル。レヴェル・トレーターのトップ『指導者』の一人。『悪竜』のミフルだよ】
「レヴェル・トレーター………『指導者』」
【自己紹介は良いよね?─────じゃ、死んで】
用語解説
イース条約
この小説でのアラスカ条約。原作では20ヶ国くらいの国が結んだ条約だが、この世界では国連が世界全国に結ばせたもの。
アラスカ条約とは違い、国連に都合が良い条約である。
イースの由来はISの別の読み方。