IS 蒼き宙の向こうへ   作:虚無の魔術師

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第57話 殺戮・血・地獄

アルターマグナの撃破後、周辺の基地に戻ったIS学園一行。別行動、というよりも基地でオペレーションしていた千冬は今現在、とある相手と対談をしていた。

 

 

「…………どういうことか、詳しく説明してもらうぞ。アレックス」

 

『説明することはない。オレが語るべき言葉は、さっきと同じだ』

 

 

遠隔の通信を繋げたことで、ホログラムの人の姿が、アレックス・エレクトロニクスがその場に在った。映像越しの対話。遠くにいる者同士が齟齬もなく話し合うための措置。

 

厳しく強ばった千冬の言葉を、アレックスは冷たく切って捨てた。相手が誰であるのか理解していながら、いや理解していたからこそか。

 

 

「────新兵器の実験、その過程での暴走。そんな話で納得できると、本気で思っているのか?」

 

『反論のしようがない。実際に、それが事実だからな。お前の教え子達を狙うにしても、場を考えてやらせる。こんな、後先を考えないやり方がオレの命令だとでも?』

 

 

否定はしない。千冬は知っていた。彼は感情的になることが多いが、本質は冷静な知略家である。町の工場から、エレクトロニクスという大企業へと発展させたのも、彼の優れた技術力と知謀があってのことだ。

 

それがアレックスの────ザックという青年の人間性だと、千冬は確信していた。共に、同じ師の元で師事していた者同士だからこそ。

 

 

「ならば何故、お前の所のテスト候補生は暴走した。蒼青達の報告だと、奴はしきりに同じ言葉を叫んでいた。『IS』という単語をな」

 

『──────あぁ、そうか』

 

「………やはり知っていたようだな」

 

『心当たりはある。しかし話すつもりはない。あくまでも、企業秘密だ。どうしてもと言うのなら国連にでも頼ってみたらどうだ?──────最も、お前は奴等に借りなど作りたくないだろうがな』

 

 

腹の中を簡単には見せない。それこそが、彼の得意とするやり方。ザックが、常々から身に付けていた作法である。騙し合いに満ちた大人達の世界で、勢力を強めていきたのも、彼の経験と手腕があってのものだ。

 

 

底は見えないが、予想はできる。その上で、千冬は諦めたように一息吐き出した。

 

 

「どうしても、答える気はないのか」

 

『今はな。時が来れば、何時でも教えてやるさ。オレの最高傑作を』

 

「ならば、一つだけ聞かせろ」

 

『…………内容次第だな』

 

 

「─────ザック、お前は何を作ろうとしている」

 

 

千冬の質問に、アレックスは沈黙していた。僅かに考えた様子を見せた彼は、つまらなさそうに答えた。

 

 

『強いて言うなら、無限だ』

 

「無限だと?」

 

『この世界を変え、起点となったインフィニット・ストラトス─────無限の成層圏を目指した翼を、越える。オレの個人的な私情があるとすれば、それだけだ。天災(天才)無限(インフィニット)を─────オレの無限(ウロボロス)で捩じ伏せる。彼ならば、それが叶う』

 

 

そこで、千冬は思い出した。

彼、アレックスと名乗っているザックという青年は、あの天災に、篠ノ之束に噛みつき、何度も衝突していた。理由は、彼女が唯一無二の天才だから。ザックは何度も彼女を越えようとして、挫折を味わい続けた凡才の青年。

 

彼が、篠ノ之束を越えようとしている事実は嘘ではない。それが、共に同じ師の元で過ごしていた千冬にはよく分かることだった。

 

 

同時に、彼女は気付いていた。ザックが、アレックスが、本当のことを口にしていないことも。

 

 

 

 

 

「─────少し、誤魔化したな」

 

 

通信を閉ざし、自室にいたアレックスは立ち上がる。窓際の外から見える景色を両目に焼きつける。

 

 

賑わう街中。楽しそうに歩く老若男女の姿。それを瞳に刻み込むアレックス。彼の心中に宿る感情は、どれも同じものであった。

 

 

あの日から─────『先生』の死を知り、千冬と束の元から立ち去った時から、消えることのない思い。

 

 

「オレが造りたいのは、神だ。こんな世界を滅ぼし尽くす程の災禍となる破壊の神が、オレの求める無限だ」

 

 

今ある世界への怨嗟。

恩師の全てを奪い、最悪の戦争犯罪者として死後の名誉も尊厳すらも貶め続ける者達への憎悪。それこそが、ザックだった青年を突き動かす動力源。

 

未来を信じ、希望を託された英雄(千冬)とは違い。天才故に、何をしても無意味なことであると理解できてしまった天才()とは違い。彼には、それしかなかった。

 

努力が取り柄だった凡才は、諦めないことが特徴だった。故に、止まることは出来ない。諦められることが、彼には許されない選択肢だった。

 

 

「─────っ」

 

 

見るに堪えないのか、透明のガラスを拳で砕くアレックス。大きなヒビが入ったガラスは、最早外の光景を写さない。憎悪に囚われた己の顔を、彼に見せるだけであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

基地に戻った龍夜達の空気は、よくないものであった。不機嫌そうに黙っている龍夜と、近寄りがたい雰囲気を醸し出す彼に困惑するしかないセシリア。そんな空気の原因となる青年を見た楯無は呆れたように笑う。

 

 

「んもう。そんなに苛立ってたら、折角のモテ期を逃すわよ?」

 

「…………」

 

 

ギロッ、と睨むと、楯無は舌を出して笑う。どうやらまだ甘く見られているらしい。人をからかうような態度は、龍夜としても好きなものではないが、今は彼女達に苛立っているのではない。

 

 

「…………考え事をしてるんだ。邪魔をしないで欲しいな、生徒会長」

 

「考え事、ね。レッドって子のことかしら?」

 

「……………」

 

龍夜達が謎の敵、レッドを撃破した後、エレクトロニクス機社の社長が休戦を求めてきた。そもそもの話、此方としても戦闘は望んでなかった。攻撃をしてきたのは、レッドの方だ。

 

なのにも関わらず、連中は大した説明もせず、レッドという青年を回収し、近くの基地へと戻っていった。一応冷静沈着(自分で思う)な龍夜としても、納得がいく話ではない。

 

 

それに、思うところが他にもあった。

 

 

「…………アイツの姿、あの時────『ウロボロス・ナノマシン』を使っていた」

 

「それは………」

 

「ああ、『幻想武装(ファンタシス)』のエネルギーとして組み込まれた物質だ。エレクトロニクスの連中は、あの力をまた兵器として運用しようとしている」

 

 

だがレッドの、操る力は幻想武装とは全く違った。ウロボロス・ナノマシンを装甲として形成し、展開する幻想武装とは違い、あの機体は流体状に姿を変化させていた。まるでウロボロス・ナノマシンそのものが鎧であるかのように、補い続けていたのだ。

 

 

「……………」

 

「ふーん、龍夜くんはその『レッド』って子が気になるの?」

 

「あんな未知の塊みたいな奴、気にならない訳がないだろ」

 

「なら、話してみる?」

 

「………あ?」

 

 

何を言っているんだ、と龍夜が眼を細める。そんな疑念に満ちた視線を受けながらも、楯無は扇子を口元に添えながら、張りつけた笑みと共に答えた。

 

 

「ついさっき、エレクトロニクスの社長と話をしてみたの。そしたら、企業の情報に触れない程度の話なら許すって」

 

 

 

◇◆◇

 

 

暗闇に包まれた空間。

部屋の構造や広さすら掴めないその場所に、彼等が探していた相手はいた─────厳密には、そこに閉じ込められていた。

 

 

無数の機械とチューブが連結したレッドは、深い呼吸を繰り返していた。満タンの培養液が貯えられた大型カプセルからのチューブを背中と肘に繋げ、下半身を巨大な装置に組み込んだ彼は、ブツブツと顔を覆う装甲の内側で何かを呟いていた。

 

その呟きが止まったのは、この空間に立ち入る存在を感知したからだ。

 

 

 

「─────お前が、『レッド』だな」

 

『─────』

 

 

警戒を深めた龍夜の問いに、レッドは答えない。フルフェイスのバイザーを向けるレッドに、龍夜は返答を待っていた。しかしどれだけ経っても口を開こうとしない青年に、次の言葉を投げ掛けようとした途端。

 

 

 

 

【────ああ、僕がレッドだ】

 

「……………」

 

 

ISの通信に、直接介入する言葉があった。しかしそれは音声としてではなく、メールといった文字の羅列である。ISのチャンネルに接続してきた相手の存在に驚きながらも、龍夜はレッドを睨みつける。

 

 

「どうして口で話さない?こんな真似をするよりも、口の方が楽なはずだ」

 

【残念だが、無理だ。僕は喉が、声帯が潰れてる。こうして話すことしか出来ない】

 

「……………そうか」

 

 

嘘ではない。そうした確信があった。彼は、実際に喋れないのだろう。あの怒号、言葉にならない絶叫は、壊れた声帯を引き裂く程のものであった。どれだけの感情が込められていたか、龍夜には理解できた。

 

 

自分と同じ────憎悪に、違いない。

 

 

「………その姿は、お前が望んだものか」

 

【望んださ。この姿を、力を────求めるしか、なかった。少し前まで僕は寝たきりで、両手両足を失った肉達磨だったから】

 

「……………」

 

【全てを失った僕にも、目的が出来た。それを叶える力も、手に入れた。僕はこの力で、目的を果たす。今はそれだけでいい─────そして、いずれは】

 

 

その目的とは、恐らく復讐だろう。

同じように復讐を望む龍夜には、間違いないという自信があった。何か言うべきかと迷った龍夜であったが、すぐに口を閉ざした。

 

 

(馬鹿馬鹿しい────復讐を望む俺が、他人の復讐に口出しできる立場か)

 

 

他人に、更識楯無に止められた時も、龍夜は苛立ちと共に切り捨てた。そんな自分が、あーだこーだと他人に説教したり、意見を述べるのも場違いである。それを示すように無言を貫いていた龍夜に、ふとレッドが反応する。

 

 

【────君達への報告だ。つい先程、ネットワークからある情報を引き抜いた】

 

「………ある情報?」

 

【ルクーゼンブルク公国にて、大規模テロが発生した。恐らく、君達はそのテロの為にわざとこっちに引き寄せられたんだと思う】

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

『…………ファントム・D4。目標は完遂したか?』

 

『ファントム・D6。貴方達の方こそ、目標達成したの?』

 

『問題ない。お前達の部隊の援護に向かうよう、あの方の指示があった』

 

 

黒装備の兵士達が、燃え始めた街中を歩いていく。外に出ていた人々は避難所へと向かい、防衛の為にあるべき自律人形は他の部隊と交戦及び、市民達の避難に尽力している。

 

ファントムというコードネームと番号を与えられた実働部隊の者達が大広間の道路で合流する。先程、第五王子クローズの乗る高級車を爆破したD4部隊が吹き飛ばされた車の残骸の近くで待機している。

 

次に取るべき行動を思案したのであろうD4部隊の隊長に、D6部隊の隊長が声をかけた。

 

 

『D4-1。目標の第五王子はどうした?』

 

『車ごと吹き飛ばしたわ。足元の爆弾が炸裂したんだから、多分バラバラかもね』

 

『…………生死を確認していないのか?』

 

『何を言ってるの?爆薬を大量に積んだのよ、一々生死を確認しなくとも、間違いなく死んでいるでしょう』

 

 

D4隊長は目の前の部隊長の言葉に、呆れたように吐き捨てる。そんな彼女の様子を楽観と認識したD6隊長は舌打ちを隠さず、自分の部下達に命令を下した。

 

 

『D6-4からD6-10。あの車の中を暴け、第五王子の死亡を確認してこい』

 

『────考えすぎよ。爆発が直撃したんだから、生身の人間が無事な訳ないじゃない』

 

『ボスからの話を聞いていなかったのか。もし奴が生きていたら、厄介な事態になるぞ』

 

 

馬鹿馬鹿しい、とD4隊長が吐き捨てようとした瞬間。

 

 

 

『───た、隊ちょ』

 

 

車の方の確認に向かった隊員の声が途絶えた。慌てふためき、助けを求めた声は、通信が切れる直前には消えていたのだ。それが何を意味するか、理解したD6隊長が、震えた声で呼び掛ける。

 

 

『D4-1!部隊を編成し直せ!標的はまだ生きている!』

 

『何を、馬鹿な!相手は生身の、戦場とは無縁の王族でしょ!?そんな奴が私達に太刀打ち出来るわけ───』

 

『黙れ、事実だ!ボスへの報告に向かう!急いで標的を─────』

 

 

言いながら後ろを向いたD6隊長の言葉が詰まる。立ち尽くした彼は何かを見つめ、理解が追いつかないのか呆然としていた。その様子に気付いたD4隊長が、部下達と共に振り返る。

 

 

車の残骸のあった方から、歩いてくる人の姿があった。片手に隊員達の装備していた盾を、もう片方には血の滴るサーベルを。両手を塞ぐ状態で、平然と近寄ってきた男性────第五王子 クローズが頬に飛び散った血を拭っている。

 

 

『──────は?』

 

 

思考が、無意識に放棄される。

目の前の事象を、脳の理解が遅れていた。何が起こっているのか、彼女達には分からない。血に濡れた第五王子だが、その血は彼本人のものではなく、返り血であると。爆発が直撃したにもかかわらず、傷一つない身体がその事実を証明していた。

 

此方を見据える、冷たい瞳。突き刺すような視線を受けた瞬間、彼女達は思わず銃に手を掛けていた。装備を身構える部隊はたった一人を取り囲み、全方位から銃弾を浴びせる。

 

 

戦闘の音が響き渡り、静寂がその場を支配した。

 

 

 

 

 

「────クソ! なんたる失態! なんたる無様だ!」

 

 

ルクーゼンブルク国が管理する量産型のISを操るIS部隊を率いた、専用機持ちのジブリルは自責の念に駆られていた。

 

近衛騎士(インペリアル・ナイト)として、若輩者でありながらも団長に選ばれたのは、王子達に望まれたからだ。王族を守る剣として、彼等が望む優しき王を支える盾として、期待されていたから。

 

それなのに、テロリストによる大規模テロを許してしまった。第五王子もそれに巻き込まれ、生死不明とされている。彼等を守る剣として鍛え上げられたのにも関わらず、今この時に守ることすら出来ていない。

 

そんな風な後悔を覚えていたジブリルだが、部下の悲鳴のような叫びを聞いた。

 

 

「団長!────第五王子が!」

 

 

大通りの道路に着いたジブリル率いるIS部隊が、それを見つけた。爆弾により鉄屑へと変わった車の残骸。その近くで倒れている黒ずくめの兵士達────彼等の近くに立つ、第五王子の姿を。

 

 

「クローズ殿下ッ!」

 

「…………ジブリルか、無事で何よりだ」

 

「お気遣い感謝致します!ですが!殿下こそ、お怪我はございませんか!?」

 

「大丈夫。この血は全部返り血さ」

 

 

血塗れのクローズに心配するジブリルだったが、彼の言う通りであり、傷一つも見られない。これだけの血が全て相手のものという事実に驚愕しているジブリル含む騎士達の前で、クローズが倒れていた兵士の一人を起こす。

 

 

「やぁ、少し話をしようじゃないか。テロリスト君」

 

『……………第五王子。あの爆発で生きているなんて、どんな身体をしてるのかしら』

 

「生憎、企業秘密────って言いたいけど、特別に教えてあげるよ」

 

 

信じられないといった様子で第五王子を睨むD4隊長。クローズは気にする素振りもなく、淡々と話し始めた。

 

 

「私達、ルクーゼンブルクの王族はね、暗殺なんてしょっちゅうさ。隙を見せれば、建物ごとドカン!………とされても可笑しくない。その為にも、私達兄弟は同じ結論に至った」

 

『…………』

 

「────『至王の円卓(ロイヤル・ヴァーミリオン)』。八神博士がこの国に譲渡した天界機の一つ。公国の重要機関を統制するコンピューターとして運用してるけど、その用途は他にもある。

 

 

 

 

人間の体内にナノマシンを投与し、それによって強化人間にする力があるのさ」

 

『…………ッ!まさか!』

 

「もう分かったかな?私を含めた兄妹達は改造手術を受けてる。それによって、私達はどんな攻撃にも耐えきり、並外れた身体能力を得た。たとえ機関銃やミサイルを受けても、無事を保証できる程にね」

 

 

言いながら、クローズは左手で握っていたサーベルの刃を右手の添え──────躊躇いなく引いた。肌に触れた刃が皮膚を裂き、赤い液体をぶちまける─────

 

 

 

こともなく、金属音が響き渡る。

サーベルの刃が触れた手首の部分に、半透明な膜が生じている。ガラスを何重にも重ねたような防壁に包まれたクローズは、薄い微笑みを浮かべた。

 

 

「さて、私達の話はした。君達にも、色々と教えて貰おうか」

 

『…………話すことなんて、ない』

 

「おや、人の話を聞いたのに、君達は話さないのか。それは流石に礼儀知らずだと思うけどね」

 

『そっちが、勝手に話しただけだ…………貴様らのような、安全でなければ嘗めた態度も出来ない奴等に、話すことなどない…………』

 

 

末端であろうとも、誇りはあるのか。自分達については語ることはないと断言したD4隊長に、クローズは困ったように笑った。どちらかと言うと、諦めたように。

 

 

「そっかぁ、話してくれないのかぁ」

 

『…………さっきから、そう言って────』

 

「じゃあ仕方ない─────やり方を変えようか」

 

 

 

ザッ! と、クローズがサーベルを振るう。

そよ風のように振るわれた刃は、何かを切り裂いた。それが何なのか分からなかったD4隊長だが、突如脚から力が抜けた。

 

視線を向けると、左右の大腿に切れ目が開いていた。パックリと開いたそこの部分から、血が漏れ出してくる。その瞬間、認識した彼女の頭に激痛が叩き込まれた。

 

 

『が、ああああああああああああああッ!!!!』

 

 

崩れ落ち、悶えるD4隊長。テロリストの末端として配属された彼女も闇の一部として、多くの悲劇を経験してきた。しかし、大腿を切り裂かれるなんて経験は今までなかった。その激痛が、彼女の思考の全てを打ち消してしまう。

 

過去の経験など、全てが無意味になってしまうほどの苦しみと痛みであった。

 

そんな彼女に、クローズは呑気に呼び掛けた。しかし、彼女は反応しない。激痛に飲まれた彼女には、届かない。はぁ、とクローズは溜め息を漏らし、顔色を変えることなくサーベルを脚へと突き刺した。

 

 

悲鳴を越えた絶叫が、木霊する。

立ち尽くしたジブリル達に見向きすらせず、クローズは脚に突き立てたサーベルを静かに抜く。

 

 

「…………やっと、こっちを見てくれたね。君が見てくれるまで、どれだけ痛めつけないといけないか、困ってた」

 

『はぁ…………ッ、ハァ………っ、き、貴様!』

 

「────これから私は、君を切り刻む」

 

 

穏やかな笑顔だった。

ひぃ、とヘルメットの内側で彼女は悲鳴を漏らす。怯えられていることも理解した上で、クローズはサーベルの刃に付いた血をハンカチで拭き取る。

 

 

「無論、君が死ぬまで。生きたまま、出来る限りの最高の苦痛を与えていく。有益な情報を喋ってくれれば、一思いに一撃で済ませるよ。けど、話す気がないなら、それまでさ」

 

『正気、か………!?王族が、そんな真似を………っ!』

 

 

スパッ、と刃が跳ねる。

視界に煌めいた閃光は一瞬で、彼女の手を切り裂いた。何本か、グローブが嵌め込まれたままの指が転がった。

 

 

『ぎぃッ!?ぐぅぅうううううっ!!』

 

「まだ分からないのかな?君に質問や意見は許していない。求めるのは、私の望む言葉だけさ」

 

『き、さま………!貴様ぁああっ!』

 

「────ほら、もう一回」

 

 

微笑みかけ、クローズは片方の手を切り裂いた。閉じ散った肉片、正確には指だったものが落下してからすぐ、咆哮のような叫びが続く。黙って見ていたIS部隊の精鋭達の顔に恐怖が宿る。ジブリルですら、表情が強ばっていた。

 

 

国のトップでもある王族の一人が、淡々となぶっていた。殺しを楽しむわけでもなく、機械のように無機質に行うのではなく、ただ普通の仕事を進めるように。

 

物理的に両手を失ったD4隊長はようやく理解させられた。この男は本気だと。情報を探るためであれば、どんな残酷なことすら出来ると。ショックと恐怖のあまり、情報を隠すという思考よりも先に、ある疑問を形にした言葉が出てきた。

 

 

『ま、待て!?私を、私をここまでしてどうする!?私が情報を知っている以上!殺すことは出来んないだろう!?』

 

「いや、まだ残ってるから大丈夫さ」

 

 

そう言い、クローズは倒れ伏した兵士達を指差す。そこでようやく、何故彼等が全員死んでいないのか、確信した。情報を吐かせるために、敢えて生かしたのだ。それだけの技術と戦闘力、そして尋問を行える精神性。

 

 

「君達は我等ルクーゼンブルク公国に、家族に害を為した敵だ。末妹(アイリス)とは違って、私達は優しくない。敵への慈悲など、当の昔に捨てた」

 

『ぃ、い………っ』

 

「この国を守るためならば、私達は喜んで手を汚そう。喜んで血に染まろう。それで、私達の大切な末妹が、優しき()になれるのであれば──────私達に、迷いはない」

 

 

全ては、優しき王の未来のために。

祝福でもあり、呪いでもあるその願いが、彼等の強靭な意思を形作っていた。折れることのない意思の塊を前に、尋問されたテロリストの隊長の心は、既に折れていた。

 

 

 

『ゆる、して………ッ』

 

「────残念」

 

 

────それは、私の望んだ言葉ではないよ

 

 

優しく、諭すように言いながら笑う。慰めるように笑顔を作ったクローズは、躊躇なくサーベルを振り上げた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「───状況を整理しよう」

 

 

基地内部の作戦会議室にて、千冬をはじめとして龍夜やセシリア、楯無─────遠隔通信のアレックスと、近くで待機しているレッドを含め、全員がその話を聞いていた。

 

 

「十数分前、ルクーゼンブルク公国にて大規模テロが発生した。そのテロでは、クローズ王子も狙われた」

 

「クローズ王子が………!?それで、無事だったんですか!?」

 

「何とかな。王子達がテロリストの末端を捕らえ、情報を聞き出したらしい。そこで、テロの全貌が理解できた」

 

 

送られてきたであろう情報をまとめた端末を片手に、千冬は説明を始める。

 

 

「今回の件、アルターマグナの暴走も含め、二つの組織が関係しているとのことだ」

 

「アルターマグナ………レヴェル・トレーター以外にも?」

 

「ああ。レヴェル・トレーターの一人がアルターマグナを動かし、ルクーゼンブルクにいた我々やドイツの戦力、公国の意識を集中させる。その隙に侵入したテロリスト達が、公国の重要機関を破壊し、公国の外に繋がる通路の殆どを塞いだとのことだ」

 

 

静かに聞いていた楯無が立ち上がり、質問を口にした。

 

 

「彼等の目的は分からないんですか? 織斑先生」

 

「不明だ。王子曰く、末端は何も知らされてないらしい。現時点でも、奴等が何らかの行動を見せる様子すらない」

 

「…………公国を狙うからには、何かあると思いましたが。狙いが分からないと防ぎようがありませんね」

 

 

公国を襲撃した二つの組織。用意周到に仕組まれたこの事件には、間違いなく目的がある。そこまでする程の狙いが何なのか、二つの組織が手を組む程の理由があるのか。

 

答えが出せない間に、千冬の所持していた端末に何らかの映像が転送されてきた。

 

 

「………これは」

 

 

映像を開いた瞬間、大型モニターにそれが映し出される。所々から煙が、爆炎が立ち上る公国の景色。公国の所有する無人ドローンが撮影したものだろう。高速で飛行するそれが、突如何者かによって撃ち落とされた。

 

 

墜落する寸前のドローンが最後に映し出したのは、敵の姿であった。──────漆黒のISを、顔の半分に剥き出しの左目が目立つ、不気味なISが。

 

 

 

 

両親を殺したものと同じ存在が─────そこにあった。

 

 

 

 

「──────」

 

 

龍夜の思考が数秒の沈黙を生む。混乱と情報の整理。それを完了した直後に、脳に炸裂した感情が、思考の全てを覆い尽くした。

 

 

激情が、憎悪が龍夜を支配した。

 

 

 

 

「────龍夜さん!?」

 

「龍夜くんっ!!」

 

 

ダッ! と、近くに立て掛けてあったケースを手に取り、龍夜は飛び出していた。真後ろから呼び掛ける声に応えない。応えている暇もない。

 

施設の外へと飛び出した龍夜がケースに内蔵されていた自らのISの待機状態 プラチナ・キャリバーを展開する。瞬時に生じた銀色の装甲を纏い、龍夜はその場から飛び立っていた。

 

 

「…………見つけたぞ」

 

 

空域を突き抜け、飛翔する龍夜が呟く。低い声で、笑みを浮かべた龍夜は─────憎悪に染まったままに拳を握り締める。

 

 

「父さんと母さんの仇ッ!絶対に、逃さない!!」

 

 

己の家族を奪った存在への復讐の為に、蒼青龍夜は戦場を目指す。それこそが、自分の求めた生きる理由だからこそ。迷うことなく、公国へと向かっていく。

 

 

それこそが、彼等の狙いであるとも知らず─────

 

 

 

◇◆◇

 

 

僅か数分で、戦火に包まれた公国に辿り着いた。長距離飛行に使用する背中のユニットを折り畳み、龍夜は公国の空港基地に降り立つ。

 

 

破壊の限りを尽くされた基地に踏み行った龍夜が、ふと足を止める。基地の施設内部の入り口、血や肉片に塗り潰された惨状。地獄絵図に相応しい光景を前に、龍夜は顔色を変えない。

 

敵を前に、そんなことしている暇はないのだから。

 

 

 

「─────来たかァ、待ってたぜェぇぇ………ッ」

 

 

ビチャ、と血の池に踏み込む人影があった。フード付きのパーカーを全身に羽織った男。ジャラジャラ、と鎖を引っ張りながら歩き、首元に鎖の繋がれた首輪を嵌め込んだ血塗れの男。

 

 

「…………お前は?」

 

「『狂犬』 ヴォルガ・ハザード、レヴェル・トレーターの指導者。────なぁ、テメェは聖剣使いだろォ?蒼青龍夜って奴だろ?そうだろーォォォ………?」

 

 

血に染まった歯を鳴らし、ヴォルガは恍惚そうに笑う。血に酔いしれているのか、口に食んだ肉の味を確かめるように、三日月のように裂けた口先を大きく緩ませる。

 

 

「ああ、俺がそうだ。その代わり、お前も質問に答えろ」

 

「…………は、ァァァァ…………??」

 

「─────黒い鎧の奴を、知ってるか」

 

「黒い鎧………、あア…………フェイスかァ!知ってるぜ、知ってるぜェ!何せ俺達は奴と手を組んで、テメェを誘き寄せたんだからなァア!!」

 

 

発狂したように笑うヴォルガ。それでも、龍夜としては十分な答えであった。奴────フェイスという名前の奴はここにいる。この国の何処かにいる。それが理解できた時点で、龍夜として十分だ。

 

 

「それよりさァ────お前のその剣、欲しいんだけどよォォォォオオオオ…………」

 

「………これは俺の力だ。お前みたいな奴に渡すものか」

 

「だろォな、そうだろォよォォ…………だからさァ、考えたんだぜ。俺ァ、なァ。

 

 

 

 

 

ブチ殺して、奪ォーってよォ」

 

 

フードを、髪を払い、ヴォルガは片目を開く。眼球のある部位には、小さな端末が強制的に縫い込まれている。厳密には眼を抉り、中身を引摺り出した痕が、凄惨に残っていた。眼窩の奥に指を入れ、ゴリと音を鳴らす。

 

 

幻想(ファンタシス)─────浸蝕(インペリウム)

 

 

足元から生じた暗闇の色をした光が、ヴォルガを呑み込む。液体か物質かも分からない黒い闇が塊となり、その内側から胎動するように震動が響き渡る。

 

 

そして、黒い塊を内側から突き破ったものがあった。鎖に繋がれた、トラバサミのようなものであった。トゲ付きの首輪に繋がれた黒い炎を伴ったキザギザ歯の口が、二つ。黒を噛み砕きながら、のたうちまる。

 

 

「────『獄炎猛狗 ケルベロス』」

 

 

───全身をトゲが目立つ装甲で覆ったヴォルガが、口を裂いて笑う。彼の顔に上下からトラバサミが装着される。ギザ歯の金属パーツを纏うヴォルガは、狂気に満ちた笑い声を響かせる。鎖に連結した、二つの首を自在に手繰りながら、彼は血を舐め取った。

 

 

 

「さァ!やろうぜ!テメェの命も、身体も、魂も!オレが余すことなく噛み砕いて喰らってやるよォ!!」

 

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