IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第56話 闇より生まれた者達

「────クソ!」

 

 

クラリッサ・ハルフォーフは荒い呼吸を繰り返しながら、目の前の敵を睨む。黒い金属で構成された異形達は何とか撃破できた。それだけは、だ。

 

しかし、どれだけ怖そうと、異形達が死ぬことはない。形を崩されようと、砕け散った残骸が────再び動き出し、異形へと戻っていく。

 

 

「────ッ!」

 

 

何度かの撃破を経て、クラリッサは手段を変えた。黒い異形を操るイヴ本人に狙いを定め、物理的に制圧をしようとした。

 

────だが、クラリッサの予想に反した現実があった。イヴは彼女が思っているよりも、厄介な敵であったこと。

 

 

「………っ」

 

咄嗟に異形達を動かそうとしたイヴの首に、鋼鉄のエッジブレードが突き刺さる。左腕に展開した刃物を突き立てたクラリッサは迷うことなく押し込み────横へと斬り払った。

 

 

 

ズシャ! と、イヴの首が切断された。

勢いよく切り裂かれたからか、彼の頭部が近くの地面に飛ばされた。突撃した速度を殺し、動きを止めるクラリッサ。彼女は振り返り、頭部を失ったイヴを睨み見据えた。

 

 

ズルル、と。

首を失ったにも関わらず、平然と立ち尽くす彼の体を見たクラリッサは歯を噛み締める。

 

 

「…………何故だ、何故動ける!」

 

「─────」

 

「ISの武装を受けて、致命傷になるどころか傷も癒えるなど有り得ん─────何なのだ!その力は!」

 

 

直後、イヴの切断面から黒い液体が溢れ出す。噴水のように放出された液体は蛇のようにのたうち、斬り飛ばされたイヴの頭部を固定し、戻っていった。

 

 

ズルッ! と、液体が消え、首が繋がる。切断面を軽く擦ったイヴは、何ともなさそうな顔で口を開く。

 

 

「神の如き力、とでも言っておこうか」

 

「…………化け物が、何を言う」

 

「その化け物に手も足も出ないのはどんな気分だ?人間」

 

 

冷徹な、それでいて傲慢極まりない口振りのイヴ。両手を広げ、更に異形を増やそうとする動きを見せる。警戒を露にし、身構えたクラリッサであったが────

 

 

 

 

「────フン、もう時間か」

 

 

何らかの方法で情報を受け取ったのか、イヴは両目を伏せて静かに呟いた。その異変に気付いたクラリッサに隠し通す気はなかったのか、素直に話し始めた。

 

 

「これ以上、お前達の足止めをする必要はない。本来の目的を果たした以上、俺もここから手を引かせて貰う」

 

「そんな真似を、許すと思うか!」

 

「…………フン」

 

退こうと背を向けたイヴの胴体を、クラリッサが撃ち込んだ弾丸が抉る。心臓の部位を撃ち抜かれたにも関わらず、平然とするどころか、少し面倒そうに眉をひそめるイヴ。

 

しかし彼は、すぐにマスクの内で笑みを浮かべた。手間も掛からず、この状況を打破する可能性を考えたのだ。

 

 

「人間の欠陥、知っているか?」

 

「貴様、何を───」

 

「仲間を見捨てられないところだ。たとえ、どんな状況であろうともな」

 

 

 

イヴのその発言に、クラリッサは何をしようとしたのかすぐに理解した。だが、遅い。

 

彼女が振り返った先では、イヴの不意打ちで気絶させられた隊員達が地面に転がれていた────はずだが、いつの間にか、複数の腕を持つ黒い異形に捕らえられていた。

 

 

「────お前達っ!!」

 

「おっと、下手に動かないことを推奨する」

 

 

助けようと加速しようとするクラリッサの前で、黒い異形が気絶した隊員二人を前に突き出す。メキ、と首を締めつける指に力が入った光景と、イヴの言葉により、激情に駆られそうになったクラリッサの熱が急速に冷えていく。

 

 

()()は人質だ。あくまでも、その為に生かした。お前にとって、大事な仲間なのは、見て分かったからな」

 

「………卑怯な真似を!」

 

「卑怯?相手の仲間を人質に取ることがそんなに責められることか?少なくとも、お前達人間に言われたくはない言葉だ。────卑怯や下劣、外法など、お前達の得意分野だろうが」

 

 

まぁいい、とイヴは自分の言葉を区切る。部下を人質に取られたクラリッサに向けて、イヴは淡々とした言葉を投げ掛けた。

 

 

「────選べ。部下のためにISを解除するか、それとも目の前で一人ずつ八つ裂きにされるか」

 

「貴様ッ!」

 

「まぁ俺は、どちらでも構わない。出来ることなら、見捨ててくれ。それこそが、俺のよく知る人間だからな」

 

 

歯噛みし────クラリッサは、両手の武装を解除し、ISも待機状態へと戻した。自分の部下達、大切な仲間達を見殺しには出来ない。軍人として恥じるべきと言われても、クラリッサには取れない選択肢だった。

 

そんな彼女を見たイヴは、つまらなさそうに一息漏らす。片手を振り上げ、新たな異形を生み出した。止めを刺そうと動き出した異形を前に、クラリッサはせめてもの抵抗として片眼で見据え続け─────

 

 

 

 

 

 

 

『─────クラリッサ!撃ち抜け!』

 

 

忘れるはずもない、今はいないはずの隊長の声を聞いた。途端、思考が、肉体が、考えるよりも先に動く。クラリッサは目の前の異形が振り下ろした腕を避け、展開したISのブレードで両断した。更に、片腕に連結した大型リボルバーキャノンを動かす。

 

 

馬鹿が、とイヴは吐き捨てた。今更動いたところで間に合わない。人質を殺す方が早いに決まっていると、そう思っていた彼だが。

 

 

直後に、基地の天井がぶち抜かれる。凄まじい勢いで飛来した黒い影が、ラウラ・ボーデヴィッヒとシュヴァルツェア・レーゲンがその場に現れた。

 

 

「────なッ」

 

 

僅かに思考が逸れる。新たに現れた敵の存在に、イヴは黒い異形への命令が送れた。しかし、クラリッサが攻撃するよりも先に、イヴの言葉が、命令が黒い異形に届く方が少しだけ早い。

 

 

「そいつらをやれ!!」

 

 

しかし、イヴの命令に、異形は答えなかった。静かに、人質を掴んだままの異形に、イヴは苛立たしげに向けていた視線が違和感を感じ取った。

 

 

黒い異形が、小刻みに震えていた。しかし肉体は、張り付けられたように動かない。何かに抑え込まれているように、挙動すら許されない異形の変化に、イヴはその正体を気付いた。

 

 

「────アイツか………!」

 

 

黒い異形を静かに見据えるラウラ。片腕の掌が異形を掴むように伸ばされていた。たったそれだけの事で、イヴは彼女の有するISの能力だと理解した。

 

そして、その隙をついたクラリッサが、迷うことなく異形を撃ち抜いた。胴体を消し飛ばされ、消失する異形の手から、隊員達を助け出したクラリッサを、イヴは逃さない。

 

 

ズズズ───ッ! と、コートに隠れた腕が増長する。溢れ出る黒い液体を操り、彼女に差し向けようとするイヴ。

 

 

その彼の腕が、接近してきたラウラのプラズマ手刀で切り落とされる。はね飛ばされた腕に視線を向けるイヴを制圧しようと腕を伸ばすラウラだったが、

 

 

「────隊長ッ!」

 

 

副官からの叫び。軍人であり、付き合いのあるラウラは、それが意味のない言葉ではないと判断した。腕を飛ばされにも関わらず、顔すら歪めないイヴの様子に、ラウラは後方へと飛び退いた。

 

 

「………勘の良いヤツだ。あと少しでISのシールドを削りきってやれたのに」

 

「────」

 

「だが、遊んでる暇もない────迅速に終わらせよう」

 

 

イヴが足元に黒い液体を染み渡らせる。波を立てる黒い海から噴き出す黒い液体の中から、人の形が浮かぶ。イヴと同じ、コートを纏うヒト型の黒が────ラウラを囲んでいた。

 

 

「小細工を………ッ!」

 

 

ラウラは両手のブレードを展開し、突撃してくるイヴの分身を切り裂いてくる。分身だからか、その腕や頭部が形を変え、武器として振り下ろされる。しかし、的確に潰していき、敵の数を減らす。

 

 

分身の残りを切り捨てたラウラ。その背後で、切断された断面から、イヴが顔を出した。背中を向けるラウラに向けて腕を伸ばそうとしたが、振り返った彼女の金色の眼に映った直後、その動きを止められる。

 

 

「────ぐッ」

 

「………貴様が普通ではないのは分かりきっている。だからこそ、手札を残しておく程、甘く見てはいない」

 

 

反射速度を数倍に引き出す補助ハイパーセンサー『ヴォーダン・オージェ』を解放したラウラ。左目の眼帯を引き剥がした彼女は金色の輝きを放つ眼光を向け、イヴをAICで固定していた。

 

身動きが取れなくなったイヴに、ラウラはプラズマのブレードを突きつける。喉元に押し当てられた刃を前に、唾を飲み込んだイヴは──────ニヤリと笑った。

 

 

「それならば、お前の部下に聞いておくべきだったな。俺の力を」

 

 

直後、黒い粘着性のある液体が溢れ出した。ラウラの真後ろから、不意を突くように彼女を飲み込む。振り返り、それに気付いたラウラは回避しようとするが、イヴは彼女の腕を掴んでそれを止める。

 

プラズマブレードを展開した状態であり、イヴの腕はブレードにより切り裂かれている。しかし彼の腕から血が出ることはなく、傷一つない肌に戻っていっている。

 

そして、ラウラを飲み込んだ黒い液体が────無数の刃を生成する。内側で作り出した刃を暴れるように振り回し、内側で囚われたラウラを縦横無尽に切り裂いていく。

 

 

「が、ああああああ────ッ!!?」

 

 

頃合いを見たところで、イヴは黒い球体の形を崩した。液体として崩れ落ちる中で、シールドをゼロにまで減らされたラウラのISは強制的に解除される。生身のラウラが、その場に落下した。

 

 

「………くっ、う…………貴様っ」

 

「────何故殺さない、と疑問に思ったか?」

 

 

掌を踏みつけたイヴが、ラウラの顔を覗き込むように、笑う。マスクの内で、歪んだ笑顔を浮かべていた。

 

 

「必要だから、殺さないだけだ。死んだ人間では、培養できる数は少ない。生きた素体でなければ、俺の『細胞』は増やせない」

 

「何を、言っている…………!?」

 

「─────『ラグナ・プロジェクト』。人間を資源として利用する、人間の業の一つだ」

 

 

そう言ったイヴが、手袋を外す。普通の素肌。しかし、掌だけが、普通とは違った。深い闇のような、黒い穴。手の甲にはなく、掌にだけ開いた穴は何処に繋がっているのか。

 

そんな疑問の答えが出る前に、イヴの手がラウラの首を掴む。掌に空いた穴を、押し当てるように。

 

 

「お前のような強い人間であれば、俺が失った『細胞』の補給には容易い。痛みはあるが、気にするものでもない。

 

 

 

他者を傷付けることしか脳のない人間が、俺の駒として再利用されるんだ、実に光栄な事じゃないか。最後まで役に立つことを、感謝して死ねよ。人間」

 

 

ズズズ、とイヴの腕に黒い影が這う。彼が掴むラウラに届き、彼女の肉体に接触した。その直後の、事だった。

 

 

 

 

 

────ドスッ!

 

 

「……………………あ?」

 

 

イヴが唖然と、声を漏らす。そんな彼の額にはナイフが突き刺さっていた。そんなイヴの前で、ナイフを投擲したラウラは、一息吐き出して、告げた。

 

 

「私を、舐めるなッ!」

 

 

引く抜いたもう1本のナイフでイヴの腕を切り払う。拘束から解かれたラウラは喉を押さえながら、距離を取る。

 

 

「……………何で?」

 

 

ジュルリ、とナイフが滑り落ちる。額に出来た穴が一瞬で塞がれるが、イヴは呆気に取られるように固まっていた。

 

 

「有り得ない、有り得ない!俺の力が、『ラグナ』が通じないなんて!絶対に有り得ない!人間ならば間違いなく、効果を受けるのに────何故だ!?何故だっ!!」

 

 

激しく錯乱したイヴの意識が外部に向く。混乱の原因へ、彼の視線が殺到した。

 

 

「お前ぇええええッ!何をしたァ!!」

 

「ッ!」

 

 

感情的になったイヴに目掛けて、ナイフを突き出すラウラ。しかし形振り構わず、突貫するイヴは腹に突き刺さるナイフを無視する。

 

強い力で、ラウラの細腕を掴んだ。握り潰さんと込められる力に顔を歪めるラウラ、それはイヴも同じであった。

 

 

「やはり、通じない…………!お前何者だ!?」

 

「……………何っ?」

 

「俺の掌で人間に触れれば、どんな奴であろうと『ラグナ』の媒体になる!それはあくまでも人間だ!人間だけしか無理だ!それだけは間違いない、確固たる事実だ!()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「同じく………? 人間で、なければ─────」

 

 

吐き捨てたイヴの言葉に、ラウラは思い出させられた。かつての自分、空虚な自分、普通の人とは違う───同じ人間ですらない、ラウラ・ボーデヴィッヒの原点を。

 

 

冷たく、暗い────闇の中で生まれた、作られた生命。戦うために作られた、遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 

 

「…………まさか、お前も────なのか?」

 

「お前も、だと?ならば、本当に………」

 

 

ラウラは、イヴは、各々確信した。

目の前の相手が、自分と同じ、人であり人ではない存在。都合の良い駒を望んだ人間達の手で作り出された、人工の生命体であることを。

 

ある意味で、兄妹でもあり、姉弟でもある────合せ鏡のような、存在であると。

 

 

「イヴ!貴様も私と同じなら!何故このような事をする!?お前は一体、何のためにレヴェル・トレーターとして行動している!」

 

「────決まっている!俺の自由と復讐のためだ!」

 

「自由と、復讐………だと?」

 

「お前こそ!一体何のつもりだ!?人の名前を持ち、人間どもと馴れ合い────自分も同じ人間で在れるとでも、本気で思っているのか!?」

 

 

額に額を打ち付けられるが、痛みは響かない。それよりも強い感情、イヴが見せる濁った闇の染まった瞳に、言葉が出ない。

 

憎しみはない、ただあるのは純粋な怒りのみ。光を求め、光にあろうとする同胞(ラウラ)に、イヴは違うと否定する。あってはならないと、拒絶を示す。

 

 

「笑わせるな!俺達は人間じゃない、人間どもに作り出された人間擬きだ!深き闇より生まれたナニかだ!人間なんぞとは、光とは違う────純粋な、闇の生き物だ!」

 

「────ッ」

 

「お前とて分かるだろう。お前のその名も、形も、全て人が与えたものだ。何もかも満たされない空虚────それが俺達の本質、お前は奴等とは違う。

 

 

 

 

だからこそ、お前は俺と来るべきだ。闇は闇の中でしか生きれない。光に照らされて生きてきた人間どもとは、どうやっても一緒になどなれない。それは、お前自身の心が証明している」

 

 

共に来いと、イヴは低い声で告げる。空虚な自分達は、闇で育った自分達は、光の世界では幸せになる権利はないと。自分達が笑えるのは、闇の中だけだと。

 

否定しようと言葉を選ぶ。だが、かつての過去がラウラの脳裏に過る。自分の空っぽな部分を満たすために、強さに執着した人形。その強さの頂点にいた千冬に憧れ、彼女に成ろうとした愚か者。

 

イヴの言う通り、かつての自分は闇そのもののような存在だった。それなのに、今の自分は闇とは違うと、空虚ではないと、言い切れるのか。自分ではそう思っていても、自分自身で考えているだけではないのか。

 

そもそも、自分は。ラウラ・ボーデヴィッヒであると、本心から答えられるのか。

 

 

言葉の続きを出せず、未だ迷っているラウラの目の前で、イヴの頭が弾けた。即座に起き上がったイヴの全身に、無数の銃弾が炸裂していく。

 

 

 

ダガガガガガガガガガガガガ──────ッッ!!!!

 

 

暗闇の向こうから生じた火花と共に、銃弾の雨がイヴの全身を抉り取っていく。黒い液体の再生をしながら、銃弾の連射を直撃で受け止めたイヴは、影から攻撃してきたモノを認識した。

 

 

────ヒト型の駆動鎧(パワードスーツ)。しかし全身を保護する装甲はなく、あるのは重量のある兵装と背中に連結した外骨格らしきパーツのみ。

 

 

そして、金属のヘッドアーマー。狼を模した頭部ユニットを装着した人物。その姿を見たイヴの顔に、焦りが宿る。

 

 

「…………『鉄血の猟狼(ヤークト・ヴォルフ)』、ヴァイアス・ドレイクホーン!第三次世界大戦を打破した十英雄の一人、ドイツの生きた英雄か!」

 

 

大口径の巨大三連ガトリングを回転させた狼らしき駆動鎧を纏った男性、ヴァイアスが姿勢を変え、四足歩行で疾駆する。

 

咄嗟に飛び退いたイヴに追撃をしない。ヴァイアスは四足歩行形態からヒト型へと戻り、ラウラの元へと駆け寄る。

 

 

「お久し振りですね、ボーデヴィッヒ大尉。………いえ、今は昇格して少佐でしたか」

 

「…………ドレイクホーン、大佐ッ!」

 

「再会と君の昇格を祝いたいが、今は後にしよう」

 

 

苛立ちが爆発したのか、イヴが怒号を響かせながら立ち上がる。マスクに手を掛け始めた直後、彼の動きがピタリと止まった。

 

 

「…………レギエル様!?しかし─────分かりました、撤退します」

 

 

忌々しいという顔で、イヴが足元から黒い液体を溢れさせる。噴水のように放出された黒い液体に包まれ、イヴの姿が呑まれていく。消えていく最中、イヴはラウラを睨み、彼女に向けて言葉を残した。

 

 

「────ラウラ・ボーデヴィッヒ、次会った時が最後だ」

 

「………」

 

「返答を違えば、ただでは死なさん。お前の大切なものも全て奪い、絶望の淵に沈めてやる」

 

消えていく闇に呑まれたイヴの瞳は濁り、歪んでいた。あらゆる負の感情の渦を描く眼光は塞がれるまで、ラウラを見続けていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

ドイツ軍特殊空軍基地。

先の戦場となった駐屯基地よりも大きく、警備も厳重なその場所にラウラ達は向かった。イヴの手で負傷させられた黒ウサギ隊の隊員達の治療と、破損したクラリッサ達の機体の修復。ラウラの場合は調整と補給だけであった。

 

 

「…………ボーデヴィッヒ少佐。彼女達は無事だ、命に別状はない」

 

「そう、ですか」

 

「君のお陰だ。君がいち早く助けに来てくれたから、彼女達は殺されずに済んだ。─────ありがとう」

 

 

微笑みを浮かべていたヴァイアスは丁寧な姿勢で一礼した。廊下のソファーに腰掛けていたラウラは慌てた様子で立ち上がり、「た、大佐!」と複雑そうな言葉を漏らす。

 

因みにだが、クラリッサは上層部への報告に向かっている。ラウラはかつての部下達の身を案じ、補給ついでに彼女達の様子を聞き届けようとしていたのだ。

 

 

「…………少佐」

 

「はっ、何でしょうか」

 

「…………いや、君とあの男の関係、私が問うべきではないね。冷たいようだが、君自身の問題だ。私以外にはあまり話さないように」

 

「─────感謝します、大佐」

 

 

とやかく聞こうとしない上司に、ラウラは感謝の言葉を絞り出した。千冬を例外とすれば、彼はラウラが尊敬する人でもある。

 

戦いにしか生きれない、生粋の軍人である彼は偉い方には好まれない性格であるが、上司としては素晴らしい人だ。プライドが高かった当時のラウラやクラリッサ達が心の底から尊敬するのも、彼の人間性が優れていたからである。

 

 

「それはそうと。ボーデヴィッヒ少佐、昇格おめでとう。君にこの言葉を伝えるのが遅れたことを、深く詫びよう」

 

「…………?どういうことです、大佐?」

 

 

思わず、その言葉に困惑する。

昇格を祝う言葉が遅れた、とは何を言っているのか。彼女は今ではなく、前にヴァイアスから昇格を祝われている。

 

専用機を手にし、少佐に昇格した当日に。

 

 

「どういうこと、とは。君に昇格の祝い言葉を贈れなかったからね。私が遠出した間に昇格していたから、仕方ないと言えばそうなのですが。帰って来た時には、君もIS学園に入学していたわけだし」

 

「…………………は?」

 

 

耳を疑った。

丁寧な口調で語るヴァイアスの言葉に、ラウラは食い違いがあると気付いたのだ。ヴァイアスは遠出していたと言っている。確かに、あの前日に上層部の元へ向かうっていた覚えがある。

 

だが、ヴァイアスと会ったのも事実だ。なんせ彼と普通に話したのだから、別人ではない─────別人であるはずがない。そう思えたら、どれ程良かった。

 

 

(そういえば、あの時の大佐は様子が可笑しかった。雰囲気が少し、何か演じてるような感じがした。もし、そうなら)

 

「………あの、大佐。つかぬことをお聞きしますが、あの日当日に帰還されましたか?」

 

「いいえ、普通に一日過ごしましたが………………何か、重要な話があるようですね」

 

「実は、あの日。大佐と────」

 

 

ラウラはかつての記憶、自分をIS学園に送る手筈を取ってくれたヴァイアスのことを話した。彼本人は怪訝というより、間違いなく記憶にない様子であった。

 

ラウラの話を疑わないのは、そういう考え方があるのか。或いはラウラが嘘をつくような人間ではないと信じているかだ。

 

 

「………………私が君に、そのような話を。確認しますが、その時の私はどのような感じでした?」

 

「大佐と同じ姿でした。少し違和感はありましたが、当時は差程気にしていませんでした」

 

「私と同じ姿に、ですか────まさかとは思ってましたが、我が軍にも入り込んでいたとは」

 

 

差程驚かず、むしろ納得したような言い方に、ラウラの方が困惑を覚えた。ヴァイアスは彼女が何も知らないことに気付いたのか、失礼と話を戻した。

 

 

「少佐にも話しておく必要がありますね。ある組織について」

 

「ある組織?それは一体────」

 

「都市伝説の一つとされている、存在すら確かではない暗部の組織です。上層部によれば、先日の未確認IS襲撃事件も、アレが関係しています」

 

 

その名を語ろうとした直後、ラウラのISの通信が届いた。咄嗟に通信を繋げ、連絡を取ったラウラは、その内容に驚愕を露にした。

 

 

「─────ルクーゼンブルクが?」

 

 

 

◇◆◇

 

 

『クローズ王子。IS学園を含めた勢力により、アルターマグナが沈黙。ドイツ領内にて撃破されました』

 

「………そっか、ご苦労様だね。ジブリル」

 

 

黒い高級車で移動している最中のクローズは、ジブリルの通信報告を聞き終えた直後であった。あまり事情や内情は深く気にしない。そういうのは、国政や軍務を担当する兄と姉に任せればいい。

 

自分はあくまでも、他国との対応に尽力すればいい。それこそが、『外交』を担当する自分の使命なのだから。

 

 

『あの…………クローズ様』

 

「どうしたのかな?ジブリル」

 

『最近は多忙が続いており─────アイリス様が寂しがっております。どうか、時間を設けていただけないでしょうか?』

 

「…………ああ、そうだった。今の仕事を済ませたら、明日時間を作るとするよ」

 

『────ッ!感謝します!クローズ様!』

 

 

礼儀正しくあるが、喜びを隠せないその声は即座に途絶えた。通信を切ったジブリルの言葉に思うところがあったのか、彼は右側の窓から外を見つめていた。

 

 

そして、自身の掌に視線を落としたクローズは、困ったような小さな声で呟く。

 

 

「……………ホント、難儀だよね」

 

 

トン、トン、トン、と。近くの肘を置く台座で指を叩くクローズ。何かのリズムに乗せた規則性のある音である。無論、これは彼が心からリズムに乗せられている訳ではない。何故か近くから聞こえる小さな音を、真似ているだけだ。

 

タイマーのようなその音に、クローズははぁと溜め息をつく。

 

 

「────やられたなぁ」

 

 

瞬間、クローズの乗っていた高級車が足元から爆破した。凄まじい衝撃と爆炎に晒された車体が宙に浮かび、勢いよく地面に叩きつけられる。

 

それだけでは終わらない。ルクーゼンブルク公国の全体で、複数の爆発が同時に発生する。西洋でありながら近代的な町並みが、炎と煙に呑まれていく。

 

 

 

 

『─────報告。第五王子の車の爆破を完了。公国に仕掛けた爆弾の大半が起爆完了』

 

『巡航ミサイル第一波着弾。全ての外部へのアンテナ、出口を破壊完了。続けて軍港や基地への第二波が着弾します』

 

『レヴェル・トレーターより通達。これよりルクーゼンブルク公国に侵入するとのこと』

 

 

ルクーゼンブルクの鉄塔の上。おおよそ人が立ち入れるような場所ではないそこに、一人の男が立っていた。顔を隠すように無機質な凹凸のない仮面を装着した黒装飾の男が。

 

自分の元に届く連絡を耳にし、それに向けて淡々と指示を送る。

 

 

『────通達する。これよりお前達への指揮系統は一時的に遮断する。各々の独自の行動により、作戦を遂行せよ』

 

『ハッ!』

 

『亡霊諸君、健闘を期待する』

 

 

心にもない発言を、仮面の男は口に出す。通信を切り、鉄塔の上から燃えていくルクーゼンブルク公国を見下ろした彼は、全く興味がないのか、公国に関する話すらしない。

 

 

『我等が動くには、枷が多すぎる。今回の件で、余計な奴等を一掃するとしよう』

 

 

仮面の男が静かに、手に握る。黒耀の魔剣。漆黒に染まった金属の長剣を、いつの間にか掴んでいた仮面の男は。持ち上げた長剣を撫でる。

 

モザイカと同じ形状であり、その存在すら隠されている黒いIS。ゼノスの待機状態の剣を。

 

 

 

『全ては、我が計画の────人類の為に』

 

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